説明

植物由来β3アドレナリン受容体作動性物質およびその利用

[解決手段] ハスの葉の抽出物を作製し、その有効成分の一つがケルセチンであることを見出した。また、ケルセチンをヒトβ3アドレナリン受容体発現細胞や糖尿病モデルマウスに作用させ、その効果を評価した結果、ケルセチンがβ3アドレナリン受容体アゴニストとして作用することにより肥満改善効果及び抗糖尿病作用をもたらすことを具体的に見出した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ハスの葉から調製した新規なアドレナリンβ3作動物質に関する。
【背景技術】
【0002】
生活習慣の近代化・欧米化に伴い、肥満である人の割合は世界的に増加傾向にある。肥満は糖尿病、高血圧、動脈硬化症といった生活習慣病をもたらし、死亡率を上昇させることから、肥満の予防、治療は公衆衛生上の重要な課題である。肥満の治療の基本は食事療法と運動療法にあるが、これらによる改善が困難な症例については薬物による治療が取り入れられる場合もある。
【0003】
肥満は脂肪細胞に過剰の中性脂肪(トリグリセリド)が蓄積した状態である。脂肪細胞には、白色脂肪と褐色脂肪が存在する。白色脂肪細胞は皮下、内臓周囲など全身に広く分布する比較的大型の細胞であり、細胞体の大部分は巨大な脂肪滴で占められる。一方の褐色脂肪細胞は、存在部位が肩甲間、腋下部などに限定され、脂肪も多くの小滴に分かれた多房性構造となっており、それに近接して多数のミトコンドリアが存在する。白色脂肪と褐色脂肪の生理機能は大きく異なり、白色脂肪が余剰エネルギー貯蔵の場であるのに対し、褐色脂肪は脂肪を酸化分解することによりエネルギーを熱として放出する場である。白色細胞に蓄積された脂肪は、エネルギー不足状態において分解され脂肪酸となり、血中に放出され全身で消費されるが、褐色脂肪が刺激により脂肪酸へ分解された場合は、褐色脂肪細胞内で直ちに酸化され熱となる(非特許文献1/Saito M., Sasaki N. 実験医学 Vol.14 NO.16,1996)。
【0004】
β3アドレナリン受容体が脂肪分解に関与していることが知られている。βアドレナリン受容体はβ1、β2、β3のサブタイプに分類される。いずれも約400個のアミノ酸からなる膜7回貫通型レセプターであるが、β1、β2とのアミノ酸相同性は約50%に過ぎない。β1受容体が心臓等に、β2受容体が気管支平滑筋等に主として存在するのに対し、β3受容体は主として脂肪組織に存在するほか、腸管や脳などの組織にも存在する。
【0005】
β3アドレナリン受容体アゴニスト(作動性物質)が脂肪細胞においてcAMPの集積を促進することが知られている(非特許文献2/医学のあゆみ Vol.192 NO.5 2001.1.29)。β3アドレナリン受容体アゴニストは、白色脂肪細胞において脂肪分解を促進すると同時に褐色脂肪細胞を活性化する。β3アドレナリン受容体の活性化は、熱産生の増加、褐色脂肪の活性化、体脂肪の減少などの肥満軽減のほか、インスリン抵抗性の軽減の効果をもたらすことが知られている(非特許文献3/J Clin Invest. 1996 Jun 15;97(12):2898-904.,Life Sci.1994;54(7):491-8.)。これまでに、大日本製薬と武田薬品工業による「AJ-9677」等、いくつかのβ3アドレナリン受容体アゴニストが抗肥満薬・抗糖尿病薬として開発されている。
【0006】
一方、ハス科の多年草であるハス(Nelumbo nucifera)は、その根が食用として利用される以外にも、種子や葉などは漢方薬の処方や健康食品などに広く用いられている。ハスの葉には肥満改善効果があることが知られているが(特許文献1/特開平8-198769)、ハスの肥満効果を示す有効成分やその作用について、これまで詳細な報告はない。
【特許文献1】特開平8-198769
【非特許文献1】Saito M., Sasaki N. 実験医学 Vol.14 NO.16,1996
【非特許文献2】医学のあゆみ Vol.192 NO.5 2001.1.29
【非特許文献3】J Clin Invest. 1996 Jun 15;97(12):2898-904.,Life Sci.1994;54(7):491-8.
【非特許文献4】Biochemical Pharmacology,Vol.47,No.3,pp521-529
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明はこのような状況に鑑みてなされたものであり、その目的は第一にハス科植物の有効成分を明らかにすることであり、また、第二にこの有効成分に基づいた新たな物質、具体的にはβ3アドレナリン受容体作動性物質を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成すべく、本発明者らはハスの葉の抽出物を作製し、肥満改善効果の有効成分を突き止めるべく鋭意努力研究を続けた結果、その有効成分の一つがケルセチンであることを見出した。ケルセチンは植物に広く存在するフラボノイドの一種であるが、本願発明者は、ケルセチンがハスに含まれることを新たに明らかにした。ケルセチンに関するこれまでの知見としては、ケルセチンをラット脂肪細胞に作用させた結果cAMPが集積したことから、ケルセチンがラットβアドレナリン受容体アゴニスト活性を有することを示唆する報告はあったが(BiochemicalPharmacology, Vol.47, No.3, pp521-529)、ヒトのβ3アドレナリン受容体(β3AR)に対するアゴニスト活性については実証されていない。本発明者らは、ケルセチンをヒトβ3アドレナリン受容体発現細胞や糖尿病モデルマウスに作用させ、その効果を評価した結果、ケルセチンがβ3アドレナリン受容体アゴニストとして作用することにより肥満改善効果及び抗糖尿病作用をもたらすことを具体的に見出した。さらに本発明者らは、ケルセチンを含むハスの葉抽出物をヒト糖尿病境界型の被験者に投与し、ヒトへの体脂肪低減作用を実際に確認した。すなわち、ハスの葉調製物を配合することにより、肥満改善、糖尿病改善に効果を有する医薬品、食品の開発が可能となることを見出し、本発明を完成した。
