耐摩耗金属体の製造方法
【課題】耐摩耗性に優れた耐摩耗金属体の製造方法を提供する。
【解決手段】炭化タングステン粒子21を結合相22によって結合してなる超硬合金2の表面を酸によってエッチングして結合相22の一部を除去したエッチング表面を形成するエッチング工程と、その後、チャンバー内に超硬合金2と共に配置した銅ターゲットに電子ビームを照射することによって銅をガス化し、ガス化した銅をエッチング表面において液化させて炭化タングステン粒子21の粒界に含浸させる銅含浸工程とを行う。これにより、超硬合金2の表面に、炭化タングステン粒子21が銅23によって結合された改質表層113を形成する。
【解決手段】炭化タングステン粒子21を結合相22によって結合してなる超硬合金2の表面を酸によってエッチングして結合相22の一部を除去したエッチング表面を形成するエッチング工程と、その後、チャンバー内に超硬合金2と共に配置した銅ターゲットに電子ビームを照射することによって銅をガス化し、ガス化した銅をエッチング表面において液化させて炭化タングステン粒子21の粒界に含浸させる銅含浸工程とを行う。これにより、超硬合金2の表面に、炭化タングステン粒子21が銅23によって結合された改質表層113を形成する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超硬合金の表面を改質してなる耐摩耗金属体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、炭化珪素(SiC)を主成分とするセラミックスを用いた排ガス浄化フィルタを製造するにあたっては、炭化珪素を主成分とする原料を、金型に通して押し出し成型する。
押し出し成型に用いられる金型は、耐摩耗性に優れた超硬合金からなるものが用いられるが、炭化珪素の粒子の硬度は極めて高く、そのHV硬度は約2500程度となり、金型のHV硬度約1800程度よりも高い。
そのため、押し出し成型を繰り返すことにより、金型における、セラミック原料を成形するためのスリットの内壁が早期に摩耗してしまうという問題がある。
【0003】
このような超硬合金の摩耗のメカニズムについては、超硬合金を構成する炭化タングステン(WC)粒子が、炭化珪素の流れに伴い、脱落することによるものであることが報告されている(非特許文献1)。すなわち、図15(A)、(B)に示すごとく、炭化タングステン粒子21をコバルト(Co)からなる結合相22によって結合してなる超硬合金2において、その表面に露出した炭化タングステン粒子21にSiC粒子5が衝突することによって、炭化タングステン粒子21が徐々に脱落していく。これによって、超硬合金2の摩耗が進む。
【0004】
それゆえ、炭化タングステン粒子21の脱落を防ぐべく、超硬合金2の表面においては、炭化タングステン粒子21を強固に繋ぎとめる技術が望まれる。
この点について、WC−Co系よりも、WC−Cu系の方が摩耗に対して強い抵抗を示し、摩耗に対する抵抗は30〜60%上昇することが報告されている(非特許文献2)。
【0005】
【非特許文献1】石川周外 他 著、「金型材料における摩擦・摩耗データベースの構築」、型技術者会議2004講演論文集No.211 2004年6月 p.132−133
【非特許文献2】ジェイ・バオ(J.Bao)、ジェイ・ダブリュ・ニューキルク(J.W.Newkirk)、エス・バオ(S.Bao)著、「溶射による耐摩耗炭化タングステンの硬質被覆(Wear-Resistant WC Composite Hard Coating by Brazing)」、ジャーナル オブ マテリアルズ(Journal of Materials)、エンジニアリング アンド パフォーマンス(Engineering and Performance)、第13巻(4)(Volume 13(4))、2004年8月号(August 2004)p.385−388
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
そこで、上記のような金型に用いる超硬合金として、その表面にWC−Cuからなる改質表層を形成することによって耐摩耗性を向上させた耐摩耗金属体が待望されていた。また、このような耐摩耗金属体は、金型に限らず、摩耗が問題となっている種々の分野における超硬合金金属体においても待望されている。
【0007】
本発明は、かかる従来の問題点に鑑みてなされたもので、耐摩耗性に優れた耐摩耗金属体の製造方法を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、炭化タングステン粒子を結合相によって結合してなる超硬合金の表面を酸によってエッチングして上記結合相の一部を除去したエッチング表面を形成するエッチング工程と、
その後、チャンバー内に上記超硬合金と共に配置した銅ターゲットに電子ビームを照射することによって銅をガス化し、ガス化した銅を上記エッチング表面において液化させて上記炭化タングステン粒子の粒界に含浸させる銅含浸工程とを行うことにより、
上記超硬合金の表面に、上記炭化タングステン粒子が銅によって結合された改質表層を形成することを特徴とする耐摩耗金属体の製造方法にある(請求項1)。
【0009】
次に、本発明の作用効果につき説明する。
上記耐摩耗金属体の製造方法は、上記銅含浸工程を有し、銅をガス化して上記エッチング表面に供給し、ガス化した銅を上記エッチング表面において液化させて上記炭化タングステン粒子の粒界に含浸させる。すなわち、ガス化した銅は、上記エッチング表面に形成された炭化タングステン粒子間の微細な粒界に入り込み、エッチング表面において液化した銅は、毛管現象によってさらに炭化タングステン粒子の微細な粒界に含浸していく。
【0010】
すなわち、一定条件下における溶融無酸素銅と炭化タングステン基材との平衡接触角が0°(±5°)となることが、下記の非特許文献3、4において報告されていることからも分かるように、炭化タングステン粒子の表面に対して銅がほぼ完全に濡れる状態となり、上記粒界に含浸していく。
【0011】
<非特許文献3> ジー・カプタイ(G.Kaptay)、イー・バデール(E.Bader)、エル・ボリアン(L.Bolyan)著,「金属マトリックス複合材の製造に関する界面の力とエネルギー」(Interfacial Forces and Energies Relevant to Production of Metal Matrix Composites)」,マテリアルズ サイエンス フォーラム(Materials Science Forum), Vols. 329-330(2000), p.151-156
<非特許文献4> オー・エヌ・ベレズフ(O.N. Verezub)、エル・ゾルタイ(L. Zoltai)、ジー・カプタイ(G.Kaptay)著 「液状銅によるコバルト相結合炭化タングステンの濡れ性と結合(Wettability and joining of cobalt sintered tungten carbide by liquid copper)」出典:イー・ジャーナルISSN1586−0141(e-journal with ISSN 1586-0140)、2003年巻4、No1号(Vol. 4 No.1 Nov. 2003)
