説明

ラック軸とその製造方法及びラックピニオン式ステアリングギヤユニット

【課題】ラックピニオン式ステアリングギヤユニットを構成するラック軸7aに関して、このラック軸7aを製造する為の中間素材にラック歯17aを形成する際に、この中間素材が回転方向に変位するのを防止できると共に、使用時に、回転方向に変位するのを防止できる構造及びその製造方法を実現する。
【解決手段】前記ラック軸7aの外周面の断面形状を、前記ラック歯17aを形成した部分を除いて、全長に亙り、同一の非円形形状とする。この様なラック軸7aを製造する際には、外周面の断面形状が非円形である引抜材を得た後、この引抜材を所定の長さに切断して成る中間素材を得る。そして、この中間素材の外周面の一部を治具により押さえつつ、この中間素材の前面に、前記ラック軸を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車のステアリング装置を構成するラックピニオン式ステアリングギヤユニットと、このラックピニオン式ステアリングギヤユニットを構成するラック軸と、このラック軸の製造方法との改良に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車のステアリング装置として従来から、ラックピニオン式のステアリングギヤユニットを備えたものが広く使用されている。図11〜15は、この様なステアリング装置の従来構造の1例を示している。このステアリング装置は、図11に全体構成を示す様に、運転者が操作するステアリングホイール1の回転運動を、ラックピニオン式のステアリングギヤユニット5によって直線運動に変換する事により、図示しない左右の操舵輪に対して所望の舵角を付与する構成を有する。この様な構成を実現する為に具体的には、前記ステアリングホイール1を、ステアリングシャフト2の後端部に固定している。又、このステアリングシャフト2の前端部を、1対の自在継手3、3及び中間シャフト4を介して、前記ステアリングギヤユニット5を構成するピニオン軸6の基端部に接続している。更に、このステアリングギヤユニット5を構成するラック軸7の両端部に、それぞれが左右の操舵輪に対して連結される、1対のタイロッド8、8の基端部を接続している。
【0003】
前記ステアリングギヤユニット5は、図12〜15に詳示する様に、ハウジング9と、ピニオン軸6と、ラック軸7と、押圧手段10とを備える。このうちのハウジング9は、車体に固定されるもので、前記ラック軸7の中間部を収容する第一収容体11と、前記ピニオン軸6の先半部を収容する第二収容体12と、前記押圧手段10を収容する第三収容体13とを、一体に備える。又、前記ピニオン軸6は、外周面の先端寄り部分にピニオン歯14を有する。この様なピニオン軸6は、先半部を前記第二収容体12の内側に挿入した状態で、この第二収容体12に対し、1対の転がり軸受15、16により回転のみ可能に支持されている。
【0004】
又、前記ラック軸7は、前面の軸方向一端寄り部分にラック歯17を有する。尚、このラック軸7の外周面は、このラック歯17を形成した部分を除き、円筒面である。即ち、このラック軸7の外周面の断面形状は、軸方向に関して前記ラック歯17から外れた部分では円形であり、軸方向に関してこのラック歯17を形成した部分では、このラック歯17に対応する部分が直線で、残りの部分が円弧形である。この様なラック軸7は、軸方向中間部を前記第一収容体11の内側に挿通すると共に、前記ラック歯17を前記ピニオン歯14に噛合させた状態で、前記第一収容体11に対し、1対のラックブッシュ18、18を介して軸方向の変位を可能に支持されている。
【0005】
これら両ラックブッシュ18、18は、耐油性を有する合成樹脂、自己潤滑性を有する金属、含油メタル等の低摩擦材により、全体を円筒状に造られている。又、これら両ラックブッシュ18、18の内周面の円周方向複数箇所(図13〜14に示した例では、円周方向ほぼ等間隔の3箇所)にガイド凸部20、20を、同じく外周面の円周方向少なくとも1箇所(図13〜14に示した例では、円周方向等間隔の2箇所)に係合凸部21、21を、それぞれ有している。これら両ラックブッシュ18、18は、前記両係合凸部21、21を、前記第一収容体11の内周面の両端寄り部分に形成した係合凹部19、19に係合させる事により、円周方向の位置決めを図った状態で、この第一収容体11の内周面の両端寄り部分に内嵌固定されている。又、この状態で、前記各ガイド凸部20、20の先端面を、前記ラック軸7の外周面のうち前記ラック歯17から外れた部分に対し、軸方向の摺動を可能に接触させている。
