説明

固相転移現象を示す結晶性ポリマー、およびその応用

本発明に係るポリマーは、式 150>ΔHtr>1.6Ttr−3.5 (1) (式中、ΔHtrは結晶転移に伴う吸熱(J/g)、Ttrは結晶転移温度(℃)を示す。)で規定される関係を満足しうる、固相状態で結晶転移する結晶性ポリマーである。上記の結晶ポリマーは、重量平均分子量が60万以下であり、結晶転移温度(Ttr)が、67℃以下である。本発明に係る結晶性ポリマーは、低い相転移温度、高い相転移熱量、および高融点を有することから、スイッチング素子や、生活環境温度(20℃〜50℃)近くで使用する蓄熱材料として利用可能性が高い。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規な物性を持つ固相状態で結晶転移する結晶性ポリマー、およびその応用に関する。
【背景技術】
【0002】
固相状態で可逆的な結晶転移する結晶性ポリマーとして、トランス−1,4−ポリブタジエンがよく知られている。
【0003】
例えば、Finterらによる報文(Makromol.Chem.Vol.182 pl859−1874(1981))には、ブタジエンユニットのミクロ構造がトランス100%であり、結晶転移温度83℃、結晶転移熱量7.79kJ/mol(140J/g)のトランス−1,4−ポリブタジエンが開示されている。Bautzらによる報文(Colloid and Polymer Scienece Vol.259 No.7 p714−723(1981))には、結晶転移温度68℃(341K)、結晶転移熱量98J/gのトランス−1,4−ポリブタジエンが記載されている。なお、本明細書においては、トランス−1,4−ポリブタジエンをTPBと称することがある。
【0004】
本出願人による特開2000−230103号公報には、トランス−1,4−ポリブタジエンと熱可塑性樹脂と主成分とする混合物および蓄熱材料への応用が開示されている。同じく本出願人による特開2001−81135号公報には、特定の構造と物性をもち可逆的な相転移を示すトランス−1,4−ポリブタジエンが開示されている。
【0005】
しかしながら、上記の文献に開示されている従来技術に係る材料は、結晶転移温度が68℃以上に限定されるため、例えば蓄熱材として利用する場合、必要とされる熱源温度が高くなり、改良が求められていた。
【0006】
Bermudezらによる報文(European Polymer Journal Vol.8 p575−583(1972))には、結晶転移温度50〜52℃、結晶転移熱量48〜57.2J/gのトランス−1,4−ポリブタジエンが記載されている。なお、本明細書においては、結晶転移熱量を、結晶転移エンタルピー変化量(ΔHtr)と称することがある。
【0007】
しかしながら、上記の文献に開示の従来技術に係る材料は、結晶転移エンタルピー変化の低下が著しく、例えば蓄熱材として利用する場合、反復使用により、蓄熱性能そのものが低下し、改良が求められていた。
【0008】
本出願人による特開平9−268208号公報には、トランス結合含有量が95mol%以上、重量平均分子量100万以下、ΔHtrが70J/g以上のトランス−1,4−ポリブタジエンおよびそれを用いた蓄熱材が開示されており、特に、結晶転移温度60℃において比較的高い相転移熱量92J/gを有する数平均分子量80万のポリマーが開示されている。しかしながら、この従来技術では、結晶転移温度が高いため改良が求められるか、あるいは結晶転移温度が低い場合には分子量が80万と高いために加工性が低く、改良が求められていた。
【0009】
Antipovらによる報文(Macromol.Chem.Phys.Vol.202,p82−89(2001))には、ポリブタジエンの1,4−トランス結合と1,2−ビニル結合の比を制御し、トランス結合の比率を98%以下とすることにより、結晶転移温度を低下(最低40℃)させた結晶性ポリブタジエンが開示されている(ただし、数値化された相転移エンタルピー変化量は開示されていない)。しかしながら、上記報文に開示の技術では、結晶転移温度の低下とともに融点が低下するため、機能発現温度とポリマーの流動温度が近くなり、密閉を必要としないという固体蓄熱材としての特徴が打消され、また蓄熱材として使用可能な環境温度にも制約を生じるため、改良が求められていた。
【0010】
すなわち、上述した何れの従来技術でも、結晶転移に伴う発熱量、結晶転移温度、融点、成形性などの諸性質が用途によって満足できない場合があり、改良が求められていた。
【0011】
ポリマーの熱膨張を利用した熱応動スイッチとしては、特開平7−85756号公報に記載の、一対の金属部材電極間の電気的接続を、合成樹脂からなる接合部材と金属部材電極との熱膨張率の差に基づいて開閉するスイッチが知られる。このようなスイッチは、ヒータの温度制御等の目的で、バイメタル式スイッチ等に替えて用いることできることが開示されている。しかしながら、このような熱応動スイッチは、接合部材として、使用範囲の全領域においてほぼ一定の熱膨張率を持つ樹脂を用いるため、スイッチの開閉温度は、その機械的構造と樹脂の特性の双方に依存し、動作温度の設計が困難である上、圧力等による変形によって動作温度が変化する危険があり、改善が求められていた。
【0012】
他方、ポリマーの固相転移現象を応用した素子として、特開2003−45704号公報に記載の、複合材料中における相転移ポリマー結晶の体積変化に基づいたPTC素子が知られる。このような素子もまた、ヒータの温度制御等の目的で、バイメタル式スイッチに替えて用いることが可能である。しかしながら、このような導電性材料を結晶性ポリマー中に分散させてなるPTC素子は、その導電性がカーボンブラック等の導電性粒子の分散状態によって影響を受けることから、量産規模において、これらの導電性粒子の分散状態を一定にすることは困難であり特性のばらつきが大きいという問題点を有していた。
【0013】
