説明

固体高分子電解質型燃料電池用ガス拡散層

出力電力密度、出力電圧などの特性の点で優れ、更に折曲げ強度等の機械的強度が大きく長期に渡って安定した性能を有する高分子電解質型ガス拡散層を提供する。 繊維径0.5〜500nm、繊維長1000μm以下を有し、かつ中心軸が空洞構造からなる微細炭素繊維5〜50質量%と、導電性粒子35〜90質量%と、撥水性樹脂粒子5〜15質量%との混合物を抄造してなる、厚みが0.05〜2mmのシート状成形物からなることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体高分子電解質型燃料電池における新規なガス拡散層、及び該ガス拡散層を備えた固体高分子電解質型燃料電池に関する。
【背景技術】
【0002】
燃料電池には、使用する電解質の種類により、アルカリ型、リン酸塩型、溶融炭酸塩型、固体高分子型などの幾つかのタイプがあり、より低温で稼働し、重量が小さく扱い易く、かつ出力密度の高い固体高分子電解質型燃料電池が、特に車輌、船舶、航空機、携帯機器などの移動体用の電力源として注目されている。
【0003】
固体高分子電解質型燃料電池の一般的な単セルは、固体高分子電解質である陽イオン交換膜を挟んでアノード電極層とカソード電極層とが配置される構造を有する。アノード電極層とカソード電極層のそれぞれの外側には、電極層に水素ガス及び酸素ガスを供給し、生じた水分を外部に通過排出するためのアノードガス拡散層とカソードガス拡散層が配置される。さらに、アノードガス拡散層とカソードガス拡散層のそれぞれの外側には、表面にガス流路用の溝が形成されたセパレータが配置されて単セルが形成される。このような単セルを多数積層することにより、単セルの積層数に応じた高出力電圧を有する燃料電池が形成される。
【0004】
固体高分子電解質型燃料電池では、通常、上記アノード電極層とカソード電極層は、白金触媒を担持した導電性カーボンとイオン交換樹脂から形成された薄膜をホットプレスで結着した膜−電極接合体の形態で使用されている。この電極層では、触媒相−ガス相、ガス相−電解質相の3相界面での反応を円滑に進める必要があるが、反応により生成する水などによって、上記触媒表面が水に覆われ、酸素ガス又は水素ガスとの接触が妨げられるため、生成した水を電極層から円滑に除去することが重要である。
【0005】
この電極層からの水の除去は、上記した、アノードガス拡散層とカソードガス拡散層を通じて行われるが、従来、このガス拡散層としては、例えば、特許文献1に記載されるように、平均粒径0.01〜0.1μmのカーボン粉末とフッ素樹脂を含有させたペーストをカーボンペーパー又はカーボンクロスに塗布したガス拡散層が通常使用されている。このガス拡散層は、電池作製時に圧力をかけたときに、その有する空隙が減少してしまうために反応ガスの供給及び生成した水の除去が不充分になることが多く、性能上不充分であった。
【0006】
また、特許文献2には、カーボンクロスなどの導電性多孔質基材の表面に、導電性粒粉体、撥水性樹脂、及び繊維性炭素を含む組成物を塗布、又は含浸して形成したガス拡散層が記載されている。繊維性炭素としては、繊維径が500nm以下の気相法炭素繊維の使用も記載されているが、なお、出力電圧、出力電流、電気抵抗などの特性や機械的強度の点で改善の余地を残している。
【特許文献1】特開2001−6699号公報
【特許文献2】特開2003−115302号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記したように、従来、特性の点でなお不充分で特性上改善が要求されている、固体高分子電解質型燃料電池のガス拡散層において、電極層に水素ガス及び酸素ガスを円滑に供給し、生じた水分を外部に円滑に除去することができ、また、電流密度、出力電圧などの特性の点で優れ、さらに、折曲げ強度や耐衝撃性などの機械的強度が大きいために長期に渡って安定した性能を有するガス拡散層、及び該ガス拡散層を備えた固体高分子電解質型燃料電池の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記の目的を達成すべく研究を重ねたところ、繊維径や繊維長が極めて小さい特定の範囲をもち、かつその構造が特定の形状を有する微細炭素繊維を使用し、この微細炭素繊維を導電性粒子及び撥水性樹脂粒子とともに特定割合で含む混合物からの抄造物から形成されたガス拡散層が予想外に優れた特性を有することを見出した。更に、本発明者は、上記の微細炭素繊維が特定の熱処理をされた場合には、さらに改善された特性を有するガス拡散層が得られ、また、ガス拡散層を形成する上記混合物中に、微細炭素繊維とともに、該微細炭素繊維よりも繊維径や繊維長が大きい中細炭素繊維を特定の割合で含ませた混合物の抄造物から形成されたガス拡散層が優れた特性を有することを見出した。
