説明

成形性、溶接性に優れた電池ケース用アルミニウム合金板

【課題】大型リチウムイオン電池容器に適用可能な高強度を有しており、しかも成形性にも優れ、さらにレーザー溶接性にも優れたAl-Fe系アルミニウム合金板を提供する。
【解決手段】Fe:0.3〜1.5質量%、Mn:0.3〜1.0質量%、Cu:0.2〜1.0質量%、Mg:0.2〜1.0質量%、Ti:0.002〜0.20質量%、Zr:0.05〜0.20質量%を含有し、Mn/Feの質量比が0.2〜1.0であり、残部Alおよび不純物からなり、不純物としてのSiが0.30質量%未満である成分組成と、円相当径5μm以上の第2相粒子数が500個/mm2未満である金属組織を有し、伸びの値が2%以上、且つ引張り強度が160MPa以上である冷延ままのアルミニウム合金板。または20%以上の伸びの値、且つ130MPa以上の引張り強度を呈する冷延焼鈍材であるアルミニウム合金板。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウムイオン電池などの二次電池用容器に用いられる、成形性、レーザー溶接性に優れた高強度のアルミニウム合金板に関するものである。
【背景技術】
【0002】
Al−Mn系の3000系合金は、強度、成形性及びレーザー溶接性が比較的優れているため、リチウムイオン電池などの二次電池用容器を製造する際の素材として使用されるようになっている。所望形状に成形後にレーザー溶接によって封止密封して二次電池用容器と使用とするものである。前記3000系合金とともに既存の3000系合金をベースとして、さらに強度及び成形性を高めた二次電池容器用アルミニウム合金板に関する開発もなされてきた。
【0003】
例えば特許文献1では、アルミニウム合金板の組成として、Si:0.10〜0.60質量%、Fe:0.20〜0.60質量%、Cu:0.10〜0.70質量%、Mn:0.60〜1.50質量%、Mg:0.20〜1.20質量%、Zr:0.12を超え0.20質量%未満、Ti:0.05〜0.25質量%、B:0.0010〜0.02質量%を含有し、残部Alと不可避的不純物とからなり、円筒容器深絞り成形法で圧延方向に対する45°耳率が4〜7%であることを特徴とする矩形断面電池容器用アルミニウム合金板が記載されている。
【0004】
一方、最近では、電池ケースとして十分な強度と絞り‐しごき加工性、クリープ特性を有し、レーザー溶接性に優れ、充放電サイクル時のケース厚さ増加を抑制できる角型リチウムイオン電池ケース用アルミニウム合金板も開発されている。特許文献2では、Mn:0.8質量%以上、1.8質量%以下、Mg:0.6質量%を超え1.2質量%以下、Cu:0.5質量%を超え1.5質量%以下を含有し、不純物としてのFeを0.5質量%以下、Siを0.3質量%以下に規制し、残部Alおよび不可避的不純物からなる組成を有し、{001}<100>方位の方位密度Cと{123}<634>方位の方位密度Sとの比(C/S)が0.65以上1.5以下であり、さらに最終冷間圧延後の引張強さが250MPa以上330MPa以下、伸びが1%以上である角型電池容器用アルミニウム合金板が記載されている。
【0005】
しかしながら、3000系合金をベースとしてその組成を改良したアルミニウム合金板では、溶接溶け込み深さが不足することもあり、場合によっては異常ビードが発生し、レーザー溶接性に問題があることが知られている。
そこで、1000系をベースとしたレーザー溶接性に優れる二次電池容器用アルミニウム合金板も開発されている。特許文献3では、A1000系アルミニウム材をパルスレーザー溶接により、異常部の発生が防止され、均一に良好な溶接部を形成することができるパルスレーザー溶接用アルミニウム合金材及び電池ケースが記載されている。これによると、従来、鋳造過程における結晶粒の粗大化を抑制するために添加されていたTiが溶接部に悪影響を与えており、パルスレーザー溶接によりA1000系アルミニウムを溶接した時の異常部の形成を防止するためには、純アルミニウム中に含まれるTiを0.01質量%未満に規制すればよいとのことである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第4001007号公報
【特許文献2】特開2010−126804号公報
【特許文献3】特開2009−127075号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
