説明

半導体発光素子

【課題】活性層を量子効果が抑制される構造とすることにより、特性が向上される半導体発光素子の提供。
【解決手段】所定のエネルギー値のバンドギャップを有するとともに引張り歪が導入される1以上の井戸層と、前記所定のエネルギー値より大きいエネルギー値のバンドギャップを有するとともに前記井戸層と交互に配置される2以上の障壁層と、隣り合う前記井戸層と前記障壁層の間にそれぞれ配置されるとともに、前記井戸層側の端から前記障壁層側へ、前記所定のエネルギー値から連続的に増加するバンドギャップを有する2以上の中間層とを、基板の上方にそれぞれ備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、半導体発光素子に関する。量子効果を抑制することにより特性が向上される半導体発光素子に関する。
【背景技術】
【0002】
一般的な量子半導体発光素子の構造は、基板上に、下側光ガイド層、活性層、上側光ガイド層が、順に、形成されている構造となっている。通常、この活性層には、互いに大小の関係をもつバンドギャップの異なる半導体薄膜が交互に積層化されている。すなわち、いわゆる単一量子井戸(Single-Quantum Well:以下、SQWと記す)構造、もしくは、多重量子井戸(Multiple-Quantum Well:以下、MQWと記す)構造となっている。なお、本明細書において、MQWとは、通常のMQWに加えて、SQWをも含むものとする。MQW構造において、バンドギャップの大きい半導体薄膜が障壁層となり、バンドギャップの小さい半導体膜が井戸層となる。障壁層によって、井戸層にキャリアが閉じ込められ、そのキャリアである電子とホールが結合することで、発光がなされる。
【0003】
図6は、従来技術に係る量子半導体発光素子のMQW構造を示す図である。図6(A)に示すMQW構造において、井戸層5aの両側に、障壁層5bが配置されている。価電子帯及び伝導帯それぞれにおいて、井戸層5aのバンド端と、障壁層5bのバンド端との間に、バンドオフセットΔEが生じる。
【0004】
さらに、量子半導体発光素子の特性を向上させるために、井戸層に歪を導入するのが、一般的である。歪のない井戸層の価電子帯のバンド端のバンド構造が、ライトホール(以下、LHと記す)とヘビーホール(以下、HHと記す)によってバンド混成しており、井戸層に歪を導入することにより、これらバンド混成を解くことが出来る。井戸層に圧縮歪を導入するとHHバンドが発振に寄与し、井戸層に引張り歪を導入するとLHバンドが発振に寄与する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2007−073584号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】J. Cryst. Growth 27, (1974)p118, Matthews et. al.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
歪が適切に井戸層へ導入された量子半導体発光素子の特性は、閾値の軽減、効率の増加、緩和振動周波数の増加など、歪のない井戸層を有する量子半導体発光素子の特性と比較して、改善される。一般に、歪が大きいほど特性の改善も大きくなる。
【0008】
また、HHバンドとLHバンドでは、キャリアの有効質量が異なっており、井戸層に引張り歪を導入する場合、量子効果が大きくなると、バンド混成を分離する効果が悪くなる。これは、井戸層に圧縮歪を導入する場合、量子効果が大きくなると、バンド混成を分離する効果が良くなることと対照的である。一般に、MQWの量子効果を抑制する場合、井戸層をなるべく厚くすることが望ましい。
【0009】
従って、井戸層に引張り歪を導入する場合、引張り歪の歪量の絶対値をより大きく、かつ、井戸層の膜厚をより大きくするのが望ましいが、歪量の絶対値の大きい引張り歪が導入される井戸層の層厚が臨界値より大きくなると、結晶性が悪化し、むしろ、良好な特性が得られなくなる。
【0010】
