大豆発酵組成物及びその製造方法、並びに抗糖尿病組成物及び飲食品
【課題】安価で安全性が高く、抗糖尿病作用において異なった作用機序を併せ持ち、I型糖尿病及びII型糖尿病の少なくともいずれかの予防、改善乃至治療において効果的に作用を発揮し、更に糖尿病の合併症の予防、改善乃至治療効果を有する大豆発酵組成物及びその製造方法、並びに抗糖尿病組成物及び飲食品の提供。
【解決手段】大豆摩砕物の固形画分を発酵させた大豆発酵物から抽出した大豆発酵抽出物を含有する大豆発酵組成物及びその製造方法、並びに前記大豆発酵組成物を含有する抗糖尿病組成物及び飲食品である。前記大豆発酵物が、納豆菌、テンペ菌、乳酸菌及び酵母菌の少なくともいずれかを用いて発酵された態様が好ましい。
【解決手段】大豆摩砕物の固形画分を発酵させた大豆発酵物から抽出した大豆発酵抽出物を含有する大豆発酵組成物及びその製造方法、並びに前記大豆発酵組成物を含有する抗糖尿病組成物及び飲食品である。前記大豆発酵物が、納豆菌、テンペ菌、乳酸菌及び酵母菌の少なくともいずれかを用いて発酵された態様が好ましい。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、糖尿病及びその合併症の効果的、かつ安全な予防、改善又は治療に好適な大豆発酵組成物及びその製造方法、並びに抗糖尿病組成物及び飲食品に関する。
【背景技術】
【0002】
生活習慣病の1つである糖尿病は、近年増加傾向にある。厚生労働省がまとめた平成19年国民健康・栄養調査報告によれば、糖尿病が強く疑われる人、糖尿病の可能性が否定できない人をあわせると約2,210万人になり、40歳以上の3人に1人が糖尿病乃至その予備軍であるとされている。
糖尿病により血糖値が高い状態が続くと、血管障害が生じ、神経障害、網膜症、白内障、腎障害、壊疽等の重篤な合併症が引き起こされる。
【0003】
前記糖尿病は、インスリン依存性のI型とインスリン非依存性のII型に分けられる。
前記I型糖尿病は、インスリンを産生する膵臓のβ細胞が何らかの原因により破壊され、インスリンが産生されない状態になることで発症する。I型糖尿病患者においては、経口血糖降下薬などの飲み薬は無効で、血糖値を下げるためには外部からのインスリン投与しか手段がない。インスリンは小腸で分解され、腸管吸収されないため、皮下又は筋肉注射により血糖値のコントロールを行わなくてはならず、患者へかなりの負担がかかる。
前記II型糖尿病を引き起こす原因は、過栄養、運動不足、ストレス過剰、高脂肪食過剰摂取等の生活習慣に基づく肥満と考えられている。この肥満により血糖や血圧、血中のコレステロールの量を調節するインスリンに対する感受性が低下し、インスリン抵抗性II型糖尿病が発症する。
【0004】
前記I型糖尿病における症状メカニズムの詳細は不明であるが、遺伝的要因による自己免疫疾患が原因となり、活性酸素などによりβ細胞が破壊され発症すると考えられている。
【0005】
前記I型糖尿病においてはβ細胞が破壊、脱落しており、内因性のインスリンを誘導することは出来ない。したがって、血糖値を下げるにはインスリンに代わる、インスリン様作用物質を用いることが必要である。また、活性酸素によるβ細胞の障害を防ぐため、抗酸化物質を用いることも必要である。
【0006】
前記II型糖尿病において症状が表れるメカニズムとしては、(1)食事過多などによる過剰なグルコースの血中への吸収、(2)血糖値の上昇に伴う脂肪細胞の肥大化、並びに肥大脂肪細胞からの腫瘍壊死因子−α(TNF−α)の産生増加、及びアディポネクチンの産生低下、(3)インスリン感受性の低下、(4)慢性的な血糖値の上昇、(5)グルコース及び生体内蛋白質から生成される終末糖化産物群(AGE)による組織障害などが考えられる。
【0007】
前記(1)につき、グルコースの血中への吸収は、摂取された炭水化物が消化管においてα−アミラーゼ、α−グルコシダーゼ等の消化酵素によって消化され、最終的に単糖類であるグルコースに分解されて腸管膜上の繊毛から吸収されることによる。吸収されたグルコースは血中に移行し、一時的に過血糖症状が起こる。II型糖尿病患者においては、インスリンが作用せず、高血糖値が維持される結果、グルコースにより血管が障害を受け、神経障害、網膜症、白内障などの重篤な合併症が惹起される。したがって、前記消化酵素を阻害することにより、グルコースの生成を抑制することで、摂取された糖類は吸収されることなく体外へ排出される。これにより炭水化物摂取による急激な血糖値上昇は抑制され、特に糖尿病患者での高血糖値の維持状態は緩和され得る。
【0008】
前記(2)及び前記(3)につき、インスリンのシグナル伝達は、腫瘍壊死因子−α(TNF−α)により阻害されることが示されており、インスリン感受性の低下を引き起こす因子としてマクロファージから産生されるTNF−αが考えられている(非特許文献1参照)。これに対し、脂肪細胞から産生されるアディポネクチンは、TNF−αに拮抗的な作用を示し、インスリンに対する感受性を増強させることが知られている(非特許文献2参照)。成熟脂肪細胞は、脂肪を細胞内へ取り込む細胞であるが、その蓄積量が増えると脂肪細胞は次第に肥大化し肥大脂肪細胞となる。成熟脂肪細胞が肥大脂肪細胞になると、TNF−αの分泌は上昇し、一方、アディポネクチンの分泌は低下する。即ち、高脂肪食による肥満などの環境因子により肥大脂肪細胞の増加と共にインスリン抵抗性が惹起される。したがって、前駆脂肪細胞からアディポネクチンを産生する成熟脂肪細胞への分化を誘導し、更にマクロファージや肥大肥満細胞からのTNF−α産生を抑制することにより、インスリンに対する感受性を高め、II型糖尿病の予防、改善、及びその治療が可能となり得る。
【0009】
前記(4)につき、インスリン感受性の低下により慢性的に誘導された血糖値の上昇に対し、内因性のインスリン量を増加させることにより改善乃至治療効果を増強することが考えられる。内因性インスリン濃度の低下については、ジペプチジルペプチダーゼ−IV(DPP−IV)が関与している。前記DPP−IVは、インスリン誘導ホルモンであるグルカゴン様ペプチド−1(GLP−1)の不活性化に関与する酵素として知られている。前記GLP−1は、グルコース濃度依存的にインスリンを産生誘導することから、DPP−IVを阻害することにより高インスリン濃度を維持し、その結果、インスリン耐性組織を刺激するのに十分なインスリン濃度が得られる(非特許文献3及び4参照)。糖尿病治療薬として開発されたDPP−IV阻害剤は、臨床において優れた成績を上げており、新しい作用機序を持つ薬剤として、現在最も注目されている医薬品の1つである。更に、DPP−IV阻害剤は、飽満に導く作用も有しており、食欲を調整し、肥満症の治療薬としても開発されている(非特許文献5参照)。即ち、DPP−IV阻害剤は、肥満によって誘導されるII型糖尿病治療において有用な薬剤となり得る。
【0010】
前記(5)につき、終末糖化産物群(AGE)の生成は、糖尿病のような高血糖状態で細胞内グルコース代謝物の濃度が上昇した場合に、グルコースと生体内タンパク質とが非酵素的糖化反応することで起こる。生成したAGEは、マクロファージなど炎症細胞の細胞膜上のAGE受容体に結合し、細胞を活性化させて活性酸素、TNF−α等の炎症因子の産生を誘導する(非特許文献6参照)。これらの炎症因子は、血管を障害し、動脈硬化症、白内障、腎障害、神経障害等の糖尿病の合併症発症の引き金となることが知られている。したがって、AGE阻害組成物は、II型糖尿病治療において有用となり得る。
【0011】
また、高血糖による生体の代謝異常に関連して生体内活性酸素種(ROS)産生が増加し、フリーラジカルの発生により細胞が障害を受けることが示されている。こうしたことから糖尿病患者における血管障害や神経障害は、酸化ストレスによって誘導されている可能性が示唆されている(非特許文献7参照)。即ち、ROSによって誘導される細胞障害から細胞を保護する物質は、動脈硬化症、白内障、腎障害、神経障害などROSの血管障害により誘導される糖尿病の合併症に対する予防及び治療効果が期待される。
【0012】
以上のように、抗糖尿病作用にも様々な作用機構が存在すると考えられ、これらの作用機序を併せ持つ組成物を得ることができれば、I型糖尿病及びII型糖尿病の予防、改善乃至治療において非常に効果的である。そのような組成物は、糖尿病のみならず、その合併症の予防、改善乃至治療にも効果を奏することが期待され、また、医薬品において問題となり得るコスト、副作用等の問題をクリアしていることが強く求められている。しかしながら、これまでにそのような組成物は得られていないのが現状である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】J. Biol. Chem., 2001; 276: 41245−41254.
【非特許文献2】Nature Med., 2001; 7: 941−946.
【非特許文献3】Diabetologia, 1999; 42: 1324−1331.
【非特許文献4】Diabetes, 1998; 47: 1663−1670.
【非特許文献5】Diabetes, 2002; 51: 943−950.
【非特許文献6】J. Nutr. Biochem., 2011; 22(6):585−594.