確かに、1000系では溶接性が安定し(異常ビード数が少ない)、成形性に優れるものの強度が低いという問題がある。したがって、リチウムイオン電池の大型化が進む中で、高強度特性も要求されることが予想され、1000系のアルミニウム材をそのまま適用することには問題がある。
前述のように、3000系の合金板では強度や深い溶け込み深さが得られるものの、1000系の合金板にくらべ成形性が劣り、異常ビード数が多い傾向がある。また、1000系の合金板では、成形性に優れ、異常ビード数は低下するが、強度不足が懸念される。
本発明は、このような課題を解決するために案出されたものであり、大型リチウムイオン電池容器に適用可能な高強度を有しており、しかも成形性にも優れ、さらにレーザー溶接性にも優れたAl-Fe系アルミニウム合金板を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の成形性、溶接性に優れた電池ケース用アルミニウム合金板は、その目的を達成するために、Fe:0.3〜1.5質量%、Mn:0.3〜1.0質量%、Cu:0.2〜1.0質量%、Mg:0.2〜1.0質量%、Ti:0.002〜0.20質量%、Zr:0.05〜0.20質量%を含有し、Mn/Feの質量比が0.2〜1.0であり、残部Alおよび不純物からなり、不純物としてのSiが0.30質量%未満である成分組成と、円相当径5μm以上の第2相粒子数が500個/mm未満である金属組織を有することを特徴とする。
冷延まま材である場合、2%以上の伸びの値、且つ160MPa以上の引張り強度を呈するものとする。また、冷延焼鈍材とした場合、20%以上の伸びの値、且つ130MPa以上の引張り強度を呈するものとする。
【発明の効果】
【0009】
本発明のアルミニウム合金板は、高い強度を有するとともに成形性にも優れ、しかも優れたレーザー溶接性を備えているので、密閉性能に優れるとともに膨れの抑制が可能な二次電池用容器を低コストで製造することができる。
特に冷延まま材の場合には2%以上の伸びの値、且つ160MPa以上の引張り強度を有し、冷延焼鈍材とした場合、130MPa以上の引張り強度ばかりでなく伸びの値が20%以上となって優れた成形性を発現する。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】異常ビード数の測定/評価方法を説明する概念図
【図2】溶け込み深さの測定/評価方法を説明する概念図
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
二次電池は、容器に電極体を入れた後に、溶接等により蓋を付けて密封することによって製造されている。このような二次電池を携帯電話などに使用すると、充電する際、容器内部の温度が上昇して、容器内部の圧力が増加することがある。このため、容器を形作っている材料の強度が低いと製造された容器に大きな膨れが生じるという問題がある。したがって、用いる材料として高い強度を有するものが求められる。
また、容器を形作る方法としてプレス法が用いられるのが一般的であるから、用いる材料自身に優れたプレス成形性を有することが要求される。
【0012】
しかも、蓋を付けて密封する方法として溶接法が用いられるので、溶接性に優れることも要求される。そして、二次電池用容器等を製造の際の溶接法としてレーザー溶接法が用いられる場合が多い。
ところで、レーザー溶接性に関しては、(1)溶接ビード幅の安定性,溶け込み深さの安定性や(2)溶接ビード幅に対してより深い溶け込み深さを得ること、が課題として挙げられる。
一般的には、溶接ビード幅が広くなると溶け込み深さも深くなる傾向がある。このため局所的に異常ビード部では溶接ビード幅が広く、溶け込み深さが深くなり、ひどい場合には溶融部の突き抜けなどが生じてしまい電池の性能や信頼性の低下を招くことになる。
【0013】
また一方、溶け込み深さを調査するためには多くの断面を観察する必要があり労力を有する。ただ、前述の通り同一合金内では溶接ビード幅と溶け込み深さには相関があることから、溶接ビード幅を測定し異常(粗大)ビードを検出することで、問題となる異常な溶け込み深さのビードの比率を簡易的に調査することができる。
本発明者等は、高強度でプレス成形性に優れるとともに、溶接部に発生した異常ビード数や溶接部における溶け込み深さの調査を通じてレーザー溶接性にも優れたアルミニウム合金板を得るべく鋭意検討を重ね、本発明に到達した。
以下にその内容を説明する。
【0014】
まず、本発明の二次電池容器用アルミニウム合金板に含まれる各元素の作用、適切な含有量等について説明する。
Fe:0.3〜1.5質量%
