説明

白磁用鉄結晶窯変調転写紙および結晶窯変調模様を有する陶磁器

【課題】 安定した品質で大量生産可能な窯変調模様の陶磁器およびその製造に好適な転写紙を提供する。
【解決手段】 下側絵具層14および上側絵具層16をそれぞれ構成するフラックスが前記のような組成を有することから、下側絵具層14から生成される下地層内では硫化銅の反応により多数の微細な気泡が生成される。一方、上側絵具層16から生成される上層では、酸化鉄および酸化クロムの反応により、マット調表面が得られるが、このとき、下地層の表面には生成された内部気泡に応じて多数の微細な凹凸が形成されているので、その凹凸が上層の表面にも反映され、マット調表面の凹凸が一層明瞭になる。これにより、鉄結晶窯変調模様を有する皿が得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、白磁に結晶窯変調の加飾を施すための転写紙および結晶窯変調の加飾が施された陶磁器に関する。
【背景技術】
【0002】
食器等の陶磁器を製造するに際しては、例えば、その表面に釉薬を用いて種々の加飾が施される。工業的に大量生産される陶磁器では、安定した加飾を施し得る品質の安定性が特に要求される。そのため、一般に、陶磁器の製造工程では、所望の色相等を得るべく品質変動要因を極力排除することが行われている。例えば、陶磁器の焼成過程においては、焼成雰囲気・温度・釉薬の厚み等の違いにより「窯変」と称される発色変化が生じ得るので、本来の色相が得られるようにそれら変動要因が制御される。
【0003】
上記のように偶然生み出される「窯変」は、安定した品質を得る観点では避けるべきものである。その一方、窯変模様には独特の面白みがあることから、近年、陶磁器の画付け技法の一つとして窯変の面白みを生かす試みも進められている。しかしながら、窯変は窯の中の様々な要因の絡み合いで生ずるため、釉薬の種類、掛け方、焼成条件等を制御して一定の窯変模様を発生させることは極めて困難で、工業的に安定して生産することは事実上不可能である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特公平06−047510号公報
【特許文献2】特公平06−047512号公報
【特許文献3】特開平06−183866号公報
【特許文献4】特許2739695号公報
【特許文献5】特開平06−321667号公報
【特許文献6】特開平08−133870号公報
【特許文献7】特開平06−144970号公報
【特許文献8】特開昭50−155511号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
これに対して、軟化屈服点が90(℃)以上、熱膨張係数が0.2×10-6(/℃)以上異なる釉薬等を重ね合わせて施釉して、焼成処理を施すことにより、窯変調模様を得ることが提案されている(例えば、前記特許文献1を参照。)。
【0006】
また、陶磁器の素地表面に施されたベース釉薬の上にそれよりも低融点の釉薬を施し、更に、その上にベース釉薬よりも高融点の釉薬を施した後、焼成処理を施すことにより窯変調模様を形成することが提案されている(例えば、前記特許文献2を参照。)。
【0007】
また、タイル素地の上に互いに組成の異なる第1着色釉および第2着色釉を一方をボタ掛け施釉すると共に他方を幕掛け施釉し、更に、その上に透光性の第3釉薬を施すことにより、窯変調タイルを製造することが提案されている(例えば、前記特許文献3を参照。)。この方法によれば、第1着色釉と第2着色釉の適度な反応性が得られるので、それらの反応によって窯変調模様が得られる。
【0008】
また、陶磁器素地の表面にマット釉薬を下釉薬として表面が平滑になるように施すと共に、その上にその下釉薬よりも耐火度の高い中釉薬を島状に施し、更にそれらの上に透光性の上釉薬を掛けて焼成することで質感のある模様を得ることが提案されている(例えば、前記特許文献4を参照。)。この方法によって得られる模様は、窯変調模様に類似するものと考えられる。しかしながら、これら特許文献1〜特許文献4の何れの方法も、釉薬の化学反応を利用するものであることから、焼成条件等の影響を排除し得ないので、安定した窯変調模様を得ることは困難である。
