説明

太陽電池用シリコン基板の製造方法

【課題】シリコン基板、特に固定砥粒ワイヤーソーによりスライスしたシリコン基板を、加工変質層を除去しながら、ステイン層の形成を抑制し、その表面に好適なテクスチャー構造を形成する方法及び処理液を提供する。
【解決手段】表面の反射率を低減させるための表面テクスチャー構造を有するシリコン基板の製造方法であって、少なくともフッ酸、硝酸、及び酸化剤を含み、該フッ酸と硝酸の混合比率が、50%フッ酸及び69%硝酸として0.7:1から3:1の容積比である処理液に、シリコン基板を浸漬する工程を含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、太陽電池用シリコン基板の製造方法に関し、特に表面に凹凸形状を有する太陽電池用シリコン基板の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
太陽電池に用いられる単結晶シリコン基板及び多結晶シリコン基板は、インゴットから主にワイヤーソーを用いてスライスすることによって作成されている。しかしスライスしたままの基板(アズスライス基板)には、基板表面からの深さが数μmから十数μmの加工変質層が存在している。この加工変質層には、加工ダメージや加工歪等が残留しているため、加工変質層を残したまま太陽電池を作製してもpn接合の特性が悪く、高効率な太陽電池は得られない。したがってこの層は、基板表面をエッチングすることで、十分除去する必要がある。
【0003】
一方、太陽電池の効率の向上のためには、受光面の反射率を低減し、入射光をシリコン基板内に閉じ込める構造が望まれる。このための方法として、シリコン基板表面をエッチングすることで凹凸構造(これを「(表面)テクスチャー構造」という。)を形成することが行われている。実際の太陽電池作製プロセスからみた場合、加工変質層の除去と、表面テクスチャー構造の形成は、同時にあるいは連続したプロセスとして行われることが望ましい。
【0004】
例えば、単結晶シリコンインゴットからスライスされた基板(ウエハ)の加工変質層を除去し、表面テクスチャー構造を形成するためには、一般にKOHあるいはNaOHなどのアルカリ水溶液を用いたエッチング方法が用いられている。シリコン基板のアルカリ水溶液によるエッチング速度は、(100)面で速く、(111)面で遅いため、(100)面の基板を用いることで、表面にピラミッド状の凹凸構造を形成できる。これによって、表面の反射率を低減し、光閉じ込めを実現している。
【0005】
一方、多結晶シリコンインゴットからスライスされた基板では、基板の面方位が基板内でさまざまなため、単結晶シリコン基板のようにアルカリ溶液を用いただけでは、面内で均一のテクスチャー構造が形成できない。
【0006】
このため、多結晶シリコン基板表面にテクスチャー構造を形成し、光閉じ込めを行うための構造を形成するための種々の方法が提案されている。例えば湿式エッチングによる方法としては、以下の方法が開示されている。
【0007】
特許文献1には、濃度の異なるフッ酸と硝酸の混酸で2回エッチング処理する方法が開示されている。特許文献2には、フッ酸、硝酸、リン酸等の混酸と界面活性剤との混合液でエッチング処理し、次いでアルカリ処理する方法が開示されている。特許文献3では、硝酸、フッ酸に銀又は銅イオンを混合した酸溶液を用いる方法が開示されている。特許文献4では、フッ酸、硝酸にさらにヨウ素又はヨウ化物を用いた処理液を用いるウエハ欠陥評価法が開示されている。また、非特許文献1にもフッ酸と硝酸のみでシリコン基板を処理する方法が開示されている。
【0008】
これらの特許文献では、効率よくエッチングを行うべくフッ酸の量が硝酸に比べて比較的高いのが特徴である。例えば、特許文献1における条件をみると、硝酸に対してフッ酸の量が重量%比で3.6倍以上(モル比で10倍以上)、特許文献2では50%硝酸に対する69%フッ酸の容積比率が硝酸1に対して10倍以上、特許文献3のように60%硝酸に対する50%フッ酸の容積比率が30倍以上という例もある。
【0009】
一方、シリコンインゴットをスライスする方法としては、遊離砥粒を用いてワイヤーソーでスライスする方法が一般的である。しかし最近では、例えば芯線にダイヤモンド砥粒を固定した、固定砥粒ワイヤーソーを用いる方法が、切断速度の向上や廃棄物発生量の低減等の多くのメリットがあるため注目されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2004−63744号公報
