説明

リチウムイオン二次電池負極材料用原料油組成物及びこれを用いた原料炭組成物の製造方法

【課題】リチウムイオン二次電池の優れた高速充電放電特性を達成するのに有用なリチウムイオン二次電池負極材料用原料油組成物及びこれを用いた原料炭組成物の製造方法を提供すること。
【解決手段】本発明に係る原料油組成物は、リチウムイオン二次電池の負極材料の原料となるものであって、減圧蒸留によって得られ且つ初留点300℃以上、アスファルテン分及びレジン分の合計含有量25質量%以下、飽和分の含有量40質量%以上である第1の重質油と、芳香族指数0.3以上、初留点150℃以上である第2の重質油とを含有することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウムイオン二次電池の負極材料の原料となる原料油組成物、及び、この原料油組成物を用いてリチウムイオン二次電池の負極材料の原料となる原料炭組成物を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
リチウムイオン二次電池は、従来の二次電池であるニッケルカドミウム電池、ニッケル水素電池、鉛電池に比較し、軽量であり且つ高い入出力特性を有することから、近年、電気自動車やハイブリッド車用の電源として期待されている。二次電池の電極を構成する活物質には炭素材料が用いられており、二次電池の性能を高めるべく、炭素材料についてこれまでに種々の検討がされている(例えば、特許文献1,2を参照)。
【0003】
リチウムイオン二次電池の負極材料として使用される炭素材料は、一般に黒鉛系と非晶質系に大別される。黒鉛系炭素材料は、非晶質系炭素材料と比較し、単位体積あたりのエネルギー密度が高いという利点がある。従って、コンパクトでありながら大きい充電放電容量が要求される携帯電話やノート型パソコン用のリチウムイオン二次電池においては、負極材料として黒鉛系炭素材料が一般に用いられている。黒鉛は炭素原子の六角網面が規則正しく積層した構造を有しており、充放電の際には六角網面のエッジ部でリチウムイオンの挿入離脱反応が進行する。
【特許文献1】特許第3056519号公報
【特許文献2】特公平4−24831号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、リチウムイオン二次電池の負極材料として黒鉛系炭素材料を使用した場合、上述のように単位体積あたりのエネルギー密度を高くできるもののハイブリッド車などの自動車分野に適用するには高速充放電特性、特に高速充電特性の点で改善の余地があった。これは、黒鉛系炭素材料は結晶性の高いことから、それをリチウムイオン二次電池の負極に用いた場合、炭素層における溶媒和リチウムイオンの拡散が制限されることが主因と考えられる。
【0005】
本発明は、このような実情に鑑みてなされたものであり、リチウムイオン二次電池の優れた高速充電放電特性を達成するのに有用なリチウムイオン二次電池負極材料用原料油組成物及びこれを用いた原料炭組成物の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
充放電容量が大きく且つ高速充電放電特性に優れたリチウムイオン二次電池を製造するには、負極材料として用いる炭素材料の結晶構造を極めて発達したものとすると共にその炭素層内に溶媒和リチウムイオンの拡散経路が多数並ぶように形成する必要がある。すなわち、炭素層面の発達と、より多くの炭素エッジ面の形成とが必要である。
【0007】
本発明者らは、上記のような優れた結晶構造を具備する炭素材料について、結晶構造の生成機構に着目して検討を行った。例えば、ニードルコークスは、重質油を高温処理することによって熱分解及び重縮合反応が起きてメソフェーズと呼ばれる液晶球体が生成し、これらが合体してバルクメソフェーズと呼ばれる大きな液晶が中間性生物として生成する過程を経て製造される。本発明者らは、炭素材料の製造に使用する原料油組成物及び原料炭組成物が結晶構造に与える影響について幅広い検討を行った。
【0008】
上記検討の結果、本発明者らは、上記要求性能を満足するリチウムイオン二次電池を得るためには、良好なバルクメソフェーズを生成する重質油と、このバルクメソフェーズが重縮合して炭化及び固化する際に炭素層内にリチウムイオンの拡散経路を形成するのに寄与するガスを生じ得るものであり且つアスファルテン分及びレジン分が少ない減圧蒸留残渣油とを混合した原料油組成物から原料炭組成物を製造することが有用であることを見出し、本発明を完成させた。
