説明

多孔質炭素板およびその製造方法、多孔質炭素板を用いた膜電極融合体

【課題】本発明の課題は、炭素繊維を用いた多孔質炭素板を製造するにあたり、焼成工程において、多孔質炭素板の周辺部にわたってもシワの発生が抑制された多孔質炭素板とその製造方法を提供することにある。さらに、この多孔質炭素板を用いて、安定した性能を発現する膜電極融合体を製造することができる。
【解決手段】少なくとも、炭素繊維と熱硬化性樹脂からなるシート形状のプリプレグを1枚もしくは複数枚積層させてプレス成形することで成形品を得る工程と、成形品を2,000〜2,700℃の温度で焼成して熱硬化性樹脂を炭化する焼成工程からなる多孔質炭素板の製造方法であって、前記成形品の端部をトリミングしてから前記焼成工程を行う多孔質炭素板の製造方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体高分子型燃料電池の電極基材として好ましく用いられる多孔質炭素板およびその製造方法に関する。さらには、多孔質炭素板を用いた膜電極融合体にも関する。
【背景技術】
【0002】
固体高分子型燃料電池の電極基材には、導電性が高いこと、機械的強度が高いこと、好適な気体透過性を持つことなどの特性が要求される。このような特性を持つ電極の材料としては、炭素短繊維が炭素で結着された多孔質炭素板があり、その製造方法は主として抄紙工程、樹脂含浸工程、プレス工程、焼成工程に分かれている。
【0003】
具体的には、炭素短繊維を分散させて炭素繊維紙を抄紙し(抄紙工程)、前記炭素繊維紙をフェノール樹脂等の樹脂に含浸させる(樹脂含浸工程)。一般に、このシート状中間製品はプリプレグと呼ばれる。このプリプレグを複数積層させて加圧成形し(プレス工程)、最後に2,000℃以上の高温で焼成(焼成工程)することにより、多孔質炭素板を得ることができる。
【0004】
さらに、上記の工程を経て得られた多孔質炭素板に、白金等の触媒を付与し、パーフルオロスルホン酸系ポリマー等の膜をはさんで加熱加圧して一体化させたものが、膜電極融合体(MEA)である。
【0005】
一般的に、焼成工程ではプレス工程で得た成形品を黒鉛板で挟み複数段積層して焼成を行う。積層上段部分では成形品および黒鉛板の自重により成形品へ加わる圧力が小さくなるため、積層上段部分に配置された成形品に十分な圧力を加える方法として、重しを載せる等の方法が行われている。しかし、焼成炉の容積や最大積載重量等により十分な圧力を加えられない場合がある。
【0006】
このように、十分な圧力を加えずに成形品を焼成すると、多孔質炭素板の周辺部を中心にシワが発生する問題がしばしば起こっていた。シワが発生した場合、多孔質炭素板と、触媒と、電解質膜を積層して一体化したMEAを製造する際、層間剥離が生じる問題があった。
【0007】
このシワを抑制する方法としては、例えば特許文献1には、焼成を2段階に分離して行うこと、2kPa以上の圧力を加えて第2段階の焼成を行うことにより焼成工程でのシワの発生を抑制できることが記載されている。
【0008】
しかし、特許文献1では、具体的な加圧方法は記載されておらず、多孔質電極板のどの部位に対してもシワの発生を抑制できるかまでは言及されていない。
【特許文献1】特開平7−48182号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
そこで本発明の課題は、上記のような従来技術における問題点を解決し、周辺部にわたってもシワの発生が抑制された多孔質炭素板とその製造方法、さらにこの多孔質炭素板を用いた膜電極融合体を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成するために、本発明は、(1)炭素繊維と熱硬化性樹脂とを含むシート形状のプリプレグを1枚もしくは複数枚積層させてプレス成形することで成形品を得る工程と、前記成形品を2,000〜2,700℃の温度で焼成して熱硬化性樹脂を炭化する焼成工程とを含む多孔質炭素板の製造方法であって、前記成形品の端部を切除してから前記焼成工程を行うことを特徴とする多孔質炭素板の製造方法を提供することにある。
【0011】
また、本発明の好ましい形態によれば、以下の発明が含まれることも好ましい態様である。
(2)焼成工程において、1,000℃以上における焼成温度の昇温速度が0.1〜4℃/分であることを特徴とする(1)に記載の多孔質炭素板の製造方法。
(3)前記焼成工程において、成形品を複数段積層し、最上段に0.1〜1.5kPaの圧力を加えて焼成を行うことを特徴とする(1)または(2)に記載の多孔質炭素板の製造方法。
(4)切除される端部の幅が20mm〜30mmであることを特徴とする(1)から(3)のいずれかに記載の多孔質炭素板の製造方法。
