説明

消耗電極アーク溶接のアークスタート制御方法

【課題】溶接ワイヤの先端と母材とが初めから接触しているタッチスタート状態にあっても、良好なアークスタート性を実現する。
【解決手段】溶接ワイヤを前進移動させて母材に一旦接触させた後に引き離してアークを発生させるリトラクトアークスタート制御と、溶接ワイヤを前進移動させて母材に接触させてアークを発生させる通常アークスタート制御とを備え、溶接開始信号Asが溶接電源に入力されて溶接ワイヤの前進移動Fiが開始された時点t2から所定期間Tt以下で溶接電流Iwが通電したときはリトラクトアークスタート制御を行い、上記所定期間Tt経過時点t3で溶接電流Iwが通電しないときは通常アークスタート制御を行う。これにより、タッチスタート状態のときは自動的にリトラクトアークスタート制御が選択されるので、良好なアークスタート性を実現できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶接ワイヤを前進移動させて母材に一旦接触させた後に引き離し、この引き離しによって初期アークを発生させた後に定常アークへと移行させるリトラクトアークスタート制御と、上記溶接ワイヤを上記前進移動させて母材に接触又は接近させて定常アークを発生させる通常アークスタート制御とを備え、これら2つのアークスタート制御を切り換えて溶接を開始する消耗電極アーク溶接のアークスタート制御方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
図6は、消耗電極アーク溶接を行うための溶接装置の一般的な構成図である。以下、同図を参照して各構成物について説明する。
【0003】
溶接電源PSは、外部に設けられた溶接開始回路ASからの溶接開始信号Asが入力されると、起動されて溶接電圧Vw及び溶接電流Iwを出力すると共に、溶接ワイヤ1を送給するための送給制御信号Wcを送給モータWMに出力する。上記の溶接開始回路ASには、溶接トーチに取り付けられたトーチスイッチ、溶接工程を制御するためのPLC(プログラマブル・ロジック・コントローラ)、ロボット制御装置等が該当する。溶接ワイヤ1は、送給モータWMに結合された送給ロール5の回転によって溶接トーチ4内を通って送給される。溶接ワイヤ1は溶接トーチ4の先端に取り付けられた給電チップ4aから給電される。溶接ワイヤ1と母材2との間にアークが発生して溶接が行われる。
【0004】
上記の送給ロール5が正回転すると溶接ワイヤ1は母材2に近づく方向へ前進送給され、逆に、送給ロール5が逆回転すると溶接ワイヤ1は母材2から離れる方向へ後退送給される。送給速度Fw(m/min)は、溶接ワイヤ1が前進送給されているときは正の値となり、後退送給されているときは負の値となり、停止しているときは0となる。ワイヤ先端・母材間距離Lw(mm)は、溶接ワイヤ1の先端と母材2との距離を表わし、アーク発生状態ではアーク長と略等しくなる。後述する通常アークスタート制御では、溶接ワイヤ1は前進送給のみが行われ、後述するリトラクトアークスタート制御では、溶接ワイヤ1は前進送給及び後退送給の両方が行われる。
【0005】
消耗電極アーク溶接のアークスタート制御としては、以下に説明する通常アークスタート制御が最も一般的に使用されている。通常アークスタート制御では、溶接開始信号Asが溶接電源PSに入力されると、溶接ワイヤ1は遅いスローダウン送給速度で前進送給される。この前進送給によって溶接ワイヤ1の先端が母材2に接触するか又は非常に接近すると、溶接電流Iwが通電してアークが発生する。溶接電流Iwが通電すると、溶接ワイヤ1の送給速度を定常送給速度に切り替えて、定常アークへと移行させる。これにより、アークスタートが完了する。
【0006】
他方、溶接ワイヤ1の材質がアルミニウム又はステンレス鋼であるときは、アークスタート性が良くないことが知られている。また、鉄鋼ワイヤであっても、1.0mm以下の細径ワイヤを使用する場合には、やはりアークスタート性が良くないことが知られている。これらの溶接ワイヤ1を使用して上記の通常アークスタート制御を行うと、溶接ワイヤ1が母材2と接触しても、この短絡状態が数十ms以上継続することが時々生じる。このような状態になると、スパッタを多く発生させてアークが発生することになり、不良なアークスタートとなる。このアークスタート性を改善するために、以下に説明するリトラクトアークスタート制御が使用されている(特許文献1、2等参照)。
【0007】
リトラクトアークスタート制御では、溶接開始信号Asが溶接電源PSに入力されると、溶接ワイヤ1は遅いスローダウン送給速度で前進送給される。この前進送給によって溶接ワイヤ1の先端が母材2と接触すると、アークが発生しないように数十A以下の小電流を通電し、短絡状態を維持する。同時に、溶接ワイヤ1の後退送給を開始して、溶接ワイヤ1の先端を母材2から引き離す動作を行う。この後退送給によって溶接ワイヤ1の先端が母材2から引き離されると、上記の小電流値が通電する初期アークが発生する。この初期アークが発生した状態を維持しながら、後退送給を所定期間継続して、アーク長を次第に長くする。上記の所定期間が経過すると、溶接ワイヤ1を定常送給速度での再前進送給に切り替えて、初期アークから定常アークへと移行させる。これにより、アークスタートが完了する。このリトラクトアークスタート制御では、溶接ワイヤ1を小電流が通電する状態で引き離して初期アークを発生させるので、溶接ワイヤ1の材質又は直径に関係なく、スパッタ発生の非常に少ない確実なアークスタートを実現することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2007−216303号公報
【特許文献2】特開2006−263822号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