【非特許文献7】Diabetes, 1986; 35: 426−432.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は、このような現状に鑑み、以下の目的を達成することを課題とする。即ち、本発明は、安価で安全性が高く、抗糖尿病作用において異なった作用機序を併せ持ち、I型糖尿病及びII型糖尿病の少なくともいずれかの予防、改善乃至治療において効果的に作用を発揮し、更に糖尿病の合併症の予防、改善乃至治療効果を有する大豆発酵組成物及びその製造方法、並びに抗糖尿病組成物及び飲食品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、前記目的を達成すべく鋭意検討を行った結果、大豆摩砕物の固形画分を発酵させた大豆発酵物から抽出した大豆発酵抽出物を含有する大豆発酵組成物が、脂肪細胞の分化を誘導し、アディポネクチン産生を誘導すること、及びマクロファージ株化細胞からのTNF−α産生を抑制することを見出した。また、前記大豆発酵組成物が、試験管内試験において、消化酵素を阻害すること、及びマウスを用いたデンプン負荷試験においてデンプン投与後の血糖値上昇を有意に抑制することを見出した。また、前記大豆発酵組成物が、DPP−IVの酵素活性を阻害すること、及びAGEの生成を抑制することを見出した。また、前記大豆発酵組成物が、活性酸素種によって誘導される細胞障害から細胞を保護することを見出した。更に、ストレプトゾトシン(STZ)投与マウスを用いた、膵臓β細胞の破壊によるインスリン分泌障害性のI型糖尿病モデルにおいて、前記大豆発酵組成物を経口投与することにより血糖値の上昇を抑制することを見出した。以上より、本発明者らは、本発明の完成に至った。
【0016】
本発明は、本発明者らによる前記知見に基づくものであり、前記課題を解決するための手段としては、以下の通りである。即ち、
<1> 大豆摩砕物の固形画分を発酵させた大豆発酵物から抽出した大豆発酵抽出物を含有することを特徴とする大豆発酵組成物である。
<2> 大豆発酵物が、納豆菌、テンペ菌、乳酸菌及び酵母菌の少なくともいずれかを用いて発酵された前記<1>に記載の大豆発酵組成物である。
<3> モロヘイヤ抽出物を更に含有する前記<1>から<2>のいずれかに記載の大豆発酵組成物である。
<4> 大豆発酵抽出物が、熱水及びエタノール水溶液のいずれかで抽出されてなる前記<1>から<3>のいずれかに記載の大豆発酵組成物である。
<5> 大豆摩砕物の固形画分を発酵させて大豆発酵物を得る発酵工程と、
前記大豆発酵物から大豆発酵抽出物を得る抽出工程とを含むことを特徴とする大豆発酵組成物の製造方法である。
<6> 大豆摩砕物の固形画分を発酵させた大豆発酵物から抽出した大豆発酵抽出物を含有し、脂肪細胞分化誘導作用、アディポネクチン産生誘導作用、腫瘍壊死因子−α産生抑制作用、アディポネクチン産生量低下抑制作用、消化酵素阻害作用、血糖値上昇抑制作用、ジペプチジルペプチダーゼ−IV酵素活性阻害作用、終末糖化産物群生成抑制作用、及び酸化ストレスによる細胞障害に対する保護作用の少なくともいずれかを有することを特徴とする組成物である。
<7> 前記<1>から<4>のいずれかに記載の大豆発酵組成物を含有することを特徴とする抗糖尿病組成物である。
<8> 前記<6>に記載の組成物を含有することを特徴とする飲食品である。
<9> 前記<7>に記載の抗糖尿病組成物を含有することを特徴とする飲食品である。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、前記目的を達成することができ、安価で安全性が高く、抗糖尿病作用において異なった作用機序を併せ持ち、I型糖尿病及びII型糖尿病の少なくともいずれかの予防、改善乃至治療において効果的に作用を発揮し、更に糖尿病の合併症の予防、改善乃至治療効果を有する大豆発酵組成物及びその製造方法、並びに抗糖尿病組成物及び飲食品を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】図1は、本発明の大豆発酵組成物の製造工程のフローチャートの一例を示した図である。
【図2A】図2Aは、大豆発酵抽出物のHPLC分析結果の一例を示した図である。
【図2B】図2Bは、大豆発酵抽出物とモロヘイヤ抽出物とを混合した組成物のHPLC分析結果の一例を示した図である。
【図3】図3は、3T3−L1細胞の培養液に本発明の大豆発酵組成物の一例を添加して培養したときの成熟脂肪細胞への分化誘導作用を示した図である。
【図4】図4は、3T3−L1細胞の培養液に本発明の大豆発酵組成物の一例を添加して培養したときの培養上清中へのアディポネクチン産生誘導作用を示した図である。
【図5】図5は、LPS刺激マクロファージ細胞株(Raw264)からのTNF−α産生に対する本発明の大豆発酵組成物の一例の抑制作用を示した図である。
【図6】図6は、3T3−L1とRaw264の共培養によるアディポネクチン産生低下に対する本発明の大豆発酵組成物の一例の抑制作用を示した図である。
【図7】図7は、本発明の大豆発酵組成物の一例のα−アミラーゼ阻害作用を示した図である。
【図8】図8は、本発明の大豆発酵組成物の一例のα−グルコシダーゼ阻害作用を示した図である。
【図9】図9は、本発明の大豆発酵組成物の一例を経口投与したときのデンプン負荷マウスの血中グルコース濃度上昇に対する抑制作用を示した図である。
【図10】図10は、本発明の大豆発酵組成物の一例のDPP−IV阻害作用を示した図である。
【図11】図11は、本発明の大豆発酵組成物の一例のAGE生成抑制作用を示した図である。
【図12A】図12Aは、PC−12細胞を用いたときのAAPHの酸化ストレスによる細胞障害に対する本発明の大豆発酵組成物の一例の細胞保護作用を示した図である。
【図12B】図12Bは、3T3−L1細胞を用いたときのAAPHの酸化ストレスによる細胞障害に対する本発明の大豆発酵組成物の一例の細胞保護作用を示した図である。
【図13】図13は、マウスにストレプトゾトシンを投与して誘導したI型糖尿病モデルにおいて、本発明の大豆発酵組成物の一例を経口投与したときの血中グルコース濃度上昇に対する抑制作用を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
(大豆発酵組成物)
本発明の大豆発酵組成物は、大豆摩砕物の固形画分を発酵させた大豆発酵物から抽出した大豆発酵抽出物を含有し、好ましくはモロヘイヤ抽出物を含有し、更に必要に応じてその他の成分を含有する。
【0020】
<<大豆摩砕物の固形画分>>
前記大豆摩砕物の固形画分は、原料として大豆又はその類縁種(以下「大豆等」と称する)を用い、その摩砕物の液相を除去した固形画分である。原料となる大豆等の種類、生産条件などとしては、特に制限はなく、市販品を用いることができる。前記大豆摩砕物の固形画分の製造方法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、大豆等を水に浸漬し十分に吸水させた後、豆挽機を用いて水とともに大豆等を摩砕し、得られた摩砕大豆懸濁液から、絞り器によって液相を除去し、固相を回収する方法などが挙げられる。
【0021】
前記豆挽機としては、特に制限はなく、公知のものから適宜選択することができ、例えば、スーパーマスコロイダー(増幸産業株式会社製)などが挙げられる。前記摩砕の条件としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、セラミック製高速グラインダーにより摩砕する。
また、前記絞り器としては、特に制限はなく、公知のものから適宜選択することができ、例えば、KM−1000(ミナミ産業株式会社製)などが挙げられる。液相を除去する条件としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、自然落下により除去する。
【0022】
前記固形画分としては、上記製造方法において回収されたままのものでも、それを乾燥したものでもよいが、前記固形画分の含水率としては、20質量%以下が好ましい。
前記大豆摩砕物の固形画分の組成としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、乾物における含有量が、粗蛋白質20質量%〜30質量%、粗脂肪10質量%〜15質量%、可溶無窒素物25質量%〜35質量%、粗繊維10質量%〜20質量%であることが好ましい。なお、前記組成の分析は、例えば、近赤外分光法などによって行うことができる。
【0023】
<<大豆発酵物>>
前記大豆発酵物は、前記大豆摩砕物の固形画分を発酵させてなる。
前記固形画分を発酵させる方法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、飲食品用途、菌自体の有する栄養素、発酵香などの観点から、納豆菌、テンペ菌、乳酸菌、酵母菌が好ましい。これらは、1種単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。これらの中でも、高い機能性を持った生成物が高収量で得られる点で、納豆菌が特に好ましく、テンペ菌、乳酸菌及び酵母菌の少なくともいずれかと納豆菌との組み合わせも好適に用いることができる。
なお、前記菌としては、安全性が保証されている限り、自然的に、又は人為的な変異手段により生成し、菌学的性質が変異した変異株も用いることができる。
【0024】
前記納豆菌(Bacillus subtilis var. natto)としては、特に制限はなく、市販されている一般的な納豆菌を用いることができ、例えば、株式会社成瀬醗酵化学研究所から入手することができる。
【0025】
前記テンペ菌としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、Rhizopus oligosporus、Rhizopus oryzae、Rhizopus stoloniferなどが挙げられる。これらの中でも、発酵の容易さの観点からRhizopus oligosporusが好ましい。なお、これらのテンペ菌は、インドネシアからの輸入品として、或いは日本の種麹業者から容易に入手することができる。
【0026】
前記乳酸菌としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、ラクトバシルス・アシドフィルス(Lactobacillus acidophilus)、ラクトバシルス・ビフィズス(Lactobacillus bifidus)、ストレプトコッカス・フェカリス(Streptococcus faecalis)、ラクトバシルス・ブルガリカス(Lactobacillus bulgaricus)、ラクトバシルス・サンフランシスコ(Lactobacillus sanfrancisco)、ラクトバシルス・カゼイ(Lactobacillus casei)、ストレプトマイセス・ラクチス(Streptomyces lactis)などが挙げられる。これらの中でも、乳酸の生成量の点で、ラクトバシルス・アシドフィルスが好ましく、味の点で、ラクトバシルス・ビフィズスが好ましい。これらは、1種単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。これらの乳酸菌の選択によって、最終的な発酵物の味、香り、栄養素等を変化させることができる。なお、これらの乳酸菌は、いずれも公知の菌で、容易に入手することができる。
【0027】
前記酵母菌としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、サッカロミセス属、シゾサッカロミセス属、カンジダ属、クルイベロミセス属などが挙げられる。これらの中でも、飲食品用途の観点から、サッカロミセス属の酵母が好ましく、清酒酵母、ビール酵母が特に好ましい。これらの酵母菌は、例えば、財団法人日本醸造協会から入手することができる。
【0028】
前記菌の接種量としては、菌が増殖し得る限り特に制限はなく、菌の種類に応じて適宜選択できるが、通常1×103個/g〜1×108個/gである。前記接種量が、1×103個/g未満であると、菌による発酵に時間がかかることがあり、1×108個/gを超えると、菌の増殖が抑制されて発酵が進まないことがある。
【0029】
前記発酵条件、例えば、発酵温度、発酵時間、発酵の形態、pH、通気条件等も適宜決定されうるが、使用する菌の増殖等の特性に適した条件とすることが好ましい。
【0030】
前記発酵温度としては、前記菌による発酵が進む限り特に制限はなく、使用する菌の種類に応じて適宜選択することができるが、通常10℃〜55℃であり、20℃〜50℃が好ましく、25℃〜45℃がより好ましい。
【0031】
前記発酵時間としては、菌が増殖し得る限り特に制限はなく、菌の種類に応じて適宜選択することができるが、通常1時間〜5日間であり、3時間〜3日間が好ましく、6時間〜2日間がより好ましい。
【0032】
前記発酵は、通常、静置で行われるが、適宜攪拌を行ってもよく、適宜通気を行ってもよい。
前記攪拌を行う場合の条件としては、特に制限はなく、十分攪拌されていればよい。
【0033】
前記発酵時のpHとしては、菌が増殖し得る限り特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、通常4.5〜8.5であり、5.5〜7.5が好ましい。なお、pHの調整には、pH調整用の塩酸又は水酸化ナトリウムを使用してもよいし、pH調整用バッファーを使用してもよい。