【0009】
これらに対して、釉掛けしたタイル上に窯変調模様を印刷し、更に有色釉を数種類スプレーして斑点状に付着させて焼き付けることにより、窯変調タイルを製造することが提案されている(例えば、前記特許文献5を参照。)。この方法によれば、印刷によって窯変調模様の全体の絵柄が形成されると共に、スプレーによって輪郭のぼやけた模様が得られるため、不安定な焼成条件等の影響を受けることなく窯変調模様を得ることができる。しかしながら、スプレーはばらつきが大きいので、安定した品質で大量生産することは未だ困難である。
【0010】
本発明は、以上の事情を背景として為されたものであって、その目的は、安定した品質で大量生産可能な窯変調模様の陶磁器およびその製造に好適な転写紙を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
斯かる目的を達成するため、第1発明の要旨とするところは、白磁表面に鉄結晶窯変調模様を形成するための転写紙であって、(a)フラックスと硫化銅とを含む絵具により形成された下側絵具層と、(b)フラックスと酸化鉄と酸化クロムとを含む絵具により前記下側絵具層の上に重ねて形成された上側絵具層とを、含むことにある。
【0012】
また、第2発明の要旨とするところは、白磁表面に結晶窯変調模様が施された陶磁器であって、(a)硫化銅を含む組成の絵具の熔融により生じた多数の微細な気泡を有し且つ表面にその気泡に起因する凹凸を有する下層と、(b)酸化鉄および酸化クロムを含む組成の絵具により前記下層の上に重ねて形成され且つ結晶風模様を有する上層とを、含むことにある。
【発明の効果】
【0013】
前記第1発明によれば、下側絵具層にフラックスと硫化銅とが含まれることから、これを焼成するとそれらの反応により硫化銅が僅かに発泡し、下側絵具層から生成される下層内に多数の微細な気泡が生じる。また、上側絵具層にフラックスと酸化鉄と酸化クロムとが含まれることから、これを焼成するとそれらの反応により上側絵具層から生成される上層内に細かな鉄結晶風の外観(模様)が無数に生成され、ざらざらした質感のマット調の表面が得られる。このとき、下層内で生成した多数の微細な気泡により上層表面の凹凸が一層顕著になるので、結晶窯変調の凹凸表面が容易に得られることになる。また、このような鉄結晶窯変調模様は、転写紙に下側絵具層および上側絵具層を重ねて設け、これを白磁表面に転写して焼成処理を施すことで得られるから、安定した品質で大量生産することも可能である。
【0014】
また、前記第2発明によれば、硫化銅を含む絵具の熔融により生じた多数の微細な気泡を層内に有し且つ表面にその気泡に起因する凹凸を有する下層が白磁表面に備えられると共に、その下層に重ねて酸化鉄および酸化クロムを含む結晶風模様を有する上層が備えられることから、それら酸化鉄および酸化クロムが含まれることによってざらざらした質感のマット調表面を有する上層は、下層表面の凹凸の影響を受けて鉄結晶窯変調の表面性状を備えたものとなる。したがって、鉄結晶窯変調模様を有する陶磁器が容易に得られる。また、このような鉄結晶窯変調模様は、前記第1発明の転写紙を用いて白磁表面に転写して焼成処理を施すことで得られるから、安定した品質で大量生産することも可能である。
【0015】
因みに、窯変調模様或いはそれに類する凹凸表面の施釉面を備えた陶磁器の製造方法は、従来から種々提案されている。例えば、前記特許文献6には、素地に施釉して本焼成およびブラスト処理を施した後、釉の軟化温度よりも高く且つ本焼成温度よりも低い温度で再焼成する施釉製品の製造方法が記載されている。従来から知られている施釉タイルの表面を粗くし或いは艶消しをして光沢を低くするために、素地に施釉し焼成した後に施釉面をブラスト処理したタイルは、ブラスト処理により表面に微細な凹凸が形成されるために汚れが付着し易く、且つ付着した汚れを容易に除去できない問題があったため、上記製造方法はこれに対処したものである。この製造方法は、凹凸のある施釉面を作る点では本願発明と共通するが、ブラストで生じた微細な凹凸の先鋭な部分を滑らかにすることが目的である。そのため、本願発明のように、絵具を反応させて窯変調模様を作製することは記載されていない。
