説明

改質シュガービートペクチンを用いて製造される乳化組成物及びその製造方法

【課題】構成成分に化学的に合成された比重調整剤を含まない場合においても、長期間にわたって品質が安定な乳化組成物を提供することを目的とする。
【解決手段】改質シュガービートペクチン、テルペン、脂肪酸トリグリセリド及び水を含有する乳化組成物を調製する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は改質されたシュガービートペクチンを用いて調製された乳化組成物及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
非アルコール飲料の中で、コーラ飲料、果汁飲料及びレモネード等は、今日、消費者市場において際だった位置を占めている。これらの飲料は、多くの場合に、脂溶性ビタミンやDHAなどの栄養成分、色素成分、香料等を加えて製造される。これらの脂溶性成分は、リモネンなどに代表されるテルペンや食用油脂等の脂溶性媒体に溶解した状態で存在する。これらを主に親水性の高い成分からなる飲料に均一に分散させる為には、乳化剤などを用いて、あらかじめ乳化しておく必要がある。
【0003】
しかし実際上は、単にテルペンや脂溶性媒体を乳化させるだけでは貯蔵安定性の高い飲料を作ることはできない。なぜならば、これらの乳化組成物(以後、「飲料用乳化組成物」と記する)の比重は、例えばテルペンを使用した場合には通常0.9g/ml以下であり、飲料の水相の比重(通常:1.0g/ml以上)とはかなり異なるからである。飲料用乳化組成物は、その比較的低い比重のために、たとえ微細に分散されたとしても液表面上に浮遊物を生じる傾向があり(クリーミング)、更には浮遊物の量が多くなると、瓶の首の部分にリング状の付着物、すなわち“ネックリング”を形成する場合もある。このような付着物は外観を損ねるばかりではなく、飲料の風味を変化させ商品価値を低下させる原因となる。
【0004】
このような浮遊物や付着物の生成を避けるために比重調整剤が使用される。比重調整剤は油溶性であり、テルペンなどの親油性の基材と混和性が高くなければならない。この比重調整剤が油滴の比重を飲料の水相の比重に近づけ、飲料中で油相が浮遊物化するのを防ぎ、より長い貯蔵期間にわたって品質の安定した飲料製品を得ることができる。一般的に比重調整剤は、油相との混和性の他に、エマルション安定化効果が発揮され得るように飲料の水相よりも高い比重が要求され、臭素化された食用油、ダマーガム、エステルガム、ショ糖酢酸イソ酪酸エステル(SAIB)、などといった素材が使われることが多い(例えば特許文献1乃至4など)。
【0005】
臭素化された食用油は、比重が高いために工業用途では比重調整剤として極めて好適ではあるが、健康面の理由からは食品用途ではそれほど高く評価されず、一部の国において食品での使用が認められているに過ぎない。ダマー樹脂およびルートロジンのグリセロールエステルであるダマーガム、およびエステルガムや酢酸及びイソ酪酸でエステル化されたショ糖であるSAIBは簡単に合成することができ、脂肪酸酸化または他の酸化反応等を受けないという利点を持ち、多くの国で食品での使用が認められている。しかしながら、近年では天然嗜好の機運が世界的に高まっており、化学的に合成された比重調整剤の使用を忌避する傾向がある。比重調整剤等の化学的合成品を用いない乳化組成物および飲料は、それぞれ“クリーンラベルエマルション”および“クリーンラベル飲料”と呼ばれる。クリーンラベル製品に対する需要は特に欧州で高まっており、アジアや米国などでも今後需要が伸びてくると考えられる。
【0006】
化学的に合成された比重調整剤を用いずに、飲料中で安定な乳化組成物を調製する方法としては、低比重のテルペン(比重約0.85g/ml)を比較的高比重である脂肪酸トリグリセリド(比重約0.94g/ml)と混合し、比重をできるだけ水に近づける(比重0.9g/ml以上)方法が挙げられる。しかし、この方法では、化学的に合成された比重調整剤を使った場合に比べて、油相と水相の比重差が大きく、飲料中でより安定な乳化組成物を製造するためには、化学的合成品以外で最適な乳化剤を選択することが必須となる。この場合は、少量でより多くの油相を包括できる乳化剤が求められる。すなわち、油相に吸着している乳化剤の割合が、水相に分散している乳化剤に比べて大きいものが望ましい。この理由としては、水相に分散している乳化剤は水相の比重を上昇させ、油相(油滴)表面に吸着している乳化剤は、油相の比重を上昇させるからである。また、テルペンを水相の比重にできるだけ近づけるためには、比較的大量の脂肪酸トリグリセリドが必要になることが多く、より多量の油相を微細化(微粒子化)する必要があり、この為にも乳化剤の油への吸着性が大きく影響する。
