説明

地震被害判定システム、地震被害判定システムを備えた構造物、及び地震被害判定プログラム

【課題】地震計によって計測された地震波と、構造物に対応した構造解析モデルとに基づいて応答計算を行うことにより、地震の発生直後に構造物の被害を判定する地震被害判定システムなどにおいて、その判定精度の向上を図るとともに、同システムを低コストで提供する。
【解決手段】当該地震被害判定システムは、前記構造物に設置されている。当該地震被害判定システムは、前記構造物の下部に設置された地震計と、前記構造物の各部分に対応した構成要素を備えた構造解析モデルが、予め記録された記録部と、前記地震計によって計測された地震波を、前記構造解析モデルにおける前記構造体の下部に相当する位置に入力して応答計算を行うことにより、前記地震波に対する前記構造解析モデルの前記構成要素の応答値を算出する応答計算部と、前記構成要素に対応する前記構造物の前記部分の損傷レベルを、前記応答値に基づいて判定する判定部と、前記判定部の判定結果を表示する表示部と、を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、地震の発生直後に該地震による構造物の被害を判定する地震被害判定システム、地震被害判定システムを備えた構造物、及び地震被害判定プログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
建物が大きな地震を受けた際に、建物に構造的被害が生じているかどうか、あるいは被害の程度はどの程度であるかといった被害判定を、地震直後に行うことが求められる。これは、昨今BCP(事業継続計画)的観点から、地震後にその建物が継続使用可能かどうかの判定が、建物の使用者や所有者の経済活動に大きく影響するためである。
【0003】
この地震被害判定には、通常、建物の各所に、損傷を直接検出するセンサーを事前に取り付けておき、これらの検出結果に基づいて被害を判定する方法が採られる。
しかしながら、この方法では、被害が発生し得る柱梁接合部など、建物の非常に多くの箇所にセンサーを設置しておく必要があり、コスト増を招く。
【0004】
この点につき、特許文献1には、センサー数を低減可能な方法が開示されている。すなわち、この特許文献1には、図8に示すように、地震被害の判定対象の構造物110としての橋脚110の近傍地盤Gに地震計122を設置し、この地震計122からの地震波の計測データをコンピュータ130に入力する。そして、コンピュータ130上において、橋脚110を模擬した構造解析モデルに上記計測データを入力して応答計算を行い、算出された橋脚110の応答値を、予めコンピュータ130などに格納された橋脚110の被害判定基準データ(損傷レベルと応答値との対応関係を示すデータ)と比較することにより、該当する損傷レベルを取得してディスプレイに表示する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2003−222566号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ここで、この特許文献1では、地震計122を、橋脚たる構造物110の近傍の地盤Gに設置している。
ところが、一般に、構造物110の近傍の地盤Gと、地震動が入力される構造物110の下部110aとでは、揺れ方に差がある。そのため、上記特許文献1の方法だと、構造物110の下部110aの振動を直接計測せずにその近傍の地盤Gの振動を計測している分だけ、上記応答計算による応答値の算出精度が悪くなり得て、その結果、被害の判定精度も悪くなる虞があった。
【0007】
本発明は、上記のような従来の問題に鑑みなされたものであって、その目的は、地震計によって計測された地震波と、構造物に対応した構造解析モデルとに基づいて応答計算を行うことにより、地震の発生直後に構造物の被害を判定する地震被害判定システムなどにおいて、その判定精度の向上を図るとともに、同システムを低コストで提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
かかる目的を達成するために請求項1に示す発明は、
地震の発生直後に該地震による構造物の被害を判定する地震被害判定システムであって、
該地震被害判定システムは、前記構造物に設置され、
前記地震被害判定システムは、
前記構造物の下部に設置された地震計と、
前記構造物の各部分に対応した構成要素を備えた構造解析モデルが、予め記録された記録部と、