【0016】
また、前記特許文献7には、下釉とそれよりも高融点の上釉とを重ねて塗布して下釉の融点以上の温度で焼成することにより、陶磁器の施釉面に凹凸を形成する方法が記載されている。凹凸を形成するために下釉と同じ材料で上釉を部分的に施す方法では上釉の形状や輪郭が明瞭で自然な凹凸感が得られないことから、上記施釉方法はこれに対処したものである。この製造方法によれば、下釉が溶融して下釉に上釉が浮遊した状態になり、冷却時には上釉のない下釉の部分が遅れて凝固することから、凝固収縮によりその高さ位置が低くなるので、凹凸形状の施釉面が得られる。この施釉方法は、凹凸のある施釉面を作る点では本願発明と共通するが、上記施釉方法は自然な凹凸を形成することが目的であり、絵具を反応させて窯変調模様を作製することは全く記載されていない。
【0017】
また、前記特許文献8には、タイル表面に釉薬による無数のクレーター状泡沫模様を顕出する窯変装飾技法が記載されている。この装飾技法は、耐火度の低い低火度釉を全面に厚く施し、その全面または適当な部分に耐火度の高い高火度釉を施して焼成するものである。クレーター模様を顕出するためには、釉薬に適量の発泡剤を入れ、発泡した釉薬の泡沫をタイル上面に付着させて絵付けし、焼成処理を施すことが行われていたが、単一色で平面的な模様になると共に複雑な装置が必要になるため、上記装飾技法はこれに対処したものである。上記装飾技法によれば、低火度釉が沸騰することで、高火度釉面に大小無数のクレーター模様が顕出されるものとされている。この装飾技法は、凹凸のある施釉面を作る点では本願発明と共通するが、上記特許文献8でいう「窯変」は無数のクレーター模様であって、本願発明で実現しようとする備前焼に現れるような焼き色を意味する「窯変」とは全く相違する。しかも、上記装飾技法は釉薬の溶融により表面形状を変化させるもので、絵具に含まれる金属酸化物の反応による焼き色の変化は記載されていない。
【0018】
ここで、好適には、前記下側絵具層は、硫化銅を10〜40(wt%)の範囲で含むものである。このようにすれば、鉄結晶窯変調模様に一層好ましい発泡状態が得られる。硫化銅の添加量は特に限定されず、種々の添加量において多数の微細な気泡を生成させることができるが、添加量が少なくなると発泡が少なくなり延いては凹凸が少なくなる傾向があり、添加量が多くなると発泡が激しくなって白磁との密着性が低下する傾向がある。これらの傾向は、フラックスの組成や他の添加物を適宜調整することで緩和することができるが、上記範囲内とすれば、例えば一般的なフラックスを用い且つ特に他の添加成分を加える等の調整を施すことなく、容易に適度な発泡状態が得られる利点がある。
【0019】
また、硫化銅の添加量は、上記観点から15〜30(wt%)の範囲内とすることが一層好ましい。また、硫化銅は一般に1価のCu2Sと2価のCuSが知られており、何れを用いても同様な効果を享受できる。但し、2価のCuSの方が紫外線安定性が高いことから、工業的にはこれを用いることが好ましい。なお、絵具に添加される銅化合物としては酸化銅が良く用いられているが、硫化銅に代えて酸化銅を添加しても反応が起きず発泡が得られない。
【0020】
また、好適には、前記上側絵具層は、酸化鉄を15〜35(wt%)の範囲で含むものである。このようにすれば、鉄結晶窯変調模様に一層好ましいマット調表面が得られる。酸化鉄の添加量は特に限定されず、種々の添加量において程度の相違はあるものの窯変調模様形成に資するマット調表面を得ることができるが、酸化鉄はフラックスの熔融を制御する作用があるため、添加量が少なくなるとフラックスが熔け易くなることから、下側絵具層で生じた気泡が上側絵具層を抜け出易くなり、その後、熔けたフラックスが表面を覆うので、凹凸が無く且つマット調表面が得られ難くなる傾向がある。一方、添加量が多くなるとフラックスが熔け難くなることから、下側絵具層で生じた気泡が上側絵具層の絵具粒子の隙間から抜け、下側絵具層の発泡による上側絵具層の質感変化が得られ難くなる。これらの傾向は、フラックスの組成や酸化クロムを含む他の添加物を適宜調整することで緩和することができるが、上記範囲内とすれば、例えば一般的なフラックスを用い且つ特に酸化クロム量を調整したり他の添加成分を加える等の調整を施すことなく、容易に適度なマット調表面が得られる利点がある。また、酸化鉄の添加量は、上記観点から20〜30(wt%)の範囲が一層好ましい。
