説明

乳酸菌検出用培地

【課題】バンコマイシン耐性菌を含む糞便を対象とした場合であっても、乳酸菌を選択的に検出できる培地を提供する。
【解決手段】LBS培地からグルコースを除いた成分、ホスホマイシン、ラクチトール及びバンコマイシンを含有することを特徴とする改変LBS培地。Escherichia coli、Klebsiella pneumoniae及びProteus mirabilisから選ばれる1種以上のバンコマイシン耐性大腸菌群の生育抑制能を有するものである培地。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒト糞便中の乳酸菌、特にラクトバチルス・カゼイを選択的に検出できる培地、及び当該培地を用いる乳酸菌の検出法に関する。
【背景技術】
【0002】
ラクトバチルス・カゼイ等の乳酸菌には、整腸作用、術後感染性合併症予防効果、乳がんや膀胱がんに対する発がん予防作用等種々の生理作用を有することが知られており、乳酸菌の生菌を含有する飲食品が広く使用されている。乳酸菌がこのような生理作用を示すには、乳酸菌は生きて腸に到達することが重要である。
【0003】
乳酸菌が生きて腸に到達したかどうかを確認する手段としては、乳酸菌や乳酸菌含有飲食品を摂取したヒトの糞便中の乳酸菌を検出する方法が広く採用されている。
【0004】
乳酸菌検出用培地としては、LBS培地が広く一般に使用されている。一方、ヒト糞便中の乳酸菌を検出する培地としてLBS培地を改変したLLV(lactitol−LBS vancomycin)寒天培地(非特許文献1)が知られている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Int.J.Food Microbiol.,48,51−57(1999)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、ヒト糞便には、種々の抗生物質耐性菌が含まれることが多く、例えばバンコマイシン耐性大腸菌群等の発生が知られている。このような大腸菌群を多量に含有する糞便を測定対象とした場合には、LLV培地において、大腸菌群と乳酸菌を見分けることが難しく、乳酸菌検出培地として使用できないことが明らかとなってきた。
従って、本発明の課題は、バンコマイシン耐性であってかつLLV寒天培地で生育可能な腸内細菌を含む糞便を対象とした場合であっても、乳酸菌を選択的に検出できる培地を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
そこで本発明者は、LBS培地を基礎培地とし、種々の成分の添加、削除等を検討したところ、LBS培地からグルコースを除いた成分に、ホスホマイシン、ラクチトール及びバンコマイシンを含有させた培地を用いれば、ヒト糞便中のバンコマイシン耐性大腸菌群の生育を有効に抑制でき、乳酸菌を選択的に検出できることを見出し、本発明を完成した。
【0008】
すなわち、本発明は、LBS培地からグルコースを除いた成分、ホスホマイシン、ラクチトール及びバンコマイシンを含有することを特徴とする改変LBS培地を提供するものである。
また本発明は、上記改変LBS培地を用いることを特徴とするヒト糞便中の乳酸菌の検出法を提供するものである。
【発明の効果】
【0009】
本発明の培地を用いれば、バンコマイシン耐性大腸菌群がヒト糞便中に存在したとしても、糞便中の乳酸菌、特にラクトバチルス・カゼイを高感度で選択的に検出可能である。従って、乳酸菌又は乳酸菌含有飲食品を摂取したヒトの腸に、乳酸菌が到達したかどうかが正確に判定できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】各種選択培地におけるラクトバチルス・カゼイ(YIT 9029)及び大腸菌群(Enterobacteriaceae)3菌株の発育状況を示す図である。図中の符号は次のとおり。 A,D,G:糞便懸濁液A+大腸菌群3菌株(各108CFU/mL)+ラクトバチルス・カゼイ(103CFU/mL) B,E,H:糞便懸濁液B+大腸菌群3菌株+ラクトバチルス・カゼイ C,F,I:糞便懸濁液C+大腸菌群3菌株+ラクトバチルス・カゼイ P:輸送培地+ラクトバチルス・カゼイ
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の改変LBS培地は、公知のLBS培地からグルコースを除いた成分、ホスホマイシン、ラクチトール及びバンコマイシンを含有する。ここでLBS培地は、乳酸菌を検出できる培地として知られている培地であり、培地1Lあたり次の成分を含有する。タンパク質分解物(例えばペプトン分解物、カゼイン分解物等)5〜15g(好ましくは10g)、酵母エキス3〜7g(好ましくは5g)、リン酸二水素カリウム4〜8g(好ましくは6g)、クエン酸アンモニウム1〜3g(好ましくは2g)、ポリオキシエチレン(20)ソルビタンオレエート0.5〜2g(好ましくは1g)、酢酸ナトリウム20〜30g(好ましくは25g)、硫酸マグネシウム0.3〜0.9g(好ましくは0.575g)、硫酸鉄0.01〜0.06g(好ましくは0.034g)、硫酸マンガン0.08〜0.3g(好ましくは0.12g)、グルコース15〜25g(好ましくは20g)、寒天10〜20g(好ましくは15g)。また、pHは5.5±0.2が望ましい。
【0012】
本発明においては、上記の成分からグルコースを除いた成分を含有するLBS培地を用いる。
【0013】
ラクチトールは、培地1Lあたり15〜25g、特に20g含有するのが、乳酸菌選択性の点で好ましい。また、バンコマイシンは、培地1Lあたり5〜20mg、特に10mg含有するのが、乳酸菌選択性の点で好ましい。
【0014】
本発明の培地には、ホスホマイシンを含有するのが、バンコマイシン耐性菌の発育を抑制する点で好ましい。ホスホマイシンの含有量は、培地1Lあたり500〜1500mg、特に500〜1024mgであるのか好ましい。