【特許文献2】特開平10−303443号公報
【特許文献3】WO2005/117138公報
【特許文献4】特開2005−285987号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】A. Hauser, et al., "Acidic texturisation of MC-Si using a high throughput in-line prototype system with no organic chemistry", 19th EC PVSEC, Paris, June 2004.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本願発明者らの知見によれば、遊離砥粒とワイヤーソーを用いてスライスする方法で得られるシリコン基板に用いられる表面処理条件を、固定砥粒ワイヤーソーを用いるスライス方法で得られるシリコン基板の表面処理に適用しても、望ましい表面テクスチャー構造は得られないことが判明した。これは、固定砥粒ワイヤーソーでスライスされたウエハ表面には、固定砥粒ワイヤーソーに特有な切断痕が残るためと考えられる。図10に、遊離砥粒ワイヤーソーを用いてスライスしたシリコン基板(a)及び固定砥粒ワイヤーソーを用いてスライスしたシリコン基板(b)の表面顕微鏡写真をそれぞれ示す。
【0013】
また一般に、フッ酸、硝酸の混酸溶液でシリコン基板をエッチングした場合、エッチング条件によってはエッチング後のシリコン基板にステイン層と呼ばれる、黒色あるいは褐色の多孔質層が形成されてしまう。具体的には、効率的にエッチングできるようにフッ酸濃度を高くすると、ステイン層が生じやすいという問題がある。このステイン層は太陽電池の特性を劣化させるため、完全に除去する必要がある。そのために水酸化ナトリウム水溶液などのアルカリ溶液による追加エッチング工程を加えることが一般的に行われている。特許文献2、3及び非特許文献1ではこのような方法が用いられている。また特許文献3で用いられている銅は、シリコン基板中に拡散しやすく、シリコン基板のライフタイムを下げるため、取扱が難しい。
【0014】
上記のようにエッチングの効率からはフッ酸量が多いほうがよいが、できるだけステイン層の発生を抑えること、また処理液の取り扱いや使用後の処理の観点からは、フッ酸の使用量はできるだけ少ないほうが好ましい。
【0015】
また特許文献1では、濃度の異なるフッ酸、硝酸の混酸溶液で、2回シリコン基板をエッチングしているが、これも工程数の増加を伴う。特許文献4では、ステイン層形成防止のため、ヨウ素又はヨウ化物を添加した溶液を用いており、フッ酸量は硝酸に比べてかなり少ない。しかしこの技術は、表面を鏡面状態としたシリコン基板の結晶欠陥部位のみを選択的にエッチングするものである。つまりシリコン基板表面にテクスチャー構造を形成するためのものではなく、本願発明の目的である、表面反射率の低減は図れない。
【0016】
本発明は簡便で実用的な手段で、シリコン基板、特に固定砥粒ワイヤーソーによりスライスしたシリコン基板を、加工変質層を除去すると同時に、ステイン層の形成を抑制し、その表面に、太陽電池に好適なテクスチャー構造を形成する方法、処理液、及びこの方法により処理したシリコン基板を用いて製造した太陽電池を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本願発明者らは、数多くの条件から、シリコン基板をフッ酸、硝酸、及びヨウ素又はヨウ化物等の酸化剤を含む処理液に1回だけ浸漬処理するだけで、固定砥粒ワイヤーソーによりスライスされたシリコン基板であっても、その表面に望ましい凹凸形状を形成し、波長750nmでの表面の反射率を好ましくは30%以下にするために好適な処理液の組成と混合比率を見出した。なお、酢酸を含んでもかまわない。酢酸を加えることにより、処理液中の水分量を減らすことができる。
【0018】
本発明においては、酸化剤(例えばヨウ素又はヨウ化物)の濃度にも特徴がある。発明者らは、ヨウ素又はヨウ化物濃度が非常に低い範囲においてもステイン層の形成を抑制できる条件があることを見出した。その結果、ヨウ素又はヨウ化物濃度が0.001g/l以上、5g/l以下という広い範囲で適用可能であることを見出した。特に低濃度領域でも可能であることは処理条件の緩和につながる。