直径1.2mmの鉄鋼ワイヤを使用した消耗電極アーク溶接は、最も多く適用されている溶接方法である。この溶接方法では、上述した通常アークスタート制御によって概ね良好なアークスタート性を得ることができる。しかし、この溶接方法であっても、溶接ワイヤと母材とが初めから短絡状態にあるいわゆるタッチスタート状態になると、長い短絡状態が継続してスパッタが多く発生する不良なアークスタートとなることが多い。このタッチスタート状態は、以下のようにして発生する。ロボット溶接において、ロボットが溶接終了位置に移動して溶接を終了するときは、溶接ワイヤの先端が溶融池と溶着しないようにするために、アンチスティック制御と呼ばれる溶接終了処理を行う。この溶接終了処理は、溶接ワイヤの先端をアークによって燃え上がらせて、溶接ワイヤの先端と母材との距離が5mm程度になるようにする処理である。この溶接終了処理のもう1つの目的は、次の溶接開始位置にロボットが移動したときに、溶接ワイヤの先端と母材とが接触しないようにするためである。溶接を開始する時点で溶接ワイヤの先端が母材と接触していると、上述したようにタッチスタート状態となり、不良なアークスタートとなる確率が高くなるためである。
【0010】
しかし、アンチスティック制御によるワイヤ先端の燃え上がりにはある程度のバラツキがあるために、溶接が終了した時点での溶接ワイヤの先端と母材との距離が適正値よりも短くなる場合が生じる。さらには、溶接トーチのケーブルの曲がり状態は、ロボットの姿勢が溶接終了位置から溶接開始位置への移動中に変化するために、溶接ワイヤが溶接トーチ先端から突出する長さが長くなる場合が生じる。これらのことが起因となって、タッチスタート状態になる場合が生じる。
【0011】
上述したようなタッチスタート状態になっても、リトラクトアークスタート制御を行えば、良好なアークスタート性を得ることができる。しかし、リトラクトアークスタート制御には、以下のような問題がある。すなわち、リトラクトアークスタート制御は、通常アークスタート制御に比べてアークスタートに要する時間が長くなるという問題がある。これは、リトラクトアークスタート制御には、通常アークスタート制御にはない溶接ワイヤを後退送給する期間が必要となるためである。このために、短い溶接長を多数回溶接するような場合には、生産効率が低下することになる。また、リトラクトアークスタート制御では、溶接ワイヤを前進送給、後退送給、再前進送給と送給方向を逆転させる必要がある。このために、給電チップ、コイルライナ、送給モータ等の送給に関連した部品に負荷がかかるので、メンテナンスに費用と時間がかかるという問題もある。
【0012】
そこで、本発明では、タッチスタート状態が時々発生しても、良好なアークスタート性を確保することができ、かつ、アークスタートに要する時間が長くなることを抑制することができ、かつ、メンテナンスの負担が重くなることを抑制することができる消耗電極アーク溶接のアークスタート制御方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上述した課題を解決するために、請求項1の発明は、溶接ワイヤを前進移動させて母材に一旦接触させた後に後退移動によって引き離し、この引き離しによって初期アークを発生させた後に定常アークへと移行させるリトラクトアークスタート制御と、
上記溶接ワイヤを上記前進移動させて母材に接触又は接近させて定常アークを発生させる通常アークスタート制御とを備え、
溶接開始信号が溶接電源に入力されて上記溶接ワイヤの上記前進移動が開始された時点から予め定めた第1期間以下で溶接電流が通電したときは上記リトラクトアークスタート制御を行い、上記第1期間経過時点で溶接電流が通電しないときは上記通常アークスタート制御を行う、
ことを特徴とする消耗電極アーク溶接のアークスタート制御方法である。
【0014】
請求項2の発明は、上記第1期間よりも長い予め定めた第2期間経過時点で溶接電流が通電しないときは、上記溶接ワイヤを上記後退移動によって母材から引き離した後に上記前進移動に切り換えて上記通常アークスタート制御を行う、
ことを特徴とする請求項1記載の消耗電極アーク溶接のアークスタート制御方法である。
【0015】
請求項3の発明は、上記溶接ワイヤの前進移動を前進送給によって行う、
ことを特徴とする請求項1又は2記載の消耗電極アーク溶接のアークスタート制御方法である。
【0016】
請求項4の発明は、上記溶接ワイヤの前進移動を溶接トーチを前進移動させることによって行う、
ことを特徴とする請求項1又は2記載の消耗電極アーク溶接のアークスタート制御方法である。
【0017】
請求項5の発明は、上記溶接ワイヤの後退移動を後退送給によって行う、
ことを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の消耗電極アーク溶接のアークスタート制御方法である。
【0018】
請求項6の発明は、上記溶接ワイヤの後退移動を上記溶接トーチを後退移動させることによって行う、
ことを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の消耗電極アーク溶接のアークスタート制御方法である。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、溶接開始信号が溶接電源に入力されて溶接ワイヤの前進移動が開始された時点から予め定めた第1期間以下で溶接電流が通電したときはリトラクトアークスタート制御を行い、上記第1期間経過時点で溶接電流が通電しないときは通常アークスタート制御を行う。これにより、溶接ワイヤが母材と初めから接触しているタッチスタート状態にあるときは、リトラクトアークスタート制御が自動的に選択されるので、スパッタ発生の少ない確実なアークスタートを行うことができる。また、溶接ワイヤが母材と離反した通常の状態にあるときは、通常アークスタート制御が自動的に選択されるので、良好なアークスタート性を確保した上で、アークスタートに要する時間を短縮することができる。すなわち、低い頻度で発生するタッチスタート状態ではリトラクトアークスタート制御が自動的に選択され、タッチスタート状態でないときは通常アークスタート制御が自動的に選択されるので、良好なアークスタート性を常に維持したままで、アークスタートに要する総時間を短縮することができる。さらには、リトラクトアークスタート制御はタッチスタート状態のときにのみ選択されるので、送給系部品への負担が軽くなり、メンテナンスも容易になる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】溶接開始時点において、溶接ワイヤの先端が母材と初めから接触しているタッチスタート状態にあるときの、本発明の実施の形態1に係るアークスタート制御方法を示すタイミングチャートである。
【図2】溶接開始時点において、溶接ワイヤの先端と母材とが離反状態(非短絡状態)にあるときの、本発明の実施の形態1に係るアークスタート制御方法を示すタイミングチャートである。