Feは、アルミニウム合金板の強度を増加させ、レーザー溶接における溶け込み深さを確保するため、必須の元素である。Fe含有量が0.3質量%未満であると、アルミニウム合金板の強度が低下するとともに、レーザー溶接時における溶け込み深さが減少するため、好ましくない。Feの含有量が1.5質量%を超えると、鋳塊鋳造時にAl−(Fe・Mn)−Si系、AlFe等の粗大な金属間化合物が晶出して、最終板における成形性が低下するとともに、これら金属間化合物はレーザー溶接時にAlマトリックスに比べ蒸発しやすく、異常ビード数が増加して溶接性が低下するため、好ましくない。
従って、Fe含有量は、0.3〜1.5質量%の範囲とする。より好ましいFe含有量は、0.5〜1.5質量%の範囲である。さらに好ましいFe含有量は、0.7〜1.5質量%の範囲である。
【0015】
Mn:0.3〜1.0質量%
Mnは、アルミニウム合金板の強度を増加させ、レーザー溶接における溶け込み深さを確保するため、必須の元素である。Mn含有量が0.3質量%未満であると、アルミニウム合金板の強度が低下するとともに、レーザー溶接時における溶け込み深さが減少するため、好ましくない。Mnの含有量が1.0質量%を超えると、鋳塊鋳造時にAl−(Fe・Mn)−Si系、AlMn等の粗大な金属間化合物が晶出して、最終板における成形性が低下するとともに、これら金属間化合物はレーザー溶接時にAlマトリックスに比べ蒸発しやすく、異常ビード数が増加して溶接性が低下するため、好ましくない。
従って、Mn含有量は、0.3〜1.0質量%の範囲とする。より好ましいMn含有量は、0.3〜0.8質量%の範囲である。さらに好ましいMn含有量は、0.4〜0.7質量%の範囲である。
【0016】
Ti:0.002〜0.20質量%
Tiは鋳塊鋳造時に結晶粒微細化剤として作用し、鋳造割れを防止することができる。勿論、Tiは単独で添加してもよいが、Bと共存することによりさらに強力な結晶粒の微細化効果を期待できるので、Al−5%Ti−1%Bなどのロッドハードナーでの添加であってもよい。
Ti含有量が、0.002質量%未満であると、鋳塊鋳造時の微細化効果が不十分なため、鋳造割れを招くおそれがあり、好ましくない。Ti含有量が、0.20質量%を超えると、鋳塊鋳造時にTiAl等の粗大な金属間化合物が晶出して、最終板における成形性を低下させるため、好ましくない。
従って、Ti含有量は、0.002〜0.20質量%の範囲とする。より好ましいTi含有量は、0.002〜0.15質量%の範囲である。さらに好ましいTi含有量は、0.005〜0.10質量%の範囲である。
【0017】
Zr:0.05〜0.20質量%
ZrはTiと同様に鋳塊鋳造時に結晶粒微細化剤として作用し、鋳造割れを防止することができる。またTiとZrを共存させると、急冷凝固を伴う溶接ビード部の凝固時の割れ発生を防ぎ、パルスレーザー溶接の高速度化を可能とする。Ti、Zr及びBを共存させると、急冷凝固を伴う溶接ビード部の凝固時の割れ発生を防止する効果がさらに顕著になる。
Zr含有量が0.20質量%を超えると、鋳塊鋳造時にZrAl等の粗大な金属間化合物が晶出して、最終板における成形性を低下させるため、好ましくない。Zr含有量が0.05質量%に満たないと十分な効果は得られない。従って、好ましいZr含有量は0.05〜0.20質量%である。より好ましいZr含有量は、0.07〜0.20質量%の範囲である。さらに好ましいZr含有量は、0.07〜0.18質量%の範囲である。
【0018】
B:0.0005〜0.10質量%
BもTi、Zrと同様に鋳塊鋳造時に結晶粒微細化剤として作用し、鋳造割れを防止することができる。このため、必要に応じて含有させる。
B含有量が0.10質量%を超えると、TiBが安定化した金属間化合物となって、結晶粒微細化効果が減衰するとともに、DI成形後の外観肌荒れが起こるおそれがあるため、好ましくない。B含有量が0.0005質量%に満たないと十分な結晶粒微細化効果は得られない。従って、好ましいB含有量は0.0005〜0.10質量%である。より好ましいB含有量は、0.001〜0.05質量%の範囲である。さらに好ましいB含有量は、0.001〜0.01質量%の範囲である。
【0019】
Cu含有量:0.2〜1.0質量%
Cuは、MgとともにCuMgAl相としてAlマトリックスに析出することにより、アルミニウム合金板の強度を増加させる。Cu含有量が0.2質量%に満たないと、強度の増加が不十分であり、好ましくない。また逆にCu含有量が1.0質量%を超えるほどに多いと、最終板の成形性が低下するため、好ましくない。