【0009】
すなわち、本発明は、リチウムイオン二次電池の負極材料の原料となるものであって、減圧蒸留によって得られ且つ初留点300℃以上、アスファルテン分及びレジン分の合計含有量25質量%以下、飽和分の含有量40質量%以上である第1の重質油と、芳香族指数0.3以上、初留点150℃以上である第2の重質油とを含有することを特徴とする原料油組成物を提供する。
【0010】
本発明の原料油組成物は、熱処理が施されて炭化固化する際のガス発生源となる飽和分を含み且つアスファルテン分及びレジン分の含有量が少ない減圧蒸留残渣油(第1の重質油)と、例えば、流動接触分解処理によって得られ、良好なバルクメソフェーズ生成に寄与する重質油(第2の重質油)とを含有する。このため、原料油組成物を更にコーキング処理することによって、リチウムイオン二次電池の優れた高速充電放電特性を達成するのに有用な原料炭組成物を安定的に製造することができる。
【0011】
本発明に係る原料油組成物は、当該原料油組成物を500℃の温度で熱処理をすると、10μm以下のモザイク組織の割合が5%以下のコークスとなるものが好ましい。このような性質を有する原料油組成物からは、負極の活物質に好適な結晶構造を有する炭素材料を製造することができる。
【0012】
リチウムイオン二次電池の負極材料として優れた性能を発揮し得る原料炭組成物を安定的に得る観点から、原料油組成物の全質量100質量部に対して、第1の重質油の含有量が10〜50質量部であり、第2の重質油の含有量が50〜90質量部であることが好ましい。
【0013】
また、本発明は、リチウムイオン二次電池の負極材料の原料となる原料炭組成物の製造方法であって、減圧蒸留によって得られ且つ初留点300℃以上、アスファルテン分及びレジン分の合計含有量25質量%以下、飽和分の含有量40質量%以上である第1の重質油と、芳香族指数0.3以上、初留点150℃以上である第2の重質油とを含有する原料油組成物を調製する第1工程と、この原料油組成物をコーキング処理して原料炭組成物を得る第2工程と、を備えることを特徴とする製造方法を提供する。
【0014】
本発明に係る製造方法によれば、本発明に係る上記原料油組成物をコーキング処理して原料炭組成物を製造するため、リチウムイオン二次電池の優れた高速充電放電特性を達成するのに有用な原料炭組成物を安定的に製造することができる。この原料炭組成物を用いてリチウムイオン二次電池の負極材料を製造することによって、リチウムイオン二次電池の大きい充放電容量及び優れた高速充電放電特性の両方を高水準に達成し得る。なお、本発明に係る製造方法によって製造された原料炭組成物は、リチウムイオン二次電池負極用の炭素材料としてそのまま用いてもよいが、原料炭素組成物に対して熱処理を更に施して得られた炭素材料をリチウムイオン二次電池負極用の炭素材料(活物質)として用いることが好ましい。
【0015】
本発明の製造方法においては、第1工程において、得られる原料油組成物が下記条件(A)を満たすように、第1の重質油と第2の重質油とを混合することが好ましい。条件(A)を満たす原料油組成物をコーキング処理することによって、結晶構造が極めて発達しており、負極の活物質に好適な炭素材料を得ることができる。
(A)500℃の温度で原料油組成物を熱処理して得られるコークスは、10μm以下のモザイク組織の割合が5%以下である。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、リチウムイオン二次電池の優れた高速充電放電特性を達成するのに有用なリチウムイオン二次電池負極材料用原料油組成物及びこれを用いた原料炭組成物の製造方法が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。
【0018】
(リチウムイオン二次電池負極材料用原料油組成物)
本実施形態に係るリチウムイオン二次電池負極材料原料油組成物は、減圧蒸留によって得られ且つ初留点300℃以上、アスファルテン分及びレジン分の合計含有量25質量%以下、飽和分の含有量40質量%以上である第1の重質油と、芳香族指数0.3以上、初留点150℃以上である第2の重質油とを含有する。この原料油組成物に対してコーキング処理することによって原料炭組成物を得ることができ、この原料炭組成物に対して更なる熱処理などを施すことによって高速充電特性に優れたリチウムイオン二次電池負極材料を得ることができる。
【0019】
原料油組成物の調製に用いる第1の重質油及び第2の重質油について説明する。
【0020】