【0012】
そして、この銅が固化することにより、上記超硬合金の表面に、上記炭化タングステン粒子が銅によって結合された改質表層を形成することができる。
かかる改質表層は、上述のごとく、耐摩耗性に優れており、例えば、炭化珪素を主成分とするセラミック原料が上記スリットを繰り返し通過しても、それによる摩耗を抑制することができる。
【0013】
以上のごとく、本発明によれば、耐摩耗性に優れた耐摩耗金属体の製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明(請求項1)において、上記耐摩耗金属体は、例えば、炭化珪素を主成分とするセラミックスからなる排ガス浄化フィルタを成型するための金型、スチールラジアルを引き抜き成型するための金型などの各種金型の他、耐チッピング性、耐摩耗性、耐食性を必要とする超硬合金を素材とする種々の金属体として用いることができる。
また、上記改質表層は、上記超硬合金の表面のすべてに形成してもよいし、一部に形成してもよい。
また、上記結合相としては、例えばコバルト(Co)、ニッケル(Ni)を用いることができる。
【0015】
また、上記電子ビームの照射源と上記超硬合金との間に、上記超硬合金へ照射される上記電子ビームのエネルギーを緩和させるための緩衝板を配置することが好ましい(請求項2)。
この場合には、上記電子ビームが上記超硬合金に直接照射されることを防ぎ、超硬合金への衝撃を緩和させることができる。これにより、超硬合金に損傷を与えるおそれを防ぐことができる。
【0016】
また、上記エッチング工程の後であって上記銅含浸工程の前に、上記エッチング表面をアルカリ液によって処理することにより、上記炭化タングステン粒子に付着した酸化物を除去することが好ましい(請求項3)。
この場合には、上記銅含浸工程において含浸させる銅の上記炭化タングステン粒子に対する濡れ性を確保し、銅による上記炭化タングステン粒子の結合力を充分に確保することができる。それゆえ、より確実に炭化タングステン粒子の脱落を防いで、耐摩耗金属体の耐摩耗性を向上させることができる。
【0017】
また、上記エッチング工程における上記結合相の除去深さは、上記炭化タングステン粒子の平均粒径以上であることが好ましい(請求項4)。
この場合には、上記改質表層が充分に形成され、効果的に耐摩耗性を向上させることができる。
上記除去深さが上記炭化タングステン粒子の平均粒径未満の場合には、上記改質表層の厚みが不充分となり、充分な耐摩耗性を得ることが困難となるおそれがある。
たとえば、炭化タングステン粒子の平均粒径が1μm程度であれば、上記結合相の除去深さは、1μm以上であることが好ましい。また、この場合、上記除去深さは10μm以下であることが好ましい。すなわち、炭化タングステン粒子の平均粒径が1μm程度である場合において、上記除去深さが10μmを超えると、上記エッチング工程後の取り扱いにおいて、超硬合金の表面から炭化タングステン粒子が脱落していくおそれがある。
【実施例】
【0018】
(実施例1)
本発明の実施例にかかる耐摩耗金属体の製造方法につき、図1〜図11を用いて説明する。
本例においては、炭化珪素を主成分とするセラミックからなる排ガス浄化フィルタを押し出し成型するための金型1(図5)として用いる耐摩耗金属体を製造する方法につき説明する。
【0019】
まず、図2に示すごとく、炭化タングステン粒子21をコバルトからなる結合相22によって結合してなる超硬合金2を用意する。そして、この超硬合金2を切削加工することにより、図5、図6に示すごとく、排ガス浄化フィルタの隔壁を成型するためのスリット11および該スリット11に炭化珪素を主成分とする原料を供給するための供給穴12を形成する。
【0020】
このように、金型1の形状に加工した超硬合金2に対して、以下に示すエッチング工程及び銅含浸工程を行う。
【0021】
エッチング工程においては、その後、少なくともスリット11の内側表面111を酸によってエッチングして、図3に示すごとく、結合相22の一部を除去したエッチング表面112を形成する。
【0022】
銅含浸工程においては、その後、図7に示すごとく、チャンバー314内に上記超硬合金2と共に配置した銅ターゲット316に電子ビーム301を照射することによって銅をガス化し、ガス化した銅を上記エッチング表面112において液化させて上記炭化タングステン粒子21の粒界に含浸させる。
これにより、図1に示すごとく、スリット11の内側表面111に、炭化タングステン粒子21が銅23によって結合された改質表層113を形成する。
【0023】
以下において、実際に行った耐摩耗金属体の製造方法につき、具体的に説明する。
超硬合金2は、図2に示すごとく、炭化タングステン粒子21をコバルトからなる結合相22によって結合してなる。上記エッチング工程においては、この超硬合金2に設けたスリット11の内側表面111を含めた表面を、エッチングした。
エッチング液としては強酸を用いた。強酸は、富士アセチレン工業(株)社のフジアセクリーン(同社の登録商標)FE-17を、純水との重量比が1:3となるように、純水にて希釈したものを用いた。フジアセクリーンFE-17の組成は、重量比において、HNO3:HF:H2O=53.8:8.0:38.2である。
このエッチング液に、超硬合金2を400秒間、超音波をかけながら浸漬することにより、酸洗いを行い、エッチング表面112を形成した。その後、純水洗浄、乾燥した。
この乾燥後、図9に示すごとく、SEM(走査型電子顕微鏡)にて、エッチング表面112の断面を観察したところ、結合相22の除去深さは、5〜7μmであった。
【0024】
次に、超硬合金2のエッチング表面112をアルカリ溶液によって表面処理した。すなわち、アルカリ溶液に、超硬合金を60分間、超音波をかけながら浸漬した。アルカリ溶液としては、村上氏試薬を希釈せずにそのまま用いた。村上氏試薬の組成は、10重量%水酸化カリウム(KOH)+10重量%フェリシアン化カリウム(K3[Fe(CN)6])+残部水(H2O)である。
その後、純水洗浄し、乾燥した。
【0025】
このアルカリ溶液によるエッチング表面112の表面処理は、図4に示すように炭化タングステン粒子21の表面に形成された薄い酸化膜211を除去するためである。すなわち、露出した炭化タングステン粒子21の表面には、WO3等からなる酸化膜211が形成されることがある。そこで、この酸化膜211を除去して、後に含浸させる銅23と炭化タングステン粒子21との濡れ性、密着性を向上させる。
【0026】
アルカリ洗浄、乾燥後、エッチング表面112をEDS観察したところ、酸素成分が充分に低下していることが確認できた。また、このエッチング表面112を、図10に示すごとく、SEMにて観察したところ、炭化タングステン粒子21の脱落は見られなかった。また、拡大鏡による観察の結果、超硬合金2の寸法公差にも問題はなかった。
