説明

網膜障害の予防及び/又は治療剤

肝実質細胞増殖因子(HGF)を有効成分として含有する網膜障害予防及び/又は治療剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規な網膜障害予防及び/又は治療剤として有用な医薬に関するものである。
【背景技術】
【0002】
網膜は、眼球のほぼ外周部を取巻く厚さ0.1−0.3mmの膜様組織で、眼球の構成する部位の中でも特に重要な機能を持ち、その病変は視力障害を伴いやすい。網膜は種々の要因で障害・変性をきたすが、これを総称して網膜障害という。網膜は10層の層状構造を持ち、網膜内層(硝子体側)には内側から内境界膜、神経線維層、神経節細胞層、内網状層、内顆粒層があり、ここには網膜内血管が通っている。一方、網膜外層(脈絡膜側)には外側からブルッフ膜、網膜色素上皮層、視細胞層、外境界膜、外顆粒層、外網状層があり、この部分には血管は通っていない。
【0003】
網膜障害には多くの疾患が知られているが、その発症の型から、網膜内層の障害・変性に起因するタイプ、および網膜外層の障害・変性に起因するタイプに大別される。前者には細胞内層の血管障害・新生から網膜障害に至る高血圧性網膜症や糖尿病性網膜症が、後者には網膜色素上皮層や視細胞層の病変から網膜障害に至る黄斑変性症や網膜色素変性症などがある。このように、網膜内層の障害・変性に起因する疾患と、網膜外層の障害・変性に起因する疾患は、明確に区別されている。
【0004】
網膜障害は高齢化や食生活の変化(糖尿病増加)に伴って激増しており、予後QOL(quality of life)の悪さが問題となっている。これに対しては、種々の治療法が考案されており、たとえばレーザー光凝固法による外科的手術が一部の患者では奏功している。しかし、基本的には原発性疾患(高血圧、糖尿病など)の内科的コントロールによる対症療法に頼っており、有効な治療薬はない。さらに、患者数が激増している加齢性黄斑変性においては、外科的療法、治療薬ともに有効な治療法はなく、優れた治療薬の出現が切望されている。
【0005】
このような状況で、網膜障害に伴う血管新生を抑制する目的で、インターフェロンや抗VEGF(vascular endothelial-cell growth factor)モノクローナル抗体、ステロイドなどの薬物療法が研究されている。一方、視神経の増殖促進・保護を目的にbFGF(basic-fibroblast growth factor)、CNTF(ciliary neurotrophic factor)、LEDGF(lens epithelium-derived growth factor)、肝実質細胞増殖因子(Hepatocyte growth factor)、以下「HGF」と称することもある)などによる動物モデルでの研究がなされている。しかしながら、これらは、いずれも臨床治療法として確立するには至っていない。
【0006】
HGFは、優れた血管新生作用を有するため、閉塞性動脈硬化症治療薬として開発されており、またHGF遺伝子による閉塞性動脈硬化症治療が臨床現場で進められている。HGFの網膜障害に対する研究については、HGFのアンタゴニスト活性を有する部分断片を網膜障害に使用するという特許が出願されている(特許文献1)。しかし、この場合は、HGFは網膜障害増悪因子として作用すると考えられており、HGFそのものによる網膜障害予防及び/又は治療薬を提供するものではない。
【0007】
一方、HGFそのものを網膜障害モデルの1つである網膜虚血‐再灌流モデルに適用した報告もなされている(非特許文献1)。このモデルは、ラット眼球内に生理食塩水を注入して眼圧を上昇させて網膜虚血を起こすもので、発症のタイプから、高血圧性網膜障害、未熟児網膜症、緑内障、網膜血管閉塞といった網膜内層の血管・血流障害に起因した網膜疾患のモデルと言える。このモデルにおいて、HGFは神経節細胞層・内顆粒層といった網膜内層の神経細胞保護効果を示したが、網膜外層の網膜色素細胞・視細胞の障害・変性に対するHGFの効果は示されていない。