第1の重質油は、減圧蒸留によって得られる重質油であり、初留点300℃以上、アスファルテン分及びレジン分の合計含有量25質量%以下、飽和分の含有量40質量%以上である。
【0021】
第1の重質油の初留点は、300℃以上であるが、350℃以上であることが好ましい。初留点が300℃未満であると、原料油組成物をコーキング処理して得られる原料炭組成物の収率が不十分となる。これに加え、原料炭組成物が非晶質な構造となり、原料炭組成物に対して更に炭化黒鉛化処理を施しても炭素六角網平面の発達が不十分となる。その結果、リチウムイオンを取り込んだ黒鉛層間化合物の形態で貯蔵可能なリチウムイオンの量が不十分となり、高速充放電特性に優れた負極炭素材料を得ることが困難となる。なお、初留点の上限は450℃であることが好ましく、400℃であることがより好ましい。
【0022】
第1の重質油に含まれるアスファルテン分及びレジン分の合計量は、25質量%以下であるが、20質量%以下であることが好ましい。アスファルテン分とレジン分の合計含有量が25質量%を超えると、原料油組成物をコーキング処理した際に早期コーキングが進行し、結晶性に劣る乱層コークス構造となり、原料炭組成物に対して更に炭化黒鉛化処理を施しても炭素六角網平面の発達が不十分となる。その結果、貯蔵可能なリチウムイオンの量が不十分となり、高速充放電特性に優れた負極炭素材料を得ることが困難となる。なお、第1の重質油に含まれるアスファルテン分及びレジン分の合計量は0質量%であってもよい。
【0023】
第1の重質油に含まれる飽和分の含有量は、40質量%以上であるが、50質量%以上であることが好ましく、60質量%以上であることがより好ましい。飽和分の含有量が40質量%未満であると、原料油組成物のコーキング処理において、熱分解又は重縮合によって発生するガス量が不足し、その結果、メソフェーズの配向性が不十分となり、結晶性が不十分なコークス構造となる。なお、飽和分の含有量の上限は、85質量%であることが好ましく、80質量%であることがより好ましい。
【0024】
第1の重質油は、硫黄分0.3質量%以下であることが好ましく、0.2質量%以下であることがより好ましく、0.1質量%以下であることが更に好ましい。硫黄分の含有量が0.3質量%を超えると硫黄分によって早期コーキングが誘引されやすくなる。そうすると、得られる原料炭組成物は結晶性の低い構造となり、原料炭組成物に対して更に炭化黒鉛化処理を施しても炭素六角網平面の発達が不十分となりやすい。また、第1の重質油の硫黄分が0.3質量%を超えると原料炭組成物に残存する硫黄分が多くなり、原料炭組成物を炭化黒鉛化する過程で硫黄分が揮発する際にパッフィングと呼ばれる膨張が生じ、負極炭素材料の強度が不十分となるおそれがある。このようなパッフィングの発生を抑制する点からも硫黄分の含有量が十分に低減された第1の重質油を用いることが好ましい。
【0025】
第1の重質油の窒素分は、0.3質量%以下であることが好ましく、0.2質量%以下であることがより好ましい。窒素分の含有量が0.3質量%を超えると、得られる原料炭組成物中に残存する窒素分が多くなり、原料炭組成物を炭化黒鉛化する過程で窒素分が揮発する際に、硫黄分が多い場合と同様、結晶欠陥が生じて負極炭素材料の強度低下を引き起こすおそれがある。
【0026】
第1の重質油の原料油としては、例えば、原油、原油の蒸留により得られる常圧蒸留残油、及びこれらの混合油等が挙げられる。このような原料油を用いた減圧蒸留の処理は、圧力条件:−30kPa(ゲージ圧)以下、温度条件:350℃以上にて行うことが好ましい。
【0027】
第2の重質油は、流動接触分解処理によって得られる重質油であり、初留点150℃以上、芳香族指数が0.3以上である。
【0028】
第2の重質油の初留点は、150℃以上であるが、170℃以上であることが好ましい。初留点が150℃未満であると原料炭組成物の収率が不十分となる。
【0029】
第2の重質油の芳香族指数は、0.3以上であるが、0.4以上であることが好ましい。芳香族指数が0.3未満であると、原料炭組成物の収率が不十分となる。なお、第1の重質油との共炭化(コーキング)時において、芳香族成分と飽和成分との良好な馴染みを確保する観点から、芳香族指数の上限は、0.9であることが好ましく、0.8であることがより好ましい。
【0030】
第2の重質油に含まれるアスファルテン分及びレジン分の合計量は、10質量%以下であることが好ましく、8質量%以下であることがより好ましい。また、第2の重質油の飽和分の含有量は、25質量%以上であることが好ましく、30質量%以上であることがより好ましい。第2の重質油のアスファルテン分及びレジン分の合計量、並びに、飽和分の含有量が上記範囲内であることが好ましい理由は、第1の重質油に係る理由と同様である。