【0009】
即ち、本発明は、ハスの葉から調製した新規なβ3アドレナリン受容体作動性物質に関し、より詳しくは、下記発明に関する。
(1)ケルセチンからなるβ3アドレナリン受容体作動性物質。
(2)ケルセチンが植物由来である、上記(1)の物質。
(3)植物がハス科である、上記(2)の物質。
(4)上記(1)乃至上記(3)に記載の物質を含む、糖尿病の治療または予防のための薬剤。
(5)上記(1)乃至上記(3)に記載の物質を含む、脂肪代謝改善効果を有する、肥満の治療または予防のための薬剤。
(6)上記(1)乃至上記(3)に記載の物質を含む、糖尿病の治療または予防のための食品。
(7)上記(1)乃至上記(3)に記載の物質を含む、肥満の治療または予防のための食品。
(8)ケルセチンを含むハスの調製物からなる、β3アドレナリン受容体作動性物質。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】CHO-K1細胞における、ハスの葉抽出物添加によるcAMPの集積を示す図である。平均値±S.D.(n=3)
【図2】CHO-K1細胞における、ケルセチンによるcAMPの集積を示す図である。平均値±S.D.(n=3)
【図3】CHO-K1細胞における、ケルセチンおよびQ3GA(Quercetin 3-O-β-D-glucuronide)によるcAMPの集積を示す図である。平均値±S.D.(n=3)
【図4】ハスの葉抽出物、ケルセチンによる、3T3-L1細胞からのグリセロール放出量を示す図である。平均値±S.D.(n=3)
【図5】2型糖尿病モデルマウスにハスの葉抽出物を投与した時の血糖降下作用を示す図である。平均値±S.D.(n=10)
【図6】ハスの葉抽出物を投与開始後25日目の2型糖尿病モデルマウスの血糖値を示す図である。平均値±S.D.(n=10)
【図7】ハスの葉抽出物投与群(ヒト)とコントロール群(ヒト)のグルコース負荷試験の結果を示す図である。グルコース負荷前の血糖値に対する各経過時間後の血糖値をグルコース相対値(%)とした。平均値±S.D. S群(プラセボ):n=30, T群(ハスの葉抽出乾燥物1g/day):n=34, R群(ハスの葉抽出乾燥物2g/day):n=31
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明は、ケルセチンからなるβ3アドレナリン受容体作動性物質を提供する。本発明は、上述の通り、ハスの葉抽出物中の有効成分としてケルセチンが含まれることを見出し、さらには、このケルセチンがβ3アドレナリン受容体作動活性があることを見出したことにも基づくものである。
【0012】
ケルセチンは、正式には3,3',4',5,7-ペンタヒドロキシフラボン(3,3',4',5,7-pentahydoroxyflavone)といい、CAS番号117-39-5が付与された、植物界に広く存在するフラボノールの一種である。その性状は、黄色微細針状結晶、融点316-317℃、結晶水2分子を含む。冷水に不溶、熱湯にやや可溶、熱アルコール・氷酢酸に易溶、冷アルコール・エーテルに難溶である。3位、7位または両方に多種の糖が結合するため、多くの配糖体が見られ、植物においてケルセチンは主に配糖体として存在する(生化学辞典(第3版) 東京化学同人、化学大辞典 東京化学同人)。このように、一般的にケルセチンは、配糖化されていない状態(アグリコン)を指すが、本明細書における「ケルセチン」は、β3アドレナリン受容体作動性物質として機能する限り、上記非配糖体(3,3',4',5,7-ペンタヒドロキシフラボン)のみならず、ケルセチン配糖体をも含めることができる。なお、配糖体の例としてはケルセチン−3−グルクロナイド、ケルセチン−3−グルコシド(イソケルシトリン)、ケルシトリン、クエルシメリトリン、ルチンなどを挙げることができる。これらのうちケルセチン−3−グルクロナイドは、quercetin 3-O-β-D-glucuronide、Q3GAとも標記され、分子量478、融点182-195℃、CAS NO.22688-79-5の物質である。本発明者らは、ケルセチン配糖体であるQ3GAにβ3アドレナリン受容体作動活性があることを実際に確認した。こうした配糖体がβ3アドレナリン受容体作動活性を有するかは、β3アドレナリン受容体を刺激した際の細胞内におけるcAMPの集積促進に基づいて確認することができる。より具体的には、β3アドレナリン受容体作動性物質としての活性は、実施例のように、β3アドレナリン受容体を発現させた細胞に被験物質を添加し、cAMPの集積を測定することによって確認することができる。cAMP活性は、EIA法、ELISA法、RIA法などの当業者に周知のイムノアッセイにより測定することができる。市販のキットを用いることも可能である。
【0013】
また、ケルセチンである限り、由来する植物種、植物の部位に限定されず、本願発明のケルセチンからなるβ3アドレナリン受容体作動性物質とすることができる。本発明はハスの葉抽出物から見出されたものであるが、β3アドレナリン受容体作動活性がある限り、ハス以外の植物から調製されたケルセチンを含めることができる。例えば、ケルセチンを含有する植物として、従来から玉ねぎやブロッコリー、茶、イチョウ葉、ホウレン草、ケール、パセリ、セロリ、芽キャベツ、アスパラガス、リンゴ、梨、グァバ葉、マメ、ピーマン、モロヘイヤ、オレンジ、イチゴなどが知られている。これ以外にもハスが属するハス科植物や、近縁のスイレン属、オニバス属、コウホネ属、ジュンサイ属にも含有されると考えられる。また、ソバ、トマトには、ルチンが存在することが知られている。したがって、β3アドレナリン受容体作動性物質としてのケルセチンは、これら植物から得ることができる。植物からのケルセチン調製の一例としては、後述する実施例に示したハスの葉からケルセチンを抽出する例を挙げることができる。
【0014】
ケルセチンを得るために使用する植物の部位の代表例として、葉を挙げることができるが、ケルセチンが含まれる部位であれば、花、根、茎、実、果皮、樹皮、根茎、塊茎、種子、柱頭、樹液、精油などの他の部位でも使用可能である。植物によって、異なる部位を使用してもよい。
