説明

消耗電極アーク溶接方法

【課題】 中・大電流域の消耗電極アーク溶接において、アーク長を短く設定して溶接を行う場合の溶接安定性を向上させ、スパッタの発生量を削減し、溶接品質を良好にする。
【解決手段】 本発明は、定電圧制御された出力電圧Eをリアクトルを介して溶接ワイヤ・母材間に供給し溶接電流Iwを通電して溶接する消耗電極アーク溶接方法において、前記出力電圧Eを100Hz以上600Hz以下の周波数で周期的に変化させることによって前記溶接電流Iwを20A以上100A以下の電流振幅W内で変化させて溶接する消耗電極アーク溶接方法である。前記出力電圧Eの周期的な変化は、出力電圧の設定信号又は溶接電源の外部特性を変化させることによって行う。また、前記出力電圧Eは、矩形波又は三角波状に周期的に変化させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、消耗電極アーク溶接の中・大電流域における溶接品質を向上させるための消耗電極アーク溶接方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
アルミニウムMIG溶接、鉄鋼のMAG溶接、CO2溶接等の消耗電極アーク溶接において、溶接電流値が150〜200A以上の中・大電流域では、溶滴はスプレー移行又はグロビュール移行する。したがって、中・大電流域での消耗電極アーク溶接では、溶滴は母材に短絡することなく移行することになる。しかし、溶滴移行時に全く短絡が発生しないような長いアーク長で溶接を行うと、アンダーカット、シールド不良等が発生し溶接不良となることが多い。このために、中・大電流域の消耗電極アーク溶接においては、溶接不良を回避するために、溶滴移行に伴って短い短絡が発生する短いアーク長に設定するのが一般的である。この溶滴移行に伴う短絡が短い(例えば1ms以下)場合には溶接品質にはさほど悪影響はないが、数msを越えると少し影響が表れ、10msを越える短絡が生じるようになると溶接安定性がかなり悪くなる。以下、従来技術における中・大電流域の消耗電極アーク溶接方法について説明する。
【0003】
図7は、中・大電流域の消耗電極アーク溶接の出力波形図の一例である。同図(A)は定電圧制御されたリアクトルを通す前の電圧である出力電圧Eを示し、同図(B)は溶接ワイヤ・母材間の溶接電圧Vwを示し、同図(C)は溶接ワイヤ及びアークを通電する溶接電流Iwを示す。スプレー移行、グロビュール移行等による溶滴移行は、溶接法、溶接電流値等により異なるが1秒間に数十〜数百回行われる。上述したように、溶接不良になるのを防止するために、アーク長を短く設定するので、溶滴移行時に短絡が発生することが多い。同図(A)に示すように、出力電圧Eは予め定めた出力電圧設定値Erに相当する定電圧制御された直流電圧になる。時刻t1〜t2において、同図(B)に示すように、溶滴移行に伴う少し長い短絡が発生すると溶接電圧値Vwは低い値の短絡電圧値になり、同図(C)に示すように、溶接電流Iwは次第に増加する。時刻t2においてアークが再発生すると、同図(B)に示すように、溶接電圧値Vwはアーク電圧値になり、同図(C)に示すように、溶接電流Iwは次第に減少する。同図(B)に示すように、アーク再発生直後にアーク電圧値が一時的に高くなるのは、アーク再発生時には過渡的に定常時よりも多くのエネルギーが必要なためである。時刻t3においても同様に、溶滴移行に伴う短い短絡が発生する。時刻t1〜t2の短絡は長期短絡であり、時刻t3の短絡は短期短絡である。長期短絡時は短期短絡時と比べて溶接電流Iwの変化が大きいために、溶接安定性に影響を与える。
【0004】
図8は、一般的な消耗電極アーク溶接用の溶接電源のブロック図である。電源主回路PMは、3相200V等の商用電源を入力として、後述する電圧誤差増幅信号Evに従ってPWM制御によるインバータ制御によって出力電圧Eを出力する。リアクトルWLは、溶接負荷変動(短絡、アーク等)に伴う溶接電流Iwの変化率を適正化する。溶接ワイヤ1はワイヤ送給機の送給ロール5によって溶接トーチ4内を送給され、母材2との間にアーク3が発生して溶接が行われる。
【0005】
