説明

異種由来単一染色体の次世代伝達能を備えた異種染色体添加植物

【課題】
本発明は、異種染色体が添加された2倍体植物細胞において、前記異種染色体を安定に分配し、付与した形質を世代を超えて安定化させるための技術及びこれを用いて作出された植物細胞を提供することを課題とする。
【解決手段】
上記課題の解決のために、本発明は異種染色体が添加された2倍体植物細胞の染色体をアルカロイド処理によって倍加させることにより、異種染色体が発現する形質を安定して保持し、かつ異種染色体を次世代に伝達することを可能とした異種染色体添加4倍体細胞及びその作出方法、ならびに前記4倍体細胞の簡便で効果的なスクリーニング方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有用植物の品種改良方法に関し、より詳しくは、異種生物の細胞に由来する染色体(以下「異種染色体」という)を有する2倍体の植物細胞において、染色体の倍加により前記異種染色体の次世代伝達能を付与することを特徴とする、4倍体植物細胞の作出方法及び異種染色体添加4倍体植物細胞に関する。
【背景技術】
【0002】
有用植物の品種改良方法には、かけ合わせによる有用形質の選抜や遺伝子組み換えによる改良など、様々な手法が用いられている。それらの手法の一つとして、有用植物に異種細胞由来の染色体を添加して有用な形質を付与するといった染色体レベルでの品種改良手法も開発され、その利用も少しずつ広がって来ている。異種ゲノムから特定の染色体を一本だけ導入した系統を単一異種染色体添加系統といい、Leighty&Taylor(1924)がコムギの単一異種染色体添加系統をはじめて育成して以来、多くの植物種でその作出が行われてきた。1970年代迄は、食用作物、工業原料作物、飼料作物等に限れていた研究も、1980年代以降、園芸作物においてそれらを育成する試みがなされ始めている(非特許文献1−7)。
【0003】
しかしながら染色体添加による品種改良法においては、作出方法の都合上2倍体(2n)の細胞に対して半数(x)本の染色体のみが添加され、減数分裂時にこれが生殖細胞に均等分配されない事から、形質が安定しないという大きな問題があった。すなわち、有用な形質を細胞に付与し、かつ、この形質を世代を超えて安定化させるための技術開発が切望されていた。
【特許文献1】特開平7−005946 アリウム属に属する新規植物及びその育種・増殖方法
【特許文献2】特表2000−514664 ハイブリッドコムギの生産方法
【特許文献3】特開平6−153731 薬用ニンジンの4倍体誘導法
【特許文献4】特開2001−320994 ユーカリ属4倍体の作成方法及び生長性かつ発根能力に優れたユーカリ属4倍体
【非特許文献1】Leighty C.E.& Taylor J.W.(1924)J.Agr.Res.28,567−576.
【非特許文献2】Peffley E.B.et al.(1985)Theor.Appl.Genet.71,176−184.
【非特許文献3】Tashiro Y.Tsutsumi M.and Shigyo M.(2000)Acta Hrtculturae 521,211−217.
【非特許文献4】Jahier J.et al.(1989)Genome 32,408−413.
【非特許文献5】McGrath J.M.(1989)Ph.D.Thesis, Univ.Calif.
【非特許文献6】Weeden N.F.et al.(1986)Hortscience 21,1431−33.
【非特許文献7】Shigyo M.et al.(1996)Genes&Genetic Systems 71,363−371.
