説明

繊維強化複合材の劣化診断方法

【課題】
繊維強化複合材に生ずる、強化繊維とマトリックス材料との間の接着性の低下による劣化を、その複合材を破壊することなく診断することができる方法を提供する。
【解決手段】
繊維強化複合材1の表側面1aに弾性体3を介して接触させた超音波探触子2から超音5が照射される。この超音波5は、裏側面1bに到達した後反射して表側面1aまで戻る。その間に、超音波は、劣化した繊維強化複合材1に散在する微細な強化繊維とマトリックス材料との剥離部分により、散乱を受けて次第に減衰する。減衰後の超音波エコー6は超音波探触子2で検出されることとなる。超音波は表側面1aと裏側面1bとの間を往復するため、繊維強化複合材1に劣化が生じていない場合と同様に時間2t後に計測される。しかし、剥離部分を通過した超音波エコーの強度は散乱により剥離部分がない場合より小さくなっているため、これにより繊維強化複合材1の劣化を診断することが可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、繊維強化複合材の劣化診断方に関し、より詳細には、繊維強化プラスチック(FRP)、繊維強化金属(FRM)又は繊維強化セラミックス(FRC)等の繊維強化複合材における繊維とマトリックス材料との接着性の低下により生ずる繊維強化複合材の劣化を診断する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
マトリックス樹脂をガラス繊維で強化した繊維強化プラスチック(FRP)等の繊維強化複合材は、軽量で耐熱性、耐久性等に優れているという特徴を有している。この特長を生かし、種々の構造物として広汎に使用されている。
【0003】
しかし、このような特徴を有するFRPであっても、長期に使用されると、内部に傷が発生したり、ガラス繊維とマトリックス樹脂との接着性の低下による劣化が生じ、その機械的強度が低下することが知られている。単なる金属材料の場合、その腐食による劣化は板厚の減少として捉えることができるが、FRPのような繊維強化複合材の劣化は、板厚の減少として捉えることができない。このような傷やガラス繊維とマトリックス樹脂との接着性の低下は、構造物自体の崩壊という事態を生じるため、その診断方法が種々検討されている。
【0004】
複合材の内部の傷の診断方法として、超音波探傷という技術が知られている。この超音波探傷技術では、図1に示す複合材1の表側面1aに超音波探触子2をゴムなどの弾性体3を介して接触させ、超音波探触子2から超音波が照射波5として照射される。この照射波5は、複合材1の内部に傷などがない場合には、裏側面1bに到達し、ここで反射されて表側面1aまで戻り、計測波6が超音波探触子2において検出される。一方、複合材1の内部に傷7がある場合、照射波8は裏側面1bに到達する前に傷7で反射され、傷7がない場合より短い時間で表側面1aまで戻り、計測波9として超音波探触子2で検出されることとなる。
【0005】
図2は、上述の傷7がある場合とない場合とについて、計測波が検出されるまでの時間の違いを表す概念図である。同図に於いて、横軸は超音波照射開始からの経過時間であり、縦軸は超音波エコーの強度を表している。上述の傷7がない場合(図1の右側)、計測波6は超音波が表側面1aと裏側面1bとの間を往復する時間2t後に計測される(図2のA)。一方、傷7がある場合(図1の左側)、計測波は超音波が表側面1aから裏側面1bに達する前に傷7によって反射されるため、往復時間2tより早い時間に計測波が検出されることとなる(図2のB)。
【0006】
このように、複合材の内部の傷の有無は、超音波照射後、計測波が計測されるまでの時間により診断することができる。しかし、この超音波を用いた探傷技術によってはガラス繊維とマトリックス樹脂との接着性の低下による劣化を診断することはできず、例えば、外観の白化の有無を目視観察により判断する等の方法に頼らざるを得ないのが実情である。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記の問題点を解決するために為されたものであり、本発明の目的は、繊維強化複合材に生ずる、強化繊維とマトリックス材料との間の接着性の低下とそれによる機械的強度の低下を、その複合材を破壊することなく診断することができる方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の繊維強化複合材の劣化診断方法は、該繊維複合材の表面から超音波を照射して、前記繊維複合材を通過した後の減衰後の超音波エコーの強度を測定し、該超音波エコーの減衰の大きさに基づいて、該繊維複合材の劣化の程度を判断することを特徴とする。