前記地震計によって計測された地震波を、前記構造解析モデルにおける前記構造体の下部に相当する位置に入力して応答計算を行うことにより、前記地震波に対する前記構造解析モデルの前記構成要素の応答値を算出する応答計算部と、
前記構成要素に対応する前記構造物の前記部分の損傷レベルを、前記応答値に基づいて判定する判定部と、
前記判定部の判定結果を表示する表示部と、を有することを特徴とする。
【0009】
上記請求項1に示す発明によれば、応答計算では、構造物の下部の地震計で計測された地震波を用いる。つまり、構造物の下部の振動を直接計測し、この計測結果を、構造解析モデルにおける構造体の下部に相当する位置に入力して、応答計算することにより、応答値を算出する。よって、当該算出される応答値の精度向上を図れ、その結果、被害の判定精度を高めることができる。
【0010】
また、この地震被害判定システムは、被害の判定対象の構造物に設けられている。よって、同システムが具備する表示部も必然、構造物に設けられている。これにより、この構造物の被害状況の判定結果たる損傷レベルを、構造物のある現地で見ることができて、その結果、建物の使用者や所有者などの現地の非専門家は、地震直後に、構造物の損傷レベルを知ることができる。よって、これを、避難などの即時対応すべきことへの判断材料として有効に利用することができる。
【0011】
更には、下部の地震計で計測された地震波に基づいて応答計算を行い構造物の損傷レベルの判定をするので、地震計等のセンサー数を少なくできて、地震被害判定システムを低コストで提供可能となる。
【0012】
請求項2に示す発明は、請求項1に記載の地震被害判定システムであって、
前記構造物は、複数の階層を有した建物であり、
前記構造解析モデルとして、前記建物を前記階層の数以下の数の質点でモデル化した簡易モデルと、前記建物の各階層を複数の質点又は複数の要素でモデル化した詳細モデルと、を記録する記録部を有し、
前記応答計算部は、前記簡易モデルに基づいて前記構成要素の応答値を算出し、
算出された前記応答値に対応する前記損傷レベルが所定の閾値レベル以上の場合には、前記応答計算部は、更に前記詳細モデルに基づいて前記構成要素の応答値を算出することを特徴とする。
【0013】
上記請求項2に示す発明によれば、少なくとも簡易モデルと詳細モデルとを有している。そして、簡易モデルは、建物をその階層の数以下の数の質点でモデル化したものなので、判定結果は多少粗くなるが、応答計算を比較的短時間で終えることができて、結果、地震直後に比較的短時間で判定結果を表示可能となる。これにより、建物の使用者や所有者などの現地の非専門家は、この判定結果を、避難などの即時対応すべきことへの判断材料として有効に利用することができる。
【0014】
一方、詳細モデルは、建物の各階層を複数の質点又は複数の要素でモデル化したものなので、応答計算には長時間を要するが、専門的な判定に耐えうる精細度で応答値を算出可能である。よって、のちに、建物の健全性を正式に判断などする際に、その検討用データとして、これら応答値を有効に利用することができる。
【0015】
請求項3に示す発明は、請求項2に記載の地震被害判定システムであって、
前記判定部は、前記判定結果として、前記簡易モデルに基づき算出された前記応答値に対応する前記損傷レベルを、前記表示部に表示することを特徴とする。
上記請求項3に示す発明によれば、簡易モデルに基づく損傷レベルを表示部に表示するので、建物の使用者や所有者などの現地の非専門家は、地震直後に、建物の損傷レベルを知ることができる。よって、これを、避難などの即時対応すべきことへの判断材料として有効に利用することができる。
【0016】
請求項4に示す発明は、請求項1乃至3の何れか記載の地震被害判定システムであって、
前記地震計は、前記構造物の下部のみに設置されることを特徴とする。
上記請求項4に示す発明によれば、応答計算に供する地震波計測用の地震計は、構造物の下部のみに設置されるので、地震計等のセンサー数を少なくできて、コスト低減を図れる。
【0017】
請求項5に示す発明は、請求項1乃至4の何れかに記載の地震被害判定システムを備えた構造物である。
上記請求項5に示す発明によれば、前述の請求項1乃至4と同様の作用効果を奏する地震被害判定システムを備えた構造物を提供可能となる。
【0018】
請求項6に示す発明は、構造物に設置されたコンピュータに、地震の発生直後に、該地震による前記構造物の被害を判定するように動作させるプログラムであって、
前記構造物の下部に設置された地震計により計測された地震波を、前記構造物の各部分に対応した構成要素を備えた構造解析モデルにおける前記構造体の下部に相当する位置に入力して応答計算を行うことにより、前記地震波に対する前記構造解析モデルの前記構成要素の応答値を算出する応答計算ステップと、