【非特許文献8】北海道ホームページ内「ハイブリッドライグラス テトリライト」(http://www.agri.pref.hokkaido.jp/center/kenkyuseika/gaiyosho/S59gaiyo/1983244.htm)
【非特許文献9】Shigyo M.et al.(1998)J.Japan. Soc.Hort.Sci. 68(1),18−22.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は上記の現状に鑑み、異種染色体が添加された植物細胞において、前記異種染色体を安定に分配し、付与した形質を世代を超えて安定化させるための技術及びこれを用いて作出された植物細胞を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記課題の解決のため、本発明者らは研究を進め、異種染色体が添加された植物細胞における異種染色体の安定化手法として、ゲノムの倍数性に着目した。形質安定化の阻害要因である「添加染色体の半数性」を解決できれば、品種改良法としてきわめて有効である。植物においては、倍数体個体も正常に成長・繁殖できる例が多く知られている事から、本発明者らは異種染色体添加植物細胞におけるゲノムの倍加を試みた。
【0006】
有用植物の倍数性については、古くはコムギの品種改良などをはじめ多くの植物で利用されてきた。中でも通常2倍体(2n)を示す細胞の染色体を倍加して4倍体を得る技術は、有用形質の増幅、種間雑種植物への稔性の付与、4倍体植物と2倍体植物とを掛け合わせた3倍体植物作出など、多くの有用植物で活用されてきている。一般的な方法としては、細胞分裂時にコルヒチンなどの有糸分裂阻害物質を添加することで、複製された染色体の娘細胞への分配を阻害し、細胞内の染色体数を倍加させる方法が挙げられる。実際この手法を用い、有用植物の品種改良方法及び改良された有用植物が多くの文献で開示されている(特許文献1−4、非特許文献8)。
【0007】
本発明者らは上記観点に基づく解析を進め、異種染色体倍加系統の植物体をアルカロイド含有培地において後述の特定条件下で組織培養することにより、ゲノムの核相が4nを示しかつ異種染色体が倍加された細胞を作出する事に成功した。また本発明者らは、これらの細胞に由来する植物個体を作出し、この個体が正常に減数分裂を行い異種染色体の次世代伝達能を有している事を確認して、本発明を完成した。
【0008】
すなわち本発明の第1の態様は、異種染色体を1対または複数対有し、染色体が4倍性を示す植物細胞を提供する。
【0009】
本発明の第2の態様は、異種染色体が1本添加された2倍体植物種細胞において、染色体を倍加して得られることを特徴とする、異種染色体添加4倍体植物細胞を提供する。
【0010】
本発明の第3の態様は、2倍体植物種細胞がユリ科植物由来の細胞である、請求項2に記載の異種染色体添加4倍体植物細胞を提供する。
【0011】
本発明の第4の態様は、2倍体植物種細胞がユリ科ネギ属植物由来の細胞である、請求項3に記載の異種染色体添加4倍体植物細胞を提供する。
【0012】
本発明の第5の態様は、2倍体植物種細胞がネギ(Allium fistulosum)由来の細胞であって、シャロット(Allium cepa)由来の染色体を添加されたものであることを特徴とする、請求項4に記載の異種染色体添加4倍体植物細胞を提供する。
【0013】
本発明の第6の態様は、添加された染色体が、シャロット第1染色体である事を特徴とする、請求項5に記載の異種染色体添加4倍体植物細胞を提供する。
【0014】
本発明の第7の態様は、異種染色体が1本添加された2倍体植物から組織培養によって得られる事を特徴とする、請求項1から請求項6のうちいずれか1項に記載の異種染色体添加4倍体植物細胞を提供する。
【0015】
本発明の第8の態様は、請求項1から請求項7のうちいずれか1項に記載の植物細胞に由来する、1対または複数対の異種染色体を有し、前記異種染色体の次世代伝達能を有する事を特徴とする、4倍体植物を提供する。
【0016】