【0007】
テルペンを安定的に乳化することができる天然の乳化剤として、アラビアガムやガティガムなどの樹液から抽出される多糖類が最も一般的に用いられている。また、近年においては、安定供給の観点から、作物の茎、皮、根等から抽出される天然の多糖をも飲料用の乳化組成物の製造に用いる試みがなされており、特にサトウダイコン(Beta vulgaris LINNE var. rapa DUMORTIER)の根皮から抽出されるシュガービートペクチンは、乳化性に優れた多糖類として注目されている。
【0008】
シュガービートペクチンは、α−1,4グリコシド結合したD−ガラクツロン酸の主鎖と、主にアラビノース、ガラクトースやグルコース等の中性糖からなる側鎖、及び側鎖に結合したタンパクから構成されている。その平均分子量はシトラス由来の一般的なペクチンの約1.5〜3倍に相当する約40〜55万程度であり、またシトラス由来のペクチンよりも側鎖の割合が多いため、より球状に近い構造をしているものと推定される。さらに、シュガービートペクチンは、メチルエステル化度が50%以上、総エステル化度が85%以上であり、ハイメトキシル(HM)ペクチンに該当する。また、シュガービートペクチンは、タンパク様の成分やフェルラ酸といった疎水的な性質が強い成分を多く持ち、両親媒性的な性質が強く、非常に高い乳化性をもっている。
【0009】
実際、シュガービートペクチンは、アラビアガム、ガティガム、大豆多糖類など乳化性をもつことがよく知られている多糖類に比べても高い乳化力を持ち、より少ない添加量で小さな粒子径をもつエマルションを調製することができる。シュガービートペクチンが高い乳化性を持つ一因として、油相界面への吸着性の高さが挙げられる。例えば、15重量%の脂肪酸トリグリセリドを乳化し、乳化粒子径を1μm以下にするためにアラビアガムでは10%以上の添加が必要となるが、油相の界面に吸着している割合はそのうちの10%程度でしかない。一方、同量の油を乳化し、乳化粒子径を1μm以下にするために必要なシュガービートペクチンは2%以下であり、油相の界面に吸着している割合は25%以上と非常に高い。また、アラビアガムを用いて乳化した場合、油相の含有率が20重量%を超えると小さな粒子を作ることが難しくなるが、シュガービートペクチンは30重量%以上の油相含有率であっても微粒子化することができる。シュガービートペクチンのこれらの性質は、化学的に合成された比重調整剤を用いない乳化組成物の調製に非常に有効であることが予想される。
【0010】
【特許文献1】特開昭62−289160号公報
【特許文献2】特開平7−98697号公報
【特許文献3】特開平11−178551号公報
【特許文献4】特開2002−112748号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
上記問題に鑑み、本発明は、構成成分に化学的に合成された比重調整剤を含まない場合においても長期にわたって品質が安定な乳化組成物を製造することを目的とする。具体的には、本発明は、テルペンとそれに溶け込んだ脂溶性ビタミンやDHAなどの栄養成分、色素および/もしくは香料からなる油相を脂肪酸トリグリセリドのみで比重調整し、飲料や飲料濃縮物中でも長期間にわたって品質が安定な乳化組成物を調製することを目的とする。更に本発明は、こうして得られた乳化組成物の用途を提供することを目的とする。尚、本発明にかかる、化学的に合成された比重調整剤を積極的に使用せずに長期間にわたって品質が安定な乳化組成物を製造することは、先行文献等には開示されておらず、新規な技術である。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、サトウダイコン由来のシュガービートペクチンを特定条件下で加熱することによりその乳化作用が増強し、これを乳化剤として用いて、脂肪酸トリグリセリドのみで比重調製したテルペン油を乳化することにより、安定性に優れた乳化組成物が製造できることを発明した。
【0013】
本発明は、かかる知見に基づいて開発されたものであり、下記の態様を含むものである:
項1;