そこで、井戸層に導入する歪の歪量の絶対値を大きくしつつ、井戸層の膜厚をより大きくするために、井戸層に導入する引張り歪とは逆の圧縮歪を、障壁層に導入するのが一般的である。障壁層に圧縮歪を導入することにより、活性層全体の平均歪を軽減することが出来る。しかし、井戸層と障壁層との界面の歪差が2%を超えると、井戸層と障壁層との界面に起因して、結晶性が悪化し、その結果、良好な特性が得られなくなる。
【0011】
井戸層と障壁層との界面に起因して生じる結晶性の悪化を抑制するMQW構造が、特許文献1に記載されている。特許文献1に記載のMQW構造の一例は、図6(B)に示すMQW構造であって、井戸層5aと、井戸層5aの両側にそれぞれ配置される障壁層5bとの間に、それぞれ、歪緩衝層5gが配置されている。歪緩衝層5gに導入される歪は、井戸層5aに導入される引張り歪と、障壁層5bに導入される圧縮歪との間の、歪である。
【0012】
それゆえ、井戸層5aと歪緩衝層5gとの界面、及び、障壁層5bと歪緩衝層5gとの界面は、ともに、歪緩衝層5gを配置しない場合における井戸層5aと障壁層5bとの界面よりも、界面の歪差が小さくなっている。その結果、界面の歪差に起因する結晶性の悪化が抑制されている。なお、このMQW構造におけるバンドオフセットΔEは、井戸層5aのバンド端と、歪緩衝層5gのバンド端とのエネルギー差となっている。
【0013】
また、特許文献1に記載のMQW構造の他の一例は、図6(C)に示すMQW構造であって、図6(B)に示すMQW構造と同様に、歪緩衝層5gが配置されている。図6(C)に示すMQW構造の歪緩衝層5gに導入される歪は、同様に、井戸層5aに導入される引張り歪と、障壁層5bに導入される圧縮歪の間の、歪であるが、その歪量は、歪緩衝層5gの途中から障壁層5b側にかけて連続的に変化して、歪緩衝層5gの障壁層5b側の端においては、障壁層5bの歪量と等しくなっている。それゆえ、井戸層5aと歪緩衝層5gとの界面の歪差は、図6(B)に示す場合と同様に小さくなっており、障壁層5bと歪緩衝層5gとの界面の歪差は、図6(B)に示す場合よりさらに小さくなっており、歪差は無視出来るほどに小さい。
【0014】
図6(B)又は図6(C)に示すMQW構造において、井戸層5aと歪緩衝層5gとの界面において、バンド端のエネルギー準位は不連続に変化している。これは、MQWとは、図6(A)に示すような井戸型ポテンシャルによる量子効果を利用したものであり、図6(A)に示す場合と比べて、歪緩衝層5gの存在によってバンドオフセットΔEは小さくなっているものの、バンドオフセットΔEによって量子効果を確保している。井戸層5aと歪緩衝層5gの界面において、バンド端のエネルギー準位を不連続に変化させるためには、例えば、組成を不連続に形成すればよい。特許文献1において、井戸層5aをGaInNAsによって、歪緩衝層5gをGaAsNによって、それぞれ形成している。
【0015】
他に、歪緩衝層5gに対応する層のバンド端のエネルギー準位が連続的に変化している構造は、GRIN−SCH(Graded Index Waveguide Separate-Confinement Heterostructure)型単一量子井戸を有する発光素子にも見られるが、この場合も、井戸層の両端においてエネルギー準位が不連続に変化しており、同様に、量子井戸の量子効果を確保している。
【0016】
前述の通り、井戸層に引張り歪を導入する場合、量子効果を抑制するためには、井戸層を厚くするのが望ましい。具体的には、1個の井戸層5aの層厚dwを大きくし、また、MQWの井戸層の層数Nwを大きくすることにより、井戸層5aの層厚の合計である総層厚Dw(=Nw・dw)を大きくすることが出来、量子効果を抑制することが出来る。しかし、前述の通り、井戸層の総層厚Dwを無制限に大きくすることは出来ず、発光素子の特性向上には限界がある。
【0017】
本発明は、係る事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、活性層を量子効果が抑制される構造とすることにより、特性が向上される半導体発光素子の提供にある。
【課題を解決するための手段】
【0018】
