説明

極低温動作ローパスフィルタを備えた極低温電子素子・回路の極低温計測器

【課題】 極低温動作に適するローパスフィルタを登載した極低温計測器を提供する。
【解決手段】 本発明は、極低温電子素子或いは回路に、室温測定系から直流バイアス電流を供給する配線に侵入する雑音を除去するローパスフィルタを備えて、上記極低温電子素子或いは回路の特性を測定する。上記ローパスフィルタを極低温環境下に配置し、かつ上記ローパスフィルタを、バイアス供給入力側で2本の配線間に並列に接続されたキャパシタと、該配線の一方内に挿入された互いに並列に接続された抵抗及びインダクタンスにより構成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は、極低温動作の電子素子或いは回路の特性計測において、室温測定系からバイアス配線経由の侵入雑音を効果的に逓減するための、極低温仕様ローパスフィルタを配置した極低温計測器に関する。
【背景技術】
【0002】
図1は、室温ローパスフィルタをバイアスラインに挿入した従来型極低温素子・回路特性計測装置の一例として、超伝導発振素子の発振線幅測定装置を例示する図である。図示の測定装置において、ミキサ3には、超伝導発振素子2をバイアス電源4で駆動した際に発生するゆらぎを含む周波数fSの電磁波と、基準周波数源5から方向性結合器6を経て安定した周波数fRのマイクロ波とが入力されて、周波数fIF = |fS - n fR|(但し、nは整数)のマイクロ波を生成する。その出力はマイクロ波増幅器7で増幅され、スペクトルアナライザ9に入る。スペクトルアナライザ9の出力画面では、fSのゆらぎが出力周波数fIFのゆらぎdfとして表示される。この従来の極低温計測器においては、バイアス配線経由の侵入雑音逓減にはキャパシタと抵抗を組み合わせた受動フィルタ(ローパスフィルタ1)が室温で使用されていた。図中の点線矩形は、極低温環境下にあることを示している。
【0003】
従来型極低温計測器に用いられる受動フィルタの等価回路と電流透過係数の周波数依存性を、図2(a)、(b)に示す。直流(あるいは低周波)のバイアス電流IIがフィルタに入力すると、キャパシタ CFには殆ど電流が流れないので、出力電流IOは入力電流IIとほぼ等しい。一方、周波数fがフィルタの遮断周波数1/(2 p CF RF)を越えると、キャパシタCFに流れる周波数fに比例する電流が入力電流IIから差引かれるため、出力電流IOはfの上昇とともに低下する。このため、このローパスフィルタにより直流(あるいは低周波)バイアス電流に重畳した高周波雑音を除去できる。
【0004】
室温に配置した従来型フィルタを備えた極低温計測器には下記欠点があった。フィルタが有効に働く対象は、フィルタより電源側からの侵入雑音A(図1の10)のみである。素子側からの侵入雑音B(図1の11)はフィルタを経由せず直接素子に結合するため、フィルタの作用が及ばない。侵入雑音としては空中を飛び交う電波等が考えられるが、これらは配線距離が長くなるにつれ結合度が高くなる。実際の極低温計測器では、室温フィルタと極低温素子・回路との距離が長いため、侵入雑音Bの寄与が大きい。
この欠点を改善するためには、フィルタを電子素子・回路の近傍、つまり極低温環境下に置きたい。ところが、従来型極低温計測器で多用される図2のフィルタでは、直流(あるいは低周波)バイアス電流IOが抵抗RFを流れる際、電力P =IO 2 RFのジュール熱を発生する。
【0005】
このジュール熱は冷却装置の熱負荷となり、電子素子・回路に対する冷却能力を低下させる。例えば、IO = 100 mA、RF = 10 Wの時、P = 0.1 Wとなる。この値は、消費電力約1kWの市販冷凍器の絶対温度4.2Kステージでの冷却能力に匹敵する。複数のバイアスラインを有するため複数個のフィルタを同一冷却ステージに登載する用途(例:多ピクセル磁力計や多ピクセル電磁波検出器)にとって、この発生熱はさらに深刻な問題となる。
【0006】
ある周波数の雑音に対する電流透過率を一定とするためには、遮断周波数1/(2 pCF RF)を一定とせねばならない。つまり、抵抗での発生熱を減らすためRFを下げると、CFをそれに逆比例して上げる必要がある。ところが、キャパシタの種類によっては、CFの値が冷却に従い著しく減少し、極低温環境下で必要なCFの値を得ることが出来ないものがある。特に大容量キャパシタとして室温で広く使われる電解コンデンサは、その構造上極低温では使えない。すなわち、極低温で使えるキャパシタCFの種類は限られており、その上限値としては100 mF程度である。例えば、CF =100 mF、RF = 10 Wの時、1/(2 p CF RF)= 170 Hzとなるため、商用電源周波数である50ないし60Hzの雑音除去も不可能となる。このため、極低温環境下のフィルタにおいて、RFを下げCFを上げることで発生熱を抑制することは極めて困難である。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