固相状態で可逆的な結晶転移を生じる結晶性ポリマーは、結晶転移に伴う熱授受や体積変化現象を利用して、蓄熱材やPTC素子といった機能材料への応用が可能である(例えば、本出願人による特開2000−23942号公報参照)。DSCで測定される昇温時の結晶転移温度は、蓄熱材として利用した場合における熱吸収温度やPTCに利用した場合の電気抵抗ジャンプ温度のような機能発現温度に相当するものであり、また結晶転移エンタルピーは、蓄熱量等の機能の大きさに影響する。しかし、従来技術による結晶性ポリマーは、相転移熱量が十分高い場合は結晶転移温度が高く、機能発現の温度が限定される。また逆に結晶性ポリマーで結晶転移温度が低い場合には、相転移熱量の低下が著しく蓄熱等の機能が劣るか、分子量が高くて加工性が悪く、あるいは融点が低くて使用条件に制約がある。このため、いずれかの面で物性の改良が求められていた。
【発明の開示】
【0014】
本発明によれば、低い相転移温度、高い相転移熱量、高い加工性(低い分子量)の3要件のバランスが改善されただけでなく、蓄熱媒体用材料などとして使用するに際して、要求される高い融点を有するポリマーが提供される。さらに、本発明によれば、この様な物性を有するポリマーを用いた熱応動スイッチ、PTC素子、および蓄熱媒体が提供される。
【0015】
本発明に係るポリマーは、下式(1)
150>ΔHtr>1.6Ttr−3.5 (1)
(式中、ΔHtrは結晶転移に伴う吸熱(J/g)、Ttrは結晶転移温度(℃)を示す。)で規定される関係を満足しうる、固相状態で結晶転移する結晶性ポリマーである。上記の結晶ポリマーは、重量平均分子量が3万〜60万、好ましくは5万〜50万、特に好ましくは8万〜40万であり、結晶転移温度(Ttr)が、67℃以下、好ましくは、65℃以下、特に好ましくは、20℃〜60℃である。なお、式(2)
150>ΔHtr>1.6Ttr−15 (2)
(式中、ΔHtrは結晶転移に伴う吸熱(J/g)、Ttrは結晶転移温度(℃)を示す。)を満足する結晶性ポリマーが特に好ましい。本発明に係る結晶性ポリマーは、低い相転移温度、高い相転移熱量、および高融点を有することから、特に、環境温度(20℃〜50℃)近くで使用する蓄熱材料として利用可能性が高い。
【0016】
本発明に係る熱応動板は、可撓性基板と、その一方の表面に配設された体積変化を伴う可逆的な結晶転移を示す材料の層とからなる熱応動板である。体積変化を伴う可逆的な結晶転移を示す材料としては、上記の固相状態で結晶転移する結晶性ポリマーが、特に好適に使用される。この熱応動板は、熱応動スイッチ、PTC素子として、利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の実施例1に係る結晶性ポリマーと比較例1の結晶性ポリマーとの結晶転移点を示すグラフである。
【図2】本発明の実施例1および2に係る結晶性ポリマーと比較例1の結晶性ポリマーの昇温に伴う一軸方向の膨張率の変化を示すグラフである。
【図3(a)】本発明に係る熱応動板の温度過昇温防止素子としての構成を示す模式図であり、正常状態の素子の状態を示す。
【図3(b)】本発明に係る熱応動板の温度過昇温防止素子としての構成を示す模式図であり、温度が過昇温した状態での素子の状態を示す。
【図4】本発明に係る熱応動スイッチの斜視図を示す。
【図5】熱応動スイッチが、ONの状態にあるときの構成を示す断面図である。
【図6】熱応動スイッチが、OFFの状態にあるときの構成を示す断面図である。
【図7】本発明に係る結晶性ポリマーを蓄熱材として使用したときのモデル試験における、放熱時間と水温との関係をグラフである。
【図8】実施例1のポリマーと比較例1のポリマーの面間隔の温度依存性を示すグラフである。
【図9】本発明に係る熱応動スイッチ素子の抵抗値の温度依存性を示すグラフである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本発明に係るポリマーは、下式(1)
150>ΔHtr>1.6Ttr−3.5 (1)
(式中、ΔHtrは結晶転移に伴う吸熱(J/g)、Ttrは結晶転移温度(℃)を示す。)で規定される関係を満足しうる、固相状態で結晶転移する結晶性ポリマーである。この本発明の固相状態で結晶転移する結晶性ポリマーは、好ましくは、重量平均分子量が3万〜60万、好ましくは5万〜50万、特に好ましくは8万〜40万であり、結晶転移温度(Ttr)が67℃以下、好ましくは65℃以下、特に好ましくは20℃〜60℃であり、かつ、下式(2)
150>ΔHtr>1.6Ttr−15 (2)
(式中、ΔHtrは結晶転移に伴う吸熱(J/g)、Ttrは結晶転移温度(℃)を示す。)で規定される条件を満足する結晶性ポリマーである。
【0019】
結晶性ポリマーの具体例としては、トランス−1,4−ポリブタジエン、ブタジエンとオレフィンの共重合体、および、トランス−1,4−ポリブタジエン変性物などが挙げられる。
【0020】
ブタジエンユニットのミクロ構造は、トランス−1,4結合の含量がIRスペクトル、あるいはH−NMR、13C−NMR等スペクトルからの算出で、トランス−1,4構造含量が、97モル%以上、好ましくは98モル%以上である。
【0021】
ブタジエンとオレフィンの共重合体の場合はオレフィンとして、エチレン、プロピレン、ブテンなどが挙げられる。中でも、エチレンが好ましい。
【0022】
該結晶性ポリマーがブタジエンとオレフィンの共重合体である場合のブタジエンユニットとオレフィンユニットの割合は、92:8〜60:40が好ましく、特に90:10〜70:30が好ましい。
【0023】
該結晶性ポリマーがトランス−1,4−ポリブタジエン変性物である場合、変性前のブタジエンユニットのミクロ構造は、トランス−1,4結合の含量がIRスペクトル、あるいはH−NMR、13C−NMR等スペクトルからの算出で、トランス−1,4構造含量が、97モル%以上、好ましくは98モル%以上である。なお、変性物としては、エポキシ変性物が好ましく、低い結晶転移温度の物質が得られることから、エポキシ化率が1モル%〜60モル%、特に2モル%〜55モル%のものが好ましい。エポキシ基の導入方法としては、m−クロロ過安息香酸(MCPBA)を利用した方法などが、広く知られているが(例えば、F.C.Schillingら、Macromolecules 16,p808−816(1983))、副反応である、エポキシ基の開列を防ぐ為、分子鎖中に均一にエポキシ基を導入する為、よりマイルドな条件で、かつ、反応系内で過酸を生成させるため、取り扱いが比較的簡便であるin situ過酸法(Y.Kurokiら、Polymer Journal 26(10),p1163−1169(1994))などを用いて行うことが望ましい。