【0027】
次に、銅含浸工程を行った。すなわち、酸洗浄及びアルカリ洗浄を行った後の超硬合金2を、図7に示す電子線照射装置3に装填した。
電子線照射装置3は、チャンバー314内に、超硬合金2を載置するターンテーブル33と、その上方に配置された電子ビーム301の照射源30とを有する。また、チャンバー314には、チャンバー314内を真空引きするためのポンプ315が接続されている。
【0028】
上記照射源30は、アルゴンガスを導入するガス導入部35と、導入したアルゴンガス分子を励起させるマグネット312と、励起状態となったアルゴン分子をプラズマ発生部へ搬送する中空アノード36及び中空カソード37と、アルゴン分子をプラズマ化させるプラズマ発生部38と、プラズマ発生部38におけるプラズマ中の電子を銅ターゲット316へ向けて加速するグリッド39と、電子ビーム301を銅ターゲット316へ向けて搬送するドリフトチューブ311とを有する。プラズマ発生部38においては、その周囲に配されたマグネットコイル313によるパルス状磁界によって、アルゴン分子がプラズマ化される。
また、グリッド39を通過した電子ビーム301の束は、チャンバー314の下方に配置されたマグネットコイル323の磁界によって銅ターゲット316へ向かって収束される。なお、図7における符号310は、中空アノード36及び中空カソード37、グリッド39、ドリフトチューブ311に電圧を印加するための電源を示す。
【0029】
このような電子線照射装置3を用いて上記銅含浸工程を行った。
まず、ターンテーブル33の上面に、グラファイトからなる受け板317を配置し、該受け板317の上面に銅ターゲット316を配置し、その上に、超硬合金2を配置する。銅ターゲット316としては、厚み0.05mmの銅箔を用いた。図8に示すごとく、銅ターゲット316は、超硬合金2における、スリット11及び供給穴12が形成された領域に対応する大きさで、その領域に対応するように配置されている。すなわち、供給穴12の形成領域の下方に銅ターゲット316を配置した。
また、超硬合金2の上方に、スペーサ318を介して、グラファイトからなる緩衝板319を配置した。
【0030】
この状態で、チャンバー314内を約10−3Paまで真空引きした後、ターンテーブル33を15回転/分にて回転させながら、照射源30からパルス状の電子ビーム301を銅ターゲット316へ向かって照射した。電子ビーム301は、ビーム電流値100A、加速電圧20kV、パルス幅200μ秒、周波数10Hzにて、10000パルス照射した。このとき、の照射時間は、16分40秒、平均必要動力は4kWであった。
【0031】
上記のごとく、銅ターゲット316に電子ビーム301を照射することにより、銅ターゲット316の銅をガス化して、ガス化した銅が、超硬合金2における供給穴12を通り、スリット11の内側表面111に到達する。そして、ガス化した銅は、内側表面111に形成されたエッチング表面112において液化し、炭化タングステン粒子21の粒界に含浸する。
これにより、スリット11の内側表面111に、図1に示すような、炭化タングステン粒子21が銅23によって結合された改質表層113が形成された。
【0032】
電子ビーム照射後、改質表層113の断面を、図11に示すごとくSEMにて観察したところ、コバルトからなる結合相22が取り除かれた部分には、ほぼ完全に銅23が充填され、気孔は観察されなかった。また、改質表層113における銅23は、炭化タングステン粒子21の粒界のみならず、炭化タングステン粒子21の存在する面Sから0.3〜0.5μmの厚み分外側まで堆積していた。
【0033】
次に、本例の作用効果につき説明する。
上記金型の製造方法は、上記銅含浸工程を有し、銅をガス化して上記エッチング表面112に供給し、ガス化した銅をエッチング表面112において液化させて炭化タングステン粒子21の粒界に含浸させる。すなわち、ガス化した銅は、エッチング表面112に形成された炭化タングステン粒子21間の微細な粒界に入り込み、エッチング表面112において液化した銅は、毛管現象によってさらに炭化タングステン粒子21の微細な粒界に含浸していく。そして、この銅が固化することにより、超硬合金2の表面、すなわち少なくともスリット11の内側表面111に、図1に示すごとく、炭化タングステン粒子21が銅23によって結合された改質表層113を形成することができる。
【0034】
かかる改質表層113は、上述のごとく、耐摩耗性に優れている。それゆえ、炭化珪素を主成分とするセラミック原料がスリット11を繰り返し通過しても、それによる摩耗を抑制することができ、長寿命の金型1を得ることができる。
また、図8に示すごとく、電子ビーム301の照射源33と超硬合金2との間に、緩衝板319を配置するため、電子ビーム301が超硬合金2に直接照射されることを防ぎ、超硬合金2への衝撃を緩和させることができる。これにより、超硬合金2に損傷を与えるおそれを防ぐことができる。
【0035】
また、上記エッチング工程の後であって上記銅含浸工程の前に、エッチング表面112をアルカリ液によって処理することにより、炭化タングステン粒子21に付着した酸化物(酸化膜211)を除去する。これにより、上記銅含浸工程において含浸させる銅23の炭化タングステン粒子21に対する濡れ性を確保し、銅23による炭化タングステン粒子21の結合力を充分に確保することができる。それゆえ、より確実に炭化タングステン粒子21の脱落を防いで、金型1の耐摩耗性を向上させることができる。
【0036】
また、上記エッチング工程における結合相22の除去深さは、5〜7μmであるため、改質表層113が充分に形成され、効果的に耐摩耗性を向上させることができる。
【0037】
以上のごとく、本例によれば、耐摩耗性に優れた耐摩耗金属体の製造方法を提供することができる。
【0038】
(実施例2)
本例は、図12〜図14に示すごとく、本発明の効果を確認すべく、超硬合金2の摩擦・摩耗試験を行った例である。
まず、実施例1と同様の方法にて、超硬合金2の表面に改質表層113を形成した。このとき、超硬合金2は、実施例1に示すような金型1ではなく、図12に示すごとく、平坦な表面411を有する板状の試験体41とし、その表面411に改質表層113(図1)を形成した。この試料を試料1とする。
一方、比較のために、同材料からなる超硬合金の板状体(試験体41)を作製し、改質表層を形成しない、試料2を用意した。
【0039】
これらの試験体41(試料1、試料2)に対して、HEIDON(新東科学株式会社の商標)摩耗・摩擦試験器を用い、その摩擦係数を測定すると共に、耐摩耗性を評価した。
上記の摩耗・摩擦試験器による試験方法を、図12に示すイメージ図を用いて説明する。同図に示すごとく、試験体41の表面411に、直径10mmの炭化珪素からなるインデンタ球42を、荷重100g(0.98N)にて押しつけながら(矢印F)、6mmの距離だけ直線的に摺動させる(矢印M)。このとき、インデンタ球42は回転することなく、常にその球面の同じ位置において試験体41に当接している。この摺動を1000往復行い、摩擦係数を測定した。