【図3】本発明の実施の形態1に係る消耗電極アーク溶接のアークスタート制御方法を実施するための溶接電源PSのブロック図である。
【図4】溶接開始時点において、溶接ワイヤの先端と母材とが離反状態(非短絡状態)にあり、かつ、溶接ワイヤの先端に絶縁物が付着しているときの、本発明の実施の形態2に係るアークスタート制御方法を示すタイミングチャートである。
【図5】本発明の実施の形態2に係る消耗電極アーク溶接のアークスタート制御方法を実施するための溶接電源PSのブロック図である。
【図6】従来技術における消耗電極アーク溶接を行うための溶接装置の一般的な構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態について説明する。
【0022】
[実施の形態1]
本発明の実施の形態1では、溶接開始信号が溶接電源に入力されて溶接ワイヤの前進移動が開始された時点から予め定めた第1期間(通電判定期間Tt)以下で溶接電流が通電したときはリトラクトアークスタート制御を行い、上記第1期間経過時点で溶接電流が通電しないときは通常アークスタート制御を行うものである。図1は、溶接開始時点において、溶接ワイヤの先端が母材と初めから接触しているタッチスタート状態にあるときの、本発明の実施の形態1に係るアークスタート制御方法を示すタイミングチャートである。また、図2は、溶接開始時点において、溶接ワイヤの先端と母材とが離反状態(非短絡状態)にあるときの、本発明の実施の形態1に係るアークスタート制御方法を示すタイミングチャートである。溶接装置の構成については、上述した図6と同一である。但し、溶接電源PSの内部回路については異なるので、図3で後述する。
【0023】
図1は、溶接開始時点において、溶接ワイヤの先端が母材と初めから接触しているタッチスタート状態にあるときの、本発明の実施の形態1に係るアークスタート制御方法を示すタイミングチャートである。同図(A)は溶接開始信号Asの時間変化を示し、同図(B)は送給速度Fwの時間変化を示し、同図(C)は溶接電圧Vwの時間変化を示し、同図(D)は溶接電流Iwの時間変化を示し、同図(E)はワイヤ先端・母材間距離Lwの時間変化を示し、同図(F1)〜(F4)は各時刻におけるアーク発生部の状態を示す。以下、同図を参照して説明する。
【0024】
(11)時刻t1〜t2のプリフロー期間
時刻t1において、ロボットが移動して溶接トーチが溶接開始位置に到達して停止する。この時刻t1において、同図(A)に示すように、溶接開始信号Asが溶接電源に入力(Highレベル)されると、溶接電源の出力は開始されないままでシールドガスの放流が開始される。時刻t1時点では、同図(B)に示すように、送給速度Fwは停止しているので0のままであり、同図(C)に示すように、溶接電圧Vwは出力されていないので0Vであり、同図(D)に示すように、溶接電流Iwは0Aである。そして、同図(E)に示すように、ワイヤ先端・母材間距離Lwは、タッチスタート状態の場合であるのでワイヤ先端が母材と初めから接触しているために0mmとなる。したがって、同図(F1)に示すように、時刻t1時点で、溶接ワイヤ1の先端は母材2と接触している。時刻t1〜t2の期間は、プリフロー期間であり、この期間中は溶接電源の出力及び送給は停止したままで、シールドガスのみが放流される。プリフロー期間は、0.1〜1秒程度の範囲で設定される。
【0025】
(12)時刻t2〜t3の通電判定期間Tt
時刻t2において上記のプリフロー期間が終了すると、溶接電源の出力が開始されると共に、溶接ワイヤの前進送給も開始される。このために、同図(B)に示すように、送給速度Fwは正の値の遅い速度のスローダウン送給速度Fiとなり、前進送給される。しかし、ワイヤ先端が母材と短絡状態にあるので、同図(E)に示すように、ワイヤ先端・母材間距離Lwは0mmのままである。また、溶接ワイヤと母材とが短絡した状態で、時刻t2においてプリフロー期間が終了すると、溶接電源の出力及び溶接ワイヤの前進送給が開始されるので、同図(C)に示すように、溶接電圧Vwは0Vから数Vの短絡電圧値に変化する。同時に、同図(D)に示すように、数十A程度の小伝流値の初期電流Iiが通電を開始する。
【0026】
(13)時刻t3〜t4の短絡後退送給期間
上記の通電判定期間Ttが終了した時刻t3において、同図(D)に示すように、溶接電流Iwが通電しているので、アークスタート制御方式としてリトラクトアークスタート制御が選択される。この時刻t3において、もし溶接電流Iwが通電していないときは、アークスタート制御方式として通常アークスタート制御が選択される(この場合の動作については図2で後述する)。通電判定期間Ttは、例えば1〜5ms程度の範囲で設定される。この通電判定期間Ttは、上記のプリフロー期間、後述する短絡後退送給期間及びアーク後退送給期間に比べて1/10〜1/100程度の短い時間である。時刻t3において、上述したようにリトラクトアークスタート制御が選択されると、同図(B)に示すように、送給速度Fwは負の値の後退送給速度Fbに切り換えられるので、溶接ワイヤの後退送給が開始する。しかし、溶接トーチの曲がりによる溶接ワイヤの遊び分を後退送給するための時間遅れによって、時刻t3〜t4の短絡後退送給期間の間は、同図(E)に示すように、ワイヤ先端・母材間距離Lwは0mmのままである。この時刻t3〜t4の短絡後退送給期間中は、同図(C)に示すように、溶接電圧Vwは短絡電圧値のままであり、同図(D)に示すように、溶接電流Iwは初期電流Iiのままである。
【0027】
(14)時刻t4〜t5のアーク後退送給期間
時刻t4において、同図(F2)に示すように、上記の後退送給によってワイヤ1の先端が母材2から離れると、上記の初期電流Iiが通電する初期アーク3aが発生する。初期アークが発生すると、同図(C)に示すように、溶接電圧Vwは数十Vのアーク電圧値に急上昇する。溶接電圧Vwが短絡基準値以上になったことによってアークの発生を判別した時刻t4からt5までの遅延期間Tdの間は、同図(B)に示すように、送給速度Fwは後退送給速度Fbのままであるので、溶接ワイヤの後退送給が継続される。このために、同図(F3)に示すように、初期アーク3aのアーク長が次第に長くなるので、同図(E)に示すように、ワイヤ先端・母材間距離Lwも次第に長くなる。この遅延期間Td中は、同図(D)に示すように、初期電流Iiが通電したままである。この遅延期間Tdは、時刻t5時点での初期アークのアーク長が3〜6mm程度になるように設定される。例えば、遅延期間Tdは、100〜200ms程度である。