【0009】
本発明は上記のごとき新たな知見に基づくもので、以下を要旨とするものである。
(1)高分子電解質膜の両面に触媒層とガス拡散層とを含む電極を有する燃料電池用のガス拡散層であって、繊維径0.5〜500nm、繊維長1000μm以下を有し、かつ中心軸が空洞構造からなる微細炭素繊維5〜50質量%と、導電性粒子35〜90質量%と、撥水性樹脂粒子5〜15質量%との混合物を抄造してなる、厚みが0.05〜2mmのシート状成形物からなることを特徴とする高分子電解質型燃料電池用ガス拡散層。
(2)微細炭素繊維が、気相法による炭素繊維、及び/又はカーボンナノチューブである上記(1)に記載の高分子電解質型燃料電池用ガス拡散層。
(3)微細炭素繊維が、ホウ素化合物の存在下に非酸化性雰囲気にて2300℃以上の温度で熱処理されている上記(1)又は(2)に記載の高分子電解質型燃料電池用ガス拡散層。
(4)さらに、繊維径0.3〜500μm、繊維長0.05〜100mmの中細炭素繊維を5〜55質量%を含む混合物を抄造してなる上記(1)、(2)又は(3)に記載の高分子電解質型燃料電池用ガス拡散層。
(5)導電性粒子がカーボンブラック、ファーネスブラック、アセチレブラック、サーマルブラック、チャンネルブラック、及びケッチェンブラックからなる群から選ばれる少なくとも一つである上記(1)〜(4)のいずれかに記載の高分子電解質型燃料電池用ガス拡散層。
(6)撥水性樹脂がフッ素樹脂である上記(1)〜(5)のいずれかに記載の高分子電解質型燃料電池用ガス拡散層。
(7)上記(1)〜(6)のいずれかに記載のガス拡散層を備えた高分子電解質型燃料電池。
【発明の効果】
【0010】
本発明による高分子電解質型燃料電池用ガス拡散層は、該ガス拡散層全体を通じて均一に分散して含まれている、極めて高い導電性及び機械的強度を有する微細炭素繊維の存在により、電極層への水素ガス及び酸素ガスが円滑にでき、また、電極層に生じた水分を外部に円滑に除去できる。更にガス拡散層における電気抵抗の低減が可能になった結果、出力電力密度、出力電圧などの特性が優れ、さらに長期に渡って安定した性能を有するガス拡散層、及び該ガス拡散層を備えた固体高分子電解質型燃料電池が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明で使用される微細炭素繊維としては、繊維径0.5〜500nm、繊維長1000μm以下で、好ましくはアスペクト比3〜1000を有する、好ましくは炭素六角網面からなる円筒が同心円状に配置された多層構造を有し、その中心軸が空洞構造の微細炭素繊維が使用される。かかる微細炭素繊維は、従来のPAN、ピッチ、セルロース、レーヨンなどの繊維を熱処理することによって得られる、繊維径が5〜15μmの従来のカーボンファイバーとは大きく異なるものである。本発明で使用される微細炭素繊維は、従来のカーボンファイバーと比べて繊維径や繊維長さが異なるだけでなく、構造的にも大きく異なっている。この結果、導電性、熱伝導性などの物性の点で極めて優れるものである。
【0012】
本発明で使用される微細炭素繊維は、その繊維径が0.5nmより小さい場合には、得られるガス拡散層の機械的強度が不十分になる。また、その繊維径が500nmより大きい場合、また、繊維長が1000μmより大きい場合には、微細炭素繊維がガス拡散層中に均一に分散し難くなり、ガス拡散層の特性が低下してしまう。なかでも、本発明で使用される微細炭素繊維は、繊維径が10〜200nm、繊維長が3〜300μm、好ましくはアスペクト比が5〜300を有するものが特に好ましい。
【0013】
本発明で使用される好ましい微細炭素繊維は、カーボンナノチューブである。このカーボンナノチューブは、グラファイトウイスカー、フィラメンタスカーボン、炭素フィブリルなどとも呼ばれているもので、チューブを形成するグラファイト膜が一層である単層カーボンナノチューブと、多層である多層カーボンナノチューブとがあり、本発明ではそのいずれも使用できる。しかし、多層カーボンナノチューブの方が、大きい機械的強度が得られるとともに経済面でも有利であり好ましい。
【0014】