【0015】
また、上記ケルセチンは、当業者に周知の方法で植物から有効に精製することができる。例えば、植物をそのままあるいは粉砕、細断処理し、該植物(または植物処理物)に水やエタノール等の溶媒を添加して抽出し、公知であるケルセチンの性状に基づき、液体クロマトグラフィー等の当業者の技術常識によって、該抽出液から精製可能である。植物からの単離例として、Rhododendron cinnabarinum hook, Ericaceaeからケルセチンを単離したことが、Rangaswami et al., Proc. Indian Acad. Sci.56A, 239(1962)に報告されている。マメからQ3GAを単離した例が、Price KR et al,J Agric Food Chem,46(12),4898-4903(1998)に記載されている。また植物からの精製品以外にも、植物以外の天然物等から精製したもの、化学的に合成されたもの、微生物を用いて生物学的に合成されたもの等であっても本願発明のケルセチンからなるβ3アドレナリン受容体作動性物質として用いることができる。植物以外にケルセチンが存在するものとして、プロポリスや赤ワインが知られている。生合成の例としては、Watkin et al,ibid. 229; Grisebach, Biochem.J.85, 3p(1962); Patschke et al., Z.Naturforsch. 21b, 201(1966). Synthesis: Shakhova et al., Zh.Obshch. Khim. 32,390(1962), C.A.58, 1426f(1963).が知られている。また、Q3GAの合成例は、Tetrahedron Letters,43(35),6263-6266(2002)やMoon, Jae-Haka et al, Free Radical Biology & Medicine, 30(11),1274-1285(2001)に報告がある。
【0016】
ケルセチンにおける上記β3アドレナリン受容体作動活性は、ヒト、マウスの受容体に対して確認できていることから、これらヒト、マウスなどのげっ歯類を含む哺乳動物のβ3アドレナリン受容体に対するアゴニスト(作動性物質)として用いることができる。β3アドレナリン受容体アゴニストは、白色脂肪細胞における脂肪分解促進と同時に褐色脂肪細胞を活性化する作用や、熱産生の増加、褐色脂肪の活性化、体脂肪の減少などに基づく肥満軽減、インスリン抵抗性の軽減などの効果が報告されている。したがって、本発明のケルセチンは、とりわけ、肥満の治療または予防のための薬剤や糖尿病の治療または予防のための薬剤として利用し得る。また、これ以外にも、β3アドレナリン受容体作動性に基づいて疾患の治療に利用してもよい。ケルセチンを上記β3アドレナリン受容体アゴニストとして用いる際は、上述した植物から採取したケルセチンはそのまま用いてもよく、また、β3アドレナリン受容体アゴニストとしての活性を損なわない範囲で、あるいは該活性を一層有効に利用するために植物等から採取後に修飾を施してもよい。さらにケルセチンは必ずしも精製される必要は無く、ケルセチンが含まれていれば、植物等の抽出液、抽出乾燥物、さらには植物等を粉末状等にしたもの等の植物等調製物を、ケルセチンからなるβ3アドレナリン受容体作動性物質としてもよい。
【0017】
本発明はケルセチンからなるヒトβ3アドレナリン受容体作動性物質を含む糖尿病の治療または予防のための薬剤、食品を提供する。糖尿病は、インスリン作用不足による持続的な高血糖を特徴とし、発症に遺伝的要因と環境的要因が関連する疾患群である。その成因や病態は単一ではなく、糖尿病は発症原因またはインスリン作用不足程度により分類されている。発症原因による分類では、1型糖尿病、2型糖尿病、その他特定の型および妊娠糖尿病に分けられる。1型糖尿病は、膵臓ランゲルハンス島β細胞の破壊を発症の特徴とする。2型糖尿病は、インスリン分泌低下とインスリン感受性の低下(インスリン抵抗性)の両者が発症にかかわる。その他特定の型としては、他の疾患に伴うもの等が分類される。インスリン作用不足程度による分類では、インスリン依存状態、インスリン非依存状態に分類される。インスリン依存状態には、1型の多くがあてはまる。インスリン非依存状態には2型の多くがあてはまり、さらに、高血糖是正にインスリン治療が必要な状態とインスリン治療が必要でない状態に分類される。上述したように、β3アドレナリン受容体の活性化はインスリン抵抗性の軽減の効果をもたらすことが知られており、したがって、β3アドレナリン受容体作動性物質であるケルセチンを含む薬剤は、糖尿病の治療または予防に用いることができる。本発明における薬剤が有効である糖尿病としては、2型の糖尿病を挙げることができるが、ケルセチンからなるβ3アドレナリン受容体作動性物質を含む薬剤であって、糖尿病の治療または予防を目的とするものであれば、他の型の糖尿病に有効であるものも本発明に包含される。
【0018】
薬剤、食品が糖尿病に有効であるか否かは、例えば本発明における実施例のように、糖尿病を発症した被験動物に薬剤を投与し、該被験動物の血糖値を測定することにより知ることができる。薬剤投与前後の随時血糖値または空腹時血糖値を薬剤投与群と対照群の間で比較し、薬剤投与群の血糖値が対照群と比較して低下すれば、その薬剤は糖尿病に有効である。被験動物としては、II型糖尿病自然発症モデル動物(例えばKK-Ayマウス)や高脂肪食負荷肥満モデル動物を用いることができる。また、ストレプトゾトシン投与による人為的発症モデル動物、I型糖尿病自然発症モデル動物を用いることもできる。
【0019】
