説明

葛の根由来の抽出物を含む化粧品

【課題】廃棄されていた葛澱粉精製済みの葛根抽出物の有効利用を図るとともに、安価かつ効果的な化粧品素材を提供する。
【解決手段】廃棄されていた葛澱粉精製済みの葛根抽出物は、既存のカッコン抽出物よりも強い美白作用と抗酸化作用を示すとともに、葛澱粉精製済みの葛根抽出物中に6−ゲラニル−クメストロールが豊富に含有されていることを見出した。6−ゲラニル−クメストロールには強い美白作用、抗酸化作用、抗炎症作用が示唆され、葛澱粉精製済みの葛根抽出物を使うことで、美白作用や抗酸化作用、抗炎症作用に優れた新規の化粧品を提供することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、葛澱粉を精製後の葛根から得られる抽出物の化粧品利用に関する。
【背景技術】
【0002】
葛は日本を初めとする世界各地に自生するマメ科植物である。葛の根から冷水で粗精製澱粉をもみ出し、さらに冷水を使って粗精製澱粉を洗い、繰り返し精製することで葛澱粉を得ることができる。この生産工程で、葛澱粉の他に、残渣である澱粉精製済みの葛根が多量に発生する。葛澱粉は奈良県の吉野葛や福岡県の秋月葛のように地域の特産品として盛んに生産され、日本国内での葛澱粉の生産量は数百トンにも及ぶ。その精製残渣である葛根の発生量は、その数倍以上の年間千トン以上になる。これらの繊維の一部はハンカチやタオル等に加工され販売されているが、そのほとんどは産業廃棄物として廃棄されている。一方、葛の根は、その澱粉が食品として利用されるだけでなく、掘り出した葛の根をサイコロ状に切って天日で乾燥させた葛根(カッコン)は漢方薬や生薬の原料としても利用されている。さらに、カッコンはエタノールや1,3−ブチレングリコールで浸漬し得られた抽出液が、カッコン抽出物として化粧品の添加物としても使用されている。しかしながら、野外で掘り出した葛の根を天日で乾燥させ、そのまま、抽出して得られるカッコンエキス中には、精製前の澱粉や、その他、不純物も多く含まれ、化粧品に配合すると濁りが生じたり、製剤中に沈殿物が生じたりすることもあり、使い勝手に問題がある。
【0003】
葛の根には澱粉以外にもイソフラボンやβ−シトステロールなど様々な成分が含まれ、これらの成分が生薬や化粧品原料の有効成分として働いていると考えられている。しかしながら、これらの成分の多くは冷水への溶解性が少ないものも多く、精製後にも葛根の繊維に残留している成分も多く存在すると考える。
【0004】
そこで、本発明者らは、廃棄されている澱粉精製後の葛根を化粧品成分として利用することを目的に、澱粉を精製済みの葛根の抽出物について、化粧品成分としての有効性について詳細に研究することにした。その結果、澱粉精製済みの葛の根の抽出物は、強いチロシナーゼ阻害作用および、抗酸化作用を示し、化粧品の成分として有望である。また、その抽出物は、葛根の稀少成分である(化1)に示す6
−ゲラニル−クメストロールを比較的多量に含有することを明らかにした。
【0005】
【化1】


6−ゲラニル−クメストロールは、非特許文献1において示されるようにKim,Jong Minらにより2008年に葛の根より初めて単離された物質であるが、本物質の生理作用についてはKim,Jong Minらによる最終糖代謝物質の生成抑制作用以外、報告はない。
【0006】
葛澱粉およびカッコン以外の葛の利用方法については、葛の花から得られる葛花処理物の外用剤としての利用法が特許文献1において開示されている。さらに、特許文献2においては、カッコンを初めとする各種生薬の温水抽出物残渣から、有機溶媒を用いて抽出した抽出物を含有することを特徴とする外用組成物について開示されている。しかしながら、葛澱粉を精製後の残渣である澱粉精製済みの葛根に注目し、その生理作用や成分について探索した研究例はなく、澱粉精製済みの葛根の成分が、化粧品に利用された実績はない。