そこで、本発明は、上記問題を持つゆえ室温動作が前提となるローパスフィルタに代えて、極低温動作に適するローパスフィルタを登載した極低温計測器を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の極低温計測器は、極低温電子素子或いは回路に、室温測定系から直流バイアス電流を供給する配線に侵入する雑音を除去するローパスフィルタを備えて、上記極低温電子素子或いは回路の特性を測定するものであり、上記ローパスフィルタを極低温環境下に配置し、かつ上記ローパスフィルタを、バイアス供給入力側で2本の配線間に並列に接続されたキャパシタと、該配線の一方内に挿入された互いに並列に接続された抵抗及びインダクタンスにより構成したことを特徴としている。
【発明の効果】
【0009】
極低温動作に適したフィルタにより高周波雑音を効果的に除去した極低温計測器を用いた結果、超伝導発振器の発振線幅が1桁低減した。このことは、本発明による極低温計測器が、超伝導発振器以外の極低温素子、例えばジョセフソン電圧標準素子、SQUID(Superconducting Quantum Interference Device)磁力計素子、超伝導集積回路等におけるバイアスケーブル経由の高周波雑音逓減にも効果があることを示唆する。ジョセフソン電圧標準素子は1V(ボルト)の基準電圧を発生し、計測器の校正用基準器として働く。また、SQUID磁力計は、脳、心臓等生体の疾患診断はじめ、航空機内部に生じた亀裂の被破壊検査のための高感度センサである。両者とも既に実用化されており、さらに高機能なものが研究開発段階にある。超伝導集積回路は、現在のシリコン半導体集積回路よりも1桁速い演算速度と3桁低い消費電力という潜在能力を併せ持ち、研究開発が盛んに行なわれている。このような極低温素子の本来持つ特性を正しく評価するとともに、その性能を充分に発揮する上で、室温系からの侵入雑音対策は極めて重要であり、バイアスラインに挿入するローパスフィルタは欠かせない。本発明のような単純な構成かつ安価なフィルタがその機能を満足することは、上記例のような極低温素子の設置環境に左右されにくい安定動作・性能発揮を保証する上で、産業界への寄与はきわめて大きい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明は、従来のキャパシタと抵抗のみを用いた室温フィルタに、インダクタンスを加えることにより極低温動作に適したローパスフィルタを備えた極低温計測器を提供する。図3は、極低温ローパスフィルタをバイアスラインに挿入した極低温計測器の一例として、超伝導発振素子の発振線幅測定装置を例示する図である。図中、点線矩形は、極低温環境下にあることを示している。この計測器の動作概要を述べる。超伝導発振素子2をバイアス電源4で駆動すると、ゆらぎを含む周波数fSの電磁波を発生し、ミキサ3に導かれる。一方、基準周波数源5からは、安定した周波数fRのマイクロ波が方向性結合器6を経て、ミキサ3に入力される。ミキサ3は、これら2つの電磁波から、周波数fIF = |fS - n fR|(但し、nは整数)のマイクロ波を生成する。その出力はマイクロ波増幅器7で増幅され、スペクトルアナライザ9に入る。スペクトルアナライザ9の出力画面では、fSのゆらぎが出力周波数fIFのゆらぎdfとして表示される。
【0011】
また、図3中に示す極低温用フィルタ1の等価回路と電流透過率の周波数依存性を図4(a)、(b)に示す。図4(a)に示すように、極低温用フィルタ1は、バイアス供給入力側で2本の配線間に並列に接続されたキャパシタCFと、該配線の一方内に挿入された互いに並列に接続された抵抗RF及びインダクタンスLFにより構成される。この極低温用フィルタ1は、第1遮断周波数1/(2 p CF RF)が、第2遮断周波数RF/(2p LF)より低い、すなわち、RF 2> LF / CF に設定している。図2と図4を比較すると、本発明の極低温計測器に用いたフィルタには下記の利点がある。
【0012】
従来型フィルタでは、直流バイアス電流IOは抵抗RFを流れたが、本発明によるフィルタではインダクタンスLFを流れる。このため、電力P = IO 2 RFのジュール熱は発生しない。よって、抵抗RFに大きな値を採用できる。なお、インダクタンス導線の持つ微小抵抗成分や、高周波雑音電流が抵抗RFを流れることによるジュール熱は発生するが、この値は上記ジュール熱 IO2 RFに比べ充分小さいため、問題にはならない。
【0013】
従来型フィルタでは、遮断周波数1/(2 p CFRF)以上の周波数fに対し、20 dB/dec(fが10倍になると、電流透過率IO /IIは1/10になる割合)の減衰率しか得られないが、本発明によるフィルタでは、2つの遮断周波数1/(2 p CF RF)とRF/(2pLF)に挟まれた周波数帯では、40dB/dec(fが10倍になると、電流透過率IO /IIは1/100になる割合)もの減衰率が得られる。このため、高周波雑音をより効果的に落とすことができる。
【0014】
従来型フィルタでは、遮断周波数以下の周波数成分に対し殆ど減衰を示さないため、除去したい雑音の周波数よりも遮断周波数1/(2 p CFRF)を高くせねばならないという制限があった。これに対し、本発明によるフィルタでは、遮断周波数1/(2 p CF RF)以下の周波数成分に対しても20dB/decの減衰率を有する。このため、比較的低周波の雑音に対する除去効果も有する。
【実施例】
【0015】