【0008】
さらに、血管新生因子を用いた遺伝子治療に関する報告(特許文献2)には、血管新生因子の一例としてHGFが記載され、その効果として加齢性黄班変性の治療に有効であることが記載されている。しかし、実施例として記載されているのはVEGFによる網膜内層障害に対する効果を示したものであり、網膜外層障害に対する効果を示したものではない。
【0009】
すなわち、従来、HGFが網膜外層の変性に起因する黄斑変性症、網膜色素変性症などの網膜障害予防及び/又は治療に有効であるということは知られていない。特に、網膜色素変性症においては、ヒト疾患と同じ遺伝子変異を持つRCS(Royal College of Surgeon)ラットが知られており、このモデル動物で評価することが網膜色素変性症への適応を見る上で重要である。
【0010】
また、網膜循環を改善し網膜内層モデルに有効性を示すことが知られているカルシウム拮抗薬が、必ずしも網膜外層モデルに有効ではない(非特許文献2)ことから、虚血-再灌流モデルのような網膜内層モデルでの評価のみで、網膜外層の変性に起因する黄斑変性症、網膜色素変性症などの網膜障害への効果を予見することはできない。
【0011】
HGFは、成熟肝細胞に対する強力な増殖促進因子として発見され、その遺伝子クローニングがなされた(非特許文献3)。その後の研究により、HGFは生体内で腎、肺、胃、十二指腸、皮膚などの創傷治癒にも関係していることが明らかとなり、またHGFの受容体に関しては、c−Met原腫瘍遺伝子がHGF受容体をコードしていることが明らかにされている(非特許文献4、5)。
【0012】
現在ではHGFは、当該受容体を介することにより、多くの組織修復、器官再生に働く因子であると考えられている(非特許文献6、7)。
【特許文献1】国際公開パンフレットWO01/44294号
【特許文献2】米国特許出願公開第2003/0053989号公報
【非特許文献1】Shibuki, H et al., Invest. Ophthalmol. Vis. Sci., Vol.43, 528-536(2002)
【非特許文献2】Bush et al. Invest. Ophthalmol. Vis. Sci. Vol.41, 2697-2701(2000)
【非特許文献3】Biochem. Biophys. Res. Commun., Vol.163, p967 (1989)
【非特許文献4】Science, Vol.251,p802-804(1991)
【非特許文献5】Oncogene, Vol.6,p501-504 (1991)
【非特許文献6】実験医学 Vol.10,p144-153 (1992)
【非特許文献7】動脈硬化 Vol.23,p683-688 (1996)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明の課題は、新たな網膜障害の予防及び/又は治療剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは上記課題を解決するために鋭意検討した結果、HGFの投与が網膜障害、特に網膜外層の障害・変性に起因する疾患、特に黄斑変性症や網膜色素変性症に有効であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0015】
すなわち、本発明の要旨は、
1. 肝実質細胞増殖因子を有効成分として含有する網膜外層の障害及び/又は変性に起因する網膜障害の予防及び/又は治療剤、
2. 肝実質細胞増殖因子を有効成分として含有する黄斑変性症及び網膜色素変性症から選ばれる疾患の予防及び/又は治療剤、並びに、
3. 肝実質細胞増殖因子を有効成分として含有する網膜障害の予防及び/又は治療剤
に存する。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】正常SDラットおよび網膜光障害ラット(HGF投与群および溶媒投与群)の網膜電位図の暗順応および明順応条件下での波形を示したものである。
