説明

散乱X線除去用グリッド

【課題】コンパクトで、シンプルな構造を有し、強固で、変形や歪みの少ない散乱X線除去用グリッドを提供する。
【解決手段】一次X線と平行に配置された短冊状の多数のX線吸収箔(タンタル箔3)と、前記多数のX線吸収箔の一次X線入射側端部および一次X線出射側端部にそれぞれ接着された、カーボンファイバシート製の薄板状の2枚のグリッドカバー2によって散乱X線除去用グリッド1を構成する。タンタル箔3とグリッドカバー2の接着手段としてチキソトロピー性(揺変性)接着剤を用いる。さらに、接着剤の硬化前の粘度が20000mPa・s以上のマヨネーズ状で、硬化収縮率が3%以下であるものを使用する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、散乱X線除去用グリッドに関し、さらに詳しくは、中間物質を空気とした散乱X線除去用グリッドに関する。
【背景技術】
【0002】
医用や産業用のX線透視撮影装置やX線CT装置においては、一般に、被写体で散乱したX線がX線検出器に入射することを防止する目的として、被写体とX線検出器との間に散乱X線除去用グリッドが配置される。
【0003】
この種のグリッドは、鉛などからなる多数枚の箔状のX線吸収物質と、その各箔状のX線吸収物質の間に介在するスペーサとしての中間物質とからなり、X線吸収物質は、被写体に散乱されずに透過するX線(一次X線)の減衰を最小限に抑えるために、一時X線と平行となるように配置される。X線管球を線源とする通常のX線透視装置やX線CT装置においては、箔状のX線吸収物質は、それぞれの面の延長が集束距離において1つの直線に集束するように配置された、いわゆる集束グリッドが用いられる。また、各箔状のX線吸収物質を互いに平行に配置された、平行グリッドも特殊な用途に用いられることもある。
【0004】
中間物質としては、アルミニウムや紙質のファイバが広く用いられるが、一次X線はこの中間物質からも吸収されるので、その分被写体へのX線曝射量も多くする必要が生じる。これを改善することを目的として、従来、中間物質を空気としたグリッドが幾つか提案されている(例えば特許文献1参照)。
【0005】
また、中間物質を空気としたグリッドのより実践的なものとして、一次X線に平行に配置されるX線吸収物質としての多数枚の金属箔全体が、金属箔の一時X線入射側に相当する端部と出射側に相当する端部にそれぞれ接着された2枚の軽元素からなる薄板状のグリッドカバーによって挟持されている構造の散乱X線除去用グリッドと、その製造方法が既に提案されている(特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2001−349952号公報
【特許文献2】特開2008−168110号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献2によって提案された、金属箔がその一次X線入射側および一次X線出射側に接着された軽元素からなるグリッドカバーに被覆・挟持された散乱X線除去用グリッドは、構造が単純で非常にコンパクトであるという特徴を備えているが、一方で以下に述べる問題点を有している。
【0008】
この散乱X線除去用グリッドを構成する金属箔に、グリッドカバーの接着に起因する局部的な歪がある場合、この散乱X線除去用グリッドを使用したX線撮像装置で撮像した画像において前記金属箔の歪部分が偽像を生じる可能性がある。また、接着剤の不均一性等によってグリッドカバーと金属箔端面との間に未接着箇所がある場合、X線撮像装置で撮像した画像において、X線撮像時における金属箔の位置変動に起因する偽像を生じる可能性があり、また、散乱X線除去用グリッド全体の剛性が弱まり変形しやすくなる。
【0009】
金属箔に、上記のようなグリッドカバー接着に起因する歪や、グリッドカバーと金属箔端面との間に未接着箇所が生じないためには、あらかじめグリッドカバーに接着剤を均一な厚さに塗布する必要がある。また、グリッドカバーを金属箔に当接したのち接着剤が硬化するまでの間に、塗布された接着剤が隣接する金属箔同士の間隙に不均一に流動・浸透し、これによって硬化後に金属箔に歪が生じる現象を回避する必要がある。
【0010】