本発明の第9の態様は、下記工程を含むことを特徴とする、請求項8に記載の異種染色体添加4倍体植物の作出方法−(a)1本の異種染色体を添加した2倍体植物の組織を単離し、染色体の倍加処理を行う工程。(b)当該組織の組織培養により異種染色体を2本有する4倍体植物組織を発生させる工程。(c)前記4倍体組織から植物個体を発生させる工程(個体再生工程)−を提供する。
【0017】
本発明の第10の態様は、1ないし2枚の葉原基を含む成長点を組織培養に用いる、請求項9に記載の異種染色体添加4倍体植物の作出方法を提供する。
【0018】
本発明の第11の態様は、染色体倍加処理としてアルカロイドを用いる事を特徴とする、請求項9または請求項10に記載の異種染色体添加4倍体植物の作出方法を提供する。
【0019】
本発明の第12の態様は、アルカロイドがコルヒチンである、請求項11に記載の異種染色体添加4倍体植物の作出方法を提供する。
【0020】
本発明の第13の態様は、染色体倍加処理の反応補助剤として、ジメチルスルホキシドを用いることを特徴とする、請求項11または請求項12に記載の異種染色体添加4倍体植物の作出方法を提供する。
【0021】
本発明の第14の態様は、染色体倍加処理の反応補助用植物ホルモンとして、ショ糖を用いることを特徴とする、請求項11から請求項13のうちいずれか1項に記載の異種染色体添加4倍体植物の作出方法を提供する。
【0022】
本発明の第15の態様は、染色体倍加処理に用いる培地が、Murashige&Skoog培地(MS培地)である、請求項9から請求項14に記載の異種染色体添加4倍体植物の作出方法を提供する。
【0023】
本発明の第16の態様は、MS培地が、寒天及び/またはジェランガムを添加した固体培地である、請求項15に記載の異種染色体添加4倍体植物の作出方法を提供する。
【0024】
本発明の第17の態様は、染色体の倍加処理工程における培養条件が、(d)暗黒条件、(e)温度条件20℃±5℃、(f)培養期間が3日間から5日間、のうち少なくとも1つを満たす、請求項10から請求項16のうちいずれか1項に記載の異種染色体添加4倍体植物の作出方法を提供する。
【0025】
本発明の第18の態様は、染色体倍加後における組織からの個体再生工程に、ジェランガムで凝固したMS培地を用いることを特徴とする、請求項17に記載の異種染色体添加4倍体植物の作出方法を提供する。
【発明の効果】
【0026】
本発明の提供する異種染色体添加4倍体細胞及びその作出方法を利用する事により、異種間交配などに由来する有用植物の形質を遺伝的に安定化させ、これらの有用植物を特殊な設備や高度な技術を用いること無く、通常の2倍体植物と同様に扱うことが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
以下に本発明を詳細に説明する。本発明の第1の態様は、異種染色体を1対または複数対有し、染色体が4倍性を示す植物細胞を提供する。前述のように、異種染色体添加系統では付与した形質の次世代への伝達が、大きな問題であった。本発明はこれを、ゲノムの倍加によって解決するものである。
【0028】
本発明の第2から第7の態様においては、異種染色体が1本添加された2倍体植物種細胞において、染色体を倍加して得られることを特徴とする、異種染色体添加4倍体植物細胞を提供する。ここにおいて2倍体植物細胞とは、好ましくはユリ科植物、更に好ましくはネギ属植物の細胞であって、好適にはネギ(Allium fistulosum)細胞にシャロット(Allium cepa)由来の第1染色体を添加した細胞である。またこれらの細胞は、好ましくは2倍体植物体から組織培養によって得られる細胞である。本発明は、異種染色体が添加された植物細胞であればどの様な細胞でも応用可能であるが、後述の実施例ではその中でもネギ細胞にシャロット(どちらも食用)の染色体を添加したものを示した。単一染色体添加系統については、その発現する形質についても本発明者らによる解析が進んでおり、シャロットの第1染色体を添加したネギ植物体の一部を組織培養し、染色体倍加処理を行うことによって、ビタミンを高生産でき、かつこの形質が有性生殖を経ても失われないネギ細個体を作出できる事が実証された。
【0029】
