説明

増粘剤及び増粘物質の製造方法

【課題】加熱や冷却等の設備や手間を必要とせず、常温のままで良好な溶解性能と増粘性能とを発揮することができ、継粉を生じることなく増粘やゲル化を実現することのできる増粘剤及び増粘物質の製造方法を提供すること。
【解決手段】この増粘剤は、アルギン酸塩とキレート剤とを含んでいる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、増粘剤及び増粘物質の製造方法に係り、特にキレート剤を用いて均一な溶解と良好な増粘とを両立可能な増粘剤等に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、増粘剤を利用した食品がよく利用されている。例えば、ゼリー等のゲル状の食品においては、飲食者がその柔らかい食感を楽しむことができる。また、少ない咀嚼でも容易に飲食可能であるので、例えば高齢者や幼児用の食品として、また、療養中の患者への補助食品(これらを総称して、増粘食品と言うこととする。)として、広く利用されている。
【0003】
このような増粘剤としては、キサンタンガム、グアガム、α化澱粉等が知られている。また、ゲル化剤としては、寒天、ゼラチン、カラギーナン、ジェランガム等が知られている。また、常温で増粘・ゲル化を生じるものとしては、アルギン酸ナトリウム、アルギン酸カリウム、低メトキシル(LM)ペクチンのようにカルシウムやマグネシウム等の2価以上のイオンと反応するものや、カードランのようにpHに応じてゲル化する多糖類がある。なお、特許文献1〜4に、これらの増粘剤を利用した提案が開示されている。
【0004】
【特許文献1】特開平9−149775号公報
【特許文献2】特開平9−201179号公報
【特許文献3】特開平11−137188号公報
【特許文献4】特開2006−307204号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、従来の増粘剤は、円滑な分散性能と効果的な水和性能とを両立しておらず、手間をかけずに良好な増粘効果を発揮するとは言えない。ここで言う良好な増粘効果とは、単に水和速度が速いことを言うのでなく、分散性と水和性とのバランスに優れ、継粉になることなく均一に粘度発現する性能を言う。
【0006】
例えば、キサンタンガム、グアガム、α化澱粉等の増粘剤は水和速度が速く、水と混合すると直ちに水を吸収して膨潤するため、継粉を生じ易い。そのため、均一で再現性のある粘度とするためには、高速撹拌を行ったり、砂糖やアルコール等の予備混合剤との予備混合が必要となってしまう。
【0007】
寒天、ゼラチン、カラギーナン、ジェランガム等のゲル化剤においては、一旦加熱して溶媒に溶解させた後に冷却することによりゲル化を生じるので、加熱や冷却等の設備や手間を必要としてしまう。
【0008】
アルギン酸ナトリウム、アルギン酸カリウム、LMペクチン等においては、常温でゲル化を生じるものの、それら多糖類の溶解の際に増粘が始まってしまい、それによる継粉を生じてしまう場合がある。
【0009】
本発明は、上記の事情に鑑みて為されたもので、加熱や冷却等の設備や手間を必要とせず、常温のままで良好な溶解性能と増粘性能とを発揮することができ、継粉を生じることなく増粘やゲル化を実現することのできる増粘剤及び増粘物質の製造方法を提供することを例示的課題とする。なお、ここにおいて、溶解性能は、分散性と水和性とにより総合的に発揮され、すなわち、良好な分散性と良好な水和性とにより良好な溶解性能が発揮される。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記の課題を解決することを目的とし鋭意研究を重ねた結果、キレート剤を利用することにより、良好な溶解性能と増粘性能とを両立させる増粘剤が得られることを知見し、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、本発明の例示的側面としての増粘剤は、アルギン酸カルシウムとキレート剤とを含むことを特徴とする。この増粘剤を用いることにより、水等の溶媒中に混合した場合においても、継粉を生じることなく円滑かつ均一に分散と溶解を進行させ、その後に増粘を進行させることにより、均一な増粘物質を得ることができる。継粉を防止するために、高速に撹拌したりする必要もない。また、増粘効果を発揮させるために、加熱や冷却を行う必要もない。
【0012】
この原理については未だ推測の域を出ないが、以下のように推測できる。まず溶媒に増粘剤を混合した段階で、キレート剤がアルギン酸カルシウムのカルシウムと結合し、アルギン酸のみが分離される。アルギン酸は、既に溶媒中に分散しているので継粉になることなく溶媒に徐々に溶解していくこととなる。
【0013】
アルギン酸の分散が進行した後に、キレート剤がカルシウムを放出し始める。そうすると、カルシウムが再びアルギン酸と結合し、アルギン酸カルシウムを生成する。そのアルギン酸カルシウムは高い増粘性能を発揮するので、結果的に、継粉を生じることなく高い増粘効果を得ることができる。
【0014】
このキレート剤のカルシウムとの結合及びカルシウムの放出は、常温で発生する。したがって、加熱や冷却を必要とせず、この増粘剤による効果を得ることができる。なお、本発明においては、増粘がゲル化を含むものとして用語を用いている。すなわち、増粘のうち、溶媒の流動性の少ないもの(すなわち、固相に近いもの。)をゲル化と呼ぶこととする。
【0015】
キレート剤としては、ヘキサメタリン酸ナトリウム、ピロリン酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)等を適用することができる。
【0016】