【0021】
また、好適には、前記上側絵具層は、酸化クロムを5〜25(wt%)の範囲で含むものである。このようにすれば、鉄結晶窯変調模様に一層好ましいマット調表面が得られる。酸化クロムの添加量は特に限定されず、種々の添加量において程度の相違はあるものの窯変調模様形成に資するマット調表面を得ることができるが、酸化クロムはフラックスの熔融を制御する作用があるため、添加量が少なくなるとフラックスが熔け易くなることから、下側絵具層で生じた気泡が上側絵具層を抜け出易くなり、その後、熔けたフラックスが表面を覆うので、凹凸が無く且つマット調表面が得られ難くなる傾向がある。一方、添加量が多くなるとフラックスが熔け難くなることから、下側絵具層で生じた気泡が上側絵具層の絵具粒子の隙間から抜け、下側絵具層の発泡による上側絵具層の質感変化が得られ難くなる。これらの傾向は、フラックスの組成や酸化鉄を含む他の添加物を適宜調整することで緩和することができるが、上記範囲内とすれば、例えば一般的なフラックスを用い且つ特に酸化鉄量を調整したり他の添加成分を加える等の調整を施すことなく、容易に適度なマット調表面が得られる利点がある。また、酸化クロムの添加量は、上記観点から10〜20(wt%)の範囲が一層好ましい。
【0022】
また、好適には、前記鉄結晶窯変調転写紙は、前記下側絵具層および前記上側絵具層に加えて、それらの上側或いは下側に他の絵具層が更に備えられていてもよい。他の絵具層は、例えば相互にパターンの異なる複数の絵具層を重ね合わせることで、2層では得られない様々な模様や質感を得るために追加されるもので、得ようとする窯変調模様に応じて適宜のものを採用すればよい。なお、3層以上が積層された重版とすることで、一層多彩な窯変調模様を得ることができるが、積層数が多くなり過ぎると下側に設けた層の色相や質感が表面に現れるように設計することが困難になるので、積層数は4層程度に留めることが好ましい。
【0023】
また、前記下側絵具層および上側絵具層、或いは3層以上の重版とされる場合の他の絵具層に添加される成分は、得ようとする色調や表面性状等に応じて適宜定められるものである。例えば、黒系の色調を有する窯変調模様を得ようとする場合には、上側材料層に酸化コバルトを添加する等により実現することができる。また、マット調表面を得ようとする場合には、従来から陶磁器の釉薬にマット材として用いられているアルミナ、珪酸ジルコニウム、酸化チタン、酸化亜鉛等、適宜のものを添加すればよい。
【0024】
また、好適には、前記陶磁器に前記窯変調転写紙を転写した後の焼成処理は、1100〜1250(℃)で施される。通常の白磁等の硬釉磁器の絵付けは例えば800〜850(℃)で焼成処理が施されるが、下側絵具層に添加した硫化銅や上側絵具層に添加した酸化鉄および酸化クロムを十分に反応させるためには、1100(℃)以上の高温が好ましい。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】本発明の一実施例の転写紙を側面視にて示す図である。
【図2】図1の転写紙の製造工程およびこれを用いた絵付け工程を説明する工程図である。
【図3】図2の転写工程の実施過程を示す図である。
【図4】転写により絵付けされた陶磁器の一例を示す図である。
【図5】図4の陶磁器の要部断面を模式的に示す図である。
【図6】図4の陶磁器において突起が形成された状態を模式的に示す断面図である。
【図7】硫化銅が過剰に添加された場合の図6に対応する図であって、上層に孔が生じた状態を模式的に示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明の一実施例を図面を参照して詳細に説明する。なお、以下の実施例において図は適宜簡略化或いは変形されており、各部の寸法比および形状等は必ずしも正確に描かれていない。
【0027】