【0024】
結晶性ポリマーの融点(Tm)は100℃以上が好ましく、特に110〜140℃が好ましい。
【0025】
結晶性ポリマーの結晶融解熱(ΔHm)(J/g)は、35〜60が好ましく、40〜55が好ましい。
【0026】
重量平均分子量(Mw)は、3万〜60万、さらに好ましくは5万〜50万、特に好ましくは8万〜40万である。ここで重量平均分子量とは、スチレンを標準物質としゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)により、溶媒としてo−ジクロロベンゼンを用いて求めたものである。
【0027】
数平均分子量(Mn)が20万以下、好ましくは1万〜10万である。
【0028】
分子量分布(Mw/Mn)は、1〜25が好ましく、2〜22が特に好ましい。
【0029】
本発明のトランス−1,4−ポリブタジエンは、(A)バナジウム化合物、(B)塩化アルキルアルミニウムからなる触媒を用いる重合によって製造することができる。
【0030】
(A)バナジウム化合物触媒としては、バナジウムトリアセチルアセトナート、三塩化バナジウムTHF錯体、オキシ三塩化バナジウム、ナフテン酸バナジウム、バナジウムオキシアルコキシドなどのバナジウム化合物などが挙げられる。中でも、オキシ三塩化バナジウム(VOCl)が好ましい。
【0031】
(B)塩化アルキルアルミニウムとしては、ジメチルアルミニウムクロライド、ジエチルアルミニウムクロライド、ジイソブチルアルミニウムクロライド、メチルアルミニウムジクロライド、エチルアルミニウムセスキクロライド、エチルアルミニウムジクロライドなどが挙げられる。中でも、ジエチルアルミニウムクロライド(DEAC)が好ましい。
【0032】
(A)成分と(B)成分の割合は、mol比で、1:300〜10:1が好ましい。
【0033】
重合法として溶媒を用いて行う溶液重合、触媒を担体に担持して用いる気相重合、ブタジエンモノマーを媒体とするバルク重合など採用できる。溶液重合で使用できる溶媒としては例えば、ペンタン、ヘキサン、ヘプタン、シクロヘキサンなどの脂肪族炭化水素、ベンゼン、トルエン、キシレンなどの芳香族炭化水素、クロロホルム、メチレンクロライド、ジクロロエタン、クロロベンゼンなどのハロゲン化炭化水素、ミネラルオイルなどが挙げられる。α−オレフィンとの共重合である場合、α−オレフィンは重合初期のみに添加しても、連続的に供給してもよい。
【0034】
各々の重合方法においては、通常、重合時間が1分〜12時間、好ましくは5分〜2時間、重合温度が−10〜60℃、好ましくは0−40℃で行うことができる。
【0035】
本発明によれば、可撓性基板と、同基板一方の表面に配設された体積変化を伴う可逆的な結晶転移をする材料からなる層から構成される熱応動板が提供される。体積変化を伴う可逆的な結晶転移をする材料としては、特開2001−81135号公報に記載のトランス−1,4−ポリブタジエンや、特開平9−268208号公報に記載のトランス−1,4−ポリブタジエン、さらには、本発明に係る固相状態で結晶転移する結晶性ポリマーが使用可能である。可撓性基板としては、可撓性を発揮する材料であれば、特に制限はないが、Alや銅等の金属製の基板やPET、ポリイミド、等の各種樹脂製の基板が好適に使用される。基板表面は、粗面化処理されたものや多孔質構造を有するものが、剥離強度を向上させるためには好ましい。
【0036】
体積変化を伴う可逆的な結晶転移をする材料からなる層を基板上に配設させるには、特に、その方法は限定されないが、例えば、該体積変化を伴う可逆的な結晶転移をする材料からなる層を基板と積層して熱プレスする等の方法や体積変化を伴う可逆的な結晶転移をする材料の溶液を調製し、前記溶液を基板上に塗布した後、乾燥させる方法が使用可能である。作業性などの観点から、後者の溶液を塗布、乾燥させる方法が好ましい。
【0037】
特に、小型で厚みが薄く変位量の大きな熱応動板を形成するためには前記の溶液を用いた方法が好適に用いられる。
【0038】
体積変化を伴う可逆的な結晶転移をする材料の溶液、例えば、トランス−1,4−ポリブタジエンの溶液は、溶解度パラメータが好ましくは概略14〜30MPa1/2の溶媒を用いて調整することができる。溶解度パラメータはMacromol.Chem.Phys.Vol.202,p82−89(2001)などに記載されている値を用いてもよい。
【0039】
溶媒として使用可能なものの具体的な例としては、ヘキサン、シクロヘキサン、トルエン、テトラヒドロフラン、メチルエチルケトン、クロロホルム、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミドなどの溶媒を挙げることができる。中でも、テトラヒドロフラン、クロロホルム、トルエンなどが好ましい。
【0040】
用いる溶媒の溶解度パラメータが30MPa1/2を超えると、トランス−1,4−ポリブタジエンがほとんど溶解しなくなるので適当でない。
【0041】
上記溶媒に室温にて体積変化を伴う可逆的な結晶転移をする材料、例えば、トランス−1,4−ポリブタジエンを溶解させようとすると、ポリマー濃度が増えると共にポリマー固形分が多く析出した懸濁液がしばしば得られる。
【0042】
特に、概略結晶転移温度以上の温度領域、例えば、60〜80℃に加熱することによって、ポリマー濃度が概略0.01重量%から概略30重量%にわたる広い濃度範囲で本発明に係る熱応動板の製造に好適な溶液が得られる。
【0043】
ポリマー濃度が概略0.01重量%より少なくなると、乾燥後の膜が孤立した小片化してしまうので好ましくない。
【0044】
一方、ポリマーの分子量にもよるが、ポリマー濃度が概略30重量%より大きくなると、溶液の流動性が損なわれ溶液の塗布が困難になる。特に好適にはポリマー濃度が0.1重量%から10重量%の溶液が用いられる。