しかし、通常の二液混合型のエポキシ系接着剤を用いた場合、二液混合後の接着剤は硬化する前は流動性があるため、スキージ等を用いて混合液をグリッドカバーに塗布しても、厚さにムラが生じていた。そのため、グリッドカバー貼り付け時に、金属箔に歪が生じたり、グリッドカバーと金属箔の端面とに未接着部分が生じたりしていた。また、グリッドカバー貼り付け後、接着剤の一部が完全に硬化するまでに表面張力により隣接する2枚の金属箔の間隙に浸透・流入し、これが硬化後の金属箔の歪の原因になっていた。さらに、これらの接着剤の硬化収縮率が大きいことが、金属箔の歪を大きくする一因になっていた。
【0011】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたもので、コンパクトで、単純な構造を有し、X線吸収用の金属箔の歪が最小限に抑えられ、結果としてX線撮像時の偽像発生の可能性の非常に小さい散乱X線除去用グリッドを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記の目的を達成するために、本発明に係る散乱X線除去用グリッドは、一次X線と平行に配置された短冊状の多数のX線吸収箔と、前記多数のX線吸収箔の一次X線入射側端部および一次X線出射側端部にそれぞれ接着された、軽元素素材からなる薄板状の2枚のグリッドカバーによって構成される散乱X線除去用グリッドにおいて、前記X線吸収箔と前記グリッドカバーの接着手段としてチキソトロピー性(揺変性)(以後、チキソ性と略称する)接着剤を用いたことを特徴とする。
【0013】
さらに、より好ましくは、前記チキソ性接着剤は、その硬化前の粘度が20000mPa・s以上のマヨネーズ状で、その硬化収縮率が3%以下のエポキシ樹脂系接着剤であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明に係る散乱X線除去用グリッドは、コンパクトで、単純な構造を有し、X線吸収用の金属箔の歪が最小限に抑えられており、その結果としてX線撮像時の偽像発生の可能性の非常に小さい散乱X線除去用グリッドを実現することができる。さらに、用いているチキソトロピーを有する接着剤は、一般に、建築・土木用途の、主に建築物のコンクリートやタイルなどの剥離部や亀裂部を充填、接着する目的に開発されたものであり、温度、湿度など環境の変化に強く、経年劣化も小さいものである。従って、それを用いている本発明の散乱X線除去用グリッドは、温度、湿度など環境の変化に強く、経年劣化も小さいという利点を備えている。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明に係る散乱X線除去用グリッドの概念図である。
【図2】図1の部分Aの拡大図(A)、図1の部分Bの拡大図(B)である。
【図3】本発明に係る散乱X線除去用グリッドにおけるグリッドカバーと金属箔の組立治具の俯瞰図である。
【図4】図3の組立治具に用いられるガイドスリット板の形状を示す図である。
【図5】本発明に係る散乱X線除去用グリッドのグリッドカバーに接着剤を塗布する治具の模式図である。
【図6】図3の側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の実施例について図1〜図6を参照して説明する。図1は、本発明の実施例による散乱X線除去用グリッドの概略構成を示す図である。図2は、図1上の2個の円形部分AおよびBを拡大して示した図である。図3は、グリッドカバーと金属箔の組立治具を示す図である。図4は、組立治具に用いられるガイドスリット板の概略形状を示す図である。図5は、グリッドカバーに接着剤を塗布するための治具を示した図である。図6は、図3の側面図である。
【実施例1】
【0017】
図1に示す本発明に係る散乱X線除去用グリッド1は、X線吸収物質である多数枚のタンタル箔3と、互いに平行な2枚のカーボンファイバシート製のグリッドカバー2によって構成される。全てのタンタル箔3の面の延長が、図1の直線C−C′に集束するように、それぞれのタンタル箔3のグリッドカバー2に対する角度と方向が設定されている。その結果、図2の(A)および(B)に示されているように、散乱X線除去用グリッド1の中央部(図1のA部)では、タンタル箔3はグリッドカバー2に対してほぼ直角に接着され、散乱X線除去用グリッド1の端部(図1のB部)ではタンタル箔3はグリッドカバー2に対して傾斜して接着される。このように構成された散乱X線除去用グリッド1を、直線C−C′の中点をX線撮像装置のX線管焦点4に合致させて配置すれば、各タンタル箔3の面は近傍を通過する一次X線に平行となる。
【0018】