(1)上記課題を解決するために、本発明に係る半導体発光素子は、所定のエネルギー値のバンドギャップを有するとともに引張り歪が導入される1以上の井戸層と、前記所定のエネルギー値より大きいエネルギー値のバンドギャップを有するとともに前記井戸層と交互に配置される2以上の障壁層と、隣り合う前記井戸層と前記障壁層の間にそれぞれ配置されるとともに、前記井戸層側の端から前記障壁層側へ、前記所定のエネルギー値から連続的に増加するバンドギャップを有する2以上の中間層とを、基板の上方にそれぞれ備える。
【0019】
(2)上記(1)に記載の半導体発光素子であって、前記中間層のバンドギャップが、前記障壁側の端から前記井戸層側へ、前記所定のエネルギー値より大きいエネルギー値から連続的に減少してもよい。
【0020】
(3)上記(1)に記載の半導体発光素子であって、前記中間層の組成が、前記井戸層側の端から前記障壁側へ、前記井戸層の組成から連続的に変化してもよい。
【0021】
(4)上記(2)に記載の半導体発光素子であって、前記中間層の組成が、前記井戸層側の端から前記障壁層側の端に対して、前記井戸層の組成から前記障壁層の組成に、連続的に変化してもよい。
【0022】
(5)上記(4)に記載の半導体発光素子であって、前記各井戸層、前記各障壁層、及び、前記各中間層の組成が、In1−y(Ga1−xAlAsであってもよい。
【0023】
(6)上記(1)に記載の半導体発光素子であって、前記各障壁層に、圧縮歪が導入されていてもよい。
【0024】
(7)上記(1)に記載の半導体発光素子であって、前記各井戸層に導入される引張り歪の歪量が−1.5%以下であり、前記1以上の井戸層の層厚の合計が50nm以上であってもよい。
【0025】
(8)上記(1)に記載の半導体発光素子であって、測定されるホトルミネッセンスのスペクトルにおいて、強度ピークが複数あり、1番目に大きい強度ピークに対応するバンドギャップのエネルギー値と、2番目に大きい強度ピークに対するバンドギャップのエネルギー値と、の差が、0.1eV以上であってもよい。
【発明の効果】
【0026】
本発明により、活性層を量子効果が抑制される構造とすることにより、特性が向上される半導体発光素子が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本発明の実施形態に係る半導体レーザ素子の全体斜視図である。
【図2】本発明の実施形態に係る半導体レーザ素子主要部の断面図である。
【図3A】本発明の実施形態に係る半導体レーザ素子のMNQW活性層のエネルギーバンド構造を示す図である。
【図3B】本発明の実施形態に係る半導体レーザ素子のMNQW活性層に導入される歪の歪量を示す図である。
【図4】バンドギャップと井戸層の層厚の関係を示す図である。
【図5A】井戸層の歪量に対して、理論上得られる活性層全体の層厚の臨界値の計算結果を示す図である。
【図5B】井戸層の歪量に対して、理論上得られる井戸層の総層厚の臨界値の計算結果を示す図である。
【図6】従来技術に係る量子半導体発光素子のMQW構造を示す図である。
【図7】本発明の実施形態の比較例に係る量子半導体レーザ素子主要部の断面図である。
【図8A】本発明の実施形態の比較例に係る量子半導体レーザ素子のMQW活性層のエネルギーバンド構造を示す図である。
【図8B】本発明の実施形態の比較例に係る量子半導体レーザ素子のMQW活性層に導入される歪の歪量を示す図である。
【図9A】本発明の実施形態の比較例に係る量子半導体レーザ素子について測定されるホトルミネッセンスのスペクトルを示す図である。
【図9B】本発明の実施形態の比較例に係る量子半導体レーザ素子について測定されるホトルミネッセンスのスペクトルを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
本発明に係る実施形態について、以下に、詳細な説明をする。ただし、以下に示す図は、あくまで、各実施形態の実施例を説明するものであって、図の大きさと本実施例記載の縮尺は必ずしも一致するものではない。
【0029】
本発明の実施形態に係る半導体発光素子は、リッジストライプ構造を有する1.3μm帯半導体レーザ素子1である。本発明に係る半導体発光素子の特徴は、活性層の構造にあり、量子効果が抑制される多重井戸構造をしている。この構造を、量子効果が確保されているMQW構造と区別し、非量子化多重井戸(Multiple-Non-Quantum Well:以下、MNQW)構造とする。なお、本明細書において、MNQWとは、MQWと同様に、複数の井戸層を含む非量子化多重井戸のみならず、非量子化単一井戸をも含むものとする。
