説明

甘皮及びその製造方法

【課題】甘皮の製造方法及び該製造方法により製造した甘皮並びに該甘皮を使用した食品及びペットフード、さらには甘皮を剥離した頴果を提供することを目的とする。
【解決手段】(1)イネ科イチゴツナギ亜科に属する植物の頴果をアルカリ水溶液で処理したのちに皮部を摩擦することで、前記頴果から甘皮を剥離することを特徴とする甘皮の製造方法である。(2)アルカリ水溶液のpHが10.5以上であることを特徴とする前記甘皮の製造方法である。(3)前記製造方法により製造した甘皮である。(4)前記製造方法により製造した甘皮を使用した食品である。(5)前記製造方法により製造した甘皮を使用したペットフードである。(6)前記製造方法により甘皮を剥離した頴果である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、甘皮及びその製造方法並びに該甘皮を使用した食品及びペットフード、さらには甘皮を剥離した頴果に関する。
【背景技術】
【0002】
食物繊維の定義は国や研究者によって異なるが、日本では「ヒトの消化酵素では消化されない食品中の難消化性成分の総体」という定義が一般的に使われている(例えば非特許文献1参照)。
【0003】
食物繊維は約30年前までは、消化吸収されず栄養にならない無駄な成分、他の栄養素の吸収を阻害する不要な成分と考えられていた。
しかし、その後の食品科学の発達により、食物繊維はいくつもの有用な生理作用を持ち、疾病予防、健康維持に重要な役割を果たしていることが明らかにされた。
現在では食物繊維は五大栄養素に次ぐ、第六の栄養素と呼ばれることもあり、栄養学上重要視されている。
【0004】
食物繊維の代表的な機能を列挙すれば以下のとおりである。
1.食物繊維は吸湿性が高いため、便を軟らかくしカサを増すことで、腸の顫動運動を活発にする作用がある。
その結果、便の腸内での滞留時間が短縮され、排便回数も増大するため、通便がスムーズになる。
2.排便量と排便回数の増大により腸疾患、特に大腸癌の予防に寄与すると言われている。
ただし、大腸癌予防効果に関しては、否定的な研究結果も発表されており、評価が定まったわけではない。
大腸癌以外では、消化管の潰瘍予防効果も指摘されている。
3.食物繊維を多く含む食品は咀嚼回数を増し、唾液分泌量も増加させることで、食事の満足感を得やすくする。
さらに、胃の中で水を吸って膨らむことで満腹感を与え、胃内の滞留時間が伸びることで腹持ちを良くする働きがある。これらの働きにより、カロリーの過剰な摂取を防止する効果がある。
4.食物繊維は、食品の胃内での滞留時間を増大させることで、小腸への食物の急激な流入を抑制し、糖の吸収速度を緩やかにする。
そのため、血糖値の急激な上昇が抑えられ、糖尿病の予防や治療に効果がある。
5.食物繊維は食品中の各種成分を吸着し、消化管での吸収を阻害する働きを持つ。
この働きにより、食物繊維は重金属や発がん性物質等有害物質の、人体への吸収を抑制し体外への排出を促進する。
6.食物繊維は胆汁を吸着し、体外への排出を促す。
胆汁の成分はコレステロールから合成され、十二指腸から分泌されて脂質と結合し、小腸から吸収されてコレステロールとして再利用される。
食物繊維はコレステロールの再吸収を抑制して動脈硬化予防の働きを持つとともに、脂質の吸収を抑制してカロリーの過剰摂取を防止する効果がある。
7.食物繊維は、腸内細菌叢を改善する働きがある。
腸内細菌はヒトを宿主として寄生しているだけではなく、数々の代謝産物を分泌することでヒトの健康に影響を与えている。
食物繊維を摂取することで、ビフィズス菌等の有用細菌を優勢的に定着させ、健康を促進させる(例えば免疫を強化する)ことができる。
【0005】
このように、食物繊維は多くの有用な働きを持つ。一方、摂取量は第二次世界大戦後の食生活の変化に伴って減り続けており、現在では十分な量が摂取されているとはいえない。
日本人の食物繊維摂取目安量は男性で約25g/日、女性で約20g/日だが、実際の摂取量はその60〜70質量%程度にとどまっている(例えば非特許文献2参照)。
【0006】