【0006】
又、前記押圧手段10は、前記第三収容体13の内側に収容されており、押圧部材22と、ばね23とを備える。そして、このうちの押圧部材22の先端面である押圧面を、前記ラック軸7の背面のうち、このラック軸7を挟んで前記ピニオン軸6と反対側の部分に対し、このラック軸7の軸方向の摺動を可能に接触させている。又、この状態で、前記ばね23により、前記押圧部材22を前記ラック軸7の背面に向け、弾性的に押圧している。これにより、前記ピニオン歯14と前記ラック歯17との噛合部に予圧を付与する事によって、この噛合部で異音が発生するのを抑制する共に、ステアリング装置の操作感を向上させている。尚、前記押圧部材22は、全体が上述の様な低摩擦材により造られているか、或いは、前記ラック軸7の背面と摺接する押圧面に低摩擦材層を有している。
【0007】
そして、上述の様に構成するステアリングギヤユニット5のうち、前記ピニオン軸6の基端部に、前記中間シャフト4の前端部を、自在継手3を介して接続している。これと共に、前記ラック軸7の軸方向両端部に、前記両タイロッド8、8の基端部を、ボールジョイント24、24を介して接続している。尚、これら両ボールジョイント24、24は、前記ラック軸7の両端部に対し、それぞれねじ止め等により固定されている。
【0008】
上述の様に構成するステアリング装置の場合、運転者が前記ステアリングホイール1を操作すると、このステアリングホイール1の回転が、前記ステアリングシャフト2と、前記両自在継手3、3及び中間シャフト4とを介して、前記ピニオン軸6に伝達される。この結果、前記ラック軸7が軸方向に変位し、これに伴って、前記両タイロッド8、8が押し引きされる事により、左右の操舵輪に所望の舵角が付与される。
【0009】
上述した従来のラック軸7は、例えば図16に示す様な工程順で製造する。先ず、ステップ1(S1)で、素材となる、断面形状が円形のコイル材を用意する。次に、ステップ2(S2)で、この素材に対し、内部ひずみを取り除く為の焼鈍を施す。次に、ステップ3(S3)で、この焼鈍を施した素材に対し、所望の外径寸法を得る為の外径研削を施す。次に、ステップ4(S4)で、この外径研削を施した素材を所定の長さに切断して成る、円柱状の中間素材を得る。次に、ステップ5(S5)で、この中間素材に対し、両端面にねじ孔を形成する為の両端加工を施す。これら両ねじ孔は、前記両ボールジョイント24、24をねじ止め固定する為に利用する。次に、ステップ6(S6)で、この両端加工を施した中間素材に対し、前面の軸方向一端寄り部分に前記ラック歯17を形成する為の歯加工を施す。次に、ステップ7(S7)で、この歯加工を施した中間素材に対し、前記ラック歯17の硬度等の機械的性質を向上させる為の熱処理を施す。次に、ステップ8(S8)で、この熱処理を施した中間素材に対し、曲り直しの処理を施す。次に、ステップ9(S9)で、この曲り直しの処理を施した中間素材に対し、表面仕上げの処理を施す事により、前記ラック軸7を完成させる。そして、最後に、ステップ10(S10)で、このラック軸7の洗浄を行い、このラック軸7の製造作業を完了する。
【0010】
ところが、上述の様なラック軸7の製造方法の場合、前記ラック歯17を精度良く形成する事が難しい。この理由は、次の通りである。前記歯加工を行う事に伴って、この歯加工を行う対象となる中間素材には、加工力の一成分として回転力が加わる。この回転力によって当該中間素材が回転方向にずれ動くと、前記ラック歯17を精度良く形成する事ができなくなる。この為、前記歯加工を行う際には、当該中間素材の外周面を治具により押さえる事で、この中間素材が回転方向にずれ動く事を防止する。しかしながら、当該中間素材の外周面は円筒面である為、この外周面を治具により押さえる事によって得られる回転防止力は、この外周面とこの治具との間に作用する摩擦力のみであって、余り大きくできない。この為、前記回転力によって当該中間素材が回転方向にずれ動く事を防止するのが難しく、結果として、前記ラック歯17を精度良く形成する事が難しい。仮に、このラック歯17を精度良く形成できなかった場合には、使用時に、これらラック歯17とピニオン歯14との噛合部で耳障りな異音が発生したり、この噛合部で前記ピニオン軸6から前記ラック軸7への動力の伝達効率が低下して、前記ステアリングホイール1の操作感が悪化したり、前記噛合部の摩耗が促進して、この噛合部の寿命が短くなったりする為、好ましくない。