【0015】
本発明の培地には、前記成分の他、水が含まれる。
【0016】
本発明の培地は、前記成分のうち、ホスホマイシン、バンコマイシンは濾過滅菌(フィルター滅菌)で、それ以外の成分については加熱滅菌した後、両者を混合し、必要により寒天を添加してゲル化することにより製造できる。形態は寒天平板培地が好ましい。
【0017】
本発明の培地は、ヒト糞便中の乳酸菌の選択培地として有用である。ここで乳酸菌のうち、ラクトバチルス属乳酸菌、特にラクトバチルス・カゼイの選択培地として有用である。
【0018】
さらに、本発明の培地は、バンコマイシン耐性大腸菌群の生育抑制能を有するので、ヒト糞便中にバンコマイシン耐性大腸菌群が含まれている場合であっても、乳酸菌、特にラクトバチルス・カゼイを検出することができる。ここでバンコマイシン耐性大腸菌群には、バンコマイシン耐性のEscherichia coliKlebsiella pneumoniaeProteus mirabilisから選ばれる1種又は2種以上が含まれる。
【0019】
本発明の培地を用いて乳酸菌を検出するには、培地に段階希釈した試料を添加して通常の好気培養条件で培養し、コロニーの有無を検出すればよい。培養条件は、好気条件下、37±2℃で24〜72時間程度培養するのがよい。コロニーの検出は、培地上のコロニーをカウントすればよい。なお、液体培地の場合には、濁度等の菌体濃度測定に用いられる方法により乳酸菌の検出をすることができる。また、特定の乳酸菌の生菌数を測定する場合には、コロニー形状による判定、菌種あるいは菌株特異的抗体による判定、菌種あるいは菌株特異的プライマーあるいはプローブを用いたPCR法・RT−PCR法あるいはFISH法による判定等を単独あるいは組み合わせて用いることにより、高精度な定性・定量が可能となる。
【実施例】
【0020】
次に実施例を挙げて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれにより何ら制限されるものではない。
【0021】
実施例1
A.実験方法
(1)供試菌株
ラクトバチルス・カゼイ YIT 9029(FERM BP−1366)及びEscherichia coli ATCC11775(バンコマイシン耐性)、Klebsiella pneumoniae ATCC13883(バンコマイシン耐性)、Proteus mirabilis ATCC29906(バンコマイシン耐性)を試験に用いた。YIT9029については10mLのMRS液体培地(100%CO2ガス,Difco Laboratories)にて、37℃、24時間嫌気培養した後、その菌液を4℃にて3500×g、10分間遠心分離して上清を取り除き、菌体を再び10mLのMRS液体培地に懸濁した(109CFU/mL)。大腸菌群の3菌株については、それぞれ10mLのBHI液体培地(Difco Laboratories)にて、37℃で16時間振湯培養(140rpm/min)した後、YIT 9029と同条件で遠心分離操作を行い、菌体を10mLのBHI液体培地に懸濁した(それぞれ109CFU/mL)。以上のYIT 9029及び大腸菌群3菌株の菌液を以下の実験に用いた。
【0022】
(2)最小発育阻止濃度の測定
YIT9029及び大腸菌群の3菌株における最小発育阻止濃度(MIC)測定用基礎培地として、それぞれMRS液体培地(100%CO2ガス)及びBHI液体培地を用いた。抗菌薬には、クロラムフェニコール(Sigma,Ca.No.C0378)、ホスホマイシン(Sigma,Ca.No.P5396)、カナマイシン(Sigma,Ca.No.K4000)あるいはバンコマイシン(Sigma,Ca.No.V2002)を用いた。各抗菌薬を2048μg/mLになるようにMRS液体培地、あるいはBHI液体培地に溶解して0.45μmのメンブランフィルター(クラボウ)を用いてろ過滅菌した後、基礎培地にて抗菌薬を2倍段階希釈した(試験管段階希釈法)。この各2倍段階希釈液にYIT9029を105CFU/mL、あるいは大腸菌群の3菌株を109CFU/mLになるように添加して37℃、48時間(YIT9029)、あるいは37℃、16時間(大腸菌群の3菌株)培養した。培養後、培養液の濁度を観察して対照(抗菌薬非存在下)に比べて増殖が抑えられた各種抗菌薬の最低濃度をMICとした。判定は、CLSI M100−S18を参考にして感受性(S)、中間(I)、耐性(R)を判定した(Peformance Standards for Antimicrobial Susceptibility Testing; Eighteenth Infomational Supplement: CLSI M100-S18 vol. 28 No.1.)。
【0023】
(3)ホスホマイシン(FOM)添加LLV寒天培地におけるYIT 9029及び大腸菌群の発育性
FOMを蒸留水に溶解して0.45μmのメンブランフィルターにてろ過滅菌した後、最終濃度が0、100、250、500、あるいは1000μg/mLになるようにFOMを添加したLLV寒天培地(表1)を作製した。YIT 9029の各培地上におけるコロニー形成を確認するため、YIT 9029菌液を1〜2×103CFU/mLになるようにMRS液体培地で10倍段階希釈した後、その50μLを各FOM濃度のFOM−LLV寒天培地に塗抹した。37℃、48時間培養後、培地上に発育したコロニー数をカウントした。一方、大腸菌群3菌株の培養液(109CFU/mL)50μLを各FOM濃度のFOM−LLV寒天培地に塗抹した後、37℃、48時間培養して、培地上に発育したコロニー数をカウントした。コロニー形成の陽性対照となる非選択培地として、YIT 9029にはMRS寒天培地、大腸菌群3菌株にはBHI寒天培地を用いた。ここでLLV寒天培地は、LBS培地からグルコースを除き、ラクチトール及びバンコマイシンを添加した培地である(Int.J.Food Microbiology 48(1999)51−57)。
【0024】
【表1】