健康の維持向上の面からは、食物繊維の摂取量を増加させる必要がある。
食物繊維の摂取量を増すには、主食たる穀物由来食品の食物繊維含有量を増す方法、副食で野菜等食物繊維を多く含む食品の比率を増す方法、食物繊維を増量した健康食品等を利用する方法等が考えられる。
【0007】
穀物中の食物繊維は、白米や小麦粉のように皮部を除去した加工製品よりも、玄米や小麦全粒粉等の製品に多く含まれている。
具体的な食物繊維含有量は、白米で0.5質量%、玄米で3.0質量%、小麦粉で2.5〜2.8質量%、小麦全粒粉で11.2質量%等となっている(例えば非特許文献1参照)。
【0008】
小麦全粒粉は食物繊維含有量が多いため、欧米諸国では小麦全粒粉を使用したパン、パスタ、菓子等の食品が製造され、広く摂食されている。
日本でも、小麦全粒粉を使った食品は一部で利用されているが、その量はかなり限定されており、国民の食物繊維摂取量の増加を大きく引き上げるには至っていない。
小麦全粒粉を使った食品が好まれないのは、食感や食味が劣り、外観も悪くなるためである。
食物繊維増量のために小麦ふすま等を食品に加える場合もあるが、全粒粉と同様の欠点により、広く受け入れられるには至っていない。
【0009】
ペットにおいても肥満は問題となっており、その防止のためにペットフードに小麦ふすまなどの糟糠類を添加することが多い。
糟糠類は、ペットフードのカロリーを減らし、食物繊維を増加させることを主な目的として加えられる。
ただし、ペットフードに加える糟糠類の量が多すぎると、嗜好性が落ちることが知られており、それは食味の悪化によるものと推定されている。
【0010】
穀物でふすまと呼ばれる皮部は数層の細胞からなっている。
例えば小麦の場合、ふすまは外側の果皮と内側の種皮に大きく二分され、果皮はさらに外果皮と内果皮に二分される。
外果皮の最内層で内果皮と接する部分は、細胞が不規則に並び構造が乱れた層になっている。この層は他の層と比べると機械的に弱く、摩擦等の物理的な力を加えたり、穀物が天候被害(霜や干ばつ等)を受けたりすると、一部が剥離することがある。この剥離した層は甘皮とも呼ばれ、ふすまと比べると非常に薄く弱い(例えば非特許文献3参照)。
【0011】
甘皮は食物繊維に富んでいるが、甘皮のみを効率よく分離するのは難しく、これまで単独では利用されなかった。
一方、小麦ふすまをアルカリ処理する例として、小麦ふすま又は小麦ふすまから澱粉質、蛋白質、脂質、無機質等を除去した残部からヘミセルロースを抽出することが知られている(例えば特許文献1参照)。
【0012】
【特許文献1】特開昭58−41824号公報
【非特許文献1】科学技術庁資源調査会編、「五訂日本食品標準成分表 」、大蔵省印刷局、平成12年11月22日
【非特許文献2】厚生労働省策定 日本人の食事摂取基準(2005年版) 平成16年11月22日、インターネット〈URL=http://www.mhlw.go.jp/houdou/2004/11/h1122-2a.html>
【非特許文献3】R カール ホズニー (R. Carl Hoseney) 著、「プリンシプルズ オブ シリアル サイエンス アンド テクノロジー セカンド エディション (Principles of Cereal Scienceand Technology Second Edition)」、 アメリカン アソシエーション オブ シリアル ケミスツ (American Associationof Cereal Chemists) 発行、平成6年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
従って、本発明の目的は、これまで製造が困難であった甘皮の製造方法及び該製造方法により製造した甘皮並びに該甘皮を使用した食品及びペットフード、さらには甘皮を剥離した頴果を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者は上記の目的を達成するために鋭意研究を重ねた結果、
(1)イネ科イチゴツナギ亜科に属する植物の頴果をアルカリ水溶液で処理し摩擦することにより、甘皮を効率よく剥離できること