従って、Cu含有量は、0.2〜1.0質量%の範囲とする。より好ましいCu含有量は、0.2〜0.9質量%の範囲である。さらに好ましいCu含有量は、0.2〜0.8質量%の範囲である。
【0020】
Mg含有量:0.2〜1.0質量%
Mgは、CuとともにCuMgAl相としてAlマトリックスに析出することにより、アルミニウム合金板の強度を増加させる。Mg含有量が0.2質量%に満たないと、強度の増加が不十分であり、好ましくない。また逆にMg含有量が1.0質量%を超えるほどに多いと、レーザー溶接の際に酸化皮膜が発生して、溶接性が低下するため、好ましくない。
従って、Mg含有量は、0.2〜1.0質量%の範囲とする。より好ましいMg含有量は、0.2〜0.9質量%の範囲である。さらに好ましいMg含有量は、0.2〜0.8質量%の範囲である。
【0021】
不純物としてのSi含有量:0.30質量%未満
不可避的不純物としてのSiの含有量は、0.30質量%未満に制限することが好ましい。Si含有量が0.30質量%以上であると、鋳塊鋳造時にAl-(Fe・Mn)-Si等の粗大な金属間化合物を晶出して、成形性が低下する。より好ましいSi含有量は、0.25質量%未満である。さらに好ましいSi含有量は、0.20質量%未満である。
本発明において、Si含有量は、0.20質量%未満であれば、成形性及び溶接性等の特性について低下することはない。
【0022】
その他の不可避的不純物
不可避的不純物は原料地金、返り材等から不可避的に混入するもので、それらの許容できる含有量は、例えば、Znの0.25質量%未満、Niの0.20質量%未満、Ga及びVの0.05質量%未満、Pb、Bi、Sn、Na、Ca、Srについては、それぞれ0.02質量%未満、その他各0.05質量%未満であって、この範囲で管理外元素を含有しても本発明の効果を妨げるものではない。
【0023】
Mn/Feの質量比:0.2〜1.0
本発明の範囲内のFe、Mn含有量の範囲内においてMn/Fe比が0.2未満であると、レーザー溶接時の溶け込み深さが減少するため、好ましくない。本発明の範囲内のFe、Mn含有量の範囲内においてMn/Fe比が1.0を超えると、異常ビード数が増加するため、好ましくない。
ところで、Mn/Feの質量比は、鋳塊鋳造時に晶出する金属間化合物の種類と量に影響を及ぼす。例えば、Mn/Fe質量比が増加すると、AlMn系の金属間化合物の数が増加することも周知である。
【0024】
一方、これらAlMn等の金属間化合物は、レーザー溶接時にAl−Fe−Si、AlFe、AlFe等の金属間化合物に比べて蒸発しやすく不安定である。このため、Mn/Fe比が1.0を超えると、レーザー溶接時の異常ビード数が増加して溶接性が低下すると考えられる。
また、MnはAlマトリックスに固溶させることにより材料の熱抵抗を増加させるため、レーザー溶接時における溶け込み深さを確保する上で、Feよりも重要な元素である。このため、Mn/Fe比が0.2未満であると、レーザー溶接時における溶け込み深さが不足すると考えられる。
【0025】
引張り強度及び伸び値
冷延まま材:伸びの値が2%以上、且つ引張り強度が160MPa以上
冷延焼鈍材:伸びの値が20%以上、且つ引張り強度が130MPa以上
ところで、Al-Fe系アルミニウム合金板を大型リチウムイオン電池容器等に適用するに当たっては、高強度と優れたレーザー溶接性を有するだけでなく、成形性にも優れることが必要である。材料の強度は引張り試験を行った時の引張り強度で、また成形性は引張り試験時の伸びの値で知ることができる。
詳細は後記の実施例の記載に譲るとして、大型リチウムイオン電池容器等に適用する本発明のAl-Fe系アルミニウム合金板としては、冷延まま材にあっては伸びの値が2%以上、且つ引張り強度が160MPa以上なる特性を有するものが、冷延焼鈍材にあっては伸びの値が20%以上、且つ引張り強度が130MPa以上なる特性を有するものが好適である。
【0026】
金属組織における円相当径5μm以上の第2相粒子数が500個/mm未満
上記のような特性は、前記特定の成分組成を有するAl-Fe系アルミニウム合金板の金属組織を細かく調整することにより発現される。
具体的には、金属組織における円相当径5μm以上の第2相粒子数を500個/mm未満にすればよい。
冷延まま材であっても冷延焼鈍材であっても、金属組織に差異はない。上記のような金属組織を有していれば、冷延まま材にあっては2%以上の伸びの値、且つ160MPa以上の引張り強度を呈し、冷延焼鈍材にあっては20%以上の伸びの値、且つ130MPa以上の引張り強度を呈する。