(A)加熱処理によって乳化活性が向上した改質シュガービートペクチン、(B)テルペン、(C)脂肪酸トリグリセリドおよび(D)水を含有することを特徴とする乳化組成物。
項2;
乳化組成物中の油相部の比重が0.89〜0.95g/mlの範囲に調整されている項1に記載の乳化組成物。
項3;
(C)脂肪酸トリグリセリドの比重が0.9〜0.97g/mlである項1及び2に記載の乳化組成物。
項4;
(B)テルペンがリモネンである、項1乃至3に記載の乳化組成物。
項5;
項1乃至4に記載の乳化組成物が含まれる飲料濃縮物。
項6;
項1乃至4に記載の乳化組成物および/又は項5に記載の飲料濃縮物を用いて製造される飲料。
項7;
(A)加熱処理によって乳化活性が向上した改質シュガービートペクチン、(B)テルペン、(C)脂肪酸トリグリセリドおよび(D)水を用いることを特徴とする乳化組成物の製造方法。
項8;
乳化組成物中の油相部の比重が0.89〜0.95g/mlの範囲に調整されている項7に記載の乳化組成物の製造方法。
項9;
(C)脂肪酸トリグリセリドの比重が0.9〜0.97g/mlである項7及び8に記載の乳化組成物の製造方法。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下に、本発明を詳細に説明する。
【0015】
本発明の乳化組成物の調製方法は、加熱することによって乳化性が向上した改質シュガービートペクチンを乳化剤として用いることを特徴とする。
【0016】
(1)改質シュガービートペクチン
本発明で使用する改質シュガービートペクチンは、シュガービートペクチン(原料)を相対湿度20〜90%および50〜150℃の条件下、1分〜48時間加熱して得られる。また、シュガービートペクチンの含量が5〜40質量%である状態で水に分散させ、60〜100℃の条件下、1〜24時間加熱処理しても同様に高い乳化性を有する改質シュガービートペクチンが得られる。この改質シュガービートペクチンは、通常のシュガービートペクチンに比べて高い乳化活性および乳化安定性を有する。尚、本発明において「改質シュガービートペクチン」とは、上記の乳化活性および乳化安定性が改善されたシュガービートペクチン全てを含むものとする。
【0017】
上記改質シュガービートペクチンの原料となるシュガービートペクチン(以下、本発明の改質シュガービートペクチンと区別する意味で、「シュガービートペクチン(原料)」ともいう)は、サトウダイコン(Beta vulgaris LINNE var. rapa DUMORTIER)から酸性条件下で抽出される天然の高分子多糖類であり、前述するように、α−1,4グリコシド結合したD−ガラクツロン酸の主鎖と、主にアラビノースやガラクトース等の中性糖からなる側鎖、及び側鎖に結合したタンパクから構成されている。また、柑橘系のペクチンよりも側鎖に結合したタンパク含有量が多いため、非常に高い乳化性を有することを特徴とする。さらに、シュガービートペクチン(原料)は、メチルエステル化度が50%以上、総エステル化度が85%以上であり、HMペクチンに該当する。
【0018】
当該シュガービートペクチン(原料)は、一般には粉末状態で市販されており、誰でも商業的に入手することができる。商業的に入手可能な製品としては、例えばビストップD−2250(三栄源エフ・エフ・アイ株式会社製)を挙げることができる。その形態は、塊状物、玉状物、粗粉砕物、顆粒状、粒状、または粉末状(スプレードライ粉末品を含む)の形態の別を問わず、いずれの形態のものも本発明にかかる改質対象のシュガービートペクチン(原料)として使用することができる。
【0019】
詳細な改質シュガービートペクチンの製造方法については、特開2005−261430号公報、国際公開第2006/132288号パンフレット、国際公開第2007/037347号パンフレット、特開2006−274226号公報及び特開2006−274227号公報に記載の方法を好適に例示できる。
【0020】
上記の方法によって調製される改質シュガービートペクチンは、シュガービートペクチン(原料)に比べて乳化性、特に乳化安定性に優れている。一般に乳化剤の乳化安定性は、調製される乳化粒子の平均粒子径が小さく、またその粒子径が経時的に安定して保持されるほど、優れていると評価される(「アラビアゴムで乳化したO/Wエマルジョンの濁度比法による研究」、薬学雑誌、112(12).906−913.(1992)参照)。なお、本発明において、乳化力の評価基準となる乳化組成物の調製方法、その平均粒子径の測定方法及び経時的安定性の評価方法については、後述する実験例に記載する方法に従うことができる。