(2)該製造方法により得た甘皮は食物繊維含有量が豊富であり、従来のふすま等に比べざらつき、にが味等食感や食味上の問題が飛躍的に改善されるため、食物繊維に富む美味な食品やペットフードを提供することができること
(3)前記製造方法により甘皮を剥離した頴果は、甘皮を剥離する前の頴果と同様に加工(例えば製粉)し利用することができること
を見出し、本発明を完成するに至った。
【0015】
従って、本発明は 、
(1)イネ科イチゴツナギ亜科に属する植物の頴果をアルカリ水溶液で処理したのちに皮部を摩擦することで、前記頴果から甘皮を剥離することを特徴とする甘皮の製造方法である。
(2)アルカリ水溶液のpHが10.5以上であることを特徴とする前記甘皮の製造方法である。
(3)前記製造方法により製造した甘皮である。
(4)前記製造方法により製造した甘皮を使用した食品である。
(5)前記製造方法により製造した甘皮を使用したペットフードである。
(6)前記製造方法により甘皮を剥離した頴果である。
【発明の効果】
【0016】
本発明の甘皮の製造方法により甘皮を効率的に製造することができる。
本発明の製造方法により得た甘皮は食物繊維含有量が高く、従来のふすまに比べざらつき、にが味等食感や食味上の問題が飛躍的に改善されるため、食物繊維に富む美味な食品やペットフードを提供することができる。
さらに、前記製造方法により甘皮を剥離した頴果は、甘皮を剥離する前の頴果と同様に加工(例えば製粉)し利用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明において使用できるイネ科イチゴツナギ亜科に属する植物としては、例えば、小麦、大麦、ライ麦、オート麦、ライ小麦(トリティケーレ)を挙げることができる。
なお、甘皮として蕎麦の甘皮が知られているが、蕎麦は本発明において使用できるイネ科イチゴツナギ亜科に属する植物ではなく、本発明の方法により甘皮を製造することは困難である。
【0018】
本発明において頴果とはイネ科イチゴツナギ亜科に属する植物の果実をいう。
頴果は、胚乳部、胚芽部及び皮部より成り、皮部はふすまとも呼ばれている。
イネ科イチゴツナギ亜科に属する植物の皮部は層状の構造となっており、アルカリ性水溶液で処理することで皮部の層間の結合強度を落とすことができ、皮部を層状に剥離することができる。
これは、細胞間の結合に関与している各種相互作用のうち、水素結合が弱められるためと考えられる。
【0019】
本発明において甘皮とは、頴果の皮部の表層部を層状に剥離したものをいう。
図1は小麦ふすまの顕微鏡写真である。
小麦ふすまは数層の細胞からなっている。
図1中、右上方に見える薄く透明な部分が甘皮に相当する層であり、この部分のみを剥離したものが甘皮となる。
図2は小麦から製造した甘皮の顕微鏡写真である。
【0020】
本発明においてアルカリ水溶液処理とは、皮部にアルカリ水溶液を浸透する処理をいう。
皮部にアルカリ水溶液を浸透する処理方法として、頴果の皮部にアルカリ水溶液を付着し浸透する方法等を挙げることができる。
付着する方法は、アルカリ水溶液で頴果の皮部が濡れた状態で保持できれば特に限定されず、頴果をアルカリ水溶液に浸漬する方法や、頴果にアルカリ水溶液を噴霧する方法等を挙げることができる。
【0021】
使用できるアルカリ水溶液の溶質は特に限定されず、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、リン酸三ナトリウム、リン酸三カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム等のアルカリ性を有する物質やそれらの混合物、例えばかんすい等を挙げることができる。
本発明の甘皮の製造方法において、剥離量はアルカリ水溶液の溶質によらず、pHのみに依存するためである。
したがって、前記物質に代表されるようなアルカリ性物質やそれらの混合物に、他の物質が混合されていても、pHが甘皮製造に適した範囲であれば、特段問題なく使用することができる。