【0011】
又、上述した従来構造の場合、前記ラック軸7の外周面のうち、前記ラック歯17から外れた部分が円筒面である為、このラック軸7の回転方向の位置規制は、前記ラック歯17と前記ピニオン歯14との噛合のみによって行われる。この為、前記ステアリングギヤユニット5の組立時に於ける、前記ラック歯17と前記ピニオン歯14との噛合調整が、このステアリングギヤユニット5の性能や耐久寿命等を十分に確保する上で、非常に重要になる。即ち、当該噛合調整が適切に行われなかった場合には、前記ラック歯17と前記ピニオン歯14との噛合状態が不適正になる。この結果、使用時に、これらラック歯17とピニオン歯14との噛合部で耳障りな異音が発生したり、この噛合部で前記ピニオン軸6から前記ラック軸7への動力の伝達効率が低下して、前記ステアリングホイール1の操作感が悪化したり、前記噛合部の摩耗が促進して、この噛合部の寿命が短くなると言った不具合が発生する。
【0012】
又、上述した従来構造の場合には、前記ラック軸7の回転方向の変位防止に関しても、実質的に、前記ピニオン歯14と前記ラック歯17との噛合のみによって図られている。この為、前記ラック軸7の回転方向の変位防止効果を十分に確保する事が難しい。仮に、このラック軸7の回転方向の変位防止効果を十分に確保できなかった場合には、使用時に、このラック軸7が回転方向に変位する可能性がある。例えば、このラック軸7には、車輪が逆動作する事に伴って、回転力が加わる場合がある。この場合に、このラック軸7の回転方向の変位防止効果が十分に確保されていないと、当該回転力によって、このラック軸7が回転方向に変位する可能性がある。そして、この様にラック軸7が回転方向に変位すると、前記ラック歯17と前記ピニオン歯14との噛合状態が不適正になる。この結果、やはり、上述した様な不具合が発生する。
【0013】
尚、特許文献1〜3には、外周面のうち、ラック歯から外れた部分の断面形状を非円形にしたラック軸及びその製造方法が記載されている。これら特許文献1〜3に記載されたラック軸の場合には、当該非円形の部分に、ラックブッシュの内周面や押圧部材の押圧面を係合させる事に基づき、前記ラック軸の回転方向の位置規制を容易に行えると共に、このラック軸の回転方向の変位防止効果を高める事ができる。
【0014】
しかしながら、前記特許文献1〜3に記載されたラック軸の製造方法の場合には、当該非円形の部分の形成作業を、製造すべき各ラック軸の中間素材毎に行う。この為、当該非円形の部分を形成する事に伴う製造コストの増大幅が大きくなる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0015】
【特許文献1】特開2000−238650号公報
【特許文献2】特開2004−34829号公報
【特許文献3】特開2008−213756号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
本発明は、上述の様な事情に鑑み、外周面のうち、ラック歯から外れた部分の、中心軸に直交する仮想平面に関する断面形状が非円形であるラック軸を、低コストで製造できる構造及び方法を実現すべく発明したものである。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明のラック軸とその製造方法及びラックピニオン式ステアリングギヤユニットのうち、請求項1に記載したラック軸は、金属製で、前面(外周面の径方向片側面)の軸方向一部分にラック歯を有する。
特に、請求項1に記載したラック軸に於いては、中心軸に対し直交する仮想平面に関する、外周面の断面形状が多角形等の非円形である引抜材を所定の長さに切断する事により造られた中間素材の前面の軸方向一部分に、前記ラック歯を形成する工程を経て造られている。
【0018】
又、請求項2に記載したラックピニオン式ステアリングギヤユニットは、ハウジングと、ラックブッシュと、ラック軸と、ピニオン軸と、押圧手段とを備える。