【0021】
このように調製される改質シュガービートペクチンを乳化剤として使用すると、シュガービートペクチン(原料)を乳化剤として使用する場合に比べて、乳化組成物における乳化粒子の平均粒子径が小さく、その経時的な変化も少ない。つまり、改質シュガービートペクチンはシュガービートペクチン(原料)に比べて高い乳化活性および乳化安定性を有する。この作用機序としては、加熱処理によってタンパク質成分を介した分子間或いは分子内結合が起こり、シュガービートペクチンの疎水性が増すことによって界面活性能が上昇することによると考えられる。
【0022】
(2)乳化組成物
本発明の乳化組成物は、(A)加熱処理によって乳化活性が向上した改質シュガービートペクチン、(B)テルペン、(C)脂肪酸トリグリセリドおよび(D)水を含有するものである。ここで乳化組成物としては、水中油滴(O/W)型やW/O/W型の乳化組成物を挙げることができる。
【0023】
前述の改質ペクチンの乳化組成物に対する配合割合として、最終乳化組成物100質量%中の濃度が0.01〜5.0質量%程度、好ましくは0.05〜3.0質量%を挙げることができる。
【0024】
本発明でいうテルペンとは、モノテルペン、ジテルペン、セスキテルペン等、テルペノイドからなる脂溶性物質全般をいう。具体的には、D−リモネン、ジペンテン(1−メチル−4−(1−メチルエテニル)シクロヘキセン)、ミルセン、α−ピネン、リナロール及びこれらの混合物;オレンジ、ライム、レモン及びグレープフルーツなどの柑橘系植物等の基原植物から得られる各種精油;ペパー、シンナモン及びジンジャーなどの基原植物からオレオレジン方式で得られるレジノイドやオレオレジン等が挙げられる。また、テルペンに添加できる成分として、特に限定されるものではないがビタミンA、D、E及びK、コエンザイムQ10などの油溶性ビタミン類;ドコサヘキサエン酸、エイコサペンタエン酸、及びγ−リノレン酸などの多価不飽和脂肪酸;β−カロチン、パプリカ色素、リコピン、アスタキサンチン、ドナリエラカロチン及びニンジンカロチンなどの油性色素;各種天然成分から抽出された脂溶性香料等が例示できる。
【0025】
また、脂肪酸トリグリセリドも食品製造に利用されているものを制限なく利用できる。具体的には、パーム油、大豆油、菜種油、コーン油、植物性ステロール及び牛脂、豚脂、魚油などの動植物油脂;C6〜C12の中鎖トリグリセライドなどの食品用油脂などが挙げられる。好ましくは、比重が0.9〜0.97g/mlである脂肪酸トリグリセリドである。
【0026】
(B)テルペンと(C)脂肪酸トリグリセライドの配合割合は、使用するテルペンと脂肪酸トリグリセリドの種類によって適宜任意の割合とすることができ、最終的に(B)テルペンと(C)脂肪酸トリグリセライドを混合した後の比重が0.89〜0.95g/ml、好ましくは0.89〜0.93g/mlの範囲となるように混合すればよい。
【0027】
本発明にかかる乳化組成物の製造方法は、本発明の特徴である成分を利用して乳化組成物を調製するものである。その一例を挙げると、本発明にかかる改質シュガービートペクチンを水等の親水性溶媒に溶解し、これにテルペンと脂肪酸トリグリセリドの混合物を撹拌機等で混合し、予備乳化する。次いで得られた予備乳化混合液を、乳化機を利用して高圧条件化で乳化する。
【0028】
乳化に使用する乳化機は、特に制限されず、目的とする乳化粒子の大きさや、試料の粘度などに応じて適宜選択することができる。例えば、高圧ホモジナイザーの他、ナノマイザーやディスパーミル、コロイドミルなどの乳化機を使用することができる。
【0029】
乳化工程では、前述のように、親水性分散媒中に、攪拌下、疎水性物質を添加し、攪拌羽を回転して予備乳化し、粒子径約2〜5μmの乳化粒子を調製した後、ホモジナイザーやナノマイザーなどの乳化機を用いて微細で均一な粒子(例えば、平均粒子径1μm以下、好ましくは0.8μm以下)を調製する。
【0030】
なお、本発明の乳化組成物中における疎水性物質と親水性分散媒の配合割合は任意に調整することができるが、例えば、疎水性分散媒:親水性物質=50:50〜1:99、好ましくは、30:70〜5:95の割合で配合することができる。
【0031】