前記構成要素に対応する前記構造物の前記部分の損傷レベルを、前記応答値に基づいて判定する判定ステップと、
前記判定部の判定結果を表示する表示ステップと、を前記コンピュータに実行させることを特徴とする。
上記請求項6に示す発明によれば、前述の請求項1と同様の作用効果を奏することができる。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、地震計によって計測された地震波と、構造物に対応した構造解析モデルとに基づいて応答計算を行うことにより、地震の発生直後に構造物の被害を判定する地震被害判定システムなどにおいて、その判定精度の向上を図るとともに、同システムを低コストで提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本実施形態の地震被害判定システム20の説明図である。
【図2】同システム20のコンピュータ30が行う応答計算の説明図である。
【図3】同システム20の全体構成図である。
【図4】被害判定基準データの一例である。
【図5】応答計算に用いる構造解析モデルのうちの簡易モデルの説明図である。
【図6】図6Aは、同構造解析モデルのうちの詳細モデル(3次元質点モデル)の説明図であり、図6Bは、同詳細モデル(2次元質点モデル)の説明図である。
【図7】地震被害判定システム20が行う地震被害判定処理のフロー図である。
【図8】従来技術の問題点の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
===本実施形態===
図1は、本実施形態の地震被害判定システム20の説明図である。
地震被害判定システム20は、判定対象の建物10(構造物に相当)の下部10aに設置される地震計22と、地震計22と通信可能に接続されたコンピュータ30と、を有する。そして、地震直後に、コンピュータ30は、当該地震時に地震計22が計測した地震波の計測データを、この建物10用の構造解析モデルに入力して応答計算を実行し、当該応答計算により算出された応答値に基づいて建物10の損傷レベルを判定して表示する。
【0022】
ここで、応答計算は周知の手法であり、例えば次のようにしてなされる。図2は応答計算の説明図である。
先ずコンピュータ30には、予め、判定対象の建物10を模擬した構造解析モデルが格納されている。この例では、図2に示すように、建物10の各階層を一つの質点に集約して置き換えたモデルが格納されており、これら各質点が、構造解析モデルの各構成要素をなしている。
【0023】
ここで、各質点の基礎に対する相対変位をxn(時刻の関数)、地盤Gの変位をy(時刻の関数)、各質点の質量をm、各質点間の復元力要素をq、減衰要素をcn(それぞれのnは質点番号あるいは階層番号)とすると、運動方程式は下式1のように示せる。

【0024】
なお、上式1中で、大文字はマトリックスあるいはベクトルを表し、各マトリックスあるいは各ベクトルの要素は、上記対応する各小文字要素(質量mn・復元力要素q・減衰要素cn・相対変位xn)から構成される。また、記号の上付きの二重点は時間に関する二回微分を、一重点は時間に関する一回微分をそれぞれ表している。更に、復元力は一般的に非線形特性を示すが、ここでは、一例として値が変位履歴xの関数となる場合について示している。また、図2中の地盤Gの位置が、構造解析モデル上における建物10の下部10a(地震計22が設置される位置)に相当する位置となる。
【0025】
この運動方程式1は連立微分方程式であるが、この構造解析モデルに地震動yが入力された際の建屋応答、すなわちベクトル{X} は、よく知られた適当な方法で上記方程式1を数値積分することにより求めることができる。
【0026】
よって、コンピュータ30が、上式1の右辺のyに、地震計22からの地震波の計測データを入力して、ベクトル{X}について解くことにより、建屋応答、つまり判定対象の建物10の各階層の応答変位xnを計算で求めることができる。
【0027】
ここで、建物10の損傷レベルは、建物10の構造形式に応じて様々な物理指標で評価可能である。例えば、層間変位(上記方程式1における相対変位x)の最大値や、復元力の非線形領域(塑性域)における繰返し変位の累積値(累積塑性変形倍率)、または、各要素における変位最大値、部材累積塑性変形倍率、さらには応力や歪などの物理量を損傷指標として評価される。よって、上述の地震被害判定システム20による損傷レベルの判定に用いる応答値としては、上述した層間変位の最大値等の物理量のなかから一つ以上の物理量が選択されて使用されることになる。但し、いずれの物理量を用いたとしても、当該物理量は、上記式1の解として得られる各質点の応答変位xnから算定されることになる。なお、以下の説明では、この損傷指標として上記応答計算により算出された物理量のことを、単に「応答値」と言う。
