説明

微生物増殖方法

【目的】 流加の指標としてDOを採用して装置を簡素化する。
【構成】 培地中の溶存酸素量が設定値以上となった際に、培地にグルコース栄養液を添加する。培地のグルコース濃度は一定範囲に保持されるので、増殖の効率が向上する。DOは検出が、迅速かつ簡単であり、装置は特別なものとならず、複雑化しない。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、流加培養による微生物の増殖方法に関する。
【0002】
【従来の技術】微生物を増殖するにあたり、培地を貯留する培養槽中へ培養時間の経過に応じて連続または間欠的に栄養液を流加する流加培養が知られている。この流加培養では、培地中の特定成分の濃度を任意に制御可能であり、例えば糖濃度を培養する微生物に好適な一定範囲に保持することができる。このため目的とする微生物を効率よく増殖できることから広く採用されている。
【0003】流加培養における栄養液の流加のタイミングを制御するに際して、1)糖濃度(特にグルコース濃度)をバイオセンサ(グルコースセンサ)で検出して、この検出値に応じて栄養液を流加する方法、2)溶存酸素量を指標とする方法、3)pH値、4)酸化還元電位、5)呼吸商(CO2ガス量とO2消費量との比)、6)排気中のエタノール濃度および7)菌体濃度をそれぞれ指標とする方法等が提案されている。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】上記の各方法中では、1)のグルコースセンサによる方法が広く用いられているが、この方法にはグルコースセンサの検出速度が迅速ではないことや、装置が複雑化するなどの問題があった。また、他の2)〜7)の方法においてもいまだ満足するものはなかった。このため、指標の検出速度が迅速で装置を簡素化できる方法が求められていた。
【0005】
【課題を解決するための手段および作用】発明者は、微生物を培養している培地中のグルコース濃度の増減と溶存酸素量の増減との間にきわめて密接な関係が存在することから、グルコース濃度に代えて溶存酸素量を栄養液添加の指標とするための研究を重ね、本発明を完成したものである。
【0006】上記課題を解決するためになされた本発明の要旨は、流加培養による微生物増殖方法において、培地中の溶存酸素量が増加した際に、前記培地に栄養液を添加することを特徴とする微生物増殖方法にある。以下、本発明についてさらに詳細に説明する。
【0007】本発明における増殖の対象となる微生物の種類に制限はなく、流加培養が可能な微生物であればよい。栄養液は、例えばグルコース、酵母エキス、リン酸二水素カリウム(KH2PO4)等の一種または数種を含有する、周知の栄養液を使用すればよく、特に制限はない。また、栄養液の濃度や添加量も、対象とされる微生物に応じて適宜選択されればよい。例えば酵母を増殖する場合であれば、グルコースを含有する栄養液を、培地中のグルコース濃度が0.5%以下程度となるように添加するとよい。これは、培地のグルコース濃度が0.5%を越えると、アルコールの生成量が増加して菌体の増殖が抑制される傾向になるためである。したがって培地の栄養濃度は、このような代謝産物の生成をできるだけ抑制し、菌体を増殖させる濃度範囲とすることが好ましい。さらに、培地、培養温度、空気供給量、培地の攪拌などの諸条件も、対象とされる微生物の増殖条件に応じて設定されればよく、特に制限はない。
【0008】培地中の溶存酸素量(DO)の検出には、周知のDOセンサを使用できる。培地中の微生物は、栄養物、例えばグルコースを消費しつつ増殖するが、この際、通常は空気として培地中に吐出、供給されている酸素も消費される。培地中の栄養物が消費されて不足してくると微生物の増殖は抑制されるので、酸素消費量も減少する。したがって、酸素に余剰が生ずることになり培地中のDOは増加する。このDOの増加に合わせて栄養液を流加すれば、培地の栄養物濃度を増殖に好適な濃度範囲に保持することができる。このため、微生物の増殖は抑制されることはなく、増殖効率は向上する。