【0031】
また、第2の重質油は、当該重質油の全質量基準で硫黄分の含有量が0.5質量%以下であることが好ましく、0.4質量%以下であることがより好ましく、0.3質量%以下であることが更に好ましい。また、第2の重質油は、当該重質油の全質量基準で窒素分の含有量が0.2質量%以下であることが好ましく、0.15質量%以下であることがより好ましく、0.1質量%以下であることが更に好ましい。第2の重質油の硫黄分及び窒素分の含有量が上記のように所定値以下であることが好ましい理由は、第1の重質油に係る理由と同様である。
【0032】
第2の重質油を得る流動接触分解処理の条件について説明する。ここで、「流動接触分解処理」とは、固体酸触媒などを用いて高沸点留分を分解する処理を意味する。この処理に用いられる流動接触分解装置はFCC(Fluidized Catalytic Cracking)とも呼ばれる。
【0033】
第2の重質油を得るための流動接触分解処理は、初留点150℃以上、芳香族指数が0.3以上の重質油を得ることが可能なものであれば特に制限されないが、例えば反応温度480〜550℃、全圧100〜300kPa、触媒/油比1〜20、接触時間1〜10秒とすることが好ましい。
【0034】
また、流動接触分解処理に用いられる触媒としては、例えば、シリカ・アルミナ触媒、ゼオライト触媒、あるいはこれらの触媒に白金(Pt)などの金属を担持したものなどが挙げられる。これらの触媒は市販品を用いてもよい。
【0035】
第2の重質油の原料油としては、流動接触分解処理によって初留点150℃以上、芳香族指数が0.3以上の重質油を得ることが可能なものであれば特に制限されないが、15℃における密度が0.8g/cm以上である炭化水素油が好ましい。このような原料油としては、常圧蒸留残油、減圧蒸留残油、シェールオイル、タールサンドビチューメン、オリノコタール、石炭液化油、及びこれらを水素化精製した重質油などが挙げられる。
【0036】
なお、重質油のアスファルテン分、レジン分及び飽和分の含有量は、薄層クロマトグラフを用いて測定される値を意味する。重質油の硫黄分及び窒素分の含有量は、JIS K2541及びJIS K2609に従ってそれぞれ測定される値を意味する。重質油の芳香族指数は、Knight法によって求められた値を意味し、物質中の芳香族炭素の分率を示すものである(「ピッチのキャラクタリゼーション II.化学構造」横野、真田(炭素、1981,No105,p73〜81)を参照)。重質油の初留点は、JIS K2254に従って測定される値を意味する。
【0037】
(原料油組成物及びその調製方法)
次に、原料油組成物及びその調製方法について説明する。本実施形態に係る原料油組成物は、当該原料油組成物に対して500℃の温度での熱処理を施した場合に、10μm以下のモザイク組織の割合が5%以下のコークスが得られるように、上述の第1の重質油と、第2の重質油とを混合することによって調製される。
【0038】
本実施形態に係る原料油組成物は、500℃の温度で熱処理が施されると、10μm以下のモザイク組織の割合が5%以下(より好ましくは4%以下)のコークスを与えるものであることが好ましい。ここで、コークス中に10μm以下のモザイク組織の割合が小さいことは、メソフェーズと呼ばれる液晶の成長状態が良好であることを意味する。このメソフェーズは、原料油組成物の熱処理に伴い、熱分解と重縮合が起こることによって生成する中間生成物であり、同一平面に沿って芳香族環の連なりが発達したものである。
【0039】
なお、原料油組成物に対して500℃での熱処理を行って得られたコークス中のモザイク組織の割合は、「炭素化工学の基礎」真田雄三、大谷杉郎(オーム社)147頁に記載の測定方法に従って測定した値を意味する。また、ここでいう「500℃での熱処理」とは、原料油組成物を試験管に採取し、窒素雰囲気下、常圧、500℃で3時間熱処理を行いコークス化することをいう。
【0040】
500℃での熱処理によって10μm以下のモザイク組織の割合が5%を超えるような原料油組成物をコーキング処理して得られる原料炭組成物は、メソフェーズの配向性が不十分であり、結晶性に劣るコークス構造となりやすく、炭素六角網平面の発達が十分となりやすい。その結果、リチウムイオンを取り込んだ黒鉛層間化合物の形態で貯蔵可能なリチウムイオンの量が不十分となりやすく、高速充放電特性に優れた負極炭素材料を得にくくなる。