前記アルギン酸カルシウムの重量と前記キレート剤の重量との比が、1:50から20:1の範囲内であってもよい。より具体的には、キレート剤がヘキサメタリン酸ナトリウムである場合には、アルギン酸カルシウム:ヘキサメタリン酸ナトリウム=1:50〜20:1の重量比、キレート剤がピロリン酸ナトリウムである場合には、アルギン酸カルシウム:ピロリン酸ナトリウム=1:50〜10:1の重量比、キレート剤がクエン酸ナトリウムである場合には、アルギン酸カルシウム:クエン酸ナトリウム=1:50〜20:3の重量比の範囲内であってもよい。更により好ましくは、アルギン酸カルシウム:ヘキサメタリン酸ナトリウム、アルギン酸カルシウム:ピロリン酸ナトリウム、アルギン酸カルシウム:クエン酸ナトリウムのいずれの場合であっても、1:10〜20:3の重量比の範囲内であることが好ましい。
【0017】
所定重量の溶媒に対し、0.1%以上2%以下の重量比のアルギン酸カルシウムと0.1%以上5%以下の重量比のキレート剤とを混合することが好ましい。より具体的には、アルギン酸カルシウムの重量百分率は、溶媒に対し0.2%〜2%が好ましい。また、キレート剤がヘキサメタリン酸ナトリウムである場合には、そのヘキサメタリン酸ナトリウムの重量百分率は、溶媒に対し0.1%〜5%であってもよい。キレート剤がピロリン酸ナトリウムである場合には、そのピロリン酸ナトリウムの重量百分率は、溶媒に対し0.2%〜5%であってもよい。キレート剤がクエン酸ナトリウムである場合には、そのクエン酸ナトリウムの重量百分率は、溶媒に対し0.3%〜5%であってもよい。更により好ましくは、ヘキサメタリン酸ナトリウム、ピロリン酸ナトリウム、クエン酸ナトリウムのいずれの場合であっても、溶媒に対する重量百分率が0.3%〜2%の範囲内であることが好ましい。
【0018】
このような重量比により、増粘剤の増粘性能が更に一層良好に発揮される。したがって、このような重量比に基づき製造された増粘物質は、継粉の発生もなく、良好に増粘されており、高齢者・幼児・患者等への食品として適切なものとなる。このように、アルギン酸カルシウムとキレート剤とを用いることにより、加熱や冷却の設備も不要とし、それらの手間も削減して、低コストかつ少ない工程で適切な増粘食品を製造することができる。
【0019】
本発明の更なる目的又はその他の特徴は、以下に説明される好ましい実施の形態によって明らかにされるであろう。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、加熱や冷却等の設備や手間を必要とせず、常温のままで良好な溶解性能と増粘性能とを発揮して、継粉を生じることなく良好な増粘やゲル化を実現することができる。本発明を増粘食品に適用することにより、低コストかつ少ない工程で高齢者や幼児等に増粘食品を提供することができるので、増粘食品の低価格化に寄与することができ、高齢者等への負担軽減に貢献することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
[実施の形態]
以下、本発明の実施の形態に係る増粘食品(増粘物質)の製造方法について説明する。この増粘食品は溶媒として水を用いており、その水に対して増粘剤を混合することにより得られる。この増粘食品の製造手順について、図1のフローチャートを用いて説明する。
【0022】
なお、実際に高齢者・幼児・患者等の口に入る食品とするためには、食材としての味や香りが必要となる。その場合、下記の実施例にて説明するように、溶媒に砂糖・香料・色素を加えたり、果物や食材をミキサーにかけてピューレ状にしたもの、又はそれに水を加えたものを溶媒として用いる。
【0023】
まず、環境温度を20℃に設定する(S.1)。いわゆる常温範囲であればよく、20℃に限られない。続いて、アルギン酸カルシウムを10g準備する(S.2)。
【0024】
次に、キレート剤として粉末状のヘキサメタリン酸ナトリウムを10g準備する(S.3)。キレート剤としては、ヘキサメタリン酸ナトリウムの他に、ピロリン酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム、EDTA等を適用することが可能である。これら10gのアルギン酸カルシウムと10gのキレート剤とを混合して20gの粉末状増粘剤を得る(S.4)。
【0025】
味・香り及び色が付加された水を溶媒として980g準備する(S.5)。これに上記の粉末状増粘剤を20g混合し、撹拌する(S.6)。高速に撹拌する必要はなく、粉末が分散して固形分がなくなる程度に軽く撹拌するのみでよい。この増粘剤は分散性が良好で水和性に優れ、継粉を生じることなく均一に溶解する。
【0026】
その後、20℃の環境温度のままで、この増粘剤入りの水を約2時間放置する(S.7)。分散及び溶解の後に増粘が始まり、水が弾性流体化する。継粉がなく均一に増粘された増粘食品を得ることができる(S.8)。
【0027】
以下、実施例を挙げて本発明を更に詳細に説明するが、本発明は、これらの実施例に限定されない。
【実施例1】
【0028】
常温(20℃)下で、溶媒としての水に対して増粘剤を混合し、撹拌した後に2時間放置した。放置後の溶媒の粘度・性状及び分散性を観察し、実施例1−1〜実施例1−4及び比較例1−1〜比較例1−4で比較した。増粘剤としては、アルギン酸カルシウムとキレート剤との混合物を用い、アルギン酸カルシウム、キレート剤及び水の重量比やキレート剤の種類を表1に示すように設定した。
【0029】
表1に示すように、実施例1−1〜実施例1−4においては、分散性が良好で継粉の発生がなく、溶媒の性状も増粘状態又はゲル状態となっている。それに対して比較例1−1〜比較例1−4においては、継粉を生じたり増粘状態が不良(低粘度)となっている。
【0030】
【表1】