【0007】
一方、肌の黒色化の原因は、肌に蓄積したメラニン色素である。このメラニン色素の合成を阻害する美白剤は、化粧品や食品、医薬品の有効成分として様々な化合物が開発されている。美白作用を示す化合物として、これまでにアルブチンやコウジ酸、ルシノール、アスコルビン酸およびその誘導体が開発されている。アルブチンやコウジ酸、ルシノールのような美白剤は、メラニン合成におけるキー酵素であるチロシナーゼの活性を阻害することで、メラニンの合成を阻害し肌の黒色化を防ぐ。アスコルビン酸やその誘導体はメラニンやメラニン生成における中間体を還元することによりメラニンの蓄積を阻害する。しかしながら、これらの美白剤の美白作用は、いずれも不十分であり、効果的な美白剤の開発が期待されている。
【0008】
抗酸化剤とは、物質の酸化を阻害する還元作用に優れた物質である。この還元作用により、他の物質の酸化を防ぐことができる。抗酸化剤は生体に対して損傷を与え、炎症や老化、発癌などの原因となるスーパーオキシドラジカルやヒドロキシラジカルのような活性酸素や過酸化脂質などのラジカルを消去することができる。また、メラニン合成における生合成経路において、抗酸化物質はメラニンやメラニン生成における中間体に対して還元作用を示し、メラニン合成をも阻害する。抗酸化剤としても、これまでにいくつかの化合物が開発されている。これまでに開発された抗酸化剤として代表的な化合物にはブチルヒドロキシトルエン(BHT)、α−トコフェロールなどがある。特にα−トコフェロールは優れた抗酸化活性を示し、化粧品や食品、医薬品の有効成分として多用されている抗酸化剤である。しかし、既存の抗酸化剤は安定性にも欠け、着色や変色、においの変化の原因となる。また、既存の抗酸化剤では効果の不十分なものも多い。従って、より効果的で安定な抗酸化剤の開発が期待されている。
【0009】
肌の炎症の原因となる刺激には、接触による物理的刺激の他、活性酸素、紫外線や化学物質、アレルギー物質、アクネ菌などの細菌による刺激がある。刺激の種類によって炎症は、接触皮膚炎、アクネ、アトピー性皮膚炎、日焼け、肌荒れなど、肌上に様々な皮膚トラブルとなって現れる。抗炎症剤は、このような炎症を抑え、肌トラブルのない健やかな皮膚へと導くことができる。このような観点から、これまでにいくつかの抗炎症剤が開発され、化粧品の有効成分としても使用されてきた。化粧品成分としては、例えば、グリチルリチン酸やその誘導体、植物エキスなどが抗炎症剤として使用されている。しかしながら、これらの成分は効果が不十分なものも多く、さらに効果的な抗炎症剤が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】国際公開第WO2006/038721号
【特許文献2】特開2002−68931号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】Kim,Jong Minら、Puerarol from the roots of Pueraria lobata inhibits the formation of advanced glycation end products(AGEs)in vivo.,Natural Product Sience,14(3),192−195,(2008)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、食品用澱粉を精製後の廃棄資源である葛の根より抽出することで得られる抽出物を含有する化粧品、または、優れた新規の美白剤および抗酸化剤、活性酸素除去剤、抗炎症剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、従来、廃棄されていた食品用澱粉を精製後の葛根の有効利用を図り、化粧品成分としての機能性を研究したところ、葛澱粉を精製済みの葛根から得られる抽出物に強い美白作用や抗酸化作用を見出した。さらに、優れた美白効果および抗酸化作用を示す6−ゲラニル−クメストロールを単離するに至った。すなわち、本物質は強い抗酸化作用および美白作用、抗炎症作用を示す。従って、従来、廃棄されていた葛澱粉を精製後の葛根から6−ゲラニル−クメストロールを含む抽出物を生産し、抗酸化剤および美白剤、抗炎症剤として利用することができる。