本発明で使用されるカーボンナノチューブは、例えば、「カーボンナノチュ−ブの基礎」(コロナ社発行、23〜57頁、1998年発行)に記載されるようにアーク放電法、レーザ蒸発法及び熱分解法などにより製造される。カーボンナノチューブは、繊維径が好ましくは0.5〜500nm、繊維長が好ましくは1〜500μm、好ましくはアスペクト比が3〜500のものである。
【0015】
本発明において特に好ましい微細炭素繊維は、上記カーボンナノチューブのうちで繊維径と繊維長が比較的大きい気相法炭素繊維である。このような気相法炭素繊維は、VGCF(Vapor Grown Carbon Fiber)とも呼ばれ、特開2003−176327号公報に記載されるように、炭化水素などのガスを有機遷移金属系触媒の存在下において水素ガスとともに気相熱分解することによって製造される。この気相法炭素繊維(VGCF)は、繊維径が好ましくは50〜300nm、繊維長が好ましくは3〜300μm、好ましくはアスペクト比が3〜500のものである。そして、このVGCFは、製造しやすさや取り扱い性の点で優れている。
【0016】
なお、本発明において微細炭素繊維の繊維径や繊維長は、電子顕微鏡により測定することができる。
【0017】
本発明で使用される微細炭素繊維は、2300℃以上、好ましくは2500〜3500℃の温度で非酸化性雰囲気にて熱処理することが好ましく、これにより、その機械的強度、化学的安定性が大きく向上し、圧力容器の軽量化に貢献する。非酸化性雰囲気は、アルゴン、ヘリウム、窒素ガスが好ましく使用される。この熱処理において、炭化ホウ素、酸化ホウ素、ホウ酸、ホウ酸塩、窒化ホウ素、有機ホウ素化合物などのホウ素化合物を共存させた場合には、上記熱処理効果が一層向上するとともに、熱処理温度も低下し、有利に実施できる。このホウ素化合物は、熱処理された微細炭素繊維中にホウ素含有量が0.01〜10質量%、好ましくは0.1〜5質量%になるように存在させるのが好ましい。
【0018】
本発明のガス拡散層の形成に使用される導電性粒子としては、導電性を有する、平均一次粒径が好ましくは1μm以下、特には0.5μm以下のものが使用される。その平均二次粒子径が約15μm以下が好ましい。その好ましい例としては、カーボンブラック、ファーネスブラック、アセチレンブラック、サーマルブラックの炭素粒子が挙げられる。また、導電性粒子に代え、又は同時に用いられる導電性繊維としては、いわゆるカーボンペーパー、カーボンクロスなどに用いられる径や長さのものが好ましい。チャンネルブラック、及びケッチェンブラックからなる群から選ばれる少なくとも一つの炭素繊維が挙げられる。なかでも、導電性粒子としては、カーボンブラック、アセチレンブラックが好ましい。
【0019】
本発明のガス拡散層の形成に使用される撥水性樹脂粒子としては、フッ素系樹脂粒子の使用が好ましい。フッ素系樹脂粒子としては、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、テトラフルオロエチレーヘキサフルオロエチレン共重合体が挙げられる。その粒径は、平均一次粒径が好ましくは1μm以下、特には0.5μm以下が使用される。その平均二次粒子径が約15μm以下が好ましい。
【0020】
微細炭素繊維、導電性粒子、及び撥水性樹脂粒子からガス拡散層を形成する場合、これらは均一な混合物とされるが、本発明において微細炭素繊維、導電性粒子、及び撥水性樹脂粒子の混合比は重要である。該混合比は、微細炭素繊維5〜50質量%と、導電性粒子35〜90質量%と、撥水性樹脂粒子5〜15質量%とされる。微細炭素繊維の量が多すぎるとガスの拡散性が低下し、逆に、微細炭素繊維の量が少なすぎると強度が低下したり、電気抵抗が増大し、本発明の目的を達成できない。また、導電性粒子の量が多すぎるとガス拡散性が低下し、逆に、導電性粒子の量が少なすぎると電気抵抗が増大し、本発明の目的を達成できない。撥水性樹脂粒子の量が多すぎるとガス拡散性が低下し、また、撥水性樹脂粒子の量が少なすぎると撥水性が不足し、本発明の目的を達成できない。
【0021】
なかでも、本発明においては、微細炭素繊維、導電性粒子、及び撥水性樹脂粒子の混合比は、微細炭素繊維8〜40質量%と、導電性粒子47〜85質量%と、撥水性樹脂粒子7〜13質量%であるのがガス拡散層の特性にとって好適である。
【0022】
本発明において微細炭素繊維、導電性粒子、及び撥水性樹脂粒子は充分に均一に混合することが好ましいが、混合する手段としては、ニーダーや、らいかい機などの混合機を使用して均一に混合される。
【0023】