【0009】特に、栄養物不足の初期に栄養物を流加すれば、栄養物不足の状態を短時間で解消できる。この栄養物不足の初期にDOは急激に増加するが、この際のDOの増加率は増加傾向にあり二次微分値は正である。したがって、DOの増加率が増加傾向(=二次微分値が正)にある際に、栄養液を流加すれば栄養物濃度を一層好適な範囲に保持することができる。
【0010】DOセンサによるDO値の検出は、ほぼリアルタイムで迅速になされる。また、DOセンサによるDOの検出には特別な装置構成を必要としないので、例えば検出値を指標として栄養液の流加をオンライン制御する際にも、増殖装置が複雑化することはない。
【0011】
【実施例】次に、図面を参照して本発明の実施例を説明する。図1に本実施例において使用した増殖装置10を示す。ステンレス製の培養槽12の頭部12a中央には、モータ14にて駆動される攪拌機16が設置されており、培養槽12の内部に挿通された攪拌軸18に設けられた複数の攪拌翼20で、培養槽12内容物を攪拌可能である。また、頭部12aには、培養対象となる微生物を植菌するための植菌口22、培養槽12内の発泡状態を検出する泡センサ24、培養槽12から気体を排出するためのベント26およびスチーム配管28が、それぞれ接続されている。さらに、頭部12aに設けられた流加ノズル30には、ポンプ32を介して栄養液槽34が接続されており、栄養液槽34からの栄養液を培養槽12へ供給可能である。
【0012】栄養液槽34はボールバルブ36を介してアルカリ槽38に接続されている。また、栄養液槽34およびアルカリ槽38は電磁弁40を介して、培養槽12の胴12b上部に設けられているアルカリノズル42に接続されており、栄養液、アルカリ液を個別または同時に培養槽12へ供給可能である。このアルカリノズル42の下方に設けられている消泡ノズル44には、電磁弁46を介して消泡液槽48が接続されており、培養槽12へ消泡液を供給可能となっている。
【0013】培養槽12の胴12bには、アルカリノズル42および消泡ノズル44とほぼ同レベルに、一対の空気ノズル50、52が設けられており、図示省略したフィルタ機構にて無菌状態とされた無菌空気が供給される空気配管54に接続されている。空気ノズル52は、さらに培養槽12内に設置されているスパージャ56に接続されており、空気配管54からの空気を培養槽12内に吐出可能となっている。
【0014】培養槽12は、胴12bから底部12cにかけてジャケット58が設けられており、図示省略したヒータ、ポンプ等を備えた温調ユニット60から温水配管62を介して供給される温水によって温度調節可能である。また、ジャケット58へは水配管64から水を、スチーム配管28からスチームを供給して冷却または加熱可能である。また培養槽12の胴12bには、ジャケット58を貫通して温度計66、DOセンサ68(インゴールド社製)およびpH計70が設置されており、それぞれ培養槽12内の温度、溶存酸素量およびpHを測定して出力可能である。さらに胴12bには同様に、サンプリングノズル72が設置されており、培養槽12内からサンプリング可能である。他方、培養槽12の底部12cには、ジャケット58を外れて吐出ノズル74が設置されており、培養槽12の内容物を排出可能である。
【0015】なお、図示を省略したが、培養槽12にはマンホール、ハンドホール、レベルゲージ、プレッシャーゲージなどが備えられており、同様に他の槽や各配管にはゲージ類、ベント、ドレン、スチームトラップ等が備えられている。図2に示すように、増殖装置10には、制御機構80、オートプロッタ82他を備えた操作パネル84が設けられている。この制御機構80は周知のマイクロコンピュータ(図示略)を備えており、キー86やスイッチ88等を介して各種の指示の入力が可能である。制御機構80は、これらキー86等を介しての入力や泡センサ24、温度計66、DOセンサ68、pH計70をはじめとする計装機器類の検出値等が入力されると、予め記憶しているプログラムに従って演算処理し、該入力に応じてポンプ32、電磁弁40、46、温調ユニット60等の作動を制御可能である。また、前記温度計66他の出力値は制御機構80を介してオートプロッタ82に送信され、記録紙にプロットされる。