本発明の第8の態様においては、第1から第7の態様に記載した異種染色体添加4倍体植物細胞に由来する4倍体植物を提供する。本発明によって得られた4倍体細胞は、実施例に示す様に、適当な培地と培養条件下において植物体へと成長させる事が可能である。こうして得られた植物体は稔性を持ち、2倍体植物と同様の手法によって子孫を得ることが出来、また添加した染色体の示す形質も問題なく次世代へと伝達される。すなわち、本態様の提供する植物を利用する事によって、高度な技能や複雑な装置を用いることなく、有用な形質を付与した作物を扱うことが可能となる。現時点では、植物体の簡便な再生のために、組織培養による染色体倍加処理が行われているが、再生植物体の遺伝的背景の安定化の観点から、将来的には単一細胞に由来する植物体を用いるのが望ましい。
【0030】
本発明の第9から第18の態様においては、第8の態様に記載の植物体を得るための作出方法を提供する。本作出方法は主要な工程3つ、すなわち(a)1本の異種染色体を添加した2倍体植物の組織を単離し、染色体の倍加処理を行う工程、(b)当該組織の組織培養により異種染色体を2本有する4倍体植物組織を発生させる工程、(c)前記4倍体組織から植物個体を発生させる工程(個体再生工程)を内包する。(a)工程の組織培養は、好ましくは1ないし2枚の葉原基を含む成長点を用いるものであり、また染色体倍化処理としてはアルカロイド、好適にはコルヒチンによる処理を行うものである。前記処理の補助成分としてはジメチルスルホキシド及び/またはショ糖が好ましい。コルヒチンによる染色体倍化処理は、倍数体の植物作成にこれまでも用いられてきたものであるが、ここに補助剤としてジメチルスルホキシドやショ糖を加えることによって、染色体倍加の効率を上げている。(b)工程における組織培養には、Murashige&Scoog培地(MS培地)が好ましく、更に好ましくは寒天やジェランガムで固化した培地を用いるのが良い。(c)工程における個体再生工程は、好ましくは(d)暗黒条件、(e)温度条件20℃±5℃、(f)培養期間が3日間から5日間、のうち少なくとも1つの条件を満たす工程であり、より好ましくは土などに植えられるようになるまでジェランガムで凝固したMS培地上で培養する工程である。植物の組織培養には無菌的な操作が必要であり、かつ培養組織から効率的に植物体を成長させる必要がある。本発明者らは、滅菌処理したMS培地に植えた染色体倍加処理後の組織を、前記(d)から(f)までの条件下で培養することによって効率よく植物体を成長させられる事実を見出し、これを提供するものである。
【実施例1】
【0031】
(単一異種染色体添加ネギ系統の作出) 本発明の実施例を以下に示すが、本発明は下記実施例に限定されるものでは無い。本発明に係る単一異種染色体添加ネギ系統は、非特許文献7に記載の方法で作出した(Shigyo et al. 1996)。作出方法の概要を表1に示す。2倍体のネギ(FF,2n=16)とシャロット(AA,2n=16)を掛け合わせ、雑種第一代(AF,n+n=16)を得た。染色体の倍加によりAmphidiploid(AAFF,2n=32)を得、これにネギ(FF)を掛け合わせて次代(AFF,2n+n=24)を得た。更にこれにネギ(FF)を掛け合わせると、シャロットゲノムAに由来する染色体の不均等分配がおこり、この中から染色体1本を含む子孫の系統(Alien monosomic addition line)をそれぞれの染色体(第1〜第8)について作出した。
【表1】

【0032】
(4倍体細胞の作出) 本発明の実施例として、前述の方法で作出したシャロット第1染色体を1本持つネギ系統(FF+1A,2n=16+1)を材料に用いた。前記植物体の1ないし2枚の葉原基を含む茎頂部成長点(1mm以下)を切り出し、0.05%(w/v)コルヒチン、2%(w/v)ジメチルスルホキシド、3%ショ糖(w/v)を含むMS固形培地(ジェランガムまたは寒天で固化)に置床して、25℃、暗条件で4日間培養した(倍加処理)。その後、培養した前記組織をホルモンフリーショ糖3%(w/v)MS寒天培地上に無菌的に移し、25℃、16時間日長で3ヶ月間培養して、シャロット第1染色体を1対有する4倍体のネギ単一染色体添加植物細胞(FFFF+1A1A,2n=34)に由来する植物体(再生植物体)を得た(表2)。
