説明

歯車製造方法

【課題】スカイビング加工において発生するバリを抑制する歯車製造方法を提供する。
【解決手段】歯車に加工されるワーク10の回転軸Awに対して傾斜した回転軸Acを有するピニオン型のカッター1を用い、カッター1をワーク10と同期回転させながらワーク10の歯すじ方向に送り操作するスカイビング加工を利用した歯車製造方法において、スカイビング加工の前に、ワーク10の加工面10aを表面硬化処理した表面硬化層15を形成しておく。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
歯車に加工されるワークの回転軸に対して傾斜した回転軸を有するピニオン型のカッターを用い、前記カッターを前記ワークと同期回転させながら前記ワークの歯すじ方向に送り操作するスカイビング加工を利用した歯車製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
スカイビング加工とは、図1を参照して説明すると、ワーク10の回転軸Awに対して傾斜した回転軸Acを有するピニオン型のカッター1を、ワーク10と同期回転させつつ、ワーク10の歯すじ方向に送り操作(ここでは回転軸Awに沿って上方から下方への送り操作)を行い歯切りする加工法である。
【0003】
このようなスカイビング加工においては、カッターとワークの回転運動により発生する滑りにより切削を行うので、カッターを単に往復運動させて切削する他の加工法と比べると滑らかな切削が可能である。又、カッターの回転速度を速くすることにより高速切削が容易に実現可能である。従って、例えば波動歯車のように多数の細かい歯を有する歯車の加工を行う場合に、スカイビング加工は特に有利な加工法といえる。
【0004】
スカイビング加工では、上述のごとくカッターとワークとが同期回転しながら切削を行う。従って、図9に示すように、カッター1の切刃2がワーク10の歯溝12を形成する際に、切刃2はワーク10に対してT1、T2、T3、T4、T5のような軌跡をたどる。切刃2はT1からT2に回転する際にワーク10と接触し、T4からT5に回転する際にワーク10から離間する。そして、切刃2がワーク10に接触して離間するまでの間、ワーク10の切削を行うことになる。
【0005】
この時、切刃2がワーク10から離間する側においては、バリBが発生する。スカイビング加工においては、図9に示したような切刃2の挙動が何度も繰り返されることによって歯溝12が形成される結果、歯すじ方向に沿って多数のバリBが発生することになる。又、カッター2の回転に伴うバリの発生だけでなく、送り操作によりカッターがワークから離間する際にも、送り方向下手側のワークの表面にバリが発生する。
【0006】
一般的な歯車の製造工程では、歯切りをした後に仕上げ加工や熱処理が施され、この段階にてバリが除去される。しかし、スカイビング加工で波動歯車のような細かい歯を有する歯車の加工を行う際には、仕上げ加工や熱処理により歯の破損や変形が生じ得るので、仕上げ加工や熱処理が行われない場合が多い。このような場合には、バリの発生そのものを抑制する必要がある。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記問題を鑑みて、本発明は、スカイビング加工において発生するバリを抑制する歯車製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る歯車製造方法の特徴手段は、歯車に加工されるワークの回転軸に対して傾斜した回転軸を有するピニオン型のカッターを用い、前記カッターを前記ワークと同期回転させながら前記ワークの歯すじ方向に送り操作するスカイビング加工を利用した歯車製造方法において、前記スカイビング加工の前に、前記ワークの加工面を表面硬化処理しておく点にある。
【0009】
本特徴手段によれば、スカイビング加工の前に、ワークの加工面を表面硬化処理しておくので、加工面の表面が脆性を備えるようになる。表面硬化処理によりワークの加工面の表面が脆くなると、切削屑がワークから脱落しやすくなり、バリの発生そのものを低減することができる。このようにバリの発生そのものを抑えることにより、仕上げ加工や熱処理によるバリの除去を行う必要がなく、波動歯車のような細かい歯を有する歯車の加工にも適している。