【0028】
以下、地震被害判定システム20の各構成22,30について説明する。図3は、地震被害判定システム20の全体構成図である。
【0029】
地震計22は、例えば、振動計測可能な加速度計や速度計、変位計などであり、図1に示すように、建物10の下部10aに一体的に固定されている。そして、所定規模以上の地震の発生を加速度等により検知し、その検知の都度、振動の計測データを、地震計22に付属のハードディスク装置等のデータ記録装置24(図3)に記録する。そして、この振動の計測データは、以降、建物10の下部10aに入力された地震波の計測データとして供される。
【0030】
ここで、当該地震計22は、上述の如く、建物10の下部10aに直接固定されている。よって、建物10に入力される地震波を精度良く計測可能であり、その結果、前述の応答計算の精度向上を通して、損傷レベルの判定精度の向上を図れる。
【0031】
なお、この精度向上の観点からは、望ましくは、当該地震計22を、建物10の下部10aのうちの地盤G以下の高さの部分10bに設けると良く、そうすれば、地盤Gから建物10に入力される地震波を、より正確に計測可能となる。
【0032】
ちなみに、地震計22を設置する上記「建物の下部10a」の具体例としては、建物10の最下階のフロア面や、地下ピットが有る場合には、地下ピットのフロア面等が挙げられる。なお、建物10が地下階を有している場合には、前者の最下階のフロア面と言うのは、地下階のフロア面のことになる。また、地震計22は、建物10の屋内に設置されるのが望ましいが、事情により屋内設置が困難な場合には、屋外に設置しても良い。但し、この場合にも、当該建物10の外壁面等に一体的に固定されて、建物10の下部10aの振動を直に計測可能になっているのは言うまでもない。
【0033】
また、本実施形態の地震被害の判定対象の構造物は、複数の階層を有する建物10であるが、ここで、階層とは、例えば、屋上部を含み最下階の床を含まない床を一単位とする層のことであり、よって、階層の数とは、屋上部を含み最下階の床を含まない床の数のことである。例えば、地下階無しで地上6階建ての建物の場合には、上述の定義に該当する床は、2階から6階までの各床及び屋上部になるので、階層数は6ヶ(=5ヶ+1ヶ)となり、他方、地下2階地上6階建ての建物の場合には、上述の定義に該当する床は、地下1階の床、地上1階から6階までの各床、及び屋上部になるので、階層の数は8ヶ(=1+6+1)となる。ちなみに、この定義による階層の数は、建物が有する階(地下階を含む)の数と同じである。例えば、階層の数が6ヶの前者は、6階建てであり、階層の数が8ヶの後者は、地下2階地上6階の計8階建てである。
【0034】
コンピュータ30は、例えば建物10内に設置されている。このコンピュータ30は、図3に示すように、演算処理部としてのCPU32と、表示部としての液晶ディスプレイ等のモニタ34と、記録部としてのハードディスク装置36と、入力操作部としてのキーボードやマウス38と、インターネット回線や専用回線等の通信ネットワーク40に接続する通信インターフェース39と、を有する。そして、ハードディスク装置36に予め記録された各種プログラムをCPU32が、付属のRAM上に読み出して実行することにより、コンピュータ30は地震被害判定処理を行う。
【0035】
ハードディスク装置36には、この地震被害判定処理を統括する統括プログラムと、地震波の計測データ等を用いて建物10の応答計算を行う応答計算プログラムと、応答計算により算出された応答値に基づいて建物10の損傷レベルを判定する損傷レベル判定プログラムと、が予め記録されている。また、同ハードディスク装置36には、この判定対象の建物10を模擬した構造解析モデル(簡易モデル、詳細モデル)も予め記録されている。
【0036】
統括プログラムは、例えば、後述する図7のフロー図の手順通りに各処理が実行されるように、応答計算プログラムや損害レベル判定プログラム等のプログラムを起動したり、同図7のフローの進行に必要な適宜な処理(S40のモニタ34への表示処理、S45及びS70の遠方の通信端末50,50…への送信処理、S50の判定処理など)を行うプログラムである。
