説明

固体高分子形燃料電池用のプロトン伝導材料およびそのプロトン伝導材料の製造方法

【課題】固体高分子形燃料電池に用いられるプロトン伝導材料であって、低湿環境下での中温運転において高いプロトン伝導性を有するプロトン伝導材料を提供する。
【解決手段】触媒層14,16に用いられているプロトン伝導材料は、ホスホン酸ジルコニウムにタングストケイ酸がドープされた複合材料である。従って、ホスホン酸ジルコニウムは、プロトン伝導性を有する高分子材料と比較して十分に耐熱性が高く、タングストケイ酸により低湿環境下でもプロトン伝導性が高く維持されるので、触媒層14,16に用いられているプロトン伝導材料は低湿環境下での中温運転において高いプロトン伝導性を有することが可能である。また、MEA10では上記高分子材料のような耐熱性の低い樹脂が不要となるので、MEA10は低湿環境下での中温運転において良好な発電性能を発揮することが可能である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体高分子形燃料電池を構成するため用いられるプロトン伝導材料に関する。
【背景技術】
【0002】
固体高分子形燃料電池は高いプロトン伝導性を有する高分子電解質膜を用いることを特徴としており、水素等の燃料ガスと酸素等の酸化ガスとを電気化学的に反応させることにより起電力を得る電源装置である。固体高分子形燃料電池は、自動車等の移動体用の発電装置や自家発電装置として利用される。
【0003】
このような固体高分子形燃料電池は、水素イオン(プロトン)を選択的に伝導する高分子電解質膜を有しており、貴金属系触媒を担持した触媒担持カーボン微粒子(触媒担持カーボン粉末)を主成分とする触媒層とガス拡散電極基材とを有する1対のガス拡散電極が上記触媒層側を内側にして、上記高分子電解質膜の両面に接合された構造となっている。この高分子電解質膜と1対のガス拡散電極とを有する接合体は、膜−電極接合体(Membrane Electrode Assembly:以下、MEA)と呼ばれている。MEAの両外側には燃料ガスまたは酸化ガスが供給され、且つ、生成ガスと過剰ガスとを排出することを目的としたガス流路を形成するセパレータが設置されている。
【0004】
例えば、特許文献1には前記MEAが提案されている。その特許文献1のMEAは、前記触媒層と前記高分子電解質膜との間に、無機微粒子を含有する多孔性水素イオン伝達層を更に備えている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2005−353591号公報
【特許文献2】特表2005−520291号公報
【特許文献3】特開2007−200906号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Solid State Ionics 84,97-104(1996)
【非特許文献2】Chem. Commun.,1997-1998(1999)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
固体高分子形燃料電池を構成する前記触媒層は、その機能として高いプロトン伝導性を有する必要があるので、前記触媒担持カーボン微粒子の他に、高いプロトン伝導性を有するプロトン伝導材料を含んで構成される。また、高分子電解質膜は、プロトンを選択的に伝導する必要があるので、プロトン伝導材料を含んで構成される。このような触媒層および高分子電解質膜の構成材料であるプロトン伝導材料としては、パーフルオロスルホン酸プロトン交換樹脂のようなプロトン伝導性を有する有機高分子材料がよく知られている。
【0008】
しかし、上記パーフルオロスルホン酸プロトン交換樹脂の十分なプロトン伝導性を得るための使用条件としては十分な加湿が必要であることから、その使用条件を満たすことは、システムが複雑化してコストが上昇する一因になっていた。また、発電効率の向上、排熱の有効利用、および白金触媒のCO被毒の軽減の観点から100〜150℃の中温運転が要求されているが、上記パーフルオロスルホン酸プロトン交換樹脂は耐熱性が低く、使用温度が80℃以下に限られるという問題があった。
【0009】