【0010】
ここで、表面硬化処理は窒化処理により行われると好適である。
【0011】
窒化処理とは、金属の表面に窒素を浸み込ませ、表面に窒化物を形成することにより表面硬化を図る手法である。焼入れのように金属を急冷する必要がないので、処理による寸法変化がきわめて少なく、波動歯車のような細かい歯を有する歯車の加工にも適している。しかし、窒化処理で表面硬化処理を行うことは本発明の必須要件ではなく、他に浸炭焼入れ、高周波焼入れ、ショットピーニング等の処理方法を採用してもよい。
【0012】
又、前記表面硬化処理により、前記ワークの表面の硬度を母材の硬度よりもビッカース硬さ(HV硬さ)で50〜500硬くしてあると好適である。
【0013】
表面硬化処理によりワークの表面の硬度をある程度以上は硬くしないと、脆性化によるバリ低減の効果が得られない。一方、表面の硬度を硬くしすぎると、カッターの磨耗が速くなり、加工精度や加工速度に悪影響を及ぼすおそれがある。そこで、ワークの表面の硬度を母材の硬度よりもビッカース硬さで50〜500程度硬くしておくと、バリ低減の効果を奏しつつ、カッターの磨耗も抑制できるので好ましい。
【0014】
又、前記表面硬化処理により硬化させる厚みを0.01〜0.2mmとしてあると好適である。
【0015】
表面硬化処理により硬化させる厚みが小さすぎると、表面の脆性化による効果を享受できず、バリ低減を実現できないおそれがある。一方、厚みを大きくしすぎると、カッターの磨耗が速くなり、加工精度や加工速度に悪影響を及ぼすおそれがある。そこで、硬化させる表面の厚みを0.01〜0.2mm程度としておくと、バリ低減の効果を奏しつつ、カッターの磨耗も抑制できるので好ましい。
【0016】
さらに、前記表面硬化処理の前に行う前記ワークの切削加工により、前記表面硬化処理により硬化させる厚みよりも深い凹部が前記加工面の表面に形成されていると好適である。
【0017】
ワークの加工面の表面に凹部が形成されていると、カッターの切刃が加工面から離間する際に、まずは凹部の深いところから切刃が離間し、徐々に凹部の浅いところにおいても切刃が加工面から離間するようになる。その結果、切削屑の形状や切削屑に作用する力が不均一となり、切削屑がワークから脱落しやすくなるので、バリの発生を抑制できる。尚、凹部の形態としては、溝状のものでも構わないし、穴が離散的に存在するようなものでも構わない。又、凹部を形成する切削加工の工程を、研磨加工の工程と兼ねてもよい。
【0018】
特に、表面硬化処理により硬化させる厚みよりも深い凹部が加工面の表面に形成されていると、カッターの切刃は、母材のみが存在する位置、母材と表面硬化層とが混在している位置、母材と表面硬化層とワーク外空間とが混在している位置、表面硬化層とワーク外空間とが混在している位置を経て、加工面から離間することになる。その結果、切削屑の形状や切削屑に作用する力がより不均一となり、バリの発生を一層抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】スカイビング加工による歯車製造方法の概要を示す説明図である。
【図2】スカイビング加工による切削加工を示す説明図である。
【図3】歯溝形成の過程を示す平面図である。
【図4】内歯歯車用のワークにおいて表面硬化処理をしておく部位を示した図である。
【図5】表面硬化処理を施したワークのHV硬さ分布を示すグラフである。
【図6】切削加工により形成された微小溝を示した斜視図である。
【図7】切刃が微小溝を有するワークから離間する際の過程を示した断面図である。
【図8】外歯歯車用のワークにおいて表面硬化処理をしておく部位を示した図である。
【図9】従来技術による歯溝形成の過程を示す平面図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明に係る歯車製造方法を内歯歯車の切削加工に適用した実施形態について図面に基づいて説明する。
【0021】