【0037】
応答計算プログラムは、構造解析モデルを用いて応答計算を行うプログラムである。すなわち、構造解析モデルに地震波の計測データを入力して当該モデルの各構成要素の応答値を、前述の応答計算に基づいて算出するプログラムである。なお、この応答計算プログラムを実行することによりCPU32は、請求項の「応答計算部」として機能する。
【0038】
損傷レベル判定プログラムは、上述の応答計算を介して構造解析モデルの構成要素毎に算出された応答値を、被害判定基準データと比較・照合することにより、各構成要素の損傷レベルを判定するプログラムである。被害判定基準データは、例えば、ハードディスク装置36に予め記録されている。図4に、被害判定基準データの一例を示す。この例では、応答値の閾値で区画された三つの各範囲に対応付けて、「安全」、「要注意」、及び「危険」のレベルが関連付けられている。また、かかる被害判定基準データは、例えば構成要素毎に用意されている。
【0039】
よって、同損傷レベル判定プログラムは、構成要素毎に、その構成要素の応答値が含まれる範囲のレベルを、対応する被害判定基準データから取得する。例えば、ある構成要素について算出された応答値が「2.5」の場合には、被害判定基準データ上では「要注意」が対応しているので、損傷レベル判定プログラムは「要注意」のデータを取得することになる。そして、この取得を、構成要素毎に行い、そして全ての構成要素について、上記三段階のレベルのうちの一つを対応付けることにより、損傷レベルの判定結果が作成される。なお、この損傷レベル判定プログラムを実行することによりCPU32は、請求項の「判定部」として機能する。
【0040】
図3に示すように、構造解析モデルとしては、簡易モデルと詳細モデルとの2種類が、ハードディスク装置36内に予め用意されている。簡易モデルは、所謂一本棒モデルで建物10を模擬している(例えば図5を参照)。よって、応答計算の応答値の精度はあまり高くなく、結果、上述の損傷レベルの判定結果は大まかなものとなる。しかし、モデルが単純な分、応答計算を短時間で終えることができて即時性に富む。
【0041】
一方、詳細モデルは、上述の簡易モデルとは反対の性質のものである。つまり、建物10の各階層を複数の質点でモデル化したものであり(例えば図6A又図6Bを参照)、そのため、応答計算には長時間を要する。しかし、専門的な判定に耐えうる精細度で応答値を算出可能である。
【0042】
よって、本実施形態では、前者の簡易モデルは、地震直後に建物10の被害を即時判定する際に使用され、後者の詳細モデルは、即時性は問われないが応答値に正確性が要求される場合、例えば、被害レベルを最終判定する際に使用される。
【0043】
図5は、簡易モデルの説明図である。
簡易モデルの一例としては、建物10の各階層をそれぞれ1つの質点に集約して各構成要素としたものが挙げられる。この場合、各質点の重量は、建物10の床を中心とした1層分を一つの質点に集約して算出される。すなわち、その階層のすべての梁、床スラブの重量、及びその階層の上下に位置する柱の重量の半分、さらに床積載荷重を合算したものとなる。
【0044】
また、隣り合う質点同士は、剛性要素(復元力要素)や、エネルギー吸収を表現した減衰要素などで連結されているものとし、これら剛性要素や減衰要素の各値は、各階床間をつなぐ全ての構造部材(柱や壁)の力学特性を反映して予め求められており、そして簡易モデルの一部として予め設定されている。
【0045】
各質点は、少なくとも1つの水平方向(1自由度)に変形することを想定してモデル化されることを基本とするが、場合によっては、質点の回転も考慮したモデル(1質点あたり2自由度)としても良い。
【0046】
更に簡易なモデルとして、複数の階層を1つの質点に集約しても良く、その場合には、建物10の階層の数よりも少ない数の質点でモデル化していると言うこともできる。
すなわち、ここで言う簡易モデルとは、建物10の階層の数以下の質点から構成され、各質点が1ないし2程度の自由度を有するようなモデルを指す。
【0047】
図6A及び図6Bは、詳細モデルの説明図である。
詳細モデルの一例としては、図6Aに示すように、建物10の柱と梁との各接合部(柱梁接合部)を中心とした部分を1つの質点に集約して各構成要素としたもの(3次元質点モデル)が挙げられる。この場合、各質点の重量は、隣接する質点との間にある全ての梁、床スラブ、及び柱の各重量のそれぞれ半分、更に当該床面にかかる床積載荷重を合算して算出される。
【0048】