本実施例では、タンタル箔3の厚みは0.034mm、タンタル箔3相互の間隔は0.6mm、グリッドカバー2の厚みは0.13mmである。また、図2の(A)および(B)に示すように、グリッドカバー2の互いに対向する面には接着剤層5が塗布されており、タンタル箔3はその両端を接着剤層5に埋めた形でグリッドカバー2に固着されている。接着剤層5の厚みは、本実施例では0.3mmである。
【0019】
本実施例の散乱X線除去用グリッド1を上記のような構成に組み立てるために、特許文献2によって提案されている組立手段を治具として用いた。その治具の概念図を図3に示す。また、その治具の要素の一つであるガイドスリット板9の形状を図4に示す。
図4に示すように、ガイドスリット板9には約0.6mmの間隔で多数のガイドスリット9aが形成されており、各ガイドスリット9aの傾斜角は、挿入されるタンタル箔3が一次X線に平行になるように製作されている。
【0020】
図3および図6に示す組立治具には、複数枚のガイドスリット板9が相対的にベース板14上に固定して配置されている。これらの各ガイドスリット板9の互いに対向する各ガイドスリットにタンタル箔3が挿入される。タンタル箔3の長尺方向の一端は、タンタル箔3に設けられた穴にロッド10を貫通させて固定する。一方、タンタル箔3の他端に設けられた穴にはロッド11を貫通させ、ロッド11と、固定されたロッド12の間に引張バネ13を架設して、引張バネ13によりタンタル箔3の長尺方向に張力が付加された状態で保持する。この張力によってタンタル箔3のたるみや歪が除去される。
【0021】
グリッドカバー2に接着剤層5を塗布する治具を図5に示す。
【0022】
厚さ0.13mmのカーボンファイバシートからなる出射側のグリッドカバー2を吸着ベース8上に設置し、真空吸着によってグリッドカバー2の反りや弛みを矯正し平面に保つ。この上に、チキソ製接着剤からなる接着剤層5を約0.3mmの厚みに均一に塗布する。厚みの調節は、調整板6の高さをシムで調節することによっておこなう。接着剤を調整板6の高さより少し高めに盛って、スキージ7を調整板6の上に滑らせて均一な厚みの接着剤層を塗布する。
【0023】
次に、接着剤層5の塗布されたグリッドカバー2を、接着剤層5を下にして、図3および図6のタンタル箔3の上に破線で示した位置に押し付けて接着させる。これが出射側のグリッドカバー2である。
【0024】
出射側のグリッドカバー2の接着剤層5が完全に硬化したのち、入射側のグリッドカバー2を取り付ける。治具のベース板14には、図6において破線で示した矩形の穴が上下に貫穿されており、この穴を通して、図6の左右のガイドスリット板9の中間のタンタル箔3の下端(入射端)全体に到達することができる。入射側にグリッドカバー2を取り付けるには、図6に示す組立治具全体を上下に反転させる。上述の方法で接着剤層5を塗布された入射側のグリッドカバー2を、上記のベース板14の穴を介してタンタル箔3の入射側に接着する。
【0025】
両面の接着剤層5の接着剤が完全に硬化した後、引張バネ13を取り外し、タンタル箔3に通しているロッド10および11をタンタル箔3から取り外す。次に、グリッドカバー2が上下に接着されたタンタル箔3を両側のガイドスリット板9から取り外す。最後に、上下のグリッドカバー2の両端より突出しているタンタル箔3の不要部分を切断する。これで図1に示す形の散乱X線除去用グリッド1が完成する。
【0026】
一般にチキソ性物質とは、せん断応力を加えられると粘度が低下する性質を持つものを指す。よって、チキソ性接着剤は、狭い間隙に圧力を加えて注入するときは、粘度が低下して容易に流入し、圧力を除けば粘度が高くなり、不要な場所に移動流入することがないという特徴のため、広い用途に使用されている。本実施例における、各タンタル箔3にグリッドカバー2を接着する工程において、チキソ性接着剤はヘラなどで目的の厚さよりやや厚めにグリッドカバー2に接着剤層5を塗布した後に、余分な厚さの部分をスキージ7により、容易に取り除くことができる。また、接着剤の流動性が小さいため、厚さの不足している部分が容易に判別でき、その部分に再度ヘラなどで接着剤を補充し、再度、スキージ7で厚さを揃えることができる。この手順を繰り返すことで目標の厚さに正確に且つ均一に塗布することが可能である。
【0027】
また、接着剤層5が塗布された面を下にしてグリッドカバー2を持ち、タンタル箔3に上から貼り付ける際にも、接着剤がチキソ性を有するため、重力により一部が流動して厚さが変化することがなく、タンタル箔3に局部的な応力や歪を与えることなく均一に密着する。その結果、タンタル箔3にグリッドカバー2を貼り付ける際に生じる歪は最小限に抑えられ、また、グリッドカバーと金属箔の端面とに未接着部分が生じない。