【0028】
(15)時刻t5以降の定常アーク期間
時刻t5において上記の遅延期間Tdが終了すると、同図(B)に示すように、送給速度Fwは正の値の予め定めた定常送給速度Fcに切り換えられるので、溶接ワイヤは再前進送給を開始する。同時に、同図(D)に示すように、溶接電流Iwは初期電流Iiから定常送給速度Fcによって定まる定常溶接電流に増加する。また、同図(E)に示すように、ワイヤ先端・母材間距離Lwは、時刻t5から次第に短くなる過渡的な変化を経て時刻t6において定常アーク長に収束し、同図(F4)に示すように、定常アーク3bへと移行する。上記の動作により、リトラクトアークスタート制御が完了する。
【0029】
図2は、溶接開始時点において、溶接ワイヤの先端と母材とが離反している通常スタート状態にあるときの、本発明の実施の形態1に係るアークスタート制御方法を示すタイミングチャートである。同図(A)は溶接開始信号Asの時間変化を示し、同図(B)は送給速度Fwの時間変化を示し、同図(C)は溶接電圧Vwの時間変化を示し、同図(D)は溶接電流Iwの時間変化を示し、同図(E)はワイヤ先端・母材間距離Lwの時間変化を示し、同図(F1)〜(F3)は各時刻におけるアーク発生部の状態を示す。以下、同図を参照して説明する。
【0030】
(21)時刻t1〜t2のプリフロー期間
時刻t1において、ロボットが移動して溶接トーチが溶接開始位置に到達して停止する。この時刻t1において、同図(A)に示すように、溶接開始信号Asが溶接電源に入力(Highレベル)されると、溶接電源の出力は開始されないままでシールドガスの放流が開始される。時刻t1時点では、同図(B)に示すように、送給速度Fwは停止しているので0のままであり、同図(C)に示すように、溶接電圧Vwは出力されていないので0Vであり、同図(D)に示すように、溶接電流Iwは0Aである。そして、同図(F1)に示すように、ワイヤ1の先端と母材2とが離反しているので、同図(E)に示すように、ワイヤ先端・母材間距離Lwは初期距離L0(mm)となっている。時刻t1〜t2の期間は、プリフロー期間であり、この期間中は溶接電源の出力及び送給は停止したままで、シールドガスのみが放流される。
【0031】
(22)時刻t2〜t3の通電判定期間Tt
時刻t2において上記のプリフロー期間が終了すると、溶接電源の出力が開始されると共に、溶接ワイヤの前進送給も開始される。このために、同図(B)に示すように、送給速度Fwは正の値の遅い速度のスローダウン送給速度Fiとなり、前進送給される。このために、同図(E)に示すように、ワイヤ先端・母材間距離Lwは上記の初期距離L0から次第に短くなる。ここで、上記のスローダウン送給速度Fi=1.2m/minであり、通電判定期間Tt=5msであるとすると、この通電期間Tt中の前進距離は0.1mmとなる。すなわち、通電判定期間Tt中に溶接ワイヤが前進送給されたことによって、溶接ワイヤの先端と母材とが離反状態から接触状態に変化することはほとんどない。また、溶接ワイヤと母材とが離反した状態で、時刻t2においてプリフロー期間が終了すると、溶接電源の出力及び溶接ワイヤの前進送給が開始されるので、同図(C)に示すように、溶接電圧Vwは0Vから80V程度の無負荷電圧値に変化する。しかし、同図(D)に示すように、溶接電流Iwは通電しないので0Aである。
【0032】
(23)時刻t3〜t4のスローダウン送給期間
上記の通電判定期間Ttが経過した時刻t3において、同図(D)に示すように、溶接電流Iwは通電していないので、アークスタート制御方式として通常アークスタート制御が選択される。この時刻t3において、もし溶接電流Iwが通電しているときは、アークスタート制御方式として、図1で上述したようにリトラクトアークスタート制御が選択される。時刻t3において、上述したように通常アークスタート制御が選択されると、同図(B)に示すように、送給速度Fwは上記のスローダウン送給速度Fiのままとなり、溶接ワイヤは前進送給を継続する。そして、同図(C)に示すように、溶接電圧Vwは無負荷電圧値のままであり、同図(D)に示すように、溶接電流Iwは通電しないので0Aのままである。そして、同図(E)に示すように、ワイヤ先端・母材間距離Lwは前進送給によって次第に短くなる。
【0033】
(24)時刻t4以降の定常アーク期間
時刻t4において、同図(F2)に示すように、上記の前進送給によって溶接ワイヤ1の先端が母材2と接触すると、短い短絡の後にアークが発生する。同図(C)に示すように、溶接電圧Vwは、無負荷電圧値から数Vの短絡電圧値に急降下した後に、数十Vのアーク電圧値へと急上昇する。同時に、同図(D)に示すように、溶接電流Iwの通電が開始し、大電流値の定常溶接電流値へと増加する。この溶接電流Iwが通電を開始したことを判別すると、同図(B)に示すように、送給速度Fwは正の値の定常送給速度Fcに切り換えられる。同図(E)に示すように、ワイヤ先端・母材間距離Lwは、短い短絡の後にアークが発生すると0mmから急速に長くなり、時刻t5において定常アーク長に収束する。同図(F3)に示すように、定常アーク3bが発生した状態となる。時刻t4において溶接ワイヤの先端が母材と非常に接近した状態で、短絡状態になることなくアークが発生する場合もある。これらの動作によって、通常アークスタート制御が完了する。
【0034】
図3は、本発明の実施の形態に係る消耗電極アーク溶接のアークスタート制御方法を実施するための溶接電源PSのブロック図である。以下、同図を参照して、各ブロックについて説明する。
【0035】
電源主回路PMは、3相200V等の商用電源(図示は省略)を入力として、後述する駆動信号Dvに従ってインバータ制御等の出力制御を行い、溶接電圧Vw及び溶接電流Iwを出力する。この電源主回路PMは、図示は省略するが、商用電源を整流する1次整流回路、整流されたリップルのある直流を平滑するコンデンサ、平滑された直流を上記の駆動信号Dvに従って高周波交流に変換するインバータ回路、高周波交流をアーク溶接に適した電圧値に降圧する高周波変圧器、降圧された高周波交流を整流する2次整流回路、整流された直流を平滑するリアクトルから構成されている。溶接ワイヤ1は、送給モータWMに結合された送給ロール5の回転によって溶接トーチ4内を送給されて、母材2との間にアーク3が発生する。