【0027】
次に、上記のような二次電池容器用アルミニウム合金板を製造する方法について簡単に紹介する。
溶解・溶製
溶解炉に原料を投入し、所定の溶解温度に到達したら、フラックスを適宜投入して攪拌を行い、さらに必要に応じてランス等を使用して炉内脱ガスを行った後、鎮静保持して溶湯の表面から滓を分離する。
この溶解・溶製では、所定の合金成分とするため、母合金等再度の原料投入も重要ではあるが、前記フラックス及び滓がアルミニウム合金溶湯中から湯面に浮上分離するまで、鎮静時間を十分に取ることが極めて重要である。鎮静時間は、通常30分以上取ることが望ましい。
【0028】
溶解炉で溶製されたアルミニウム合金溶湯は、場合によって保持炉に一端移湯後、鋳造を行なうこともあるが、直接溶解炉から出湯し、鋳造する場合もある。より望ましい鎮静時間は45分以上である。
必要に応じて、インライン脱ガス、フィルターを通してもよい。
インライン脱ガスは、回転ローターからアルミニウム溶湯中に不活性ガス等を吹き込み、溶湯中の水素ガスを不活性ガスの泡中に拡散させ除去するタイプのものが主流である。不活性ガスとして窒素ガスを使用する場合には、露点を例えば−60℃以下に管理することが重要である。鋳塊の水素ガス量は、0.20cc/100g以下に低減することが好ましい。
【0029】
鋳塊の水素ガス量が多い場合には、鋳塊の最終凝固部にポロシティが発生するため、熱間圧延工程における1パス当たりの圧下率を例えば7%以上に規制してポロシティを潰しておく必要がある。
また、鋳塊に過飽和に固溶している水素ガスは、熱間圧延工程前の均質化処理の条件にもよるが、最終板の成形後のレーザー溶接時に析出して、ビードに多数のブローホールを発生させる場合もある。このため、より好ましい鋳塊の水素ガス量は、0.15cc/100g以下である。
【0030】
鋳造
鋳塊は、半連続鋳造(DC鋳造)によって製造する。通常の半連続鋳造の場合は、鋳塊の厚みが一般的には400〜600mm程度であるため、鋳塊中央部における凝固冷却速度が1℃/sec程度である。このため、特にFe、Mnの含有量が高いアルミニウム合金溶湯を半連続鋳造する場合には、鋳塊中央部にはAl−(Fe・Mn)−Si等の比較的粗い金属間化合物がアルミニウム合金溶湯から晶出する傾向がある。
【0031】
半連続鋳造における鋳造速度は鋳塊の幅、厚みにもよるが、通常は生産性も考慮して、50〜70mm/minである。しかしながら、インライン脱ガスを行なう場合、脱ガス処理槽内における実質的な溶湯の滞留時間を考慮すると、不活性ガスの流量等脱ガス条件にもよるが、アルミニウム溶湯の流量(単位時間当たりの溶湯供給量)が小さいほど槽内での脱ガス効率が向上し、鋳塊の水素ガス量を低減することが可能である。鋳造の注ぎ本数等にもよるが、鋳塊の水素ガス量を低減するために、鋳造速度を30〜50mm/minと規制することが望ましい。さらに望ましい鋳造速度は、30〜40mm/minである。勿論、鋳造速度が30mm/min未満であると、生産性が低下するため望ましくない。なお、鋳造速度の遅い方が、鋳塊におけるサンプ(固相/液相の界面)の傾斜が緩やかになり、鋳造割れを防止できることは言うまでもない。
【0032】
均質化処理:420〜600℃×1時間以上
半連続鋳造法により鋳造して得た鋳塊に均質化処理を施す。
均質化処理は、圧延を容易にするために鋳塊を高温に保持して、鋳造偏析、鋳塊内部の残留応力の解消を行なう処理である。本発明において、保持温度420〜600℃で1時間以上保持することが必要である。この場合、鋳造時に晶出した金属間化合物を構成する遷移元素等をマトリックスにある程度固溶させるための処理でもある。この保持温度が低すぎ、或いは保持温度が短い場合には、上記遷移元素等の固溶が進まず、再結晶粒が粗くなり、DI成形後の外観肌が綺麗に仕上がらない虞がある。また、保持温度が高すぎると、鋳塊のミクロ的な最終凝固部であるCuMgAl等の共晶部分が溶融する、いわゆるバーニングを起こすおそれがある。より好ましい均質化処理温度は、420〜590℃である。
【0033】
熱間圧延工程
所定時間高温に保持された鋳塊は、均質化処理後そのままクレーンで吊るされて、熱間圧延機に持ち来たされ、熱間圧延機の機種にもよるが、通常何回かの圧延パスによって熱間圧延されて所定の厚み、例えば4〜8mm程度の熱延板としてロールに巻き取る。
【0034】
冷間圧延工程