【0016】次に、上記構成の増殖装置10を用いて微生物を増殖する際の操作について説明する。まず培養槽12内に培地および栄養液を注入し、攪拌、通気して所定のグルコース濃度の培地とする。なお、培地は増殖期間を通じて攪拌および通気が継続される。培地温度、pH値を調整後、培養槽12に微生物を植菌する。
【0017】この後、微生物は培地中の栄養物、例えばグルコースを消費して増殖する。消費によって低下するグルコース濃度を適正範囲に保持するために、グルコースを含有する栄養液が流加される。栄養液流加のタイミングは、DOセンサ68によって検出されて制御機構80へ入力されるDO値を指標として決定される。図3に流加ルーチンを示すが、制御機構80は、所定の時間を経過する毎に流加ルーチンを繰り返し実行する。
【0018】まずDOセンサ68の検出値(DK)が入力されると、制御機構80は、DOセンサ68の検出値(DK)とDOの設定値(DS)とを比較し(ステップ200)、DKがDS以上であれば次のステップ300へ進み、DKがDS未満であればリターンへ抜けて所定の時間経過を待つ。ステップ300では、制御機構80は、ポンプ32を予め設定された時間だけ稼働させて、設定量の栄養液を培養槽12へ流加させる。その後リターンへ抜けて、所定の時間を経過する毎に流加ルーチンを繰り返し実行する。このように設定値以上にDOが増加した際にグルコースを流加すればグルコース濃度を適切な範囲に保持できる。この場合のDOとグルコース濃度の変化を図4に示す。
【0019】また、1)DOセンサ68の検出値DKの単位時間当りの増加率を算出して、これが設定値以上となった際にグルコースを流加したり、2)DKの単位時間当りの増加率と直前の同増加率とを比較して、これが設定比率以上に増加した際にグルコースを流加する等のグルコース流加制御も可能である。
【0020】次に、上記構成の増殖装置10を用いた微生物増殖の実施例を、比較例と共に示す。なお、実施例、比較例ともに、培地は次の組成によった。
培地組成本醸醤油 10%食塩 10%滅菌水 残余(実施例1)
微生物種類:酵母(Z.rouxii(S-012))
初発菌体数:4.0x106cells/ml培地量:50l(植菌時グルコース濃度0.5%)
培地温度:30℃培地pH:5.2通気量:30l/min攪拌:200rpm栄養液:グルコース濃度50%、培地に対して0.3%となる分量で流加増殖時間:43時間最終菌体数:2.7x109cells/ml(比較例1)比較例1は、バッチ培養による増殖実験の例であり、培養中のグルコースの追加はない。
【0021】微生物種類:酵母(Z.rouxii(S-012))
初発菌体数:2.5x106cells/ml培地量:50l(植菌時グルコース濃度2.6%)
培地温度:30℃培地pH:5.2通気量:30l/min攪拌:100rpm増殖時間:43時間最高菌体数:2.8x108cells/ml(開始後18時間)
(比較例2)比較例2は、比較例1と同様、バッチ培養による増殖実験の例であり、培養中のグルコースの追加はないが、攪拌数を変化させてDOを一定(3ppm)に保持した。
【0022】微生物種類:酵母(Z.rouxii(S-012))
初発菌体数:3.8x106cells/ml培地量:50l(植菌時グルコース濃度2.6%)
培地温度:30℃培地pH:5.2通気量:30l/min攪拌:100〜400rpm増殖時間:43時間最終菌体数:5.5x108cells/ml図5は、上記実施例1、比較例1および2における培地の濁度、菌体数(生菌)およびアルコール濃度を経過時間毎にプロットしたグラフである。実施例1の菌体数は、比較例1、2の菌体数がほぼ頭打ちとなる24時間経過後においても増加し、最終菌体数においては比較例1、2の約5〜10倍となっている。また、実施例1では、アルコール濃度の増加がほとんどなく、グルコースが菌体増殖に有効に消費されていることがわかる。