【0034】
<<大豆発酵抽出物>>
本発明における大豆発酵抽出物は、前記大豆発酵物から抽出されてなる。前記大豆発酵抽出物は、更に濃縮又は希釈してもよく、凍結乾燥、加熱乾燥等の乾燥処理に付して使用してもよい。その形態は特に限定されず、例えば、溶液、懸濁液、半固体(例えば、ペースト状等)、固体(例えば、粉末、顆粒等)などであってもよい。
【0035】
前記抽出に用いられる溶媒としては、特に制限はなく、公知のものを用いることができ、例えば、水;メタノール、エタノール、ブタノールなどのアルコール;アセトン;ヘキサン;これらの混合物(アルコール水溶液等)などが挙げられる。これらの中でも、人体への悪影響がない点で、水、エタノール及びこれらの混合物が好ましく、効率的に活性物質を抽出できる点で、熱水、エタノール水溶液がより好ましく、エタノール水溶液が特に好ましい。
前記熱水とは、温度が70℃以上の水のことを指し、水の温度としては、抽出効率の点で、80℃〜100℃が好ましく、90℃〜100℃がより好ましい。
前記アルコール水溶液の濃度としては、80体積%〜100体積%が好ましく、90体積%〜100体積%がより好ましい。
【0036】
前記抽出の方法としては、特に制限はなく、公知の方法を用いることができ、例えば、前記溶媒を前記大豆発酵物に加え、攪拌して抽出後、遠心分離機により固液分離する方法などが挙げられる。前記遠心分離機としては、例えば、デカンター連続式横型遠心分離機、自動バスケット型遠心分離機などが挙げられ、これらは組み合わせて用いてもよい。
【0037】
前記濃縮の方法としては、特に制限はなく、公知の濃縮方法を用いることができる。
濃縮後の前記大豆発酵抽出物のBrix値としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、9〜12が好ましい。
【0038】
<<モロヘイヤ抽出物>>
前記モロヘイヤ抽出物の原料であるモロヘイヤとしては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、シナノキ科モロヘイヤの地上部が挙げられる。前記地上部としては、例えば、葉をそのまま用いてもよいし、葉を乾燥させたもの(乾燥モロヘイヤ)を用いてもよいし、乾燥モロヘイヤを粉砕した乾燥モロヘイヤ粉砕物(粉末)を用いてもよい。これらの中でも、モロヘイヤの有する有用成分を抽出しやすい点で、乾燥モロヘイヤ粉砕物が好ましい。
前記乾燥モロヘイヤ粉末としては、ミルなどを使用して適宜調製したものでも、市販品でもよく、該市販品としては、例えば、モロヘイヤ末(福田龍株式会社製)などが挙げられる。
【0039】
前記モロヘイヤ抽出物は、前記モロヘイヤを溶媒で抽出した抽出液、或いは、前記抽出液を更に濃縮又は希釈したものである。その形態は特に限定されず、例えば、溶液、懸濁液、半固体(例えば、ペースト状等)、固体(例えば、粉末、顆粒等)などであってもよい。
前記溶媒としては、特に制限はなく、公知のものを用いることができ、例えば、水;メタノール、エタノール、ブタノールなどのアルコール;アセトン;ヘキサン;これらの混合物などが挙げられる。これらの中でも、効率的に活性物質を抽出できる点で、水が好ましく、熱水がより好ましい。熱水の定義、温度の好ましい範囲、及びアルコール水溶液の濃度の好ましい範囲は、上述したのと同様である。
抽出の方法としては、特に制限はなく、公知の方法を用いることができ、例えば、溶媒を前記モロヘイヤに加え、攪拌して抽出後、遠心分離機により固液分離する方法などが挙げられる。前記遠心分離機としては、例えば、デカンター連続式横型遠心分離機、自動バスケット型遠心分離機などが挙げられ、これらは組み合わせて用いてもよい。
【0040】
前記大豆発酵抽出物と前記モロヘイヤ抽出物との混合比(大豆発酵抽出物/モロヘイヤ抽出物、体積比)としては、特に制限はなく適宜選択することができるが、1/20〜10/1が好ましく、1/10〜5/1がより好ましい。
【0041】
<<その他の成分>>
その他の成分としては、特に制限はなく、例えば、茶カテキン、アントシアニン、ルチン、ヘスペリジン、ケルセチン、イソフラボン、タンニン、クロロゲン酸、エラグ酸、クルクミン、リグナン、サポニンなどが挙げられる。前記茶カテキンの原料である茶の種類、抽出方法などとしては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、有効成分であるポリフェノール多く含むことが好ましい。前記茶カテキンにおける具体的な総ポリフェノール含量としては、60質量%以上が好ましい。
【0042】
前記大豆発酵抽出物に対する前記その他の成分の質量比(その他の成分/大豆発酵抽出物)としては、特に制限はなく適宜選択することができるが、1/3,000以上が好ましく、1/1,500以上がより好ましい。前記質量比が、1/3,000未満であると、前記その他の成分の機能性が発揮されないことがある。
【0043】
(大豆発酵組成物の製造方法)
本発明の大豆発酵組成物の製造方法は、発酵工程と抽出工程とを含み、更に必要に応じて濾過工程などその他の工程を含む。
【0044】
<発酵工程>
前記発酵工程は、大豆摩砕物の固形画分を発酵させて大豆発酵物を得る工程である。発酵工程において用いられる大豆摩砕物の固形画分としては、上述したものを使用することができる。また、発酵条件(例えば、発酵温度、発酵時間、発酵の形態、pH、通気条件等)も上述したとおりである。
【0045】
<抽出工程>
前記抽出工程は、前記大豆発酵物を抽出して大豆発酵抽出物を得る工程である。本工程において用いられる抽出方法は、上述したとおりである。
【0046】
<その他の工程>
<<濾過工程>>
前記濾過工程は、前記大豆発酵抽出物を濾過する工程である。
前記濾過の方法としては、特に制限はなく、公知の濾過装置を用いることができ、例えば、フィルタープレス、ラインフィルターなどを用いることができる。なお、これらは併用してもよい。
【0047】
<<濃縮工程>>
前記濃縮工程は、前記大豆発酵抽出物を濃縮する工程である。前記濃縮の方法としては、特に制限はなく、公知の濃縮方法を用いることができる。
濃縮後の前記大豆発酵抽出物のBrix値としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、9〜12が好ましい。
【0048】
(抗糖尿病組成物)
本発明の抗糖尿病組成物は、本発明の前記大豆発酵組成物を含み、更に必要に応じてその他の成分を含む。
その他の成分としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、従来公知のインスリン分泌促進薬、インスリン抵抗性改善薬、α−グルコシダーゼ阻害薬、DPP−IV阻害薬、インスリン製剤などが挙げられる。
【0049】
(飲食品)
本発明の飲食品は、本発明の抗糖尿病組成物を含有してなり、更に必要に応じてその他の成分を含有してなる。本発明の飲食品としては、例えば、本発明の抗糖尿組成物をそのまま、或いはペレット、粉末、顆粒などの形態として使用してもよく、食品添加物、調味料、ふりかけとして使用してもよい。また、本発明の抗糖尿組成物を食材中に含有せしめて使用してもよい。これにより、機能性食品或いは健康食品を得ることができる。
【0050】
本発明の大豆発酵抽出物を含有する組成物は、後述する実施例で示すように、脂肪細胞分化誘導作用、アディポネクチン産生誘導作用、腫瘍壊死因子−α産生抑制作用、アディポネクチン産生量低下抑制作用、消化酵素阻害作用、血糖値上昇抑制作用、ジペプチジルペプチダーゼ−IV酵素活性阻害作用、終末糖化産物群生成抑制作用、及び酸化ストレスによる細胞障害に対する保護作用の少なくともいずれかを有するので、脂肪細胞分化誘導剤、アディポネクチン産生誘導剤、腫瘍壊死因子−α産生抑制剤、アディポネクチン産生量低下抑制剤、消化酵素阻害剤、血糖値上昇抑制剤、ジペプチジルペプチダーゼIV酵素活性阻害剤、終末糖化産物群生成抑制剤、及び酸化ストレスによる細胞障害に対する保護剤の少なくともいずれかとしても好適に利用できる。また、前記組成物、又は前記各剤は、例えば、研究用試薬や、前記抗糖尿病組成物を含有する飲食品のように、飲食品としても好適に利用できる。
【実施例】
【0051】
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明は、これらの実施例に何ら限定されるものではない。
【0052】
(実施例1:大豆発酵組成物の製造)
図1に大豆発酵組成物の製造工程のフローチャートを示す。
<工程1:大豆発酵物の調製>
大豆を水で洗浄し、水に17時間浸漬し十分に吸水させた。大豆が吸水し十分に柔らかくなったことを確認し、豆挽機(スーパーマスコロイダー、増幸産業株式会社製)を用いて水とともに大豆を摩砕した。前記摩砕には、セラミック製高速グラインダーを用いた。
摩砕された大豆をステンレス製のタンクに移し、均一になるように攪拌した。その後、摩砕大豆懸濁液をよく撹拌しながら100℃で20分間加熱した。加熱後、絞り器(KM−1000、ミナミ産業株式会社製)を用いて摩砕大豆懸濁液から液相を除去し、固相(大豆固形画分)を回収した。このとき、液相の除去は、自然落下によって行った。得られた大豆固形画分100kgを適度に加温し、十分に攪拌した後に、納豆菌(成瀬醗酵化学研究所から入手)0.2L(菌数:1.0×1010個)を均一に添加した。納豆菌接種後の大豆固形画分をステンレス容器又はポリエチレン袋に移し、通気性を確保した状態で、40℃の恒温培養器又は恒温室内で18時間発酵を行った。得られた大豆発酵物は、使用時まで冷凍保管した。
【0053】
<工程2:エタノール抽出>
ステンレス製のタンクに95体積%エタノール3,000Lを入れ、70℃に加温した。次いで、前記大豆発酵物900kgを投入し、18時間静置した。静置後、40℃まで冷却し、2時間撹拌した。攪拌終了後、フィルタープレスを用いて濾過を行い、澄明な濾液を回収した。この濾液を330Lになるまで減圧濃縮し、大豆発酵抽出物を得た。
【0054】
<工程3:モロヘイヤ抽出物の調製>
ステンレス製のタンクに水2,050Lを入れ、70℃に加温した。続いて乾燥モロヘイヤ粉砕物(モロヘイヤ末、福田龍株式会社製)63kgを投入し、90℃まで加温後、1時間撹拌した。攪拌終了後、遠心分離機を用いて固液分離を行った。液層のみを回収し、フィルタープレスを用いて濾過を行い、澄明な濾液(モロヘイヤ抽出物)2,500Lを得た。
【0055】
<工程4:混合及び濃縮>
工程2で得られた大豆発酵抽出物と、工程3で得られたモロヘイヤ抽出物をステンレス製のタンク内で混合した。この混合液を750Lになるまで減圧濃縮した。その後、クエン酸ナトリウムを用いてpHを3.7に調整した。pH調整後、90℃で10分間加熱殺菌し、10℃で12時間静置させた。その後、フィルタープレス及び0.5μmラインフィルターを組み合わせて濾過を行い、澄明な溶液を回収した。Brix値9〜12に調整した。Brix値調整後、90℃で10分間加熱殺菌し、0.5μmラインフィルターを用いて精密濾過した。得られた澄明液を大豆発酵組成物とした。
【0056】
(実施例2:モロヘイヤ熱水抽出物の混合による成分変化の解析)
前記工程2で得られた大豆発酵抽出物、及び該大豆発酵抽出物と前記工程3で得られたモロヘイヤ抽出物とを混合した溶液の成分分析をHPLCにより行った。
各試料を移動溶液(メタノール)で2倍希釈し、10μLをHPLCカラムに注入した。前記カラムとしては、ODSカラム(Capcellpak C18S、内径×長さ:4.6mm×150mm、資生堂株式会社製)を用い、流速1.0mL/分、カラム温度40℃で、水100体積%からメタノール/水(体積比)=50/50まで50分間、次いでメタノール100体積%で10分間のグラジエント溶出を行い、検出波長230nmにおいて吸光度を測定した。結果を図2A及び図2Bに示す。
【0057】
図2Aは、大豆発酵抽出物、図2Bは、該大豆発酵抽出物とモロヘイヤ抽出物とを混合した組成物のHPLC分析結果である。図2Aと図2Bとの比較から、モロヘイヤ抽出物を混合することにより、一部ピークの上昇、並びに新しいピークの出現が認められた。
【0058】
(実施例3:脂肪細胞の分化誘導作用)
前駆脂肪細胞であるマウス線維芽細胞(3T3−L1、ヒューマンサイエンス研究資源バンクから入手可能)を、基本培地を添加した96ウェルのマイクロプレートに3×104個/ウェルで播種し、37℃、5%CO2インキュベーターで24時間培養した。細胞がコンフルエントになったのを確認後、更に2日間インキュベーションした。培地を除去し、分化誘導培地I(DMEM培地;10μg/mLインスリン、10質量%牛胎児血清、4.5g/Lグルコース)90μLに置換し、実施例1で得られた大豆発酵組成物を10μL添加した。2日毎に各被験物質を含む分化誘導培地Iに培地交換しながら8日間培養した。
細胞をPBS(リン酸緩衝液)で2回洗浄した後、10%(10倍希釈)ホルマリンを加え、室温で10分間処理した。細胞をPBSで2回洗浄した後、オイルレッドO染色液(シグマ社製)を加え、室温で20分間染色した。60体積%イソプロパノールで1回洗浄し、その後、PBSで2回洗浄し、顕微鏡下、細胞内脂肪滴の蓄積を観察して細胞内脂肪滴が認められる細胞を分化成熟した脂肪細胞とみなし、写真を撮影した。結果を図3に示す。