【表2】

【実施例2】
【0033】
(再生植物体の倍数性調査1) 組織培養に由来する再生植物体では、染色体倍加の確認が重要である。前記方法で作出した再生植物体において、完全展開葉身の中央部から表皮のみをはぎ取り、はぎ取った表皮をスライドグラス上に敷いて、1%酢酸カーミンに2分間浸して核染色を行った。染色完了後カバーグラスを乗せ、光学顕微鏡下で孔辺細胞を観察し、FF+1Aと再生植物体の孔辺細胞直径を比較して、倍数性の推定を行った。孔辺細胞は各個体で150細胞ずつ観察し、平均値を求めた。その結果、FF+1Aにおける孔辺細胞直径は平均で約40μmあったのに対して(図1A)、再生植物体における平均は約50μmであった(図1B)。本実施例では、表皮をカーミンで染色するという簡便な方法によって、再生植物体の倍数性が簡便に推測可能となった。
【実施例3】
【0034】
(再生植物体の倍数性調査2) 再生植物体から表層をはぎ取った第2層(皮層、葉肉細胞+生殖細胞)における倍数性の調査を、フローサイトメトリー分析を用いて行った。材料としては、FF+1A、再生植物体及び A.vavilovii(内部標準用)を用いた。プラスチックシャーレに5−7mm四方大に切り取ったサンプルを採取し、Etraction bufferを約2滴滴下した。鋭利なカミソリでこれを細かく刻み、再びEtraction bufferを数滴垂らし、約2分間浸透した。その後、Cell Tricks filterでろ過し、Staining bufferをろ液の4倍量加えた。パラフィルムでサンプル管の口を覆い、上下に穏やかに混合して約2分間浸透した。染色が完了した後、フローサイトメーター(Partec社,PA型)によりG1期の蛍光強度別核数を測定した。資料注入速度は1.20μl/s、測定細胞数は約3000個、検出速度は毎秒10核前後の条件とした。
【0035】
図2で示すとおり、2倍体であるFF+1Aのピークは、内部標準であるA.vaviloviiのピークの左側に現れた。反対に、No.21で示すとおり、A.vaviloviiより右側にピークを有し、蛍光強度がFF+1Aの2倍になっているものを、第2層における倍加細胞と判断した。No.12の様なピークがFF+1Aと4倍体の両方にまたがっているものについては、2倍体細胞と4倍体細胞が混在するキメラ細胞と判断した。
【実施例4】
【0036】
(再生植物体の倍数性調査3) 植物体中心部の第3層(維管束など含む中心柱)における倍数性調査は、再生植物体の鱗茎より発根した根端細胞の核型分析によって行った。5−10mmに伸長した二次根を採取し、0.05%コルヒチン水溶液に入れ約20℃で約2時間半処理を行った。その後処理した二次根を酢酸エタノール混合液(1:3)に入れ、冷蔵庫で一晩放置して固定した。固定が完了した二次根を1N HClで60℃、60分間処理し、塩基性フクシンによるフォイルゲン染色を行った。スライドグラス上に45%酢酸を1滴落とし、その中に染色した二次根の根端を入れ、カバーグラスを乗せて染色体を一平面上に配列させた後、光学顕微鏡下で染色体数を計測した。
【0037】
図3に染色の結果を示した。倍加個体における根端細胞の染色体数は、FF+1Aの染色体数(17本)の2倍の34本であり、他のネギ染色体より大型の中部動原体を持つシャロット第1染色体が2本観察された(No.21)。一方、再生植物体No.12については、第2層の検査で示唆された通り、染色体数が34本と17本の2種類の細胞を含んでおり、キメラ細胞である事が示された。上述した第1、第2、第3層それぞれにおける染色体数の推定方法を、図4にまとめた。
【実施例5】
【0038】