【0045】
溶液を塗布する方法は、基板の表面に溶液をバーコーターなどにより流延する方法、スピンコートする方法などを用いることができる。
【0046】
さらに溶液塗布によりポリマー材料の膜を形成するためには、溶媒が揮発性であることが好適であり、この点からテトラヒドロフラン、クロロホルム、トルエンなどの高揮発性の溶媒が好適に用いられる。
【0047】
結晶転移温度以上の温度領域で調製した体積変化を伴う可逆的な結晶転移をする材料の溶液、例えば、トランス−1,4−ポリブタジエンの溶液は、上記の温度より低い温度に冷却しても、直ちにはトランス−1,4−ポリブタジエンの顕著な析出は生じない。このため、基板上に溶液を塗布する工程は、結晶転移温度以上の高温で行ってもよいが、室温など前記温度範囲に比較して低い温度領域で実施してもよい。
【0048】
上記のようにして基板上に形成される半結晶性のポリマー材料の膜は、均一な緻密膜であってもよいが、多孔質であったり、網状の構造であってもよい。
【0049】
塗布条件によっては多孔質の膜が形成される。例えば大気中で揮発性の極性溶媒から形成したトランス−1,4−ポリブタジエンの膜はしばしば多孔質構造を示す。
【0050】
前記の多孔質構造は乾燥中の溶液膜中で、ポリマーが結晶化することによる溶液の不均一化や、大気中の水蒸気が溶媒蒸発の潜熱による膜の冷却のために結露し混入することで生じる溶液の不均一化などによるため生じると考えられる。
【0051】
ポリマーが上記のように多孔質構造や網状構造を取っている場合にも、結晶転移に伴う膜のサイズ変化が生じるため、本発明の熱応動板に使用することが可能である。
【0052】
上記のようにして製造された積層体は、体積変化を伴う可逆的な結晶転移をする材料の結晶転移温度(Ttr)で層Aが体積膨張するため、温度Ttrで急峻な変位動作を起し、熱応動板として利用できる。
【0053】
熱応動板が長さl、幅wの長方形であるとし、体積変化を伴う結晶転移を起す材料の層Aの厚みをh、基板Bの厚みをhとし、その比をn=h/hで表す。層A、層Bの弾性率をそれぞれE、Eとし、その比をm=E/Eで表す。結晶転移温度(Ttr)で層Aの体積が変化する割合をδとすると、温度Ttrで該熱応動板に生じる変位量Dは、下式(3)
【0054】
【数1】

【0055】
ただし、kは、下式(4)
【0056】
【数2】

【0057】
ここでεは熱応動板の長手方向に生じる線歪であり、層Aが等方的であれば、体積変化の割合δから、およそ、下式(5)
【0058】
【数3】

【0059】
と求められる。
【0060】
式(3)より、製造した熱応動板に大きな変位動作を生じせしめるために、熱応動板の厚みが薄いことが望ましく、この面からも溶液プロセスなどを用いて薄膜を容易に作製可能な体積変化を伴う可逆的な結晶転移をする材料、例えば、トランス−1,4−ポリブタジエンなどの半結晶性のポリマー材料が層Aとして好適に用いられる。
【0061】
式(3)〜(4)よりDは、mn=1で最大値となるため、E/hの値が層Aの弾性率Eに近いことが好ましい。
【0062】
すなわち、下式(6)
【0063】
【数4】

【0064】
で示される関係が成立することとなる。
【0065】
基板Bとして、表面の平滑な基板を用いた場合、場合によっては積層した層Aが容易に剥離しやすくなるため、使用できる材料が限られてくる。例えばAとしてトランス−1,4−ポリブタジエンを用い、BとしてAl板を用いた場合、層Aは結晶転移点で生じる歪のために基板Bから容易に剥離してしまう。
【0066】
剥離を抑制するためにアンカー効果が期待できる粗面化された表面を有する基板や多孔質基板などが好適に用いられる。
【0067】
基板Bとして多孔質基板を用いると、基板の空孔中へ体積変化を生じる材料Aを侵入させることができるため、見かけ上hの値を大きくとることができ、さらに多孔質構造の故に基板のEが、基板材料Bのバルクの弾性率Eより小さくなる。このような多孔質基板は、形状安定性に優れた剛直な基板材料Bを用いながら、先に挙げた大きな変位量を与える条件式(6)を満足することを容易ならしめ、好適に本発明に用いられる。
【0068】
さらに、本発明による熱応動板を用いて、温度過昇防止素子を製造することができる。例えば、上記のような構成からなる熱応動板の基板の体積変化を伴う可逆的な結晶転移をする材料からなる層が配設された面とは反対側の面に、銀ペーストを使用して導電被膜を形成することにより、温度過昇防止素子を製造することが可能である。このように構成された温度過昇防止素子は、使用された結晶性ポリマーの結晶転移温度Ttrを超える辺りで、膜形状が急激に変化し、接点開放(抵抗∞)が起こる。この素子を冷却すると、Ttrを5〜15℃程度下まわった温度で、抵抗は初期の値に復帰する。すなわち、本発明に係る温度過昇防止素子は、使用された結晶性ポリマーの温度Ttr近傍で可逆的に急峻な接点開放、接点形成を生じる温度過昇防止素子として使用可能である。
【0069】
基板が絶縁性の材料からなる場合、基板表面に金属などの導電被膜Cを形成し、結晶転移温度Ttrで熱応動板の変位動作により、該導電被膜Cが接点Dと接触あるいは離脱することを用いて、該導電被膜Cと接点Dに接続された外部回路に流れる電流を制御することが可能になる。
【0070】
導電被膜Cの形成は、導電ペーストの塗布、金属膜の蒸着、金属メッキなど種々の方法で実施することができる。
【0071】
さらに、本発明によれば、一対の電極と、本発明の固相状態で結晶転移する結晶性ポリマーからなる絶縁性部材と導電性物質からなる部材とが電極間に配設された構造物であって、該結晶性ポリマーが固体状態での転移を起し、転移温度範囲における体積膨張率により、一対の電極の電気的な接続の開閉が行われる熱応動スイッチが提供される。
【0072】