【0019】
第1の視点において、本発明に係る方法は、表面の反射率を低減させるための表面テクスチャー構造を有するシリコン基板の製造方法であって、少なくともフッ酸、硝酸、及び酸化剤を含み、該フッ酸と硝酸の混合比率が、50%フッ酸及び69%硝酸として0.7:1から3:1の容積比である処理液に、該シリコン基板を浸漬する工程を含むことを特徴とする。
【0020】
本願発明によれば、硝酸に対するフッ酸の量をできるだけ少なく抑えつつ、実質的にこの1処理工程のみでシリコン基板に表面テクスチャー構造を形成することができる。「実質的に」とは、処理前の表面の不純物除去(洗浄)工程や、処理後の水洗工程、乾燥工程等は、テクスチャー構造形成に直接関係しない工程なので、このような工程を除くという意味である。なお、上記容積比率の処理液に水を加えてもよい。その量は69%硝酸容積に対して4倍程度まで加えることが可能である。
【0021】
第2の視点において、本発明に係る処理液は、シリコン基板に表面の反射率を低減させるための表面テクスチャー構造を形成するためのフッ酸、硝酸、及び酸化剤を含む処理液であって、該フッ酸と硝酸の混合比率が、50%フッ酸及び69%硝酸として0.7:1から3:1の容積比の範囲にあることを特徴とする。
【0022】
第3の視点において、本発明に係る太陽電池は、上記方法により製造されたシリコン基板又は上記処理液を用いて処理したシリコン基板を用いて作製されることを特徴とする。
【0023】
本発明により、従来の遊離砥粒を用いた切断方法で得られたシリコン基板のみならず、固定砥粒ワイヤーソーでスライスしたシリコン基板でも、好適な表面テクスチャー構造を簡便に形成することができる。また、スライス時に形成された表面変質層の除去と、表面テクスチャー構造の形成をまとめて行うことができる。さらに、処理時にシリコン基板表面のステイン層を生成することがないので、ステイン層除去工程が不要である。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明の実施例1に係る方法により形成された、多結晶シリコン基板の表面テクスチャー構造の顕微鏡写真である。
【図2】本発明の実施例1に係るシリコン基板の表面反射率と、処理前のシリコン基板をミラーエッチングしたものの表面反射率のグラフである。
【図3】本発明の実施例2に係る方法により形成された、多結晶シリコン基板の表面テクスチャー構造の顕微鏡写真である。
【図4】本発明の実施例2に係るシリコン基板の表面反射率と、処理前のシリコン基板をミラーエッチングしたものの表面反射率のグラフである。
【図5】本発明の実施例1、3、4に係る方法により形成された、多結晶シリコン基板の表面反射率のグラフである。
【図6】本発明の実施例5に係る方法により形成された、多結晶シリコン基板の表面テクスチャー構造の顕微鏡写真である。
【図7】本発明の実施例5に係るシリコン基板の表面反射率のグラフである(実施例1との比較)。
【図8】実施例6、7に係る方法により処理されたシリコン基板の表面の顕微鏡写真である。
【図9】本発明の実施例8に係る方法により処理されたシリコン基板の表面の写真である。
【図10】遊離砥粒とワイヤーソーを用いてスライスしたシリコン基板(a)と、固定砥粒ワイヤーソーを用いてスライスしたシリコン基板(b)の表面顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
第1の視点において、前記シリコン基板は、結晶シリコンインゴットから固定砥粒ワイヤーソーを用いてスライスされたものであることが好ましい。
【0026】
また、前記酸化剤として、ヨウ素又はヨウ化物を、ヨウ素量換算で0.001g/l以上、5g/l以下の濃度で含むことが好ましい。
【0027】
前記酸化剤として、ヨウ素又はヨウ化物を、ヨウ素量換算で0.002g/l以上、0.03g/l以下の濃度で含むことがさらに好ましい。
【0028】
前記酸化剤として、ヨウ素又はヨウ化物を、ヨウ素量換算で0.002g/l以上、0.01g/l以下の濃度で含むことがさらに好ましい。
【0029】
前記処理液は、さらに酢酸を含み、69%硝酸と氷酢酸との混合比率が容積比で1:2〜1:7であることが好ましい。