出力電圧設定回路ERは、予め定めた出力電圧設定信号Erを出力する。出力電圧検出回路EDは、出力電圧を検出して、出力電圧検出信号Edを出力する。電圧誤差増幅回路EVは、上記の出力電圧設定信号Erと出力電圧検出信号Edとの誤差を増幅して電圧誤差増幅信号Evを出力する。この電圧誤差増幅回路EVによって出力電圧Eは出力電圧設定信号Erの値に定電圧制御される。
【0006】
【特許文献1】特開2003−305571号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述したように、中・大電流域の消耗電極アーク溶接では、溶接不良の発生を防止するために、アーク長を短く設定して溶接を行う。このために、図7で上述したように、溶滴移行に伴って短絡が発生することが多い。このときに、短期短絡が周期的に繰り返される状態では溶接状態も安定しスパッタの発生も少ない良好なビード外観になる。しかし、長期短絡がときたま(1秒間に数回〜十数回程度)ランダムに発生すると、溶接状態がやや不安定になりスパッタも多く発生する。高速溶接、狭開先溶接等ではアーク長を一段と短く設定する必要がある場合があり、このような場合にはさらに長期短絡の発生頻度が高くなるので、溶接安定性はさらに悪くなりスパッタもさらに多くなる。
【0008】
そこで、本発明では、中・大電流域の消耗電極アーク溶接における溶接安定性を向上させるための消耗電極アーク溶接方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上述した課題を解決するために、第1の発明は、定電圧制御された出力電圧をリアクトルを介して溶接ワイヤ・母材間に供給し溶接電流を通電して溶接する消耗電極アーク溶接方法において、
前記出力電圧を100Hz以上600Hz以下の周波数で周期的に変化させることによって前記溶接電流を20A以上100A以下の電流振幅内で変化させて溶接する、ことを特徴とする消耗電極アーク溶接方法である。
【0010】
第2の発明は、前記出力電圧の設定信号を変化させて前記出力電圧を変化させる、ことを特徴とする第1の発明記載の消耗電極アーク溶接方法である。
【0011】
第3の発明は、溶接電源の外部特性を変化させて前記出力電圧を変化させる、ことを特徴とする第1の発明記載の消耗電極アーク溶接方法である。
【0012】
第4の発明は、前記出力電圧を三角波状に変化させる、ことを特徴とする第1〜第3の発明のいずれか1項に記載の消耗電極アーク溶接方法である。
【発明の効果】
【0013】
上記第1の発明によれば、出力電圧を適性範囲の周波数で周期的に変化させることによって、溶接負荷変動時の溶接電流の追従性が高速になるために、アーク長の変動を抑制することができる。さらに、溶接電流の振幅が適正範囲にあるときは、溶滴移行を規則的にし溶滴サイズを小さくする作用がある。中・大電流域の消耗電極アーク溶接において、これらアーク長の変動を抑制し、かつ、溶滴移行を規則的にし細粒化する作用によって、溶接状態の安定性を向上させスパッタの発生を削減することができ良好な溶接品質を得ることができる。
【0014】
上記第2の発明によれば、出力電圧設定信号を変化させて出力電圧を周期的に変化させることによって、上述した第1の発明の効果を奏することができる。
【0015】
上記第3の発明によれば、溶接電源の外部特性を変化させて出力電圧を周期的に変化させることによって、上述した第1の発明の効果を奏することができる。さらに、第2の発明では、外部特性の傾きを適正値に設定することができるので、溶接状態の安定性をより向上させることができる。
【0016】
上記第4の発明によれば、出力電圧を三角波状に変化させることによって、上述した第1の発明の効果に加えて、アーク力の変化が穏やかになり、チリの発生が減少してビード外観がさらに向上する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態について説明する。
【0018】
[実施の形態1]
図1は、本発明の実施の形態1に係る消耗電極アーク溶接方法を示す出力波形図である。同図(A)は出力電圧Eの、同図(B)は溶接電圧Vwの、同図(C)は溶接電流Iwの時間変化を示す。同図は上述した図7と対応している。以下、同図を参照して説明する。