既述(1)の改質シュガービートペクチンを用いて調製される乳化組成物は、シュガービートペクチン(原料)を用いて調製した乳化組成物と比較して、粒子の平均粒子径が小さく、粒度分布が均一であり、かつ、加熱や長期保存によっても、乳化粒子同士が凝集したり、合一して乳化状態が劣化することが有意に抑制されており、乳化活性および乳化安定性が高い。
【0032】
(3)飲料濃縮物及び飲料
既述(2)の乳化剤組成物を使用して調製した飲料としては、特に制限はされないが、例えば炭酸飲料、果実飲料、粉末飲料、スポーツ飲料、紅茶飲料、緑茶飲料、乳飲料、乳酸菌飲料などを例示することができる。
【0033】
通常、乳化組成物は、飲料に色、香り、栄養成分等を付与する目的で、大部分が水もしくは親水性の溶媒からなる飲料原液もしくは飲料濃縮物に混和される。
【0034】
飲料原液に混和された場合は、そのまま容器に詰められるなどして製品化され出荷される。出荷された後は、飲用されるまで、常温において静置もしくは運搬されることが多く、その間目立った油相の浮遊や付着を生じないことが求められる。一方、飲料濃縮液に混和された場合、希釈された後に製品化されるだけでなく、飲料濃縮液のまま流通し、飲用直前に希釈されることもある。飲料濃縮物の状態で常温において静置もしくは運搬されることがあり、その間、飲料濃縮物中で目立った油相の浮遊や付着が生じないことが求められる。通常、飲料濃縮物の粘度は希釈されたものに比べて高く、その点においては油相の浮遊はおこりにくいが、一方、濃縮物の比重も高いため、油相と水相の比重差が大きい場合は、むしろ油浮きが促進される場合もある。
【0035】
一般に、化学的に合成された比重調整剤を用いずに調製された乳化組成物を用いた場合には、比較的短時間で飲料中の油相の浮遊等が確認される。しかしながら、既述(2)に記載の製造方法で調製された、乳化組成物を用いた場合、飲料中での油相の安定性は顕著に向上し、長期間の保存中においても油相粒子の粗大化やそれに伴う飲料上部への油相成分の浮遊もしくは、飲料下部の油相成分の減少(いわゆる「下すき」)などといった、飲料製品の劣化が起こりにくい。
【実施例】
【0036】
以下、本発明の内容を以下の実施例及び比較例、並びに実験例を用いて具体的に説明する。但し、本発明はこれらに何ら限定されるものではない。なお、下記において特に言及しないかぎり、「%」は「重量%」を意味するものとする。
シュガービートペクチン(原料)として、分子量約50万、乾燥減量約10%の粉末状(粒子径:100〜150μm)の試料(ビストップD−2250、三栄源エフ・エフ・アイ株式会社製)を用いた。また、アラビアガムとして分子量約80万、乾燥減量約12%の粉末(粒子径:100〜150μm)の試料(ガムアラビックHA、三栄源エフ・エフ・アイ株式会社製)を用いた。
【0037】
1.改質シュガービートペクチンの調製
シュガービートペクチン(原料)を、相対湿度80%に調整した恒温装置SH−641(エスペック株式会社製)を用いて80℃で24時間加熱して、改質シュガービートペクチンを得た。
【0038】
2.乳化組成物の調製
上記の方法で調製した改質シュガービートペクチンを用いて、表1に示す処方に従って乳化組成物を調製した(実施例1−1乃至1−3)。また、比較のため、改質シュガービートペクチンに代えてシュガービートペクチン(原料)(比較例1−1乃至1−3)を用いて各々乳化組成物を調製した。また、飲料用の乳化組成物製造にもっとも汎用されている天然の多糖類であるアラビアガム(比較例1−4乃至1−6)を用いた乳化組成物を調製し、実施例の乳化組成物と比較した。
【0039】
【表1】

【0040】
実施例1−1乃至1−3および比較例1−1乃至1−3
実施例1で調製した改質シュガービートペクチン又はシュガービートペクチン(原料)2.0g(粉末換算)を25℃の表1に示した重量のイオン交換水に分散し、1.0gの10%安息香酸ナトリウム水溶液を添加後、10%のクエン酸水溶液(約1.0g)でpHを3.25に調整した。高速ミキサー(Heidlph社製)を用いて24000rpmで攪拌下、この分散液に、表1に示した重量の中鎖トリグリセライド(日清オイリオ株式会社製)(以下、O.D.Oという)と、テルペンとしてD−Limonene(和光純薬株式会社製)7.5gの混合物(比重約0.91g/ml)を添加し、1分間混合した。この混合液を衝突型ジェネレーター(Nano−Mizer NM2、吉田機械興業株式会社製)を用いて圧力50MPaで2回ホモジナイズ処理し、乳化組成物を調製した。
【0041】
比較例1−4乃至1−6