【0030】
第2の視点において、前記シリコン基板は、結晶シリコンインゴットから固定砥粒ワイヤーソーを用いてスライスされたものであることが好ましい。
【0031】
また前記酸化剤のヨウ素又はヨウ化物の濃度が、ヨウ素量換算で0.001g/l以上、5g/l以下であることが好ましい。
【0032】
前記酸化剤のヨウ素又はヨウ化物の濃度が、ヨウ素量換算で0.002g/l以上、0.03g/l以下であることがさらに好ましい。
【0033】
前記処理液中のヨウ素又はヨウ化物の濃度が、ヨウ素量換算で0.002g/l以上、0.01g/l以下であることがさらに好ましい。
【0034】
前記処理液は、さらに氷酢酸を含み、69%硝酸と氷酢酸との混合比率が容積比で1:2〜1:7であることが好ましい。
【実施例】
【0035】
(実施例1)
多結晶シリコンインゴットを、固定砥粒マルチワイヤーソー(線径190μmのダイヤモンドワイヤー)でスライスした。スライスした基板の厚さは190μmである。これを鏡面研磨やミラーエッチングをせず、そのまま用いた(アズスライス基板)。実施例1で用いた基板は、p型、抵抗率1Ωcmのものである。
【0036】
次に、シリコン基板のエッチング処理溶液を調製した。実施例1の処理溶液の組成は、50%フッ酸、69%硝酸、99.7%酢酸(いわゆる氷酢酸)を容積比で7:5:20の割合で混合したものであり、この混合溶液にヨウ素を0.03g/lで添加した。実施例1ではヨウ素を用いたが、ヨウ化カリウム、ヨウ化ナトリウム等のヨウ化物や、他の酸化力の高い金属イオン等を用いてもかまわない。なお、酢酸を用いない処理液でも、処理速度が多少遅くなるが同じ効果を得ることが可能である。
【0037】
次に多結晶シリコン基板を処理溶液中に室温で浸漬し、エッチング処理を行った。エッチング速度の調節のため、エッチング液の開始温度を室温以下、又は室温以上としてもよい。基板を平均で約5μmエッチングを行い、基板表面の加工変質層の除去と表面テクスチャー構造の形成を同時に行った。エッチング処理を終了した基板は速やかに水洗処理を行い、エッチング液の残渣を除去した。水洗処理は複数回行ってもよく、さらに水洗後、メタノール、エタノール、イソプロピルアルコール等のアルコールによる洗浄を行ってもよい。本発明では、ヨウ素又はヨウ化物の添加によりステイン層の発生を防止できるので、エッチング後のステイン層の除去工程は行っていない。なお、エッチングを行うための前処理として、基板をアセトン等の有機溶剤に浸漬させ、表面の有機物を除去することもできる。その場合、例えばアセトンに浸漬後、乾燥してエッチング処理を行う。
【0038】
図1に、実施例1により形成された、多結晶シリコン基板の表面テクスチャー構造の顕微鏡写真を示す。図2は、実施例1の処理後のシリコン基板の表面反射率(a)と、処理前のシリコン基板をミラーエッチングしたものの表面反射率(b)との比較グラフである(縦軸が反射率(%)、横軸が波長(nm)、以下同じ)。ミラーエッチングしたものの表面反射率は、波長750nmにおいて約34%であるのに対し、実施例1の基板の反射率は約27%であった。このように、固定砥粒マルチワイヤーソーでスライスしたシリコン基板に対して、実質的に1回のエッチング処理により良好な表面テクスチャー構造を形成することができた。
【0039】
(実施例2)
多結晶シリコンインゴットを、比較のため従来のように、遊離砥粒とピアノ線を用いたマルチワイヤーソーでスライスした。スライスした基板の厚さは180μmである。これを鏡面研磨やミラーエッチングをせず、そのまま用いた(アズスライス基板)。実施例2で用いた基板は、p型、抵抗率1Ωcmのものである。
【0040】
次に、シリコン基板のエッチング処理溶液を作製した。実施例2においては、処理溶液として実施例1の処理溶液と同じ組成の溶液を用いた。
【0041】
次に多結晶シリコン基板を処理溶液中に室温で浸漬し、エッチング処理を行った。エッチング速度の調節のため、エッチング液の開始温度を室温以下、又は室温以上としてもよい。基板を平均で約5μmエッチングを行い、基板表面の加工変質層の除去と表面テクスチャー構造の形成を同時に行った。その後の処理やその代替処理方法は実施例1で述べたものと同様である。ステイン層は発生しなかった。
【0042】