【0009】
また、本発明の繊維強化複合材の劣化診断方法は、該繊維複合材の一方の面から超音波を照射して、該繊維複合材の他方の面で前記超音波が反射されて前記一方の面に戻ってきた減衰後の超音波エコーの強度を測定し、該超音波エコーの減衰の大きさに基づいて、前記繊維複合材の劣化の程度を判断することを特徴とする。
【0010】
強化繊維とマトリックス材料との間に剥離が生ずる等により接着性が低下すると、その部分で超音波は散乱を受ける。この剥離部分の一つ一つは小さいため、超音波の散乱も小さい。しかし、繊維複合材の多くの部分で生じていると、繊維複合材全体に亘る散乱は大きなものとなる。従って、剥離が生じている繊維複合材を通過した後の超音波エコーの強度を測定し、その減衰の大きさを、剥離が生じていない繊維複合材を通過した後の超音波エコーの強度と比較することにより、接着性の低下による劣化を捉えることが可能となる。
【0011】
前述の図1及び図2を用いて本発明の原理を説明する。前述と同様に、繊維強化複合材1の表側面1aに弾性体3を介して接触させた超音波探触子2から超音波5が照射される。この照射波5は、図1の右側に示すように、裏側面1bに到達した後反射して表側面1aまで戻るが、その間に劣化した繊維強化複合材1に散在する微細な強化繊維とマトリックス材料との剥離部分により散乱を受けて次第に減衰する。このように減衰した後の超音波エコー6が超音波探触子2で検出されることとなる。
【0012】
超音波は表側面1aと裏側面1bとの間を往復するため、図2に示すように、繊維強化複合材1に劣化が生じていない場合(同図A)と同様に時間2t後に計測される(同図C)。しかし、その強度は、散乱により減衰しているため、劣化が生じていない場合より小さくなっている。このようにして、本発明では超音波エコーの減衰により、繊維強化材料の劣化が診断される。
【0013】
本発明の方法は、マトリックス材料中に強化繊維を埋め込んだ複合材料であれば適用することができ、例えば、繊維強化プラスチック、繊維強化金属、繊維強化セラミックス等に適用することが可能である。
【0014】
特に、本発明は、繊維強化複合材のなかでも、繊維強化プラスチック(FRP)に好適に使用することができる。その場合の好ましい超音波の周波数は、1〜10MHzである。この範囲を外れると、実質的にFRPの劣化を検出することができなくなる。
【0015】
なお、診断に用いる超音波の周波数は、適用する繊維強化複合材の種類によって適宜変更することが必要である。
【発明の効果】
【0016】
本発明の繊維強化複合材の劣化診断方法によれば、これまで不可能であった強化繊維とマトリックス材料との間の接着性の低下による劣化を診断することが可能となる。しかも、これまでの外観観察では行い得なかった内部の劣化診断を非破壊で行うことが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明の繊維強化複合材の劣化診断方法の実施形態について、適宜図面を参照しながら説明する。
【0018】
(FRP供試サンプルの作製)
マトリックス樹脂としてノボラック型ビニルエステル(ガラス転移温度150℃)を用い、FRPの供試サンプルをハンドレイアップ法により作製した。積層構成はSM/M/R/M2とした(SM:サーフェイシングマット(30g/m2)、M:チョップトストランドマット(450g/m2)、R:ロービングクロス(580g/m2)。その結果、板厚は3.5mm〜4.0mmとなった。
【0019】
(促進劣化)
FRPの実際での使用温度を考慮して、90℃、130℃及び150℃の3水準で温水劣化試験を行った。
【0020】
90℃での促進劣化は、蒸留水を満たした恒温水層に供試サンプルを浸漬することにより行った。130℃での促進劣化は、密閉状態にしたステンレス製のパイプに蒸留水と供試サンプルとを入れて130℃の乾燥機中に保持して行った。150℃での促進劣化は、オートクレーブ内に蒸留水と供試サンプルとを保持して行った。劣化時間は、20時間、500時間、1000時間及び2000時間とした。
【0021】
(超音波減衰測定)
以下の装置及び条件で、初期及び促進劣化後の供試サンプルを水に浸漬して超音波パルスを照射することにより超音波減衰測定を行った。
【0022】
超音波測定装置:C−SCAN、(株)ジーネス製
探触子:B5K6.4I、5MHz
感 度:−7dB
水距離:WL=34mm
探傷ピッチ:0.5×0.5mm
監視範囲:2.7〜4.2mm
音速:2700m/秒
得られた超音波減衰測定の結果は、図3に示すように、供試サンプル上の各位置に於ける色の濃淡として視覚化した。図3に於いて、色の濃い部分が超音波の減衰が大きいことを示している。