【図2】正常SDラットおよび網膜光障害ラット(HGF投与群および溶媒投与群)の光強度‐ERG反応曲線を暗順応および明順応条件下で示したものである。
【図3】発症前の24日齢RCSラット(ベースライン)群および 70日齢RCSラット(HGF投与群、溶媒投与群)の網膜電位図の暗順応および明順応条件下での波形を示したものである。
【図4】発症前の24日齢RCSラット(ベースライン)群および 70日齢RCSラット(HGF投与群、溶媒投与群)の光強度‐ERG反応曲線を暗順応および明順応条件下で示したものである。
【図5】正常SDラットおよび網膜光障害ラット(HGF投与群および溶媒投与群)の網膜組織像を示したものである。さらに、各群の網膜組織像における単位面積当りの桿体核数および錐体核数、外顆粒層および桿体内節・外節の厚さを計測したものである。
【図6】発症前の24日齢RCSラット(ベースライン)群および 70日齢RCSラット(HGF投与群、溶媒投与群)の網膜組織像を示したものである。さらに、各群の網膜組織像における単位面積当りの桿体および錐体の核数、外顆粒層および桿体内節・外節の厚さを計測したものである。
【図7】ヨウ素酸ナトリウム誘発網膜色素上皮細胞に対するHGFの影響を示す図である。
【図8】実施例3のHGF添加培養1日目における網膜色素上皮細胞生存率を示す図である。
【図9】ヨウ素酸ナトリウム誘発網膜色素上皮細胞に対するCNTFの影響を示す図である。
【図10】実施例3のCNTF添加培養1日目における網膜色素上皮細胞生存率を示す図である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明の予防及び/又は治療剤に含有されるHGFは公知物質であり、医薬として使用できる程度に精製されたものであれば、種々の方法で調製されたものを使用することができる。たとえば、HGFを産生する初代培養細胞や株化細胞を培養し、培養上清等から分離、精製して該HGFを得ることができる。あるいは遺伝子工学的手法によりHGFをコードする遺伝子を適切なベクターに組み込み、これを適当な宿主に挿入して形質転換し、この形質転換体の培養上清から目的とする組換えHGFを得ることができる。上記の宿主細胞は特に限定されず、従来から遺伝子工学的手法で用いられる各種の宿主細胞、たとえば大腸菌、酵母、バキュロウィルス(節足動物多角体ウイルス)−昆虫細胞又は動物細胞などを用いることができる(Biochem. Biophys. Res. Commun. Vol.175, p660 (1991)、特許第2577091号公報(対応欧州特許出願公開第412557号公報)等参照)。
【0018】
組換えベクターを導入した形質転換体は、それぞれに適した培地により培養される。培地中には該形質転換体の生育に必要な炭素源、窒素源、無機物、ビタミン、血清および耐性スクリーニングに用いられる薬剤などが含有される。具体的には、形質転換体の宿主が大腸菌の場合には、たとえばLB培地(ナカライテスク社製)等、酵母の場合には、YPD培地(Genetic Engineering, 1, 117, Plenum Press(1979))等、宿主が昆虫細胞および動物細胞の場合は、20%以下のウシ胎仔血清を含有するHam-12培地、MEM培地、DMEM培地、RPMI1640培地(SIGMA社製)等を挙げることができる。また、培養温度、CO2濃度、培養時間は、宿主及び組換えベクター等によって適宜選択することができる。さらに、必要に応じて通気、攪拌が行われる。これら以外の培地組成あるいは培養条件下でも導入宿主が生育し、挿入されたHGFポリヌクレオチドがコードする蛋白質が生成されればいかなるものであってもよい。
【0019】