本発明は、以上の事情を背景として為されたものであり、その目的とするところは、固体高分子形燃料電池に用いられるプロトン伝導材料であって、低湿環境下で且つ前記中温(100〜150℃)において高いプロトン伝導性を有するプロトン伝導材料を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
斯かる目的を達成するための本発明の要旨とするところは、(a)固体高分子形燃料電池でプロトンを伝導するために用いられるプロトン伝導材料であって、(b)リン酸ジルコニウム系化合物にヘテロポリ酸がドープされた複合材料を含むことにある。
【発明の効果】
【0011】
このようにすれば、リン酸ジルコニウム系化合物は、前記パーフルオロスルホン酸プロトン交換樹脂のような高分子材料(樹脂)と比較して十分に耐熱性が高く、ヘテロポリ酸により低湿環境下でもプロトン伝導性が高く維持されるので、本発明のプロトン伝導材料は、低湿環境下で且つ前記中温において高いプロトン伝導性を有することが可能である。そして、本発明のプロトン伝導材料を例えば固体高分子形燃料電池の触媒層および電解質膜に用いたとすれば、前記パーフルオロスルホン酸プロトン交換樹脂のような耐熱性の低い樹脂が不要となるので、その固体高分子形燃料電池は、低湿環境下での前記中温運転において良好な発電性能を発揮することが可能である。
【0012】
ここで、好適には、前記ヘテロポリ酸は、化学式SiO212WO326H2Oで表されるタングストケイ酸である。このようにすれば、実用的な製造方法により本発明のプロトン伝導材料を製造することができる。
【0013】
また、好適には、前記リン酸ジルコニウム系化合物は、化学式Zr[CH3C(OH)(PO3)]2・nH2Oで表され且つその化学式内のnが正の数であるホスホン酸ジルコニウムである。このようにすれば、実用的な製造方法により本発明のプロトン伝導材料を製造することができる。例えば緩やかな製造条件の下で短時間に、上記本発明のプロトン伝導材料を製造することができる。
【0014】
また、(a)固体高分子形燃料電池でプロトンを伝導するために用いられるプロトン伝導材料の製造方法であって、(b)化学式Zr(OH)4で表される水酸化ジルコニウムと下記化学式(1)で表される1−ヒドロキシエチリデン−1,1−ジホスホン酸とを混合して反応させることによりホスホン酸ジルコニウムのコロイド溶液を合成する第1合成工程と、(c)化学式SiO212WO3 26H2Oで表されるタングストケイ酸を前記コロイド溶液に混合して前記ホスホン酸ジルコニウムに前記タングストケイ酸をドープする第2合成工程とを含む。このようにすれば、低湿環境下で且つ前記中温において高いプロトン伝導性を有するプロトン伝導材料を、例えば緩やかな製造条件の下で短時間に製造することが可能である。
【0015】
【化2】

【0016】
また、好適には、前記第2合成工程で混合される前記タングストケイ酸のモル比は、前記水酸化ジルコニウムを1として、0.012〜0.0375の範囲内である。このようにすれば、製造されるプロトン伝導材料に高いプロトン伝導性を与えることが可能であり、且つ、製造過程で無駄になる前記タングストケイ酸の量、すなわち、前記第2合成工程において前記ホスホン酸ジルコニウムにドープされない前記タングストケイ酸の量を抑制することが可能である。上記タングストケイ酸のモル比が0.012未満になると、上記製造されるプロトン伝導材料の上記プロトン伝導性が低くなる。一方で、上記タングストケイ酸のモル比が0.0375を超えると、上記第2合成工程において上記タングストケイ酸が上記ホスホン酸ジルコニウムにドープされる際にドープされずに残るタングストケイ酸が増加し無駄になる。
【0017】
なお、本発明に係るプロトン伝導材料も本発明に係る製造方法により製造されるプロトン伝導材料も、MEAを構成する触媒層だけに用いられてもよいし電解質膜だけに用いられてもよいし、その触媒層および電解質膜の両方に用いられても差し支えない。
【0018】
また、前記MEAは平板形に限られず、円筒形などでも差し支えない。
【0019】
また、請求項1と請求項4とは何れも独立項であるが、請求項4に係るプロトン伝導材料の製造方法は、請求項1に係るプロトン伝導材料の製造に適した製造方法であるので、請求項1に係る発明と請求項4に係る発明とは同一の又は対応する特別な技術的特徴を有しており、それにより、これらの発明は単一の一般的発明概念を形成するように連関している。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明のプロトン伝導材料が好適に用いられる平板型のMEAの断面構造を示す図である。