【0030】
図1は、本発明の実施形態に係る半導体レーザ素子1の全体斜視図である。後述する通りn型InP基板2上に多層構造が形成されており、n型InP基板2の下面には、n型電極13が、多層構造の上面の一部には、p型電極12が形成されている。
【0031】
図2は、本発明の実施形態に係る半導体レーザ素子1主要部の断面図である。当該断面図は、光の出射方向に対して垂直な断面である。
【0032】
図2に示す通り、n型InP基板2上に、n型InPバッファ層3、n型下側光ガイド層4、MNQW活性層5、p型上側光ガイド層6、p型クラッド層7、エッチング停止層8、p型第2クラッド層9、p型コンタクト層10が、順に積層されており、多層構造をとっている。p型第2クラッド層9及びp型コンタクト層10のうち、MNQW活性層5の光導波路領域の上方に位置する領域の両側がエッチングにより除去されており、リッジストライプ構造となっている。リッジストライプ構造のリッジの両側と、エッチング停止層8のうち上方にリッジが配置されていない領域の上面とには、パッシベーション膜11が形成されている。
【0033】
図2の右側には、MNQW活性層5の拡大図が示されている。図に示すMNQW活性層5は、井戸層5aの層数Nwが3であるMNQW構造である。各井戸層5aの図中上側及び下側にはそれぞれ、中間層となる非量子化層5d,5eが井戸層5aに接して形成されている。そして、隣り合う井戸層5aの間それぞれには、図中上側の井戸層5aに接して形成される非量子化層5dと、図中下側の井戸層5aに接して形成される非量子化層5eとに、それぞれ接して障壁層5bが形成されている。MNQW活性層5のうち、図中最上層となる井戸層5aの上側に接して形成される非量子化層5dのさらに上側に接して、また、図中最下層となる井戸層5aの下側に接して形成される非量子化層5eのさらに下側に接して、それぞれ、障壁層5bが形成されている。
【0034】
ここで、井戸層5aには引張り歪が導入されており、障壁層5bには圧縮歪が導入されている。なお、引張り歪とは、当該層の格子定数が基板の格子定数よりも小さいことをいい、圧縮歪とは、当該層の格子定数が基板の格子定数より大きいことをいう。歪の歪量εは、基板の格子定数に対する、当該層の格子定数の基板の格子定数からの差の比で定義され、圧縮歪の場合、歪量εは正、引張り歪の場合、歪量εは負の値をとる。
【0035】
図3Aは、当該実施形態に係る半導体レーザ素子1のMNQW活性層5のエネルギーバンド構造を示す図である。図の横軸は、図2縦方向の位置である高さを示しており、図の左側から右側にかけて、高さが低くなっている。図の縦軸はエネルギーであり、図には、価電子帯のバンド端のエネルギー準位Evと、伝導帯のバンド端のエネルギー準位Ecとが示されている。MNQW活性層5の組成が、図2の縦方向に対して連続的に変化しており、MNQW活性層5のバンド端のエネルギー準位も、図2の縦方向に対して、連続的に変化している。図3Aに示す通り、MNQW活性層5の価電子帯のバンド端のエネルギー準位Evも、伝導帯のバンド端のエネルギー準位Ecも、連続的に変化している。よって、伝導帯のバンド端と価電子帯のバンド端とのエネルギー差であるバンドギャップも、連続的に変化している。
【0036】
すなわち、中間層である非量子化層5d(5e)は、井戸層5a側の端から障壁層5b側へ、井戸層5aのバンドギャップのエネルギー値(所定のエネルギー値)から連続的に増加している。これにより、量子効果が抑制される多重井戸構造となっている。さらに、中間層である非量子化層5d(5e)は、障壁層5b側の端から井戸層5a側へ、障壁層5bのバンドギャップのエネルギー値(所定のエネルギー値より大きいエネルギー値)から連続的に減少している。
【0037】