このようにして培養された導入体の回収方法は、たとえば宿主が細胞である場合には、培養物を遠心分離等により細胞を分離した後、細胞体あるいは培養上清として回収する方法等が用いられる。回収された細胞体からの組換え蛋白質の抽出方法としては、それ自体既知の通常用いられる方法が挙げられる。
【0020】
HGFは、公知の無細胞蛋白質合成系等によっても調製することができる。無細胞蛋白質合成系に用いられる細胞抽出液として具体的には、大腸菌等の微生物、植物種子の胚芽、ウサギ網状赤血球等の細胞抽出液等、既知のものが用いられる。これらは市販のものを用いることもできるし、それ自体既知の方法、具体的には大腸菌抽出液は、Pratt, J. M. et al., Transcription and Translation, Hames, 179-209, B. D. & Higgins, S. J., et. Al., IRL Press, Oxford(1984)に記載の方法等に準じて調製することもできる。
【0021】
このようにして得られたHGFは、天然型HGFと実質的に同じ作用を有する限り、そのアミノ酸配列中の1若しくは複数のアミノ酸が置換、欠失及び/又は付加されていてもよく、また同様に糖鎖が置換、欠失及び/又は付加されていてもよい。
【0022】
本発明の予防及び/又は治療剤は、前記HGFを単独で、あるいは適当な製剤用添加物と共に製剤形態の医薬組成物として調製し、投与することができる。このような医薬組成物の投与形態としては、一般的に非経口的投与に使用されるものであれば特に限定されないが、治療予防対象から点眼剤、眼軟膏が好ましい。また、眼球内投与や全身投与が必要な場合には、注射用アンプル剤や注射用凍結乾燥粉末剤等を用いることができる。各種製剤形態への調製は、当業者が利用可能な周知の製剤添加物、たとえば、希釈剤や添加剤などを用いて慣用の手法に従って行うことができる。
【0023】
たとえば、点眼剤は、精製された前記HGFの有効量をショ糖等の等張化剤、保存剤と混合し、注射用蒸留水にて適度な濃度に希釈することにより調製される。注射用凍結乾燥粉末剤は、精製された前記HGFの有効量を希釈液に溶解し、必要に応じて賦形剤、安定化剤、保存剤、無痛化剤、pH調節剤等を加え、常法により製造することができる。また、注射用アンプル剤は、前記HGFの有効量を希釈剤に溶解し、必要に応じて溶解補助剤、等の緩衝剤、等張化剤、安定化剤、保存剤、無痛化剤、pH調節剤等の添加剤を加えた後、通常の加熱滅菌、無菌ろ過等により無菌化して調製することができる。なお、HGFは加熱滅菌工程で失活する場合があるので、滅菌方法は適宜選択すべきである。
【0024】
本発明の網膜障害予防及び/又は治療剤は、上記した非経口投与以外に、医薬上許容される担体等を用いて、錠剤、顆粒、カプセル剤、散剤等の固型状、または液剤、懸濁剤、シロップ、乳剤、レモナーデ剤等の液状の態様で、経口投与、吸入投与または外用に適した剤型に製剤化した医薬製剤として用いることもできる。必要ならば、上記製剤に補助剤、安定化剤、湿潤剤、その他の常用添加剤を配合してもよい。
【0025】
上記各種医薬製剤の用量は、投与ルート、病気の種類、患者の症状、体重あるいは年齢等によって異なり、また適用しようとする薬物の種類などによっても変動するが、一般には、1日当たり1mg〜200mg程度またはそれ以上の量を患者1人当たりに投与することができる。有効成分として含有されるHGFの平均1回量を、5mg〜100mg程度として、網膜障害の予防及び/又は治療に適用することが好ましい。
【0026】
本発明の医薬には、本発明のHGFと同様な薬理作用あるいは他の薬理作用を有する他の薬剤の有効成分を配合してもよい。また、本発明の医薬の有効成分であるHGFの肝細胞増殖作用を増強することが知られているヘパリン、デキストラン硫酸等の硫酸化多糖類もしくはその誘導体(特開平5-301824号公報(対応欧州特許出願公開第517182号公報))等の成分を配合してもよい。
【0027】