【図2】図1の触媒層を製造するための触媒ペーストの製造方法のうち、ジルコニウム前駆体(Zr(OH)4)粉末の合成工程を説明するための工程図である。
【図3】図1の触媒層を製造するための触媒ペーストの製造方法のうち、図2の工程で得られたジルコニウム前駆体粉末を用いて調製されるZrPP-TSA混合ゾルの合成工程を説明するための工程図である。
【図4】図1の触媒層を製造するための触媒ペーストの製造方法のうち、図3の工程で得られたZrPP-TSA混合ゾルを用いて調製される触媒ペーストの調製工程を説明するための工程図である。
【図5】図4の工程で調製された触媒ペーストを用いてMEAを製造する製造工程を説明するための工程図である。
【図6】図1の触媒層に用いられるZrPP-TSA複合材料のプロトン伝導率を測定するための試験サンプルを作製する工程を示した工程図であり、混合工程S2までは図3の工程と同一である。
【図7】図6の工程を経て作製された複数種類の試験サンプルの各々に対し測定されたXRDパターンのうち、試験サンプルZrPP2のXRDパターンを示す図である。
【図8】図6の工程を経て作製された複数種類の試験サンプルZrPP0,ZrPP2〜ZrPP4で、相対湿度を変化させてプロトン伝導率を測定した結果を示す図である。
【図9】図6の工程を経て作製された複数種類の試験サンプルZrPP2,ZrPP4で、温度を変化させてプロトン伝導率を測定した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の一実施例を図面を参照して詳細に説明する。なお、以下の実施例において図は適宜簡略化或いは変形されており、各部の寸法比および形状等は必ずしも正確に描かれていない。
【実施例】
【0022】
図1は、本発明のプロトン伝導材料が好適に用いられる平板型の膜−電極接合体10(以下、「MEA10」という)の断面構造を示す図である。MEA10は、固体高分子形燃料電池の単電池の中心部を構成する部材であり、図1に示すように、例えばNafion(デュポン社の登録商標)等のプロトン伝導性高分子から構成された薄い平板層状の電解質膜12と、この電解質膜12を挟むように一体的に貼り合わされた一対のガス拡散電極22,24とから構成されている。そして、その一対のガス拡散電極22,24は、触媒層14,16とガス拡散電極用基材18,20とを層状に有し、触媒層14,16を内側にして、すなわち、触媒層14,16を電解質膜12側にして、その電解質膜12の一面および他面にそれぞれ接合されている。
【0023】
上記の触媒層14,16は、例えば球状の炭素粉末に白金等の貴金属系触媒を担持させた触媒担持微粒子であるPt担持カーボンブラック(以下、Pt/Cという)と、リン酸ジルコニウム系化合物にヘテロポリ酸(hetropoly acid)がドープされた複合材料であるプロトン伝導材料とから構成されて成る多孔質層である。Pt/Cは、例えば田中貴金属工業(株)から市販されているものが用いられている。上記リン酸ジルコニウム系化合物にヘテロポリ酸がドープされた複合材料とは、具体的には、後述の図3の製造工程を経て得られるZrPP-TSA複合材料である。なお、触媒層14,16には、Nafion(登録商標)等の樹脂すなわち耐熱性の低い有機高分子材料は何ら含まれていない。
【0024】
前記リン酸ジルコニウム系化合物は略非晶質であって層状の化合物であり、具体的には、化学式Zr[CH3C(OH)(PO3)]2・nH2O(nは正の数)で表されるホスホン酸ジルコニウム(zirconium phosphonate,以下、「ZrPP」と略することがある。)であるが、例えば、化学式Zr3(PO4)4・nH2O(nは正の数)で表される化合物、化学式AX(NH4)(1-X)Zr2(PO4)3・nH2O(Aはアルカリ金属、nは正の数、0<X≦1)で表される化合物、リン酸ジルコニウム(Zr(HPO4)2・nH2O,nは正の数)、または、リン酸スルホフェニルホスホン酸ジルコニウム(Zr(HPO4)2-X(O3PC6H4SO3H)X・nH2O,0<X≦2,nは正の数)であっても差し支えない。また、前記ヘテロポリ酸は、具体的には、化学式SiO212WO3 26H2Oで表されるタングストケイ酸(tungsto silicic acid,以下、「TSA」と略することがある。)であるが、例えば、リンタングステン酸(H3[PW12O40]・nH2O,nは正の数)、ケイタングステン酸(H4[SiW12O40]・nH2O,nは正の数)、または、リンモリブデン酸(H3[PMo12O40]・nH2O,nは正の数)であっても差し支えない。