さらに、グリッドカバー接着後、接着剤が完全に硬化するまでに接着剤の一部が金属箔と金属箔の間に表面張力によって浸透することもない。また、硬化収縮率が小さいため、硬化する間に金属箔に歪を生じさせることがない。
このような特性のために、接着に起因するタンタル箔の変形や歪みは最小限に抑えられる。
【0028】
チキソ性接着剤は、上記のように多くの利点を有しているが、実際には硬化前の粘度と、接着剤の硬化時の収縮の度合いを示す硬化収縮率が製品によって異なる。最適の接着剤の特性を求めるために、コニシ株式会社製の3種類のチキソ性接着剤を用いて実験を行った。これらはいずれも2液混合型のエポキシ樹脂を主材とするチキソ性接着剤である。そのうちの一つで、混合液の硬化前の粘度が5000〜20000mPa・sのものは、硬化時の液の流動性のため、接着剤層5が変形したり、タンタル箔3同士の間に侵入する現象が見られた。また、他の一つで、混合液の粘度が高くグリース状の製品は、接着時にタンタル箔3の変形が見られた。他の一つの製品「ボンドE208(R)」(混合液の粘度が20000mPa・s以上でマヨネーズ状の特性を持つもの)は、接着時のタンタル箔3の変形や歪みは見られず、良好な結果を示した。
【0029】
硬化時にタンタル箔3やグリッドカバー2に生じる歪を最小限に抑えるためには、接着剤の硬化収縮率は限りなくゼロに近い方が望ましいが、実質的には、3%以下であれば使用上大きな不都合は生じないと考えられる。上記3種類の接着剤の硬化収縮率は、いずれも2%であった。この結果、本実施例では、コニシ株式会社製接着剤「ボンドE208(R)」を採用した。
【0030】
本発明の特徴は上述のとおりであるが、上記の記載や図面に限定されず、より広く適用されるものである。例えば、図1に示すように、本実施例の散乱X線除去用グリッド1はタンタル箔3の角度が位置によって変化する「集束型グリッド」であるが、タンタル箔3が全て互いに平行な「平行グリッド」にも適用できる。
【0031】
グリッド箔の材料もタンタル以外に鉛、モリブデンなども使用でき、グリッドカバーの材料も、カーボンファイバ以外にアルミニウムなども使用可能である。
【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明は、散乱X線除去用グリッドに関し、さらに詳しくは、中間物質を空気とした散乱X線除去用グリッドに関するものであり、医用や産業用のX線撮像装置やX線CT装置などに利用される。
【符号の説明】
【0033】
1 散乱X線除去用グリッド
2 グリッドカバー
3 タンタル箔
4 X線管焦点
5 接着剤層
6 調整板
7 スキージ
8 吸着ベース
9 ガイドスリット板
9a ガイドスリット
10、11、12 ロッド
13 引張バネ
14 ベース板

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一次X線と平行に配置される短冊状の多数のX線吸収箔と、前記多数のX線吸収箔の一次X線入射側端部および一次X線出射側端部にそれぞれ接着された、軽元素素材からなる薄板状の2枚のグリッドカバーによって構成される散乱X線除去用グリッドにおいて、前記X線吸収箔と前記グリッドカバーの接着手段としてチキソトロピー性(揺変性)接着剤を用いたことを特徴とする散乱X線除去用グリッド。
【請求項2】
前記チキソトロピー性(揺変性)接着剤は、その硬化前の粘度が20000mPa・s以上のマヨネーズ状であり、その硬化収縮率が3%以下のエポキシ樹脂系接着剤であることを特徴とする請求項1記載の散乱X線除去用グリッド。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【公開番号】特開2013−56272(P2013−56272A)
【公開日】平成25年3月28日(2013.3.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−286437(P2012−286437)
【出願日】平成24年12月28日(2012.12.28)
【基礎とした実用新案登録】実用新案登録第3160126号
【原出願日】平成22年4月2日(2010.4.2)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】