図3に、実施例2により形成された、多結晶シリコン基板の表面テクスチャー構造の顕微鏡写真を示す。図4は、実施例2で得られたシリコン基板(a)と、ミラーエッチング処理したシリコン基板(b)の表面反射率のグラフである。実施例2の基板の反射率は、波長750nmにおいて約23%であった。このように、遊離砥粒とピアノ線を用いたマルチワイヤーソーでスライスしたシリコン基板に対しても、実質的に1回のエッチング処理により良好な表面テクスチャー構造を形成することができた。
【0043】
(実施例3)
実施例3では、実施例1と同じシリコン基板を作製した。つまり、多結晶シリコンインゴットを、固定砥粒マルチワイヤーソー(線径190μmのダイヤモンドワイヤー)でスライスした。スライスした基板の厚さは190μmである。これを鏡面研磨やミラーエッチングをせず、そのまま用いた(アズスライス基板)。
【0044】
次に、エッチング処理溶液として、50%フッ酸、69%硝酸、99.7%酢酸(いわゆる氷酢酸)を容積比で5:5:20の割合で混合したものを調製した。この混合溶液にヨウ素を0.03g/lとなるように添加した。もちろんヨウ化カリウム、ヨウ化ナトリウム等のヨウ化物でもかまわない。
【0045】
そして実施例1と同様、多結晶シリコン基板を処理溶液中に室温で浸漬し、エッチング処理を行った。基板を平均で約3.7μmエッチングを行い、基板表面の加工変質層の除去と表面テクスチャー構造の形成を同時に行った。ステイン層は発生しなかった。このシリコン基板の表面反射率の測定結果を図5に示す(図5には実施例1、3、4の結果をまとめて示した)。750μmの波長において、30%以下の反射率を達成できた。
【0046】
(実施例4)
実施例4では、実施例1と同じシリコン基板を作製した。つまり、多結晶シリコンインゴットを、固定砥粒マルチワイヤーソー(線径190μmのダイヤモンドワイヤー)でスライスした。スライスした基板の厚さは190μmである。これを鏡面研磨やミラーエッチングをせず、そのまま用いた(アズスライス基板)。
【0047】
次に、エッチング処理溶液として、50%フッ酸、69%硝酸、99.7%酢酸(いわゆる氷酢酸)を容積比で9:3:20の割合で混合したものを調製した。この混合溶液にヨウ素を0.03g/lとなるように添加した。もちろんヨウ化カリウム、ヨウ化ナトリウム等のヨウ化物でもかまわない。
【0048】
そして実施例1と同様、多結晶シリコン基板を処理溶液中に室温で浸漬し、エッチング処理を行った。基板を平均で約4.2μmエッチングを行い、基板表面の加工変質層の除去と表面テクスチャー構造の形成を同時に行った。ステイン層は発生しなかった。このシリコン基板の表面反射率の測定結果を図5に示す(図5には実施例1、3、4の結果をまとめて示した)。750μmの波長において、30%以下の反射率を達成できた。
【0049】
(実施例5)
ヨウ素量を0.002g/lとした以外は実施例1と同じ処理溶液で、実施例1で用いたシリコン基板と同じように作製したシリコン基板を実施例1と同じ方法で処理した。平均エッチング深さは5.5μmであった。このヨウ素量でも、図6に示すように、シリコン基板にステイン層は形成されないことがわかった(図6中の斜めの線は結晶粒界である)。また、図7に実施例5に係るシリコン処理基板の表面反射率のグラフを、実施例1のシリコン基板と比較して示した。実施例1のシリコン基板に比較して、実施例5のシリコン基板は反射率がやや高いものの、実用的に十分低い反射率が得られている。
【0050】
(実施例6)
硝酸に対するフッ酸の比率をさらに少なくした条件で同様の試験を行った。つまり、実施例1と同じシリコン基板を作製し、エッチング処理溶液として調製した、50%フッ酸、69%硝酸、99.7%酢酸(いわゆる氷酢酸)を容積比で5:7:20の割合で混合した処理液に浸漬した。処理液のヨウ素濃度は同じく0.03g/lとした。エッチング深さは6.8μmであった。ステイン層は生成しなかった。その結果、処理表面の反射率が十分低いシリコン基板を得ることができた。表面の顕微鏡写真を図8(a)に示す。他の実施例に係るシリコン基板の表面と同等の構造が形成されていることがわかる。
【0051】
(実施例7)