このスイッチの作用を図4、図5、図6に基づいて説明する。図4はこの発明のスイッチの概要を示す斜視説明図であり、図5は図4に示すスイッチが閉(ON)状態にある場合の部分縦断説明図、図6は図4に示すスイッチが開(OFF)状態にある場合の部分縦断説明図である。図5に示すスイッチ10は、複数の貫通孔11a、11bを有する結晶性ポリマー部材12を用い、各々の貫通孔11a、11bには、導電性物質からなる部材13a、13bが、常温では一対の電極14a、14b接触するように、配置されている。なお、ポリマー部材12は、電極14a、14bと圧着するように成形されている。
【0073】
したがって、常温では、電極14aと電極14bの間に電圧をかけた場合、導電性物質からなる部材13a、13bを介して電流が流れ、スイッチが閉(ON)状態となる。しかし、雰囲気の温度上昇により、結晶性ポリマーの相転移温度までポリマー部材12が加熱された場合、結晶性ポリマーの体積変化により、電極14aと電極14bの間の距離が広がり、導電性物質からなる部材13a、13bと、電極14aおよび電極14bとの接触が失われ、結果として電流が遮断される。すなわち、スイッチ開(OFF)状態になる。
【0074】
このスイッチを構成する貫通孔11の形状は、横断面が真円形に限らず、加工性や成形体の強度を考慮して、楕円形、短冊形等の形状をとることができる。また、貫通孔の大きさは、部材内の鉛直方向に対して均一であっても、均一でなくともよいが、部材内のいずれかの場所において導電性物質からなる部材13a、13bを固定するように選定することが好ましい。また、貫通孔の数は、必要な抵抗値、加工条件に応じて選択することができる。また、貫通孔11の、ポリマー部材12における位置は任意に選択することができるが、動作の安定性を考慮すると均等に分布することが好ましい。
【0075】
この貫通孔11は、導電性物質からなる部材13a、13bの保持およびスイッチ側面の絶縁性を保持する目的で、導電性物質からなる部材13a、13bがスイッチ側面に現れないよう用いられるものであって、側面の絶縁性が要求されない場合は、貫通孔11は、ポリマー部材12の側面の一部をなす刻みであってもよい。また、さらに導電性物質からなる部材13a、13bが他の手段により保持される場合は、貫通孔11を用いず、単に一対の電極14a、14bの間にポリマー部材12と導電性部材13が並んでいてもよい。
【0076】
このスイッチを構成するポリマー部材12の材料は、本発明の固相状態で結晶転移する結晶性ポリマーであり、転移温度範囲における体積膨張率と、転移温度範囲以外における熱膨張率との差は大きいことが好ましい。また、転移温度範囲における体積変化は急激である方が好ましい。
【0077】
また、ポリマー部材12は、固体状態での結晶転移を生じ、転移温度範囲による体積膨張率が転移温度範囲以外における熱膨張率を上回るポリマーと、他のポリマーあるいは無機材等の絶縁性材料とを混合した複合材料よりなってもよく、また他の絶縁性材料との積層構造をとっていてもよい。
【0078】
本発明によれば、本発明に係る固相状態で結晶転移する結晶性ポリマーからなる蓄熱材及び蓄熱媒体が提供される。蓄熱材、または、蓄熱媒体は、本発明に係る固相状態で結晶転移する結晶性ポリマーを材料として、所望とする形状に成形加工すればよい。成形加工方法は特に制限されないが、通常、樹脂に成形に使用される、圧縮成形、射出成形、押出成形等の成形方法を採用すればよい。大きさ、形状等は、その用途との関係で適宜選択すればよい。勿論、用途によっては、ケースに収納した形で製造してもよい。特に、本発明に係わる蓄熱材又は蓄熱媒体においては、結晶転移温度において蓄熱し、低温環境におかれた場合、降温時の結晶転移温度において放熱作用を示して同温度付近における降熱時間が著しく延長されるという特質を示す。
【0079】
本発明の結晶性ポリマーは、ペレット、薄板、金属板とのラミネーション、中空糸、構造体、キャストフィルム等への成形加工が可能である。ペレット、あるいは成形体等として熱媒体と接触させて使用される。また、相転移現象を示さない他のポリマーと混合して使用してもよい。また、ポリマー以外の固体材料と混合して使用してもよい。また、導電性粒子と混合することでPTC素子として応用することも可能である。
【実施例】
【0080】
「重量平均分子量」は以下のように求めた。スチレンを標準物質としWaters製150C型(カラムは昭和電工製ShodexHT−806M2本、プレカラムとしてShodexHT−800P1本を使用)のゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)により、溶媒o−ジクロロベンゼン、カラム温度135℃で、同一条件で標準ポリスチレンの測定を行い校正曲線を作成し校正して求めたGPC曲線より求めたものを示す。
【0081】
「トランス−1,4結合の含量」および「オレフィン含有量」は、日本電子製EX−400を用いて測定した13C−NMRスペクトルにおける各ピークの強度比から算出した。
【0082】
「結晶相転移点」、「結晶相転移熱」は以下のように求めた。セイコーインスツルメンツ株式会社製SSC5200の示差走査型熱量計(DSC)を用い、アルミ製サンプルパンに試料約5mgを入れシールしたものを、窒素雰囲気下、200℃10分加熱することにより完全に融解させた後、−5℃/分で−30℃まで降温し再結晶化した。このポリマーを10℃/分で昇温し、結晶転移に伴う吸熱ピークの最大値を示す温度を結晶転移温度(Ttr)、結晶転移による吸熱量の単位ポリマー量当りの総量を結晶転移熱量(ΔHtr)とした。また、結晶融解に伴う吸熱ピークの最大値を示す温度を融点(Tm)、結晶融解に伴う吸熱量の単位ポリマー量当りの総量を融解熱量(ΔHm)とした。
【0083】
昇温に伴う膨張率は、以下の条件により測定した。
Du Pontインスツルメンツ製990Thermal Analyzerおよび943Thermomechanical Analyzer(TMA)を用い、石英ガラス製のセル内に厚さ200μm、2mm角の試料をセットし、大気下で、昇温速度10℃/分で所定温度(DSCにて測定した結晶転移温度(Ttr)+30℃)まで昇温し、その後、室温付近まで放冷し、再度この試料を昇温速度10℃/分で所定温度まで昇温したときのフィルムの厚さ方向の膨張率を測定した。
【0084】