【実施例2】
【0031】
常温(20℃)下で、溶媒に対して増粘剤を混合し、20秒間撹拌した後に2時間放置した。放置後の溶媒の性状及び分散性を観察した。溶媒としては、水にクエン酸溶液を加えた酸性溶媒を用いた。また、増粘剤としては、アルギン酸カルシウムとヘキサメタリン酸ナトリウム(キレート剤)との混合物に、更に砂糖と硫酸カルシウムを加えたものを用い、各々の重量比を表2のように設定した。
【0032】
表2に示すように、酸性状態の溶媒においても、良好な分散性とゲル状態とが得られている。
【0033】
【表2】

【実施例3】
【0034】
常温(20℃)下で、溶媒に対して増粘剤を混合し、ミキサーで10秒間撹拌した後に放置した。4分放置後、10分放置後、約18時間(一晩)放置後の溶媒の状態を観察した。溶媒としては、バナナをミキサーでピューレ状としたものを用いた。また、増粘剤としては、アルギン酸カルシウムとヘキサメタリン酸ナトリウム(キレート剤)との混合物に、更にデキストリンを加えたものを用い、各々の重量比を表3のように設定した。
【0035】
表3に示すように、キレート剤を加えた実施例3−1,3−2においては、増粘効果を生じているが、キレート剤を加えない比較例3においては、ピューレによる流動性のみが現れており、増粘効果が得られていない。なお、実施例3−1と実施例3−2とでは、キレート剤としてのヘキサメタリン酸ナトリウムの重量比が異なり、それに対応するように、各時間後の状態における溶媒の固さが異なっている。ヘキサメタリン酸ナトリウムの重量が多い実施例3−1の方が、同じ時間経過の際に実施例3−2の場合より一層溶媒の粘度が増加している。
【0036】
【表3】

【実施例4】
【0037】
溶媒を予めビーカ内で60℃〜70℃に加熱して増粘剤を混合し、手で10秒〜20秒間撹拌した後に1分間放置して、その粘度及び性状を観察した。溶媒としては、市販のおかゆ(商品名:味の素製白がゆ)を用いた。また、増粘剤としては、アルギン酸カルシウムとヘキサメタリン酸ナトリウム(キレート剤)との混合物に、更にデキストリンを加えたものを用い、各々の重量比を表4のように設定した。
【0038】
表4に示すように、キレート剤を加えた実施例4においては、増粘効果を生じて適度なゲル状となり、高い粘度を示しているが、キレート剤を加えない比較例4においては、固体と液体とが単に混ざった状態のままで、粘度の上昇も見られなかった。
【0039】
【表4】

以上、本発明の好ましい実施の形態や実施例について説明したが、本発明はこれらに限定されるものではなく、その要旨の範囲内で様々な変形や変更が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】本発明の実施の形態に係る増粘食品の製造手順を説明するためのフローチャートである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルギン酸塩とキレート剤とを含む増粘剤。
【請求項2】
前記アルギン酸塩が、アルギン酸カルシウムである請求項1に記載の増粘剤。
【請求項3】
前記アルギン酸塩の重量と前記キレート剤の重量との比が、1:50から20:1の範囲内である請求項1又は請求項2に記載の増粘剤。
【請求項4】
所定重量の溶媒に対し、0.1%以上2%以下の重量百分率のアルギン酸塩と0.1%以上5%以下の重量百分率のキレート剤とを混合する工程を有する増粘物質の製造方法。

【図1】
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