さらに、本発明はケルセチンからなるβ3アドレナリン受容体作動性物質を含む、脂肪代謝改善効果を有する肥満の治療または予防のための薬剤、食品を提供する。前述のとおりβ3アドレナリン受容体作動性物質は脂肪代謝効果を有するため、β3アドレナリン受容体作動性物質であるケルセチンは、ヒトの肥満の治療または予防のための薬剤として利用することができる。後述の実施例に示すとおり、本発明者らは、ケルセチンを含むハスの葉抽出乾燥物が、ヒトおよびマウスに対し脂肪代謝改善効果を有することを、実際に確認した。ケルセチンを含むハスの葉抽出乾燥物は、ヒトのみならず、マウス等のげっ歯類を含む哺乳動物について、肥満治療または予防用薬剤・食品として有用である。ケルセチンを含むハスの葉抽出乾燥物を肥満治療または予防用とで使用する場合、安全かつ有効に摂取できる範囲であれば、摂取量に制限はない。あえて摂取量の例を挙げるならば、ヒトの場合、0.01g/day‐100g/day、好ましくは0.1g/day‐10g/dayの摂取量を示すことができる。アグリコンおよび配糖体を含めたケルセチン量として表すならば、0.88mg/day‐8.82g/day、好ましくは8.82mg/day‐0.88g/dayの摂取量が好ましい範囲の例である。in vitroの脂肪代謝改善効果は、例えば、被験物質を脂肪細胞に添加し、脂肪分解物であるグリセロール量を測定することで評価することができる。グリセロール量は、グリセロールキナーゼ等により分解し、最終的に吸光度を測定することで得ることができる。被験物質により細胞中のグリセロール量が増加すれば、被験物質に脂肪代謝改善効果が存在すると評価できる。また、in vivoの効果については、被試験動物の一部の群に高脂肪食及び被験物質を与え、他の一群には被験物質を与えずに高脂肪食のみを与え、他の条件を同一とした下で両動物群を一定期間飼育した後に、動物群の内臓脂肪の量を比較することで評価することができる。被験物質を与えられた群の内臓脂肪の量が、高脂肪食のみの群と比較して少なければ、被験物質に脂肪代謝改善効果が存在すると評価できる。
【0020】
ケルセチンからなるβ3アドレナリン受容体作動性物質を製剤化して医薬品とする場合には、治療目的や投与経路等に応じて剤形を選択することができ、例えば、錠剤、丸剤、散剤、液剤、懸濁剤、乳剤、顆粒剤、カプセル剤、注射剤、坐剤、エリキシル剤、シロップ剤、浸剤・煎剤、チンキ剤等が挙げられる。また製剤化のために、必要に応じて充填剤、増量剤、結合剤、保湿剤、崩壊剤、界面活性剤、滑沢剤等の希釈剤あるいは賦形剤を用いることができる。また、この医薬製剤中に着色剤、保存剤、香料、風味剤、甘味剤等や他の医薬品を医薬製剤中に含有させてもよい。
【0021】
ケルセチンからなるβ3アドレナリン受容体作動性物質を含む食品の形態としては、例えば、茶、健康茶、健康食品、特定保健用食品、栄養補助食品、経腸栄養食品等を挙げることができる。ケルセチンからなるβ3アドレナリン受容体作動性物質と食品衛生上許容される配合物、例えば、安定化剤、保存剤、着色料、香料、ビタミン等の配合物を適宜添加し、混合し、常法により、錠剤、粒状、顆粒状、粉末状、カプセル状、液状、クリーム状、飲料等の食品とすることができる。ハス等のケルセチンを含む植物は、これら医薬品や食品製造に際し、ケルセチンからなるβ3アドレナリン受容体作動性物質を含む原料として好適に用いることができる。ケルセチンからなるβ3アドレナリン受容体作動性物質を植物から調製する方法は、上述のとおりである。また、詳細な調製法の一例を後述の実施例に示した。
【0022】
なお本明細書において引用された全ての先行技術文献は、参照として本明細書に組み入れられる。
【実施例】
【0023】
以下、実施例によりさらに本発明を詳細に説明するが、本発明は、これら実施例に制限されるものではない。
【0024】
[実施例1] ハスの葉抽出物の製造法
乾燥したハスの葉1kgに対し、水10Lを加える。pHを6.0に調整し、30分間室温にて静置する。その後、減圧下90℃で1時間沸騰抽出する。ろ液(i)と残査に分別し、残査には10倍量の水を加え、減圧下90℃で1時間沸騰抽出する。ろ液(ii)と残査に分別し、ろ液(i)とろ液(ii)をあわせる。減圧下、加熱濃縮により、比重1.1まで濃縮後、スプレードライヤーで乾燥粉体約100gを得た。
【0025】
[実施例2]ケルセチンおよびケルセチン配糖体の同定および精製
ハスの葉抽出物をLC/MSにより分析した。カラムはCapcell Pak C18 UG120 φ2.0×150mm(資生堂)を使用した。移動相はA液(1%酢酸を含む5%アセトニトリル水溶液)およびB液(1%酢酸を含むアセトニトリル)を選択し、A液からB液まで30分間で直線濃度勾配をつけて溶出した。逆相HPLCの条件は、カラム温度:40℃、注入量:5μL、溶出速度:200μL/minとした。イオン化はESI法(Negative)で行った。対照標品として、市販ケルセチン(和光純薬工業(株)ケルセチン二水和物)、市販ケルシトリン(ケルセチン3−ラムノシド)(東京化成工業(株))および市販イソケルシトリン(ケルセチン3−グルコシド)(EXTRASYNTHESE社)を使用し、同様に分析した。RT:16.4min,m/z:301のピークが標品のRTおよびm/zと一致したため、ハスの葉抽出物にケルセチン(分子量 302)の存在が確認された。同様にハスの葉抽出物にケルシトリン(分子量448)の存在(RT:13.8min, m/z:447)およびイソケルシトリン(分子量 464)の存在(RT:12.9min, m/z:463)が確認された。また、RT:13.2min, m/z:477のピークはケルセチン-3-グルクロナイド(Q3GA)(分子量 478)と推定された。
【0026】
ハスの葉抽出物からQ3GAの精製および構造決定を次の通り行った。
まず、ハスの葉抽出物 1g を超純水(ミリQ水)500mL で溶解し、6N 塩酸で pH 3に調製した。酢酸エチル 500mL で 3 回抽出し、無水硫酸マグネシウムで脱水した。この酢酸エチル層を減圧下濃縮し、酸性画分(147mg、収率 14.7%)を得た。次に、上記酸性画分 5mg ずつ 30 回にわけてHPLCを用いて精製した。HPLCによる精製条件は次の通りである。精製用カラムは、Capcell Pak C18 UG120 φ20×250mm(資生堂)を使用した。カラム温度:40℃、注入量:200μLとした。移動相には1%酢酸を含む50%アセトニトリル水溶液を用いて所定の溶出速度(5mL/分)で溶出させ、360nmで検出した。この条件によりQ3GAを含む画分(63.1mg、収率42.1%)を得た。さらに上記画分をSephadex LH-20(φ12×350mm、MeOH)を用いて精製し、Q3GAと推定される化合物(13.5mg)を得た。