【0040】
図13に、試料1及び試料2における摩擦係数の測定結果を示す。同図において、曲線L1が試料1の結果を表し、曲線L2が試料2の結果を表す。ここでは、5往復、50往復、100往復、500往復、1000往復の時点における摩擦係数をプロットし、これらをそれぞれ曲線L1、L2にて結んでいる。なお、各時点の摩擦係数とは、その時点までの連続5往復分の摩擦係数の平均をいう。すなわち、たとえば、5往復の時点における摩擦係数とは、第1往復〜第5往復の平均の摩擦係数を意味し、500往復の時点における摩擦係数とは、第446往復〜第500往復の平均の摩擦係数を意味する。
【0041】
図13から分かるように、各試料の摩擦係数は、いずれも、摺動回数が増えるほど、徐々に増加していく。しかし、試料1の摩擦係数(L1)は、試料2の摩擦係数(L2)に比べて大きく低下している。すなわち、本発明を用いた試料1は、炭化珪素に対する摩擦係数が小さいため、抵抗が小さく摩耗し難いということとなる。
【0042】
また、インデンタ球42を1000往復摺動させた後、さらには20000往復摺動させた後のインデンタ球42の摩耗痕の観察を行った。ここで、試験体41の摩耗痕でなく、インデンタ球42の摩耗痕の観察を行ったのは、超硬合金の硬度が高いため、その摩耗状況の観察が困難なため、インデンタ球42の摩耗痕によって、間接的に試験体41の摩耗度合いを評価するためである。すなわち、インデンタ球42の摩耗痕が大きいほど、インデンタ球42に対して試験体41が強いということとなり、その摩耗度合いは小さく、逆にインデンタ球42の摩耗痕が小さいほど、インデンタ球42に対して試験体41が弱いということとなり、その摩耗度合いは大きいということとなる。
【0043】
この試験により得られたインデンタ球42の摩耗痕のSEM写真を図14に示す。同図の(A)が、試料1に1000往復摺動させたインデンタ球の摩耗痕、(B)が、試料1に20000往復摺動させたインデンタ球の摩耗痕、(C)が、試料2に1000往復摺動させたインデンタ球の摩耗痕、(D)が、試料2に20000往復摺動させたインデンタ球の摩耗痕、をそれぞれ示す。また、各図において、比較的白い略円形状の部分が摩耗痕を表す。
【0044】
同図からわかるように、試料1及び試料2の何れも、1000往復の時点に比べて、20000往復の時点における摩耗痕が確実に大きくなっている。しかし、試料2に用いたインデンタ球42の摩耗痕の直径が、1000往復の時点で170μm、20000往復の時点で320μmであるのに対して、試料1に用いたインデンタ球42の摩耗痕の直径は、1000往復の時点で240μm、20000往復の時点で530μmと大きかった。すなわち、20000往復の時点では、発明品である試料1に用いたインデンタ球42の摩耗痕の直径が、比較品である試料2に用いたインデンタ球42の摩耗痕の直径の2.75倍と大きかった。
この結果から、試料1の摩耗強度が試料2の摩耗強度に対して充分に大きいことが分かり、本発明によれば、摩耗強度に優れた金型を得ることができることが分かる。
【0045】
なお、上記実施例1においては、排ガス浄化フィルタを成型するための金型の製造方法につき説明したが、本発明の製造方法によって得られる耐摩耗金属体は、これ以外にも、例えばスチールラジアルを引き抜き成型するための金型などの各種金型の他、耐チッピング性、耐摩耗性、耐食性を必要とする超硬合金を素材とする種々の金属体として用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】実施例1における、超硬合金の改質表層付近の断面図。
【図2】実施例1における、超硬合金の表層付近の断面図。
【図3】実施例1における、エッチング工程後におけるエッチング表面付近の超硬合金の断面図。
【図4】実施例1における、酸化膜が形成された炭化タングステン粒子の断面図。
【図5】実施例1における、超硬合金(金型)の断面図。
【図6】実施例1における、超硬合金(金型)に形成されたスリット及び供給穴の断面図。
【図7】実施例1における、電子線照射装置の説明図。
【図8】実施例1における、電子線照射装置に装填された超硬合金及びその周辺部材の説明図。
【図9】実施例1における、酸によるエッチング後のエッチング表面付近の断面を示す図面代用SEM写真。
【図10】実施例1における、アルカリ処理後のエッチング表面を示す図面代用SEM写真。
【図11】実施例1における、銅含浸工程後の改質表層付近の断面を示す図面代用SEM写真。
【図12】実施例2における、摩耗・摩擦試験の方法を説明する説明図。
【図13】実施例2における、摩擦係数の測定結果を示す線図。
【図14】実施例2における、(A)試料1に1000往復摺動させたインデンタ球の摩耗痕、(B)試料1に20000往復摺動させたインデンタ球の摩耗痕、(C)試料2に1000往復摺動させたインデンタ球の摩耗痕、(D)試料2に20000往復摺動させたインデンタ球の摩耗痕、をそれぞれ示す図面代用SEM写真。
【図15】炭化珪素による超硬合金の表面の摩耗のメカニズムを説明する説明図。
【符号の説明】
【0047】
1 金型(耐摩耗金属体)
11 スリット
111 内側表面
112 エッチング表面
113 改質表層
12 供給穴
2 超硬合金
21 炭化タングステン粒子
22 結合相
23 銅
【技術分野】
【0001】
本発明は、超硬合金の表面を改質してなる耐摩耗金属体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、炭化珪素(SiC)を主成分とするセラミックスを用いた排ガス浄化フィルタを製造するにあたっては、炭化珪素を主成分とする原料を、金型に通して押し出し成型する。
押し出し成型に用いられる金型は、耐摩耗性に優れた超硬合金からなるものが用いられるが、炭化珪素の粒子の硬度は極めて高く、そのHV硬度は約2500程度となり、金型のHV硬度約1800程度よりも高い。
そのため、押し出し成型を繰り返すことにより、金型における、セラミック原料を成形するためのスリットの内壁が早期に摩耗してしまうという問題がある。
【0003】
このような超硬合金の摩耗のメカニズムについては、超硬合金を構成する炭化タングステン(WC)粒子が、炭化珪素の流れに伴い、脱落することによるものであることが報告されている(非特許文献1)。すなわち、図15(A)、(B)に示すごとく、炭化タングステン粒子21をコバルト(Co)からなる結合相22によって結合してなる超硬合金2において、その表面に露出した炭化タングステン粒子21にSiC粒子5が衝突することによって、炭化タングステン粒子21が徐々に脱落していく。これによって、超硬合金2の摩耗が進む。
【0004】
それゆえ、炭化タングステン粒子21の脱落を防ぐべく、超硬合金2の表面においては、炭化タングステン粒子21を強固に繋ぎとめる技術が望まれる。