次に、硝酸に対する酢酸の混合比率を少なくして同様の試験を行った。シリコン基板は実施例1と同様に作製した。エッチング処理溶液として、50%フッ酸、69%硝酸、99.7%酢酸(いわゆる氷酢酸)を容積比で5:5:10の割合で混合した処理液を調製した。ヨウ素濃度は同じく0.03g/lとした。その結果ステイン層は生成しなかった。この条件においても、処理表面の反射率が十分低いシリコン基板を得ることができた。表面の顕微鏡写真を図8(b)に示す。他の実施例に係るシリコン基板の表面と同等の構造が形成されていることがわかる。
【0052】
上記実施例のように、酢酸を除いて、50%フッ酸と69%硝酸の容積比として、5:7(つまり約0.7:1)から9:3(つまり3:1)の範囲で、ただ1回の処理により、固定砥粒ワイヤーソーでスライスしたシリコン基板に良好な表面テクスチャー構造を形成することができた。酢酸の量としては、69%硝酸と氷酢酸との容積比として、5:10(つまり1:2)から3:20(つまり約1:7)の範囲において、良好な(つまり表面反射率が太陽電池用として十分小さい)表面テクスチャー構造を得ることができた。
【0053】
またヨウ素を0.002g/l〜0.03g/lの範囲で添加することにより、ステイン層の形成を抑制することができ、ステイン層除去のためのアルカリ溶液処理は不要であった。なお図示していないが、ヨウ素濃度を5g/lとしても同程度の効果が得られた。ステイン層を形成しないヨウ素濃度としては、0.001g/l〜5g/lの間で効果的であり、好ましくは0.002g/lから0.03g/l、さらには0.002〜0.01g/lの濃度範囲とすることが好ましい。
【0054】
上記の実施例では多結晶シリコン基板を用いているが、単結晶シリコン基板でももちろん可能である。また、シリコン基板の厚さに関しても、加工変質層の除去が可能な厚さであれば、制限はない。
【0055】
(実施例8)
実施例2と同じ遊離砥粒とピアノ線を用いたマルチワイヤーソーを用いてスライスしたシリコン基板を、実施例2と同じフッ酸、硝酸、ヨウ素濃度であるが、酢酸の代わりに水を用いた処理液を用いて、エッチング処理を行った。処理液の組成は、50%フッ酸、69%硝酸、水を容積比で7:5:20の割合で混合したものであり、ヨウ素濃度は0.03g/lとした。エッチング深さは平均3.4μmであった。図9に処理後の半導体基板表面の写真を示す。ステイン層は生じていないことがわかる。この処理基板の表面の外観は実施例2で得られた処理基板と同じであった。このように、酢酸の代わりに水を用いても同等の表面処理を行うことができる。水は69%硝酸との容積比率で1:4程度まで希釈混合して用いることが可能である。
【0056】
(実施例9)
実施例1で得られた表面テクスチャー構造を有する多結晶シリコン基板を用いて、太陽電池を作製した。まず表面テクスチャー構造を有する多結晶シリコン基板を塩酸を含む溶液で洗浄後、フッ酸水溶液で表面の自然酸化膜を除去した。次に、オキシ塩化リン(POCl)を用いて基板と導電型を反転させたn型層を形成した後、表面に形成されたリンガラス層をフッ酸水溶液で除去した。さらに入射光面側のn型層の上にシリコン窒化膜(SiN膜)をプラズマを用いた化学堆積法(PECVD法)で80nm程度堆積した。さらに、電極を形成するために、シリコン窒化膜が形成されていない面にアルミペーストを、シリコン窒化膜上に銀ペーストをスクリーン印刷を用いて塗布した。これを750℃程度の温度で短時間焼成することにより裏面側と表面側の電極を形成した。最後に、周辺部のn層を除去(エッジアイソレーション)し、太陽電池を完成させた。得られた太陽電池の特性は、短絡電流35.8mA/cm、開放電圧621mV、フィルファクター0.769、変換効率17.1%であった。開放電圧、短絡電流ともに高い値が得られているが、これは表面のダメージ層が完全に除去されていること、及び表面のテクスチャーによる光閉じ込めが有効に働いていることを示している。
【0057】
このことは、本実施例を用いて製造したシリコン基板を用いることで、光閉じ込め効果が高く、高い変換効率を有する太陽電池が作製できることを示している。
【0058】
以上、本発明を上記実施形態に即して説明したが、本発明は上記実施形態の構成にのみ制限されるものでなく、本発明の範囲内で当業者であればなし得るであろう各種変形、修正を含むことは勿論である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面の反射率を低減させるための表面テクスチャー構造を有するシリコン基板の製造方法であって、