【0025】
上記のガス拡散電極用基材18,20は、炭素繊維紙(カーボンペーパー)から成るもので、厚み方向に容易に気体が流通し得る多孔質層である。この炭素繊維紙は、例えば東レ(株)から燃料電池用として市販されているものが用いられている。
【0026】
図2〜図4は、上記のMEA10を製造するに際して、触媒層14,16を製造するための触媒ペーストCTPの製造方法(調製方法)を説明する工程図である。すなわち、図2は、図3に示す工程で用いられるZr(OH)4粉末の合成工程を説明するための工程図であり、図3は、図4に示す工程で用いられるZrPP-TSA混合ゾル(ZrPP-TSA混合コロイド溶液)の合成工程を説明するための工程図であり、図4は、そのZrPP-TSA混合ゾルを用いて調製される触媒ペーストCTPの調製工程を説明するための工程図である。また、図5は、図4の工程で調製された触媒ペーストCTPを用いてMEA10を製造する製造工程を説明するための工程図である。
【0027】
図2において、工程1では、ジルコニウム溶液が溶剤に混合される。この溶剤としては、例えば2-プロパノールを用いる。また、ジルコニウム溶液としては、例えばジルコニウムブトキシド(zirconium butoxide)を1-ブタノールに85%の濃度で溶解した溶液を用いる。次いで、工程2では、これに更に表面改質剤(surface modifier)が混合される。ここで添加される表面改質剤としては、例えばアセチルアセトンが用いられる。次いで、工程4では、これに1Nの硝酸が触媒として加えられる。これら工程1〜4における調合量は、例えば、2-プロパノール 400g、ジルコニウム溶液 22.6g、アセチルアセトン 10g、硝酸 20mlとした。また、金属原子と配位子との比率は1:1である。
【0028】
全て混合後、工程4の混合工程では、これが例えばマグネチックスターラーにより、例えば400rpmにて3時間混合されると共に、加水分解と縮合とが調節される。これにより、ジルコニウムブトキシドとアセチルアセトンとの反応によってジルコニウム前駆体が生成される。そのジルコニウム前駆体とは具体的には水酸化ジルコニウム(Zr(OH)4)である。次いで、工程5の乾燥工程では、混合液が例えば90℃で乾燥される。乾燥時間は例えば12時間程度である。これにより、ジルコニウム前駆体粉末が得られる。
【0029】
次いで、図3では先ず、原料6として、ジルコニウム前駆体粉末が溶媒に溶解されたジルコニウム前駆体溶液(Zr(OH)4溶液)が用意される。その溶媒としては、4mlの1N硝酸を含む50mlの精製水である。また、上記ジルコニウム前駆体粉末の調合量は2gであり、好適には、0.1M(mol/l)以下とされる。このジルコニウム前駆体溶液では、例えばマグネチックスターラーにより、水中にジルコニウム前駆体粉末が均一に分散されている。
【0030】
また、原料7として、HEDP溶液が用意される。HEDP(「1-Hydroxy-1,1-Ethylidine diphosphonic acid」の略,C2H8P2O7)とは、前記化学式(1)で表される1−ヒドロキシエチリデン−1,1−ジホスホン酸のことである。HEDP溶液では、例えば、2.6gのHEDPが25mlの精製水に溶解されており、好適には、0.2M以下とされる。
【0031】
次いで、本発明の第1合成工程に対応する混合工程S1では、前記ジルコニウム前駆体溶液と前記HEDP溶液とが混合され反応させられることにより、ホスホン酸ジルコニウム(ZrPP)のコロイド溶液(ゾル)が合成される。具体的には、混合工程S1において、上記ジルコニウム前駆体溶液が50℃に加熱され、50℃に維持されているジルコニウム前駆体溶液に上記HEDP溶液が滴下されて添加される。滴下終了後、50℃に維持されたまま、更に2時間混合・攪拌される。その混合・攪拌は、例えば、マグネチックスターラーを用いて200〜500rpmの範囲内たとえば400rpm程度の回転速度で回転子を回転させることにより実施されるものであり、以下の図3〜図6の説明における混合・攪拌でも同様である。これにより、ZrPPゾルが得られる。このようにZr(OH)4とHEDPとから合成されたZrPPを特にZrHEDPと呼ぶ。