【0014】
従って、本発明は以下を提供する。
(項目1)
葛澱粉を精製済みの葛根から得られる抽出物を含有する化粧料。
(項目2)
葛澱粉を精製済みの葛根から得られる抽出物を含有する美白剤。
(項目3)
葛澱粉を精製済みの葛根から得られる抽出物を含有する抗酸化剤。
(項目4)
葛澱粉を精製済みの葛根から得られる抽出物を含有する抗炎症剤。
(項目5)
化粧料、美白剤、抗酸化剤、または、抗炎症剤の成分として用いる葛澱粉を精製済みの葛根から得られる抽出物を得る方法であって、以下:
(a)葛根より澱粉を精製する工程、および
(b)工程(a)の精製によって得られた残渣について、有機溶媒を用いて抽出物を得る工程、
を包含する、方法。
(項目6)
6−ゲラニル−クメストロールを含有する化粧料。
(項目7)
6−ゲラニル−クメストロールを含有する美白剤。
(項目8)
6−ゲラニル−クメストロールを含有する抗酸化剤。
(項目9)
6−ゲラニル−クメストロールを含有する抗炎症剤。
(項目10)
化粧料、美白剤、抗酸化剤、または、抗炎症剤の成分として6−ゲラニル−クメストロールを含む抽出物を得る方法であって、以下:
(a)葛根より澱粉を精製する工程、および
(b)工程(a)の精製によって得られた残渣について、有機溶媒を用いて抽出物を得る工程、
を包含する、方法。
【発明の効果】
【0015】
葛根より食品用澱粉を精製後に得られる葛根の澱粉精製残渣より有機溶媒を用いて抽出することで得られる抽出物を、抗酸化剤や美白剤として利用することができる。さらには、以下の構造を有する
【0016】
【化2】


6−ゲラニル−クメストロールまたは6−ゲラニル−クメストロールを含む抽出物を化粧料に配合することで、美白作用および抗酸化作用に優れた化粧料を提供することができる。
【0017】
また、本発明の実施により、葛澱粉の生産に伴って大量に発生する未利用資源である、葛澱粉を精製後の葛根から有効成分を取り出し、利用することができる。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明を説明する。本明細書において使用される用語は、特に言及されない限り、当該分野で通常用いられる意味で用いられるべきである。したがって、他に定義されない限り、本明細書中で使用される全ての専門用語および科学技術語は、本発明の属する分野の当業者によって一般に理解されるのと同じ意味を有する。矛盾する場合、本明細書が優先する。
【0019】
本発明に使用する食品澱粉抽出後の葛の根としては、日本国内だけでなく、世界各地で生産される葛澱粉を生産時に発生する葛の根であれば、いずれであっても本発明に使用することができる。葛澱粉を生産時に発生する葛根を有機溶媒で抽出することで本発明の化合物を含有する組成物を得ることができる。
【0020】
本明細書において使用する場合、用語「葛」とは、マメ科に属する蔓性の多年草であり、澱粉質を含む根を持つ植物をいう。
【0021】
本明細書において使用する場合、葛澱粉の精製とは、葛から澱粉を精製する工程であって、限定されることはないが、例えば、葛の根を繊維状に粉砕した後、水と一緒に澱粉質を含む沈殿物を揉みだし、底に残る白い沈殿物を集めた後、何度も冷水で晒し白色の葛澱粉を得るという工程によって、行われる。
【0022】