【0027】
続いて、得られた化合物をNMRにより解析した。 1 H-NMR、13C-NMR、DEPT、H-HCOSY、HMQCおよびHMBC を測定し、文献値(J. Agric. Food Chem., 46, pp.4898-4903 (1998))と比較した結果、測定値はQ3GAの文献値と一致したことから、ハスの葉抽出物にQ3GAの存在が確認された。
なお、上記のようにして調製したハスの葉抽出乾燥物中のケルセチンおよびその配糖体の濃度を計算したところ、アグリコン(ケルセチン)およびその配糖体全体として88.2mg/gであった。
【0028】
[実施例3] ヒトβ3アドレナリン受容体発現組換え体細胞の作製
ヒトβ3アドレナリン受容体cDNAは、ヒト小腸由来cDNAライブラリー(宝酒造)を鋳型とし、以下に示す合成オリゴDNAをプライマーとした PCR法により合成した。
5′側オリゴプライマー:ccgctagccaccatggctccgtggcctcacgagaag(配列番号:1)
3′側オリゴプライマー:ccgaattctacccgtcgagccgttggcaaag(配列番号:2)
【0029】
PCR合成したcDNAは、セファクリルS-300で脱塩および未反応のプライマーを除去した後、あらかじめプライマー設計時に末端に挿入しておいた制限酵素サイトNheIとEcoRIで消化、さらにSpeIとEcoRI制限酵素で消化した動物発現ベクターであるpTracer-EF A(インビトロジェン)とライゲーションキット(宝酒造)を用いてライゲーション反応を行った。ライゲーション後のDNAはエタノール沈殿し、適当量の10%グリセロール水溶液に懸濁した。該DNA溶液を用いて大腸菌DH5α株をエレクトロポレーション法により形質転換した。操作後の細胞はアンピシリンを含むLB寒天平板培地に蒔き、37℃一夜培養して形質転換体のコロニーを得た。10個の形質転換体中のヒトβ3アドレナリン受容体cDNAの塩基配列をプライドバイオシステムズ社オートシーケンサーにて確認し、正確なヒトβ3アドレナリン受容体cDNAが動物発現用ベクターに挿入された複合プラスミドを選択した。
【0030】
上記ヒトβ3アドレナリン受容体発現用複合プラスミドは、大腸菌細胞よりアルカリ溶解法(Sambrook & Russell , Molecular Cloning , 3rd Edition) により抽出、精製した。精製した複合プラスミドはチャイニーズハムスター卵巣細胞であるCHO-K1細胞にトランスフェクションした。トランスフェクションはTransIT-LT1試薬(宝酒造)を用いたリポフェクチン法で行った。10cmのディッシュに20-30%の細胞密度で増殖させた細胞に対して、10μgの複合プラスミドと混合したTransIT-LT1を加え細胞に取り込ませた。トランスフェクション処理の後、細胞は3日間10%牛胎児血清(以下FCSと略す。)添加ダルベッコ変法イーグル培地(以下DMEMと略す。)(シグマ)で37℃、5%CO2条件下で培養し、その後500μg/mLでゼオシン(インビトロジェン)を加えたDMEM培地に交換し、同様な条件で培養した。ゼオシン存在下で生育、コロニーを形成してきた細胞は、トリプシンではがしてさらにゼオシンおよび10%FCS含有のDMEM培地で増殖させた。
【0031】
得られた組換え体細胞は96ウェルマイクロプレートで100%細胞密度になるように培養した。培地を除きダルベッコ変法燐酸緩衝液(以下PBSと略す。)(宝酒造)で細胞を一回洗い、10μMイソプロテレノール含有アッセイ用緩衝液[DMEM、10%FCS、20mMHEPES(pH7.2)、0.1mMイソブチルメチルキサンチン]を100μL添加した。その際のコントロールは、イソプロテレノールを含まないアッセイ用緩衝液のみとした。37℃で20分間インキュベーションした後細胞をPBSで一度洗い、cAMP定量用のEIAキット(アマシャムバイオサイエンス)を用いた細胞内cAMPの定量に供した。その結果βアドレナリン受容体アゴニストであるイソプロテレノール添加により、細胞内cAMP量が大きく上昇する組換え体細胞を選択した。選択した組換え体細胞はさらに培養し、トリプシンで剥がした後培養用の培地で希釈し、96穴マイクロプレートに1ウェルあたり1細胞が入るように分注した。それらの細胞はさらに培養し、同様の操作によりイソプロテレノールに対する反応性を確認することで、反応性の良い組換え体細胞の純化を行い、最終的にひとつのヒトβ3アドレナリン受容体発現組換え体6H-4d3を得た。
【0032】
[実施例4] ヒトβ3アドレナリン受容体アゴニスト活性の測定
ヒトβ3アドレナリン受容体発現組換え体6H4-2d3は96ウェルマイクロプレート中、10%FCS、500μg/mLゼオシン含有DMEM培地にて37℃、5%CO2条件で培養した。2−3日培養しておよそ100%の細胞密度に生育させた後培地を除き、PBSで細胞を一回洗い、測定しようとする検体を加えたアッセイ用緩衝液[DMEM、10%FCS、20mMHEPES(pH7.2)、0.1mMイソブチルメチルキサンチン]を100μL/ウェルで添加した。37℃で10分間インキュベーションした後細胞をPBSで一度洗い、cAMP定量用のEIAキット(アマシャムバイオサイエンス)を用いた細胞内cAMPの定量に供した。陰性コントロールとしてはアッセイ用緩衝液のみか、アッセイ用緩衝液に検体を溶解した溶媒を同量添加した溶液で処理した6H4-2d3細胞を用い、陽性コントロールとしてイソプロテレノールで処理した6H4-2d3細胞を用いた。またヒトβ3アドレナリン受容体に対する特異的な反応により細胞内cAMPの上昇が起きたかどうかを確認するために、6H4-2d3細胞の親細胞であるCHO-K1細胞に対してもまったく同様の処理を行い、細胞内cAMPの変化を確認した。測定は同検体で3回測定して平均値と標準偏差を用いた。
【0033】