さらに本発明では、HGF遺伝子を網膜障害の予防及び/又は治療を行うための遺伝子治療薬として、また、適当な細胞にHGF遺伝子を導入してその細胞を組織内に移植する細胞治療薬として使用することができる。たとえば、本発明のHGFをリポフェクション試薬に混合し、これを生体に投与することにより、局所のHGFを網膜障害の予防及び/又は治療に必要な濃度に維持することができる。本発明のHGFの投与は、疾病の状態の重篤度や生体の応答性などによるが、予防及び/又は治療の有効性が認められるまで、あるいは疾病状態の軽減が達成されるまでの期間にわたり、適当な用量、投与方法、頻度で行えばよい。
【実施例】
【0028】
以下に実施例を挙げて本発明をさらに説明するが、本発明は実施例に限定されるものではない。実施例の基本的な方法は、以下文献の方法に従った(Machida et al. Invest. Ophthalmol. Vis. Sci. Vol.42, 1087-1095(2001))。
(実施例1)ラット光照射モデルにおけるHGF投与の効果
(光照射モデルの作製とHGFの投与)
生後8週齢のSprague-Dawley雄ラット(n=19)に、3,000ルクスの白色光を72時間照射して、網膜光障害ラットを作製した。光照射の2日前に、ヘパリン(5μg/μl、Sigma H5248)を含有するリン酸緩衝生理食塩水(pH7.4)に溶解したHGF(10μg/2μl)を該ラット右眼の硝子体内に注入し、左眼には同量の溶媒を投与して対照群とした。また、光照射しない同週齢ラットも比較解析した。
(効果の確認)
光照射後14日目に全視野刺激網膜電位図(electroretinograms;ERG)を暗順応および明順応条件下で測定した。光刺激強度は0.27、0.28または0.43-log-unit間隔で増強させた。光刺激持続時間は10μ秒、最大光強度は0.84 log cd-s/m2であった。明順応条件下の測定は、桿体を抑制する34cd/m2の白色背景下で行われ、実施前少なくとも10分間ラットを同条件で光に順応させた。光非照射群(n=5)、光照射‐HGF投与群(n=5)、光照射‐溶媒投与群(n=5)の光強度‐ERG反応曲線を作成して、HGF投与眼の暗順応および明順応条件下でのERGb波の最大振幅ならびに閾値を対照群、光非照射群と比較した。さらに、ERG記録後に各ラットの網膜組織標本を作製し、外顆粒層に残存する桿体および錐体の核数、外顆粒層および桿体内節・外節の厚さを計測した。網膜組織は、2.5%グルタールアルデヒドで2時間、次いで5%フォルマリン緩衝液で1晩固定後、パラフィン包埋し、3μmの厚さの切片標本として、さらにこれをHE(ヘマトキシリン-エオジン)した。桿体数は、網膜視細胞層および外顆粒層100μm中に残存する核数を、網膜の20箇所(400μm間隔)で測定し、その平均値として求めた。錐体数は、1つの網膜切片内に残存している錐体核数を測定した。
(結果)
網膜光障害ラットにおいて、HGF投与眼の暗順応および明順応条件下でのERGb波の最大振幅ならびに閾値は、対照群に比較して有意に良好に保たれていた(b波最大振幅:p<0.0005、b波閾値:p<0.05、図1および図2)。また、HGF投与眼での桿体および錐体の核数は、対照群に比較して有意に多く残存していた(p<0.005、p<0.05)。網膜外顆粒層の厚さ、および桿体内節・外節の厚さもHGF投与眼で有意に保たれていた。(p<0.0005、p<0.05、図5)。これらの組織像も図5に示す。光照射モデルラットの網膜組織標本において、明確な網膜保護効果が認められ、異常な血管新生などの副作用は認められなかった。(図5)。
(実施例2)RCSラットモデルにおけるHGF投与の効果
(RCSラットとHGFの投与)
遺伝性網膜変性モデルであるRCS(Royal College of Surgeon)ラット24日齢個体に、実施例1と同様の方法でHGFを投与した。投与終了後、ラットを元のコロニーに戻し、標準の光条件下(昼間は飼育ケージに対して5ルクス、夜間は暗黒)で飼育した。
(効果の確認)