極低温素子の一例として超伝導発振素子を用い、雑音により生じる発振周波数ゆらぎを図3に示す回路で計測した。超伝導発振素子とは、Vdcに電圧バイアスされるとf =2eVdc/ hなる周波数の電磁波を発生する素子である。但し、eは電子の電荷、hはプランク定数である。超伝導発振素子の動作原理上、バイアスラインからの混入雑音によるVdcのゆらぎが、発振周波数のゆらぎ(以下、発振線幅 dfと呼ぶ;df の定義は図5(a)参照)に変換され、発振線幅df の増加(発振器性能の低下)を招く。超伝導発振素子の動作点での微分抵抗Rdに対する発振線幅df の実測値を図5(b)に示す。
【0016】
ローパスフィルタの効果を実証するため、図3の回路において、同一の発振素子に対し、ローパスフィルタを下記4通り変えて実験した。フィルタを挿入しない場合(黒三角印)、従来型システムで用いられるフィルタを挿入した場合(黒四角印)、本発明によるフィルタで、かつキャパシタの値CFが小さい(すなわち遮断周波数が高い)場合(中空丸印)、本発明によるフィルタで、かつキャパシタの値CFが大きい(すなわち遮断周波数が低い)場合(黒丸印)である。図5(b)より、フィルタを入れた場合は入れない場合に比べ発振線幅は小さく、また、同一の微分抵抗Rdに対する発振線幅 dfはフィルタの種類に依存することがわかる。
【0017】
一方、発振線幅 dfと動作点での微分抵抗Rdとの間には、下記の理論的な関係がある。すなわち、発振素子内部での発生雑音の寄与が支配的な場合、 dfはRd2に比例(図中点線で表示)する。一方、発振素子のバイアスラインに重畳する外来雑音が支配的な場合、 dfはRdに比例(図中一点鎖線で表示)する。実験結果をこの理論関係と比べると、従来型フィルタでは一点鎖線に近い関係を示すのに対し、本発明のフィルタ(特にCF大の場合)では点線に近い関係を示している。以上の結果から、ローパスフィルタなしの場合の発振線幅へは外来雑音の寄与が支配的であり、ローパスフィルタの雑音除去能力を高めるに従い、超伝導発振素子内部で発生する本来の雑音の寄与が見えて来たと言える。このことから、超伝導発振素子の発振線幅評価のためには、外来雑音低減を担うローパスフィルタの役割が極めて重要であり、かつ従来型フィルタと比較して本発明によるフィルタの優位性が実証された。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】室温ローパスフィルタをバイアスラインに挿入した従来型極低温素子・回路特性計測装置の一例として、超伝導発振素子の発振線幅測定装置を示す図。
【図2】従来型極低温計測器に用いられる典型的な室温ローパスフィルタの(a)等価回路と(b)透過率の周波数依存性。
【図3】本発明の極低温ローパスフィルタをバイアスラインに挿入した極低温計測器の一例として、超伝導発振素子の発振線幅測定装置を示す図。
【図4】本発明による極低温計測器に用いた極低温ローパスフィルタの(a)等価回路と(b)透過率の周波数依存性。
【図5】本発明実施例の結果として、(a)発振スペクトルの測定結果と発振線幅の定義、及び(b)ローパスフィルタの種類を変えた時の、超伝導発振素子の発振線幅とバイアス点での微分抵抗との関係を示す図。
【符号の説明】
【0019】
1 ローパスフィルタ
2 超伝導発振素子
3 ミキサ
4 バイアス電源
5 基準発振器
6 方向性結合器
7 マイクロ波増幅器
8 極低温ステージ
9 スペクトルアナライザ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
極低温電子素子或いは回路に、室温測定系から直流バイアス電流を供給する配線に侵入する雑音を除去するローパスフィルタを備えて、上記極低温電子素子或いは回路の特性を測定する極低温計測器において、
上記ローパスフィルタを極低温環境下に配置し、かつ
上記ローパスフィルタを、バイアス供給入力側で2本の配線間に並列に接続されたキャパシタと、該配線の一方内に挿入された互いに並列に接続された抵抗及びインダクタンスにより構成した、
ことを特徴とする極低温計測器。
【請求項2】
上記ローパスフィルタは、直流バイアス電流に対して殆ど電力を消費せず、熱を発生しないよう構成した請求項1に記載の極低温計測器。
【請求項3】
上記極低温電子素子は、超伝導集積回路である請求項1に記載の極低温計測器。
【請求項4】
上記極低温電子素子は、ジョセフソン電圧標準素子である請求項1に記載の極低温計測器。
【請求項5】
上記極低温電子素子は、SQUID磁力計素子である請求項1に記載の極低温計測器。
【請求項6】
上記極低温電子素子は、超伝導発振素子である請求項1に記載の極低温計測器。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−126001(P2006−126001A)
【公開日】平成18年5月18日(2006.5.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−314466(P2004−314466)
【出願日】平成16年10月28日(2004.10.28)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】