pHは製造効率の点から10.5以上が好ましい。
なお、本発明のアルカリ水溶液処理は頴果の皮部を対象とするものであり、頴果から分離した状態の皮部(ふすま)をアルカリ水溶液処理しても本発明の甘皮を得ることは困難である。
【0022】
アルカリ水溶液への浸漬時間は特に限定されない。
極端に短い(例えば10秒間)と剥皮効率がやや落ちるため甘皮の製造効率がやや落ちるが、処理を施さない場合と比較すると明らかに多い。
ただし、極端に長い時間(例えば24時間)処理を行うと、穀粒の胚乳が軟化して摩擦しにくくなるので好ましくない。
また、胚乳部がアルカリにより変性するため好ましくない。
【0023】
アルカリ水溶液処理をした穀物を水洗してアルカリ性溶液を除去するか、又はアルカリ性溶液を除去することなしに、穀粒表面を摩擦することにより剥皮し、甘皮を分離することができる。
【0024】
本発明において摩擦とは、頴果の皮部表面に対して平行な成分を持つ力を加えることをいう。
頴果の皮部表面に対して平行な成分を持ち頴果の胚乳組織を破壊する程は強くない力を加えることができれば方法は特に限定されない。
摩擦の方法として、例えば、手で揉むことで頴果の皮部同士を擦り合わせる方法、攪拌機により頴果を攪拌して頴果の皮部同士および攪拌機の攪拌部や容器と頴果の皮部を擦り合わせる方法、回転数の異なるロール(例えばゴムロール)に頴果を通す方法、固体面に斜め方向から頴果を衝突させる方法等を挙げることができる。
【0025】
アルカリ水溶液処理および摩擦時の温度は、剥皮量にほとんど影響を及ぼさない。
したがって、室温で水道水等を使用するとういうような状況下では、処理温度は特に調整する必要はない。
【0026】
分離した甘皮は、水に分散した状態で適当な目開きのスクリーン(例えば目開き1mm)で濾して、回収することができる。
この方法で回収した甘皮は、保存性の向上のために乾燥することが好ましい。
また、粉砕して使用する場合にも乾燥する必要がある。
ただし、そのままの形態ですぐに使用する場合には、乾燥は不要である。
【0027】
本発明で得ることができる甘皮は食物繊維含有量が多い。
例えば、小麦(品種「ホクシン」)を処理して得られた甘皮の食物繊維含有量は84質量%であり、小麦(品種「ホクシン」)から製造したふすまの食物繊維含有量(37〜42質量%)と比較して明らかに多く、食物繊維増量用素材としての効率面で優れている。
なお、本発明の食物繊維含有量は酵素重量法により分析した値である。
【0028】
穀物由来のふすまは強靭な繊維を含んでいるため、食品素材として使う場合に、粉末状に加工するのが困難であるという欠点があった。
穀物の全粒粉を製造する場合も、同様の理由でふすま部分が大きな断片として残ってしまい、食感等に悪影響を与えるという問題があった。
本発明により製造した甘皮は、穀物のふすまと比べると弱いため、乾燥した状態で粉砕機により処理することで比較的簡単に粉末状に加工することができる。
また、本発明により製造した甘皮は非常に薄いため、粉砕せずに利用しても、穀物のふすまと比較して咀嚼時の違和感を大幅に低減できる。
本発明で得られた甘皮は、穀物の皮部の一部を分離したものであるため、食品として安全である。
処理に用いるアルカリ水溶液は、後段の工程で洗浄されてしまい残留しないので、食品として安全である。
仮に微量の残留が心配される場合には、アルカリ性水溶液の溶質としてリン酸三ナトリウムやかんすい等、食品添加物として使用されているものを使用すればよい。
【0029】
本発明で得られた甘皮は、従来のふすまと同様に使用することができる。
例えば、パン類、パン粉、麺類、菓子類、スナック菓子類、油揚用バッター、たこ焼き、お好み焼き、油揚用ブレッダー、シリアル、練り製品、ハンバーグ、ペットフード等に配合して使用することができる。
さらには、食感、食味の悪化などの問題により穀物のふすまを利用できなかった食品にも添加して使用することができる。
また、本発明で得られた甘皮に、砂糖やチョコレート等で味付けして食することもできる。
【0030】
本発明によるアルカリ水溶液による処理は、胚乳部がアルカリにより変性しない範囲で十分な剥離効果を得ることができる。