図1は、スカイビング加工を利用した本発明の実施形態に係る歯車製造方法の概要を示す説明図である。スカイビング加工とは、ワーク10の回転軸Awに対して傾斜した回転軸Acを有するピニオン型のカッター1を、ワーク10と同期回転させつつ、ワーク10の歯すじ方向に送り操作(ここでは回転軸Awに沿って上方から下方への送り操作)を行い歯切りする加工法である。円環状のワーク10の内周面は、スカイビング加工により歯11が形成される加工面10aである。加工面10aと直交する上下面のうち、カッター1の送り方向の上手側の面を上面10b、下手側の面を下面10cと称する。
【0022】
図2は、カッター1の切刃2が加工面10aを切削し、歯溝12を形成している様子を示す説明図である。a図はワーク10の加工面10aを正面から見た正面図、b図は加工面10aを横から見た側面図、c図はワーク10を上から見た平面図である。又、図3は切刃2による歯溝12の形成の過程を示す平面図である。カッター1がワーク10と同期回転することにより、各切刃2がワーク10に対して図3のT1、T2、T3、T4、T5の順に移動して歯溝12を形成していく。その結果、図2のa図及びc図に示されるように、加工面10aに複数の歯溝12が形成される。
【0023】
1つの切刃2が加工面10aと接触してから離間するまでの一回の切削では、歯すじ方向にはわずかな長さの歯溝12を形成するのみである。カッター1とワーク10とが同期回転しながら、さらにカッター1が送り操作されることにより、徐々に歯溝12が歯すじ方向に連なり、最終的には上面10bから下面10cに亘る歯溝12が形成される。図2のb図における鎖線は、このようにして形成される歯溝12の深さを示す。下面10cのうち加工面10aから歯溝12の深さまでの領域を、下面切削領域10dと称する。
【0024】
図9に示すように、従来技術によるスカイビング加工を行うと、ワーク10の加工面10aのうち歯溝12の回転下手側においては、切刃2が離間する際にバリBが発生する。又、カッター1が送り操作され、ワーク10の下面10cからカッター1が離間する際には、下面10cのうち切削領域に関わる下面切削領域10dにバリが発生する。そこで、これらの部位におけるバリの発生を抑制するため、スカイビング加工の前に加工面10aと下面切削領域10dとを含む領域に表面硬化処理を施し、図1〜図4に示すような表面硬化層15を形成しておく。このような処理を施しておくと、表面硬化層15が脆くなり、切削屑がワーク10から脱落しやすくなり、バリの発生そのものを低減することができる。
【0025】
図5のグラフは、ワーク10としてクロムモリブデン鋼(SCM435)を用い、これに窒化処理による表面硬化処理を施した場合のHV硬さ分布を示したものである。a図はイオン窒化処理により400℃、5Hrの処理サイクルを施した場合、b図は同じくイオン窒化処理により400℃、1Hrの処理サイクルを施した場合、c図はラジカル窒化処理により390℃、2Hrの処理サイクルを施した場合の硬さ分布を示す。
【0026】
図5によれば、表面硬化層15の硬度が、硬化されていない母材の硬度よりも、ビッカース硬さ(HV硬さ)において50〜500程度硬くなっていることが分かる。又、表面硬化層15の厚みはいずれも0.1mm程度となっている。表面硬化層15の硬度及び厚みを上記程度とすれば、スカイビング加工の際にバリの発生が抑制されるとともに、表面硬化層15によるカッターの磨耗を低減することができる。表面硬化処理としては上記以外の他の窒化処理を採用してもよいし、浸炭焼入れ、高周波焼入れ、ショットピーニング等の処理方法を採用してもよい。又、ワーク10の材料についても、上記のクロムモリブデン鋼に限らず、他のものを用いてもよい。さらに、表面硬化層15の厚みは0.1mm程度に限らず、0.01〜0.2mm程度であればよい。
【0027】
図6は、スカイビング加工により形成された歯溝12と、スカイビング加工の前に行われる切削加工により形成された微小溝13とを示した拡大図である。加工面10aを切削して歯溝12を形成する際に、加工面10aに微小溝13のような凹部が形成されていると、カッター1の切刃2が加工面10aから離間する際に、まずは微小溝13の深いところから切刃2が離間し、徐々に微小溝13の浅いところにおいて切刃2が加工面10aから離間するようになる。その結果、切削屑の形状や切削屑に作用する力が不均一となり、切削屑がワーク10から脱落しやすくなるので、バリの発生を抑制できる。尚、凹部の形態としては、溝状のものに限らず、穴が離散的に存在するようなものでも構わない。