また、簡易モデルの場合と同様に、隣り合う質点同士は、剛性要素や減衰要素などにより連結されているものとし、これら剛性要素や減衰要素の各値は、各柱梁接合部間をつなぐ全ての構造部材(柱や壁)の力学特性を反映して予め求められており、そして詳細モデルの一部として予め設定されている。
【0049】
各質点は、少なくとも1つの水平方向(1自由度)に変形することを想定してモデル化されるが、水平の2方向に上下方向も加えた3自由度としても良いし、場合によっては、さらに質点の各方向回転も考慮した多自由度モデル(1質点あたり2〜6自由度)としても良い。
【0050】
なお、3次元質点モデルをやや簡略化したものとして、図6Bに示すように、3次元質点モデルにおける建物奥行き方向の全質点および全構造要素をそれぞれ合算したようなもの(2次元質点モデル)を用いても良い。
【0051】
あるいは、3次元質点モデルをさらに詳細にして、質点間を接続する柱や梁を複数の要素に分割し、各要素間に節点を持ち、各節点が独立した自由度として表現されるような詳細なモデル(3次元有限要素モデル)としても良い。同様に、2次元質点モデルをさらに詳細にモデル化した2次元有限要素モデルとしても良い。
【0052】
すなわち、ここで言う詳細モデルとは、少なくとも建物10の各階層を複数の質点あるいは複数の要素で構成し、各質点あるいは節点が少なくとも2つ以上の複数の自由度を有するような複雑なモデルを指す。
【0053】
図7は、この地震被害判定システム20が行う地震被害判定処理のフロー図である。以下、このフロー図を参照しながら、地震被害判定システム20の動作について説明する。
【0054】
まず、地震計22は、常時、振動計測している。そして、地震が発生したか否かは、例えば、地震計22に予め加速度等で設定されたトリガーレベルに基づいて地震計22が自動判定する。すなわち、計測された振動が、トリガーレベルを超えていると判定した場合には、地震計22は、振動の計測データを、地震波の計測データとして、地震計22に付属のデータ記録装置24に記録する。
また、これと同時並行して、地震計22は、前述のコンピュータ30に地震が発生したことを示す通知データを送信する。これにより、図7のステップS10において地震発生の検知待ち状態のコンピュータ30のCPU32は、地震の発生を検知する。
【0055】
なお、この通知データの送信に代えて、コンピュータ30が、地震計22の上記データ記録装置24の所定の記録領域を常時監視することで、コンピュータ30が地震の発生を検知するようにしても良い(S10)。
【0056】
地震の発生を検知したコンピュータ30のCPU32は、統括プログラムに基づいて図7のフロー図中のステップS20〜ステップS70の処理を順次に行っていく。
なお、かかるステップS20〜ステップS70の処理は、おおまかに二つに区分される。すなわち、建物10の地震被害を即時に判定する「即時判定処理」と、時間をかけて同被害を詳細に評価する「詳細評価処理」とに区分される。なお、詳細には後述するが、後者の詳細評価処理の実施/非実施は、即時判定処理の判定結果に応じて決まり(S50)、つまり実施しない場合もある。以下、詳説する。
【0057】
最初に、CPU32は、建物10の地震被害の即時判定を行うべく、応答計算プログラムを起動する。そして、前述した簡易モデルと、地震波の計測データとを用いて応答計算を行い、これにより、簡易モデルの各構成要素の応答値を算出する(S20)。
【0058】
そうしたら、CPU32は判定プログラムを起動する。そして、各応答値を、被害判定基準データと比較して、構成要素毎に、応答値に対応する損傷レベルを取得する。そして、各構成要素を、対応する建物10の部分の名称に変更し、これを損傷レベルの判定結果とする(S30)。例えば、この簡易モデルでは、各構成要素に対応する建物10の部分が、建物10の各階層に相当しているので、この判定結果には、階層毎に損傷レベルが示される。
【0059】
そうしたら、CPU32は、建物10内のモニタ34に、上記損傷レベルの判定結果を表示する(S40)。また、これと同時並行して、通信インターフェース39を用いて、この判定結果のデータを、予め設定された遠隔地の専門家の通信端末50,50…へ送信する(S45)。
【0060】
ここで、上述したことから明らかなように、モニタ34には、建物10の階層毎に損傷レベルが表示される。また、前述したように損傷レベルは、「安全」、「要注意」、及び「危険」の三段階で表示される。よって、モニタ34に表示された損傷レベルを見れば、非専門家である建物10の使用者や所有者等であっても、建物10のどの階層がどの程度危険なのかを容易に知ることができて、結果、必要に応じた避難などの防災対策の判断に即時的に役立てることができる。