【0032】
次いで、原料8として前記タングストケイ酸(TSA)が用意され、本発明の第2合成工程に対応する混合工程S2では、そのTSAが、混合工程S1を経て得られたZrPPゾルに混合されて、タングストケイ酸(TSA)がホスホン酸ジルコニウム(ZrPP)にドープされる。そのために、混合工程S2では、TSAがZrPPゾルに混合された混合液が、例えば、50℃に加熱された状態で2時間混合・攪拌される。これにより、ホスホン酸ジルコニウム(ZrPP)とタングストケイ酸(TSA)との複合材料(ZrPP-TSA複合材料)を含むゾルすなわちZrPP-TSA混合ゾルが得られる。この混合工程S2でのTSAの調合量は、前記ジルコニウム前駆体(Zr(OH)4)を1としたTSAのモル比で0.012〜0.0375の範囲内である。すなわち、「Zr(OH)4:TSA」のモル比が「1:0.012〜0.0375」の範囲内である。なお好適には「1:0.0375」である。
【0033】
次に図4に移り、原料9であるPt/C触媒と原料10である精製水と原料11である分散媒(溶媒)としてのイソプロパノールとが用意され、工程T1においてそれらが混合・攪拌される。次いで、工程T2においては、それらの混合液に、原料12である図3の工程により合成されたZrPP-TSA混合ゾルが添加され混合・攪拌が継続される。工程T2にて十分な混合・攪拌がなされ工程T2が終了すると、Pt/CとZrPP-TSA複合材料とが一様に分散したPt/C-ZrPP-TSAペーストである触媒ペーストCTPが得られる。
【0034】
次に図5に移り、触媒塗布工程P1においては、図4の工程で得られた触媒ペーストCTPが、例えばスクリーン印刷によって、ガス拡散電極用基材18,20であるカーボンペーパーの片面にそれぞれ塗布される。
【0035】
続く乾燥工程P2においては、触媒ペーストCTPが塗布されたカーボンペーパーを、例えば室温で乾燥させる。次に、ホットプレス工程P3では、それぞれ触媒層14,16が設けられた2枚のカーボンペーパーの間に、プロトン伝導膜等から成る電解質膜12が、それら触媒層14,16を内側にして挟まれて、ホットプレスが施される。これにより、前記MEA10が得られる。
【0036】
ZrPPおよびZrPP-TSA複合材料のプロトン伝導率測定試験と、XRD(X線回折)パターン測定とについて説明する。図6は、そのプロトン伝導率測定試験及びXRDパターン測定に用いられる試験サンプルを作製する工程を示した工程図である。
【0037】
図6において混合工程S2までは図3の工程と同一である。図6の工程S3では、前記混合工程S2で合成されたZrPP-TSA混合ゾルが密閉容器に入れられて70℃で4時間にわたって加熱され、その後、真空状態とされて70℃のまま乾燥処理される。そして、この乾燥処理により得られた粉末が精製水で数回洗浄処理される。TSA自体は水に溶け易いがZrPPにドープされることにより安定化して水に溶け難くなるので、この洗浄処理により、ZrPPにドープされていない余分なTSAが取り除かれる。工程S3では更に、その洗浄処理の終了後、100℃で乾燥処理される。これにより、ZrPP-TSA複合材料の粉末が得られる。
【0038】
そして、上記ZrPP-TSA複合材料の粉末を圧力50MPaで1分間加圧することにより、試験サンプルとしてのペレットを作製した。そのペレットは円盤状であり、大きさは、直径12mm、厚み1.1mmとした。試験サンプルとしては、下記表1に示すようにTSAの調合量を種々変更して、試験サンプルZrPP0〜ZrPP4の5種類を作製した。下記表1では、TSAの調合量が、ジルコニウム前駆体(Zr(OH)4)とTSAとのモル比で表されている。TSA以外の調合量は、前述した図3の説明のとおりである。
【0039】
【表1】

【0040】