【0025】
(4)FOM−LLV寒天培地における糞便懸濁液からのYIT 9029の回収性及び大腸菌群3菌株のコロニー形成の抑制
健常成人ボランティア3名(A、B及びC)の新鮮排泄便を嫌気輸送培地[0.0225% KH2PO4,0.0225% K2HPO4,0.045% NaCl,0.0225%(NH42SO4,0.00225% CaCl2,0.00225% MgSO4,0.3% Na2CO3,0.05% L−システイン塩酸塩,0.0001%リサズリン,10%グリセロール(Wako Pure Chemical),1.0%Lab lemco powder(Oxoid)]により、それぞれ10倍希釈[糞便1g/10mL(嫌気輸送培地)]した。そこに大腸菌群3菌株の菌液をそれぞれの最終菌数が108CFU/mLになるように添加した。さらにこれらの懸濁液(A,B,又はC)に最終菌数がそれぞれ102,103,104,105,106,107又は108CFU/mLになるようYIT 9029菌液を添加した。以上の菌液を添加した糞便懸濁液を滅菌生理食塩水で10倍段階希釈した後、各希釈濃度の検体をFOM(1000μg/mL)−LLV寒天培地、LLV寒天培地及びDHL寒天培地(日水製薬)(腸内細菌分離用培地)にそれぞれ100μlずつ塗抹した。FOM−LLV寒天培地及びLLV寒天培地については、37℃、48時間培養した後、培地上に発育したYIT 9029の白色正円コロニー数をカウントした。発育したコロニーについて、菌株特異的モノクローナル抗体を用いたELISA法によりYIT 9029コロニーであることを確認した。DHL寒天培地については、37℃、24時間培養後、培地上に発育したE.coliK.pneumoniae及びP.mirabilisのコロニー数をカウントした。大腸菌群3菌株の発育コロニーについては、API20E(Bio merieux)にて菌種の同定を行った。陽性対照として、試験に使用したYIT 9029菌液(102〜108CFU/mL)をMRS寒天培地に塗抹した。37℃、48時間培養した後、培地上に発育したコロニー数をカウントした。
【0026】
B.実験結果
(1)YIT 9029が高度耐性で且つ大腸菌群3菌株が感受性な抗菌薬の選択
種々の抗菌薬4種に対するYIT 9029及び大腸菌群3菌株のMICを表2に示した。YIT 9029及び大腸菌群3菌株は、いずれもバンコマイシンに対して高度耐性[MIC;>1024(μg/mL)]であった。YIT 9029及び大腸菌群3菌株のクロラムフェニコール、FOM又はカナマイシンに対するMICは16〜1024で、ばらつきが大きかった。FOMについては、YIT 9029のMICが>1024と高度耐性で、且つ大腸菌群3菌株のMICがいずれも256であり、YIT 9029と大腸菌群3菌株間のMICに明確な差が認められた。
【0027】
【表2】