【0061】
ところで、かかるモニタ34への表示(S40)が済んだら、次にCPU32はステップS50を実行する。そして、このステップS50では、地震被害の詳細評価処理を実行するか否かを判定する。この判定は、上述の即時判定の判定結果(損害レベルの判定結果)に基づいてなされる。つまり、同判定結果に示された階層毎の損傷レベルに基づいてなされる。例えば、判定結果のなかの全ての階層の損傷レベルが「安全」を示している場合には、詳細評価処理を実行せずに、前述のステップS10へ戻って、地震の発生の検知待ち状態たる待機状態となる。
【0062】
一方、即時判定の判定結果のなかに、損傷レベルが、閾値レベルとしての「要注意」又はそれよりも悪いレベルの「危険」の階層が一つでも存在する場合には、次のステップS60へ移行して、CPU32は、詳細評価処理を実行する。
【0063】
すなわち、先ず、ステップS60では、CPU32は、再度、応答計算プログラムを起動して応答計算を行う。但し、今回は、構造解析モデルとして詳細モデルを用いる。すなわち、この詳細モデルと、地震波の計測データとに基づいて応答計算を行い、これにより、詳細モデルの各構成要素の応答値を算出する。なお、このときの各構成要素は、前述の簡易モデルの場合よりも細分化されたものであり、つまり、各階層を更に複数の区分に分割したものである。よって、専門的な判定に耐えうる細かい区分で応答値が算出される。
【0064】
そして、各構成要素と応答値とを対応付けてなる地震被害の詳細評価結果を、コンピュータ30の通信インターフェース39を介して、予め設定された遠隔地の専門家の通信端末50,50…へと送信し(S70)、当該専門家の元で、詳細評価結果は、建物10の応急補修計画や本格的な復旧作業の判断材料として用いられる。なお、かかる詳細評価結果の送信後には、前述のステップS10へと戻って、CPU32は、地震発生の検知待ち状態たる待機状態となる。
【0065】
ところで、大地震時には電力供給の途絶などが想定されるので、判定対象の建物10内に設置された地震被害判定システム20への電力供給は、無停電電源により行うようにしても良い。また、通信ネットワーク40の途絶も想定されるが、前述したように、即時判定に係るステップS10〜ステップ40の処理は、地震被害判定システム20にて全て自動で行われ、かかる機能は、概ね通信ネットワーク40に依存しないので、通信途絶の影響は受けない。
【0066】
また、詳細評価に係る応答計算は、詳細モデルに基づくので、その計算処理に、半日から数日を要する場合もあるが、前述のように、詳細評価に係る応答計算プログラムの起動は自動的に行われるため、通信ネットワーク40の途絶の影響は受けず、これにより、通信ネットワーク40が復旧するまでの時間を有効に活用することができる。そして、遠隔地の専門家は、通信ネットワーク40の回復後、ただちに詳細評価を得ることができるので、被災後の迅速な対応が可能となる。
【0067】
===その他の実施の形態===
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は、かかる実施形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で以下に示すような変形が可能である。
【0068】
上述の実施形態では、地震被害の判定対象の構造物の一例として建物10を例示したが、何等これに限るものではなく、橋脚や高架橋などの土木構造物へ適用しても良い。
【0069】
上述の実施形態では、主に地震被害判定システム20について説明したが、上述の説明には、同システム20の本体をなすコンピュータ30に地震被害判定処理を実行させるプログラムの内容も開示されているのは言うまでもない。すなわち、かかるプログラムとして、統括プログラム、応答計算プログラム、及び判定プログラムが示されている。なお、これらのプログラムや、簡易モデル及び詳細モデル等の構造解析モデルは、コンピュータ30のハードディスク装置36に予め記録されている旨を前述したが、かかるプログラムやモデルの頒布は、これらプログラム等をDVD−ROM等の適宜なデータ記録媒体に記録してデータ記録媒体を流通メディアとして行っても良い。なお、その場合には、コンピュータ30に付属するデータ読み取り装置により、データ記録媒体から上記プログラム等を読み取ってコンピュータ30にインストールすることになるが、更に言えば、かかる頒布は、インターネット等の通信ネットワーク40を介して他のコンピュータからダウンロードすることにより行っても良い。