この点について、WC−Co系よりも、WC−Cu系の方が摩耗に対して強い抵抗を示し、摩耗に対する抵抗は30〜60%上昇することが報告されている(非特許文献2)。
【0005】
【非特許文献1】石川周外 他 著、「金型材料における摩擦・摩耗データベースの構築」、型技術者会議2004講演論文集No.211 2004年6月 p.132−133
【非特許文献2】ジェイ・バオ(J.Bao)、ジェイ・ダブリュ・ニューキルク(J.W.Newkirk)、エス・バオ(S.Bao)著、「溶射による耐摩耗炭化タングステンの硬質被覆(Wear-Resistant WC Composite Hard Coating by Brazing)」、ジャーナル オブ マテリアルズ(Journal of Materials)、エンジニアリング アンド パフォーマンス(Engineering and Performance)、第13巻(4)(Volume 13(4))、2004年8月号(August 2004)p.385−388
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
そこで、上記のような金型に用いる超硬合金として、その表面にWC−Cuからなる改質表層を形成することによって耐摩耗性を向上させた耐摩耗金属体が待望されていた。また、このような耐摩耗金属体は、金型に限らず、摩耗が問題となっている種々の分野における超硬合金金属体においても待望されている。
【0007】
本発明は、かかる従来の問題点に鑑みてなされたもので、耐摩耗性に優れた耐摩耗金属体の製造方法を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、炭化タングステン粒子を結合相によって結合してなる超硬合金の表面を酸によってエッチングして上記結合相の一部を除去したエッチング表面を形成するエッチング工程と、
その後、チャンバー内に上記超硬合金と共に配置した銅ターゲットに電子ビームを照射することによって銅をガス化し、ガス化した銅を上記エッチング表面において液化させて上記炭化タングステン粒子の粒界に含浸させる銅含浸工程とを行うことにより、
上記超硬合金の表面に、上記炭化タングステン粒子が銅によって結合された改質表層を形成することを特徴とする耐摩耗金属体の製造方法にある(請求項1)。
【0009】
次に、本発明の作用効果につき説明する。
上記耐摩耗金属体の製造方法は、上記銅含浸工程を有し、銅をガス化して上記エッチング表面に供給し、ガス化した銅を上記エッチング表面において液化させて上記炭化タングステン粒子の粒界に含浸させる。すなわち、ガス化した銅は、上記エッチング表面に形成された炭化タングステン粒子間の微細な粒界に入り込み、エッチング表面において液化した銅は、毛管現象によってさらに炭化タングステン粒子の微細な粒界に含浸していく。
【0010】
すなわち、一定条件下における溶融無酸素銅と炭化タングステン基材との平衡接触角が0°(±5°)となることが、下記の非特許文献3、4において報告されていることからも分かるように、炭化タングステン粒子の表面に対して銅がほぼ完全に濡れる状態となり、上記粒界に含浸していく。
【0011】
<非特許文献3> ジー・カプタイ(G.Kaptay)、イー・バデール(E.Bader)、エル・ボリアン(L.Bolyan)著,「金属マトリックス複合材の製造に関する界面の力とエネルギー」(Interfacial Forces and Energies Relevant to Production of Metal Matrix Composites)」,マテリアルズ サイエンス フォーラム(Materials Science Forum), Vols. 329-330(2000), p.151-156
<非特許文献4> オー・エヌ・ベレズフ(O.N. Verezub)、エル・ゾルタイ(L. Zoltai)、ジー・カプタイ(G.Kaptay)著 「液状銅によるコバルト相結合炭化タングステンの濡れ性と結合(Wettability and joining of cobalt sintered tungten carbide by liquid copper)」出典:イー・ジャーナルISSN1586−0141(e-journal with ISSN 1586-0140)、2003年巻4、No1号(Vol. 4 No.1 Nov. 2003)
【0012】
そして、この銅が固化することにより、上記超硬合金の表面に、上記炭化タングステン粒子が銅によって結合された改質表層を形成することができる。
かかる改質表層は、上述のごとく、耐摩耗性に優れており、例えば、炭化珪素を主成分とするセラミック原料が上記スリットを繰り返し通過しても、それによる摩耗を抑制することができる。
【0013】
以上のごとく、本発明によれば、耐摩耗性に優れた耐摩耗金属体の製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明(請求項1)において、上記耐摩耗金属体は、例えば、炭化珪素を主成分とするセラミックスからなる排ガス浄化フィルタを成型するための金型、スチールラジアルを引き抜き成型するための金型などの各種金型の他、耐チッピング性、耐摩耗性、耐食性を必要とする超硬合金を素材とする種々の金属体として用いることができる。
また、上記改質表層は、上記超硬合金の表面のすべてに形成してもよいし、一部に形成してもよい。
また、上記結合相としては、例えばコバルト(Co)、ニッケル(Ni)を用いることができる。
【0015】
また、上記電子ビームの照射源と上記超硬合金との間に、上記超硬合金へ照射される上記電子ビームのエネルギーを緩和させるための緩衝板を配置することが好ましい(請求項2)。
この場合には、上記電子ビームが上記超硬合金に直接照射されることを防ぎ、超硬合金への衝撃を緩和させることができる。これにより、超硬合金に損傷を与えるおそれを防ぐことができる。
【0016】
また、上記エッチング工程の後であって上記銅含浸工程の前に、上記エッチング表面をアルカリ液によって処理することにより、上記炭化タングステン粒子に付着した酸化物を除去することが好ましい(請求項3)。
この場合には、上記銅含浸工程において含浸させる銅の上記炭化タングステン粒子に対する濡れ性を確保し、銅による上記炭化タングステン粒子の結合力を充分に確保することができる。それゆえ、より確実に炭化タングステン粒子の脱落を防いで、耐摩耗金属体の耐摩耗性を向上させることができる。
【0017】
また、上記エッチング工程における上記結合相の除去深さは、上記炭化タングステン粒子の平均粒径以上であることが好ましい(請求項4)。
この場合には、上記改質表層が充分に形成され、効果的に耐摩耗性を向上させることができる。
上記除去深さが上記炭化タングステン粒子の平均粒径未満の場合には、上記改質表層の厚みが不充分となり、充分な耐摩耗性を得ることが困難となるおそれがある。