したがって、本発明による甘皮を採取した残りの頴果は、アルカリ水溶液による処理の影響が内部までは及んでいない場合は、通常の加工にそのまま使用できる。
例えば、製粉、圧扁、モルト製造、挽割りなどに使用することができる。
また、加水して加熱、α化することにより粒状のまま食することもできる。
【実施例】
【0031】
以下本発明を実施例により具体的に説明する。
[実施例1〜3、比較例1]
小麦(品種「ホクシン」)を20℃の表1に示す各種のアルカリ水溶液に20分間浸漬した後に水洗し、20℃の水中で手作業により摩擦して剥皮し、1mmの目開きのスクリーンで濾して甘皮を得た。
回収した甘皮を135℃のオーブンで乾燥した後に質量を測定し製造量を求めた。
結果を表1に示す。
表の製造量は、甘皮の質量を小麦の質量で除した値(%)である。
かんすいは、炭酸カリウム60質量部、炭酸ナトリウム40質量部の混合物である。
【0032】
【表1】

【0033】
甘皮の製造量はアルカリ溶液の溶質の種類によらず、pHのみに依存することが確認された。
製造量の点から、pHは10.5以上が好ましい。
得られた甘皮の食物繊維含有量は84質量%であった。
これは、小麦(品種「ホクシン」)から製造したふすまの食物繊維含有量(37〜42質量%)と比較しても明らかに高く、食物繊維増量用として効率が優れることが確認できた。
なお、食物繊維含有量は酵素重量法により測定した。
【0034】
[試験例1]
浸漬時間が甘皮の製造効率に与える影響を試験した。
小麦(品種「ホクシン」)を20℃の水酸化ナトリウム水溶液(pH=12.0)に表2に示す時間浸漬した後に水洗し、20℃の水中で手作業により摩擦して剥皮し、1mmの目開きのスクリーンで濾して甘皮を得た。
回収した甘皮を135℃のオーブンで乾燥した後に質量を測定し製造量を求めた。
結果を表2に示す。
表の製造量は、甘皮の質量を小麦の質量で除した値(%)である。
【0035】
【表2】

【0036】
アルカリ水溶液への浸漬時間が極端に短いと甘皮の製造量がやや落ちるが、比較例1に比較すると甘皮の製造量は明らかに多かった。
【0037】
[試験例2]
アルカリ水溶液による処理方法における、浸漬による処理と噴霧による処理の比較試験を行った。
小麦(品種「ホクシン」)を20℃の水酸化ナトリウム水溶液(pH=12.0)に20分間浸漬したものと、水酸化ナトリウム水溶液(pH=12.0)を噴霧して、穀粒表面が濡れた状態で20分間放置したものを水洗し、20℃の水中で手作業により摩擦して剥皮し、1mmの目開きのスクリーンで濾して甘皮を得た。
回収した甘皮を135℃のオーブンで乾燥した後に質量を測定し製造量を求めた。
結果を表3に示す。
表の製造量は、甘皮の質量を小麦の質量で除した値(%)である。
【0038】
【表3】

【0039】
製造量において、浸漬による処理と噴霧による処理は、ほとんど同等であった。
【0040】
[試験例3]
アルカリ水溶液による処理方法におけるアルカリ水溶液の温度の影響を試験した。
小麦(品種「ホクシン」)を表4に示す温度の水酸化ナトリウム水溶液(pH=12.0)に20分間浸漬した後に水洗し、前記水酸化ナトリウム水溶液の温度と同じ温度の水中で手作業により摩擦して剥皮し、1mmの目開きのスクリーンで濾して甘皮を得た。
回収した甘皮を135℃のオーブンで乾燥した後に質量を測定し製造量を求めた。
結果を表4に示す。
表の製造量は、甘皮の質量を小麦の質量で除した値(%)である。
【0041】
【表4】

【0042】
5℃〜40℃において、温度の影響はほとんど見られなかった。
【0043】
[実施例4〜11]
表5に示す原料穀物を20℃の水酸化ナトリウム水溶液(pH=12.0)に20分間浸漬した後に水洗し、20℃の水中で手作業により摩擦して剥皮し、1mmの目開きのスクリーンで濾して甘皮を得た。
回収した甘皮を135℃のオーブンで乾燥した後に質量を測定し製造量を求めた。
結果を表5に示す。
表の製造量は、甘皮の質量を小麦の質量で除した値(%)である。