【0028】
図7は、歯溝12がまだ形成されていない状態の加工面10aの表面を拡大した断面図である。このように、微小溝13の深さD1が表面硬化層15の厚みD2よりも大きいとさらに好適である。カッター1が回転して切刃2が加工面10aを切削し、加工面10aから離間する過程において、離間の直前には切刃2は順にL1、L2、L3、L4、L5と推移する。即ち、カッター1の切刃2は、母材14のみが存在する位置L1、母材14と表面硬化層15とが混在している位置L2、母材14と表面硬化層15とワーク外空間Sとが混在している位置L3、表面硬化層15とワーク外空間Sとが混在している位置L4を経て、加工面10aから完全に離間しワーク外空間Sのみが存在する位置L5に移動する。このように、切刃2が加工面10aから離間する際に、切削屑の形状や切削屑に作用する力がより不均一となり、バリの発生を一層抑制できる。
【0029】
尚、本実施形態においては、ワーク10の加工面10aだけでなく、下面10cのうち下面切削領域10dを含む領域にも表面硬化処理を施した。しかし、カッター1の送り操作の形態等によっては、下面切削領域10dにバリが発生しないことも考えられる。このような場合には、下面切削領域10dを含む領域を表面硬化処理しておくことは必ずしも必要ではなく、加工面10aのみに表面硬化処理を施しておけば十分である。
【0030】
[別の実施形態]
本発明に係る歯車製造方法は、スカイビング加工により多数の細かい歯を有する波動歯車を加工するのに特に適しているが、これに限らず外歯歯車等の加工に適用することも可能である。例えば、外歯歯車の加工の際に本発明を適用した例を図8に示す。外歯歯車の場合は、ワーク10の外周面が加工面10aとなる。従って、加工面10aと、ワーク10の下面10cのうち歯溝が形成される領域を含む範囲とに表面硬化処理を施し、表面硬化層15を形成すればよい。
【産業上の利用可能性】
【0031】
本発明に係る歯車製造方法は、スカイビング加工において発生するバリを抑制する場合に利用することが可能である。
【符号の説明】
【0032】
1 カッター
2 切刃
10 ワーク
10a 加工面
13 微小溝(凹部)
14 母材
15 表面硬化層
Aw ワークの回転軸
Ac カッターの回転軸

【特許請求の範囲】
【請求項1】
歯車に加工されるワークの回転軸に対して傾斜した回転軸を有するピニオン型のカッターを用い、前記カッターを前記ワークと同期回転させながら前記ワークの歯すじ方向に送り操作するスカイビング加工を利用した歯車製造方法において、
前記スカイビング加工の前に、前記ワークの加工面を表面硬化処理しておく歯車製造方法。
【請求項2】
前記表面硬化処理は窒化処理により行われる請求項1に記載の歯車製造方法。
【請求項3】
前記表面硬化処理により、前記ワークの表面の硬度を母材の硬度よりもビッカース硬さ(HV硬さ)で50〜500硬くしてある請求項1又は2に記載の歯車製造方法。
【請求項4】
前記表面硬化処理により硬化させる厚みを0.01〜0.2mmとしてある請求項1〜3の何れか1項に記載の歯車製造方法。
【請求項5】
前記表面硬化処理の前に行う前記ワークの切削加工により、前記表面硬化処理により硬化させる厚みよりも深い凹部が前記加工面の表面に形成されている請求項1〜4の何れか1項に記載の歯車製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2012−143821(P2012−143821A)
【公開日】平成24年8月2日(2012.8.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−2317(P2011−2317)
【出願日】平成23年1月7日(2011.1.7)
【出願人】(000000011)アイシン精機株式会社 (5,421)
【Fターム(参考)】