アラビアガム(ガムアラビックHA、三栄源エフ・エフ・アイ株式会社製)15.0g(粉末換算)を25℃の表1に示した重量のイオン交換水に分散し、1.0gの10%安息香酸ナトリウム水溶液を添加後、10%のクエン酸水溶液(約2.0g)でpHを3.25に調整した。高速ミキサー(Heidlph社製)を用いて24000rpmで攪拌下、この分散液に、表1に示した重量の中鎖トリグリセライド(日清オイリオ株式会社製)(以下、O.D.Oという)と、テルペンとしてD−Limonene(和光純薬株式会社製)7.5gの混合物(比重約0.91g/ml)を添加し、1分間混合した。この混合液を衝突型ジェネレーター(Nano−Mizer NM2、吉田機械興業株式会社製)を用いて圧力50MPaで2回ホモジナイズ処理し、乳化組成物を調製した。
【0042】
比較例1−7乃至1−9
実施例1調製した改質シュガービートペクチン、シュガービートペクチン(原料)2.0g(粉末換算)又はアラビアガム(ガムアラビックHA、三栄源エフ・エフ・アイ株式会社製)15.0g(粉末換算)を、25℃の表1に示した重量のイオン交換水に分散し、1.0gの10%安息香酸ナトリウム水溶液を添加後、10%のクエン酸水溶液(約2.0g)でpHを3.25に調整した。高速ミキサー(Heidlph社製)を用いて24000rpmで攪拌下、この分散液に、テルペンとしてD−Limonene(和光純薬株式会社製)7.5gの混合物(比重約0.85g/ml)を添加し、1分間混合した。この混合液を衝突型ジェネレーター(Nano−Mizer NM2、吉田機械興業株式会社製)を用いて圧力50MPaで2回ホモジナイズ処理し、乳化組成物を調製した。
【0043】
参考例1−1乃至1−3
実施例1で調製した改質シュガービートペクチン、シュガービートペクチン(原料)2.0g(粉末換算)又はアラビアガム(ガムアラビックHA、三栄源エフ・エフ・アイ株式会社製)15.0g(粉末換算)を25℃の表1に示した重量のイオン交換水に分散し、1.0gの10%安息香酸ナトリウム水溶液を添加後、10%のクエン酸水溶液(約1.0g)でpHを3.25に調整した。高速ミキサー(Heidlph社製)を用いて24000rpmで攪拌下、この分散液に中鎖トリグリセライド(日清オイリオ株式会社製)15.0gの混合物(比重約0.95g/ml)を添加し、1分間混合した。この混合液を衝突型ジェネレーター(Nano−Mizer NM2、吉田機械興業株式会社製)を用いて圧力50MPaで2回ホモジナイズ処理し、乳化組成物を調製した。
【0044】
<乳化組成物の評価>
上記で得られた各乳化組成物について、乳化直後及び20℃で30日間保存した後の体積基準のメジアン粒子径(以後、「平均粒子径」は、特に断りのない限り「体積基準のメジアン粒子径」を示す)と1μm以上の乳化粒子が全体に占める個数の割合をレーザー回折式粒度分布測定装置SALD−2100(島津製作所(株)社製)を用いて測定した。なお、平均粒子径が小さい程、また、1μm以上の乳化粒子が少ない程乳化状態が良好であり、また保存による変化が小さいほど乳化状態が安定であることを示す。結果を表2及び表3に示す。また、参考のため、実施例1乃至3および比較例1乃至6の乳化組成物に対する油相の含有率、油相および水相の比重も表2及び表3に付記する。
【0045】
【表2】

【0046】
【表3】

【0047】
*n.m.は、油相と水相が完全に分離しており、粒度測定が不可能であったことを示す。
【0048】
油相に脂肪酸トリグリセリドのみを用いた場合(参考例1−1乃至1−3)、乳化直後の乳化組成物の平均粒子径は、どの乳化剤を用いた場合でも約0.5〜0.6μm程度であった。20℃30日間保存後では、乳化剤にシュガービート原料粉末(未改質)を用いた乳化組成物(参考例1−2)の粒子は大きくなり、乳化安定性が低いことが示されたが、改質シュガービートペクチンとアラビアガムを用いて調製した乳化組成物(参考例1−1および1−3)の粒子径は1.0μm以下を保っており、高い乳化安定性を持っていることが確認できた。
【0049】