本発明の実施において葛根からの抽出物の調製に使用する溶媒もしくは抽出方法は特に限定されない。例えば、メタノール、エタノール、ヘキサン、ベンゼン、アセトン、酢酸エチル、クロロホルム、ジクロロホルム、ジエチルエーテル、1,3−ブチレングリコール、グリセリン、プロピレングリコール等の有機溶媒を1種または2種以上混合して使用することができる。また、これらの有機溶媒と水を適当な比率で混合して使用しても良い。好ましい抽出溶媒は、エタノール、1,3−ブチレングリコール、グリセンリン、プロピレングリコールである。抽出時間や抽出温度、抽出方法等の条件は特に限定されない。溶媒の残留性や経済性、作業効率を考慮すると葛澱粉生産時に発生する葛の根を乾燥し、若しくは、そのまま、エタノール、1,3−ブチレングリコール、グリセンリン、プロピレングリコール等の溶媒で1〜10日間抽出することで、本発明の抽出液を得ることができる。得られた抽出物は、さらに濃縮、若しくは、そのまま吸着性のイオン交換樹脂やアルミナ、シリカゲル等の吸着剤によりさらに精製して使用することもできるが、その精製方法等は限定されることはない。
【0023】
本発明において、澱粉を精製済みの葛根から得られる抽出物は化粧品に配合して使用することができる。本発明の化合物を配合する化粧品の形状は問わない。例えば、液状、ゲル状、クリーム状、顆粒状、固体などの形態に使用できる。本発明の化合物を化粧品として使用する場合、化粧水、石鹸、浴用剤、シャンプー、リンス、リップスティック、口紅、ファンデーション等の医薬部外品も含めた化粧品に配合することができる。
【0024】
本発明の抽出物の配合量は特に限定されないが、十分な効果を得るには、好ましくは、0.01〜10重量%配合する。
【0025】
本発明の化粧品には、油脂類、ロウ類、炭化水素類、シリコーン類、脂肪酸類、アルコール類、エステル類、界面活性剤。増粘剤、粉末等の化粧品基剤の他、医薬部外品や医薬品の有効成分、pH調整剤、防腐剤、色素、香料、酸化防止剤、天然由来エキス等も必要に応じて配合することができる。
【0026】
以下に実施例において、本発明を詳しく説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例】
【0027】
(実施例1:葛根からの抽出物の抽出)
葛澱粉精製後の葛根を乾燥させ、その生重量の15倍のエタノールに2日間、浸漬した。2日後、エタノール抽出液と残渣を、ろ紙を用いて分離した。得られたエタノール抽出液を減圧濃縮することでエタノールを完全に除き、葛澱粉を精製済みの葛根から得られる抽出物を得た。同様に掘り出した葛の根をサイコロ状に切り取り乾燥させて得られるカッコンを、その生重量の15倍のエタノールに2日間、浸漬して得られる抽出液を濃縮することで、カッコン抽出物を得た。
【0028】
(実施例2:葛澱粉精製済みの葛根抽出物とカッコン抽出物のフリーラジカル消去活性試験)
各濃縮物の抗酸化作用を調べるため1,1−ジフェニル−2−ピクリルヒドラジル(以下DPPHと略記する。)を用い、以下の手順でラジカル消去活性を測定した。
【0029】
フリーラジカル消去作用を調べるため、実施例1で得られた葛澱粉精製済みの葛根抽出物とカッコン抽出物について、DPPHラジカル消去率を調べた。それぞれの抽出物について、0.05mg/ml、0.12mg/ml、0.15mg/ml、0.2mg/mlの各試験濃度でDPPHラジカル消去試験を実施した。
【0030】
(試験方法)
(1)DPPHをエタノールに溶解し0.1mMに調整した。
(2)各サンプルの試験濃度が規定量になるようにエタノールで希釈した。
(3)(1)、(2)の溶液を1対1で混合し20分間、25℃、暗所で反応させた。
(4)517nmの吸光度を次式に代入して、DPPHラジカル消去率を算出した。
【0031】
DPPHラジカル消去率=100×(A−B)/(C−D) A:試料の反応後の吸光度、B:試料を添加しDPPHの代わりにエタノールを添加した時の吸光度、C:コントロールの反応後の吸光度、D:コントロールの代わりにエタノールを添加した時の吸光度。