ハスの葉抽出乾燥物のβ3アドレナリン受容体アゴニスト活性を調べるため、ハスの葉抽出乾燥物を検体として、上記測定をおこなった。すなわち、ハスの葉抽出乾燥物を被験培地中に0.5mg/mL、1mg/mL、2mg/mL濃度で添加し、ヒトβ3アドレナリン受容体を発現させたCHO-K1細胞と発現させていないもとのCHO-K1細胞に対する反応を見た。なお、陽性コントロールとしてイソプロテレノール1μMをおいた。その結果、ハスの葉抽出乾燥物添加によって、ヒトβ3アドレナリン受容体を発現させたCHO-K1細胞のみにcAMPの有意な集積がみられ、β3アドレナリン受容体アゴニスト活性を持つことが明らかとなった。結果を図1に示す。
【0034】
また、ケルセチンのヒトβ3アドレナリン受容体アゴニスト活性についても調べるため、ケルセチンを検体として、同様に測定を行った。ハスの葉抽出乾燥物の主成分であるケルセチンを被験培地中に15μM、30μM、60μM濃度で添加し、ヒトβ3アドレナリン受容体を発現させたCHO-K1細胞と発現させていないもとのCHO-K1細胞に対する反応を見た。なお、陽性コントロールとしてイソプロテレノール2μMをおいた。その結果、ケルセチン添加によって、ヒトβ3アドレナリン受容体を発現させたCHO-K1細胞のみにcAMPの有意な集積がみられ、ケルセチンがβ3アドレナリン受容体アゴニスト活性を持つことが明らかとなった。結果を図2に示す。
【0035】
さらに、Q3GAについても、β3アドレナリン受容体・アゴニスト活性について検討した。Q3GAを被験培地中に1μM、10μM、100μM、1000μM濃度で添加し、ヒトβ3アドレナリン受容体を発現させたCHO-K1細胞に対する反応を見た。比較のため、ケルセチンについて同様の操作を行った。なお、陽性コントロールとして、イソプロテレノールを使用した。その結果、配糖体であるQ3GAの添加は、アグリコンであるケルセチンと同様のβ3アドレナリン受容体アゴニスト活性を持つことが明らかとなった。結果を図3に示す。
【0036】
[実施例5] 3T3-L1細胞を用いた脂肪分解作用の測定
マウス由来の前駆脂肪細胞である3T3-L1細胞(ヒューマンサイエンス研究資源バンクより購入)を96穴プレートに1x104/wellになるように加え、10%牛胎児血清(FCS)添加Dulbecco's modified Eagle medium (D-MEM,GIBCO社製)にて5%CO2存在下、37℃にて培養した。細胞がコンフルエントになる直前、0.5mM 3-イソブチル-1-メチルキサンチン、2x10-7Mデキサメタゾンおよび0.8μMインスリンを添加した10%FCS添加D-MEMに交換し脂肪細胞への分化を誘導した。2日後0.8Mインスリンのみを添加した10%FCS添加D-MEMに交換し、以後2〜3日ごとに培養液を交換して培養を続け脂肪細胞へと分化させた。その後、10%FCS添加D-MEMに交換し2日間培養した。96穴プレートで培養したこの細胞の培養液を吸引除去し、被験物を含む10%FCS添加D-MEMを100μL/well添加、3日間インキュベート後、各wellの培養液を80μLずつ採取し、培養液中のグリセロール量を「F-キットグリセロール」(ベーリンガー・マンハイム社製)にて測定した。平均値の有意差検定はStudent's t-test にて行い、p<0.05をもって有意とした。
【0037】
ハスの葉抽出乾燥物およびケルセチンの脂肪細胞における脂肪分解作用を調べるため、上記測定を行った。被験培地中にハスの葉抽出乾燥物0.5〜500μg/mL、ケルセチン0.5〜500μM、陽性コントロールとしてイソプロテレノールを10-8M〜10-5M添加して、脂肪細胞3T3-L1中に蓄積された脂肪が分解されて培地中に放出されたグリセロール量を測定した。その結果、ハスの葉抽出乾燥物は500μg/mLで、ケルセチンは5μM〜500μMにかけて有意に脂肪分解を促進することが明らかとなった。結果を図4に示す。
【0038】
[実施例6]
Wistar系ラット雌性5週齢を予備飼育4日間行った後に、ラットの平均体重がほぼおなじになるように群分けした。群分けは、1群あたり8匹として、通常食摂取群、高脂肪食群、高脂肪食+ハスの葉抽出物0.01g/g摂取群(高脂肪食1gあたりハスの葉抽出物0.01g、以下同様)、高脂肪食+ハスの葉抽出物0.05g/g摂取群の4群にわけた。高脂肪食群の餌には、デンプン、ショ糖、ラード油(10%)、コーン油(5%)、コレステロール(1%)を添加した。各群2週間飼育後、解剖した。解剖開始6時間前に餌を抜き、絶食させた。腹腔内脂肪を摘出し、重量を測定した。体重100gあたりの腹腔内脂肪は、通常食摂取群は2.2340±0.6427g、高脂肪食摂取群は3.9071±1.2562g、高脂肪食+ハスの葉抽出物0.01g/g摂取群は3.5564±0.8805g、高脂肪食+ハスの葉抽出物0.05g/g摂取群は2.7745±0.9099gであった。 上記測定値はいずれも平均±S.D.である。
【0039】
[実施例7] 2型糖尿病モデルマウスKK-Ayマウスに対するハスの葉抽出物の血糖降下作用
2型糖尿病モデルマウスKK-Ayマウス雄性4週齢を3日間の予備飼育後、体重により1群10匹で2群に分けた。群分け後、血糖値を測定した。溶媒対照群には水道水を飲水させ、ハスの葉抽出物給水群にはハスの葉抽出乾燥物10mg/mlで溶解したハスの葉抽出物水を飲水させた。飲水は自由摂取とした。尚、餌(CRF-1)も自由摂取とした。一週間ごとに血糖値の測定を行った。血糖値の測定は、6時間の絶食後行った。また、投与開始後25日目の非絶食下における血糖値も併せて測定した。結果を図5,6に示す。
【0040】
[実施例8] 高脂肪食負荷肥満マウスに対するハスの葉抽出乾燥物による肥満改善効果の検討
8−(1) 実験材料および実験方法