このうちのハウジングは、車体に固定されるものである。
又、前記ラックブッシュは、筒状に造られたもので、前記ハウジングの内側に固定されている。
又、前記ラック軸は、前面(外周面の径方向片側面)の軸方向一部分にラック歯を有するもので、前記ラックブッシュの内側に挿通すると共に、外周面をこのラックブッシュの内周面により軸方向の変位を可能に案内された状態で、前記ハウジングの内側に支持されている。
又、前記ピニオン軸は、外周面の軸方向一部分にピニオン歯を有するもので、このピニオン歯を前記ラック歯に噛合させた状態で、前記ハウジングの内側に回転可能に支持されている。
更に、前記押圧手段は、押圧部材を有するもので、前記ラック軸の背面(外周面の径方向他側面)のうち、このラック軸を挟んで前記ピニオン軸と反対側の部分を、前記押圧部材により弾性的に押圧した状態で、前記ハウジングの内側に設けられている。
特に、請求項2に記載したラックピニオン式ステアリングギヤユニットに於いては、前記ラック軸が請求項1に記載したラック軸である。
【0019】
又、請求項3に記載したラック軸の製造方法は、上述の請求項1に記載したラック軸の製造方法であって、金属材料に引抜加工を施す事により、中心軸に直交する仮想平面に関する、外周面の断面形状が多角形等の非円形である引抜材を得る工程と、この引抜材を所定の長さに切断して成る中間素材を得る工程と、この中間素材の前面の軸方向一部分にラック歯を形成する工程とを備える。
【発明の効果】
【0020】
上述した様な本発明のラック軸とその製造方法及びラックピニオン式ステアリングギヤユニットのうち、請求項1に記載したラック軸、及び、請求項2に記載したラックピニオン式ステアリングギヤユニットの場合には、前記ラック軸の外周面のうち、ラック歯(中間素材の外周面にラック歯とは異なる他の要素を形成した場合には、これらラック歯及び他の要素)から外れた部分の、中心軸に直交する仮想平面に関する断面形状が、全長に亙り、同一の非円形形状になっている。この為、前記ラック軸の外周面とラックブッシュの内周面や押圧部材の押圧面との係合に基づいて、前記ラックピニオン式ステアリングギヤユニットの組立時に於ける、前記ラック軸の回転方向の位置規制を容易に行える。これと共に、前記ラックピニオン式ステアリングギヤユニットの使用時に於ける、前記ラック軸の回転方向の変位防止効果を高める事ができる。又、前記ラック軸の外周面のうち、前記ラック歯(及び前記他の要素)から外れた部分の加工方向(素材である引抜材の引抜方向)と、当該部分に対する前記ラックブッシュの内周面や前記押圧部材の押圧面の摺動方向とが、それぞれ前記ラック軸の軸方向になっていて、互いに一致している。この為、これら各面同士の摺接部に於ける軸方向の摺動抵抗を小さくできる。従って、ステアリングホイールの操作感を向上させる事ができると共に、前記各摺接部の摩耗量を減らして、これら各摺接部の耐久性を高められる。
【0021】
又、請求項3に記載したラック軸の製造方法の場合には、素材である引抜材を所定の長さに切断して成る中間素材の外周面の断面形状が、非円形である。この為、この中間素材の前面の軸方向一部分にラック歯を形成する際に、この中間素材の外周面の他の部分を治具で押さえる事により、この中間素材の回転方向の変位防止効果を十分に高める事ができる。従って、前記ラック歯を形成する際に、前記中間素材が回転する事を防止でき、結果として、このラック歯を精度良く形成する事ができる。
又、請求項3に記載したラック軸の製造方法の場合には、素材である引抜材を得た段階で、完成後のラック軸の外周面のうち、ラック歯(及び前記他の要素)から外れた部分に必要な断面形状(非円形形状)を得られる。この為、製造すべきラック軸の中間素材毎に、当該部分の断面形状を得る為の加工を施す必要がなくなる。従って、加工工数の減少に伴う、製造コストの低減を図れる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本発明の実施の形態の第1例に関する、図12の拡大A−A断面に相当する図。
【図2】同じく、図12の拡大B−B断面に相当する図。
【図3】同じく、図15のP部に相当する図。
【図4】同じく、ラック軸の製造工程を示すフローチャート。