【0023】
(引張り強度及び曲げ強度)
初期並びに90℃、130℃及び150℃の促進劣化後の供試サンプルについて、引張り強度及び曲げ強度を測定した。引張り強度は、JIS K7054に従って、また、曲げ強度は、JIS K7017に従って測定した。
【0024】
(劣化診断)
初期並びに90℃、130℃及び150℃の促進劣化後の供試サンプルについての超音波減衰測定の結果をもとに、反射後の超音波強度(エコー高さ)の供試サンプル全面に亘る平均値と、引張り強度の測定結果との関係を調べ、その結果を図4に示した。同様に、反射後の超音波強度(エコー高さ)の供試サンプル全面に亘る平均値と、曲げ強度の測定結果との関係を調べ、その結果を図5に示した。
【0025】
図4及び図5から明らかなように、反射後の超音波強度と引張り強度の測定結果との間には、明らかな相関が認められることが分かる。同様に、反射後の超音波強度と曲げ強度の測定結果との間にも、明らかな相関が認められることが分かる。従って、本発明の方法によれば、繊維強化複合材の劣化を診断することができることが分かる。しかも、繊維強化複合材を破壊することなく診断することが可能となる。
【産業上の利用可能性】
【0026】
本発明の繊維強化複合材の劣化診断方法は、構造材として使用されるFRP等の繊維強化複合材の劣化診断を非破壊で行うことができるので、種々の分野で産業で利用が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】超音波を用いた複合材の診断原理を示す概念図である。
【図2】図1に於ける超音波照射後の経過時間と、反射後の超音波が検出されるまでの時間との関係を示す概念図である。
【図3】供試サンプル上の各位置に於ける超音波の減衰の大きさを、色の濃淡として視覚化した図である。
【図4】図3の超音波減衰測定の結果をもとにして求めた反射後の超音波強度(エコー高さ)の供試サンプル全面に亘る平均値と、引張り強度の測定結果との関係を調べた結果を示す図である。
【図5】図3の超音波減衰測定の結果を基にして求めた反射後の超音波強度(エコー高さ)の供試サンプル全面に亘る平均値と、曲げ強度の測定結果との関係を調べた結果を示す図である。
【符号の説明】
【0028】
1 複合材
1a 表側面
1b 裏側面
2 超音波探触子
3 弾性体
7 傷

【特許請求の範囲】
【請求項1】
繊維強化複合材の劣化診断方法であって、該繊維複合材の表面から超音波を照射して、前記繊維複合材を通過した後の減衰後の超音波エコーの強度を測定し、該超音波エコーの減衰の大きさに基づいて、該繊維複合材の劣化の程度を判断する繊維強化複合材の劣化診断方法。
【請求項2】
繊維強化複合材の劣化診断方法であって、該繊維複合材の一方の面から超音波を照射して、該繊維複合材の他方の面で前記超音波が反射されて前記一方の面に戻ってきた減衰後の超音波エコーの強度を測定し、該超音波エコーの減衰の大きさに基づいて、前記繊維複合材の劣化の程度を判断する繊維強化複合材の劣化診断方法。
【請求項3】
前記繊維強化複合材が、繊維強化プラスチック、繊維強化金属、又は繊維強化セラミックスである請求項1又は2記載の繊維強化複合材の劣化診断方法。
【請求項4】
前記繊維強化複合材が、繊維強化プラスチックである請求項3記載の繊維強化複合材の劣化診断方法。
【請求項5】
前記超音波の周波数が、1〜10MHzである請求項4記載の繊維強化複合材の劣化診断方法。

【図1】
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【図2】
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【図4】
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【図5】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−96340(P2008−96340A)
【公開日】平成20年4月24日(2008.4.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−279828(P2006−279828)
【出願日】平成18年10月13日(2006.10.13)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成18年4月15日 社団法人 強化プラスチックス協会発行の「強化プラスチックス 第52巻 第4号」に発表
【出願人】(000107941)セイコー化工機株式会社 (5)
【Fターム(参考)】