【0036】
溶接開始回路ASは、ロボット制御装置(図示は省略)に設けられて、溶接を開始するときにHighレベルになる溶接開始信号Asを出力する。起動回路ONは、この溶接開始信号Asを入力として、この信号がHighレベルになった時点から予め定めたプリフロー期間だけ遅延してHighレベルになる起動信号Onを出力する。シールドガスは、溶接開始信号AsがHighレベルになると放流を開始するが、この制御回路については図示は省略する。電流検出回路IDは、上記の溶接電流Iwを検出して、電流検出信号Idを出力する。通電判別回路CDは、この電流検出信号Idを入力として、この値がしきい値以上のときは溶接電流Iwが通電していると判別してHighレベルとなる通電判別信号Cdを出力する。しきい値は、例えば5A程度である。アークスタート制御選択回路SCは、上記の起動信号On及びこの通電判別信号Cdを入力として、起動信号OnがHighレベルに変化した時点から予め定めた通電判定期間Ttが経過するまではアークスタート制御選択信号Sc=0を出力し、経過した時点で通電判別信号CdがHighレベルのときはアークスタート制御選択信号Sc=1を出力し、Lowレベルのときはアークスタート制御選択信号Sc=2を出力する。このアークスタート制御選択回路SCによって、上記の通電判定期間Ttが経過するまでは判定前のアークスタート制御(Sc=0)となり、経過した時点で溶接電流Iwが通電しているときはリトラクトアークスタート制御(Sc=1)が選択され、経過時点で溶接電流Iwが通電していないときは通常アークスタート制御(Sc=2)が選択される。
【0037】
電圧検出回路VDは、上記の溶接電圧Vwを検出して、電圧検出信号Vdを出力する。短絡判別回路SDは、この電圧検出信号Vdを入力として、この値が短絡判別基準値(15V程度)未満に変化した時点でHighレベルになり、短絡判別基準値以上に「変化した時点から予め定めた遅延期間Tdが経過した時点でLowレベルになる短絡判別信号Sdを出力する。この短絡判別信号Sdは、図1において、時刻t2〜t5の期間Highレベルになる。スローダウン送給速度設定回路FIRは、予め定めたスローダウン送給速度設定信号Firを出力する。後退送給速度設定回路FBRは、予め定めた後退送給速度設定信号Fbrを出力する。定常送給速度設定回路FCRは、予め定めた定常送給速度設定信号Fcrを出力する。送給速度設定回路FRは、上記の起動信号On、上記のアークスタート制御選択信号Sc、上記の通電判別信号Cd、上記の短絡判別信号Sd、上記のスローダウン送給速度設定信号Fir、上記の後退送給速度設定信号Fbr及び上記の定常送給速度設定信号Fcrを入力として、以下に説明する動作を行い、送給速度設定信号Frを出力する。
1)起動信号OnがHighレベルであり、かつ、アークスタート制御選択信号Sc=0のときはスローダウン送給速度設定信号Firを送給速度設定信号Frとして出力する(図1及び2の時刻t2〜t3の期間)。
2)アークスタート制御選択信号Sc=1(リトラクトアークスタート制御)に変化した時点で、後退送給速度設定信号Fbrを送給速度設定信号Frとして出力し(図1の時刻t3)、短絡判別信号SdがLowレベルに変化した時点で定常送給速度設定信号Fcrを送給速度設定信号Frとして出力する(図1の時刻t5)。
3)アークスタート制御選択信号Sc=2(通常アークスタート制御)に変化した時点で、スローダウン送給速度設定信号Firを送給速度設定信号Frとして出力する状態を継続し(図2の時刻t3)、通電判別信号CdがHighレベルに変化した時点で定常送給速度設定信号Fcrを送給速度設定信号Frとして出力する(図2の時刻t4)。
【0038】
送給制御回路WCは、上記の送給速度設定信号Fr及び上記の起動信号Onを入力として、起動信号OnがHighレベルであるときは送給速度設定信号Frに相当する速度で溶接ワイヤを送給するための送給制御信号Wcを送給モータWMに出力する。
【0039】
電圧設定回路VRは、予め定めた電圧設定信号Vrを出力する。初期電流設定回路IIRは、予め定めた初期電流設定信号Iirを出力する。電圧誤差増幅回路EVは、上記の電圧設定信号Vrと上記の電圧検出信号Vdとの誤差を増幅して、電圧誤差増幅信号Evを出力する。この電圧誤差増幅回路EVのフィードバック制御によって、溶接電源の外部特性は定電圧特性となる。電流誤差増幅回路EIは、上記の初期電流設定信号Iirと上記の電流検出信号Idとの誤差を増幅して、電流誤差増幅信号Eiを出力する。この電流誤差増幅回路EIのフィードバック制御によって、溶接電源の外部特性は初期電流Iiを通電するための定電流特性となる。
【0040】
外部特性切換回路SPは、上記のアークスタート制御選択信号Sc、上記の短絡判別信号Sd、上記の電圧誤差増幅信号Ev及び上記の電流誤差増幅信号Eiを入力として、以下に説明する動作を行い、誤差増幅信号Eaを出力する。
1)アークスタート制御選択信号Sc=0のときは電流誤差増幅信号Eiを誤差増幅信号Eaとして出力する(図1及び2の時刻t3以前の期間)。
2)アークスタート制御選択信号Sc=1(リトラクトアークスタート制御)に変化した時点で、電流誤差増幅信号Eiを誤差増幅信号Eaとして出力する状態を継続し(図1の時刻t3)、短絡判別信号SdがLowレベルに変化した時点で電圧誤差増幅信号Evを誤差増幅信号Eaとして出力する(図1の時刻t5)。
3)アークスタート制御選択信号Sc=2(通常アークスタート制御)に変化した時点で、電圧誤差増幅信号Evを誤差増幅信号Eaとして出力する(図2の時刻t3)。
【0041】
駆動回路DVは、上記の起動信号OnがHighレベルのときは、上記の誤差増幅信号EaによってPWM変調制御を行い、その結果に基いて電源主回路PM内のインバータ回路を駆動するための駆動信号Dvを出力する。
【0042】