【0041】
原料油組成物を調製するに際し、第1の重質油と第2の重質油との混合比は、特に制限されないが、リチウムイオン二次電池負極用の炭素材料として優れた性能を発揮し得る原料炭組成物を安定的に得る観点から、原料油組成物100質量部に対して、第1の重質油の含有量が1〜50質量部であることが好ましく、10〜50質量部であることがより好ましい。他方、原料油組成物100質量部に対して、第2の重質油の含有量が50〜99質量部であることが好ましく、50〜80質量部であることがより好ましい。また、同様の観点から、原料油組成物100質量部に対して、第1及び第2の重質油の含有量の合計が70〜100質量部であることが好ましく、60〜100質量部であることがより好ましい。
【0042】
なお、原料油組成物に含まれる第1及び第2の重質油以外の成分としては、低硫黄減圧軽油、脱硫減圧軽油を挙げることができる。
【0043】
(原料炭組成物の製造方法)
原料油組成物をコーキング処理して原料炭組成物を得る方法としては、ディレードコーキング法が好ましい。より具体的には、ディレードコーカーで加圧下、原料油組成物を熱処理する。ディレードコーカーの圧力及び温度はそれぞれ300〜800kPa、400〜600℃とすることが好ましい。
【0044】
コーキング処理によって得られた原料炭組成物(石油生コークス)は、リチウムイオン二次電池負極材料としてそのまま用いてもよいが、原料炭組成物を更に熱処理したものをリチウムイオン二次電池負極材料として用いることが好ましい。具体的には、リチウムイオン二次電池負極用炭素材料として、原料炭組成物を不活性ガス雰囲気下で、1000〜1500℃でか焼して得られる炭素材料(か焼炭)、あるいは、原料炭組成物又はか焼炭を更に2000〜3000℃で熱処理して人造黒鉛化された炭素材料を用いることが好ましい。
【0045】
なお、上記実施形態においては、第2の重質油として流動接触分解処理によって得られる重質油を使用する場合を例示したが、芳香族指数及び初留点に係る条件を満たすものであれば、これに限定されるものではない。例えば、第2の重質油として流動接触分解処理によって得られる重質油の代わりに、エチレンタールを用いてもよい。エチレンタールとは、エチレン、プロピレン等のオレフィン類を製造するナフサの熱分解装置の塔底部で得られるものである。例えば、エチレンタールは、その代表的な管式加熱炉プロセス、いわゆるスチームクラッキング法において、ナフサをスチームと共に加熱分解炉に導入し、760〜900℃程度の温度で加熱分解して得られる炭化水素類を急冷した後、これを精留塔に導入してその塔底部から得ることができる。
【0046】
(リチウム二次電池)
次に、本発明に係る原料炭組成物から得られるリチウムイオン二次電池負極用炭素材料を用いたリチウム二次電池について説明する。
【0047】
リチウムイオン二次電池用負極の製造方法としては特に限定されず、例えば、本実施形態に係る原料炭組成物を熱処理して得た炭素材料、バインダー、必要に応じて導電助剤、有機溶媒を含む混合物を加圧成形して得られる。また他の方法としては、原料炭組成物を熱処理して得た炭素材料、バインダー、導電助剤等を有機溶媒中でスラリー化し、該スラリーを集電体上に塗布した後、乾燥して得られる。なお、原料炭組成物を熱処理して得た炭素材料を、以下、場合により単に「炭素材料」という。
【0048】
上記バインダーとしては、ポリフッ化ビニリデン、ポリテトラフルオロエチレン、SBR(スチレンーブタジエンラバー)等を挙げることができる。バインダーの使用量は、炭素材料100質量部に対して1〜30質量部が適当であるが、3〜20質量部程度が好ましい。
【0049】
上記導電助剤としては、カーボンブラック、グラファイト、アセチレンブラック、又は導電性を示すインジウム−錫酸化物、又は、ポリアニリン、ポリチオフェン、ポリフェニレンビニレン等の導電性高分子を挙げることができる。導電助剤の使用量は、炭素材料100質量部に対して1〜15質量部が好ましい。
【0050】
上記有機溶媒としては、ジメチルホルムアミド、N−メチルピロリドン、イソプロパノール、トルエン等を挙げることができる。
【0051】
炭素材料、バインダー、必要に応じて導電助剤、有機溶媒を混合する方法としては、スクリュー型ニーダー、リボンミキサー、万能ミキサー、プラネタリーミキサー等の公知の装置を用いることができる。該混合物は、ロール加圧、プレス加圧することにより成形されるが、このときの圧力は100〜300MPa程度が好ましい。