高脂肪食負荷マウスに被験物質としてハスの葉抽出乾燥物を投与し、その影響を検討した。ICRマウス雌性6週齢を日本クレア株式会社から入手し、試験と同様の飼育環境下で14日間検疫・馴化飼育した。投与開始日に検疫・馴化期間中の体重増加が順調で一般状態にも異常を認めない動物40匹を試験に用いることとし、体重別層化無作為抽出法に準じた方法で群わけした。試験群構成は、A群:基本飼料摂取群、B群:高脂肪食摂取群、C群:ハスの葉抽出乾燥物2%含有高脂肪食摂取群、D群:ハスの葉抽出乾燥物5%含有高脂肪食摂取群の4群とし、1群あたり10匹とした。同じ群のマウスを5匹ずつ1ケージとし、各群2ケージで飼育した。基本飼料は、粉末飼料CE-2(日本クレア株式会社)を用いた。その他の飼料:高脂肪食、ハスの葉抽出乾燥物含有高脂肪食については、表1に示す。表中の数値は、混餌飼料を全量1kg調製する場合の各混合量を示す。
【表1】

全ての群において、給餌方法は、飼料を粉末給餌器に入れ、自由摂取とした。給水は、水道水を給水瓶に入れ、ノズルを介して自由摂取させた。上記条件でマウスへの被験物質投与を10週間継続し、該マウスに対し、一般状態観察、体重測定、摂餌量測定、解剖学的検査を行い、以下の結果を得た。なお、以下の結果に示すデータにおいて、体重、摂餌量および器官重量は平均±標準偏差(mean±S.D.)で表した。基本飼料摂取群と高脂肪食摂取群との有意差検定および高脂肪食摂取群と被験物質摂取群との有意差検定は、Student's t-testまたは多重比較検定(Dunnett's test)によって行った。
【0041】
8−(2) 一般状態観察
一般状態観察は、一日1回、ケージ毎に行った。試験期間中にわたり、各個体の一般症状に、何ら異常は認められなかった。
【0042】
8−(3) 体重
体重は、被験物質の投与直前および投与後1週間に1回、電子上皿天秤を用いて測定した。結果を各群別に表2に示す。
【表2】

【0043】
高脂肪食による影響を検討するためA群(基本飼料摂取群)とB群(高脂肪食摂取群)を比較すると、両群とも試験開始後順調に体重が増加したが、B群の体重はA群と比較してより大きく増加した。試験開始2週間後より終了時までに両群の体重値に有意差が認められ、試験終了時では両群の間に平均で6.9gの差が生じた(A群:39.3±3.0g、B群:46.2±5.6g:p<0.01)。
【0044】
ハスの葉抽出乾燥物による影響を検討するためB群とC群(ハスの葉抽出乾燥物2%含有高脂肪食摂取群)、D群(ハスの葉抽出乾燥物5%含有高脂肪食摂取群)を比較すると、いずれの群も試験開始後順調に体重増加が認められたが、C群およびD群の体重増加量はB群よりも少ない傾向を示した。特にD群では、試験開始5、7、8、及び9週後の時点でB群との間に有意差が認められ、ハスの葉抽出乾燥物の体重増加抑制作用が確認された。
【0045】
8−(4) 摂餌量
摂餌量は、被験物質投与後1週間に2回、すなわち3日または4日毎に測定した。ケージ毎に電子上皿天秤を用いて給餌器を含めた重量として測定し、給仕量から残餌量を差し引くことにより算出した。
ケージ別に算出した1匹当りの一日平均摂餌量を表3に示す。各ケージ:n=5、各群:n=10である。
【表3】

A群1匹あたりの一日平均摂餌量は、5.2〜7.9g/日、B群1匹あたりの一日平均摂餌量は、3.0〜6.8g/日、C群1匹あたりの一日平均摂餌量は、2.7〜6.1g/日、D群1匹あたりの一日平均摂餌量は、3.1〜5.6g/日であった。A群では明らかに他群と比較して多い摂餌量が確認された。B−D群では、試験開始前半(2週目当り)の摂餌量が多く、後半(6週目以降)の摂餌量が少ない傾向が見られるものの、B−D各群による特異的な変化は認められなかった。
【0046】
8−(5) 器官重量
試験開始から10週間後の観察期間終了時に、マウスを解剖し、器官重量(肝、腎、脂肪湿重量)を測定した。結果を表4に示す。各群はn=10である。
【表4】

【0047】
高脂肪食による影響を検討するためA群とB群を比較すると、肝臓重量については有意な差は認められなかったが、腎臓重量はB群で有意に軽く、脂肪重量はB群で有意に重い結果が認められた。
【0048】
ハスの葉抽出乾燥物による影響を検討するためB群とC群、D群を比較すると、肝臓及び腎臓重量については有意な差は認められなかったが、脂肪重量はC群及びD群のいずれも低値を示した。特にD群においてはB群との間で有意差が認められ、脂肪減少作用が認められた。
【0049】
8−(6) まとめ
上記のとおり、2%ハスの葉抽出乾燥物摂取群では体重増加抑制傾向をみられるものの有意な作用ではなかったが、一方の5%ハスの葉抽出乾燥物摂取群では有意な体重増加抑制が認められた。しかし、摂餌量に若干の違いがあることから、体重減少が摂餌量によるものか、ハスの葉抽出乾燥物による効果であるかを検討する必要がある。そこで、各群で試験終了時の体重増加量と試験中の総摂餌量から体重1gを増加させるのに必要な餌の量を算出すると、高脂肪食摂取群で19.1g、2%ハスの葉抽出乾燥物摂取群(高脂肪食+2%ハスの葉抽出乾燥物)で20.2g、5%ハスの葉抽出乾燥物摂取群(高脂肪食+5%ハスの葉抽出乾燥物)で22,7gとなり、用量依存的増加傾向が確認された。したがって、本実施例で観察された体重増加抑制はハスの葉抽出乾燥物による効果であると結論することができる。また解剖時の脂肪重量は2%ハスの葉抽出乾燥物摂取群で減少傾向、5%ハスの葉抽出乾燥物摂取群で有意な脂肪重量減少が確認され、上記結論を裏付ける結果ということができる。
【0050】
[実施例9]ハスの葉抽出乾燥物のヒトに対する糖代謝と脂質代謝への作用
9−(1) 実験材料および実験方法
本実施例では、ハスの葉抽出乾燥物によるヒトの糖代謝および脂質代謝に対する影響の検討を目的とした。上記目的の検討を行うにあたり、ヒト被験者は一定の条件を満たすものに限定した。本実施例の被験者として満たすべき条件は以下のとおりとした。
1)いわゆる境界型であること、すなわち、空腹時血糖値110〜126mg/dlまたは75gグルコース負荷テスト(OGTT)の2時間血糖値が140〜200mg/dlであること。空腹時血糖値126mg/dl以上または75gOGTT 2時間値200mg/dl以上は糖尿病型となるため、本実施例の被験者からは除外した。
2)BMI (Body Mass Index)が22以上であること。BMIとは、体格指数とも呼ばれ、体重(kg)を身長(m)の2乗で除した数値である。BMI=体重(kg)÷身長(m) 2