対照として、分化誘導を行わなかった(基本培地のみで培養した)無処置のもの(無処置群)、大豆発酵組成物の代わりに純水を添加した対照(対照群)、大豆発酵組成物の代わりにトリグリタゾン(TGZ)を添加した陽性対照(陽性対照(TGZ)群)も同様の試験を行った。なお、前記大豆発酵エキスは、発酵抽出液を純水で128倍に希釈し、陽性対照として用いたTGZは、3mmol/Lの濃度に調整して細胞に添加した。
【0059】
図3より、インスリンを含まない基本培地のみで前駆脂肪細胞を培養した無処置群では、脂肪細胞への分化は認められなかった(図3A参照)のに対し、インスリン含有培地で培養した対照群では細胞内に脂肪滴を蓄積した分化脂肪細胞が認められた(図3B参照)。一方、インスリン含有培地に大豆発酵組成物を添加することにより、明らかに細胞内の脂肪滴蓄積量が増加し、大豆発酵組成物による脂肪細胞への分化の促進が認められた(図3D参照)。この効果は、陽性対照として用いたTGZ 3mmol/L(図3C参照)よりも強い作用であった。
【0060】
(実施例4:脂肪細胞からのアディポネクチン誘導作用)
実施例3において、希釈倍率128倍、64倍、32倍、16倍、8倍又は4倍の実施例1で得られた大豆発酵組成物を加えて培養した3T3−L1細胞の培養終了時に各ウェルの培養上清を回収し、含まれるアディポネクチン量をアディポネクチン測定キット(マウス・アディポネクチンELISAキット;CycLex社製)を用いて定量した。結果を図4に示す。
なお、対照として、前記大豆発酵組成物の代わりに純水を添加した対照、並びに前記大豆発酵組成物の代わりに3mmol/L又は10mmol/LのTGZを添加した陽性対照も同様の試験を行った。
【0061】
図4より、大豆発酵組成物を添加して培養した3T3−L1細胞の培養上清では、高いアディポネクチンの産生量が認められた。この効果は、大豆発酵組成物の128倍希釈においても陽性コントロールであるTGZ 3mmol/L及び10mmol/Lと同程度であった。
【0062】
(実施例5:LPS刺激マクロファージ細胞株(Raw264)からのTNF−α産生抑制作用)
Raw264細胞(理化学研究所バイオリソースセンターから入手可能)を24ウェルのマイクロプレートに5×105個/ウェルで播種し、希釈倍率16倍、8倍、4倍、2倍又は1倍の実施例1で得られた大豆発酵組成物を1/10量の容量で加えて、37℃、5%CO2インキュベーターで2時間培養した。LPS(Lipopolysaccharide;シグマ社製)を0.01μg/mLの濃度で加え、更に18時間〜22時間培養した。培養後、各ウェルの培養上清を回収し、含まれるTNF−α量をTNF−α測定キット(レビスTNFα−マウス;株式会社シバヤギ製)を用いて定量した。培養終了時にトリパンブルー(和光純薬工業株式会社製)染色により細胞のバイアビリティを確認し、細胞毒性が認められない濃度での評価を行った。結果を図5に示す。
なお、対照として、前記大豆発酵組成物の代わりに純水を添加した対照(LPS刺激+)、及びLPSを添加しなかった対照(LPS刺激−)も同様に評価した。
【0063】
図5より、Raw264細胞をLPSで刺激することによりTNF−αの産生誘導が認められた。一方、大豆発酵組成物を添加することにより、用量依存的なTNF−α産生抑制が認められた。
【0064】
(実施例6:3T3−L1とRaw264の共培養によるアディポネクチン産生低下に対する抑制作用)
前記Raw264細胞を5×105個/mLに調整し、希釈倍率128倍、64倍、32倍、又は16倍の実施例1で得られた大豆発酵組成物を加え、37℃、5%CO2インキュベーターで2時間処理した。実施例3と同様に96ウェルのマイクロプレートで培養して分化させた3T3−L1細胞の各ウェルに大豆発酵組成物で処理したRaw264細胞を5×104個/ウェルで重層し、48時間培養した。培養後、各ウェルの培養上清を回収し、含まれるアディポネクチン量をアディポネクチン測定キット(マウス・アディポネクチンELISAキット;株式会社サイクレックス製)を用いて定量した。測定値は、3T3−L1単独の培養上清の値を100%とし、それに対する%を縦軸に示した。結果を図6に示す。
なお、対照として、前記大豆発酵組成物の代わりに純水を添加した対照(Raw264+)、及びRaw264を重層しなかった対照(Raw264−)も同様に評価した。
【0065】
図6から、3T3−L1細胞とRaw264細胞との共培養により、培養上清中のアディポネクチン量の低下が認められた。一方、大豆発酵組成物でRaw264細胞を処理することにより、アディポネクチン産生量の低下抑制作用が認められた。
【0066】
(実施例7:α−アミラーゼ阻害作用)
7U/mLのα−アミラーゼ溶液(和光純薬工業株式会社製)50μLに希釈倍率320倍、160倍、80倍、40倍、20倍、又は10倍の実施例1で得られた大豆発酵組成物20μLを加え5分間処理した後、4質量%デンプン溶液50μLを加えた。7.5分間反応させた後、0.01Nのヨウ素液50μL、及び蒸留水150μLを加え、波長450nmで吸光度を測定した。大豆発酵組成物の代わりに同量の純水を使ったものを対照とし、阻害率は、下記式により算出した。結果を図7に示す。
α−アミラーゼ阻害率(%)={(対照吸光度−検体吸光度)/対照吸光度}×100
【0067】
図7から、大豆発酵組成物は、多糖類から二糖類に変換する酵素であるα−アミラーゼの活性を用量依存的に抑制することが分かった。即ち、食事によって取り込まれた多糖類は、二糖類に変換されることなく、更にグルコースに変換されることなく体外へ排出され、食後の血糖値の上昇が緩和されると考えられる。
【0068】
(実施例8:α−グルコシダーゼ阻害作用)
0.07U/mLのα−グルコシダーゼ溶液(シグマ社製)50μLに希釈倍率8倍、4倍、又は2倍の実施例1で得られた大豆発酵組成物10μLを加え、5分間処理した後、p−nitrophenyl−α−D−glucopyranoside(ナカライテスク株式会社製)の5mmol/L溶液50μLを加えた。5分間反応させた後、波長405nmで吸光度を測定した。大豆発酵組成物の代わりに同量の純水を使ったものを対照とし、阻害率は下記式により算出した。結果を図8に示す。
α−グルコシダーゼ阻害率(%)={(対照吸光度−検体吸光度)/対照吸光度}×100
【0069】
図8から、大豆発酵組成物は、二糖類から単糖のグルコースに変換する酵素であるα−グルコシダーゼの活性を用量依存的に抑制することが分かった。即ち、食事によって取り込まれた二糖類はグルコースに変換されることなく体外へ排出され、食後の血糖値の上昇が緩和されると考えられる。
【0070】
(実施例9:デンプン負荷マウスの血中グルコース濃度上昇抑制作用)
予備飼育した7週齢の雄性ICRマウス(日本エスエルシー株式会社から入手可能)を、20時間絶食させた後、蒸留水に懸濁した実施例1で得られた大豆発酵組成物100mg/kg又は300mg/kgとデンプンとを胃ゾンデを用いて強制経口投与した。対照群には蒸留水を同様に投与した。デンプンは、2g/kgで経口投与し、投与30分間、60分間、120分間後に非麻酔下尾静脈より採血し、直接血糖測定器(エキストラ、アボットジャパン株式会社製)を用いて血中グルコース濃度を測定した。得られた値は、平均値±標準偏差で表記した。対照群と被験物質投与群間における統計学的な差の検定は、Dunnetの多重比較検定法を用いて行った。検定での有意水準は5%未満とし、図中には、*:5%未満で表示した。結果を図9に示す。
【0071】
図9から、多糖類であるデンプンを投与することにより、投与30分間後では急激な血中グルコース濃度の上昇が認められた。これは、体内の酵素であるアミラーゼ、及びグルコシダーゼによりデンプンがグルコースに分解され腸管より吸収されたことによると考えられる。一方、デンプンと同時に大豆発酵組成物を投与することにより、投与60分間後では有意な血中グルコース濃度上昇の抑制が認められた。このことから、大豆発酵組成物により、食後の急激な血糖値の上昇が緩和され、グルコースによる血管障害が抑制されると考えられる。
【0072】
(実施例10:DPP−IV阻害作用)
実施例1で得られた大豆発酵組成物について、希釈倍率32倍、16倍、8倍、4倍、2倍、又は1倍のDPP−IV阻害活性をDPP−IV阻害活性測定キット(DPP−IV Inhibitor Screening Assay Kit;Cayman Chemical社製)を用いて付属のプロトコルに準じて測定した。対照には、同量の純水を用い、DPP−IV阻害率は、下記式により算出した。結果を図10に示す。
DPP−IV阻害率(%)={(対照吸光度−検体吸光度)/対照吸光度}×100
【0073】
図10から、大豆発酵組成物は、用量依存的にDPP−IVの酵素活性を抑制することが分かった。これにより、大豆発酵組成物は、インスリン誘導ホルモンの分解を抑制し、インスリン量を増加させることにより血中のグルコース濃度を低下させると考えられる。
【0074】
(実施例11:AGE生成抑制作用)
実施例1で得られた大豆発酵組成物について、希釈倍率4倍、2倍、又は1倍のAGE生成阻害率を以下の方法により測定した。
10質量%グリシン(和光純薬工業株式会社製)450μL、10質量%グルコース(和光純薬工業株式会社製)450μL及び被験物質100μLを混合して60℃反応させた。24時間反応させた後、波長450nmで吸光度を測定した。対照には同量の純水を用い、AGE生成阻害率は、次の式により算出した。結果を図11に示す。
AGE生成阻害率(%)={(対照吸光度−検体吸光度)/対照吸光度}×100
【0075】
図11から、大豆発酵組成物は、グリシンとグルコースとの非酵素的糖化反応によって合成されるAGE生成を用量依存的に抑制することが分かった。即ち、大豆発酵組成物は、糖尿病の高血糖状態において多量に生成されるAGEを抑制することにより、血管障害に起因する糖尿病合併症の発症及び進展を抑制すると考えられる。
【0076】
(実施例12:酸化ストレスによる細胞障害に対する保護作用)
マウス線維芽細胞(3T3−L1;ヒューマンサイエンス研究資源バンクから入手可能)、又はラット副腎褐色腫細胞(PC−12;ヒューマンサイエンス研究資源バンクから入手可能)を、基本培地を添加した96ウェルのマイクロプレートに1×105個/ウェルで播種し、37℃、5%CO2インキュベーターで24時間培養した。PC−12については、神経成長因子(NGF;SIGMA社製)を50ng/mLの濃度となるように細胞に添加して培養し、神経細胞に分化させた。
培養後、細胞を無血清のDMEM培地80μLに置換し、実施例1で得られた大豆発酵組成物を10μL添加し、1時間培養した。
酸化ストレス誘導剤として20mmol/Lの2,2’−Azobis(2−amidinopropane)Dihydrochloride(AAPH;フナコシ株式会社製)を10μL添加し、更に3時間培養した。
培養後、細胞の生存率をCell Proliferation Kit I(MTT)(Roche社製)を用いたMTT法により求めた。結果を図12A及び図12Bに示す。
なお、対照として、前記大豆発酵組成物の代わりに純水を添加した対照(AAPH+)、及びAAPHを添加しなかった対照(AAPH−)も同様に評価した。
【0077】
図12Aは、大豆発酵組成物を添加した培地でPC−12細胞を培養し、酸化ストレスを与えたときの細胞生存率(%)を示し、図12Bは、大豆発酵組成物を添加した培地で3T3−L1細胞を培養し、酸化ストレスを与えたときの細胞生存率(%)を示す。
図12A及び図12Bより、AAPHによる酸化ストレス負荷により細胞生存率の低下が認められた。大豆発酵組成物を添加することにより用量依存的な細胞生存率の増加が認められ、活性酸素による細胞障害から細胞を保護する作用が示された。このことから、糖尿病における酸化ストレスによって誘導される動脈硬化症、白内障、腎障害、神経障害などの糖尿病合併症の発症及び進展を抑制することが示された。更に、I型糖尿病の発症におけるβ細胞の障害を抑制することが示された。
【0078】
(実施例13:ストレプトゾトシン誘発I型糖尿病モデルにおける血糖値上昇抑制作用)
予備飼育した6週齢の雄性ICRマウス(日本エスエルシー株式会社から入手可能)を、20時間絶食させた後、ストレプトゾトシン(STZ;シグマ社製)を120mg/kgの用量で腹腔内投与した。STZ投与4日後に非麻酔下、尾静脈より採血し、直接血糖測定器(エキストラ、アボットジャパン株式会社製)を用いて血中グルコース濃度を測定した。血糖値250mg/dL以上を示した個体について、膵臓β細胞破壊によるインスリン分泌障害性のI型糖尿病が誘発されたと判断し、実験に使用した。
血糖値が均等になるように各群5匹で群分けを行い、水道水で希釈して3%に調整した実施例1で得られた大豆発酵組成物を給水ビンに入れ飲水投与した。投与後7日及び14日後に尾静脈より採血し、上記と同様の方法で血中グルコース濃度を測定した。得られた値は、平均値±標準偏差で表記した。対照群と被験物質投与群間における統計学的な差の検定は、Dunnetの多重比較検定法を用いて行った。検定での有意水準は5%未満とし、図中には、*:5%未満で表示した。結果を図13に示す。
【0079】
図13から、対照群ではSTZ投与4日目以降においても血中グルコース濃度の上昇が認められたが、大豆発酵組成物を飲水投与した群では投与後の血糖値の上昇は認められなかった。投与7日後では、大豆発酵組成物を飲水投与した群は、対照群に比べ有意な抑制効果が認められた。このことからI型糖尿病において大豆発酵組成物はインスリン様活性を示し血糖値の上昇を抑制することが考えられる。