【0019】
実施の形態1では、同図(A)に示すように、出力電圧Eを矩形波状に周期的に変化させる。変化させる周波数は、図2で後述するように、100〜600Hzの範囲の適正値である。また、振幅は、Er±ΔVrであり、Erは予め定めた出力電圧設定値であり、ΔVrは予め定めた出力電圧振幅設定値である。出力電圧設定値Erによって平均溶接電流値を設定してアーク長を設定する。出力電圧振幅設定値ΔVrは、同図(C)に示す溶接電流Iwの振幅Wが、図2で後述するように、20〜100Aの範囲の適正値になるように設定する。
【0020】
出力電圧Eを矩形波状に変化させることによって、溶接負荷変動時の溶接電流Iwの追従性が高速になるために、アーク長の変動を抑制することができる。さらに、同図(C)に示すように、溶接電流Iwの電流振幅Wが上述した適正範囲にあるときは、溶滴移行を規則的にし溶滴サイズを小さくする作用がある。これらアーク長の変動を抑制し、かつ、溶滴移行を規則的にし細粒化する作用によって、同図(B)〜(C)の時刻t1及びt2に示すように、長期短絡の頻度が減少し短期短絡が周期的に発生するようになる。このために、溶接状態の安定性が向上し、スパッタの発生も少なくなる。
【0021】
図2は、上述した出力電圧Eの周波数及び溶接電流Iwの電流振幅の適正範囲を示す図である。同図の横軸は出力電圧Eの周波数を示し、縦軸は溶接電流Iwの電流振幅を示す。同図中の数字はスパッタ発生量(g/min)をプロットしたものである。同図は、溶接ワイヤに直径1.6mmのアルミニウム合金ワイヤを使用し、平均溶接電流250A及び平均溶接電圧23Vで直流MIG溶接を行った場合である。
【0022】
スパッタ発生量は2.0(g/min)程度以下であればビード外観への影響も少なく溶接品質も良好である。このスパッタ発生量2.0を基準として適正範囲を区分けすると、周波数が100〜600Hzの範囲内にあり、電流振幅が20〜100Aの範囲内にある点線で区分けされた領域が適正範囲となる。この領域外になると、スパッタ発生量が15%以上急増する。他の溶接法、溶接条件においても、適正領域の境界線付近のスパッタ発生量は数値は変化するが適正領域は略変化しない。
【0023】
図3は、上述した実施の形態1に係る消耗電極アーク溶接方法を実施するための溶接電源のブロック図である。同図において上記した図8と同一のブロックには同一符号を付してそれらの説明は省略する。以下、図8と異なる点線で示すブロックについて説明する。
【0024】
周波数設定回路FRは、出力電圧Eを変化させる周波数を設するための予め定めた周波数設定信号Frを出力する。出力電圧振幅設定回路ΔVRは、予め定めた出力電圧振幅設定信号ΔVrを出力する。出力電圧制御設定回路ECRは、出力電圧設定信号Er、上記の周波数設定信号Fr及び上記の出力電圧振幅設定信号ΔVrを入力として、図1(A)で上述したような出力電圧Eを形成するための矩形波状の出力電圧制御設定信号Ecrを出力する。
【0025】
[実施の形態2]
図4は、本発明の実施の形態2に係る消耗電極アーク溶接方法において出力電圧Eを外部特性を変化させて行う場合を示す外部特性図である。同図の横軸は溶接電流Iwを示し、縦軸は出力電圧設定値Erを示す。上述した実施の形態1では、特性L1に示すように、溶接電流Iwの値に関わらずEr=Er1で一定である。これに対して、実施の形態2では、特性L2に示すように、溶接電流Iwによって所定の右下がりの傾きを有する外部特性を形成する。この外部特性L2を形成するために、Iw=I1のときEr=Er1となり、Iw=I2のときEr=Er2となる。このように、実施の形態2では、溶接電流値Iwに応じて出力電圧設定値Erは特性L2上を変化する。
【0026】
図5は、上述した実施の形態2に係る消耗電極アーク溶接方法を実施するための溶接電源のブロック図である。同図において上述した図3と同一のブロックには同一符号を付してそれらの説明は省略する。以下、図3と異なる点線で示すブロックについて説明する。
【0027】