【0032】
表1に葛澱粉精製済みの葛根抽出物およびカッコン抽出物について試験濃度毎のDPPHラジカル消去活性を示す。
【0033】
【表1】


カッコ内の±の値は各サンプル3検体において試験した時の標準偏差の値を示している。また、それぞれの値は、各サンプル3検体において試験した時の平均値を示す。いずれの添加濃度においても葛澱粉精製済みの葛根抽出物は、カッコン抽出物よりも強いDPPHラジカル消去作用を示した。しかも、本発明の葛澱粉精製済みの葛根抽出物は、葛澱粉を精製過程に発生する葛根を利用するため、経済的にも優位な美白剤を提供することができる。
【0034】
(実施例3:葛澱粉精製済みの葛根抽出物とカッコン抽出物のチロシナーゼ阻害試験)
実施例1の濃縮物について美白作用を調べるため、以下の手順でチロシナーゼ阻害試験を行った。チロシナーゼは色素沈着の原因となるメラニン合成のキー酵素であり、チロシナーゼを抑制する物質は美白効果が期待できる。
【0035】
(試験方法)
(1)リン酸緩衝液(PH6.8)に、最終添加濃度としてチロシナーゼが10U/ml、L−チロシンが1mMになるように溶解し、試験物質はジメチルスルホキシド(DMSO)に溶解後、混合した。
(2)混合後、37℃で60分間インキュベートした。
(3)475nmの吸光度の値を次式に代入してチロシナーゼ阻害率を算出した。
チロシナーゼ阻害率=100×{(A−B)−(C−D)}/(A−B)
A:コントロール(試験物質無添加)の反応60分後の吸光度の値
B:コントロール(試験物質無添加)の反応前の吸光度の値
C:試験物質添加試料の反応60分後の吸光度の値
D:試験物質添加試料の反応前の吸光度の値。
【0036】
表2に葛澱粉精製済みの葛根抽出物およびカッコン抽出物について試験濃度毎のチロシナーゼ活性阻害率を示す。
【0037】
【表2】


カッコ内の±の値は各サンプル3検体において試験した時の標準偏差の値を示している。また、それぞれの値は、各サンプル3検体において試験した時の平均値を示す。いずれの添加濃度においても葛澱粉精製済みの葛根抽出物は、カッコンエキス抽出物と比べても非常に強いチロシナーゼ阻害作用を示した。
【0038】
葛澱粉精製済みの葛根抽出物は、メラニン合成のキー酵素であるチロシナーゼの活性も強く除去することから、美白剤として利用することができる。しかも、本発明の葛澱粉精製済みの葛根抽出物は、葛澱粉を精製過程に発生する葛根を利用するため、経済的にも優位な美白剤を提供することができる。
【0039】
(実施例4:葛澱粉精製済みの葛根抽出物からの有効成分の精製)
食品用澱粉を抽出後の葛の根を影干しし、乾燥した葛澱粉精製済みの葛根4kgを得た。この葛根をメタノール中に2週間、浸漬した。ろ過することで得られた抽出液を減圧濃縮し、この濃縮物を水に溶解してから、ヘキサン、酢酸エチルを用いて順次、溶媒分画してから減圧下、濃縮することで、酢酸エチル溶出画分(12.2g)を得た。この酢酸エチル溶出画分から沈殿物を除き得られた濃縮物(5.5g)を、シリカゲル150gを使用したシリカゲルクロマトグラフィーにより分離した。溶出溶媒には、0〜100%酢酸エチル/ヘキサン溶出溶媒を300mlずつ用い、10%おきに酢酸エチルの濃度を増やすステップワイズ法により溶出した。得られた画分の内、50%酢酸エチル/ヘキサン画分から沈殿物をろ紙を用いて取り除くことで以下の構造を有する。
【0040】
【化3】


化合物A (6−ゲラニル−クメストロール(38.9mg))を単離した。
【0041】
さらに60%酢酸エチル/ヘキサン画分をアセトンとクロロホルムを用いてシリカゲルカラムクロマトグラフィーにより精製することで(化4)に示す7−O−メチル