【0052】
リチウムイオン二次電池用負極の他の製造法としては、炭素材料、バインダー、導電助剤等を有機溶媒中でスラリー化し、該スラリーを集電体上に塗布したのち、乾燥する方法が挙げられる。
【0053】
上記集電体の材質及び形状については、特に限定されず、例えば、アルミニウム、銅、ニッケル、チタン、ステンレス鋼等を、箔状、穴開け箔状、メッシュ状等にした帯状のものを用いればよい。また、多孔性材料、例えばポーラスメタル(発泡メタル)やカーボンペーパーなども使用可能である。
【0054】
上記負極材スラリーを集電体に塗布する方法としては、特に限定されないが、例えば、メタルマスク印刷法、静電塗装法、ディップコート法、スプレーコート法、ロールコート法、ドクターブレード法、グラビアコート法、スクリーン印刷法など公知の方法が挙げられる。塗布後は、必要に応じて平板プレス、カレンダーロール等による圧延処理を行う。
【0055】
また、シート状、ペレット状等の形状に成形された負極材スラリーと集電体との一体化は、例えば、ロール、プレス、もしくはこれらの組み合わせ等、公知の方法により行うことができる。
【0056】
本実施形態に係るリチウムイオン二次電池負極用炭素材料を用いたリチウムイオン二次電池は、例えば、上記のようにして製造したリチウムイオン二次電池用負極と正極とをセパレータを介して対向して配置し、電解液を注入することにより得ることができる。
【0057】
正極に用いる活物質としては、特に制限はなく、例えば、リチウムイオンをドーピング又はインターカレーション可能な金属化合物、金属酸化物、金属硫化物、又は導電性高分子材料を用いればよく、例えば、コバルト酸リチウム(LiCoO)、ニッケル酸リチウム(LiNiO)、マンガン酸リチウム(LiMnO)、及びこれらの複酸化物(LiCoNiMn、X+Y+Z=1)、リチウムマンガンスピネル(LiMn)、リチウムバナジウム化合物、V、V13、VO、MnO、TiO、MoV、TiS、V、VS、MoS、MoS、Cr、Cr、オリビン型LiMPO(M:Co、Ni、Mn、Fe)、ポリアセチレン、ポリアニリン、ポリピロール、ポリチオフェン、ポリアセン等の導電性ポリマー、多孔質炭素等及びこれらの混合物を挙げることができる。
【0058】
セパレータとしては、例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン等のポリオレフィンを主成分とした不織布、クロス、微孔フィルム又はそれらを組み合わせたものを使用することができる。なお、作製するリチウムイオン二次電池の正極と負極が直接接触しない構造にした場合は、セパレータを使用する必要はない。
【0059】
リチウム二次電池に使用する電解液及び電解質としては公知の有機電解液、無機固体電解質、高分子固体電解質が使用できる。好ましくは、電気伝導性の観点から有機電解液が好ましい。
【0060】
有機電解液としては、ジブチルエーテル、エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル、エチレングリコールモノブチルエーテル、ジエチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールフェニルエーテル等のエーテル;N−メチルホルムアミド、N,N−ジメチルホルムアミド、N−エチルホルムアミド、N,N−ジエチルホルムアミド、N−メチルアセトアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、N−エチルアセトアミド、N,N−ジエチルアセトアミド等のアミド;ジメチルスルホキシド、スルホラン等の含硫黄化合物;メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン等のジアルキルケトン;テトラヒドロフラン、2−メトキシテトラヒドロフラン等の環状エーテル;エチレンカーボネート、ブチレンカーボネート、ジエチルカーボネート、ジメチルカーボネート、メチルエチルカーボネート、プロピレンカーボネート、ビニレンカーボネート等のカーボネート;γ−ブチロラクトン;N−メチルピロリドン;アセトニトリル、ニトロメタン等の有機溶媒を挙げることができる。なかでも、エチレンカーボネート、ブチレンカーボネート、ジエチルカーボネート、ジメチルカーボネート、メチルエチルカーボネート、プロピレンカーボネート、ビニレンカーボネート、γ−ブチロラクトン、ジエトキシエタン、ジメチルスルホキシド、アセトニトリル、テトラヒドロフラン等を好ましい例として挙げることができ、特に好ましい例として、エチレンカーボネート、プロピレンカーボネート等のカーボネート系非水溶媒を挙げることができる。これらの溶媒は、単独で又は2種以上を混合して使用することができる。