3)糖尿病に対する薬物治療経験がないこと。
4)重篤な肝障害、腎障害、心血管障害、食物アレルギー疾患に罹患していないこと。
5)年齢が男性40-58歳,女性40-55歳で健康な者と同様の日常生活を営んでいること
6)一日の茶飲料が2L以下のもの
以上の6条件を満たした者の中から、アンケート等を実施して被験者を選抜した。アンケート及び問診表では、A.1日カロリー摂取量、B.食事の嗜好、C.既病歴,家族歴,仕事及び生活環境,運動習慣,喫煙及び飲酒について、質問した。
上記の被験者条件に適合する95名の被験者。を選抜した。選抜した被験者を、年齢、性別、空腹時血糖値において差のないようにして、ハスの葉抽出乾燥物摂取群2群(T群、R群)、プラセボ摂取群(S群)の計3グループに群分けした。コントロール群として、ハスの葉抽出物を含まないベースの茶飲料(200ml/本)を摂取する群をS群、被験物質摂取群として、ハスの葉抽出乾燥粉末を0.5g/200ml含む茶飲料を摂取する群をT群、ハスの葉抽出乾燥粉末を1.0g/200ml含む茶飲料を摂取する群をR群とした。各群の構成および平均年齢を表5に示す。S群(プラセボ):n=30, T群(ハスの葉抽出乾燥物1g/day):n=34, R群(ハスの葉抽出乾燥物2g/day):n=31である。
【表5】

試験は、プラセボを対照とした二重盲検法で行った。被験者には、被験食品摂取前に2週間の観察期間後、12週間にわたり、上記茶飲料を午前と午後に分けて1日2本(200mlx2/日)摂取させた。被験者に対し、身体測定および糖負荷試験を実施し、ハスの葉抽出乾燥物による影響を検討した。
【0051】
9−(2) 身体測定
各被験者について、摂取前、摂取6週間後、摂取12週間後の各時点で身体測定を実施した。測定項目は、身長,体重,ウエスト周囲長,BMI,ヒップ周囲長,体脂肪率,内臓脂肪レベルを測定した。体脂肪率および内臓脂肪レベルの測定は、オムロン体重体組成計HBF-352を用いて実施した。内臓脂肪レベル10は内蔵脂肪面積100cm2に相当する。
【0052】
結果を表6及び表7に示す。表6、表7ともに、S群(プラセボ):n=30, T群(ハスの葉抽出乾燥物1g/day):n=34, R群(ハスの葉抽出乾燥物2g/day):n=31である。
【表6】

【表7】

6及び12週間のハスの葉抽出乾燥物2g/day摂取により、体重,BMI,体脂肪率,内臓脂肪レベル,ウエスト周囲長,ヒップ周囲長が対照群と比較して有意に低下し、ハスの葉抽出乾燥物による低減作用が認められた。また、ハスの葉抽出乾燥物1g/dayの6週間の摂取により、対照群と比較して、体重,体脂肪率が有意に低下した。12週間の摂取では、体重,BMI,体脂肪率,内臓脂肪レベル,ウエスト周囲長が対照群と比較して、有意に低下していた。
【0053】
9−(3) 糖負荷試験
各被験者について、糖負荷試験(75gグルコース/body)を摂取前、摂取12週間後2回実施した。被験者には採血前夜21時以降の飲食を避けさせた。試験当日は、最初に空腹状態で採血し、グルコース負荷前の血液とした。続いて75gのグルコースを負荷し、経時的に負荷30,60,90分後の血液を採取した。試験は午前11時までに終了した。血漿中の血糖値を、日立自動分析装置7075を用いて測定した。
結果を図7に示す。図7において、グルコース負荷前の血糖値に対する各経過時間後の血糖値をグルコース相対値(%)として表した。また、各経過時間のグルコース相対値≪を基に0-120分のAUC(Area Under Curve)を算出した。S群(プラセボ):n=30, T群(ハスの葉抽出乾燥物1g/day):n=34, R群(ハスの葉抽出乾燥物2g/day):n=31である。ハスの葉乾燥週出物を12週間摂取することにより、グルコース負荷30分後及び60分後の血糖上昇抑制が認められた。
【0054】
9−(4) まとめ
上記の通り、動物試験と同様に、ヒトにおいてもハスの葉抽出乾燥物による体脂肪低減作用が認められた。ヒトでは、蓮の葉乾燥抽出物2g/dayを6週間摂取することにより体脂肪量が低下したことが、体重の低下に反映したと考えられる。また、1g/dayにおいては、12週間摂取により同様の効果が認められた。これらの効果とグルコース負荷試験の結果より、体脂肪量の低下と共にインスリン抵抗性の軽減作用があることが考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0055】
本発明により、ケルセチンをβ3アドレナリン受容体作動性物質として提供することが可能となった。本発明の物質は、特に、肥満改善、糖尿病治療の新たな選択肢として使用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ケルセチンからなるβ3アドレナリン受容体作動性物質。
【請求項2】
ケルセチンが植物由来である、請求項1の物質。
【請求項3】
植物がハス科である、請求項2の物質。
【請求項4】
請求項1乃至請求項3に記載の物質を含む、糖尿病の治療または予防のための薬剤。
【請求項5】
請求項1乃至請求項3に記載の物質を含む、脂肪代謝改善効果を有する、肥満の治療または予防のための薬剤。
【請求項6】
請求項1乃至請求項3に記載の物質を含む、糖尿病の治療または予防のための食品。
【請求項7】
請求項1乃至請求項3に記載の物質を含む、肥満の治療または予防のための食品。
【請求項8】
ケルセチンを含むハスの調製物からなる、β3アドレナリン受容体作動性物質。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【国際公開番号】WO2005/042508
【国際公開日】平成17年5月12日(2005.5.12)
【発行日】平成19年5月24日(2007.5.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−515206(P2005−515206)
【国際出願番号】PCT/JP2004/016330
【国際出願日】平成16年11月4日(2004.11.4)
【出願人】(000006138)明治乳業株式会社 (265)
【Fターム(参考)】