【図5】ラック軸を製造する為の、素材及び中間素材の、中心軸に直交する仮想平面に関する断面図(a)、及び、前面の軸方向一部分にラック歯を形成した中間素材のうち、このラック歯を形成した部分の、中心軸に直交する仮想平面に関する断面図(b)。
【図6】本発明の実施の形態の第2例に関する、図12の拡大A−A断面に相当する図。
【図7】同じく、図12の拡大B−B断面に相当する図。
【図8】外周面の角部にR面取りを設けたラック軸のうち、ラック歯を形成した部分の、中心軸に直交する仮想平面に関する断面図。
【図9】外周面の平面部に全長に亙る凹部を複数形成した例を示す、図1のQ部に相当する拡大図(a)、及び、外周面の平面部に全長に亙る凸部を複数形成した例を示す、図1のQ部に相当する拡大図(b)。
【図10】本発明を実施する場合に採用可能なラック軸の断面形状の8例を示す図。
【図11】本発明の対象となるラックピニオン式ステアリングギヤユニットを備えた自動車用ステアリング装置の1例を示す部分切断側面図。
【図12】図11の拡大C−C断面図。
【図13】図12の拡大A−A断面図。
【図14】図12の拡大B−B断面図。
【図15】図11の拡大D−D断面図。
【図16】従来のラック軸の製造工程の1例を示すフローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0023】
[実施の形態の第1例]
本発明の実施の形態の第1例に就いて、図1〜5を参照しつつ説明する。尚、本例の特徴は、ラック軸7aの外周面の形状と、1対のラックブッシュ18a、18bの内周面の形状と、押圧手段10aを構成する押圧部材22aの先端面の形状と、前記ラック軸7aの製造方法とにある。その他の部分の構造及び作用は、前述の図11〜15に示した従来構造の場合と同様であるから、同等部分には同一符号を付して、重複する図示並びに説明は省略若しくは簡略にし、以下、本例の特徴部分を中心に説明する。
【0024】
本例の場合、前記ラック軸7aの外周面の、中心軸に直交する仮想平面に関する断面形状は、軸方向に関してラック歯17aから外れた部分では、図1に示す様な正八角形になっており、同じくこのラック歯17aを形成した部分では、図2に示す様な、前記正八角形の周方向一部分(このラック歯17aに対応する部分)が欠けた形状になっている。又、このラック歯17aの歯先の幅方向両端部に、幅方向両端縁に向かうに従ってこのラック歯17aの歯丈が小さくなる(歯高が低くなる)方向に傾斜した、面取り部25、25を設けている。これら両面取り部25、25は、高負荷時の歯欠けを防止する為の部位である。これら両面取り部25、25を前記ラック軸7aの軸方向に見た形状は、それぞれ前記正八角形の一部を構成する直線形状になっている。
【0025】
又、図1〜2に示す様に、前記両ラックブッシュ18a、18bは、内周面に、1対ずつの背面側案内面26、26と、1つずつの前面側案内面27a、27bとを備える。このうち、1対ずつの背面側案内面26、26は、それぞれが前記ラック軸7aの背面(図1〜3に於ける下側面)の幅方向両端寄りに存在する二平面に対して軸方向の摺動を可能に接触した、前記ラック軸7aの中心軸に直交する仮想平面に関する断面形状が直線形状の平面である。又、図1に示した一方のラックブッシュ18aに関して、前記前面側案内面27aは、前記ラック軸7aの前面(図1〜3に於ける上側面)の幅方向中央寄りに存在する二平面に対して軸方向の摺動を可能に接触した、前記仮想平面に関する断面形状がV字形の凹面である。これに対し、図2に示した他方のラックブッシュ18bに関して、前記前面側案内面27bは、前記ラック歯17aの歯先面の幅方向中央部分に対して軸方向の摺動を可能に接触した、前記仮想平面に関する断面形状が直線形状の平面である。
【0026】
又、図3に示す様に、前記押圧手段10aを構成する押圧部材22aは、先端面に、1対の押圧面28、28を備える。これら両押圧面28、28は、それぞれが前記ラック軸7aの背面の幅方向中央寄りに存在する二平面に対して軸方向の摺動を可能に接触した、前記仮想平面に関する断面形状が直線形状の平面である。
【0027】