−ダイゼインを、70%酢酸エチル/ヘキサン画分から同様に精製することで(化5)に示すダイゼインを単離した。7−O−メチル−ダイゼインおよびダイゼインは葛根の他、大豆にも含まれるイソフラボン化合物である。
【0042】
【化4】

【0043】
【化5】


(実施例5:スペクトルデータの測定)
化合物Aの質量分析(MS)、赤外吸収スペクトル(IR)、核磁気共鳴スペクトル(H−NMR、13C−NMR)のスペクトルデータを以下に示す。
【0044】
(スペクトルデータ)
高分解能質量分析(MS)m/z 404.1630(C25245,理論値404.1624)
赤外吸収スペクトル(IR): 3422,1726,1626,1262,1178cm−1
核磁気共鳴スペクトル(H−NMR,500MHz,DMSO−D6):δ7.69(d,J8.5Hz,1H),7.65(s,1H),7.13(d,J2.0Hz,1H),6.93(s,1H),6.93(dd,J8.5 2.0Hz,1H),5.36(t,J7.0Hz,1H),5.13,(J6.0Hz,1H),3.34(d,J7.5Hz,2H),2.13(m,2H),2.07(m,2H),1.70(s,2H),1.66(s,3H),1.59(s,3H)
核磁気共鳴スペクトル(13C−NMR,125.8MHz,DMSO−D6):δ159.4(C),158.9(C),157.6(C),156.9(C),155.9(C),152.8(C),136.1(C),130.7(C),126.4(C),123.9(CH),121.5(CH),120.8(CH),120.5(CH),114.6(C),113.9(CH),103.8(C),102.3(CH),101.9(C),98.5(CH),39.2(CH),27.2(CH),26.0(CH),25.4(CH),17.5(CH),15.8(CH
これらのスペクトルデータから化合物Aの分子構造は、6−ゲラニル−クメストロールであると決定した。
【0045】
(実施例6:高速高分離カラムクロマトグラフィー(UPLC)による分析)
実施例1により得られた葛澱粉を精製済みの葛根から得られる濃縮物とカッコンの濃縮物に含まれる6−ゲラニル−クメストロールの含有量を調べるためUPLCにより分析し、その含有量を比較することにした。UPLCの分析はBEH C18 column(2.1 mm id×50 mm)のカラムを使い、0.8ml/minの流速で、60%メタノール/水(0〜1分)および、60〜100%メタノール/水(1〜4分)、100%メタノール(4〜5分)の混合溶液を順次用いて分析した。試験溶液は、いずれもメタノールを用いて、10mg/mlに調整し2μlずつ投入した。分析中は245nmの紫外線スペクトル(UV)の吸収をモニターした。それぞれの濃縮物に含まれる6−ゲラニル−クメストロールの含有量は3.4分に現れるピークエリア面積を標準物質と比較する事で定量した。
【0046】
本試験の結果、葛澱粉を精製済みの葛根から得られる濃縮物中には0.515mg/mLの6−ゲラニル−クメストロールが、カッコンの濃縮物には0.018mg/mLの6−ゲラニル−クメストロールが含まれることが明らかとなった。したがって、葛澱粉を精製済みの葛根から得られる濃縮物は、葛の根をそのまま抽出することで得られる濃縮物よりも約29倍高濃度の6−ゲラニル−クメストロールを含有する。
【0047】
(実施例7:6−ゲラニル−クメストロールのチロシナーゼ阻害試験)
6−ゲラニル−クメストロールの美白作用を調べるため、6−ゲラニル−クメストロールについてチロシナーゼ阻害試験を実施した。チロシナーゼ阻害試験は実施例3に示した試験方法により実施した。6−ゲラニル−クメストロールのチロシナーゼ阻害活性は美白剤として市販されているアルブチンのチロシナーゼ阻害活性と比較した。
【0048】
【表3】