上記のようにして作製した試験サンプルZrPP0〜ZrPP4のそれぞれに対してXRDパターン測定を実施した。その測定結果の一例として試験サンプルZrPP2のXRDパターンを図7に示しており、他の試験サンプルZrPP0,ZrPP1,ZrPP3,ZrPP4も図7と同様のXRDパターンを示した。図7に示すように、何れの試験サンプルZrPP0〜ZrPP4でもXRDパターンは、横軸の値(2θ)が5deg付近のところでピークを示した。このXRDパターン測定結果から、試験サンプルZrPP0〜ZrPP4は何れも層状の化学構造を有しており、その層間距離は約20Å(d値)以下であることが判った。なお、図7のXRDパターンは上記層間距離が21Å以下であることを示している。
【0041】
また、何れの試験サンプルZrPP0〜ZrPP4でも上記XRDパターンにおけるピーク波形があまり鋭くないことから、何れも実質的に非晶質(amorphous)であるということが確認された。
【0042】
前記プロトン伝導率測定試験では、試験サンプルZrPP0〜ZrPP4においてそれぞれ、両側の平面に白金(Pt)ペーストを塗布し白金線を用いて電極を形成し、各試験サンプルのインピーダンスRを測定した。そして、サンプル厚さdおよび電極面積Sを予め測定して確認しておき、下記式(2)を用いてインピーダンスRとサンプル厚さdと電極面積Sとに基づきプロトン伝導率σを算出した。なお、インピーダンスRの測定にはインピーダンスアナライザ(ソーラトロン社製SI1260)を用いた。
σ=d/(R×S) ・・・(2)
【0043】
プロトン伝導率測定試験では、上記のように両面に電極を設けた試験サンプルZrPP0〜ZrPP4について、相対湿度を変化させたときのプロトン伝導率と、温度を変化させたときのプロトン伝導率とをそれぞれ測定した。相対湿度を変化させたときのプロトン伝導率は温度70℃の測定環境(試験環境)下で測定し、温度を変化させたときのプロトン伝導率は無加湿の測定環境(試験環境)下で測定した。図8は、各試験サンプルZrPP0,ZrPP2〜ZrPP4で、相対湿度を変化させてプロトン伝導率を測定した結果を示す図である。また、図9は、温度を変化させてプロトン伝導率を測定した結果を示す図であり、試験サンプルZrPP2,ZrPP4を抜粋して掲載している。なお、試験サンプルZrPP1はTSAの添加量が過剰であり、余分なTSAが図6の工程S3で洗い流されたため結果的に試験サンプルZrPP2と同程度のTSA含有量となり、その測定結果が試験サンプルZrPP2と略同一であったので、図8に試験サンプルZrPP1の測定結果は掲載されていない。
【0044】
そして、下記表2は、図8に示された試験サンプルZrPP0,ZrPP2の測定データを抽出してまとめた表である。下記表3は、図9に示された測定データを抽出してまとめた表である。
【0045】
【表2】

【表3】

【0046】
図8と前記表2とに示される測定結果において、試験サンプルZrPP2〜ZrPP4は、試験サンプルZrPP0と比較して湿度の変化範囲全体にわたって、格段に高いプロトン伝導率を示した。このことから、ZrHEDPにTSAをドープすることは、TSAをドープしない場合と比較して、ZrHEDPのプロトン伝導率を格段に高める効果があるということが確認された。また、図8では、試験サンプルZrPP2〜ZrPP4の相互間でのプロトン伝導率の差はそれほど大きくはないが、ZrHEDPにドープされたTSAの量が多いほどプロトン伝導率が高まるという傾向が、この測定における湿度範囲全体にわたって確認された。特に表2において試験サンプルZrPP2のプロトン伝導率は、温度70℃で且つ相対湿度95%RHの環境下で3.66×10-3S/cmであり、全ての試験サンプル中で最も良い測定結果を示した。これは、ZrHEDPにTSAがドープされてZrHEDPの構造内で安定化されたTSAの量が最大であったためであるものと考えられる。また、前述したように試験サンプルZrPP1では、TSAの添加量(調合量)が過剰であった。これらのことから、TSAの添加量が過剰にならずに高いプロトン伝導率を得るために、図3または図6の混合工程S2でのTSAの調合量は、前記ジルコニウム前駆体(Zr(OH)4)を1としたTSAのモル比で0.012〜0.0375の範囲内であることが好ましく、より好ましくは0.024〜0.0375の範囲内であり、更に好ましくは0.03〜0.0375の範囲内であると考えられる。
【0047】