又、本例の場合、前記ラック軸7aは、図4に示す様な工程順で製造する。即ち、この図4に示した本例の工程順と、前述の図16に示した従来の工程順とを見比べれば分かる様に、本例のラック軸7aは、従来のラック軸7(図12〜15参照)とほぼ同様の工程順で製造する。但し、本例の場合、素材(S1)の工程では、素材として、図5の(a)に示す様な、外周面の前記仮想平面に関する断面形状が正八角形である、引抜材29を用意する。この引抜材29は、断面形状が正八角形のダイス穴を有するダイスを用いて、前記ラック軸7aを構成する金属材料(例えば、前記仮想平面に関する断面形状が円形のコイル材)に引抜加工を施す事により、容易に得られる。この様な引抜材29の外周面の断面形状は、完成後のラック軸7aの外周面のうち前記ラック歯17aから外れた部分の断面形状と、外径寸法を含めて実質的に同一である。この為、本例の場合には、続く焼鈍(S2)の工程を経た後、外径研削(S3)(図16参照)の工程を経る事なく、切断(S4)の工程に移行する。本例の場合も、この切断(S4)の工程では、前記引抜材29を所定の長さに切断する事により、この引抜材29と同じ断面形状を有する、中間素材30を得る。そして、両端加工(S5)に続く歯加工(S6)の工程で、この中間素材30の前面の軸方向一部分に、前記ラック歯17aを形成する為の加工(塑性加工と切削加工とのうちの少なくとも一方)を施す。これにより、同図の(b)に示す様な断面形状を有する、第二中間素材31を得る。尚、本例では、前記ラック歯17aの歯先面の幅方向両端部に存在する面取り部25、25を、前記中間素材30の前面の幅方向中央寄りに存在する二平面の一部(互いに遠い側の端部)を、そのまま利用して形成している。その後、前述した従来の製造方法の場合と同様、熱処理(S7)から洗浄(S10)までの各工程を順番に経て、前記ラック軸7aの製造作業を完了する。
【0028】
上述した様な本例のラック軸7a及びラックピニオン式ステアリングギヤユニットの場合には、前記ラック軸7aの外周面のうち、ラック歯17aから外れた部分の断面形状が、全長に亙り、同一の正八角形(若しくは正八角形の一部)になっている。そして、この様なラック軸7aの外周面の円周方向複数箇所に、前記両ラックブッシュ18a、18bの背面側案内面26、26及び前面側案内面27a、27bと、前記押圧部材22aの押圧面28、28とを、それぞれ軸方向の摺動を可能に接触(係合)させる構成を採用している。この為、これら各部分の係合に基づいて、本例のラックピニオン式ステアリングギヤユニットの組立時に於ける、前記ラック軸7aの回転方向の位置規制を容易に行える。これと共に、本例のラックピニオン式ステアリングギヤユニットの使用時に於ける、前記ラック軸7aの回転方向の変位防止効果を高める事ができる。従って、前記ラック歯17aとピニオン歯14(図12、15参照)とを適正に噛合させる事ができ、且つ、使用時にこの適正な噛合状態を長期間維持する事ができる。又、前記ラック軸7aの外周面のうち、前記ラック歯17aから外れた部分の加工方向(前記引抜材29の引抜方向)と、当該部分に対する前記各面26、27a、28の摺動方向とが、それぞれ前記ラック軸7aの軸方向になっていて、互いに一致している。この為、当該部分と前記各面26、27a、28との摺接部に於ける軸方向の摺動抵抗を小さくできる。従って、ステアリングホイール1(図11参照)の操作感を向上させる事ができると共に、前記各摺接部の摩耗量を減らして、これら各摺接部の耐久性を高められる。
【0029】
又、上述した様な本例のラック軸7aの製造方法の場合には、前記中間素材30{図5の(A)}の外周面の断面形状が、正八角形である。この為、この中間素材30の前面の軸方向一部分にラック歯17aを形成する際に、この中間素材30の外周面の他の部分を治具で押さえる事により、この中間素材30の回転方向の変位防止効果を十分に高める事ができる。従って、前記ラック歯17aを形成する際に、前記中間素材30が回転する事を防止でき、結果として、このラック歯17aを精度良く形成する事ができる。
又、上述した様な本例のラック軸7aの製造方法の場合には、前記引抜材29を得た段階で、完成後のラック軸7aの外周面のうち、前記ラック歯17aから外れた部分に必要な、外径寸法及び断面形状を得られる。この為、前述した従来の製造方法で必要であった、外径研削(S3)(図16参照)の工程を省略できる。これと共に、製造すべきラック軸7aの中間素材30毎に、前記必要な断面形状を得る為の加工を施す必要がない。従って、加工工数の減少に伴う、製造コストの低減を図れる。
