説明

薄膜の形成方法

【解決手段】金属又は金属化合物からなる基体の表面を、表面粗さ5nmRmax以下に研磨した後、この被研磨面をテンプレートとして、基体表面に単原子層又は2原子層からなる薄膜を形成する。
【効果】本発明によれば、従来に比較して飛躍的に広い面積範囲に亘って単一ドメインで、欠陥・粒界の少ない、グラフェン膜、h−BN膜等の、厚さが1〜2原子層分の薄膜を、再現性よく安定的に形成することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、グラフェン膜、h−BN膜等の薄膜の形成方法に関し、特に、従来に比較して飛躍的に広い面積範囲に亘って単一ドメインで、欠陥・粒界の少ない、グラフェン膜、h−BN膜等の薄膜を形成する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
厚さが1〜数原子層のグラフェン膜及びh−BN膜は、その特性から多くの応用分野で研究が進展し、その製造方法も提案されている。特に、(A)基体内部から固溶炭素原子を析出させる表面析出法、(B)基体表面に原料ガスを接触させる化学気相堆積(CVD)法、(C)基体表面に有機高分子膜を形成して真空中で熱分解する方法、及び(D)SiCを真空中又はガス雰囲気中で熱分解する方法が、グラフェン膜やh−BN膜を大面積に作製する方法として、産業的観点からも注目されている。
【0003】
図1(A)に示されるように、炭素原子がハニカム(蜂の巣)構造をもったグラフェン膜は、炭素間結合が平面状に結合した強固な膜である。このグラフェン膜が平行に積み重なった物質が、石墨(グラファイト、黒鉛)として古くから知られており、その化学的安定性や耐熱性から原子炉材料、核融合炉の第一壁材、電極、坩堝、ヒーター等に利用されてきた。格子欠陥などにおいて良質の結晶は、天然析出物に見出すことがあるが、入手は極端に困難である。人工結晶としては、結晶性はやや劣ったキッシュグラファイト、高配向性グラファイト等がある。常圧の状態では高温でも液相が存在せず、液体から冷却して再結晶化することができないため、一般には良い結晶を得ることは困難である。
【0004】
同様に、炭素原子を、窒素とホウ素(ボロン)原子に置き換えたh−BN単原子膜は、ハニカム構造の電気的絶縁膜であり、図1(B)に示されるようにグラフェン膜と同様に平面状に広がった強固な化学結合をもつ膜である。グラフェン膜との違いは窒素とホウ素との化学結合に電荷分布の偏りがあり、伝導バンドと価電子バンド間にバンドギャップがあるため電気的絶縁膜となる。電気的分極のため、電子等の電荷との相互作用はグラフェン膜よりも桁違いに大きい。
【0005】
グラフェン膜は、電子とホールの非常に高い移動度(10,000〜200,000cm2/Vs)が報告されており、この移動度はシリコンやGaAsなどを上回る。更に、透明性に優れ、機械的にも強固かつ柔軟であることから、フレキシブルトランジスタや透明電極など多様なデバイスへの応用の可能性を有している。最近の研究では、2原子層グラフェン膜に外部電界を印加してバンドギャップを形成させるものもあり、また、センサー素子への応用などでも良質なグラフェン膜の製造が重要である。しかしながら、良質なグラフェン膜の製造方法は、未だに、熱分解高配向グラファイトと呼ばれる結晶から、へき開によって剥ぎ取る方法である。
【0006】
また、SiCの熱分解によるグラフェン膜のエピタキシャル成長や、化学的剥離による酸化グラフェンの還元なども報告されているが、層数の制御が困難であることや、剥離グラフェン膜に比べて結晶性に劣るなどの課題がある。
【0007】
近年、グラフェン膜を大面積に合成する方法として、化学気相堆積(CVD)法によって遷移金属上にグラフェン膜を成長させる技術が提案されている。しかしながら、CVD法でテンプレートとして利用されている触媒金属は、金属箔や電子ビーム蒸着で作製された薄膜などの多結晶体であり、小さな結晶ドメインの集合体である。そのため、金属薄膜上に触媒反応成長するグラフェン膜も、単一ドメインサイズが小さい。
【0008】
ドメイン間の境界は粒界(ドメインバンダリー)と呼ばれ、金属薄膜上にCVD法で合成されるグラフェン膜には、粒界が多数存在している。この粒界の部分で電子が散乱されるため、CVD法で合成されるグラフェン膜では、グラファイトを剥離して作るものほど高い移動度は報告されていない。また、粒界が多数存在することで、グラフェン膜の機械的強度も弱まる。従って、粒界の少ない、つまり、グラフェン膜の単一ドメインサイズを大きく成長させる技術の開発が必要である。更に、グラフェン膜の層数を制御できることも求められる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】国際公開第2009/119641号パンフレット
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Jannik C. Meyer, 他5名, Nature, Vol. 446, 1 March 2007, doi: 10.1038/nature05545, 60-63 & supplementary information 1-5
【非特許文献2】Y. Gamo, 他4名, Surface Science, 374(1977)61-64
【非特許文献3】Q. Yu, 他16名, Nature Mater, Vol. 10, 443 May 2011, doi: 10.1038/NMAT3010, & supplementary information 1-17