カッコ内の±の値は各サンプル3検体において試験した時の標準偏差の値を示している。また、それぞれの値は、各サンプル3検体において試験した時の平均値を示す。いずれの添加濃度においても6−ゲラニル−クメストロールは、美白剤として広く利用されているアルブチンよりも強いチロシナーゼ阻害作用を示した。本研究により初めて、6−ゲラニル−クメストロールが既存のチロシナーゼ阻害剤であるアルブチンよりも強くチロシナーゼの活性を阻害することが明らかとなった。6−ゲラニル−クメストロールは肌の色素沈着の原因となるメラニン合成のキー酵素であるチロシナーゼの活性を強く抑制することができることから美白剤としても使用することができる。また、強いチロシナーゼ阻害作用を示す6−ゲラニル−クメストロールを高濃度で含む葛澱粉精製済みの葛根抽出物は、美白剤としても有望である。
【0049】
(実施例8:6−ゲラニル−クメストロールおよび7−O−メチル−ダイゼイン、ダイゼインのDPPHラジカル消去試験)
6−ゲラニル−クメストロールの抗酸化作用を調べるため、6−ゲラニル−クメストロールについてDPPHラジカル消去試験を実施した。DPPHラジカル消去試験は実施例2に示した試験方法により実施した。6−ゲラニル−クメストロールのDPPHラジカル消去活性を、葛澱粉精製済みの葛根抽出物から一緒に精製した7−O−メチル−ダイゼインおよびダイゼインと比較した。
【0050】
【表4】


本研究により初めて、6−ゲラニル−クメストロールが強いDPPHラジカル消去活性を示すことを明らかにした。葛澱粉精製済みの葛根に特異的に多く含まれる6−ゲラニル−クメストロールは、葛根全般に多く含まれる7−O−メチル−ダイゼインやダイゼインと比較しても強いDPPHラジカル消去活性を示すことから、6−ゲラニル−クメストロールを高濃度で含む葛澱粉精製済みの葛根抽出物は、抗酸化剤としても有望である。
【0051】
(実施例9:6−ゲラニル−クメストロールおよび7−O−メチル−ダイゼイン、ダイゼインの炎症抑制試験)
6−ゲラニル−クメストロールおよび7−O−メチル−ダイゼイン、ダイゼインについて、マウス耳を用いた炎症抑制試験を実施した。炎症抑制試験は以下の試験方法で実施した。
【0052】
(試験方法)
(1)マウス(CD1系)の片耳に、500nmolになるようにメタノール溶液として塗布した。
(2)30分後、マウスの両耳に起炎剤として12−O−テトラデカノイルホルボール−13−アセテート(TPA)0.5μgをアセトン溶液として塗布した。
(3)7時間後、マウスの両耳から直径6〜7mmの円板を打ち抜き、その重量を次式に代入して、炎症抑制率を算出した。
【0053】
炎症抑制率=100×(A−B)/(A−C) A:TPA溶液のみを塗布したときの耳の重量、B:TPA溶液と試験物質を塗布した耳の重量、C:元の耳の重量(0.5μgのTPA溶液を塗布することで重量が2.41倍に増加するとして算出した。)
本試験の結果、TPAによってマウス耳に引き起こされる炎症を6−ゲラニル−クメストロールは55%、7−O−メチル−ダイゼインは24%、ダイゼインは30%抑制した。本研究により初めて、6−ゲラニル−クメストロールが強い抗炎症作用を示すことを明らかにした。葛澱粉精製済みの葛根に特異的に多く含まれる6−ゲラニル−クメストロールは、葛根全般に多く含まれる7−メチル−ダイゼインやダイゼインと比較しても強い抗炎症作用を示すことから、6−ゲラニル−クメストロールを高濃度で含む葛澱粉精製済みの葛根抽出物は、抗炎症剤としても有望である。
【0054】
以上のように、本発明の好ましい実施形態を用いて本発明を例示してきたが、本発明は、この実施形態に限定して解釈されるべきものではない。本発明は、特許請求の範囲によってのみ、その範囲が解釈されるべきであることが理解される。当業者は、本発明の具体的な好ましい実施形態の記載から、本発明の記載および技術常識に基づいて等価な範囲を実施することができることが理解される。本明細書において引用した特許、特許出願および文献は、その内容自体が具体的に本明細書に記載されているのと同様にその内容が本明細書に対する参考として援用されるべきことが理解される。