【0044】
【表5】

【0045】
表5中、1CWRSはNo1カナダウェスタンレッドスプリング小麦、ASWはオーストラリアスタンダードホワイト小麦、WWはアメリカ合衆国産ウエスタンホワイト小麦である。
これらはいずれも小麦の商用銘柄である。
大麦は、甘皮を製造することはできたが、果皮に強く結着したハル(籾殻に相当する部分)の混入により正確な剥皮量が計量できなかった。
【0046】
[実施例12]
精選した小麦(品種「ホクシン」)1Kgを20℃の水酸化ナトリウム水溶液(pH=12.0)で20分間浸漬処理した後に水洗し、20℃の水中で手作業により摩擦して剥皮し、1mmの目開きのスクリーンで濾して回収した甘皮を135℃のオーブンで乾燥して、甘皮を18.0g(1.8質量%)得た。
【0047】
[実施例13]
精選した小麦(品種「ホクシン」)2.5Kgを20℃の水酸化ナトリウム水溶液(pH=12.0)で20分間浸漬処理した後に水洗し、攪拌機で表皮を摩擦することにより剥皮し、1mmの目開きのスクリーンで濾して回収した甘皮を135℃のオーブンで乾燥して、甘皮を42.2g(1.7質量%)得た。攪拌機はエスケーミキサー社製21C型を使用した。
[実施例14、比較例2]
実施例12と同様に処理し甘皮を剥皮した小麦(品種「ホクシン」)300gを、15.0質量%の水分含有量になるように加水し、ブラベンダー社Quadrumat
Jr.を用いて製粉性を調査した。
また、製粉した小麦粉を、質の良いところから順に混合して、全体の60質量%に歩留を調整した小麦粉(通称60%粉と呼ぶ)を調製し、成分分析およびpH測定を行った。
比較例2は、前記甘皮を剥皮した小麦に代えて甘皮を剥皮する前の小麦を使用した。
結果を表6に示す。
【0048】
【表6】

(単位は質量%、ただしpHを除く)
【0049】
剥皮後の小麦の場合にはふすまが甘皮の分だけ減っているので小麦粉歩留が高くなるが、甘皮の分も加えて歩留を計算し直すと62.0%となる。
よって、いずれの項目も本発明の甘皮の製造方法により大きな差がみられなかった。
また、小麦の加工性に影響が大きいグルテンの質にも、変化は見られなかった。
この結果より、本発明による甘皮を採取した残りの頴果においては、アルカリ水溶液による処理の影響が内部までは及んでいなことが確認できた。
従って、本発明による甘皮の製造方法において甘皮を採取した残りの頴果は、通常の加工にそのまま使用できることが確認できた。
【0050】
本発明による方法で製造した甘皮は、従来小麦等のふすまを添加して食物繊維増量を行っていた食品において、ふすまの代替として使用することができる。
食物繊維増量のためにふすまを加えることがある食品の典型的な例としては、うどん等の麺類、パン類、クッキー等の菓子類が挙げられる。
そのため、うどん、食パン、クッキーについて、甘皮を添加した場合の品質を評価した。
【0051】
[実施例15、比較例3〜4]
実施例12と同様にして得た甘皮を粉砕し、200μmの目開きの篩いを通過するように粒度調整し、うどんに添加して食感と食味の評価を行った。
比較例3は前記甘皮を加えないうどん、比較例4は前記甘皮に代えて粉砕した小麦ふすまを加えたうどんである。
試験方法は以下のとおりである。
(1)小麦粉(日本製粉株式会社製 商品名「さぬき菊」)500g に食塩10g、水170mlを加えて、5分間ミキシングを行い、生地を得た。
前記甘皮および前記小麦ふすまを加える試験区では25g(小麦粉に対して5質量%)の添加を行い、加水量も5ml増量した。
(2)前記生地を製麺ロールにより整形1回、複合2回、圧延3回行い、最終の麺帯の厚みを2.5mmとし、10番の切歯で切り出し麺線を得た。
麺線の長さは約25cmとした。
(3)前記麺線は、麺線質量の約10倍の茹で水(pHを5.7に調整)で20分間茹で、冷水で冷却して30分置いた後に、10名のパネラーにより以下に示す基準で官能評価を行った。
【0052】
評価項目は、色、外観、硬さ、粘弾性、滑らかさ、食味である。
比較例3を評価対照とし、以下の7段階で数値化した。
7点 かなり優れる
6点 やや優れる