たとえば、炭化タングステン粒子の平均粒径が1μm程度であれば、上記結合相の除去深さは、1μm以上であることが好ましい。また、この場合、上記除去深さは10μm以下であることが好ましい。すなわち、炭化タングステン粒子の平均粒径が1μm程度である場合において、上記除去深さが10μmを超えると、上記エッチング工程後の取り扱いにおいて、超硬合金の表面から炭化タングステン粒子が脱落していくおそれがある。
【実施例】
【0018】
(実施例1)
本発明の実施例にかかる耐摩耗金属体の製造方法につき、図1〜図11を用いて説明する。
本例においては、炭化珪素を主成分とするセラミックからなる排ガス浄化フィルタを押し出し成型するための金型1(図5)として用いる耐摩耗金属体を製造する方法につき説明する。
【0019】
まず、図2に示すごとく、炭化タングステン粒子21をコバルトからなる結合相22によって結合してなる超硬合金2を用意する。そして、この超硬合金2を切削加工することにより、図5、図6に示すごとく、排ガス浄化フィルタの隔壁を成型するためのスリット11および該スリット11に炭化珪素を主成分とする原料を供給するための供給穴12を形成する。
【0020】
このように、金型1の形状に加工した超硬合金2に対して、以下に示すエッチング工程及び銅含浸工程を行う。
【0021】
エッチング工程においては、その後、少なくともスリット11の内側表面111を酸によってエッチングして、図3に示すごとく、結合相22の一部を除去したエッチング表面112を形成する。
【0022】
銅含浸工程においては、その後、図7に示すごとく、チャンバー314内に上記超硬合金2と共に配置した銅ターゲット316に電子ビーム301を照射することによって銅をガス化し、ガス化した銅を上記エッチング表面112において液化させて上記炭化タングステン粒子21の粒界に含浸させる。
これにより、図1に示すごとく、スリット11の内側表面111に、炭化タングステン粒子21が銅23によって結合された改質表層113を形成する。
【0023】
以下において、実際に行った耐摩耗金属体の製造方法につき、具体的に説明する。
超硬合金2は、図2に示すごとく、炭化タングステン粒子21をコバルトからなる結合相22によって結合してなる。上記エッチング工程においては、この超硬合金2に設けたスリット11の内側表面111を含めた表面を、エッチングした。
エッチング液としては強酸を用いた。強酸は、富士アセチレン工業(株)社のフジアセクリーン(同社の登録商標)FE-17を、純水との重量比が1:3となるように、純水にて希釈したものを用いた。フジアセクリーンFE-17の組成は、重量比において、HNO3:HF:H2O=53.8:8.0:38.2である。
このエッチング液に、超硬合金2を400秒間、超音波をかけながら浸漬することにより、酸洗いを行い、エッチング表面112を形成した。その後、純水洗浄、乾燥した。
この乾燥後、図9に示すごとく、SEM(走査型電子顕微鏡)にて、エッチング表面112の断面を観察したところ、結合相22の除去深さは、5〜7μmであった。
【0024】
次に、超硬合金2のエッチング表面112をアルカリ溶液によって表面処理した。すなわち、アルカリ溶液に、超硬合金を60分間、超音波をかけながら浸漬した。アルカリ溶液としては、村上氏試薬を希釈せずにそのまま用いた。村上氏試薬の組成は、10重量%水酸化カリウム(KOH)+10重量%フェリシアン化カリウム(K3[Fe(CN)6])+残部水(H2O)である。
その後、純水洗浄し、乾燥した。
【0025】
このアルカリ溶液によるエッチング表面112の表面処理は、図4に示すように炭化タングステン粒子21の表面に形成された薄い酸化膜211を除去するためである。すなわち、露出した炭化タングステン粒子21の表面には、WO3等からなる酸化膜211が形成されることがある。そこで、この酸化膜211を除去して、後に含浸させる銅23と炭化タングステン粒子21との濡れ性、密着性を向上させる。
【0026】
アルカリ洗浄、乾燥後、エッチング表面112をEDS観察したところ、酸素成分が充分に低下していることが確認できた。また、このエッチング表面112を、図10に示すごとく、SEMにて観察したところ、炭化タングステン粒子21の脱落は見られなかった。また、拡大鏡による観察の結果、超硬合金2の寸法公差にも問題はなかった。
【0027】
次に、銅含浸工程を行った。すなわち、酸洗浄及びアルカリ洗浄を行った後の超硬合金2を、図7に示す電子線照射装置3に装填した。
電子線照射装置3は、チャンバー314内に、超硬合金2を載置するターンテーブル33と、その上方に配置された電子ビーム301の照射源30とを有する。また、チャンバー314には、チャンバー314内を真空引きするためのポンプ315が接続されている。
【0028】
上記照射源30は、アルゴンガスを導入するガス導入部35と、導入したアルゴンガス分子を励起させるマグネット312と、励起状態となったアルゴン分子をプラズマ発生部へ搬送する中空アノード36及び中空カソード37と、アルゴン分子をプラズマ化させるプラズマ発生部38と、プラズマ発生部38におけるプラズマ中の電子を銅ターゲット316へ向けて加速するグリッド39と、電子ビーム301を銅ターゲット316へ向けて搬送するドリフトチューブ311とを有する。プラズマ発生部38においては、その周囲に配されたマグネットコイル313によるパルス状磁界によって、アルゴン分子がプラズマ化される。
また、グリッド39を通過した電子ビーム301の束は、チャンバー314の下方に配置されたマグネットコイル323の磁界によって銅ターゲット316へ向かって収束される。なお、図7における符号310は、中空アノード36及び中空カソード37、グリッド39、ドリフトチューブ311に電圧を印加するための電源を示す。
【0029】
このような電子線照射装置3を用いて上記銅含浸工程を行った。
まず、ターンテーブル33の上面に、グラファイトからなる受け板317を配置し、該受け板317の上面に銅ターゲット316を配置し、その上に、超硬合金2を配置する。銅ターゲット316としては、厚み0.05mmの銅箔を用いた。図8に示すごとく、銅ターゲット316は、超硬合金2における、スリット11及び供給穴12が形成された領域に対応する大きさで、その領域に対応するように配置されている。すなわち、供給穴12の形成領域の下方に銅ターゲット316を配置した。
また、超硬合金2の上方に、スペーサ318を介して、グラファイトからなる緩衝板319を配置した。
【0030】
この状態で、チャンバー314内を約10−3Paまで真空引きした後、ターンテーブル33を15回転/分にて回転させながら、照射源30からパルス状の電子ビーム301を銅ターゲット316へ向かって照射した。電子ビーム301は、ビーム電流値100A、加速電圧20kV、パルス幅200μ秒、周波数10Hzにて、10000パルス照射した。このとき、の照射時間は、16分40秒、平均必要動力は4kWであった。
【0031】