図1は、本発明の一実施例の白磁用鉄結晶窯変調転写紙10(以下、転写紙10という)の断面を模式的に示す図である。図1において、転写紙10は、白磁の転写絵付けに通常用いられるものと同様に、台紙12の上に下側絵具層14および上側絵具層16が形成され、更にその上側絵具層16を覆うトップコート18が設けられたもので、この転写紙10を適用しようとする白磁の形状に応じて、例えばドーナツ型の平面形状を備えている。
【0028】
上記の下側絵具層14は、フラックス、硫化銅、有機結合材、および有機溶剤から構成される。上記フラックスは、例えば、Li2O、Na2O、K2O、MgO、CaO、ZnO、B2O3、Al2O3、SiO2、ZrO2等から選択される3種以上の成分、例えば、K2O-Na2O-CaO-MgO-Al2O3-SiO2系ガラスから成るもので、例えば、4.3×10-6(/℃)程度の熱膨張係数と、700(℃)程度の軟化点とを備えている。具体的組成の一例を下記の表1に示す。また、硫化銅は例えば2価のCuSである。また、下側絵具層14には、焼成後に残存する成分について、例えば、フラックスが75(wt%)、硫化銅が25(wt%)の割合で含まれている。
【0029】
【表1】

【0030】
また、前記上側絵具層16は、フラックス、金属酸化物、有機結合材、および有機溶剤から構成される。上記フラックスは、例えば下側絵具層14と同一のものが用いられるが、これに限られず異なる組成を有するガラスが用いられても良い。また、上記金属酸化物は、例えば、酸化鉄 Fe2O3および酸化クロム Cr2O3であるが、何れも異なる価数のものであっても差し支えない。この上側絵具層16には、焼成後に残存する成分について、例えば、フラックスが60(wt%)、酸化鉄が30(wt%)、酸化クロムが10(wt%)の割合で含まれている。
【0031】
図2は、上記転写紙10の製造工程およびこれを用いた陶磁器の絵付け工程の要部を説明する工程図である。なお、調合工程S1〜印刷工程S5は、下側絵具層14および上側絵具層16のそれぞれについて実施される。調合工程S1では、前記組成のフラックスが得られるように定められた割合でガラス原料を調合する。次いで、熔融工程S2では、例えば1400(℃)でガラス原料を溶融し、冷却後、粉砕工程S3でポットミル等を用いて乾式粉砕する。粉砕後の粒径は印刷時に用いられる目開きが60(μm)程度のスクリーンメッシュを容易に通過する大きさで、例えば10(μm)以下である。
【0032】
次いで、混合工程S4では、ガラス粉末に前記無機成分およびビヒクルを添加し、三本ロールミル等を用いて湿式混合する。これにより、前記下側絵具層14および上側絵具層16をそれぞれ形成するための印刷用絵具が得られる。なお、ビヒクルの添加量は、印刷が容易な粘度が得られるように適宜定めればよい。次いで、印刷工程S5では、例えば厚膜スクリーン印刷の手法を用いて、適宜のパターンで下側絵具層14および上側絵具層16を順次に重ねて印刷する。これにより、前記図1に示される転写紙10が得られる。
【0033】
次いで、転写工程S6では、絵付けを施す陶磁器を用意し、台紙12を剥がして転写紙10をその所定の位置に貼り付ける。図3は、この貼り付け過程を示したもので、絵付けする皿素地20の外周縁よりもやや内周側の位置にドーナツ型の転写紙10が皿素地20と同心に貼り付けられている。この皿素地20は、例えば白磁から成るもので、素地自体の焼成処理および全体を覆う釉薬の焼成処理が施されたものである。
【0034】
このようにして転写紙10を貼り付けた後、焼成工程S7において、下側絵具層14および上側絵具層16の組成に応じた950〜1300(℃)の範囲内の適宜の温度、例えば1220(℃)で焼成処理を施す。これにより、下側絵具層14および上側絵具層16からビヒクルやトップコート等の有機物が焼失し、且つそれらに含まれるフラックスが溶融させられることにより、下地層26および上層28(図5参照)が生成され、図4に例示されるような窯変調模様22が形成された皿24が得られる。図5に、下地層26および上層28が形成された皿24の外周縁部断面を模式的に示す。なお、下地層26および上層28の実際の厚さ寸法は皿厚みに比して無視できる程度に薄いが、図5では図示の都合により皿24の厚みに対して下地層26および上層28の厚みが著しく厚く描かれている。
【0035】