(5)成形品の厚みが0.1〜0.4mmであることを特徴とする(1)から(4)のいずれかに記載の多孔質炭素板の製造方法。
(6)(1)から(5)のいずれかの製造方法によって製造された多孔質炭素板。
(7)(6)に記載された多孔質炭素板と、触媒と、電解質膜とから構成された膜電極融合体。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、固体高分子型燃料電池に用いる電極基材の性能を低下させるシワの発生を抑制し、高品質の多孔質炭素板を大量に安定して、かつ安価に製造することができる。さらに、この多孔質炭素板を用いて、安定した性能を発現する膜電極融合体を製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明の多孔質炭素板とその製造方法を詳細に説明する。
【0014】
多孔質炭素板の製造方法は、主として抄紙工程、樹脂含浸工程、プレス工程、焼成工程からなる。
具体的には、炭素短繊維を分散させて炭素繊維紙を抄紙し(抄紙工程)、前記炭素繊維紙をフェノール樹脂等の樹脂に含浸させる(樹脂含浸工程)。一般に、このシート状中間製品はプリプレグと呼ばれる。このプリプレグを複数積層させて加圧成形し(プレス工程)、最後に2,000℃以上の高温で焼成(焼成工程)することにより、多孔質炭素板を得ることができる。
【0015】
最初に、抄紙工程について説明する。
【0016】
本発明においては、まず炭素繊維からなる帯状のシートを準備する。
【0017】
炭素繊維は、ポリアクリロニトリル(PAN)系、ピッチ系、レーヨン系等の炭素繊維を用いることができる。なかでも、PAN系やピッチ系を用いると、機械的強度に優れ、しかも、適度な柔軟性を有する電極基材が得られる点で好ましい。更には、より強度に優れ適度な柔軟性を有する電極基材が得られるという点で、特にPAN系の炭素繊維を用いるのが好ましい。
【0018】
前記の炭素繊維を用いた炭素繊維シートの製造方法としては、乾式抄造法、湿式抄造法のいずれの方法によっても、帯状のシートを得ることができる。炭素繊維は導電性が高く、電気設備の短絡の原因になりやすい。水を抄造媒体とする湿式抄造法によると、乾式抄造法より空気中に炭素繊維が舞いにくいため簡便な装置で抄造が可能であり、しかも炭素繊維の分散性のよい均質なシートが得られる点で好ましい。なお、形態保持性やハンドリング性等を向上させるために、炭素繊維シートにポリビニルアルコール、セルロース、ポリエステル、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、アクリル樹脂等の有機質バインダーを付与してもよい。
【0019】
続いて、樹脂含浸工程について説明する。
【0020】
本発明においては、樹脂含浸工程とは、得られた炭素繊維シートに連続的に熱硬化性樹脂を含浸させ、一定長さにカットして炭素繊維シートと熱硬化性樹脂の複合体であるプリプレグを得る工程を指す。
【0021】
熱硬化性樹脂としては、フェノール樹脂、エポキシ樹脂、フラン樹脂、メラミン樹脂等を用いることができる。これらの少なくとも1種を含む混合樹脂であってもよい。炭素化後も導電性物質として残存し、炭素繊維との密着性がよいものが好ましく、なかでもフェノール樹脂は炭化後の残存量が多く、扱いやすいことから好ましい。
【0022】
続いて、プレス工程について説明する。
【0023】
プレス工程は、前述した樹脂含浸工程によって得られたプリプレグを加圧(プレス)成形して、成形品を得る工程を指す。プレス成形する際、含浸させた熱硬化性樹脂を硬化させるため、成形機を加温しながらプレスする方法が一般的に行われている。成形温度は、100〜250℃、好ましくは120〜200℃、さらに好ましくは140〜180℃とする。100℃未満では熱硬化性樹脂が硬化しない、もしくは硬化までに時間がかかり生産性が悪くなるため好ましくない。また、250℃を超えると硬化までの時間が短すぎて充分に成形できず、成形品の厚さにばらつきが生じるため好ましくない。
【0024】
プレスする際の加圧力は、0.01〜2MPa、好ましくは0.05〜1.5MPa、さらに好ましくは0.1〜1MPaとする。0.01MPa未満では求める厚さの成形品ができず、2MPaを超えると熱硬化性樹脂が流れ出すため好ましくない。
【0025】
これにより厚さ0.1mm〜0.4mmの成形品を得る。0.1mmよりも薄いと強度が低下して取り扱いにくくなる傾向があり、0.4mmよりも厚くなると、後述する焼成工程を経て多孔質炭素板としたときに厚み方向の電気抵抗が大きくなり、固体高分子型燃料電池の電極として用いたときの性能が低くなる傾向がある。なお、成形品の厚さは、成形品の厚さ方向に0.15MPaの面圧を付与した状態で、マイクロメーターを用いて測定する。