乳化剤として改質シュガービートペクチンを、油相にリモネンと脂肪酸トリグリセリドを用いた実施例1−1乃至1−3のいずれの乳化組成物においても、乳化直後の平均粒子径は乳化剤としてシュガービートペクチン(原料)を用いて調製した乳化組成物である比較例1−1乃至1−3やアラビアガムを用いて調製した乳化組成物である比較例1−4乃至1−6よりも小さく、1μm以上の粒子の割合も低かった。特に、油相含有量が多いものについては、乳化粒子径の差が顕著であり、改質シュガービートペクチンが油相の含有量の高い乳化組成物の調製に有効であることがわかった。20℃で30日間保存した乳化組成物の乳化粒子径は、実施例1−3の乳化組成物において、多少粗大化が見られるものの、実施例1−1および1−2においては粒子の粗大化はごく僅かであり、いずれも1.0μm以下を保っていた。一方、比較例1−1乃至1−3においては、顕著な粒子の粗大化が見られ、未改質のシュガービートは、乳化安定性が低いことが示された。アラビアガムを用いて調製した乳化組成物においても、比較例1−4は他のものより粒子の粗大化の度合いが小さいものの、油相含有率の高い比較例1−5および1−6においては、シュガービートペクチン(原料)を用いて調製した乳化組成物よりも粒子が粗大化していた。なお、油相に脂肪酸トリグリセリドを添加しないもの(比較例1−7乃至1−9)は、乳化剤にかかわらず、均一で小さい乳化粒子が得られなかった。
【0050】
以上の結果から、改質シュガービートペクチンを用いて調製された乳化組成物は、油相の含有率が比較的高い場合においても、油相の粒子径が小さく安定していることが確認された。
【0051】
2.飲料濃縮物の調製
上記の乳化組成物(実施例1−1乃至1−3および比較例1−1乃至1−6)を用いて表4の処方に従い、飲料濃縮物を調製した。
【0052】
【表4】

【0053】
Brix75のシロップ126gに2.0gの10%安息香酸ナトリウム水溶液と実施例1−1乃至1−3もしくは比較例1−1乃至1−6の乳化組成物1.5gを添加し、プロペラ攪拌機を用いて回転速度2000rpmで10分間攪拌した。この溶液のpHを50%クエン酸水溶液2.5gを用いてpHを3.3に調整し、イオン交換水を用いて溶液の重量を132gに調整した後に、プロペラ攪拌機を用いて2000rpmで60分間攪拌することにより、飲料濃縮物を調製した。飲料濃縮物調製後、20℃で3、7、30日間静置し、外観を評価した。評価を表5に示す。
【0054】
【表5】

【0055】
表中の「ネックリング」「沈殿」の語についての説明を以下に説明する。
○ネックリング:乳化粒子が容器上部に浮上し、リング状の層状構造を作る現象をいう。乳化粒子同士が合一または凝集し、大きくなり、系内の連続相(本実験例の場合は水相)との比重差の影響が大きくなるために起こる。粒子径1μm以上の粒子は浮上しやすい。
ネックリングの評価は、以下の記号を用いて表記した。SLR程度であれば飲料としての商品価値に影響はない。
n:油相の浮遊やネックリングは確認されない。
SLR:極僅かに油相の浮遊が確認される。
LR:極薄いリングが確認される。
MR:中程度のネックリングが確認される。
SR:明確なネックリングが確認される。
○沈殿:水相や油相に溶け込んだ成分や吸着した成分が保存中に結晶化するなどして、容器の底部に積層する現象をいう。また、油相の比重が水相に比して大きくなった場合にも起こりうる現象である。
沈殿の評価は、以下の記号を用いて表記した。下のもの程低い評価である。
n:沈殿が確認されない。
SP:極僅かな沈殿が確認される。
BP:はっきりと分かる程度の沈殿が確認される。
【0056】
実施例2−1乃至2−3において、20℃での静置保存7日間までは、いずれの飲料濃縮物においても、ネックリングや沈殿が確認されなかった。また、30日保存後においても、油相の含有率の高い実施例2−3に極僅かな油の浮遊が見られるものの、沈殿は全く見られず、実施例の飲料濃縮物には、30日間の保存において外観上の変化はほとんど確認できなかった。一方、シュガービートペクチンを用いて調製した、比較例2−1乃至2−3は、30日の保存で全ての飲料濃縮物に油の浮遊が見られ、油含有量の高い比較例2−3においては、ネックリングの形成が確認できた。また、アラビアガムを用いて調製した、比較例2−4乃至2−6の外観上の変化はより顕著であり、20℃で7日間の保存においても全ての飲料濃縮物に油相の浮遊がみられ、30日保存後には、比較例2−5および2−6においてネックリングが観察された。
以上の結果から、実施例の乳化組成物を用いて飲料濃縮物を調製すると、未改質のシュガービートペクチンや飲料用に最も汎用される多糖類乳化剤であるアラビアガムを用いて調製した乳化組成物を用いて調製するよりも保存安定性に優れたものができることが確認された。
【0057】
2.飲料の調製
上記の飲料濃縮物(実施例2−1乃至2−3および比較例2−1乃至2−6)を用いて表6の処方に従い、飲料を調製した。