溶接ワイヤをスローダウン送給速度Fiで前進送給させる代わりに、ロボットを動作させて溶接トーチを送給方向に前進移動させることによって、溶接ワイヤを前進移動させても良い。したがって、溶接ワイヤの前進移動という表現には、溶接ワイヤを前進送給させることと、溶接トーチを前進移動させることによって溶接ワイヤを前進移動させることの2つの意味が含まれている。同様に、溶接ワイヤを後退送給速度Fbで後退送給させる代わりに、ロボットを動作させて溶接トーチを送給方向とは逆方向に後退移動させることによって、溶接ワイヤを後退移動させても良い。したがって、溶接ワイヤの後退移動という表現には、溶接ワイヤを後退送給させることと、溶接トーチを後退移動させることによって溶接ワイヤを後退移動させることの2つの意味が含まれている。定常送給速度Fcでの再前進送給又は前進送給については、ロボットの動作によって行うことはできないので送給によって行う。溶接トーチを前進移動によって溶接ワイヤを前進移動させる場合には、上述した図1及び図2において、送給速度Fwがスローダウン送給速度Fiである期間に行うことになる。溶接トーチを後退移動によって溶接ワイヤを後退移動させる場合には、上述した図1において、送給速度Fwが後退送給速度Fbである期間に行うことになる。溶接トーチの前進移動による溶接ワイヤの前進移動と溶接トーチの後退移動による溶接ワイヤの後退移動は、片方又は両方行うことができる。溶接電源PSのブロック図については、上述した図3において、送給速度設定回路FRを以下のように変更すれば良い。
【0043】
送給速度設定回路FRは、上記の起動信号On、上記のアークスタート制御選択信号Sc、上記の通電判別信号Cd、上記の短絡判別信号Sd及び上記の定常送給速度設定信号Fcrを入力として、以下に説明する動作を行い、送給速度設定信号Fr及びロボット制御装置への送給方向移動信号Msを出力する。
1)起動信号OnがHighレベルであり、かつ、アークスタート制御選択信号Sc=0のときは、送給速度設定信号Fr=0(停止)を出力し、送給方向移動信号Ms=1(前進移動)を出力する(図1及び2の時刻t2〜t3の期間)。
2)アークスタート制御選択信号Sc=1(リトラクトアークスタート制御)に変化した時点で、送給速度設定信号Fr=0を出力する状態を継続し、送給方向移動信号Ms=2(後退移動)を出力する(図1の時刻t3)。そして、短絡判別信号SdがLowレベルに変化した時点で、定常送給速度設定信号Fcrを送給速度設定信号Frとして出力し、送給方向移動信号Ms=0(停止)を出力する(図1の時刻t5)。
3)アークスタート制御選択信号Sc=2(通常アークスタート制御)に変化した時点で、送給速度設定信号Fr=0を出力する状態を継続し、送給方向移動信号Ms=1(前進移動)を出力する状態を継続する(図2の時刻t3)。そして、通電判別信号CdがHighレベルに変化した時点で、定常送給速度設定信号Fcrを送給速度設定信号Frとして出力し、送給方向移動信号Ms=0(停止)を出力する(図2の時刻t4)。
【0044】
上記の送給方向移動信号Msは、溶接電源PSからロボット制御装置に送信される。ロボット制御装置は、ロボットを動作させて溶接トーチを送給方向に前進移動又は送給方向とは逆方向に後退移動させる。溶接トーチの溶接線方向への移動は、従来の通り、溶接ワイヤが定常送給速度で送給される時点で移動を開始する。
【0045】
上述した実施の形態1によれば、溶接開始信号が溶接電源に入力されて溶接ワイヤの前進移動が開始された時点から予め定めた第1期間(通電判定期間Tt)以下で溶接電流が通電したときはリトラクトアークスタート制御を行い、上記第1期間経過時点で溶接電流が通電しないときは通常アークスタート制御を行う。これにより、溶接ワイヤが母材と初めから接触しているタッチスタート状態にあるときは、リトラクトアークスタート制御が自動的に選択されるので、スパッタ発生の少ない確実なアークスタートを行うことができる。また、溶接ワイヤが母材と離反した通常の状態にあるときは、通常アークスタート制御が自動的に選択されるので、良好なアークスタート性を確保した上で、アークスタートに要する時間を短縮することができる。すなわち、低い頻度で発生するタッチスタート状態ではリトラクトアークスタート制御が自動的に選択され、タッチスタート状態でないときは通常アークスタート制御が自動的に選択されるので、良好なアークスタート性を常に維持したままで、アークスタートに要する総時間を短縮することができる。さらには、リトラクトアークスタート制御はタッチスタート状態のときにのみ選択されるので、送給系部品への負担が軽くなり、メンテナンスも容易になる。
【0046】
[実施の形態2]
本発明の実施の形態2では、上述した実施の形態1に加えて、第1期間よりも長い予め定めた第2期間(長期判定期間Ts)経過時点で溶接電流が通電しないときは、溶接ワイヤを後退移動によって母材から引き離した後に前進移動に切り換えて通常アークスタート制御を行うものである。溶接装置の構成については、上述した図6と同一である。但し、溶接電源PSの内部回路については異なるので、図5で後述する。
【0047】
図4は、溶接開始時点において、溶接ワイヤの先端と母材とが離反している通常スタート状態にあり、かつ、溶接ワイヤの先端に絶縁物が付着しているときの、本発明の実施の形態2に係るアークスタート制御方法を示すタイミングチャートである。同図(A)は溶接開始信号Asの時間変化を示し、同図(B)は送給速度Fwの時間変化を示し、同図(C)は溶接電圧Vwの時間変化を示し、同図(D)は溶接電流Iwの時間変化を示し、同図(E)はワイヤ先端・母材間距離Lwの時間変化を示し、同図(F1)〜(F4)は各時刻におけるアーク発生部の状態を示す。同図は、上述した図2に対応しており、時刻t4までの動作は同一であるので、それらの期間の説明は省略する。以下、同図を参照して時刻t4以降の動作について説明する。
【0048】
同図は、前回の溶接終了時に溶接ワイヤに含まれている成分がスラグ(絶縁物)となって溶接ワイヤの先端に付着した状態になった場合である。このような状態は、溶接条件にもよるが時々生じる。溶接ワイヤの先端に絶縁物が付着していると、溶接ワイヤの先端が母材と接触しても溶接電流Iwは通電しない。このようなときには、母材と導通させるためには溶接ワイヤの先端に付着した絶縁物を除去するか、又は絶縁物が付着している先端部ではない部分を母材と接触させる必要がある。
【0049】
(34)時刻t4〜t5の溶接ワイヤと母材との物理的な接触期間
時刻t4において、同図(F2)に示すように、前進送給によって溶接ワイヤ1の先端が母材2と物理的に接触するが、溶接ワイヤの先端に付着した絶縁物のために導通しない。このために、同図(C)に示すように、溶接電圧Vwは無負荷電圧のままであり、同図(D)に示すように、溶接電流Iwは通電せずに0Aのままである。また、同図(B)に示すように、送給速度Fwはスローダウン送給速度Fiのままである。そして、同図(E)に示すように、ワイヤ先端・母材間距離Lwは、時刻t4において0mmとなり、その後は0mmのままである。