【0023】次に、培地量を1000lとした場合の微生物増殖の例(実施例2および比較例3)を示す。
(実施例2)
微生物種類:酵母(Z.rouxii(S-012))
初発菌体数:6.0x106cells/ml培地量:1000l(植菌時グルコース濃度0.5%)
培地温度:30℃培地pH:5.2通気量:500l/min攪拌:110rpm栄養液:グルコース濃度50%、培地に対して0.25%となる分量で流加、ただし、総流加糖量は培地に対して3.0%となる量増殖時間:60時間最終菌体数:3.5x108cells/ml(比較例3)比較例3は、バッチ培養による増殖実験の例であり、培養中のグルコースの追加はない。
【0024】微生物種類:酵母(Z.rouxii(S-012))
初発菌体数:5.9x106cells/ml培地量:1000l(植菌時グルコース濃度3.5%)
培地温度:30℃培地pH:5.2通気量:500l/min攪拌:110rpm増殖時間:60時間最終菌体数:1.5x108cells/ml図6〜8は、上記実施例2および比較例3における培地の濁度、菌体数(生菌)およびグルコース濃度を、それぞれ経過時間毎にプロットしたグラフである。実施例2の最終菌体数は、比較例3の約2.3倍となっており、実施例2は、微生物増殖の効率が優れている。
【0025】以上、実施例に従って本発明の微生物増殖方法を説明したが、本発明はこのような実施例に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲でさまざまに実施できる。
【0026】
【発明の効果】本発明の微生物増殖方法においては、流加のタイミングを決定する指標として溶存酸素量(DO)を採用しているので、検出速度は迅速でありしかも装置を簡素化できる。
【図面の簡単な説明】
【図1】 実施例の増殖装置の構成を示すフロー図である。
【図2】 実施例の増殖装置の操作パネルの説明図である。
【図3】 実施例の増殖装置の制御機構における流加制御のフローチャートである。
【図4】 実施例の増殖装置を用いた微生物の増殖におけるグルコースの流加とDOの変化、グルコース濃度の変化との関係を表すグラフである。
【図5】 実施例1および比較例1、2の酵母増殖における経時変化を表すグラフであり、(a)は培地の濁度、(b)は菌体数、(c)は培地のアルコール濃度を表す。
【図6】 実施例2および比較例3の酵母増殖における培地の濁度の経時変化を表すグラフである。
【図7】 実施例2および比較例3の酵母増殖における菌体数の経時変化を表すグラフである。
【図8】 実施例2および比較例3の酵母増殖における培地のグルコース濃度の経時変化を表すグラフである。
【符号の説明】
10・・・増殖装置、12・・・培養槽、22・・・植菌口、30・・・流加ノズル、32・・・ポンプ、34・・・栄養液槽、68・・・DOセンサ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 流加培養による微生物増殖方法において、培地中の溶存酸素量が増加した際に、前記培地に栄養液を添加することを特徴とする微生物増殖方法。
【請求項2】 前記溶存酸素量の単位時間当りの増加率が増加傾向にある際に前記培地に栄養液を添加することを特徴とする請求項1記載の微生物増殖方法。
【請求項3】 微生物が酵母であることを特徴とする請求項1または2記載の微生物増殖方法。
【請求項4】 微生物が乳酸菌であることを特徴とする請求項1または2記載の微生物増殖方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開平6−261741
【公開日】平成6年(1994)9月20日
【国際特許分類】
【出願番号】特願平5−50710
【出願日】平成5年(1993)3月11日
【出願人】(000004617)日本車輌製造株式会社 (722)
【出願人】(591112061)サンビシ株式会社 (1)