本発明のガス拡散層では、上記微細炭素繊維、導電性粒子、及び撥水性樹脂粒子とともに、繊維径0.5〜500μm、繊維長0.08〜100mmの中細炭素繊維を使用することができる。かかる中細炭素繊維の使用により、得られるガス拡散層の機械的強度やガス拡散性が改善されるので好ましい。かかる中細炭素繊維としては、PAN、ピッチ、セルロースなどの繊維を熱処理した炭化することによって得られる、有機系カーボンファイバーが使用できる。かかる中細炭素繊維は、ガス拡散層を形成する混合物中、好ましくは、5〜55質量%、特に好ましくは10〜40質量%含有させることができる。
【0024】
かくして得られる、上記微細炭素繊維、導電性粒子、撥水性樹脂粒子、及び、好ましくは含有される中細炭素繊維を分散媒として水などを用いて混合したスラリー状の混合物は、抄造されてシート状の成形物に成形される。抄造法として、既存の方法が採用でき、丸網式抄紙機などが使用される。混合物を抄造するにあたっては、必要に応じて、成形を容易にするためにバインダーが使用される。バインダーとしては、石油ビッチなどが使用できる。このようにして、本発明では、厚みが好ましくは0.05〜2mm、特に好ましくは0.1〜1mmのシート状成形物とされる。
【0025】
かくして本発明において、微細炭素繊維として、繊維径100nm、繊維長100μmのVGCFの黒鉛化物10質量%、導電性粒子として、平均粒子径30nmのアセチレンブラック80質量%、撥水性樹脂粒子として、平均二次粒子径5μmのPTFE樹脂10質量%の混合物を抄造してなる、厚みが0.5mmのシート状成形物からなるガス拡散層は、上記VGCF黒鉛化物に代えて、繊維径100μm、繊維長10mmのPAN系炭素繊維を10質量%を使用した他は同様にして作製した同じ厚みのシート状成形体かなるガス拡散層に比して、電気伝導性及び機械的強度の点で優れた性能を示した。
【産業上の利用可能性】
【0026】
本発明によるガス拡散層を備えた高分子電解質型燃料電池は、出力電力密度、出力電圧などの特性の点で優れ、さらに、折曲げ強度などの機械的強度が大きいために長期に渡って安定した性能を有するので、高分子電解質型燃料電池特性を一層向上させるものである。かくして得られる高分子電解質型燃料電池は、低温で稼働し、重量が小さく扱い易いという、高分子電解質型燃料電池本来の特性と相まって、車輌、船舶、航空機、携帯機器などの移動体に好適な動力源となる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
高分子電解質膜の両面に触媒層とガス拡散層とを含む電極を有する燃料電池用のガス拡散層であって、繊維径0.5〜500nm、繊維長1000μm以下を有し、かつ中心軸が空洞構造からなる微細炭素繊維5〜50質量%と、導電性粒子35〜90質量%と、撥水性樹脂粒子5〜15質量%との混合物を抄造してなる、厚みが0.05〜2mmのシート状成形物からなることを特徴とする高分子電解質型燃料電池用ガス拡散層。
【請求項2】
微細炭素繊維が、気相法による炭素繊維、及び/又はカーボンナノチューブである請求項1に記載の高分子電解質型燃料電池用ガス拡散層。
【請求項3】
微細炭素繊維が、ホウ素化合物の存在下に非酸化性雰囲気にて2300℃以上の温度で熱処理されている請求項1又は2に記載の高分子電解質型燃料電池用ガス拡散層。
【請求項4】
さらに、繊維径0.3〜500μm、繊維長0.05〜100mmの中細炭素繊維を5〜55質量%を含む混合物を抄造してなる請求項1、2又は3に記載の高分子電解質型燃料電池用ガス拡散層。
【請求項5】
導電性粒子がカーボンブラック、ファーネスブラック、アセチレブラック、サーマルブラック、チャンネルブラック、及びケッチェンブラックからなる群から選ばれる少なくとも一つである請求項1〜4のいずれか1項に記載の高分子電解質型燃料電池用ガス拡散層。
【請求項6】
撥水性樹脂粒子がフッ素樹脂粒子である請求項1〜5のいずれかに記載の高分子電解質型燃料電池用ガス拡散層。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかに記載のガス拡散層を備えた高分子電解質型燃料電池。

【国際公開番号】WO2005/043656
【国際公開日】平成17年5月12日(2005.5.12)
【発行日】平成19年11月29日(2007.11.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−515189(P2005−515189)
【国際出願番号】PCT/JP2004/016163
【国際出願日】平成16年10月29日(2004.10.29)
【出願人】(000005979)三菱商事株式会社 (56)
【Fターム(参考)】