また、図8において試験サンプルZrPP0と試験サンプルZrPP2〜ZrPP4との測定データを互いに比較すると、相対湿度に対するプロトン伝導率の変化割合は試験サンプルZrPP2〜ZrPP4の方が著しく小さくなっている。言い換えれば、試験サンプルZrPP2〜ZrPP4のプロトン伝導率は相対湿度が低くなっても、あまり低下していない。このことから、ZrHEDPにTSAをドープすることは、TSAをドープしない場合と比較して、ZrHEDPのプロトン伝導率に対する相対湿度の影響を著しく抑制する効果があると認められる。すなわち、試験サンプルZrPP2〜ZrPP4を構成するZrPP-TSA複合材料は、低湿環境下で運転されるMEA10にプロトン伝導材料として好適に用いることが可能であると考えられる。
【0048】
また、試験サンプルZrPP4は、TSAを含む全試験サンプルZrPP1〜ZrPP4中で最もTSA含有量が低いが、その試験サンプルZrPP4のプロトン伝導率は、図9および前記表3に示す測定結果において温度150℃で9.04×10-5S/cmであったことから、MEA10の中温運転時でもZrPP-TSA複合材料は十分なプロトン伝導率を有するものと考えられる。
【0049】
本実施例によれば、触媒層14,16に用いられているプロトン伝導材料は、リン酸ジルコニウム系化合物にヘテロポリ酸がドープされた複合材料である。従って、上記リン酸ジルコニウム系化合物は、前記パーフルオロスルホン酸プロトン交換樹脂のような高分子材料(樹脂)と比較して十分に耐熱性が高く、ヘテロポリ酸により低湿環境下でもプロトン伝導性が高く維持されるので、触媒層14,16に用いられているプロトン伝導材料は、低湿環境下で且つ前記中温(100〜150℃)において高いプロトン伝導性を有することが可能である。また、本実施例のMEA10では、前記パーフルオロスルホン酸プロトン交換樹脂のような耐熱性の低い樹脂が不要となるので、MEA10は、低湿環境下での中温運転において良好な発電性能を発揮することが可能である。
【0050】
また、本実施例によれば、前記ヘテロポリ酸は、化学式SiO212WO326H2Oで表されるタングストケイ酸である。従って、図2及び図3に示すような実用的な製造方法により、触媒層14,16に用いるプロトン伝導材料を合成することが可能である。
【0051】
また、本実施例によれば、前記リン酸ジルコニウム系化合物は、化学式Zr[CH3C(OH)(PO3)]2・nH2O(nは正の数)で表されるホスホン酸ジルコニウムである。従って、図2及び図3に示すような実用的な製造方法により、触媒層14,16に用いるプロトン伝導材料を合成することが可能である。
【0052】
例えば、図2及び図3に示す製造工程においては厳しい製造条件が要求されておらず、また、製造開始時から短時間で図3の結果物であるZrPP-TSA混合ゾルを得ることが可能である。
【0053】
また、本実施例によれば、図3の前記混合工程(第1合成工程)S1では、前記ジルコニウム前駆体溶液と前記HEDP溶液とが混合され反応させられることにより、ホスホン酸ジルコニウムのコロイド溶液が合成され、前記混合工程(第2合成工程)S2では、タングストケイ酸(TSA)が、上記混合工程S1を経て得られた上記コロイド溶液(ZrPPゾル)に混合されて、そのTSAが上記ホスホン酸ジルコニウムにドープされる。従って、低湿環境下で中温運転されるMEA10に用いるプロトン伝導材料として適したZrPP-TSA複合材料を、緩やかな製造条件の下で短時間に製造することが可能である。
【0054】
また、本実施例によれば、図3の前記混合工程S2で混合されるTSAの調合量は、前記ジルコニウム前駆体(Zr(OH)4)を1としたTSAのモル比で0.012〜0.0375の範囲内である。従って、図3の工程を経て製造されるプロトン伝導材料であるZrPP-TSA複合材料に高いプロトン伝導性を与えることが可能であり、且つ、その製造過程で無駄になるTSAの量、すなわち、混合工程S2においてZrPPにドープされないTSAの量を抑制することが可能である。
【0055】
また、本実施例によれば、図3の混合工程S2で、タングストケイ酸(TSA)がホスホン酸ジルコニウム(ZrPP)にドープされるので、本来的には水に溶け易いTSAがZrPPによって安定化されて水に溶け難くなっている。そのため、図3の製造工程を経て得られるZrPP-TSA複合材料は、広い湿度範囲において高いプロトン伝導率を有することが可能になっている。