また、結晶面間隔は、理学社製広角X線回折装置RINT2500を用いて、管電圧40kV、管電流130mA、測定範囲2θ=3〜40°、温度25〜100℃の間での昇温過程で測定した。得られたTPBに特徴的な(200)面の回折ピーク位置から、ブラック式より、測定各温度における結晶面間隔を算出した。
【0085】
(比較例1)
十分に窒素置換した内容積100Lの反応容器にトルエン35.75Lを入れ、ブタジエン12.5Lを加えた後、触媒としてバナジウムオキシトリクロリド(VOCl)を250ミリモル、助触媒としてジエチルアルミニウムクロリド(DEAC)1250ミリモルを順次添加し、重合を開始した。重合は窒素雰囲気下、初期温度−8℃、最終温度60℃で30分間行った。ポリマーを含む反応液は、同容積のエタノール(老化防止剤としてチバガイギー社製イルガノックス1076を添加)中に加えてポリマーを再沈させ、回収した。このとき得られたポリマーは、トランス結合含有率99%、重量平均分子量(Mw)は21万、数平均分子量(Mn)は2.9万であった。このポリマーの熱物性は、表1に示す。
【0086】
(実施例1)
内容積200mlのナス型フラスコに比較例1のトランス−1,4−ポリブタジエン2g、トルエン98gを入れ、窒素雰囲気下水バス中で60℃にて、トランスポリブタジエンを溶解後、ギ酸0.4ml、30%過酸化水素水2.5ml注入し、その後、30分間、密閉系にて反応を行った。大量のエタノール中へ析出させることにより、反応を停止した後、ろ過、さらにエタノールで洗浄後、乾燥させた。
【0087】
(実施例2、3)
反応時間を変えた以外は、実施例1と同様の操作を繰り返した。実施例2での反応時間は、10分間、そして、実施例3での反応時間は、5分間とした。
【0088】
(実施例4、5、6、7)
反応試薬量として、ギ酸0.8ml、30%過酸化水素水5mlを用い、実施例4での反応時間を5分間、実施例5での反応時間を10分間、実施例6での反応時間を20分間、および、実施例7での反応時間を30分間とした以外は、実施例1と同様の操作を繰り返した。
【0089】
(実施例8)
内容積100mlのナス型フラスコにトランス−1,4−ポリブタジエン1g、トルエン49gを入れ、窒素雰囲気下水バス中で60℃にて、トランスポリブタジエンを溶解後、ギ酸0.7ml、30%過酸化水素水0.5ml注入し、その後、30分間、密閉系にて反応を行った。大量のエタノール中へ析出させることにより、反応を停止した後、ろ過、さらにエタノールで洗浄後、乾燥させた。
【0090】
(実施例9、10、11、12)
反応試薬量が以下に記載する量としたこと以外は、実施例8と同様の操作を繰り返した。なお、反応試薬量は、実施例9では、ギ酸0.35ml、30%過酸化水素水0.25mlを、実施例10では、ギ酸0.35ml、30%過酸化水素水0.5mlを、実施例11では、ギ酸0.7ml、30%過酸化水素水0.25mlを、実施例12では、ギ酸2.1ml、30%過酸化水素水1.25mlをそれぞれ使用した。
【0091】
(実施例13)
内容積100mlのナス型フラスコにトランス−1,4−ポリブタジエン1g、トルエン49gを入れ、窒素雰囲気下水バス中で60℃にて、トランスポリブタジエンを溶解後、ギ酸1.4ml、30%過酸化水素水1.25ml注入し、注入終了後、60分間、密閉系にて反応を行った。大量のエタノール中へ析出させることにより、反応を停止した後、ろ過、さらにエタノールで洗浄後、乾燥させた。
【0092】
(実施例14)
反応試薬量のうち、ギ酸量を0.7mlとした以外は、実施例13と同様の操作を繰り返した。
【0093】
(実施例15)
内容積1000mlのナス型フラスコにトランス−1,4−ポリブタジエン55g、トルエン570gを入れ、窒素雰囲気下水バス中で60℃にて、トランスポリブタジエンを溶解後、ギ酸11ml、30%過酸化水素水68.8mlを注入し、注入終了後、60分間、密閉系にて反応を行った。大量のエタノール中へ析出させることにより、反応を停止した後、ろ過、さらにエタノールで洗浄後、乾燥させた。
【0094】
(実施例16)
内容積2000mlのナス型フラスコにトランス−1,4−ポリブタジエン100g、トルエン900gを入れ、窒素雰囲気下水バス中で60℃にて、トランスポリブタジエンを溶解後、ギ酸21ml、30%過酸化水素水42.2mlを注入し、その後、90分間、密閉系にて反応を行った。大量のエタノール中へ析出させることにより、反応を停止した後、ろ過、さらにエタノールで洗浄後、乾燥させた。
これらの実施例に関する各原材料の使用量、反応条件、得られたポリマーの結晶転移温度(Ttr)、転移熱量(ΔHtr)、融点(Tm)、および結晶融解熱(ΔHm)については、表1に示す。
【0095】
【表1】

【0096】
図1に、実施例1で得られた結晶性ポリマーと比較例1で得られたポリマーとの昇温過程のDSCサーモグラムを示す。このデータから、本願に係る結晶性ポリマーは、従来から知られている結晶性ポリマーに比べ、比較的低い温度で結晶転移現象を示すことが明らかとなった。
【0097】
図8に実施例1から得られたポリマーと比較例1から得られたポリマーとの、広角X線回折測定から得られた、回折ピーク位置から求めた面間隔の温度依存性を示す。この結果から、本発明に係る結晶性ポリマーの不連続な体積変化は、結晶転移による、結晶格子の膨張によるものであることが明らかになった。
【0098】
図2に、実施例1と2で得られた結晶性ポリマーと比較例1で得られたポリマーとの一軸方向の膨張率を示す。この結果からみて、本発明に係る結晶性ポリマーは、30℃〜60℃の低温の温度領域で、不連続な体積変化を示すことから、より生活環境温度に近い低温領域でのスイッチング素子として要望な特質を有することが明らかである。
【0099】
(熱応動板)
(実施例17)
体積変化を伴う結晶転移を起す材料として、比較例1と同様に調製したトランス−1,4結合含量99%のトランス−1,4−ポリブタジエンを用いた。このトランス−1,4−ポリブタジエンのポリスチレン換算の重量平均分子量(Mw)は21万、数平均分子量(Mn)は2.9万であった。また、結晶転移温度は70.8℃、転移熱量は118J/gであった。さらに融点は130.3度であり、融解熱は56.7J/gであった。