【0070】
上述の実施形態では、地震計22付属のデータ記録装置24と、コンピュータ30のハードディスク装置34とを別個に有していたが、何等これに限るものではなく、どちらか一方に集約して当該装置を兼用しても良い。例えば、コンピュータ30のハードディスク装置36に、地震計22で計測された振動の計測データを記録しても良い。
【0071】
上述の実施形態では、地震被害の判定結果を三段階の損傷レベルで示していたが、何等これに限るものではなく、二段階でも良いし、四段階以上でも良い。
【符号の説明】
【0072】
10 建物(構造物)、10a 下部、10b 建物の下部のうちで地盤以下の部分、
20 地震被害判定システム、22 地震計、24 データ記録装置、
30 コンピュータ、32 CPU(演算処理部)、34 モニタ(表示部)、
36 ハードディスク装置(記録部)、38 キーボードやマウス(入力操作部)、
39 通信インターフェース、
40 通信ネットワーク、50 通信端末、
G 地盤

【特許請求の範囲】
【請求項1】
地震の発生直後に該地震による構造物の被害を判定する地震被害判定システムであって、
該地震被害判定システムは、前記構造物に設置され、
前記地震被害判定システムは、
前記構造物の下部に設置された地震計と、
前記構造物の各部分に対応した構成要素を備えた構造解析モデルが、予め記録された記録部と、
前記地震計によって計測された地震波を、前記構造解析モデルにおける前記構造体の下部に相当する位置に入力して応答計算を行うことにより、前記地震波に対する前記構造解析モデルの前記構成要素の応答値を算出する応答計算部と、
前記構成要素に対応する前記構造物の前記部分の損傷レベルを、前記応答値に基づいて判定する判定部と、
前記判定部の判定結果を表示する表示部と、を有することを特徴とする地震被害判定システム。
【請求項2】
請求項1に記載の地震被害判定システムであって、
前記構造物は、複数の階層を有した建物であり、
前記記録部には、前記構造解析モデルとして、前記建物を前記階層の数以下の数の質点でモデル化した簡易モデルと、前記建物の各階層を複数の質点又は複数の要素でモデル化した詳細モデルと、が予め記録されており、
前記応答計算部は、前記簡易モデルに基づいて前記構成要素の応答値を算出し、
算出された前記応答値に対応する前記損傷レベルが所定の閾値レベル以上の場合には、前記応答計算部は、更に前記詳細モデルに基づいて前記構成要素の応答値を算出することを特徴とする地震被害判定システム。
【請求項3】
請求項2に記載の地震被害判定システムであって、
前記判定部は、前記判定結果として、前記簡易モデルに基づき算出された前記応答値に対応する前記損傷レベルを、前記表示部に表示することを特徴とする地震被害判定システム。
【請求項4】
請求項1乃至3の何れか記載の地震被害判定システムであって、
前記地震計は、前記構造物の下部のみに設置されることを特徴とする地震被害判定システム。
【請求項5】
請求項1乃至4の何れかに記載の地震被害判定システムを備えた構造物。
【請求項6】
構造物に設置されたコンピュータに、地震の発生直後に、該地震による前記構造物の被害を判定するように動作させるプログラムであって、
前記構造物の下部に設置された地震計により計測された地震波を、前記構造物の各部分に対応した構成要素を備えた構造解析モデルにおける前記構造体の下部に相当する位置に入力して応答計算を行うことにより、前記地震波に対する前記構造解析モデルの前記構成要素の応答値を算出する応答計算ステップと、
前記構成要素に対応する前記構造物の前記部分の損傷レベルを、前記応答値に基づいて判定する判定ステップと、
前記判定部の判定結果を表示する表示ステップと、を前記コンピュータに実行させることを特徴とする地震被害判定プログラム。

【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図7】
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【図8】
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【図2】
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【図5】
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【図6】
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