【0026】
ここで、本発明者らは、後述する焼成工程においてシワが発生する原因を検討したところ、樹脂含浸工程とプレス工程において基材端部への目付の偏り、すなわち中央部と比較して目付が高くなっていることを見いだした。ここで、目付とは単位面積当たりの重量のことを指す。
【0027】
この発見に基づき、焼成工程において生じるシワの原因は、焼成工程中で基材の収縮が起こる際に基材端部の目付の偏りの影響で収縮度合いが異なるとの仮定のもとで、目付が高くなっている端部を切除(トリミング)して取り除いた後に焼成工程を行うことによって、従来技術よりも少ない圧力でシワの発生が抑制された多孔質炭素板を提供できることを見いだした。
【0028】
図1に成形品の端からの距離と目付の関係を示す。端から20mmまでは中心部に比べ目付が高くなっている。樹脂含浸工程、成形工程により目付が高くなった部分を取り除くため、得られた成形品の端部のトリミングを行う。焼成工程前のトリミングによって、焼成工程で生じる収縮度合いのバラツキを少なくし、シワの発生を防ぐことができる。また、トリミングの長さ、すなわち切除される端部の幅は端から20〜30mmとすることが好ましい。端から30mmまでとしたのは、端からの距離が30mmを超えると目付の差が見られず、トリミングによるシワの抑制効果に差が見られないことや、トリミング部分が増えると所定の大きさの多孔質炭素板が得られなくなるためである。
【0029】
続いて、焼成工程について説明する。
【0030】
焼成工程は、成形品を不活性雰囲気に保たれたバッチ焼成炉で昇温し、熱硬化性樹脂を炭素化させることで導電性を向上させる工程である。これにより炭素繊維が炭素化物で結着されている多孔質炭素板を得る。
【0031】
焼成工程での最高焼成温度は2,000〜2,700℃とする。最高焼成温度が低すぎると多孔質炭素板中に不純物が多く残り、燃料電池の電極基材として用いた際に電池性能が低下する。逆に、最高焼成温度が高すぎると焼成炉の運転コストが上昇するばかりでなく、焼成炉の消耗が激しくなってその維持コストが上昇し、生産コストが上昇するようになる。
【0032】
また、従来技術では形状異常は300〜700℃の低温領域で起こるとしているが、本発明者らは1,000℃以上の高温領域においてより顕著に発生することを見いだし、1,000℃以上での昇温速度を調整することでシワの発生が抑制された多孔質炭素板を提供できることを見いだした。すなわち、1,000℃以上での昇温速度は0.1〜4℃/分とするのが好ましい。昇温速度が4℃/分を越えるように早くしすぎると、熱硬化性樹脂が急激に炭素化され著しい収縮が起こり、ひび割れやシワが生じてしまう。また、昇温速度が0.1℃/分未満のように遅くしすぎると、生産性が低下するため好ましくない。
【0033】
焼成工程を行う際には、図2に示すように、複数枚の成形品2と黒鉛板1とを交互に挟み、これらを複数段積層して焼成を行う方法が一般的に用いられる。黒鉛板1は、等方性黒鉛や押出成形黒鉛で作られた黒鉛板1が用いられる。焼成時に成形品2に圧力を加えることにより、成形品2のシワ発生を効果的に抑制できる。具体的には、黒鉛板1を載せる枚数を増減させながら、成形品2の最上段に0.1〜1.5kPaの圧力が加わるようにする。圧力が0.1kPa未満であると、シワ抑制の効果が十分でないことが多い。また、1.5kPaを越えると、加圧用の重しとなる黒鉛板1の枚数が増え、焼成炉の容積や最大積載重量を超える恐れがあったり、成形品2の積載量が制限されたりするため、却って生産効率が落ちることになりやすい。
【0034】
以上の工程を経て得られた多孔質炭素板は、電極基材として使用される。具体的には、多孔質炭素板に触媒を付与し、フッ素系ポリマー等の電解質膜を挟んで一体化させた膜電極融合体(MEA)となって、燃料電池の電極として用いられる。
【0035】
ここで、触媒には、カーボンブラック担体上に白金触媒やルテニウム・白金合金触媒を担持したものがよく用いられ、電解質膜としてはパーフルオロスルホン酸系ポリマーが好んで用いられる。
【実施例】
【0036】
(実施例1)
東レ株式会社製ポリアクリロニトリル系炭素繊維“トレカ(登録商標)”T300−6K(平均繊維径:7μm、単繊維数:6,000本)を12mmの長さにカットし、水を抄造媒体として、ポリビニルアルコールをバインダーとして連続的に抄造し、シートの目付が約30g/mで幅1000mmの炭素繊維シートを得てロール状に巻き取った。
【0037】