前記トランス−1,4−ポリブタジエンをテトラヒドロフランにポリマー含量5重量%の割合で溶解させた。前記溶液は室温では白濁していたが、70℃まで加温することによりほぼ均一な溶液となった。
基板として、長さ5cm、幅1cmに切り出した厚さ25μmのポリオレフィン多孔膜(宇部興産製ユーポア)を用い、室温に保った該基板の片面に、前記トランス−1,4−ポリブタジエンの加温溶液を塗布し、大気中で該溶液を乾燥させた。
【0100】
乾燥後の膜はトランス−1,4−ポリブタジエン溶液の乾燥に伴う修飾により、トランス−1,4−ポリブタジエン層側に大きく湾曲した形状をしていた。上記膜を、シートヒーター上で室温から大気中で加熱した。結晶転移温度(Ttr)付近まで、上記膜の形状はほとんど変化しなかったが、結晶転移温度(Ttr)を超える辺りで、膜形状が急激に変化した。膜の片端を固定しておいた場合に、他端が変異する量Dは概略で2cm以上であった。この膜を冷却すると、温度がTtr以下で膜は初期の形状に復帰した。すなわちこの膜は温度Ttrで可逆的に急峻な変位を生じる熱応動板として動作した。
【0101】
(実施例18)
実施例17で得られた熱応動板を用いて、ポリイミド多孔膜基板2のトランス−1,4−ポリブタジエン層1を形成した側とは反対側に、銀ペースト(アレムコ製アレムコ・ボンド525)を予め塗布乾燥させることにより導電被膜3を形成し、導電被膜と電気的に接続された接点4と外部回路との連結に使用される端子5と6を形成し、温度過昇防止素子を作製した(図3(a))。
上記素子は室温では20Ωの抵抗を示した。この素子を、シートヒーター上で室温から大気中で加熱したところ、結晶転移温度(Ttr)付近まで、上記素子の抵抗はほとんど変化しなかったが、結晶転移温度(Ttr)を超える辺りで、膜形状が急激に変化し、接点開放(抵抗∞)が起こった(図3(b))。この素子を冷却すると、温度がTtr以下で抵抗は初期の値に復帰した。すなわちこの素子は温度Ttrで可逆的に急峻な接点開放・短絡を生じる温度過昇防止素子として動作した。
【0102】
(実施例19)
熱応動板の長さを1cm、幅を0.2mmにし、導電被膜をAlの真空蒸着により形成した以外は実施例18と同様にして温度過昇防止素子を作製した。
上記素子は室温では導通を示した。この素子を、シートヒーター上で室温から大気中で加熱したところ、結晶転移温度(Ttr)付近まで、上記素子の抵抗はほとんど変化しなかったが、結晶転移温度(Ttr)を超える辺りで、膜形状が急激に変化し、接点開放が起こった。この素子を冷却すると、温度がTtrをしたまわった時点で、回路短絡を起した。すなわち、この素子は温度Ttrで可逆的に急峻な接点開放・短絡を生じる温度過昇防止素子として動作した。
【0103】
(実施例20)
実施例16のエポキシ化されたトランス−1,4−ポリブタジエンを用いたことを以外は、実施例17と同様の操作を繰り返した。温度の変化に応じて、変位が観測された。
【0104】
(熱応動スイッチ)
(実施例21)
実施例16のトランス−1,4−ポリブタジエンに0.3wt%の抗酸化剤(チバガイギー社製イルガノックス1076)を添加したものを、プレス機(神藤金属工作所製圧縮成形機S−37.5、シリンダー径150mm、最大圧力21MPa(210kgf/cm))を用いて160℃で圧縮成形を行い、10×10×0.5mmのポリマー板を作製した。この板に、きりを用いて直径0.7mmの貫通孔を16個均等にあけ、貫通孔のそれぞれに、直径0.7mmの金属球(千手金属工業社製M705)を配置した。次に、このポリマー板を、厚み70μmの銅箔電極(福田金属箔社製電解銅箔CF−T9−70)で両側からはさみ、厚さ0.50mmの形枠内を用い、プレス機により加圧圧着してスイッチを作製した。プレスは、160℃に予め昇温したプレス機内に、約5分保った後、1分間、プレス機の表示圧が10MPa(100kgf/cm)を越える状態で行い、その後、圧をかけずに冷却した。
【0105】
このようにして作製したスイッチング素子を電気炉内におき、マルチメーター(ケースレー社製モデル2700)を用いて四線抵抗測定法により、室温および61℃における素子抵抗を測定した。測定結果、室温における抵抗値は11.1Ωであり、61℃における抵抗値は1.2×10Ω(装置の測定限界)以上であった。また、電気炉から取り出し、素子温度を降下させたところ、44℃で、初期抵抗値である11.1Ωまで復帰した。温度の変化に応じた示された、変位の状況は、図9に示す。
【0106】
(蓄熱材)
(実施例22)
実施例16のポリマー(転移温度:昇温時39℃、降温時30℃)を、プレス機(神藤金属工作所製圧縮成形器S−37.5、シリンダー径150mm、最大圧力21MPa(210kgf/cm))を用いて140℃で圧縮成形し、40×60×5mmの板2枚を作製した。板の合計重量は、17.8gであった。45℃以上の温水100gを入れた紙製のコップ状容器に、この2枚の板を入れ、15℃の恒温槽中に保持して、コップ底部の水温を連続的に測定した。放熱時間と水温との関係を図7に示す。
【0107】
(比較例2)
エポキシ化TPBに変えて、LDPE樹脂(宇部興産株式会社製ユメリット1540F)を用いて作製した板(合計18.3g)を用いたことを除いて、実施例22と同様の操作を繰り返した。結果は図7に示す。
【0108】
(比較例3)
エポキシ化TPBに変えて、温水18.0gを追加して合計118.0gの温水を用いたことを除いて、実施例22と同様の操作を繰り返した。結果は図7に示す。
【0109】
実施例22で得られたデータから明らかなように、水の一部を同重量かつほぼ同体積のエポキシ化TPBに置き換えた場合には、30℃近傍における水温の低下が遅くなったことが示された。これは、本発明に係る結晶性ポリマーを使用した場合には、潜熱蓄熱が生じ、降温時の結晶転移温度において蓄積された熱が放出されたことを示す。
【0110】
(実施例23)