熱間圧延板を巻き取ったロールは、冷延機に通され、通常何パスかの冷間圧延が施される。この際、冷間圧延によって導入される塑性歪により加工硬化が起こるため、必要に応じて、中間焼鈍処理が行なわれる。通常中間焼鈍は軟化処理でもあるので、材料にもよるがバッチ炉に冷延ロールを挿入し、300〜450℃の温度で、1時間以上の保持を行なってもよい。保持温度が300℃よりも低いと、軟化が促進されず、保持温度が450℃をこえると、処理コストの増大を招く。また、中間焼鈍は、連続焼鈍炉によって例えば450℃〜550℃の温度で15秒以内保持し、その後急速に冷却すれば、溶体化処理を兼ねることもできる。保持温度が450℃よりも低いと、軟化が促進されず、保持温度が550℃をこえると、バーニングを起こすおそれがある。
【0035】
最終焼鈍
本発明において、最終冷間圧延の後に行なわれる最終焼鈍は、例えば焼鈍炉によって温度400〜500℃で1時間以上保持するバッチ処理であってもよいが、連続焼鈍炉によって例えば500℃〜550℃の温度で15秒以内保持し、その後急速に冷却すれば、溶体化処理を兼ねることもできる。
いずれにしても、本発明において最終焼鈍は必ずしも必須ということではないが、通常のDI成形における成形性を考慮すると、最終板をできるだけ軟化させておくことが望ましい。金型成形工程における成形性も考慮すると、焼鈍材、若しくは溶体化処理材としておくことが望ましい。
成形性よりも機械的強度を優先する場合には冷延まま材で提供する。
【0036】
最終冷延率
最終焼鈍を施す場合の最終冷延率は、50〜90%の範囲であることが好ましい。最終冷延率がこの範囲であれば、焼鈍後の最終板における平均再結晶粒を20〜100μmにして、伸びの値を20%以上にすることができ、成形後の外観肌を綺麗に仕上げることができる。さらに好ましい最終冷延率は、60〜90%の範囲である。
一方、最終焼鈍を施さずに冷延まま材とするときの最終冷延率は、5〜40%の範囲とすることが好ましい。DI成形時にしごき加工が多くなる場合には、焼鈍材よりも若干硬い最終板を提供する必要がある。最終冷延率が5%未満であると、組成にもよるが最終板における引張り強度を160MPa以上とすることが困難となり、最終冷延率が40%を超えると、組成にもよるが最終板における伸びの値を2%以上とすることが困難となる。
最終冷延率がこの範囲であれば、冷延まま最終板における伸びの値を2%以上、且つ引張り強度を160MPa以上とすることができる。さらに好ましい最終冷延率は、10〜30%の範囲である。
以上のような通常の工程を経ることにより、二次電池容器用アルミニウム合金板を得ることができる。
【実施例】
【0037】
最終板の作成
所定の各種インゴットを計量、配合して、離型材を塗布した#20坩堝に6kgずつ(合計8つの供試材)のインゴットを挿入装填した。これら坩堝を電気炉内に挿入して、780℃で溶解して滓を除去し、その後、溶湯温度を760℃に保持し、次いで脱滓用フラックス各6gをアルミニウム箔に包んでフォスフォライザーにて押し込み添加した。
次いで、溶湯中にランスを挿入して、Nガスを流量1.0L/minで10分間吹き込んで脱ガス処理を行なった。その後30分間の鎮静を行なって溶湯表面に浮上した滓を攪拌棒にて除去し、さらにスプーンで成分分析用鋳型にディスクサンプルを採取した。
次いで、治具を用いて順次坩堝を電気炉内から取り出し、予熱しておいた金型(250mm×200mm×30mm)にアルミニウム溶湯を鋳込んだ。各供試材のディスクサンプルは、発光分光分析によって、組成分析を行なった。その結果を表1に示す。
【0038】
【表1】

【0039】
鋳塊は、押し湯を切断後、両面を2mmずつ面削して、厚み26mmとした。
この鋳塊を電気加熱炉に挿入して、100℃/hrの昇温速度で430℃まで加熱し、430℃×1時間の均質化処理を行い、続いて熱間圧延機にて6mm厚さとなるまで熱間圧延を施した。
この熱間圧延板に冷間圧延を施して、厚さ1.25mmの冷延板を得た。この冷延板をアニーラーに挿入して、390℃×1時間保持の中間焼鈍処理後、アニーラーから焼鈍板を取り出して空冷した。次にこの焼鈍板に冷間圧延を施して、厚さ1.0mmの冷延板を得た。この場合の最終冷延率は20%であった。
冷延焼鈍板は、前記熱間圧延板に中間焼鈍を施すことなく冷間圧延を施して、1mmの冷延板を得た。この場合の最終冷延率は83.3%であった。最終焼鈍は、冷延板をアニーラーに挿入して、390℃×1時間焼鈍処理後、アニーラーから冷延板を取り出して空冷した。
【0040】
次に、このようにして得られた最終板(各供試材)について、成形性、レーザー溶接性の評価を行なった。
成形性の評価