【0050】
(35)時刻t5〜t6の後退送給期間
時刻t2において前進送給及び溶接電源の出力を開始した時点からの経過時間が予め定めた長期判定期間Tsに達した時刻t5において、同図(D)に示すように、溶接電流Iwは通電していない。これに応動して、同図(B)に示すように、送給速度Fwは負の値の後退送給速度Fbに切り換えられるので、溶接ワイヤの後退送給が開始される。しかし、溶接トーチの曲がりによる溶接ワイヤの遊び分を後退送給するための時間遅れがあるので、同図(E)に示すように、ワイヤ先端・母材間距離Lwは、時刻t5から少しの間0mmのままとなり、その後は次第に長くなる。この期間中、同図(C)に示すように、溶接電圧Vwは無負荷電圧のままであり、同図(D)に示すように、溶接電流Iwは0Aのままである。上記の長期判定期間Tsは、上記の通電判定期間よりも長い時間に設定され、0.5〜2.0秒程度である。スローダウン送給速度Fi=1.2m/minとすると、この長期判定期間Ts中に溶接ワイヤは10〜40mm送給されることになる。これだけの距離を送給した場合には、溶接ワイヤの先端と母材とは物理的には接触しているはずであるので、この長期判定期間Tsが経過しても電流が通電しないときには、溶接ワイヤの先端に絶縁物が付着している場合であると判定することができる。したがって、長期判定期間Tsは、給電チップ・母材間距離、スローダウン送給速度Fi等に応じて適正値に設定される。
【0051】
(36)時刻t6〜t7の再前進送給期間
時刻t5から後退送給を開始してからの経過時間が時刻t6において予め定めた第2遅延期間Td2に達すると、同図(B)に示すように、送給速度Fwは正の値のスローダウン送給速度Fiに切り換えられるので、溶接ワイヤは再び前進送給を開始する。時刻t6において、同図(F3)に示すように、溶接ワイヤ1の先端と母材2とは最も離反した状態にある。そして、同図(C)に示すように、溶接電圧Vwは無負荷電圧値のままであり、同図(D)に示すように、溶接電流Iwは通電しないので0Aのままである。また、同図(E)に示すように、ワイヤ先端・母材間距離Lwは前進送給によって次第に短くなる。上記の第2遅延期間Td2は、時刻t6時点でのワイヤ先端・母材間距離Lwが3〜6mm程度になるように設定される。
【0052】
(37)時刻t7以降の定常アーク期間
時刻t7において、再前進送給によって溶接ワイヤの先端が母材と接触すると、絶縁物が付着していないワイヤ先端の部分が母材と接触して、短い短絡の後にアークが発生する。同図(C)に示すように、溶接電圧Vwは、無負荷電圧値から数Vの短絡電圧値に急降下した後に、数十Vのアーク電圧値へと急上昇する。同時に、同図(D)に示すように、溶接電流Iwの通電が開始し、大電流値の定常溶接電流値へと増加する。この溶接電流Iwが通電を開始したことを判別すると、同図(B)に示すように、送給速度Fwは正の値の定常送給速度Fcに切り換えられる。同図(E)に示すように、ワイヤ先端・母材間距離Lwは、短い短絡の後にアークが発生すると0mmから急速に長くなり、時刻t8において定常アーク長に収束する。同図(F4)に示すように、定常アーク3bが発生した状態となる。上述したように、絶縁物が付着していないワイヤ先端の部分が母材と接触する理由は、以下のとおりである。まず、時刻t4〜t5の期間中、溶接ワイヤの先端が物理的に母材と接触した状態で前進送給が継続されるので、ワイヤ先端が母材に押し付けられた状態となり、ワイヤ先端が少し傾斜した状態となる。そして、時刻t7において、ワイヤ先端が傾斜した状態で再び母材と衝突するために、ワイヤ先端の端部が母材と接触することになる。絶縁物はワイヤ先端の一部分に付着しており、母材との接触位置が少しズレるだけで、母材と導通する場合が多い。
【0053】
同図は、溶接ワイヤの先端に絶縁物が付着した状態で、溶接開始時において溶接ワイヤの先端と母材とが離反状態にある場合のタイミングチャートであった。溶接ワイヤの先端に絶縁物が付着した状態で、溶接開始時において溶接ワイヤの先端が母材と接触状態(タッチスタート状態)にある場合のタイミングチャートは、以下のようになる。図4において、時刻t2に前進送給及び溶接電源の出力が開始されるが、溶接ワイヤの先端は既に絶縁物を介して母材と物理的に接触しているので、同図(C)に示すように、溶接電圧Vwは無負荷電圧値となり、同図(D)に示すように、溶接電流Iwは通電しない。そして、同図(E)に示すように、ワイヤ先端・母材間距離Lwは、時刻t1から0mmとなっており、時刻t5まで0mmのままである。すなわち、図4のタイミングチャートと異なるのは、同図(E)に示すワイヤ先端・母材間距離Lwの時刻t1〜t4の値であり、他の信号も含めてそれ以外は同一である。そして、時刻t3において通電判定期間Ttが経過した時点において、溶接電流Iwは通電していないので、通常アークスタート制御が選択されることになる。その後、時刻t5に長期判定期間Tsが経過した時点でも、溶接電流Iwは通電しないので、溶接ワイヤの後退送給及び再前進送給を行うことになる。
【0054】
図5は、本発明の実施の形態2に係る消耗電極アーク溶接のアークスタート制御方法を実施するための溶接電源PSのブロック図である。同図は、上述した図3と対応しており、同一のブロックには同一符号を付して、それらの説明は省略する。同図は、図3の送給速度設定回路FRを、破線で示す第2送給速度設定回路FR2に置換したものである。以下、同図を参照して、異なるブロックについて説明する。
【0055】
第2送給速度設定回路FR2は、起動信号On、アークスタート制御選択信号Sc、通電判別信号Cd、短絡判別信号Sd、スローダウン送給速度設定信号Fir、後退送給速度設定信号Fbr及び定常送給速度設定信号Fcrを入力として、以下に説明する動作を行い、送給速度設定信号Frを出力する。
1)起動信号OnがHighレベルであり、かつ、アークスタート制御選択信号Sc=0のときはスローダウン送給速度設定信号Firを送給速度設定信号Frとして出力する(図1、図2及び図4の時刻t2〜t3の期間)。