上記のごとく、銅ターゲット316に電子ビーム301を照射することにより、銅ターゲット316の銅をガス化して、ガス化した銅が、超硬合金2における供給穴12を通り、スリット11の内側表面111に到達する。そして、ガス化した銅は、内側表面111に形成されたエッチング表面112において液化し、炭化タングステン粒子21の粒界に含浸する。
これにより、スリット11の内側表面111に、図1に示すような、炭化タングステン粒子21が銅23によって結合された改質表層113が形成された。
【0032】
電子ビーム照射後、改質表層113の断面を、図11に示すごとくSEMにて観察したところ、コバルトからなる結合相22が取り除かれた部分には、ほぼ完全に銅23が充填され、気孔は観察されなかった。また、改質表層113における銅23は、炭化タングステン粒子21の粒界のみならず、炭化タングステン粒子21の存在する面Sから0.3〜0.5μmの厚み分外側まで堆積していた。
【0033】
次に、本例の作用効果につき説明する。
上記金型の製造方法は、上記銅含浸工程を有し、銅をガス化して上記エッチング表面112に供給し、ガス化した銅をエッチング表面112において液化させて炭化タングステン粒子21の粒界に含浸させる。すなわち、ガス化した銅は、エッチング表面112に形成された炭化タングステン粒子21間の微細な粒界に入り込み、エッチング表面112において液化した銅は、毛管現象によってさらに炭化タングステン粒子21の微細な粒界に含浸していく。そして、この銅が固化することにより、超硬合金2の表面、すなわち少なくともスリット11の内側表面111に、図1に示すごとく、炭化タングステン粒子21が銅23によって結合された改質表層113を形成することができる。
【0034】
かかる改質表層113は、上述のごとく、耐摩耗性に優れている。それゆえ、炭化珪素を主成分とするセラミック原料がスリット11を繰り返し通過しても、それによる摩耗を抑制することができ、長寿命の金型1を得ることができる。
また、図8に示すごとく、電子ビーム301の照射源33と超硬合金2との間に、緩衝板319を配置するため、電子ビーム301が超硬合金2に直接照射されることを防ぎ、超硬合金2への衝撃を緩和させることができる。これにより、超硬合金2に損傷を与えるおそれを防ぐことができる。
【0035】
また、上記エッチング工程の後であって上記銅含浸工程の前に、エッチング表面112をアルカリ液によって処理することにより、炭化タングステン粒子21に付着した酸化物(酸化膜211)を除去する。これにより、上記銅含浸工程において含浸させる銅23の炭化タングステン粒子21に対する濡れ性を確保し、銅23による炭化タングステン粒子21の結合力を充分に確保することができる。それゆえ、より確実に炭化タングステン粒子21の脱落を防いで、金型1の耐摩耗性を向上させることができる。
【0036】
また、上記エッチング工程における結合相22の除去深さは、5〜7μmであるため、改質表層113が充分に形成され、効果的に耐摩耗性を向上させることができる。
【0037】
以上のごとく、本例によれば、耐摩耗性に優れた耐摩耗金属体の製造方法を提供することができる。
【0038】
(実施例2)
本例は、図12〜図14に示すごとく、本発明の効果を確認すべく、超硬合金2の摩擦・摩耗試験を行った例である。
まず、実施例1と同様の方法にて、超硬合金2の表面に改質表層113を形成した。このとき、超硬合金2は、実施例1に示すような金型1ではなく、図12に示すごとく、平坦な表面411を有する板状の試験体41とし、その表面411に改質表層113(図1)を形成した。この試料を試料1とする。
一方、比較のために、同材料からなる超硬合金の板状体(試験体41)を作製し、改質表層を形成しない、試料2を用意した。
【0039】
これらの試験体41(試料1、試料2)に対して、HEIDON(新東科学株式会社の商標)摩耗・摩擦試験器を用い、その摩擦係数を測定すると共に、耐摩耗性を評価した。
上記の摩耗・摩擦試験器による試験方法を、図12に示すイメージ図を用いて説明する。同図に示すごとく、試験体41の表面411に、直径10mmの炭化珪素からなるインデンタ球42を、荷重100g(0.98N)にて押しつけながら(矢印F)、6mmの距離だけ直線的に摺動させる(矢印M)。このとき、インデンタ球42は回転することなく、常にその球面の同じ位置において試験体41に当接している。この摺動を1000往復行い、摩擦係数を測定した。
【0040】
図13に、試料1及び試料2における摩擦係数の測定結果を示す。同図において、曲線L1が試料1の結果を表し、曲線L2が試料2の結果を表す。ここでは、5往復、50往復、100往復、500往復、1000往復の時点における摩擦係数をプロットし、これらをそれぞれ曲線L1、L2にて結んでいる。なお、各時点の摩擦係数とは、その時点までの連続5往復分の摩擦係数の平均をいう。すなわち、たとえば、5往復の時点における摩擦係数とは、第1往復〜第5往復の平均の摩擦係数を意味し、500往復の時点における摩擦係数とは、第446往復〜第500往復の平均の摩擦係数を意味する。
【0041】
図13から分かるように、各試料の摩擦係数は、いずれも、摺動回数が増えるほど、徐々に増加していく。しかし、試料1の摩擦係数(L1)は、試料2の摩擦係数(L2)に比べて大きく低下している。すなわち、本発明を用いた試料1は、炭化珪素に対する摩擦係数が小さいため、抵抗が小さく摩耗し難いということとなる。
【0042】
また、インデンタ球42を1000往復摺動させた後、さらには20000往復摺動させた後のインデンタ球42の摩耗痕の観察を行った。ここで、試験体41の摩耗痕でなく、インデンタ球42の摩耗痕の観察を行ったのは、超硬合金の硬度が高いため、その摩耗状況の観察が困難なため、インデンタ球42の摩耗痕によって、間接的に試験体41の摩耗度合いを評価するためである。すなわち、インデンタ球42の摩耗痕が大きいほど、インデンタ球42に対して試験体41が強いということとなり、その摩耗度合いは小さく、逆にインデンタ球42の摩耗痕が小さいほど、インデンタ球42に対して試験体41が弱いということとなり、その摩耗度合いは大きいということとなる。
【0043】
この試験により得られたインデンタ球42の摩耗痕のSEM写真を図14に示す。同図の(A)が、試料1に1000往復摺動させたインデンタ球の摩耗痕、(B)が、試料1に20000往復摺動させたインデンタ球の摩耗痕、(C)が、試料2に1000往復摺動させたインデンタ球の摩耗痕、(D)が、試料2に20000往復摺動させたインデンタ球の摩耗痕、をそれぞれ示す。また、各図において、比較的白い略円形状の部分が摩耗痕を表す。
【0044】
同図からわかるように、試料1及び試料2の何れも、1000往復の時点に比べて、20000往復の時点における摩耗痕が確実に大きくなっている。しかし、試料2に用いたインデンタ球42の摩耗痕の直径が、1000往復の時点で170μm、20000往復の時点で320μmであるのに対して、試料1に用いたインデンタ球42の摩耗痕の直径は、1000往復の時点で240μm、20000往復の時点で530μmと大きかった。すなわち、20000往復の時点では、発明品である試料1に用いたインデンタ球42の摩耗痕の直径が、比較品である試料2に用いたインデンタ球42の摩耗痕の直径の2.75倍と大きかった。