実施例15のポリマーを、プレス機(神藤金属工作所製圧縮成形器S−37.5、シリンダー径150mm、最大圧力21MPa(210kgf/cm))を用いて160℃で圧縮成形し、40×60×1mmの板を作成した。この電子レンジ(シャープ株式会社製RE−4100、出力1100W)に入れ、所定時間加熱操作を行った。マイクロ波照射による昇温が確認された。表2に、照射時間と、照射後のポリマー板の表面温度を示す。
【0111】
(比較例4)
比較例1のTPBを用いたことを除いて、実施例23と同様の操作を繰り返した。結果は、表2に示す。
【0112】
【表2】

【0113】
実施例23においては、120秒の照射により、試料板の表面温度は98℃にまで上昇した。また、このとき、レンジ底部の回転皿の昇温はわずかであった。60秒以上のマイクロ波照射により昇温した試料板を室温に放置したところ、降温時の放熱が見られ、31℃〜25℃へと表面温度が低下するのに、約8分を要した。一方、比較例4においては、180秒の照射の場合42℃までの温度上昇が生じたが、これはレンジ底部の温度上昇の伝播によるもので、本発明のポリマーと比較して昇温効果は著しく低い。また、室温における31℃〜25℃への表面温度低下には、わずかに2.5分しか掛からず、転移温度が高いために30℃付近では蓄熱材として機能しないことが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0114】
本発明の結晶性ポリマーは、固相転移現象を示し、成形加工が容易で、低い結晶転移温度において、結晶転移による大きな熱授受量を有する新規な結晶性ポリマーである。本発明の結晶性ポリマーは、熱応動板、同熱応動板を利用した温度過昇防止素子、および熱応動スイッチ用の素材として有用である。また、低い相転移温度と高い相転移熱量を有することから蓄熱材、蓄熱媒体としても有用である。特に高い加工性を有することから、産業上の利用可能性は高い。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
結晶性ポリマーであって、67℃>Ttr>0℃で固相状態の可逆結晶転移現象を示し、下式(1)
150>ΔHtr>1.6Ttr−3.5 (1)
(式中、ΔHtrは結晶転移に伴う吸熱(J/g)、Ttrは結晶転移温度(℃)を示す。)で規定される関係を満足する結晶性ポリマー。
【請求項2】
結晶性ポリマーであって、67℃>Ttr>0℃で固相状態の可逆結晶転移現象を示し、重量平均分子量が60万以下であり、かつ、下式(2)
150>ΔHtr>1.6Ttr−15 (2)
で規定される関係を満足する結晶性ポリマー。
【請求項3】
該結晶性ポリマーがブタジエンとオレフィンの共重合体である請求項1または2に記載の結晶性ポリマー。
【請求項4】
該結晶性ポリマーがポリブタジエン変生物である請求項1〜3の何れか1項に記載の結晶性ポリマー。
【請求項5】
該変性物の原料ポリマーがトランス−1,4構造含量が97モル%以上である請求項1〜4の何れか1項に記載の結晶性ポリマー。
【請求項6】
該結晶性ポリマーの融点(Tm)が100℃以上である請求項1〜3の何れか1項に記載の結晶性ポリマー。
【請求項7】
可撓性基板と、同基板の一方の表面に配設された体積変化を伴う可逆的な結晶転移を有する材料の層からなる熱応動板。
【請求項8】
体積変化を伴う可逆的な結晶転移を起す材料が、トランス−1,4結合を90%以上有するトランス−1,4−ポリブタジエンであること請求項7に記載の熱応動板。
【請求項9】
体積変化を伴う可逆的な結晶転移を起す材料が、請求項1〜6の何れか1項に記載の結晶性ポリマーである請求項7に記載の熱応動板。
【請求項10】
体積変化を伴う可逆的な結晶転移を起す材料が、トランス−1,4−ポリブタジエンの均一溶液を基板の一方の表面に塗布、製膜して製造されたものである請求項8に記載の熱応動板。
【請求項11】
体積変化を伴う可逆的な結晶転移を起す材料が、請求項1〜6の何れか1項に記載の結晶性ポリマーの均一溶液を基板の一方の表面に塗布、製膜して製造されたものである請求項9に記載の熱応動板。
【請求項12】
表面が多孔質構造を有する基板である請求項7、8、および10の何れか1項に記載の熱応動板。
【請求項13】
請求項7〜12の何れか1項に記載の熱応動板からなる温度過昇防止素子。
【請求項14】
一対の電極と、固相状態で結晶転移する結晶性ポリマーからなる絶縁性部材と導電性物質からなる部材とが電極間に配設された構造物であって、
かつ、一対の電極の電気的な接続の開閉が、該結晶性ポリマーが固体状態での転移を起し、転移温度範囲近傍における体積膨張率の変化により行われる熱応動スイッチ。
【請求項15】
結晶性ポリマーが請求項1〜6の何れか1項に記載の結晶性ポリマーである請求項14に記載の熱応動スイッチ。
【請求項16】
導電性物質からなる部材が、金属であることを特徴とする請求項14に記載の熱応動スイッチ。
【請求項17】
請求項1〜6の何れか1項に記載の結晶性ポリマーからなる蓄熱材及び蓄熱媒体。
【請求項18】
マイクロ波を用いることを特徴とする、請求項17に記載の蓄熱材及び蓄熱媒体の加温方法。

【図1】
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【図2】
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【図3(a)】
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【図3(b)】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【国際公開番号】WO2005/003194
【国際公開日】平成17年1月13日(2005.1.13)
【発行日】平成19年11月1日(2007.11.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−511394(P2005−511394)
【国際出願番号】PCT/JP2004/009653
【国際出願日】平成16年7月7日(2004.7.7)
【出願人】(000000206)宇部興産株式会社 (2,022)
【Fターム(参考)】