【0080】
実施例3〜11、及び13から、本発明の大豆発酵組成物は血糖値上昇抑制に対する多面的な作用を示すことが分かった。また、実施例12から、糖尿病における酸化ストレスによって誘導される合併症の発症及び進展を抑制することが分かった。したがって、本発明の大豆発酵組成物が糖尿病及び糖尿病合併症の治療、改善、又は予防に効果的に働くことが示された。
【産業上の利用可能性】
【0081】
本発明の大豆発酵組成物は、副作用がなく、安全性が高く、抗糖尿病において異なった作用機序を併せ持つので、I型糖尿病やII型糖尿病を効果的、かつ安全に治療、改善、又は予防することができる。また、酸化ストレスによって誘導される動脈硬化症、白内障、腎障害、神経障害などの糖尿病合併症の発症及び進展を抑制することができる。したがって、前記大豆発酵組成物は、抗糖尿病組成物及び飲食品として好適に利用される。
【技術分野】
【0001】
本発明は、糖尿病及びその合併症の効果的、かつ安全な予防、改善又は治療に好適な大豆発酵組成物及びその製造方法、並びに抗糖尿病組成物及び飲食品に関する。
【背景技術】
【0002】
生活習慣病の1つである糖尿病は、近年増加傾向にある。厚生労働省がまとめた平成19年国民健康・栄養調査報告によれば、糖尿病が強く疑われる人、糖尿病の可能性が否定できない人をあわせると約2,210万人になり、40歳以上の3人に1人が糖尿病乃至その予備軍であるとされている。
糖尿病により血糖値が高い状態が続くと、血管障害が生じ、神経障害、網膜症、白内障、腎障害、壊疽等の重篤な合併症が引き起こされる。
【0003】
前記糖尿病は、インスリン依存性のI型とインスリン非依存性のII型に分けられる。
前記I型糖尿病は、インスリンを産生する膵臓のβ細胞が何らかの原因により破壊され、インスリンが産生されない状態になることで発症する。I型糖尿病患者においては、経口血糖降下薬などの飲み薬は無効で、血糖値を下げるためには外部からのインスリン投与しか手段がない。インスリンは小腸で分解され、腸管吸収されないため、皮下又は筋肉注射により血糖値のコントロールを行わなくてはならず、患者へかなりの負担がかかる。
前記II型糖尿病を引き起こす原因は、過栄養、運動不足、ストレス過剰、高脂肪食過剰摂取等の生活習慣に基づく肥満と考えられている。この肥満により血糖や血圧、血中のコレステロールの量を調節するインスリンに対する感受性が低下し、インスリン抵抗性II型糖尿病が発症する。
【0004】
前記I型糖尿病における症状メカニズムの詳細は不明であるが、遺伝的要因による自己免疫疾患が原因となり、活性酸素などによりβ細胞が破壊され発症すると考えられている。
【0005】
前記I型糖尿病においてはβ細胞が破壊、脱落しており、内因性のインスリンを誘導することは出来ない。したがって、血糖値を下げるにはインスリンに代わる、インスリン様作用物質を用いることが必要である。また、活性酸素によるβ細胞の障害を防ぐため、抗酸化物質を用いることも必要である。
【0006】
前記II型糖尿病において症状が表れるメカニズムとしては、(1)食事過多などによる過剰なグルコースの血中への吸収、(2)血糖値の上昇に伴う脂肪細胞の肥大化、並びに肥大脂肪細胞からの腫瘍壊死因子−α(TNF−α)の産生増加、及びアディポネクチンの産生低下、(3)インスリン感受性の低下、(4)慢性的な血糖値の上昇、(5)グルコース及び生体内蛋白質から生成される終末糖化産物群(AGE)による組織障害などが考えられる。
【0007】
前記(1)につき、グルコースの血中への吸収は、摂取された炭水化物が消化管においてα−アミラーゼ、α−グルコシダーゼ等の消化酵素によって消化され、最終的に単糖類であるグルコースに分解されて腸管膜上の繊毛から吸収されることによる。吸収されたグルコースは血中に移行し、一時的に過血糖症状が起こる。II型糖尿病患者においては、インスリンが作用せず、高血糖値が維持される結果、グルコースにより血管が障害を受け、神経障害、網膜症、白内障などの重篤な合併症が惹起される。したがって、前記消化酵素を阻害することにより、グルコースの生成を抑制することで、摂取された糖類は吸収されることなく体外へ排出される。これにより炭水化物摂取による急激な血糖値上昇は抑制され、特に糖尿病患者での高血糖値の維持状態は緩和され得る。
【0008】
前記(2)及び前記(3)につき、インスリンのシグナル伝達は、腫瘍壊死因子−α(TNF−α)により阻害されることが示されており、インスリン感受性の低下を引き起こす因子としてマクロファージから産生されるTNF−αが考えられている(非特許文献1参照)。これに対し、脂肪細胞から産生されるアディポネクチンは、TNF−αに拮抗的な作用を示し、インスリンに対する感受性を増強させることが知られている(非特許文献2参照)。成熟脂肪細胞は、脂肪を細胞内へ取り込む細胞であるが、その蓄積量が増えると脂肪細胞は次第に肥大化し肥大脂肪細胞となる。成熟脂肪細胞が肥大脂肪細胞になると、TNF−αの分泌は上昇し、一方、アディポネクチンの分泌は低下する。即ち、高脂肪食による肥満などの環境因子により肥大脂肪細胞の増加と共にインスリン抵抗性が惹起される。したがって、前駆脂肪細胞からアディポネクチンを産生する成熟脂肪細胞への分化を誘導し、更にマクロファージや肥大肥満細胞からのTNF−α産生を抑制することにより、インスリンに対する感受性を高め、II型糖尿病の予防、改善、及びその治療が可能となり得る。
【0009】
前記(4)につき、インスリン感受性の低下により慢性的に誘導された血糖値の上昇に対し、内因性のインスリン量を増加させることにより改善乃至治療効果を増強することが考えられる。内因性インスリン濃度の低下については、ジペプチジルペプチダーゼ−IV(DPP−IV)が関与している。前記DPP−IVは、インスリン誘導ホルモンであるグルカゴン様ペプチド−1(GLP−1)の不活性化に関与する酵素として知られている。前記GLP−1は、グルコース濃度依存的にインスリンを産生誘導することから、DPP−IVを阻害することにより高インスリン濃度を維持し、その結果、インスリン耐性組織を刺激するのに十分なインスリン濃度が得られる(非特許文献3及び4参照)。糖尿病治療薬として開発されたDPP−IV阻害剤は、臨床において優れた成績を上げており、新しい作用機序を持つ薬剤として、現在最も注目されている医薬品の1つである。更に、DPP−IV阻害剤は、飽満に導く作用も有しており、食欲を調整し、肥満症の治療薬としても開発されている(非特許文献5参照)。即ち、DPP−IV阻害剤は、肥満によって誘導されるII型糖尿病治療において有用な薬剤となり得る。
【0010】
前記(5)につき、終末糖化産物群(AGE)の生成は、糖尿病のような高血糖状態で細胞内グルコース代謝物の濃度が上昇した場合に、グルコースと生体内タンパク質とが非酵素的糖化反応することで起こる。生成したAGEは、マクロファージなど炎症細胞の細胞膜上のAGE受容体に結合し、細胞を活性化させて活性酸素、TNF−α等の炎症因子の産生を誘導する(非特許文献6参照)。これらの炎症因子は、血管を障害し、動脈硬化症、白内障、腎障害、神経障害等の糖尿病の合併症発症の引き金となることが知られている。したがって、AGE阻害組成物は、II型糖尿病治療において有用となり得る。
【0011】
また、高血糖による生体の代謝異常に関連して生体内活性酸素種(ROS)産生が増加し、フリーラジカルの発生により細胞が障害を受けることが示されている。こうしたことから糖尿病患者における血管障害や神経障害は、酸化ストレスによって誘導されている可能性が示唆されている(非特許文献7参照)。即ち、ROSによって誘導される細胞障害から細胞を保護する物質は、動脈硬化症、白内障、腎障害、神経障害などROSの血管障害により誘導される糖尿病の合併症に対する予防及び治療効果が期待される。
【0012】
以上のように、抗糖尿病作用にも様々な作用機構が存在すると考えられ、これらの作用機序を併せ持つ組成物を得ることができれば、I型糖尿病及びII型糖尿病の予防、改善乃至治療において非常に効果的である。そのような組成物は、糖尿病のみならず、その合併症の予防、改善乃至治療にも効果を奏することが期待され、また、医薬品において問題となり得るコスト、副作用等の問題をクリアしていることが強く求められている。しかしながら、これまでにそのような組成物は得られていないのが現状である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】J. Biol. Chem., 2001; 276: 41245−41254.
【非特許文献2】Nature Med., 2001; 7: 941−946.
【非特許文献3】Diabetologia, 1999; 42: 1324−1331.
【非特許文献4】Diabetes, 1998; 47: 1663−1670.
【非特許文献5】Diabetes, 2002; 51: 943−950.
【非特許文献6】J. Nutr. Biochem., 2011; 22(6):585−594.
【非特許文献7】Diabetes, 1986; 35: 426−432.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は、このような現状に鑑み、以下の目的を達成することを課題とする。即ち、本発明は、安価で安全性が高く、抗糖尿病作用において異なった作用機序を併せ持ち、I型糖尿病及びII型糖尿病の少なくともいずれかの予防、改善乃至治療において効果的に作用を発揮し、更に糖尿病の合併症の予防、改善乃至治療効果を有する大豆発酵組成物及びその製造方法、並びに抗糖尿病組成物及び飲食品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、前記目的を達成すべく鋭意検討を行った結果、大豆摩砕物の固形画分を発酵させた大豆発酵物から抽出した大豆発酵抽出物を含有する大豆発酵組成物が、脂肪細胞の分化を誘導し、アディポネクチン産生を誘導すること、及びマクロファージ株化細胞からのTNF−α産生を抑制することを見出した。また、前記大豆発酵組成物が、試験管内試験において、消化酵素を阻害すること、及びマウスを用いたデンプン負荷試験においてデンプン投与後の血糖値上昇を有意に抑制することを見出した。また、前記大豆発酵組成物が、DPP−IVの酵素活性を阻害すること、及びAGEの生成を抑制することを見出した。また、前記大豆発酵組成物が、活性酸素種によって誘導される細胞障害から細胞を保護することを見出した。更に、ストレプトゾトシン(STZ)投与マウスを用いた、膵臓β細胞の破壊によるインスリン分泌障害性のI型糖尿病モデルにおいて、前記大豆発酵組成物を経口投与することにより血糖値の上昇を抑制することを見出した。以上より、本発明者らは、本発明の完成に至った。
【0016】
本発明は、本発明者らによる前記知見に基づくものであり、前記課題を解決するための手段としては、以下の通りである。即ち、
<1> 大豆摩砕物の固形画分を発酵させた大豆発酵物から抽出した大豆発酵抽出物を含有することを特徴とする大豆発酵組成物である。
<2> 大豆発酵物が、納豆菌、テンペ菌、乳酸菌及び酵母菌の少なくともいずれかを用いて発酵された前記<1>に記載の大豆発酵組成物である。
<3> モロヘイヤ抽出物を更に含有する前記<1>から<2>のいずれかに記載の大豆発酵組成物である。
<4> 大豆発酵抽出物が、熱水及びエタノール水溶液のいずれかで抽出されてなる前記<1>から<3>のいずれかに記載の大豆発酵組成物である。
<5> 大豆摩砕物の固形画分を発酵させて大豆発酵物を得る発酵工程と、
前記大豆発酵物から大豆発酵抽出物を得る抽出工程とを含むことを特徴とする大豆発酵組成物の製造方法である。
<6> 大豆摩砕物の固形画分を発酵させた大豆発酵物から抽出した大豆発酵抽出物を含有し、脂肪細胞分化誘導作用、アディポネクチン産生誘導作用、腫瘍壊死因子−α産生抑制作用、アディポネクチン産生量低下抑制作用、消化酵素阻害作用、血糖値上昇抑制作用、ジペプチジルペプチダーゼ−IV酵素活性阻害作用、終末糖化産物群生成抑制作用、及び酸化ストレスによる細胞障害に対する保護作用の少なくともいずれかを有することを特徴とする組成物である。
<7> 前記<1>から<4>のいずれかに記載の大豆発酵組成物を含有することを特徴とする抗糖尿病組成物である。
<8> 前記<6>に記載の組成物を含有することを特徴とする飲食品である。
<9> 前記<7>に記載の抗糖尿病組成物を含有することを特徴とする飲食品である。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、前記目的を達成することができ、安価で安全性が高く、抗糖尿病作用において異なった作用機序を併せ持ち、I型糖尿病及びII型糖尿病の少なくともいずれかの予防、改善乃至治療において効果的に作用を発揮し、更に糖尿病の合併症の予防、改善乃至治療効果を有する大豆発酵組成物及びその製造方法、並びに抗糖尿病組成物及び飲食品を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】図1は、本発明の大豆発酵組成物の製造工程のフローチャートの一例を示した図である。
【図2A】図2Aは、大豆発酵抽出物のHPLC分析結果の一例を示した図である。
【図2B】図2Bは、大豆発酵抽出物とモロヘイヤ抽出物とを混合した組成物のHPLC分析結果の一例を示した図である。