(4倍性再生植物体におけるシャロット第1染色体の伝達率) 第1−3層全てにおいて倍加が推定された再生個体を、ここでは「シャロットの第1染色体を1対持った4倍体ネギ(FFFF+1A1A,2n=34)」とした。この植物体とネギの2倍体栽培種である『九条細ネギ(2n=16)』との間の正逆交雑を行って、シャロット第1染色体が交雑体に伝達されるかどうかを確認した。九条細ネギ♀×4倍性再生植物体♂との交配から、雄性配偶子における添加染色体の伝達率(2n=25を示す個体数/得られた全ての個体数×100,%)を、4倍性再生植物体♀×九条細ネギ♂との交配から、雌性配偶子における添加染色体の伝達率(%)をそれぞれ求めた。本発明者らが以前に明らかにした通り、異種染色体を添加した2倍体ネギ(FF+1A)における異種染色体の次世代への伝達率は、雄性配偶子においては0%、雌性配偶子については24%であった(非特許文献9)。一方、4倍性再生植物体におけるシャロット第1染色体の伝達率は、雄性配偶子・雌性配偶子ともに100%の値を示し、本発明の課題であった「添加染色体の次世代への伝達」について格段の向上が見られた(図5)。
【実施例6】
【0039】
(4倍性再生植物体における添加染色体の生化学的分析) シャロット第1染色体を添加したネギ(FF+1A)の持つ特性として、高アスコルビン酸含量が挙げられる。本発明により作出された4倍性ネギの再生植物体がこの特性を維持しているかどうか確認するため、葉身部分よりヒドラジン法によってアスコルビン酸量を定量した(図6A、B)。FFFF+1A1Aの再生植物体においても、2倍体ネギ(FF)に比べ遙かに高いアスコルビン酸量を示し、特性が維持されている事が確認された。すなわち、本発明の提供する4倍体の植物及びその作出方法は、異種染色体添加による形質を維持しつつ、当該形質の次世代への伝達を容易にするという極めて優れた方法である事が示された。
【産業上の利用可能性】
【0040】
本発明は、農産分野において、これまで困難だった異種染色体の添加によって付加された形質の次世代への伝達を容易に可能にするものであり、これは有用植物の品種改良や新品種の作出に大いに利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】異種染色体添加2倍体細胞(A)及び染色体倍化処理後の再生植物体(B)の表皮組織における、孔辺細胞の直径を比較した。2倍体細胞ではおよそ40μmであったのに対して、4倍体細胞では50μmの値であった。この事はまた、孔辺細胞の観察という簡易な方法によって、染色体が倍加された4倍体細胞をスクリーニング可能である事も示している。
【図2】対照の2倍体植物及び再生植物体それぞれの起源層第2層由来の細胞を用いたフローサイトメトリーの結果を示す。対照個体(2n=16+1,左側)と比較して、再生個体No.21(右側)では2n=34を示すピークが見られた。一方No.12では、2n=16+1と34の両方を示すピークが観察され、この個体がキメラ個体である事を示した。フローサイトメトリー分析によっても、4倍体個体がスクリーニング可能である事が示された。
【図3】再生植物体の根端組織における分裂期の細胞を染色し、染色体を調査した。No.21(右側)の細胞では、合計34本の染色体が観察され、大きな動原体を持つシャロット由来第1染色体(矢印1A)も2本確認された。この事は、染色体の倍化により異種染色体もまた倍加されたことを示す。一方キメラ細胞である事が示されたNo.12(左側)においては、染色体数が17本、シャロット第1染色体が1本の細胞が見られ、この個体が4倍体でない細胞を含んでいる事を示した。
【図4】第1層、第2層及び第3層それぞれにおける染色体数の推定方法をまとめて示す。
【図5】シャロット第1染色体を1対持つ4倍体ネギにおける、添加染色体の次世代への伝達率を調べた。異種染色体添加2倍体ネギ(FF+1A,左側)では、雄性配偶子では0%、雌性配偶子では24%と低い値であったのに対し、本発明により得られた4倍体ネギ(FFFF+1A1A)では雄性雌性とも伝達率が100%を示した。
【図6】シャロット第1染色体を1対持つ4倍体ネギにおける、アスコルビン酸含有量を調べた。ネギ(FF)と比較して、4倍体(FFFF+1A1A)では2〜3倍のアスコルビン酸含量を示し、これは異種染色体添加2倍体(FF+1A)と同等の値であった。2つのグラフ(A,B)は、2回の試験で得られた個別のデータを表す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
異種染色体(異種生物の細胞に由来する染色体)を1対または複数対有し、染色体が4倍性を示す植物細胞。