5点 わずかに優れる
4点 普通
3点 わずかに劣る
2点 やや劣る
1点 かなり劣る
【0053】
結果を表7に示す。
【0054】
【表7】

【0055】
本発明の甘皮を使用したうどんは、甘皮の色調の影響で黄色味を帯びていた。
食感面では、弾力のわずかな増加と、若干のざらつきが感じられた。
異味は感じられなかった。
総合的な評価では、うどんの品質は小麦ふすま使用の場合よりは大幅に改善され、対照とほぼ同程度となることが確認できた。
なお、本発明による甘皮および小麦ふすまを加えた生地および麺帯は、対照と比べてややドライでやや硬い傾向があったが、製麺性に問題は見られなかった。
【0056】
[実施例16、比較例5〜6]
実施例12と同様にして得られた甘皮及び前記甘皮に代えて粉砕したふすまを食パンに配合し、官能試験による評価を行った。
甘皮は粉砕して、200μmの目開きの篩いを通過するように粒度調整した。
比較例5は前記甘皮を加えない食パン、比較例6は前記甘皮に代えて粉砕した小麦ふすまを加えた食パンである。
試験方法は中種法を用いた。試験方法は以下のとおりである。
(1)小麦粉(日本製粉株式会社製 商品名「クイン」)1400g、イースト40g、イーストフード2g、水800mlを加えて製パン用ミキサーで4分間混捏し、中種を作成した。
加える水の温度は、中種の捏ね上げ温度が24℃となるように調整した。
(2)前記中種を27℃で4時間醗酵させた。
(3)前記中種を製パン用ミキサーに移し、小麦粉(日本製粉株式会社製 商品名「クイン」)600g、食塩40g、上白糖100g、脱脂粉乳40g、水500mlを加えて6分間混捏した後に、ショートニング100gを加え、さらに7分間混捏して生地を得た。
加える水の温度は、生地の捏ね上げ温度が28℃となるように調整した。
甘皮および小麦ふすまを加える試験区では、前記甘皮または前記小麦ふすま120g(小麦粉に対して6質量%)の添加を行い、加水も20ml増量した。
(4)前記生地を20分間27℃で醗酵させたあと、230gに分割して丸めることで生地玉を得た。
(5)前記生地玉は室温で20分間醗酵させたあと、モルダーで棒状に整形し、食パン型(2斤用)に4本ずつ詰め、38℃で醗酵させた。
(6)前記生地の上端が食パン型の80%に達したところで型に蓋をし、200℃のオーブンで35分間焼成した。
(7)焼成した食パンを室温で1時間放置、冷却した後に袋詰めした。
(8)翌日、前記食パンを厚さ15mmにスライスし、10名のパネラーにより官能評価を行った。
評価項目は、外観、内相、触感、食感、風味である。
比較例5を比較対照とし、以下の7段階で数値化した。
以下の7段階で数値化した。
7点 かなり優れる
6点 やや優れる
5点 わずかに優れる
4点 普通
3点 わずかに劣る
2点 やや劣る
1点 かなり劣る
【0057】
結果を表8に示す。
【0058】
【表8】

【0059】
本発明の甘皮を使用した食パンは、外観および内相の荒れと、触感および食感のざらつきがみられたが、対照との差はわずかであった。
風味は対照と差が無かった。
甘皮を使用した食パンは、小麦ふすま使用のものと比べて全項目で改善が見られ、特に食感と風味で効果が著しかった。
総合的な評価において、甘皮を使用した食パンは対照とほぼ同程度の品質となることが確認できた。
【0060】
[実施例17、比較例7〜8]
実施例12と同様にして得られた甘皮及び前記甘皮に代えて粉砕したふすまをクッキーに配合し官能試験による評価を行った。
甘皮は粉砕して、200μmの目開きの篩いを通過するように粒度調整した。
比較例7は前記甘皮を加えないクッキー、比較例8は前記甘皮に代えて粉砕した小麦ふすまを加えたクッキーである。
試験方法は以下のとおりである。
(1) 砂糖69g、ショートニング45g、脱脂粉乳4.5g、食塩1.2g、重曹0.6g、重炭酸アンモニウム0.8g、水33mlを合わせてミキシングし、クリーム状にした。
前記クリーム状の混合物に篩った小麦粉(日本製粉株式会社製 商品名「ハート」)150gを加えてミキシングを行い、生地をまとめた。