このとき、本実施例においては、下側絵具層14および上側絵具層16をそれぞれ構成するフラックスが前記のような組成を有することから、下側絵具層14から生成される下地層26内では硫化銅の反応により多数の微細な気泡が生成される。一方、上側絵具層16から生成される上層28では、酸化鉄および酸化クロムの反応により、マット調表面が得られるが、このとき、下地層26の表面には生成された内部気泡に応じて多数の微細な凹凸が形成されているので、その凹凸が上層28の表面にも反映され、マット調表面の凹凸が一層明瞭になる。これにより、鉄結晶窯変調模様22を有する皿24が得られる。
【0036】
なお、図示は困難であるため省略するが、上記下側絵具層14および上側絵具層16を備えた転写紙10を白磁に転写して昇温しながら高温顕微鏡で観察したところ、焼成温度である1220(℃)に達して保持時間に入ると、発泡する様子が観察された。また、硫化銅を含む下側絵具層14に代えて酸化銅(CuO)を含む絵具層を設けて同様に観察したところ、発泡は殆ど認められなかった。この実験結果によれば、本実施例において、窯変調模様が得られる原因は、硫化銅を含む下側絵具層14の発泡によるものであると考えられる。
【0037】
ここで、種々の絵具組成について、前述した実施例と同様にして前記転写紙10に代えて4層構成の転写紙を作製し、絵付けを行った試験結果を説明する。下記の表2は、転写紙の各層の絵具組成と、得られたガラス層の質感とをまとめたものである。台紙上に1版から順に絵具層を積層し、4版で形成した絵具層の表面をトップコートで覆った。各層に用いたフラックスは、全て前記表1に示したものである。また、表2において、No.1、8が実施例で、No.2〜7は適切な窯変調模様が得られなかった比較例である。また、各絵具組成においては金属成分のみを示しているが、硫化銅 CuSの他は全て酸化物で、SPAは珪酸ジルコニウムである。なお、以下の説明においては、1版、2版等の語を、適宜これらから皿素地上に生成された焼成前或いは焼成後の層を意味するものとして用いる。
【0038】
【表2】

【0039】
上記の表2において、2版が前記の下側絵具層14に相当し、3版が前記の上側絵具層に相当する。上記評価例では、これらの上下に1版および4版を追加したものとなっている。No.1〜7は、何れも茶系の窯変調模様を得るための組成であり、1版および4版は全て共通である。2版が25(wt%)の硫化銅を含み、3版が30(wt%)の酸化鉄と10(wt%)の酸化クロムを含むNo.1の絵具組成では、良好な茶系の窯変模様が得られた。これに対して、2版の硫化銅が5(wt%)のNo.2の組成では、凹凸が十分に形成されず、窯変調模様が得られなかった。硫化銅が過少であるため、発泡が不十分になったものと考えられる。また、2版の硫化銅が45(wt%)のNo.3の組成では、発泡が著しく剥離も生じる結果となった。硫化銅が過剰であるため、発泡が過剰になったものと考えられる。この結果によれば、硫化銅は、10〜40(wt%)程度の範囲が好ましいものと考えられる。
【0040】
図6は、上述した2版に硫化銅が適量添加されたNo.1等の絵具組成で窯変調模様が形成される作用を前記図4に示す皿24を用いて説明する図である。上述したように下側絵具層14に適量の硫化銅を含む絵具が用いられると、下地層26内で適度な発泡が生じ、その下地層26内に閉じ込められた気泡30が上層28を突き上げて突起32が生じる。この結果、鉄結晶風の外観を有する窯変調模様が得られる。
【0041】
これに対して、図7は、2版の絵具に硫化銅が過剰に添加されたNo.3の絵具組成で良好な窯変調模様が得られなくなる作用を説明する図である。硫化銅が過剰になると、発泡が著しくなり、気泡が上層28を破ることになる。そのため、図7に示すように穴34が生じるので、鉄結晶風の外観が得られない。なお、図7においては下地層24および上層26共に剥離にまでは至っていないが、上述したように甚だしい場合はこれらの剥離が生じる。
【0042】