得られた最終板の成形性評価は、引張り試験の伸び(%)によって行った。
具体的には、引張り方向が圧延方向と平行になるようにJIS5号試験片を採取し、JISZ2241に準じて引張り試験を行って、引張強度(UTS)、0.2%耐力(YS)、伸び(破断伸び)を求めた。
冷延まま最終板において、伸びの値が2%以上であった供試材を成形性良好(○)とし、2%未満であった供試材を成形性不良(×)とした。評価結果を表2に示す。
冷延後に焼鈍を施した最終板において、伸びの値が20%以上であった供試材を成形性良好(○)とし、20%未満であった供試材を成形性不良(×)とした。評価結果を表3に示す。
なお、表3における供試材No.は、表1に示した各供試材No.に10の位を付したNo.で示している。
【0041】
レーザー溶接条件
得られた最終板について、パルスレーザー照射を行なって、レーザー溶接性の評価を行なった。LUMONICS社製YAGレーザー溶接機JK701を用いて、周波数37.5Hz、溶接速度450mm/min、パルス当たりのエネルギー6.0J、シールドガス(窒素)流量1.5(L/min)の条件にて、同供試材の2枚の板を端部同士隙間なく、突き合わせて当該部分に沿って全長120mm長さのパルスレーザー溶接を行なった。
【0042】
レーザー溶接性の評価
異常ビード数の測定/評価
次に、レーザー溶接性の評価として、溶接部に発生した異常ビード数を測定した。まず、上記120mm長さの溶接線のうち、中央部の60mm長さの溶接線を測定領域として決めた。次に、図1に示すように60mm長さの溶接線に沿って形成された各パルスによる丸い溶融ビードの幅を溶接方向に0.05mmの間隔で連続して測定し、10mm長さ(1区間)毎の「平均溶接ビード幅」を算出し、各区間における「平均溶接ビード幅」から比率として1.1以上乖離するビード幅を示す箇所の数をカウントした。このカウントを60mm(6区間)分合計して、その供試材の異常ビード数とした。
本明細書において、異常ビード数が10未満であった供試材を異常ビード数評価良好(○)とし、異常ビード数が10以上であった供試材を異常ビード数評価不良(×)とした。評価結果を、冷延まま材については表2に、冷延焼鈍板については表3に示す。
【0043】
溶け込み深さの測定/評価
次に、レーザー溶接性の評価として、溶接部における溶け込み深さを測定した。図2に示すように、溶接方向と垂直な方向における板断面を切り出して、熱可塑性樹脂に埋め込み鏡面研磨して、溶接部垂直断面の金属組織観察を行なった。
鋳造時に晶出した金属間化合物は、パルスレーザー照射による加熱により高温に熱せられ、アルミニウムに溶解し、その直後溶融ビードは急冷されて、前記金属間化合物を構成するFe、Mn、Si等の元素はAlマトリックスに過飽和に固溶された組織となる。
【0044】
したがって、溶接部垂直断面の金属組織観察によって、当該断面において金属間化合物の観察されないAlマトリックスのみの領域が溶融部分であり、当該領域の最終板の表面からの最大深さを測定することで、溶け込み深さを測定できる。
1供試材について5断面の溶け込み深さ測定を行ない、その平均値をその供試材における溶け込み深さ(μm)とした。なお、この場合前述の異常ビードにおける断面は測定の対象外である。
本明細書において、溶け込み深さ220μm以上であった供試材を溶け込み深さ評価良好(○)とし、溶け込み深さ220μm未満であった供試材を溶け込み深さ評価不良(×)とした。評価結果を、冷延まま材については表2に、冷延焼鈍板については表3に示す。
【0045】
【表2】

【0046】
【表3】

【0047】
各供試材の評価
冷延まま材についての評価結果を示す表2における実施例1〜5は、本発明の組成範囲内の冷延材であり、レーザー溶接性(異常ビード数評価、溶け込み深さ評価)、成形性とも全て良好(○)であった。
比較例1は、Mn含有量が1.27質量%と高く、Mn/Fe比も2.59で本発明の範囲外であり、溶け込み深さ評価良好(○)、成形性良好(○)であったが、異常ビード数評価不良(×)であった。
比較例2は、Fe含有量が1.6質量%と高く、本発明の範囲外であり、溶け込み深さ評価良好(○)であったが、成形性不良(×)、異常ビード数評価不良(×)であった。
比較例3乃至5は、Fe、Mnともに低く、本発明の範囲外であり、成形性良好(○)、異常ビード数評価良好(○)であったが、溶け込み深さ評価不良(×)であった。
比較例6は、Si含有量が0.5質量%と高く、本発明の範囲外であり、溶け込み深さ評価良好(○)、異常ビード数評価良好(○)であったが、成形性不良(×)であった。
