説明

薄片移動用治具

【課題】ナイフボート水面上で、散り散りになった薄片を集める操作を能率良くおこなう。
【解決手段】水面に浮かぶ電子顕微鏡観察用の薄片試料を、水面に浮かんだ状態を維持しながら所定の位置に移動させるための薄片移動治具であって、該薄片移動治具が、少なくとも支持体(24、23)と薄片(22)とを備え、該薄片(22)が前記支持体(24、23)の先端に固定されており、且つ、該薄片(22)が高分子材料から形成されており、該薄片(22)の厚みが0.2μm〜0.08μmであることを特徴とする薄片移動用治具。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子顕微鏡用薄片試料作成に係わる。
【背景技術】
【0002】
従来、電子顕微鏡、特に透過電子顕微鏡では、試料を電子線が透過する程度の厚みに薄片化する必要があり、様々な方法が用いられてきた。薄片化する方法としては、乳鉢で試料を粉砕する粉砕法や、研磨とイオンミリングを用いたイオン研磨法、断面切削装置ウルトラミクロトームを用いたミクロトーム法や、集束イオンビーム装置FIBを用いた薄片加工方法、電解液中で試料を溶解させていく電解研磨法、酸やアルカリでエッチングする化学エッチング法などが主な薄片化方法としておこなわれている。
【0003】
ここで、生物や高分子試料などの薄片化に多く用いられるミクロトーム法の手順を示す(例えば非特許文献1参照)。生物試料では、試料の脱水、染色、固定を経て、また、高分子では、親水処理などをおこない、適切な大きさにサンプリングした試料を樹脂に包埋し、固化させる。固化させた試料ブロックを、試料の断面が露出するまで、ガラスナイフなどでトリミングし、切削面を鏡面状態にしたのちに、ダイヤモンドナイフやガラスナイフで切削し、薄片を生成する。ウェットな状態で採取する場合、薄片は、ナイフボード上の水中に流れ、表面張力で水面に浮いている。その薄片を金属系メッシュ上に表面張力で貼り付け、固定する。ピンセットなどでグリッドメッシュを持ち、斜めにしながら水中に入れていく。その状態を維持させ、もう片側から、試料薄片を移動させ、グリッドに近づけ、貼り付ける。または、試料薄片を集め、上からグリッド面を試料薄片上に軽く押し付け、水を乾かすことにより、薄片群をメッシュ上に貼り付けることもある。いずれの場合も試料薄片を移動させる操作を伴うが、試料薄片を移動させるときに、用いられる冶具として、まつ毛を先端としたまつ毛プローブがある。まつ毛先端は先まで細く、適度にしなるため、超薄切片を水面上で移動させるため、頻繁に用いられている。
【非特許文献1】朝倉健太郎、広畑泰久共編,「電子顕微鏡研究者のためのウルトラミクロトーム技法Q&A」,第1版,アグネ承風社,1999年9月30日,p.3、p5、p.31−32、p45、p47、p51、p59、p66、p94、p96
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、従来一般でおこなわれてきたまつ毛プローブによる薄片移動は、神経を要する緻密な動作である。まつ毛の毛先が割れていたり、まつ毛先端付近に何らかのごみが付着していると、薄片試料がプローブにからみつき、採取できなかったり、試料を破損したりすることもある。また、本来、風のない静かな状態で切削をおこなうことが望ましいが、通気孔からの微量な風やエアコンの風などの影響を受ける場所でおこなわなければならないときは、薄片が水面で静止せず、回遊する場合がある。また、本来、薄片が連続して連なった連続切片を得ると、比較的楽に扱うことができるが、連続して連なっていたものがきれて一枚ずつとなり、散り散りになる場合もある。このように連続切片が微小な試料片になり、水面で回遊する場合、まつ毛プローブで寄せ集めると労力がかかり、回収していくのには、時間を要する。また、過度な衝撃や水量により、試料やグリッドメッシュの支持膜を破損する場合もあり、特に初心者は銅グリッドへ薄片を誘導する操作に時間がかかることが多い。
【0005】
そこで、本発明は、ナイフボート水面上で、散り散りになった薄片を集める操作を能率良くおこなうことを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明において上記課題を解決するために、まず請求項1の発明では、水面に浮かぶ電子顕微鏡観察用の薄片試料を、水面に浮かんだ状態を維持しながら所定の位置に移動させるための薄片移動治具であって、該薄片移動治具が、少なくとも支持体と薄片とを備え、該薄片が前記支持体の先端に固定されており、且つ、該薄片が高分子材料から形成されており、該薄片の厚みが0.2μm〜0.08μmであることを特徴とする薄片移動用治具としたものである。
【0007】
また請求項2の発明では、前記薄片移動用治具が備える薄片の材質が、電子顕微鏡用包埋樹脂からなることを特徴とする請求項1記載の薄片移動用治具としたものである。
【0008】
また請求項3の発明では、前記薄片移動用治具が備える薄片が、前記支持体と2箇所以上で固定されていることを特徴とする請求項1記載の薄片移動用治具としたものである。
【発明の効果】