次に炭素繊維シートにレゾール型フェノール樹脂とノボラック型フェノール樹脂を1:1の重量比で混合した樹脂の6重量%メタノール溶液に連続的に含浸し、90℃で3分間加熱乾燥した後1,000mmの長さにカットし、シート状のプリプレグを得た。
【0038】
次に得られたプリプレグを2枚重ねて、145℃の温度下に0.45MPaの圧力を30分間加えてレゾール型フェノール樹脂を硬化させ、成形品を得た。
【0039】
成形品の端部4辺を20mmトリミングし、積層した最上段の成形品に0.5kPaの圧力が加わるようにした。そして最高温度2,500℃として1,000℃以上の昇温速度を0.5℃/分で焼成し、樹脂を炭化させ厚さ0.2mmの多孔質炭素板を得た。
(実施例2)
焼成時に積層した最上段の成形品に1.0kPaの圧力が加わるようにすること以外は実施例1と同様にして多孔質炭素板を得た。
(比較例1)
成形品の端部4辺をトリミングしないこと以外は実施例1と同様にして多孔質炭素板を得た。
(比較例2)
成形品の端部4辺をトリミングせず、焼成時に積層した最上段の成形品に1.0kPaの圧力が加わるようにすること以外は実施例1と同様にして多孔質炭素板を得た。
【0040】
以上の実施例および比較例について、それぞれ1,000枚製造した場合において、シワが発生した多孔質炭素板の枚数から、下記の式を用いてシワ発生率を算出した。
【0041】
シワ発生率(%)=シワが発生した多孔質炭素板の枚数/1,000×100
多孔質炭素板のシワ発生率および発生したシワの最大長さを表1にまとめた。
【0042】
【表1】

【0043】
表1に示されるとおり、本発明の製造方法により比較例の製造方法に比べてシワ発生率を大幅に低減させることが可能となった。さらに、発生するシワの最大長さも大幅に改善され、有効活用できる面積が増加した。
【0044】
以上のように本発明の多孔質炭素板の製造方法によれば、燃料電池の電極板としての性能を低下させる形状異常であるシワの発生を抑制し、高品質の多孔質炭素板を大量に安定して、かつ安価に製造することができる。
【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明に係る多孔質炭素板は、固体高分子型燃料電池のガス拡散体に限らず、燐酸型燃料電池などにも応用することができるが、その応用範囲はこれらに限られるものではない。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】成形品の端からの距離と目付の関係を示す図である。
【図2】焼成工程において黒鉛板と成形品とを積層した状態を示す概略図である。
【符号の説明】
【0047】
1:黒鉛板
2:成形品

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素繊維と熱硬化性樹脂とを含むシート形状のプリプレグを1枚もしくは複数枚積層させてプレス成形することで成形品を得る工程と、前記成形品を2,000〜2,700℃の温度で焼成して熱硬化性樹脂を炭化する焼成工程とを含む多孔質炭素板の製造方法であって、前記成形品の端部を切除してから前記焼成工程を行うことを特徴とする多孔質炭素板の製造方法。
【請求項2】
前記焼成工程において、1,000℃以上における焼成温度の昇温速度が0.1〜4℃/分であることを特徴とする請求項1に記載の多孔質炭素板の製造方法。
【請求項3】
前記焼成工程において、前記成形品を複数段積層し、最上段に0.1〜1.5kPaの圧力を加えて焼成を行うことを特徴とする請求項1または2に記載の多孔質炭素板の製造方法。
【請求項4】
切除される端部の幅が20mm〜30mmであることを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の多孔質炭素板の製造方法。
【請求項5】
前記成形品の厚みが0.1〜0.4mmであることを特徴とする請求項1から4のいずれかに記載の多孔質炭素板の製造方法。
【請求項6】
請求項1から5のいずれかの製造方法によって製造された多孔質炭素板。
【請求項7】
請求項6に記載された多孔質炭素板と、触媒と、電解質膜とから構成された膜電極融合体。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−155193(P2009−155193A)
【公開日】平成21年7月16日(2009.7.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−338830(P2007−338830)
【出願日】平成19年12月28日(2007.12.28)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】