【0048】
冷延焼鈍材についての評価結果を示す表3における実施例11〜15は、本発明の組成範囲内の焼鈍材であり、レーザー溶接性(異常ビード数評価、溶け込み深さ評価)、成形性とも全て良好(○)であった。
比較例11は、Mn含有量が1.27質量%と高く、Mn/Fe比も2.59で本発明の範囲外であり、溶け込み深さ評価良好(○)、成形性良好(○)であったが、異常ビード数評価不良(×)であった。
比較例12は、Fe含有量が1.6質量%と高く、本発明の範囲外であり、溶け込み深さ評価良好(○)であったが、成形性不良(×)、異常ビード数評価不良(×)であった。
比較例13乃至15は、Fe、Mnともに低く、本発明の範囲外であり、成形性良好(○)、異常ビード数評価良好(○)であったが、溶け込み深さ評価不良(×)であった。
比較例16は、Si含有量が0.5質量%と高く、本発明の範囲外であり、溶け込み深さ評価良好(○)、異常ビード数評価良好(○)であったが、成形性不良(×)であった。
【0049】
金属組織における第2相粒子数の測定
得られた最終板の圧延方向に平行な縦断面(LT方向に垂直な断面)を切り出して、熱可塑性樹脂に埋め込んで鏡面研磨して、金属組織観察を行った。ミクロ金属組織を光学顕微鏡にて写真撮影し(1視野当たりの面積;0.0334mm、各試料10視野撮影)、写真の画像解析を行い、単位面積当たりの円相当径5μm以上の第2相粒子数を測定した。
画像解析による測定結果を、冷延まま材については表4に、冷延焼鈍板については表5に示す。
【0050】
【表4】

【0051】
【表5】

【0052】
冷延まま材についての評価結果を示す表4から、金属組織における円相当径5μm以上の第2相粒子数が500個/mm以上の場合(比較例2,6)、引張り試験において、比較的粗い第2相粒子とマトリックスとの界面において剥れが発生し易いため、伸びの値が2%未満と低くなることが判る。
したがって、伸びの値を2%以上とするためには、金属組織における円相当径5μm以上の第2相粒子数を500個/mm未満とする必要があることが判る。
【0053】
冷延焼鈍材についての評価結果を示す表5から、金属組織における円相当径5μm以上の第2相粒子数が500個/mm以上の場合(比較例12,16)、引張り試験において、比較的粗い第2相粒子とマトリックスとの界面において剥れが発生し易いため、伸びの値が20%未満と低くなることが判る。
したがって、伸びの値を20%以上とするためには、金属組織における円相当径5μm以上の第2相粒子数を500個/mm未満とする必要があることが判る。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Fe:0.3〜1.5質量%、Mn:0.3〜1.0質量%、Cu:0.2〜1.0質量%、Mg:0.2〜1.0質量%、Ti:0.002〜0.20質量%、Zr:0.05〜0.20%質量%を含有し、Mn/Feの質量比が0.2〜1.0であり、残部Alおよび不純物からなり、不純物としてのSiが0.30質量%未満である成分組成と、円相当径5μm以上の第2相粒子数が500個/mm未満である金属組織を有し、2%以上の伸びの値、且つ160MPa以上の引張り強度を呈する冷延まま材であることを特徴とする成形性、溶接性に優れた電池ケース用アルミニウム合金板。
【請求項2】
Fe:0.3〜1.5質量%、Mn:0.3〜1.0質量%、Cu:0.2〜1.0質量%、Mg:0.2〜1.0質量%、Ti:0.002〜0.20質量%、Zr:0.05〜0.20質量%を含有し、Mn/Feの質量比が0.2〜1.0であり、残部Alおよび不純物からなり、不純物としてのSiが0.30質量%未満である成分組成と、円相当径5μm以上の第2相粒子数が500個/mm未満である金属組織を有し、20%以上の伸びの値、且つ130MPa以上の引張り強度を呈する冷延焼鈍材であることを特徴とする成形性、溶接性に優れた電池ケース用アルミニウム合金板。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2012−177187(P2012−177187A)
【公開日】平成24年9月13日(2012.9.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−106776(P2011−106776)
【出願日】平成23年5月12日(2011.5.12)
【出願人】(000004743)日本軽金属株式会社 (627)
【Fターム(参考)】