【0030】
尚、上述した実施の形態の第1例では、前記ラック軸7aの背面の幅方向中央寄りに存在する二平面を、前記押圧部材22aの押圧面28、28により押圧する構成を採用した。但し、本発明を実施する場合には、これに代えて、前記ラック軸7aの背面の幅方向両端寄りに存在する二平面、或いは、この背面に存在する四平面全体を、押圧部材の押圧面により押圧する構成を採用する事もできる。
又、上述した実施の形態の第1例では、前記ラック歯17aの歯先面の幅方向両端部に存在する面取り部25、25を、素材である引抜材29の外周面の一部をそのまま利用して形成する方法を採用した。この様な方法を採用する場合には、素材となる引抜材の外周面の断面形状を変える事によって、当該面取り部の断面形状を変える事ができる。
【0031】
[実施の形態の第2例]
図6〜7は、本発明の実施の形態の第2例を示している。本例の場合には、両ラックブッシュ18c、18dの外周面のうち、円周方向に関して背面側案内面26、26及び前面側案内面27a、27bと同位相の部分に、それぞれハウジング9の第一収容体11の内周面(円筒面)と接触しない、逃げ凹部32a、32bを設けている。これにより、前記両ラックブッシュ18c、18dのうち、円周方向に関して前記背面側案内面26、26及び前面側案内面27a、27bに対応する部分を、径方向に関する弾性変形が可能なばね板部33a、33bとしている。そして、これら各ばね板部33a、33bが発揮する径方向の適度なばね力に基づいて、前記背面側案内面26、26及び前面側案内面27a、27bを、ラック軸7aの外周面に対して弾性的に接触させている。
【0032】
この様な構成を有する本例の場合には、前記各ばね板部33a、33bの弾力に基づいて、前記ラック軸7aの径方向のがたつきを抑えられる。これと共に、このラック軸7aの外周面に対する前記背面側案内面26、26及び前面側案内面27a、27bの摺接面圧を低く抑えられる為、これら外周面と各面26、27a、27bとの摺接抵抗を低く抑えられる。その他の構成及び作用は、上述した実施の形態の第1例の場合と同様である。
【0033】
尚、上述した実施の形態の第2例の場合には、ラックブッシュ18c、18dの外周面のうち、円周方向に関して係合凸部21、21から外れた部分(前記逃げ凹部32a、32bに対応する部分)に、中心軸に直交する仮想平面に関する断面形状が非円弧形の部分を設けている。本発明を実施する場合で、ラックブッシュの外周面に、この様な断面形状が非円弧形の部分を設ける場合に、この非円弧形の部分に対してハウジングの内周面の一部を係合させる構造を採用すれば、このハウジングに対する前記ラックブッシュの回転方向の変位防止効果を、より十分に確保できる。但し、この場合には、前記適度なばね力を得る面からは不利になる。
【0034】
尚、図8は、ラック軸7bの外周面のうち、この外周面の断面形状である八角形の各頂部に対応する部分に、それぞれR面取り部34、34を設けた構造例を示す。本発明のラック軸の製造方法によれば、これら各R面取り部34、34を、素材となる引抜材の製造と同時に(引抜加工によって)形成する事ができる。
【0035】
又、図9の(a)は、ラック軸7cの外周面に複数の油溝35、35を、同図の(b)は、ラック軸7dの外周面に複数の凸部36、36を、それぞれ軸方向の全長に亙って形成する事により、これら各ラック軸7c、7dの外周面とラックブッシュ18a(18b、18c、18d)の内周面との摺動抵抗の低減を図った構造例を示している。本発明のラック軸の製造方法によれば、前記各油溝35、35や前記各凸部36、36を、素材となる引抜材の製造と同時に(引抜加工によって)形成する事ができる。
尚、ラック軸の外周面とラックブッシュの内周面との摺動抵抗の低減を図る為の油溝や凸部は、このラック軸の外周面に設ける代わりに、このラックブッシュの内周面に設ける事もできる。
【0036】