【請求項2】
異種染色体が1本添加された2倍体植物種細胞において、染色体を倍加して得られることを特徴とする、異種染色体添加4倍体植物細胞。
【請求項3】
2倍体植物種細胞がユリ科植物由来の細胞である、請求項2に記載の異種染色体添加4倍体植物細胞。
【請求項4】
2倍体植物種細胞がユリ科ネギ属植物由来の細胞である、請求項3に記載の異種染色体添加4倍体植物細胞。
【請求項5】
2倍体植物種細胞がネギ(Allium fistulosum)由来の細胞であって、シャロット(Allium cepa)由来の染色体を添加されたものであることを特徴とする、請求項4に記載の異種染色体添加4倍体植物細胞。
【請求項6】
添加された染色体が、シャロット第1染色体である事を特徴とする、請求項5に記載の異種染色体添加4倍体植物細胞。
【請求項7】
異種染色体が1本添加された2倍体植物から組織培養によって得られる事を特徴とする、請求項1から請求項6のうちいずれか1項に記載の異種染色体添加4倍体植物細胞。
【請求項8】
請求項1から請求項7のうちいずれか1項に記載の植物細胞に由来する、1対または複数対の異種染色体を有し、前記異種染色体の次世代伝達能を有する事を特徴とする、4倍体植物。
【請求項9】
下記工程を含むことを特徴とする、請求項8に記載の異種染色体添加4倍体植物の作出方法。(a)1本の異種染色体を添加した2倍体植物の組織を単離し、染色体の倍加処理を行う工程。(b)当該組織の組織培養により異種染色体を2本有する4倍体植物組織を発生させる工程。(c)前記4倍体組織から植物個体を発生させる工程(個体再生工程)。
【請求項10】
1ないし2枚の葉原基を含む成長点を組織培養に用いる、請求項9に記載の異種染色体添加4倍体植物の作出方法。
【請求項11】
染色体倍加処理としてアルカロイドを用いる事を特徴とする、請求項9または請求項10に記載の異種染色体添加4倍体植物の作出方法。
【請求項12】
アルカロイドがコルヒチンである、請求項11に記載の異種染色体添加4倍体植物の作出方法。
【請求項13】
染色体倍加処理の反応補助剤として、ジメチルスルホキシドを用いることを特徴とする、請求項11または請求項12に記載の異種染色体添加4倍体植物の作出方法。
【請求項14】
染色体倍加処理の反応補助用植物ホルモンとして、ショ糖を用いることを特徴とする、請求項11から請求項13のうちいずれか1項に記載の異種染色体添加4倍体植物の作出方法。
【請求項15】
染色体倍加処理に用いる培地が、Murashige&Skoog培地(MS培地)である、請求項9から請求項14に記載の異種染色体添加4倍体植物の作出方法。
【請求項16】
MS培地が、寒天及び/またはジェランガムを添加した固体培地である、請求項15に記載の異種染色体添加4倍体植物の作出方法。
【請求項17】
染色体の倍加処理工程における培養条件が、(d)暗黒条件、(e)温度条件20℃±5℃、(f)培養期間が3日間から5日間、のうち少なくとも1つを満たす、請求項10から請求項16のうちいずれか1項に記載の異種染色体添加4倍体植物の作出方法。
【請求項18】
染色体倍加後における組織からの個体再生工程に、ジェランガムで凝固したMS培地を用いることを特徴とする、請求項17に記載の異種染色体添加4倍体植物の作出方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【公開番号】特開2007−174946(P2007−174946A)
【公開日】平成19年7月12日(2007.7.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−375580(P2005−375580)
【出願日】平成17年12月27日(2005.12.27)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成17年10月1日 園芸学会発行の「園芸学会雑誌第74巻別冊2ー2005−」に発表
【出願人】(304020177)国立大学法人山口大学 (579)
【出願人】(391016082)山口県 (54)
【Fターム(参考)】