【産業上の利用可能性】
【0055】
本発明では、葛澱粉精製済みの葛根から得られる抽出物は、現在化粧品原料として使われているカッコン抽出物よりも強いチロシナーゼ阻害活性とDPPHラジカル消去活性を示すことを明らかにした。クズデンプンの生産過程で多量に発生し廃棄処分されていることから、葛澱粉精製済みの葛根を使うことで、現状の葛根の抽出物よりも大幅に安価かつ、効果的な化粧品原料を提案することができる。
【0056】
さらに、廃棄されていた葛澱粉精製済みの葛根から得られる抽出物中には、カッコンの抽出物よりも約29倍高濃度の6−ゲラニル−クメストロールが含まれていることも明らかにした。6−ゲラニル−クメストロールは、特に強いチロシナーゼ阻害作用、DPPHラジカル消去作用、抗炎症作用を示し、化粧品成分として優れた成分である。毎年多量に廃棄処分される葛澱粉精製済みの葛根は6−ゲラニル−クメストロールの重要な供給源となりうる。従って、葛澱粉精製済みの葛根から得られる抽出物を化粧品に配合することで、6−ゲラニル−クメストロールを豊富に含有し、美白作用や抗酸化作用、抗炎症作用に優れた新規の化粧品を提供することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
葛澱粉を精製済みの葛根から得られる抽出物を含有する化粧料。
【請求項2】
葛澱粉を精製済みの葛根から得られる抽出物を含有する美白剤。
【請求項3】
葛澱粉を精製済みの葛根から得られる抽出物を含有する抗酸化剤。
【請求項4】
葛澱粉を精製済みの葛根から得られる抽出物を含有する抗炎症剤。
【請求項5】
化粧料、美白剤、抗酸化剤、または、抗炎症剤の成分として用いる葛澱粉を精製済みの葛根から得られる抽出物を得る方法であって、以下:
(a)葛根より澱粉を精製する工程、および
(b)工程(a)の精製によって得られた残渣について、有機溶媒を用いて抽出物を得る工程、
を包含する、方法。
【請求項6】
6−ゲラニル−クメストロールを含有する化粧料。
【請求項7】
6−ゲラニル−クメストロールを含有する美白剤。
【請求項8】
6−ゲラニル−クメストロールを含有する抗酸化剤。
【請求項9】
6−ゲラニル−クメストロールを含有する抗炎症剤。
【請求項10】
化粧料、美白剤、抗酸化剤、または、抗炎症剤の成分として6−ゲラニル−クメストロールを含む抽出物を得る方法であって、以下:
(a)葛根より澱粉を精製する工程、および
(b)工程(a)の精製によって得られた残渣について、有機溶媒を用いて抽出物を得る工程、
を包含する、方法。

【公開番号】特開2012−46457(P2012−46457A)
【公開日】平成24年3月8日(2012.3.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−191292(P2010−191292)
【出願日】平成22年8月27日(2010.8.27)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 発行者:社団法人 日本農芸化学会、 「日本農芸化学会2010年度(平成22年度)大会講演要旨集」、2010年3月5日発行、表紙、奥付、139頁
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成21年度、文部科学省、地域イノベーション創出総合支援事業、重点地域研究開発推進プログラム、シーズ発掘試験、産業技術力強化法第19条の適用を受けるもの)
【出願人】(504180239)国立大学法人信州大学 (759)
【出願人】(300029569)ゲオール化学株式会社 (12)
【Fターム(参考)】