少なくともフッ酸、硝酸、及び酸化剤を含み、該フッ酸と硝酸の混合比率が、50%フッ酸及び69%硝酸として0.7:1から3:1の容積比である処理液に、シリコン基板を浸漬する工程を含むことを特徴とする、製造方法。
【請求項2】
前記シリコン基板は、結晶シリコンインゴットから固定砥粒ワイヤーソーを用いてスライスされたものであることを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記酸化剤はヨウ素又はヨウ化物であり、その濃度がヨウ素量換算で0.001g/l以上、5g/l以下の濃度であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記酸化剤はヨウ素又はヨウ化物であり、その濃度がヨウ素量換算で0.002g/l以上、0.03g/l以下であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項5】
前記酸化剤はヨウ素又はヨウ化物であり、その濃度がヨウ素量換算で0.002g/l以上、0.01g/l以下であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項6】
前記処理液は、さらに酢酸を含み、69%硝酸と氷酢酸との混合比率が容積比で1:2〜1:7であることを特徴とする、請求項1〜5のいずれか一に記載の方法。
【請求項7】
シリコン基板に表面の反射率を低減させるための表面テクスチャー構造を形成するためのフッ酸、硝酸、及び酸化剤を含む処理液であって、該フッ酸と硝酸の混合比率が、50%フッ酸及び69%硝酸として0.7:1から3:1の容積比の範囲にあることを特徴とする、処理液。
【請求項8】
前記シリコン基板は、結晶シリコンインゴットから固定砥粒ワイヤーソーを用いてスライスされたものであることを特徴とする、請求項7に記載の処理液。
【請求項9】
前記酸化剤として、ヨウ素又はヨウ化物を、ヨウ素量換算で0.001g/l以上、5g/l以下の濃度で含むことを特徴とする、請求項7又は8に記載の処理液。
【請求項10】
前記酸化剤として、ヨウ素又はヨウ化物を、ヨウ素量換算で0.002g/l以上、0.03g/l以下の濃度で含むことを特徴とする、請求項7又は8に記載の処理液。
【請求項11】
前記酸化剤として、ヨウ素又はヨウ化物を、ヨウ素量換算で0.002g/l以上、0.01g/l以下の濃度で含むことを特徴とする、請求項7又は8に記載の処理液。
【請求項12】
さらに酢酸を含み、69%硝酸と氷酢酸との混合比率が容積比で1:2〜1:7であることを特徴とする、請求項7〜11のいずれか一に記載の処理液。
【請求項13】
請求項1〜6のいずれか一に記載の方法により製造されたシリコン基板又は請求項7〜12のいずれか一に記載の処理液を用いて処理したシリコン基板を用いて作製されたことを特徴とする、太陽電池。

【図2】
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【図4】
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【図5】
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【図7】
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【図1】
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【図3】
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【図6】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2011−146432(P2011−146432A)
【公開日】平成23年7月28日(2011.7.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−4065(P2010−4065)
【出願日】平成22年1月12日(2010.1.12)
【出願人】(000004293)株式会社ノリタケカンパニーリミテド (449)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】