【0061】
これらの溶媒の溶質(電解質)には、リチウム塩が使用される。一般的に知られているリチウム塩にはLiClO、LiBF、LiPF、LiAlCl、LiSbF、LiSCN、LiCl、LiCFSO、LiCFCO、LiN(CFSO等がある。
【0062】
高分子固体電解質としては、ポリエチレンオキサイド誘導体及び該誘導体を含む重合体、ポリプロピレンオキサイド誘導体及び該誘導体を含む重合体、リン酸エステル重合体、ポリカーボネート誘導体及び該誘導体を含む重合体等が挙げられる。
【0063】
なお、上記以外の電池構成上必要な部材の選択についてはなんら制約を受けるものではない。
【0064】
リチウムイオン二次電池の構造は、特に限定されないが、通常、正極及び負極と、必要に応じて設けられるセパレータとを、扁平渦巻状に巻回して巻回式極板群としたり、これらを平板状として積層して積層式極板群とし、これら極板群を外装体中に封入した構造とするのが一般的である。リチウムイオン二次電池は、例えば、ぺーパー型電池、ボタン型電池、コイン型電池、積層型電池、円筒型電池などとして使用される。
【0065】
本実施形態に係るリチウムイオン二次電池負極用炭素材料を用いたリチウムイオン二次電池は、従来の炭素材料を用いたリチウムイオン二次電池と比較して、急速充放電特性に優れ、自動車用、具体的にはハイブリッド自動車用、プラグインハイブリッド自動車用、電気自動車用に使用することができる。
【実施例】
【0066】
以下、実施例及び比較例に基づき本発明を更に具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に何ら限定されるものではない。
【0067】
(実施例1)
(1)負極炭素材料の作製
先ず、常圧蒸留残油(密度0.90g/cm、硫黄分0.30質量%)を、加熱炉出口温度:350℃、圧力:−100kPa(ゲージ圧)の条件下で減圧蒸留し、初留点390℃、アスファルテン分6質量%、レジン分7質量%、飽和分60質量%、硫黄分0.1質量%の減圧蒸留残渣油(第1の重質油)を得た。一方、脱硫減圧軽油(硫黄分500質量ppm、15℃における密度0.88g/cm)を流動接触分解し、初留点200℃、芳香族指数0.39、硫黄分0.1質量%、アスファルテン分0質量%、飽和分34質量%の流動接触分解残油(第2の重質油)を得た。
【0068】
上記の減圧蒸留残渣油と流動接触分解残油とを2:3(質量比)で混合し、原料油組成物Aを得た。この原料油組成物Aを、常圧、500℃で3時間熱処理を行いコークス化し生成したコークスを市販の樹脂に埋め込み偏光顕微鏡で観察したところ、10μm以下のモザイク組織の割合は4.0%であった。
【0069】
原料油組成物Aをディレードコーカーに導入してコークス化し、原料炭組成物(生コークス)を得た。次いで、この原料炭組成物をロータリーキルンに導入して1500℃でか焼し、か焼炭を得た。得られたか焼炭を粉砕して平均粒子径25μmの炭素微粒子材料Aを得た。
【0070】
(2)負極材料の充放電評価
(a)負極の作製
負極の活物質として炭素微粒子材料A(処理温度:1500℃)、導電材としてアセチレンブラック(AB)、バインダーとしてポリフッ化ビニリデン(PVDF)を80:10:10(質量比)の割合でN−メチル−2−ピロリドン中で混合し、スラリーを作製した。該スラリーを銅箔上に塗布し、ホットプレートで10分間乾燥したのち、ロールプレスでプレス成形した。
(b)評価用電池の作製
負極(30×50mm)として上記の組成物、正極(30×50mm)としてニッケル酸リチウム、電解液としてエチレンカーボネート(EC)/メチルエチルカーボネート(MEC)混合液(EC/MEC質量比:3/7、溶質:LiPF(1M体積モル濃度)、及びセパレータとしてポリエチレン微孔膜を用いた。
(c)高速充放電レート特性の評価
上記電池の高速(10C)充放電特性の測定結果を表1に示す。本実施例で作製した電池は、10Cの高速充電を行ったとき、充電容量は140mAh/gであり、高速充電特性に極めて優れていた。
【0071】
(実施例2)