【図3】図3は、3T3−L1細胞の培養液に本発明の大豆発酵組成物の一例を添加して培養したときの成熟脂肪細胞への分化誘導作用を示した図である。
【図4】図4は、3T3−L1細胞の培養液に本発明の大豆発酵組成物の一例を添加して培養したときの培養上清中へのアディポネクチン産生誘導作用を示した図である。
【図5】図5は、LPS刺激マクロファージ細胞株(Raw264)からのTNF−α産生に対する本発明の大豆発酵組成物の一例の抑制作用を示した図である。
【図6】図6は、3T3−L1とRaw264の共培養によるアディポネクチン産生低下に対する本発明の大豆発酵組成物の一例の抑制作用を示した図である。
【図7】図7は、本発明の大豆発酵組成物の一例のα−アミラーゼ阻害作用を示した図である。
【図8】図8は、本発明の大豆発酵組成物の一例のα−グルコシダーゼ阻害作用を示した図である。
【図9】図9は、本発明の大豆発酵組成物の一例を経口投与したときのデンプン負荷マウスの血中グルコース濃度上昇に対する抑制作用を示した図である。
【図10】図10は、本発明の大豆発酵組成物の一例のDPP−IV阻害作用を示した図である。
【図11】図11は、本発明の大豆発酵組成物の一例のAGE生成抑制作用を示した図である。
【図12A】図12Aは、PC−12細胞を用いたときのAAPHの酸化ストレスによる細胞障害に対する本発明の大豆発酵組成物の一例の細胞保護作用を示した図である。
【図12B】図12Bは、3T3−L1細胞を用いたときのAAPHの酸化ストレスによる細胞障害に対する本発明の大豆発酵組成物の一例の細胞保護作用を示した図である。
【図13】図13は、マウスにストレプトゾトシンを投与して誘導したI型糖尿病モデルにおいて、本発明の大豆発酵組成物の一例を経口投与したときの血中グルコース濃度上昇に対する抑制作用を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
(大豆発酵組成物)
本発明の大豆発酵組成物は、大豆摩砕物の固形画分を発酵させた大豆発酵物から抽出した大豆発酵抽出物を含有し、好ましくはモロヘイヤ抽出物を含有し、更に必要に応じてその他の成分を含有する。
【0020】
<<大豆摩砕物の固形画分>>
前記大豆摩砕物の固形画分は、原料として大豆又はその類縁種(以下「大豆等」と称する)を用い、その摩砕物の液相を除去した固形画分である。原料となる大豆等の種類、生産条件などとしては、特に制限はなく、市販品を用いることができる。前記大豆摩砕物の固形画分の製造方法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、大豆等を水に浸漬し十分に吸水させた後、豆挽機を用いて水とともに大豆等を摩砕し、得られた摩砕大豆懸濁液から、絞り器によって液相を除去し、固相を回収する方法などが挙げられる。
【0021】
前記豆挽機としては、特に制限はなく、公知のものから適宜選択することができ、例えば、スーパーマスコロイダー(増幸産業株式会社製)などが挙げられる。前記摩砕の条件としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、セラミック製高速グラインダーにより摩砕する。
また、前記絞り器としては、特に制限はなく、公知のものから適宜選択することができ、例えば、KM−1000(ミナミ産業株式会社製)などが挙げられる。液相を除去する条件としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、自然落下により除去する。
【0022】
前記固形画分としては、上記製造方法において回収されたままのものでも、それを乾燥したものでもよいが、前記固形画分の含水率としては、20質量%以下が好ましい。
前記大豆摩砕物の固形画分の組成としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、乾物における含有量が、粗蛋白質20質量%〜30質量%、粗脂肪10質量%〜15質量%、可溶無窒素物25質量%〜35質量%、粗繊維10質量%〜20質量%であることが好ましい。なお、前記組成の分析は、例えば、近赤外分光法などによって行うことができる。
【0023】
<<大豆発酵物>>
前記大豆発酵物は、前記大豆摩砕物の固形画分を発酵させてなる。
前記固形画分を発酵させる方法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、飲食品用途、菌自体の有する栄養素、発酵香などの観点から、納豆菌、テンペ菌、乳酸菌、酵母菌が好ましい。これらは、1種単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。これらの中でも、高い機能性を持った生成物が高収量で得られる点で、納豆菌が特に好ましく、テンペ菌、乳酸菌及び酵母菌の少なくともいずれかと納豆菌との組み合わせも好適に用いることができる。
なお、前記菌としては、安全性が保証されている限り、自然的に、又は人為的な変異手段により生成し、菌学的性質が変異した変異株も用いることができる。
【0024】
前記納豆菌(Bacillus subtilis var. natto)としては、特に制限はなく、市販されている一般的な納豆菌を用いることができ、例えば、株式会社成瀬醗酵化学研究所から入手することができる。
【0025】
前記テンペ菌としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、Rhizopus oligosporus、Rhizopus oryzae、Rhizopus stoloniferなどが挙げられる。これらの中でも、発酵の容易さの観点からRhizopus oligosporusが好ましい。なお、これらのテンペ菌は、インドネシアからの輸入品として、或いは日本の種麹業者から容易に入手することができる。
【0026】
前記乳酸菌としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、ラクトバシルス・アシドフィルス(Lactobacillus acidophilus)、ラクトバシルス・ビフィズス(Lactobacillus bifidus)、ストレプトコッカス・フェカリス(Streptococcus faecalis)、ラクトバシルス・ブルガリカス(Lactobacillus bulgaricus)、ラクトバシルス・サンフランシスコ(Lactobacillus sanfrancisco)、ラクトバシルス・カゼイ(Lactobacillus casei)、ストレプトマイセス・ラクチス(Streptomyces lactis)などが挙げられる。これらの中でも、乳酸の生成量の点で、ラクトバシルス・アシドフィルスが好ましく、味の点で、ラクトバシルス・ビフィズスが好ましい。これらは、1種単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。これらの乳酸菌の選択によって、最終的な発酵物の味、香り、栄養素等を変化させることができる。なお、これらの乳酸菌は、いずれも公知の菌で、容易に入手することができる。
【0027】
前記酵母菌としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、サッカロミセス属、シゾサッカロミセス属、カンジダ属、クルイベロミセス属などが挙げられる。これらの中でも、飲食品用途の観点から、サッカロミセス属の酵母が好ましく、清酒酵母、ビール酵母が特に好ましい。これらの酵母菌は、例えば、財団法人日本醸造協会から入手することができる。
【0028】
前記菌の接種量としては、菌が増殖し得る限り特に制限はなく、菌の種類に応じて適宜選択できるが、通常1×103個/g〜1×108個/gである。前記接種量が、1×103個/g未満であると、菌による発酵に時間がかかることがあり、1×108個/gを超えると、菌の増殖が抑制されて発酵が進まないことがある。
【0029】
前記発酵条件、例えば、発酵温度、発酵時間、発酵の形態、pH、通気条件等も適宜決定されうるが、使用する菌の増殖等の特性に適した条件とすることが好ましい。
【0030】
前記発酵温度としては、前記菌による発酵が進む限り特に制限はなく、使用する菌の種類に応じて適宜選択することができるが、通常10℃〜55℃であり、20℃〜50℃が好ましく、25℃〜45℃がより好ましい。
【0031】
前記発酵時間としては、菌が増殖し得る限り特に制限はなく、菌の種類に応じて適宜選択することができるが、通常1時間〜5日間であり、3時間〜3日間が好ましく、6時間〜2日間がより好ましい。
【0032】
前記発酵は、通常、静置で行われるが、適宜攪拌を行ってもよく、適宜通気を行ってもよい。
前記攪拌を行う場合の条件としては、特に制限はなく、十分攪拌されていればよい。
【0033】
前記発酵時のpHとしては、菌が増殖し得る限り特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、通常4.5〜8.5であり、5.5〜7.5が好ましい。なお、pHの調整には、pH調整用の塩酸又は水酸化ナトリウムを使用してもよいし、pH調整用バッファーを使用してもよい。
【0034】
<<大豆発酵抽出物>>
本発明における大豆発酵抽出物は、前記大豆発酵物から抽出されてなる。前記大豆発酵抽出物は、更に濃縮又は希釈してもよく、凍結乾燥、加熱乾燥等の乾燥処理に付して使用してもよい。その形態は特に限定されず、例えば、溶液、懸濁液、半固体(例えば、ペースト状等)、固体(例えば、粉末、顆粒等)などであってもよい。
【0035】
前記抽出に用いられる溶媒としては、特に制限はなく、公知のものを用いることができ、例えば、水;メタノール、エタノール、ブタノールなどのアルコール;アセトン;ヘキサン;これらの混合物(アルコール水溶液等)などが挙げられる。これらの中でも、人体への悪影響がない点で、水、エタノール及びこれらの混合物が好ましく、効率的に活性物質を抽出できる点で、熱水、エタノール水溶液がより好ましく、エタノール水溶液が特に好ましい。
前記熱水とは、温度が70℃以上の水のことを指し、水の温度としては、抽出効率の点で、80℃〜100℃が好ましく、90℃〜100℃がより好ましい。
前記アルコール水溶液の濃度としては、80体積%〜100体積%が好ましく、90体積%〜100体積%がより好ましい。
【0036】
前記抽出の方法としては、特に制限はなく、公知の方法を用いることができ、例えば、前記溶媒を前記大豆発酵物に加え、攪拌して抽出後、遠心分離機により固液分離する方法などが挙げられる。前記遠心分離機としては、例えば、デカンター連続式横型遠心分離機、自動バスケット型遠心分離機などが挙げられ、これらは組み合わせて用いてもよい。
【0037】
前記濃縮の方法としては、特に制限はなく、公知の濃縮方法を用いることができる。
濃縮後の前記大豆発酵抽出物のBrix値としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、9〜12が好ましい。
【0038】
<<モロヘイヤ抽出物>>
前記モロヘイヤ抽出物の原料であるモロヘイヤとしては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、シナノキ科モロヘイヤの地上部が挙げられる。前記地上部としては、例えば、葉をそのまま用いてもよいし、葉を乾燥させたもの(乾燥モロヘイヤ)を用いてもよいし、乾燥モロヘイヤを粉砕した乾燥モロヘイヤ粉砕物(粉末)を用いてもよい。これらの中でも、モロヘイヤの有する有用成分を抽出しやすい点で、乾燥モロヘイヤ粉砕物が好ましい。
前記乾燥モロヘイヤ粉末としては、ミルなどを使用して適宜調製したものでも、市販品でもよく、該市販品としては、例えば、モロヘイヤ末(福田龍株式会社製)などが挙げられる。
【0039】
前記モロヘイヤ抽出物は、前記モロヘイヤを溶媒で抽出した抽出液、或いは、前記抽出液を更に濃縮又は希釈したものである。その形態は特に限定されず、例えば、溶液、懸濁液、半固体(例えば、ペースト状等)、固体(例えば、粉末、顆粒等)などであってもよい。
前記溶媒としては、特に制限はなく、公知のものを用いることができ、例えば、水;メタノール、エタノール、ブタノールなどのアルコール;アセトン;ヘキサン;これらの混合物などが挙げられる。これらの中でも、効率的に活性物質を抽出できる点で、水が好ましく、熱水がより好ましい。熱水の定義、温度の好ましい範囲、及びアルコール水溶液の濃度の好ましい範囲は、上述したのと同様である。
抽出の方法としては、特に制限はなく、公知の方法を用いることができ、例えば、溶媒を前記モロヘイヤに加え、攪拌して抽出後、遠心分離機により固液分離する方法などが挙げられる。前記遠心分離機としては、例えば、デカンター連続式横型遠心分離機、自動バスケット型遠心分離機などが挙げられ、これらは組み合わせて用いてもよい。
【0040】
前記大豆発酵抽出物と前記モロヘイヤ抽出物との混合比(大豆発酵抽出物/モロヘイヤ抽出物、体積比)としては、特に制限はなく適宜選択することができるが、1/20〜10/1が好ましく、1/10〜5/1がより好ましい。
【0041】
<<その他の成分>>