2)アークスタート制御選択信号Sc=1(リトラクトアークスタート制御)に変化した時点で、後退送給速度設定信号Fbrを送給速度設定信号Frとして出力し(図1の時刻t3)、短絡判別信号SdがLowレベルに変化した時点で定常送給速度設定信号Fcrを送給速度設定信号Frとして出力する(図1の時刻t5)。
3)アークスタート制御選択信号Sc=2(通常アークスタート制御)に変化した時点で、スローダウン送給速度設定信号Firを送給速度設定信号Frとして出力する状態を継続する(図2及び図4の時刻t3)。そして、起動信号OnがHighレベルに変化した時点(図2の時刻t2)からの経過時間が予め定めた長期判定期間Tsに達するまでに通電判別信号CdがHighレベルに変化したときは定常送給速度設定信号Fcrを送給速度設定信号Frとして出力する(図2の時刻t4)。
4)起動信号OnがHighレベルに変化した時点(図4の時刻t2)からの経過時間が上記の長期判定期間Tsに達するまでに通電判別信号CdがHighレベルに変化しないときは予め定めた第2遅延期間Td2の間後退送給速度設定信号Fbrを送給速度設定信号Frとして出力し(図4の時刻t5〜t6)、その後はスローダウン送給速度設定信号Firを送給速度設定信号Frとして出力する(図4の時刻t6)。そして、通電判別信号CdがHighレベルに変化すると定常送給速度設定信号Fcrを送給速度設定信号Frとして出力する(図4の時刻t7)。
【0056】
実施の形態1と同様に、図4の時刻t5〜t6の後退送給の代わりに、溶接トーチを後退移動させて溶接ワイヤを後退移動させても良い。また、図4の時刻t6〜t7の前進送給の代わりに、溶接トーチを前進移動させることによって溶接ワイヤを前進移動させても良い。これらの期間中は、送給速度Fwはスローダウン送給速度Fi又は0(停止)とする。
【0057】
本発明の実施の形態2によれば、第1期間(判定期間Tt)よりも長い第2期間(長期判定期間Ts)経過時点で溶接電流が通電しないときは、溶接ワイヤを後退移動によって母材から引き離した後に前進移動に切り換えて通常アークスタート制御を行う。これにより、実施の形態2では、実施の形態1の効果に加えて、溶接ワイヤの先端に絶縁物が付着している場合でも、アークスタートをさせることができる。従来技術では、溶接ワイヤの先端に絶縁物が付着しているとアークスタートに失敗する。そして、このような場合には、主導でロボットを溶接開始位置に戻した上で、再びアークスタートさせなければならなかった。この結果、生産効率が低下していた。これに対して、実施の形態2では、溶接ワイヤの先端に絶縁物が付着している場合でも、アークスタートに導くことができるので、生産効率を低下させることがない。
【符号の説明】
【0058】
1 溶接ワイヤ
2 母材
3 アーク
3a 初期アーク
3b 定常アーク
4 溶接トーチ
4a 給電チップ
5 送給ロール
AS 溶接開始回路
As 溶接開始信号
CD 通電判別回路
Cd 通電判別信号
DV 駆動回路
Dv 駆動信号
Ea 誤差増幅信号
EI 電流誤差増幅回路
Ei 電流誤差増幅信号
EV 電圧誤差増幅回路
Ev 電圧誤差増幅信号
Fb 後退送給速度
FBR 後退送給速度設定回路
Fbr 後退送給速度設定信号
Fc 定常送給速度
FCR 定常送給速度設定回路
Fcr 定常送給速度設定信号
Fi スローダウン送給速度
FIR スローダウン送給速度設定回路
Fir スローダウン送給速度設定信号
FR 送給速度設定回路
Fr 送給速度設定信号
FR2 第2送給速度設定回路
Fw 送給速度
ID 電流検出回路
Id 電流検出信号
Ii 初期電流
IIR 初期電流設定回路
Iir 初期電流設定信号
Iw 溶接電流
L0 初期距離
Lw ワイヤ先端・母材間距離
Ms 送給方向移動信号
ON 起動回路
On 起動信号
PM 電源主回路
PS 溶接電源
SC アークスタート制御選択回路
Sc アークスタート制御選択信号
SD 短絡判別回路
Sd 短絡判別信号
SP 外部特性切換回路
Td 遅延期間
Td2 第2遅延期間
Ts 長期判定期間
Tt 通電判定期間
VD 電圧検出回路
Vd 電圧検出信号
VR 電圧設定回路
Vr 電圧設定信号
Vw 溶接電圧
WC 送給制御回路
Wc 送給制御信号
WM 送給モータ



【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶接ワイヤを前進移動させて母材に一旦接触させた後に後退移動によって引き離し、この引き離しによって初期アークを発生させた後に定常アークへと移行させるリトラクトアークスタート制御と、
上記溶接ワイヤを上記前進移動させて母材に接触又は接近させて定常アークを発生させる通常アークスタート制御とを備え、
溶接開始信号が溶接電源に入力されて上記溶接ワイヤの上記前進移動が開始された時点から予め定めた第1期間以下で溶接電流が通電したときは上記リトラクトアークスタート制御を行い、上記第1期間経過時点で溶接電流が通電しないときは上記通常アークスタート制御を行う、
ことを特徴とする消耗電極アーク溶接のアークスタート制御方法。
【請求項2】
上記第1期間よりも長い予め定めた第2期間経過時点で溶接電流が通電しないときは、上記溶接ワイヤを上記後退移動によって母材から引き離した後に上記前進移動に切り換えて上記通常アークスタート制御を行う、
ことを特徴とする請求項1記載の消耗電極アーク溶接のアークスタート制御方法。
【請求項3】
上記溶接ワイヤの前進移動を前進送給によって行う、
ことを特徴とする請求項1又は2記載の消耗電極アーク溶接のアークスタート制御方法。
【請求項4】
上記溶接ワイヤの前進移動を溶接トーチを前進移動させることによって行う、
ことを特徴とする請求項1又は2記載の消耗電極アーク溶接のアークスタート制御方法。
【請求項5】
上記溶接ワイヤの後退移動を後退送給によって行う、
ことを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の消耗電極アーク溶接のアークスタート制御方法。
【請求項6】
上記溶接ワイヤの後退移動を上記溶接トーチを後退移動させることによって行う、
ことを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の消耗電極アーク溶接のアークスタート制御方法。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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