MNQW活性層5は、InGaAlAs系材料によって形成されており、MNQW活性層5の組成はIn1−y(Ga1−xAlAsと表すことができる。MNQW活性層5に含まれる各井戸層5aにおいて、x=0.140,y=0.598であり、歪量εw=−1.60%であり、層厚dw=10nmである。各障壁層5bにおいて、x=1.000,y=0.267であり、歪量εb=+1.40%であり、層厚db=6nmである。各非量子化層5d,5eの層厚di=2nmである。さらに、非量子化層5dは、図2に示す上側の端から下側の端にかけて、組成はそれぞれ、xが1.000から0.140へ、yが0.267から0.598へ直線的に変化しており、歪量εが+1.40%から−1.60%へ直線的に変化している。同様に、非量子化層5eは、図2に示す上側の端から下側の端にかけて、組成はそれぞれ、xが0.140から1.000へ、yが0.598から0.267へ直線的に変化しており、歪量εが−1.60%から+1.40%へ直線的に変化している。
【0038】
すなわち、中間層となる非量子化層5d(5e)の組成は、井戸層5a側から障壁層5b側に対して、井戸層5aの組成から障壁層5bの組成に、連続的に変化している。とくに、井戸層5a側の端において、井戸層5aの組成と同じく、x=0.140,y=0.598であり、井戸層5a側の端から障壁層5b側へ連続的に変化している。
【0039】
図3Bは、当該実施形態に係る半導体レーザ素子1のMNQW活性層5に導入される歪の歪量εを示す図である。図3Aと同様に、図の横軸は、図2縦方向の位置である高さを示している。図の縦軸は、歪量εを示している。前述の通り、MNQW活性層5において、歪量εは連続的に変化している。
【0040】
当該実施形態に係る半導体レーザ素子1の比較例として、従来技術に係る量子半導体レーザ素子を示す。量子半導体レーザ素子の基本的な構造は、当該実施形態に係る半導体レーザ素子1と同じであるが、活性層の構造が異なっており、MQW活性層105となっている。
【0041】
図7は、当該実施形態の比較例に係る量子半導体レーザ素子主要部の断面図である。図2に示す当該実施形態に係る半導体レーザ素子1と異なり、MQW活性層105が、図7には示されている。MQW活性層105は、井戸層5aの層数Nwが3であるMQW構造であり、隣り合う井戸層5aの間それぞれと、両側に配置される2個の井戸層5aの外側それぞれとに、障壁層5bが井戸層5aに接して配置される。すなわち、中間層は設けられていない。
【0042】
図8A及び図8Bは、当該実施形態の比較例に係る量子半導体レーザ素子のMQW活性層105のエネルギーバンド構造及びMQW活性層105に導入される歪の歪量εを、それぞれ示す図である。図3A及び図3Bとそれぞれ異なり、MQW活性層105において、バンドギャップのエネルギー値及び導入される歪の歪量εは、ともに、井戸層5aと障壁層5bの界面で不連続に変化している。なお、図8A及び図8Bは、MQW活性層105が以下の構成をする場合について、示している。各井戸層5aの歪量εw=−1.20%であり、層厚dw=10nmである。各障壁層5bの歪量εb=+0.60%であり、層厚db=10nmである。すなわち、井戸層5aと障壁層5bとの界面の歪差は1.8%である。
【0043】
図4は、バンドギャップEgと井戸層の層厚dwの関係を示す図である。図の横軸が、当該実施形態の比較例に係る量子半導体レーザ素子のMQW活性層105の井戸層5aの層厚dwであり、図の縦軸は、バンドギャップEgである。前述の通り、価電子帯のバンド端にはHHとLHが発生しており、HHと伝導帯のバンド端とのバンドギャップEgの計算結果がシンボル○で、LHと伝導帯のバンド端とのバンドギャップEgの計算結果がシンボル△で、図に示されている。ここで、井戸層5aの引張り歪の歪量εw=−1.50%として計算を行っている。
【0044】
前述の通り、井戸層5aに引張り歪を導入する場合、井戸層5aの層厚dwを大きくすることにより、MQWの量子効果が抑制され、バンド混成の分離する効果が大きくなる。図4に示す通り、HHのバンドギャップEg(○)も、LHのバンドギャップEg(△)も、層厚dwの増加に伴い、ともに低下するとともに、そのエネルギー差ΔEgは大きくなってる。図に示す通り、層厚dw=20nm付近やそれ以上において、エネルギー差ΔEgが、0.1eVに収束している。
【0045】