【0056】
以上、本発明の実施例を図面に基づいて詳細に説明したが、これはあくまでも一実施形態であり、本発明は当業者の知識に基づいて種々の変更、改良を加えた態様で実施することができる。
【0057】
例えば、前述の本実施例において、図2〜図4における各混合工程では、マグネチックスターラーを用いて混合・攪拌がなされているが、他の混合装置を用いて混合・攪拌がなされても差し支えない。また、その混合・攪拌時の回転子の回転速度は適宜設定されるものである。
【0058】
また、前述の本実施例において、ジルコニウム前駆体(Zr(OH)4)の製造工程が図2に示されているが、図2に示される製造方法以外の方法で上記ジルコニウム前駆体が製造されても差し支えない。
【0059】
また、前述の本実施例の図1において、ZrPP-TSA複合材料をプロトン伝導材料として備える触媒層14,16はMEA10の両方のガス拡散電極22,24に備えられているが、ZrPP-TSA複合材料をプロトン伝導材料として備える触媒層がガス拡散電極22,24の何れか一方にだけ備えられたMEAの構成も考え得る。
【0060】
また、前述の本実施例において、触媒層14,16は、ZrPP-TSA複合材料とPt/Cとから構成されているが、MEA10の中温運転を可能とする耐熱性を有していれば他の構成材料を含んでいても差し支えない。
【0061】
また、前述の本実施例において、電解質膜12はNafion(登録商標)等のプロトン伝導性高分子から構成されているが、そのプロトン伝導性高分子に替えて、図3の製造工程を経て得られるZrPP-TSA複合材料から構成されていても差し支えない。例えば、そのようにするのであれば、電解質膜12は、上記ZrPP-TSA複合材料が膜状の多孔質基材の気孔に含浸されて構成される。
【符号の説明】
【0062】
10:MEA
12:電解質膜
14,16:触媒層
S1:混合工程(第1合成工程)
S2:混合工程(第2合成工程)


【特許請求の範囲】
【請求項1】
固体高分子形燃料電池でプロトンを伝導するために用いられるプロトン伝導材料であって、
リン酸ジルコニウム系化合物にヘテロポリ酸がドープされた複合材料を含む
ことを特徴とする固体高分子形燃料電池用のプロトン伝導材料。
【請求項2】
前記ヘテロポリ酸は、化学式SiO212WO326H2Oで表されるタングストケイ酸である
ことを特徴とする請求項1に記載の固体高分子形燃料電池用のプロトン伝導材料。
【請求項3】
前記リン酸ジルコニウム系化合物は、化学式Zr[CH3C(OH)(PO3)]2・nH2Oで表され且つ該化学式内のnが正の数であるホスホン酸ジルコニウムである
ことを特徴とする請求項1又は2に記載の固体高分子形燃料電池用のプロトン伝導材料。
【請求項4】
固体高分子形燃料電池でプロトンを伝導するために用いられるプロトン伝導材料の製造方法であって、
化学式Zr(OH)4で表される水酸化ジルコニウムと下記化学式(1)で表される1−ヒドロキシエチリデン−1,1−ジホスホン酸とを混合して反応させることによりホスホン酸ジルコニウムのコロイド溶液を合成する第1合成工程と、
化学式SiO212WO3 26H2Oで表されるタングストケイ酸を前記コロイド溶液に混合して前記ホスホン酸ジルコニウムに前記タングストケイ酸をドープする第2合成工程と
を含むことを特徴とする固体高分子形燃料電池用のプロトン伝導材料の製造方法。
【化1】

【請求項5】
前記第2合成工程で混合される前記タングストケイ酸のモル比は、前記水酸化ジルコニウムを1として、0.012〜0.0375の範囲内である
ことを特徴とする請求項4に記載の固体高分子形燃料電池用のプロトン伝導材料の製造方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2012−4084(P2012−4084A)
【公開日】平成24年1月5日(2012.1.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−141053(P2010−141053)
【出願日】平成22年6月21日(2010.6.21)
【出願人】(000004293)株式会社ノリタケカンパニーリミテド (449)
【Fターム(参考)】