HGFまたは溶媒をRCSラットに投与後、生後70日齢で全視野刺激網膜電位図(electroretinograms;ERG)を暗順応および明順応条件下で測定した。測定条件等は実施例1に記載のとおりである。HGF投与時のベースラインとして、何も投与しない24日齢RCSラットも比較解析した。24日齢時点でのRCSラットの網膜変性は殆ど認められない。
【0029】
RCSラット24日齢(ベースライン)群(n=4)、HGF投与群(n=5)、溶媒投与群(n=5)の光強度‐ERG反応曲線を作成して、HGF投与眼の暗順応および明順応条件下でのERGb波の最大振幅ならびに閾値を対照群、24日齢(ベースライン)群と比較した。さらに、ERG記録後に、実施例1と同様にして、各ラットの網膜組織標本を作製し、外顆粒層に残存する桿体および錐体の核数、網膜外顆粒層および桿体内節・外節の厚さを計測した。
(結果)
RCSラットにおいて、HGF投与眼の暗順応および明順応条件下でのERGb波の最大振幅ならびに閾値は、対照群に比較して有意に良好に保たれていた(b波最大振幅:P<0.0005、b波閾値:p<0.05、図3および図4)。また、HGF投与眼での桿体および錐体の核数は、対照群に比較して有意に多く残存していた。網膜外顆粒層の厚さ、および桿体内節・外節の厚さもHGF投与眼で有意に保たれていた。(p<0.05、図6)。これらの組織像も図6に示す。生後70日齢(HGF投与46日後)においても、明確な網膜保護効果が組織像として認められ、異常な血管新生などの副作用は認められなかった。
(結論)
HGFは、網膜光障害および遺伝性網膜変性モデルにおいて、視覚認識に最も重要な網膜外顆粒層の視細胞(桿体および錐体)を変性から保護する。
(実施例3)ヨウ素酸ナトリウム誘発網膜色素上皮細胞に対する影響
7―8日齢ロングエバンスラットより網膜色素上皮細胞を分離し、75cmの培養フラスコにてコンフルエントに達するまで培養した。トリプシンにて消化した網膜色素上皮細胞をHGFまたはCNTF存在下96穴培養プレートに播種し終夜培養を行った後、1mMヨウ素酸ナトリウムを添加し2日間培養した。その後MTSアッセイにて生存細胞率を測定した。結果を図7から図10に示す。
【0030】
これらの結果より、HGFは網膜色素上皮細胞を保護するが、CNTFは保護できないことが認められた。
【産業上の利用可能性】
【0031】
本発明に係る肝実質細胞増殖因子を有効成分として含有する医薬は優れた網膜障害予防及び/又は治療剤として有用である。
【0032】
本発明を特定の態様を用いて詳細に説明したが、本発明の意図と範囲を離れることなく様々な変更および変形が可能であることは、当業者にとって明らかである。
【0033】
なお本出願は、2004年1月30日付で出願された日本特許出願(特願2004−023201号)に基づいており、その全体が引用により援用される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
肝実質細胞増殖因子を有効成分として含有する網膜外層の障害及び/又は変性に起因する網膜障害の予防及び/又は治療剤。
【請求項2】
肝実質細胞増殖因子を有効成分として含有する黄斑変性症及び網膜色素変性症から選ばれる疾患の予防及び/又は治療剤。
【請求項3】
肝実質細胞増殖因子を有効成分として含有する網膜障害の予防及び/又は治療剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【国際公開番号】WO2005/072768
【国際公開日】平成17年8月11日(2005.8.11)
【発行日】平成19年9月6日(2007.9.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−517509(P2005−517509)
【国際出願番号】PCT/JP2005/001204
【国際出願日】平成17年1月28日(2005.1.28)
【出願人】(000006725)三菱ウェルファーマ株式会社 (92)
【Fターム(参考)】