その他の成分としては、特に制限はなく、例えば、茶カテキン、アントシアニン、ルチン、ヘスペリジン、ケルセチン、イソフラボン、タンニン、クロロゲン酸、エラグ酸、クルクミン、リグナン、サポニンなどが挙げられる。前記茶カテキンの原料である茶の種類、抽出方法などとしては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、有効成分であるポリフェノール多く含むことが好ましい。前記茶カテキンにおける具体的な総ポリフェノール含量としては、60質量%以上が好ましい。
【0042】
前記大豆発酵抽出物に対する前記その他の成分の質量比(その他の成分/大豆発酵抽出物)としては、特に制限はなく適宜選択することができるが、1/3,000以上が好ましく、1/1,500以上がより好ましい。前記質量比が、1/3,000未満であると、前記その他の成分の機能性が発揮されないことがある。
【0043】
(大豆発酵組成物の製造方法)
本発明の大豆発酵組成物の製造方法は、発酵工程と抽出工程とを含み、更に必要に応じて濾過工程などその他の工程を含む。
【0044】
<発酵工程>
前記発酵工程は、大豆摩砕物の固形画分を発酵させて大豆発酵物を得る工程である。発酵工程において用いられる大豆摩砕物の固形画分としては、上述したものを使用することができる。また、発酵条件(例えば、発酵温度、発酵時間、発酵の形態、pH、通気条件等)も上述したとおりである。
【0045】
<抽出工程>
前記抽出工程は、前記大豆発酵物を抽出して大豆発酵抽出物を得る工程である。本工程において用いられる抽出方法は、上述したとおりである。
【0046】
<その他の工程>
<<濾過工程>>
前記濾過工程は、前記大豆発酵抽出物を濾過する工程である。
前記濾過の方法としては、特に制限はなく、公知の濾過装置を用いることができ、例えば、フィルタープレス、ラインフィルターなどを用いることができる。なお、これらは併用してもよい。
【0047】
<<濃縮工程>>
前記濃縮工程は、前記大豆発酵抽出物を濃縮する工程である。前記濃縮の方法としては、特に制限はなく、公知の濃縮方法を用いることができる。
濃縮後の前記大豆発酵抽出物のBrix値としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、9〜12が好ましい。
【0048】
(抗糖尿病組成物)
本発明の抗糖尿病組成物は、本発明の前記大豆発酵組成物を含み、更に必要に応じてその他の成分を含む。
その他の成分としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、従来公知のインスリン分泌促進薬、インスリン抵抗性改善薬、α−グルコシダーゼ阻害薬、DPP−IV阻害薬、インスリン製剤などが挙げられる。
【0049】
(飲食品)
本発明の飲食品は、本発明の抗糖尿病組成物を含有してなり、更に必要に応じてその他の成分を含有してなる。本発明の飲食品としては、例えば、本発明の抗糖尿組成物をそのまま、或いはペレット、粉末、顆粒などの形態として使用してもよく、食品添加物、調味料、ふりかけとして使用してもよい。また、本発明の抗糖尿組成物を食材中に含有せしめて使用してもよい。これにより、機能性食品或いは健康食品を得ることができる。
【0050】
本発明の大豆発酵抽出物を含有する組成物は、後述する実施例で示すように、脂肪細胞分化誘導作用、アディポネクチン産生誘導作用、腫瘍壊死因子−α産生抑制作用、アディポネクチン産生量低下抑制作用、消化酵素阻害作用、血糖値上昇抑制作用、ジペプチジルペプチダーゼ−IV酵素活性阻害作用、終末糖化産物群生成抑制作用、及び酸化ストレスによる細胞障害に対する保護作用の少なくともいずれかを有するので、脂肪細胞分化誘導剤、アディポネクチン産生誘導剤、腫瘍壊死因子−α産生抑制剤、アディポネクチン産生量低下抑制剤、消化酵素阻害剤、血糖値上昇抑制剤、ジペプチジルペプチダーゼIV酵素活性阻害剤、終末糖化産物群生成抑制剤、及び酸化ストレスによる細胞障害に対する保護剤の少なくともいずれかとしても好適に利用できる。また、前記組成物、又は前記各剤は、例えば、研究用試薬や、前記抗糖尿病組成物を含有する飲食品のように、飲食品としても好適に利用できる。
【実施例】
【0051】
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明は、これらの実施例に何ら限定されるものではない。
【0052】
(実施例1:大豆発酵組成物の製造)
図1に大豆発酵組成物の製造工程のフローチャートを示す。
<工程1:大豆発酵物の調製>
大豆を水で洗浄し、水に17時間浸漬し十分に吸水させた。大豆が吸水し十分に柔らかくなったことを確認し、豆挽機(スーパーマスコロイダー、増幸産業株式会社製)を用いて水とともに大豆を摩砕した。前記摩砕には、セラミック製高速グラインダーを用いた。
摩砕された大豆をステンレス製のタンクに移し、均一になるように攪拌した。その後、摩砕大豆懸濁液をよく撹拌しながら100℃で20分間加熱した。加熱後、絞り器(KM−1000、ミナミ産業株式会社製)を用いて摩砕大豆懸濁液から液相を除去し、固相(大豆固形画分)を回収した。このとき、液相の除去は、自然落下によって行った。得られた大豆固形画分100kgを適度に加温し、十分に攪拌した後に、納豆菌(成瀬醗酵化学研究所から入手)0.2L(菌数:1.0×1010個)を均一に添加した。納豆菌接種後の大豆固形画分をステンレス容器又はポリエチレン袋に移し、通気性を確保した状態で、40℃の恒温培養器又は恒温室内で18時間発酵を行った。得られた大豆発酵物は、使用時まで冷凍保管した。
【0053】
<工程2:エタノール抽出>
ステンレス製のタンクに95体積%エタノール3,000Lを入れ、70℃に加温した。次いで、前記大豆発酵物900kgを投入し、18時間静置した。静置後、40℃まで冷却し、2時間撹拌した。攪拌終了後、フィルタープレスを用いて濾過を行い、澄明な濾液を回収した。この濾液を330Lになるまで減圧濃縮し、大豆発酵抽出物を得た。
【0054】
<工程3:モロヘイヤ抽出物の調製>
ステンレス製のタンクに水2,050Lを入れ、70℃に加温した。続いて乾燥モロヘイヤ粉砕物(モロヘイヤ末、福田龍株式会社製)63kgを投入し、90℃まで加温後、1時間撹拌した。攪拌終了後、遠心分離機を用いて固液分離を行った。液層のみを回収し、フィルタープレスを用いて濾過を行い、澄明な濾液(モロヘイヤ抽出物)2,500Lを得た。
【0055】
<工程4:混合及び濃縮>
工程2で得られた大豆発酵抽出物と、工程3で得られたモロヘイヤ抽出物をステンレス製のタンク内で混合した。この混合液を750Lになるまで減圧濃縮した。その後、クエン酸ナトリウムを用いてpHを3.7に調整した。pH調整後、90℃で10分間加熱殺菌し、10℃で12時間静置させた。その後、フィルタープレス及び0.5μmラインフィルターを組み合わせて濾過を行い、澄明な溶液を回収した。Brix値9〜12に調整した。Brix値調整後、90℃で10分間加熱殺菌し、0.5μmラインフィルターを用いて精密濾過した。得られた澄明液を大豆発酵組成物とした。
【0056】
(実施例2:モロヘイヤ熱水抽出物の混合による成分変化の解析)
前記工程2で得られた大豆発酵抽出物、及び該大豆発酵抽出物と前記工程3で得られたモロヘイヤ抽出物とを混合した溶液の成分分析をHPLCにより行った。
各試料を移動溶液(メタノール)で2倍希釈し、10μLをHPLCカラムに注入した。前記カラムとしては、ODSカラム(Capcellpak C18S、内径×長さ:4.6mm×150mm、資生堂株式会社製)を用い、流速1.0mL/分、カラム温度40℃で、水100体積%からメタノール/水(体積比)=50/50まで50分間、次いでメタノール100体積%で10分間のグラジエント溶出を行い、検出波長230nmにおいて吸光度を測定した。結果を図2A及び図2Bに示す。
【0057】
図2Aは、大豆発酵抽出物、図2Bは、該大豆発酵抽出物とモロヘイヤ抽出物とを混合した組成物のHPLC分析結果である。図2Aと図2Bとの比較から、モロヘイヤ抽出物を混合することにより、一部ピークの上昇、並びに新しいピークの出現が認められた。
【0058】
(実施例3:脂肪細胞の分化誘導作用)
前駆脂肪細胞であるマウス線維芽細胞(3T3−L1、ヒューマンサイエンス研究資源バンクから入手可能)を、基本培地を添加した96ウェルのマイクロプレートに3×104個/ウェルで播種し、37℃、5%CO2インキュベーターで24時間培養した。細胞がコンフルエントになったのを確認後、更に2日間インキュベーションした。培地を除去し、分化誘導培地I(DMEM培地;10μg/mLインスリン、10質量%牛胎児血清、4.5g/Lグルコース)90μLに置換し、実施例1で得られた大豆発酵組成物を10μL添加した。2日毎に各被験物質を含む分化誘導培地Iに培地交換しながら8日間培養した。
細胞をPBS(リン酸緩衝液)で2回洗浄した後、10%(10倍希釈)ホルマリンを加え、室温で10分間処理した。細胞をPBSで2回洗浄した後、オイルレッドO染色液(シグマ社製)を加え、室温で20分間染色した。60体積%イソプロパノールで1回洗浄し、その後、PBSで2回洗浄し、顕微鏡下、細胞内脂肪滴の蓄積を観察して細胞内脂肪滴が認められる細胞を分化成熟した脂肪細胞とみなし、写真を撮影した。結果を図3に示す。
対照として、分化誘導を行わなかった(基本培地のみで培養した)無処置のもの(無処置群)、大豆発酵組成物の代わりに純水を添加した対照(対照群)、大豆発酵組成物の代わりにトリグリタゾン(TGZ)を添加した陽性対照(陽性対照(TGZ)群)も同様の試験を行った。なお、前記大豆発酵エキスは、発酵抽出液を純水で128倍に希釈し、陽性対照として用いたTGZは、3mmol/Lの濃度に調整して細胞に添加した。
【0059】
図3より、インスリンを含まない基本培地のみで前駆脂肪細胞を培養した無処置群では、脂肪細胞への分化は認められなかった(図3A参照)のに対し、インスリン含有培地で培養した対照群では細胞内に脂肪滴を蓄積した分化脂肪細胞が認められた(図3B参照)。一方、インスリン含有培地に大豆発酵組成物を添加することにより、明らかに細胞内の脂肪滴蓄積量が増加し、大豆発酵組成物による脂肪細胞への分化の促進が認められた(図3D参照)。この効果は、陽性対照として用いたTGZ 3mmol/L(図3C参照)よりも強い作用であった。
【0060】
(実施例4:脂肪細胞からのアディポネクチン誘導作用)
実施例3において、希釈倍率128倍、64倍、32倍、16倍、8倍又は4倍の実施例1で得られた大豆発酵組成物を加えて培養した3T3−L1細胞の培養終了時に各ウェルの培養上清を回収し、含まれるアディポネクチン量をアディポネクチン測定キット(マウス・アディポネクチンELISAキット;CycLex社製)を用いて定量した。結果を図4に示す。
なお、対照として、前記大豆発酵組成物の代わりに純水を添加した対照、並びに前記大豆発酵組成物の代わりに3mmol/L又は10mmol/LのTGZを添加した陽性対照も同様の試験を行った。
【0061】
図4より、大豆発酵組成物を添加して培養した3T3−L1細胞の培養上清では、高いアディポネクチンの産生量が認められた。この効果は、大豆発酵組成物の128倍希釈においても陽性コントロールであるTGZ 3mmol/L及び10mmol/Lと同程度であった。
【0062】
(実施例5:LPS刺激マクロファージ細胞株(Raw264)からのTNF−α産生抑制作用)
Raw264細胞(理化学研究所バイオリソースセンターから入手可能)を24ウェルのマイクロプレートに5×105個/ウェルで播種し、希釈倍率16倍、8倍、4倍、2倍又は1倍の実施例1で得られた大豆発酵組成物を1/10量の容量で加えて、37℃、5%CO2インキュベーターで2時間培養した。LPS(Lipopolysaccharide;シグマ社製)を0.01μg/mLの濃度で加え、更に18時間〜22時間培養した。培養後、各ウェルの培養上清を回収し、含まれるTNF−α量をTNF−α測定キット(レビスTNFα−マウス;株式会社シバヤギ製)を用いて定量した。培養終了時にトリパンブルー(和光純薬工業株式会社製)染色により細胞のバイアビリティを確認し、細胞毒性が認められない濃度での評価を行った。結果を図5に示す。
なお、対照として、前記大豆発酵組成物の代わりに純水を添加した対照(LPS刺激+)、及びLPSを添加しなかった対照(LPS刺激−)も同様に評価した。
【0063】
図5より、Raw264細胞をLPSで刺激することによりTNF−αの産生誘導が認められた。一方、大豆発酵組成物を添加することにより、用量依存的なTNF−α産生抑制が認められた。
【0064】
(実施例6:3T3−L1とRaw264の共培養によるアディポネクチン産生低下に対する抑制作用)
前記Raw264細胞を5×105個/mLに調整し、希釈倍率128倍、64倍、32倍、又は16倍の実施例1で得られた大豆発酵組成物を加え、37℃、5%CO2インキュベーターで2時間処理した。実施例3と同様に96ウェルのマイクロプレートで培養して分化させた3T3−L1細胞の各ウェルに大豆発酵組成物で処理したRaw264細胞を5×104個/ウェルで重層し、48時間培養した。培養後、各ウェルの培養上清を回収し、含まれるアディポネクチン量をアディポネクチン測定キット(マウス・アディポネクチンELISAキット;株式会社サイクレックス製)を用いて定量した。測定値は、3T3−L1単独の培養上清の値を100%とし、それに対する%を縦軸に示した。結果を図6に示す。
なお、対照として、前記大豆発酵組成物の代わりに純水を添加した対照(Raw264+)、及びRaw264を重層しなかった対照(Raw264−)も同様に評価した。
【0065】