電流検出回路IDは、溶接電流Iwを検出して電流検出信号Idを出力する。外部特性形成回路OCは、上記の電流検出信号Idを入力として、予め定めた図4の特性L2上の出力電圧設定信号Erを出力する。例えば、溶接電流I1=I1のときはEr=Er1を出力し、溶接電流Iw=I2のときはEr=Er2を出力する。これ以外は実施の形態1と同様である。上述した実施の形態2によれば、外部特性の傾きを適正値に設定することができ、溶接状態の安定性をより向上させることができる。
【0028】
[実施の形態3]
図6は、本発明の実施の形態3に係る消耗電極アーク溶接方法を示す出力波形図である。同図(A)は出力電圧Eの、同図(B)は溶接電圧Vwの、同図(C)は溶接電流Iwの時間変化を示す。以下、同図を参照して説明する。
【0029】
同図(A)に示すように、実施の形態3では出力電圧Eが三角波状に変化する。出力電圧Eは、出力電圧設定値Erによって設定される電圧値を中心値として、出力電圧振幅設定値ΔVrで設定される振幅を有する三角(ノコギリ)波となる。その他の説明は、上述した図1と同様である。この実施の形態3によれば、実施の形態1の効果に加えて、出力電圧Eを三角波にすることによってアーク力の変化が穏やかになり、チリの発生が減少してビード外観がさらに向上する。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】本発明の実施の形態1に係る消耗電極アーク溶接方法を示す出力波形図である。
【図2】図1で上述した出力電圧Eの周波数及び溶接電流Iwの電流振幅の適正範囲を示す図である。
【図3】実施の形態1に係る消耗電極アーク溶接方法を実施するための溶接電源のブロック図である。
【図4】本発明の実施の形態2に係る消耗電極アーク溶接方法において、出力電圧Eの変化を外部特性を変化させて行う場合の外部特性図である。
【図5】実施の形態2に係る消耗電極アーク溶接方法を実施するための溶接電源のブロック図である。
【図6】本発明の実施の形態3に係る消耗電極アーク溶接方法を示す出力波形図である。
【図7】中・大電流域の消耗電極アーク溶接の出力波形図の一例である。
【図8】一般的な消耗電極アーク溶接用の溶接電源のブロック図である。
【符号の説明】
【0031】
1 溶接ワイヤ
2 母材
3 アーク
4 溶接トーチ
5 送給ロール
E 出力電圧
ECR 出力電圧制御設定回路
Ecr 出力電圧制御設定信号
ED 出力電圧検出回路
Ed 出力電圧検出信号
ER 出力電圧設定回路
Er 出力電圧設定(値/信号)
EV 電圧誤差増幅回路
Ev 電圧誤差増幅信号
FR 周波数設定回路
Fr 周波数設定信号
ID 電流検出回路
Id 電流検出信号
Iw 溶接電流
L1、L2 特性
PM 電源主回路
Vw 溶接電圧値
W 電流振幅
WL リアクトル
ΔVR 出力電圧振幅設定回路
ΔVr 出力電圧振幅設定(値/信号)




【特許請求の範囲】
【請求項1】
定電圧制御された出力電圧をリアクトルを介して溶接ワイヤ・母材間に供給し溶接電流を通電して溶接する消耗電極アーク溶接方法において、
前記出力電圧を100Hz以上600Hz以下の周波数で周期的に変化させることによって前記溶接電流を20A以上100A以下の電流振幅内で変化させて溶接する、ことを特徴とする消耗電極アーク溶接方法。
【請求項2】
前記出力電圧の設定信号を変化させて前記出力電圧を変化させる、ことを特徴とする請求項1記載の消耗電極アーク溶接方法。
【請求項3】
溶接電源の外部特性を変化させて前記出力電圧を変化させる、ことを特徴とする請求項1記載の消耗電極アーク溶接方法。
【請求項4】
前記出力電圧を三角波状に変化させる、ことを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の消耗電極アーク溶接方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2007−229775(P2007−229775A)
【公開日】平成19年9月13日(2007.9.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−55939(P2006−55939)
【出願日】平成18年3月2日(2006.3.2)
【出願人】(000000262)株式会社ダイヘン (990)
【Fターム(参考)】