又、本発明を実施する場合、ラック軸の素材となる引抜材の外周面の断面形状は、非円形であれば、正八角形以外の形状を採用する事もできる。この様な正八角形以外の形状を外周面の断面形状として採用した引抜材を用いて製造した、ラック軸の8例を、図10の(a)〜(h)に示す。これら(a)〜(h)の各図に於いて、仕上げ記号(▽)は、ラック歯の加工基準面の位置及び表面粗さを指示しており、別の仕上げ記号(▽▽▽)は、ラック歯の加工仕上げ面の位置及び表面粗さを指示している。ステアリングギヤユニットの組立状態で、ラック歯の加工基準面(▽)には、例えば、押圧手段を構成する押圧部材の押圧面を摺接させる。これに対し、ラック歯の加工仕上げ面(▽▽▽)には、ピニオン歯を噛合させる。ステアリングギヤユニットの使用時に、ラック軸の直動案内は、ピニオン歯の回転によってラック歯の加工仕上げ面(▽▽▽)が軸方向に送られるのと同時に、ラック歯の加工基準面(▽)が押圧部材の押圧面により、軸方向に案内される事によって行われる。この場合に、ラック歯の加工仕上げ面(▽▽▽)と加工基準面(▽)とは、互いに平行である為、このラック歯の加工基準面(▽)と押圧部材の押圧面との軸方向の摺動抵抗は、ラック軸の軸方向位置によらず、ほぼ一定になる。
【符号の説明】
【0037】
1 ステアリングホイール
2 ステアリングシャフト
3 自在継手
4 中間シャフト
5 ステアリングギヤユニット
6 ピニオン軸
7、7a〜7d ラック軸
8 タイロッド
9 ハウジング
10、10a 押圧手段
11 第一収容体
12 第二収容体
13 第三収容体
14 ピニオン歯
15 転がり軸受
16 転がり軸受
17、17a ラック歯
18、18a〜18d ラックブッシュ
19 係合凹部
20 ガイド凸部
21 係合凸部
22、22a 押圧部材
23 ばね
24 ボールジョイント
25 面取り部
26 背面側案内面
27a、27b 前面側案内面
28 押圧面
29 引抜材
30 中間素材
31 第二中間素材
32a、32b 逃げ凹部
33a、33b ばね板部
34 R面取り部
35 油溝
36 凸部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
前面の軸方向一部分にラック歯を有する金属製のラック軸に於いて、中心軸に直交する仮想平面に関する、外周面の断面形状が非円形である引抜材を所定の長さに切断する事により造られた中間素材の前面の軸方向一部分に、前記ラック歯を形成する工程を経て造られた事を特徴とするラック軸。
【請求項2】
ハウジングと、ラックブッシュと、ラック軸と、ピニオン軸と、押圧手段とを備え、
このうちのハウジングは、車体に固定されるものであり、
前記ラックブッシュは、筒状に造られたもので、前記ハウジングの内側に固定されており、
前記ラック軸は、前面の軸方向一部分にラック歯を有するもので、前記ラックブッシュの内側に挿通すると共に、外周面をこのラックブッシュの内周面により軸方向の変位を可能に案内された状態で、前記ハウジングの内側に支持されており、
前記ピニオン軸は、外周面の軸方向一部分にピニオン歯を有するもので、このピニオン歯を前記ラック歯に噛合させた状態で、前記ハウジングの内側に回転可能に支持されており、
前記押圧手段は、押圧部材を有するもので、前記ラック軸の背面のうち、このラック軸を挟んで前記ピニオン軸と反対側の部分を前記押圧部材により弾性的に押圧した状態で、前記ハウジングの内側に設けられている、
ラックピニオン式ステアリングギヤユニットに於いて、
前記ラック軸が請求項1に記載したラック軸である事を特徴とするラックピニオン式ステアリングギヤユニット。
【請求項3】
請求項1に記載したラック軸の製造方法であって、金属材料に引抜加工を施す事により、中心軸に直交する仮想平面に関して、外周面の断面形状が非円形である引抜材を得る工程と、この引抜材を所定の長さに切断して成る中間素材を得る工程と、この中間素材の前面の軸方向一部分にラック歯を形成する工程とを備える事を特徴とするラックの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【公開番号】特開2011−255834(P2011−255834A)
【公開日】平成23年12月22日(2011.12.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−133594(P2010−133594)
【出願日】平成22年6月11日(2010.6.11)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】