また、3版の酸化鉄量が10(wt%)のNo.4では、凹凸が十分に形成されず窯変調模様が得られなかった。酸化鉄が過少であることからフラックスが熔けすぎたため、2版で生じた気泡が3版を抜け出てしまい、その後、熔けたフラックスが表面を覆ったものと考えられる。また、3版の酸化鉄量が40(wt%)のNo.5では、3版により得られるマット調の質感が強く現れ、良好な窯変調模様が得られなかった。酸化鉄が過剰であることからフラックスの熔融が不十分になったため、2版からの気泡が3版の絵具粒子の隙間から抜け、2版の発泡による3版の質感変化が得られなかったものと考えられる。この結果によれば、酸化鉄は15〜35(wt%)程度の範囲が好ましいものと考えられる。
【0043】
また、3版の酸化クロム量が3(wt%)のNo.6では、凹凸が十分に形成されず窯変調模様が得られなかった。酸化クロムが過少であることからフラックスが熔けすぎたため、2版で生じた気泡が3版を抜け出てしまい、その後、熔けたフラックスが表面を覆ったものと考えられる。また、3版の酸化クロム量が30(wt%)のNo.7では、3版により得られるマット調の質感が強く現れ、良好な窯変調模様が得られなかった。酸化クロムが過剰であることからフラックスの熔融が不十分になったため、2版からの気泡が3版の絵具粒子の隙間から抜け、2版の発泡による3版の質感変化が得られなかったものと考えられる。この結果によれば、酸化クロムは5〜25(wt%)程度の範囲が好ましいものと考えられる。
【0044】
なお、前記表2において、各成分が過少或いは過剰と判断された組成においても、これらの評価は他の成分が上記の通りの場合における判断である。すなわち、例えばCuSが5(wt%)のNo.2の組成においても、フラックスの成分を変更し、或いは1版や3版の組成を変更することでCuSの反応を促進すれば、十分な発泡を得て窯変調模様を得ることができる。他の比較例の組成においても同様である。
【0045】
また、表2のNo.8は、1版に酸化マンガンに代えて酸化コバルトおよび珪酸ジルコニウムを添加すると共に、3版の酸化鉄のうち10(wt%)を酸化コバルトに置き換えたものであるが、黒色系でNo.1と同様な窯変調模様を得ることができた。この結果によれば、絵具組成を若干変更して他の金属酸化物を添加することで様々な色調の窯変調模様が得られることが推察される。
【0046】
以上、本発明を図面を参照して詳細に説明したが、本発明は更に別の態様でも実施でき、その主旨を逸脱しない範囲で種々変更を加え得るものである。
【符号の説明】
【0047】
10:窯変調転写紙、12:台紙、14:下側絵具層、16:上側絵具層、18:トップコート、20:皿素地、22:窯変調模様、24:皿、26:下地層、28:上層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
白磁表面に鉄結晶窯変調模様を形成するための転写紙であって、
フラックスと硫化銅とを含む絵具により形成された下側絵具層と、
フラックスと酸化鉄と酸化クロムとを含む絵具により前記下側絵具層の上に重ねて形成された上側絵具層と
を、含むことを特徴とする白磁用鉄結晶窯変調転写紙。
【請求項2】
前記下側絵具層は、硫化銅を10〜40(wt%)の範囲で含むものである請求項1の白磁用鉄結晶窯変調転写紙。
【請求項3】
前記上側絵具層は、酸化鉄を15〜35(wt%)、酸化クロムを5〜25(wt%)の範囲で含むものである請求項1または請求項2の白磁用鉄結晶窯変調転写紙。
【請求項4】
白磁表面に結晶窯変調模様が施された陶磁器であって、
硫化銅を含む組成の絵具の熔融により生じた多数の微細な気泡を有し且つ表面にその気泡に起因する凹凸を有する下層と、
酸化鉄および酸化クロムを含む組成の絵具により前記下層の上に重ねて形成され且つ結晶風模様を有する上層と
を、含むことを特徴とする鉄結晶窯変調模様を有する陶磁器。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−25618(P2012−25618A)
【公開日】平成24年2月9日(2012.2.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−165634(P2010−165634)
【出願日】平成22年7月23日(2010.7.23)
【出願人】(000004293)株式会社ノリタケカンパニーリミテド (449)