これに対して、当該実施形態に係る半導体レーザ素子1のMNQW活性層5において、量子効果は抑制されているので、井戸層5aの層厚dwにほとんど依存せず、HH及びLHのバンドギャップEgはそれぞれ一定であり、エネルギー差ΔEgも、0.1eVと一定になると考えられる。すなわち、当該比較例に係る量子半導体レーザ素子において、井戸層5aの層厚dwを20nmまで大きくしないと得られない特性が、当該実施形態に係る半導体レーザ素子においては、井戸層5aの層厚dwが20nmより小さい領域においても得られる。
【0046】
図9A及び図9Bは、当該実施形態の比較例に係る量子半導体レーザ素子について測定されるホトルミネッセンス(Photoluminescence)のスペクトルを示す図である。図の横軸は、光の波長を示しており、図の縦軸は、ホトルミネッセンスの強度を示している。
【0047】
図9Aは、井戸層5aの層厚dwが臨界値より小さく、結晶性が良好である場合について、示している。図9Aに示すスペクトルにおいて、2個の強度ピークがある。長波長側にある1番目に大きい強度ピークの波長λは、LHのバンドギャップEgに対応しており、短波長側にある2番目に大きい強度ピークの波長λは、HHのバンドギャップEgに対応している。そのエネルギー差ΔEgが0.05eVとなっている。
【0048】
図9Bは、井戸層5aの層厚dwが臨界値を超えて大きく、結晶性が悪化している場合について、示している。図9Bに示すスペクトルにおいて、層厚dwが大きくなるのに伴い、エネルギー差ΔEgは、0.07eVと、図9Aに示すスペクトルと比較して大きくなっているが、結晶性の悪化により、短波長側の強度ピークは不明確な形状となっている。前述の通り、当該比較例に係る量子半導体レーザ素子の場合、井戸層5aの層厚dwを大きくすると、結晶性が悪化するため、LHとHHが十分に分離したときに得られるΔEgとなる層厚dwにおいて、結晶性が悪化しており、発光素子として良好な特性は得られない。
【0049】
これに対して、当該実施形態に係る半導体レーザ素子1において、井戸層5aの層厚dwが小さく、良好な結晶性が確保出来ている場合においても、量子効果が抑制され、LHとHHが十分に分離されており、エネルギー差ΔEgは、0.1eV又はそれ以上となる。よって、当該実施形態に係る半導体レーザ素子1に対して測定されるホトルミネッセンスのスペクトルには、強度ピークが複数ある。そして、1番目に大きい強度ピークの波長λは、LHのバンドギャップEgに対応しており、2番目に大きい強度ピークの波長λは、HHのバンドギャップEgに対応しており、そのエネルギー差ΔEgが0.1eV以上となる。
【0050】
以上、当該実施形態に係る半導体レーザ素子1のMNQW活性層5において、井戸層5aと障壁層5bの間に、非量子化層5d(5e)が配置されることにより、量子効果が抑制され、井戸層5aの層厚dwが小さい場合においても、良好な特性が得られることを説明した。
【0051】
さらに、MNQW活性層5において、非量子化層5d(5e)に導入される歪の歪量εが、井戸層5a側から障壁層5bにかけて、井戸層5aの歪量εwから障壁層5bの歪量εbへ連続的に変化していることにより、井戸層5aと非量子化層5d(5e)との界面、及び、障壁層5bと非量子化層5d(5e)との界面、それぞれにおいて、界面の歪差は、当該比較例と比較して、無視出来るほどに小さくなっている。それゆえ、当該比較例に係る量子半導体レーザ素子と比較して、界面の歪差に起因する結晶性の悪化が抑制されるので、結晶性が向上され、より良好な特性を得ることができる。また、当該実施形態に係る半導体レーザ素子1のMNQW活性層5に備えられる各障壁層5bには、引張り歪と逆の歪である圧縮歪が導入されており、MNQW活性層5全体の平均歪を軽減することが出来ている。それゆえ、さらに結晶性が向上され、さらにより良好な特性を得ることができる。
【0052】
図5Aは、井戸層5aの歪量εwに対して、理論上得られる活性層全体の層厚Dcの臨界値の計算結果を示す図である。図5Bは、井戸層5aの歪量εwに対して、理論上得られる井戸層5aの総層厚Dwの臨界値の計算結果を示す図である。ともに、図の横軸は、井戸層5aの歪量εwであり、図の縦軸は、層厚の臨界値である。
【0053】
当該実施形態に係る半導体レーザ素子1については、井戸層5aの層厚dw=10nmと、障壁層5bの層厚db=6nm、歪量εb=+1.5%と、非量子化層5d,5eの層厚di=2nmとして、井戸層5aの歪量εwが異なる値をとるそれぞれの場合について計算を行っており、計算結果をシンボル●で示している。