負極の活物質として、炭素微粒子材料A(処理温度:1500℃)の代わりに、炭素微粒子材料Aを窒素ガス雰囲気下、2400℃で30分間黒鉛化処理して得た炭素微粒子材料B(処理温度:2400℃)を用いたことの他は、実施例1と同様にして評価用電池を作製した。実施例1と同様の操作で高速充放電特性を評価した結果を、表1に示す。本実施例で作製した電池は、10Cの高速充電を行ったとき、充電容量は220mAh/gであり、高速充電特性に極めて優れていた。
【0072】
(比較例1)
減圧蒸留残渣油と流動接触分解残油とを併用して原料油組成物を調製する代わりに、実施例1において用いた減圧蒸留残渣油(第1の重質油)と同様の重質油からなる原料油組成物Bを準備した。この原料油組成物Bを、常圧、500℃で3時間熱処理を行いコークス化し生成したコークスを市販の樹脂に埋め込み偏光顕微鏡で観察したところ、10μm以下のモザイク組織の割合は7.0%であった。
【0073】
原料油組成物Aの代わりに原料油組成物Bを用いたことの他は、実施例1と同様にして炭素微粒子材料C(処理温度:1500℃)を調製し、炭素微粒子材料Aの代わりに炭素微粒子材料Cを負極の活物質として用いたことの他は実施例1と同様にして評価用電池を作製した。そして、実施例1と同様の操作で高速充放電特性を評価した結果を、表1に示す。本比較例で作製した電池は、10Cの高速充電を行ったとき、充電容量は100mAh/gであり、実施例1,2で作製した電池と比較して劣っていた。
【0074】
(比較例2)
負極の活物質として、炭素微粒子材料C(処理温度:1500℃)の代わりに、炭素微粒子材料Cを窒素ガス雰囲気下、2400℃で30分間黒鉛化処理して得た炭素微粒子材料D(処理温度:2400℃)を用いたことの他は、実施例1と同様にして評価用電池を作製した。実施例1と同様の操作で高速充放電特性を評価した結果を、表1に示す。本比較例で作製した電池は、10Cの高速充電を行ったとき、充電容量は100mAh/gであり、実施例1,2に比較して劣っていた。
【0075】
(比較例3)
負極の活物質として、炭素微粒子材料A(処理温度:1500℃)の代わりに、天然黒鉛を用いたことの他は、実施例1と同様にして評価用電池を作製した。実施例1と同様の操作で高速充放電特性を評価した結果を、表1に示す。本比較例で作製した電池は、10Cの高速充電を行ったとき、充電容量は50mAh/g以下であり、実施例1,2に比較して著しく劣っていた。
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
リチウムイオン二次電池の負極材料の原料となる原料油組成物であって、
減圧蒸留によって得られ且つ初留点300℃以上、アスファルテン分及びレジン分の合計含有量25質量%以下、飽和分の含有量40質量%以上である第1の重質油と、
芳香族指数0.3以上、初留点150℃以上である第2の重質油と、
を含有することを特徴とする原料油組成物。
【請求項2】
500℃の温度での熱処理が施されると、10μm以下のモザイク組織の割合が5%以下のコークスとなることを特徴とする、請求項1に記載の原料油組成物。
【請求項3】
全質量基準で、前記第1の重質油の含有量が10〜50質量%であり、前記第2の重質油の含有量が50〜90質量%であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の原料油組成物。
【請求項4】
リチウムイオン二次電池の負極材料の原料となる原料炭組成物の製造方法であって、
減圧蒸留によって得られ且つ初留点300℃以上、アスファルテン分及びレジン分の合計含有量25質量%以下、飽和分の含有量40質量%以上である第1の重質油と、芳香族指数0.3以上、初留点150℃以上である第2の重質油とを含有する原料油組成物を調製する第1工程と、
前記原料油組成物をコーキング処理して原料炭組成物を得る第2工程と、
を備えることを特徴とする製造方法。
【請求項5】
前記第1工程において、得られる前記原料油組成物が下記条件(A)を満たすように、前記第1の重質油と前記第2の重質油とを混合することを特徴とする、請求項4に記載の製造方法。
(A)500℃の温度で前記原料油組成物を熱処理して得られるコークスは、10μm以下のモザイク組織の割合が5%以下である。

【公開番号】特開2009−117257(P2009−117257A)
【公開日】平成21年5月28日(2009.5.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−291197(P2007−291197)
【出願日】平成19年11月8日(2007.11.8)
【出願人】(000004444)新日本石油株式会社 (1,898)
【Fターム(参考)】