図6から、3T3−L1細胞とRaw264細胞との共培養により、培養上清中のアディポネクチン量の低下が認められた。一方、大豆発酵組成物でRaw264細胞を処理することにより、アディポネクチン産生量の低下抑制作用が認められた。
【0066】
(実施例7:α−アミラーゼ阻害作用)
7U/mLのα−アミラーゼ溶液(和光純薬工業株式会社製)50μLに希釈倍率320倍、160倍、80倍、40倍、20倍、又は10倍の実施例1で得られた大豆発酵組成物20μLを加え5分間処理した後、4質量%デンプン溶液50μLを加えた。7.5分間反応させた後、0.01Nのヨウ素液50μL、及び蒸留水150μLを加え、波長450nmで吸光度を測定した。大豆発酵組成物の代わりに同量の純水を使ったものを対照とし、阻害率は、下記式により算出した。結果を図7に示す。
α−アミラーゼ阻害率(%)={(対照吸光度−検体吸光度)/対照吸光度}×100
【0067】
図7から、大豆発酵組成物は、多糖類から二糖類に変換する酵素であるα−アミラーゼの活性を用量依存的に抑制することが分かった。即ち、食事によって取り込まれた多糖類は、二糖類に変換されることなく、更にグルコースに変換されることなく体外へ排出され、食後の血糖値の上昇が緩和されると考えられる。
【0068】
(実施例8:α−グルコシダーゼ阻害作用)
0.07U/mLのα−グルコシダーゼ溶液(シグマ社製)50μLに希釈倍率8倍、4倍、又は2倍の実施例1で得られた大豆発酵組成物10μLを加え、5分間処理した後、p−nitrophenyl−α−D−glucopyranoside(ナカライテスク株式会社製)の5mmol/L溶液50μLを加えた。5分間反応させた後、波長405nmで吸光度を測定した。大豆発酵組成物の代わりに同量の純水を使ったものを対照とし、阻害率は下記式により算出した。結果を図8に示す。
α−グルコシダーゼ阻害率(%)={(対照吸光度−検体吸光度)/対照吸光度}×100
【0069】
図8から、大豆発酵組成物は、二糖類から単糖のグルコースに変換する酵素であるα−グルコシダーゼの活性を用量依存的に抑制することが分かった。即ち、食事によって取り込まれた二糖類はグルコースに変換されることなく体外へ排出され、食後の血糖値の上昇が緩和されると考えられる。
【0070】
(実施例9:デンプン負荷マウスの血中グルコース濃度上昇抑制作用)
予備飼育した7週齢の雄性ICRマウス(日本エスエルシー株式会社から入手可能)を、20時間絶食させた後、蒸留水に懸濁した実施例1で得られた大豆発酵組成物100mg/kg又は300mg/kgとデンプンとを胃ゾンデを用いて強制経口投与した。対照群には蒸留水を同様に投与した。デンプンは、2g/kgで経口投与し、投与30分間、60分間、120分間後に非麻酔下尾静脈より採血し、直接血糖測定器(エキストラ、アボットジャパン株式会社製)を用いて血中グルコース濃度を測定した。得られた値は、平均値±標準偏差で表記した。対照群と被験物質投与群間における統計学的な差の検定は、Dunnetの多重比較検定法を用いて行った。検定での有意水準は5%未満とし、図中には、*:5%未満で表示した。結果を図9に示す。
【0071】
図9から、多糖類であるデンプンを投与することにより、投与30分間後では急激な血中グルコース濃度の上昇が認められた。これは、体内の酵素であるアミラーゼ、及びグルコシダーゼによりデンプンがグルコースに分解され腸管より吸収されたことによると考えられる。一方、デンプンと同時に大豆発酵組成物を投与することにより、投与60分間後では有意な血中グルコース濃度上昇の抑制が認められた。このことから、大豆発酵組成物により、食後の急激な血糖値の上昇が緩和され、グルコースによる血管障害が抑制されると考えられる。
【0072】
(実施例10:DPP−IV阻害作用)
実施例1で得られた大豆発酵組成物について、希釈倍率32倍、16倍、8倍、4倍、2倍、又は1倍のDPP−IV阻害活性をDPP−IV阻害活性測定キット(DPP−IV Inhibitor Screening Assay Kit;Cayman Chemical社製)を用いて付属のプロトコルに準じて測定した。対照には、同量の純水を用い、DPP−IV阻害率は、下記式により算出した。結果を図10に示す。
DPP−IV阻害率(%)={(対照吸光度−検体吸光度)/対照吸光度}×100
【0073】
図10から、大豆発酵組成物は、用量依存的にDPP−IVの酵素活性を抑制することが分かった。これにより、大豆発酵組成物は、インスリン誘導ホルモンの分解を抑制し、インスリン量を増加させることにより血中のグルコース濃度を低下させると考えられる。
【0074】
(実施例11:AGE生成抑制作用)
実施例1で得られた大豆発酵組成物について、希釈倍率4倍、2倍、又は1倍のAGE生成阻害率を以下の方法により測定した。
10質量%グリシン(和光純薬工業株式会社製)450μL、10質量%グルコース(和光純薬工業株式会社製)450μL及び被験物質100μLを混合して60℃反応させた。24時間反応させた後、波長450nmで吸光度を測定した。対照には同量の純水を用い、AGE生成阻害率は、次の式により算出した。結果を図11に示す。
AGE生成阻害率(%)={(対照吸光度−検体吸光度)/対照吸光度}×100
【0075】
図11から、大豆発酵組成物は、グリシンとグルコースとの非酵素的糖化反応によって合成されるAGE生成を用量依存的に抑制することが分かった。即ち、大豆発酵組成物は、糖尿病の高血糖状態において多量に生成されるAGEを抑制することにより、血管障害に起因する糖尿病合併症の発症及び進展を抑制すると考えられる。
【0076】
(実施例12:酸化ストレスによる細胞障害に対する保護作用)
マウス線維芽細胞(3T3−L1;ヒューマンサイエンス研究資源バンクから入手可能)、又はラット副腎褐色腫細胞(PC−12;ヒューマンサイエンス研究資源バンクから入手可能)を、基本培地を添加した96ウェルのマイクロプレートに1×105個/ウェルで播種し、37℃、5%CO2インキュベーターで24時間培養した。PC−12については、神経成長因子(NGF;SIGMA社製)を50ng/mLの濃度となるように細胞に添加して培養し、神経細胞に分化させた。
培養後、細胞を無血清のDMEM培地80μLに置換し、実施例1で得られた大豆発酵組成物を10μL添加し、1時間培養した。
酸化ストレス誘導剤として20mmol/Lの2,2’−Azobis(2−amidinopropane)Dihydrochloride(AAPH;フナコシ株式会社製)を10μL添加し、更に3時間培養した。
培養後、細胞の生存率をCell Proliferation Kit I(MTT)(Roche社製)を用いたMTT法により求めた。結果を図12A及び図12Bに示す。
なお、対照として、前記大豆発酵組成物の代わりに純水を添加した対照(AAPH+)、及びAAPHを添加しなかった対照(AAPH−)も同様に評価した。
【0077】
図12Aは、大豆発酵組成物を添加した培地でPC−12細胞を培養し、酸化ストレスを与えたときの細胞生存率(%)を示し、図12Bは、大豆発酵組成物を添加した培地で3T3−L1細胞を培養し、酸化ストレスを与えたときの細胞生存率(%)を示す。
図12A及び図12Bより、AAPHによる酸化ストレス負荷により細胞生存率の低下が認められた。大豆発酵組成物を添加することにより用量依存的な細胞生存率の増加が認められ、活性酸素による細胞障害から細胞を保護する作用が示された。このことから、糖尿病における酸化ストレスによって誘導される動脈硬化症、白内障、腎障害、神経障害などの糖尿病合併症の発症及び進展を抑制することが示された。更に、I型糖尿病の発症におけるβ細胞の障害を抑制することが示された。
【0078】
(実施例13:ストレプトゾトシン誘発I型糖尿病モデルにおける血糖値上昇抑制作用)
予備飼育した6週齢の雄性ICRマウス(日本エスエルシー株式会社から入手可能)を、20時間絶食させた後、ストレプトゾトシン(STZ;シグマ社製)を120mg/kgの用量で腹腔内投与した。STZ投与4日後に非麻酔下、尾静脈より採血し、直接血糖測定器(エキストラ、アボットジャパン株式会社製)を用いて血中グルコース濃度を測定した。血糖値250mg/dL以上を示した個体について、膵臓β細胞破壊によるインスリン分泌障害性のI型糖尿病が誘発されたと判断し、実験に使用した。
血糖値が均等になるように各群5匹で群分けを行い、水道水で希釈して3%に調整した実施例1で得られた大豆発酵組成物を給水ビンに入れ飲水投与した。投与後7日及び14日後に尾静脈より採血し、上記と同様の方法で血中グルコース濃度を測定した。得られた値は、平均値±標準偏差で表記した。対照群と被験物質投与群間における統計学的な差の検定は、Dunnetの多重比較検定法を用いて行った。検定での有意水準は5%未満とし、図中には、*:5%未満で表示した。結果を図13に示す。
【0079】
図13から、対照群ではSTZ投与4日目以降においても血中グルコース濃度の上昇が認められたが、大豆発酵組成物を飲水投与した群では投与後の血糖値の上昇は認められなかった。投与7日後では、大豆発酵組成物を飲水投与した群は、対照群に比べ有意な抑制効果が認められた。このことからI型糖尿病において大豆発酵組成物はインスリン様活性を示し血糖値の上昇を抑制することが考えられる。
【0080】
実施例3〜11、及び13から、本発明の大豆発酵組成物は血糖値上昇抑制に対する多面的な作用を示すことが分かった。また、実施例12から、糖尿病における酸化ストレスによって誘導される合併症の発症及び進展を抑制することが分かった。したがって、本発明の大豆発酵組成物が糖尿病及び糖尿病合併症の治療、改善、又は予防に効果的に働くことが示された。
【産業上の利用可能性】
【0081】
本発明の大豆発酵組成物は、副作用がなく、安全性が高く、抗糖尿病において異なった作用機序を併せ持つので、I型糖尿病やII型糖尿病を効果的、かつ安全に治療、改善、又は予防することができる。また、酸化ストレスによって誘導される動脈硬化症、白内障、腎障害、神経障害などの糖尿病合併症の発症及び進展を抑制することができる。したがって、前記大豆発酵組成物は、抗糖尿病組成物及び飲食品として好適に利用される。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
大豆摩砕物の固形画分を発酵させた大豆発酵物から抽出した大豆発酵抽出物を含有することを特徴とする大豆発酵組成物。
【請求項2】
大豆発酵物が、納豆菌、テンペ菌、乳酸菌及び酵母菌の少なくともいずれかを用いて発酵された請求項1に記載の大豆発酵組成物。
【請求項3】
モロヘイヤ抽出物を更に含有する請求項1から2のいずれかに記載の大豆発酵組成物。
【請求項4】
大豆発酵抽出物が、熱水及びエタノール水溶液のいずれかで抽出されてなる請求項1から3のいずれかに記載の大豆発酵組成物。
【請求項5】
大豆摩砕物の固形画分を発酵させて大豆発酵物を得る発酵工程と、
前記大豆発酵物から大豆発酵抽出物を得る抽出工程とを含むことを特徴とする大豆発酵組成物の製造方法。
【請求項6】
請求項1から4のいずれかに記載の大豆発酵組成物を含有することを特徴とする抗糖尿病組成物。
【請求項7】
請求項6に記載の抗糖尿病組成物を含有することを特徴とする飲食品。
【請求項1】
大豆摩砕物の固形画分を発酵させた大豆発酵物から抽出した大豆発酵抽出物を含有することを特徴とする大豆発酵組成物。
【請求項2】
大豆発酵物が、納豆菌、テンペ菌、乳酸菌及び酵母菌の少なくともいずれかを用いて発酵された請求項1に記載の大豆発酵組成物。
【請求項3】
モロヘイヤ抽出物を更に含有する請求項1から2のいずれかに記載の大豆発酵組成物。
【請求項4】
大豆発酵抽出物が、熱水及びエタノール水溶液のいずれかで抽出されてなる請求項1から3のいずれかに記載の大豆発酵組成物。
【請求項5】
大豆摩砕物の固形画分を発酵させて大豆発酵物を得る発酵工程と、
前記大豆発酵物から大豆発酵抽出物を得る抽出工程とを含むことを特徴とする大豆発酵組成物の製造方法。
【請求項6】
請求項1から4のいずれかに記載の大豆発酵組成物を含有することを特徴とする抗糖尿病組成物。
【請求項7】
請求項6に記載の抗糖尿病組成物を含有することを特徴とする飲食品。
【図1】
【図2A】
【図2B】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12A】
【図12B】
【図13】
【図2A】
【図2B】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12A】
【図12B】
【図13】
【公開番号】特開2013−75883(P2013−75883A)
【公開日】平成25年4月25日(2013.4.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−124384(P2012−124384)
【出願日】平成24年5月31日(2012.5.31)
【出願人】(502310416)株式会社ラフィーネインターナショナル (8)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成25年4月25日(2013.4.25)
【国際特許分類】
【出願日】平成24年5月31日(2012.5.31)
【出願人】(502310416)株式会社ラフィーネインターナショナル (8)
【Fターム(参考)】
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