【0054】
当該比較例に係る量子半導体レーザ素子については、井戸層5aの層厚dw=10nmと、障壁層5bの層厚db=10nmとしており、障壁層5bの歪量εbは、井戸層5aの歪量εwとの差が1.8%となるように変化させ、井戸層5aの歪量εwが異なる値をとるそれぞれの場合について計算を行っており、計算結果をシンボル◆で示している。
【0055】
図5A及び図5Bに示される通り、当該実施形態に係る半導体レーザ素子1の活性層全体の層厚Dcの臨界値及び井戸層5aの総層厚Dwの臨界値は、ともに、当該比較例に係る量子半導体レーザ素子と比較して、大幅に大きくなっている。これにより、井戸層5aの導入する引張り歪により大きな歪を導入することが可能となる。すなわち、歪量εの絶対値を大きくすることが可能となる。
【0056】
さらに、障壁層5bに導入する圧縮歪により大きな歪を導入したり、井戸層5aの層厚dwを大きくしたり層数Nwを大きくしたりすることが出来、結晶性を良好に維持しつつ、素子設計の自由度が増す。これにより、より良好な特性を得ることが出来る。
【0057】
なお、活性層全体の層厚Dcの臨界値及び井戸層5aの総層厚Dwの臨界値については、非特許文献1に詳細が記載されている。また、図5Bに示す当該比較例に係る総層厚Dwの臨界値が、歪量εw=−1.50%と、歪量εw=−1.60%とで、同じ値をとっているのは、活性層全体の層厚Dcの臨界値以下で取り得る層数Nwの最大値が同じためである。当該比較例に係る量子半導体レーザ素子の場合、ε=−1.50%のとき、層数Nwは4以下となり、井戸層5aの総層厚Dwは40nm以下にしなければならず、当該実施形態に係る半導体レーザ素子1の井戸層5aの総層厚Dwの臨界値は130nmと、大幅に大きくなっている。
【0058】
以上、MNQW活性層5の組成が、In1−y(Ga1−xAlAsとなる場合について、説明したが、これに限定されることはない。また、非量子化層5d(5e)のバンドギャップが、井戸層5a側の端から障壁層5b側の端にへ、井戸層5aのバンドギャップのエネルギー値から障壁層5bのバンドギャップのエネルギー値へ連続的に変化している場合について説明しているが、これに限定されることはない。井戸層5a側の端から障壁層側へ、バンドギャップが連続的に変化していれば、量子効果は抑制されるので、障壁層5bと非量子化層5d(5e)との界面において、バンドギャップが不連続に変化していてもよい。この場合、非量子化層5d(5e)の組成が、井戸層5a側の端において、井戸層5aの組成と等しく、井戸層5a側の端から連続的に変化していればよい。
【0059】
なお、多重井戸構造において、各井戸層の層厚や組成が同じ場合もあるし、違う場合もある。また、1つの井戸層の組成も、結晶成長方向に対して均一なものもあるし、変化するものもある。しかし、井戸層と非量子化層(中間層)との界面において、バンドギャップが連続的に変化していれば、本発明を適用することが出来る。非量子化層のバンドギャップが井戸層側の端から連続的に変化しているため、井戸層と非量子化層の界面を厳密に定義することは実際には困難である。しかし、井戸層から、障壁層側へ向けて、バンドギャップが連続的に変化していればよく、界面の定義が困難なことにとらわれない。
【0060】
さらに、本発明にかかる半導体発光素子は、リッジストライプ構造を有する半導体レーザ素子に限定されることはなく、引張り歪が導入される井戸層を有する他の半導体発光素子であってもよい。例えば、埋込型レーザ(Buried Heterostructureレーザ)などであってもよい。
【符号の説明】
【0061】
1 半導体レーザ素子、2 n型InP基板、3 n型InPバッファ層、4 n側下側光ガイド層、5 MNQW層、5a 井戸層、5b 障壁層、5d,5e 非量子化層、5g 歪緩衝層、6 p側上側光ガイド層、7 p型クラッド層、8 エッチング停止層、9 p型第2クラッド層、10 p型コンタクト層、11 パッシベーション膜、12 p型電極、13 n型電極、105 MQW活性層。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定のエネルギー値のバンドギャップを有するとともに引張り歪が導入される1以上の井戸層と、