【0009】
請求項1に記載の本発明より、電子顕微鏡用薄片試料をウェットな条件で作成する場合にナイフボートで切削後の薄片を、たとえ水面上で散り散りになっても、効率的に水面上でグリッドメッシュ付近に集めることが可能となる。
【0010】
また請求項2に記載の本発明より、前記記載の試料薄片を変形したり、破損させたりすることなく移動させることが可能となる。
【0011】
また請求項3に記載の本発明により、前記記載の薄片移動用治具の薄片を変形、破損させることなく形状維持させることが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
まず本発明の治具を用いる薄片試料を切削するウルトラミクロトームについて述べる。図1に示すように、ウルトラミクロトーム1は、試料を保持するホルダー4と、それを上下に振るアーム3、ナイフ2を前進させる台座5、実体顕微鏡7、などから成る。試料を樹脂で包埋した試料ブロックを試料ホルダー4で固定し、ナイフ2をナイフホルダー6に固定し、ナイフ2の台座5が前後することで試料の切削をおこなう。
【0013】
次に、試料ブロックについて述べる。試料ブロックは、直方体になっており、図2に示すように、試料断面10が露出するまで樹脂11の先端を細く削り、トリミングする。断面切削をおこなうにあたり、試料周囲に樹脂が少なくとも3方向に存在することが望ましく、更には、試料に沿って樹脂の残量が少ないほうが望ましく、薄片となる断面が0.2〜0.4mm四方程度の大きさになることが望ましい。試料の形状や硬さ、層構成などにより、断面形状を四角形のみならず、三角形や五角形、台形などの多角形にすることもある。また、切削の衝撃を減らし、より平らな薄片を得るためには、断面のみならず、断面側面の樹脂部分も滑らかな鏡面仕上げにすることが望ましい。
【0014】
次にウルトラミクロトームに固定するダイヤモンドナイフについて述べる。図3に示すように、ダイヤモンドナイフ16は、最上部のナイフボート17の端に刃先19がある構造になっている。台座5に設置する際には、逃げ角をつくるため、4〜6°程度傾けることが多い。ダイヤモンドナイフ16でウェット切削をおこなう場合、ナイフボート17上に水を注入する。薄片切削時には、刃先19まで水が覆われるように、やや多めに水を注入し、ウルトラミクロトーム1付属の水位調整機8で水量調整をおこなう。アーム3が振れて、超薄切片が切り出されると同時に水面に薄片18が浮き、順次切り出されるにしたがい、薄片18が水面上に流れていく。図3に示すように、薄片18が連なって作成され
る連続切片ができることが望ましいが、図4に示すように、薄片18がボートナイフ17水面上に散らばることもある。
【0015】
次に、薄片試料をのせるグリッドについて述べる。このグリッドは、透過電子顕微鏡の試料ホルダーに入る円形の金属枠と、試料を保持するための格子状のメッシュと薄片補強のための支持膜から成る。グリッド面は、メッシュの格子状に限らず、円形のものや、線状のものなども存在する。図5にグリッドメッシュ21に試料薄片20をのせた様子を示す。グリッド面に丸まることなく、付着しているのが望ましい。
【0016】
次に、図6に示した本発明の薄片を移動させるための治具(薄片移動用治具)について述べる。支持体として、持ち手24先端の両脇など少なくとも2箇所に、薄片22を支えるためのまつ毛、または動物毛などのこしのある繊維状のもの23を、カーボンペーストや不溶性の接着剤25で固定したものが望ましい。持ち手24は、竹串や割り箸で、先端は1.0〜0.1mm程度が望ましく、先端をくさび型にすると、2つのまつ毛、または動物毛などのこしのある繊維状のもの23の先端の間を小さくすることができ、薄片22の巾に接着可能な微小巾となるため、望ましい。薄片試料作成の要領で包埋用樹脂から作成した薄片22を、2本のまつ毛、または動物毛などのこしのある繊維状のもの23の先端付近にカーボンペーストまたは不溶性の接着剤25で固定する。カーボンペーストまたは接着剤25は薄片22表面に付着しないようにごく微量用いるのが望ましい。また、薄片移動用治具の薄片22の厚みは、試料薄片と同程度であることが望ましく、0.08μm〜0.20μmが望ましい。治具の薄片22の厚みが0.08μmに満たない場合、扱いにくくなり、また、試料薄片の強度より弱くなり、治具の薄片22が破損する。一方、薄片22の厚みが0.20μmを超えるような場合、治具の薄片22に試料薄片が絡まり、試料薄片が付着、破損する場合がある。
【0017】
また、試料薄片と同程度の表面張力を水面より受けるものであれば、試料薄片を変形させたり破損させたりせずに薄片を押して移動させることができるため、望ましく、同程度の表面張力をうけるものとして、試料を包埋している樹脂と同成分であることが望ましい。また、薄片移動用治具の薄片22自体の絡まりや変形を防ぐため、薄片22を固定させる必要があり、少なくとも薄片22の2箇所以上を、まつ毛、または動物毛などのこしのある繊維状のもの23で固定することが望ましい。また持ち手24の直径部分に、まつ毛、または動物毛などのこしのある繊維状のもの23をつけ、薄片22をカーボンペーストや接着剤25で固定させることが望ましい。水面で用いるため、接着する材質は不溶性であることが望ましい。