この結果から、試料1の摩耗強度が試料2の摩耗強度に対して充分に大きいことが分かり、本発明によれば、摩耗強度に優れた金型を得ることができることが分かる。
【0045】
なお、上記実施例1においては、排ガス浄化フィルタを成型するための金型の製造方法につき説明したが、本発明の製造方法によって得られる耐摩耗金属体は、これ以外にも、例えばスチールラジアルを引き抜き成型するための金型などの各種金型の他、耐チッピング性、耐摩耗性、耐食性を必要とする超硬合金を素材とする種々の金属体として用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】実施例1における、超硬合金の改質表層付近の断面図。
【図2】実施例1における、超硬合金の表層付近の断面図。
【図3】実施例1における、エッチング工程後におけるエッチング表面付近の超硬合金の断面図。
【図4】実施例1における、酸化膜が形成された炭化タングステン粒子の断面図。
【図5】実施例1における、超硬合金(金型)の断面図。
【図6】実施例1における、超硬合金(金型)に形成されたスリット及び供給穴の断面図。
【図7】実施例1における、電子線照射装置の説明図。
【図8】実施例1における、電子線照射装置に装填された超硬合金及びその周辺部材の説明図。
【図9】実施例1における、酸によるエッチング後のエッチング表面付近の断面を示す図面代用SEM写真。
【図10】実施例1における、アルカリ処理後のエッチング表面を示す図面代用SEM写真。
【図11】実施例1における、銅含浸工程後の改質表層付近の断面を示す図面代用SEM写真。
【図12】実施例2における、摩耗・摩擦試験の方法を説明する説明図。
【図13】実施例2における、摩擦係数の測定結果を示す線図。
【図14】実施例2における、(A)試料1に1000往復摺動させたインデンタ球の摩耗痕、(B)試料1に20000往復摺動させたインデンタ球の摩耗痕、(C)試料2に1000往復摺動させたインデンタ球の摩耗痕、(D)試料2に20000往復摺動させたインデンタ球の摩耗痕、をそれぞれ示す図面代用SEM写真。
【図15】炭化珪素による超硬合金の表面の摩耗のメカニズムを説明する説明図。
【符号の説明】
【0047】
1 金型(耐摩耗金属体)
11 スリット
111 内側表面
112 エッチング表面
113 改質表層
12 供給穴
2 超硬合金
21 炭化タングステン粒子
22 結合相
23 銅
【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭化タングステン粒子を結合相によって結合してなる超硬合金の表面を酸によってエッチングして上記結合相の一部を除去したエッチング表面を形成するエッチング工程と、
その後、チャンバー内に上記超硬合金と共に配置した銅ターゲットに電子ビームを照射することによって銅をガス化し、ガス化した銅を上記エッチング表面において液化させて上記炭化タングステン粒子の粒界に含浸させる銅含浸工程とを行うことにより、
上記超硬合金の表面に、上記炭化タングステン粒子が銅によって結合された改質表層を形成することを特徴とする耐摩耗金属体の製造方法。
【請求項2】
請求項1において、上記電子ビームの照射源と上記超硬合金との間に、上記超硬合金へ照射される上記電子ビームのエネルギーを緩和させるための緩衝板を配置することを特徴とする耐摩耗金属体の製造方法。
【請求項3】
請求項1又は2において、上記エッチング工程の後であって上記銅含浸工程の前に、上記エッチング表面をアルカリ液によって処理することにより、上記炭化タングステン粒子に付着した酸化物を除去することを特徴とする耐摩耗金属体の製造方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか一項において、上記エッチング工程における上記結合相の除去深さは、上記炭化タングステン粒子の平均粒径以上であることを特徴とする耐摩耗金属体の製造方法。
【請求項1】
炭化タングステン粒子を結合相によって結合してなる超硬合金の表面を酸によってエッチングして上記結合相の一部を除去したエッチング表面を形成するエッチング工程と、
その後、チャンバー内に上記超硬合金と共に配置した銅ターゲットに電子ビームを照射することによって銅をガス化し、ガス化した銅を上記エッチング表面において液化させて上記炭化タングステン粒子の粒界に含浸させる銅含浸工程とを行うことにより、
上記超硬合金の表面に、上記炭化タングステン粒子が銅によって結合された改質表層を形成することを特徴とする耐摩耗金属体の製造方法。
【請求項2】
請求項1において、上記電子ビームの照射源と上記超硬合金との間に、上記超硬合金へ照射される上記電子ビームのエネルギーを緩和させるための緩衝板を配置することを特徴とする耐摩耗金属体の製造方法。
【請求項3】
請求項1又は2において、上記エッチング工程の後であって上記銅含浸工程の前に、上記エッチング表面をアルカリ液によって処理することにより、上記炭化タングステン粒子に付着した酸化物を除去することを特徴とする耐摩耗金属体の製造方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか一項において、上記エッチング工程における上記結合相の除去深さは、上記炭化タングステン粒子の平均粒径以上であることを特徴とする耐摩耗金属体の製造方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図12】
【図13】
【図15】
【図9】
【図10】
【図11】
【図14】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図12】
【図13】
【図15】
【図9】
【図10】
【図11】
【図14】
【公開番号】特開2010−24519(P2010−24519A)
【公開日】平成22年2月4日(2010.2.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−189637(P2008−189637)
【出願日】平成20年7月23日(2008.7.23)
【出願人】(591098112)イビデンエンジニアリング株式会社 (7)
【出願人】(000120755)永田精機株式会社 (12)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年2月4日(2010.2.4)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年7月23日(2008.7.23)
【出願人】(591098112)イビデンエンジニアリング株式会社 (7)
【出願人】(000120755)永田精機株式会社 (12)
【Fターム(参考)】
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