前記所定のエネルギー値より大きいエネルギー値のバンドギャップを有するとともに前記井戸層と交互に配置される2以上の障壁層と、
隣り合う前記井戸層と前記障壁層の間にそれぞれ配置されるとともに、前記井戸層側の端から前記障壁層側へ、前記所定のエネルギー値から連続的に増加するバンドギャップを有する2以上の中間層とを、
基板の上方にそれぞれ備える半導体発光素子。
【請求項2】
前記中間層のバンドギャップが、前記障壁側の端から前記井戸層側へ、前記所定のエネルギー値より大きいエネルギー値から連続的に減少する、
ことを特徴とする、請求項1に記載の半導体発光素子。
【請求項3】
前記中間層の組成が、前記井戸層側の端から前記障壁側へ、前記井戸層の組成から連続的に変化する、
ことを特徴とする、請求項1に記載の半導体発光素子。
【請求項4】
前記中間層の組成が、前記井戸層側の端から前記障壁層側の端に対して、前記井戸層の組成から前記障壁層の組成に、連続的に変化する、
ことを特徴とする、請求項2に記載の半導体発光素子。
【請求項5】
前記各井戸層、前記各障壁層、及び、前記各中間層の組成が、In1−y(Ga1−xAlAsである、
ことを特徴とする、請求項4に記載の半導体発光素子。
【請求項6】
前記各障壁層に、圧縮歪が導入される、
ことを特徴とする、請求項1に記載の半導体発光素子。
【請求項7】
前記各井戸層に導入される引張り歪の歪量が−1.5%以下であり、前記1以上の井戸層の層厚の合計が50nm以上である、
ことを特徴とする、請求項1に記載の半導体発光素子。
【請求項8】
測定されるホトルミネッセンスのスペクトルにおいて、強度ピークが複数あり、1番目に大きい強度ピークに対応するバンドギャップのエネルギー値と、2番目に大きい強度ピークに対するバンドギャップのエネルギー値と、の差が、0.1eV以上である、
ことを特徴とする、請求項1に記載の半導体発光素子。

【図1】
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【図2】
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【図3A】
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【図3B】
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【図4】
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【図5A】
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【図5B】
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【図6】
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【図7】
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【図8A】
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【図8B】
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【図9A】
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【図9B】
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【公開番号】特開2012−119456(P2012−119456A)
【公開日】平成24年6月21日(2012.6.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−267195(P2010−267195)
【出願日】平成22年11月30日(2010.11.30)
【出願人】(301005371)日本オプネクスト株式会社 (311)
【Fターム(参考)】