【0058】
【表6】

【0059】
200ml容量のペットボトルに実施例2−1乃至2−3もしくは比較例2−1乃至2−6の方法で調整した飲料濃縮物35.0gを添加し、その上から165gのミネラル炭酸水(サントリー社製)を注いだ後に、キャップをしっかりと閉めた。このペットボトルをゆっくりと10回転倒し、内容物を穏やかに攪拌することによって飲料を調製した。
飲料調製後、20℃で3、7、30日間静置し、外観を評価した。評価を表7に示す。
【0060】
【表7】

【0061】
表中の「ネックリング」「沈殿」の語についての説明および表中の評価記号については、表5と同じである。
【0062】
実施例3−1乃至3−3において、20℃での静置保存3日間までは、いずれの飲料においても、ネックリングや沈殿が確認されなかった。また、実施例3−1および3−3において、7日間保存後に極僅かな油相の浮遊が見られ、実施例3−3においては30日後に薄い油相の形成が見られたが、飲料としての商品価値を損なう程度のものではなかった。油相の比重が0.912g/mlである実施例3−2は、30日の保存においても、外観上の変化が見られなかった。
【0063】
一方、シュガービートペクチン(原料)を用いて調製した比較例3−1乃至3−3は、いずれも3日の保存で全ての飲料の液面に油の浮遊が見られ、7日後にはネックリングの形成が確認できた。また、アラビアガムを用いて調製した比較例3−5および3−6は、3日間の保存において飲料容器の縁にネックリングがみられ、7日保存後には、比較例3−4乃至3−6のうち全ての飲料にネックリングが観察された。
【0064】
以上の結果から、実施例の乳化組成物を用いた場合、飲料濃縮物だけでなく飲料製品の安定性も向上することが確認できた。水相の比重が油相に近い飲料製品のほうが飲料濃縮物に比べて実施例と比較例に差がでやすいが、これは、飲料製品の粘度が飲料濃縮物に比して低いため、粒子の移動速度が高くなることが原因であると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0065】
本発明により、加熱によって乳化活性及び乳化安定性が向上した、改質シュガービートペクチンを用いることにより、油相の含有率が高い場合においても、粒子径が小さく、粒度分布が均一であり、かつ、加熱や長期保存においても乳化粒子同士が凝集したり、合一して乳化状態が劣化することがない、安定な乳化組成物を製造することができる。また、この乳化組成物を用いることにより、化学的に合成された比重調整剤を用いない場合においても保存安定性の高い“クリーンラベル飲料”を提供することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)加熱処理によって乳化活性が向上した改質シュガービートペクチン、(B)テルペン、(C)脂肪酸トリグリセリドおよび(D)水を含有することを特徴とする乳化組成物。
【請求項2】
乳化組成物中の油相部の比重が0.89〜0.95g/mlの範囲に調整されている請求項1に記載の乳化組成物。
【請求項3】
(C)脂肪酸トリグリセリドの比重が0.9〜0.97g/mlである請求項1及び2に記載の乳化組成物。
【請求項4】
(B)テルペンがリモネンである、請求項1乃至3に記載の乳化組成物。
【請求項5】
請求項1乃至4に記載の乳化組成物が含まれる飲料濃縮物。
【請求項6】
請求項1乃至4に記載の乳化組成物および/又は請求項5に記載の飲料濃縮物を用いて製造される飲料。
【請求項7】
(A)加熱処理によって乳化活性が向上した改質シュガービートペクチン、(B)テルペン、(C)脂肪酸トリグリセリドおよび(D)水を用いることを特徴とする乳化組成物の製造方法。
【請求項8】
乳化組成物中の油相部の比重が0.89〜0.95g/mlの範囲に調整されている請求項7に記載の乳化組成物の製造方法。
【請求項9】
(C)脂肪酸トリグリセリドの比重が0.9〜0.97g/mlである請求項7及び8に記載の乳化組成物の製造方法。

【公開番号】特開2010−213575(P2010−213575A)
【公開日】平成22年9月30日(2010.9.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−60327(P2009−60327)
【出願日】平成21年3月12日(2009.3.12)
【出願人】(000175283)三栄源エフ・エフ・アイ株式会社 (429)
【Fターム(参考)】