【0018】
次に、本発明の試料薄片移動用治具を用いた薄片の移動方法について説明する。薄片をナイフボート上に作成したのち、片手にピンセットでグリッドメッシュを持ち、片手で薄片移動用治具の持ち手を持つ。図7に示すように、グリッドメッシュ21のメッシュ表面を、試料薄片26に近い側に面するように水面に入れる。試料薄片26付近に治具を下ろし、薄片22を水面に軽く押し付けるように支え、試料薄片26の端を治具の薄片22で押していく。試料薄片26をグリッドメッシュ21のメッシュ表面付近に集めたのち、ゆっくりとグリッドメッシュ21を引き上げることで試料薄片26がメッシュ表面に付着する。試料薄片26を集め、上からグリッドメッシュ21のメッシュ表面を薄片26群に近づけ、押し付けてもよい。このとき、水がグリッドメッシュ21のメッシュ表面に付くため、濾紙上などで水分を乾かすようにする。薄片26が三角形などであるときには、治具の薄片に図8に示すような先端が斜め型の薄片29を用いると、薄片26を前進させやすい。また、治具の薄片を図8に示すような台形型の薄片28にすることで、試料薄片26を押す側の巾が広くなり、より効率的に薄片26を水面で移動させやすくすることもできる。
【実施例】
【0019】
PET基材試料をエポキシ系樹脂に包埋したのち、トリミングをし、試料を露出させ、試料周囲の樹脂をトリミングして0.2×0.4mmの長方形断面を作成した。ダイヤモンドナイフで厚み約0.1μmの超薄切片をつくり、ナイフボート上の水面に10個ほど浮かせた。試料は2〜3枚の連続切片と1枚の切片の状態であった。薄片移動用治具は、支持体として持ち手が竹串であり、先端がくさび型に削れており、串の直径にあたる位置にまつ毛をカーボンペーストにて固定させたものを用いた。また、支持体先端の2本のまつ毛先端はほぼ接触している状態であり、先端に厚み0.15μm、約0.7mm四方のエポキシ系包埋樹脂の薄片と、支持体先端の2本のまつ毛先端とを、ごく微量のカーボンペーストにて接着させたものを用いた。薄片移動用治具とピンセットとで水面に入っている試料薄片をグリッドメッシュに近づけ、試料の片側はメッシュ面にかるく触れるあたりで、引き上げることで、メッシュ中央部に薄片が良好に付着し、電子顕微鏡用試料作成が可能であった。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】ウルトラミクロトームの外観を示す図。
【図2】樹脂に試料が包埋された試料ブロックがトリミングされた様子を示す図。
【図3】ウェット切削用のダイヤモンドナイフと連続切片を示す図。
【図4】ウェット切削用のダイヤモンドナイフと切片を示す図。
【図5】グリッドメッシュ上に薄片試料が付着した様子を示す図。
【図6】本発明の薄片移動用治具を示す図。
【図7】本発明の薄片移動用治具をもちいて水面上でグリッドメッシュに薄片を移動させている様子を示す図。
【図8】薄片移動用治具先端につける薄片の形の例を示す図。
【符号の説明】
【0021】
1…ウルトラミクロトーム
2…ナイフ
3…アーム
4…試料ホルダー
5…台座
6…ナイフホルダー
7…実体顕微鏡
8…水位調整機
10…試料断面
11…樹脂
16…ダイヤモンドナイフ
17…水が注入されたナイフボート
18…切り出した薄片
19…ナイフの刃先
20…試料薄片
21…グリッドメッシュ
22…薄片移動用治具の薄片
23…薄片を支えるためのまつ毛、または動物毛などのこしのある繊維状のもの
24…持ち手
25…カーボンペースト又は接着剤
26…水面に浮いている切削後の試料薄片
27…ピンセット
28…台形型の薄片
29…先端が斜め型の薄片

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水面に浮かぶ電子顕微鏡観察用の薄片試料を、水面に浮かんだ状態を維持しながら所定の位置に移動させるための薄片移動治具であって、該薄片移動治具が、少なくとも支持体と薄片とを備え、該薄片が前記支持体の先端に固定されており、且つ、該薄片が高分子材料から形成されており、該薄片の厚みが0.2μm〜0.08μmであることを特徴とする薄片移動用治具。
【請求項2】
前記薄片移動用治具が備える薄片の材質が、電子顕微鏡用包埋樹脂からなることを特徴とする請求項1記載の薄片移動用治具。
【請求項3】
前記薄片移動用治具が備える薄片が、前記支持体と2箇所以上で固定されていることを特徴とする請求項1記載の薄片移動用治具。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2008−267894(P2008−267894A)
【公開日】平成20年11月6日(2008.11.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−109119(P2007−109119)
【出願日】平成19年4月18日(2007.4.18)
【出願人】(000003193)凸版印刷株式会社 (10,630)
【Fターム(参考)】