甘皮および小麦ふすまを加える試験区では、小麦粉を105gに減らし、前記甘皮または前記小麦ふすま45gの添加を行った。(小麦粉のうち、30質量%を置換した。)
(2) 前記生地を圧延して厚さ6mmのシート状に整形し、直径60mmの円形の型で抜いた。
(3) 型抜きした前記生地を210℃のオーブンで11分間焼成した。
(4) 焼成後に冷却してから、10名のパネラーによる官能試験により、評価を行った。
評価項目は、外観、硬さ、脆さ、口溶け、風味である。
比較例7を比較対照とし、以下の7段階で数値化した。
7点
かなり優れる
6点
やや優れる
5点
わずかに優れる
4点
普通
3点
わずかに劣る
2点
やや劣る
1点
かなり劣る
【0061】
結果を表9に示す。
【0062】
【表9】

【0063】
本発明の甘皮を使用したクッキーは、わずかに黄色味がかっていた。
食感面では、サクさが若干強くなった。
風味は対照と大差なかった。
クッキーの品質は小麦ふすま使用の場合よりも、特に口溶けと風味において大幅に改善され、総合的な評価において、対照とほぼ同程度となることが確認できた。
【0064】
ペットフードでは、多くの動物用のものに小麦等のふすまが添加されるが、その中で最も生産量の多いドッグフードを対象として、甘皮を添加した場合の嗜好性を評価した。
【0065】
[実施例18、比較例9]
実施例13と同様の方法で得られた小麦の甘皮をドッグフードに添加して、犬の嗜好性を調査した。
比較対照として、前記甘皮の代わりに小麦ふすまを添加したドッグフードを使用した。
実施例18は前記甘皮を添加したドッグフード、比較例9は前記小麦ふすまを使用したドッグフードである。
試験方法は以下のとおりである。
(1)デントコーン6.0Kg、 チキンミール1.4Kg、大豆ミール0.5Kg、グルテンミール1.0Kg、小麦ふすま2.0Kgを混合粉砕した。
前記甘皮を加える試験区では、小麦ふすまの代わりに前記小麦甘皮2.0Kgを添加した。
(2)前記混合粉砕物をエクストルーダーで粒状に加工し、乾燥した。
(3)乾燥後、牛脂0.5Kgおよびチキンエキス0.1Kgを添加して表面にコーティングし、その後冷却しドッグフードを得た。
(4)前記ドッグフードを20匹の犬に2日間与え、嗜好性を調査した。
【0066】
摂食比63:37で実施例18が比較例9に比較して犬の嗜好性が高いという結果が得られた。
従って、小麦甘皮を加えたドッグフードは、嗜好性が高いことが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0067】
【図1】小麦のふすまを示す顕微鏡写真である。
【図2】小麦の甘皮を示す顕微鏡写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イネ科イチゴツナギ亜科に属する植物の頴果をアルカリ水溶液で処理したのちに皮部を摩擦することで、前記頴果から甘皮を剥離することを特徴とする甘皮の製造方法。
【請求項2】
アルカリ水溶液のpHが10.5以上であることを特徴とする請求項1に記載の甘皮の製造方法。
【請求項3】
請求項1乃至請求項2のいずれか1項に記載の製造方法により製造した甘皮。
【請求項4】
請求項1乃至請求項2のいずれか1項に記載の製造方法により製造した甘皮を使用した食品。
【請求項5】
請求項1乃至請求項2のいずれか1項に記載の製造方法により製造した甘皮を使用したペットフード。
【請求項6】
請求項1乃至請求項2のいずれか1項に記載の製造方法により甘皮を剥離した頴果。


【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−275009(P2007−275009A)
【公開日】平成19年10月25日(2007.10.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−108272(P2006−108272)
【出願日】平成18年4月11日(2006.4.11)
【出願人】(000231637)日本製粉株式会社 (144)
【Fターム(参考)】