【0028】
(2)各濃度のFOMを添加したLLV寒天培地におけるYIT 9029及び大腸菌群3菌株の発育性
0〜500μg/mLのFOMを添加したLLV培地では大腸菌群3菌株のコロニー形成を完全に抑制することは出来なかった(表3)。1000μg/mLのFOMを添加したFOM−LLV寒天培地においては、YIT 9029の回収性は非選択培地やLLV寒天培地とほぼ同等であり、FOMによるYIT 9029の増殖抑制作用は認められなかった。一方で大腸菌群3菌株の発育が完全に抑制された(表3)。
【0029】
【表3】

【0030】
(3)FOM−LLV寒天培地による糞便懸濁液からのYIT 9029回収性及び大腸菌群のコロニー形成抑制
YIT 9029(102〜108CFU/mL)及び大腸菌群3菌株(108CFU/mL)を添加した糞便懸濁液からのYIT 9029の回収性は、YIT 9029を糞便懸濁液に添加した際(102〜108CFU/mL)と同等であった(表4)。なおFOM−LLV寒天培地によるYIT 9029回収菌数については被験者3名間の差は認められなかった。糞便懸濁液中の大腸菌群3菌株は、FOM−LLV寒天培地上に全くコロニーを形成しなかった。一方、LLV寒天培地では、DHL寒天培地に比べて1/10以下の菌数レベルではあるが、大腸菌群3菌株が大量に発育していた(表5)。
【0031】
【表4】

【0032】
【表5】

【0033】
(4)YIT 9029及び大腸菌群の各培地におけるコロニー性状
FOM−LLV寒天培地おいて、YIT 9029は正円白色コロニーを形成し(図1−A〜C)、陽性対照のMRS寒天培地とほぼ同数のコロニーが観察された(図1−P)。また大腸菌群3菌株の発育は認められなかった(図1−A〜C)。一方、DHL寒天培地には、大腸菌群3菌株の赤色コロニーが大量に観察された(図1−D〜F)。さらに、LLV寒天培地でも、大腸菌群3菌株の黄色コロニーが大量発育しており、YIT 9029のコロニーを観察することは出来なかった(図1−G〜I)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
LBS培地からグルコースを除いた成分、ホスホマイシン、ラクチトール及びバンコマイシンを含有することを特徴とする改変LBS培地。
【請求項2】
ホスホマイシン濃度が500〜1024mg/Lである請求項1記載の培地。
【請求項3】
ヒト糞便に含まれる乳酸菌検出用培地である請求項1又は2記載の培地。
【請求項4】
ヒト糞便に含まれるラクトバチルス・カゼイ検出用培地である請求項1又は2記載の培地。
【請求項5】
バンコマイシン耐性大腸菌群の生育抑制能を有するものである請求項1〜4のいずれか1項記載の培地。
【請求項6】
バンコマイシン耐性大腸菌群が、Escherichia coliKlebsiella pneumoniae及びProteus mirabilisから選ばれる1種以上を含むものである請求項5記載の培地。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか1項記載の培地を用いることを特徴とするヒト糞便中の乳酸菌の検出法。
【請求項8】
請求項1〜6のいずれか1項記載の培地を用いることを特徴とするヒト糞便中のラクトバチルス・カゼイの検出法。

【図1】
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【公開番号】特開2012−90611(P2012−90611A)
【公開日】平成24年5月17日(2012.5.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−242970(P2010−242970)
【出願日】平成22年10月29日(2010.10.29)
【出願人】(000006884)株式会社ヤクルト本社 (132)
【Fターム(参考)】