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、上記事情に鑑みなされたものであり、従来に比較して飛躍的に広い面積範囲に亘って単一ドメインで、欠陥・粒界の少ない、グラフェン膜、h−BN膜等の薄膜を形成する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は、上記目的を達成するため鋭意検討を重ねた結果、金属又は金属化合物からなる基体の表面を、表面粗さ5nmRmax以下に研磨した後、この被研磨面をテンプレートとして、基体表面に単原子層又は2原子層からなる薄膜を形成することにより、従来に比較して飛躍的に広い面積範囲に亘って単一ドメインで、欠陥・粒界の少ない、グラフェン膜、h−BN膜等の、厚さが1〜2原子層分の薄膜を、再現性よく安定的に形成することができることを見出し、本発明をなすに至った。
【0013】
従って、本発明は、下記の薄膜の形成方法を提供する。
請求項1:
金属又は金属化合物からなる基体の表面を、表面粗さ5nmRmax以下に研磨した後、この被研磨面をテンプレートとして、基体表面に単原子層又は2原子層からなる薄膜を形成することを特徴とする薄膜の形成方法。
請求項2:
上記基体の表面が多結晶表面であることを特徴とする請求項1記載の形成方法。
請求項3:
上記基体の表面が単結晶表面であることを特徴とする請求項1記載の形成方法。
請求項4:
上記薄膜を、
(A)基体内部から固溶炭素原子を析出させる表面析出法、
(B)基体表面に原料ガスを接触させる化学気相堆積(CVD)法、
(C)基体表面に有機高分子膜を形成して真空中で熱分解する方法、又は
(D)SiCを真空中又はガス雰囲気中で熱分解する方法
により形成することを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項記載の形成方法。
請求項5:
上記研磨が電解研磨であることを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項記載の形成方法。
請求項6:
上記薄膜がグラフェン膜又はh−BN膜であることを特徴とする請求項1乃至5のいずれか1項記載の形成方法。
請求項7:
単一ドメイン面積が100(μm)2以上の薄膜を形成することを特徴とする請求項1乃至6のいずれか1項記載の形成方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、従来に比較して飛躍的に広い面積範囲に亘って単一ドメインで、欠陥・粒界の少ない、グラフェン膜、h−BN膜等の、厚さが1〜2原子層分の薄膜を、再現性よく安定的に形成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】(A)グラフェン膜及び(B)h−BN膜の構造を示す図である。
【図2】実施例1において、表面粗さ5nmRmax以下の単結晶表面を単原子層グラフェン膜が成長する状態を示すLEEM像である。
【図3】比較例1において、表面粗さ10nmRmax以上の単結晶表面を単原子層グラフェン膜が成長する状態を示すLEEM像である。
【図4】実施例2において、表面粗さ5nmRmax以下の多結晶表面を単原子層グラフェン膜が成長する状態を示すLEEM像である。
【図5】(a)は、図4(e)の視野の部分拡大像であり、(b)〜(h)は、(a)中、(b)〜(h)で示した各指数面からのマイクロ低速電子線回折(μLEED)パターンである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明につき更に詳しく説明する。
本発明においては、図1に示されるグラフェン膜、h−BN(窒化ホウ素)膜などの単原子層又は2原子層からなる薄膜(単原子層膜又は2原子層膜)を、金属又は金属化合物からなる基体の表面を、表面粗さ5nmRmax以下に研磨した後、この被研磨面をテンプレートとして、基体表面に形成する。
【0017】
基体としては、金属としては、Ni、Cu、Ru、Ir、Pd、Pt、Fe、Co、これらの金属の合金などが好ましい。一方、金属化合物としては、TiC、TaC、SiC等の炭化物が好ましい。
【0018】
また、本発明においては、基体の被研磨面は、上記金属又は金属化合物を構成する原子が規則的に配列した金属又は金属化合物の表面であり、単結晶表面でも、多結晶表面でもよい。
【0019】
単結晶表面の場合は、例えば、以下のような方法で形成することができる。まず、単結晶部分を、例えば、ラウエ法によって結晶方位を決め、特定の面方向、例えば、Feであれば(110)面、(111)面、Coであれば(001)面、(111)面、Niであれば(111)面、(100)面、TiCであれば(111)面、(100)面、ZrCであれば(111)面、(100)面、SiCであれば4H又は6H−SiCのSi終端(0001)面、又はC終端(0001)面などを放電加工機やダイヤモンドカッター等によって切り出す。また、Si表面等にエピタキシャルに成長したこれらの金属膜及び金属化合物膜も同様に用いることができる。
【0020】
例えば、(100)面では、数百ラングミューアの原料ガス露出量で、更に(111)面では、数〜数十ラングミューアの露出量で、表面全体を単原子で覆うことができ、これらの面が、大面積の膜製造に特に有利である。ここで、ラングミューアは露出量の単位で、圧力と時間の積で与えられる量であり、1ラングミューアは、1Torr=133.32Paの原料ガス分圧に固体表面を1マイクロ秒露出した量である。
【0021】
多結晶表面の場合は、面を特定せずに、放電加工機やダイヤモンドカッター等によって、多結晶表面を切り出せばよい。多結晶表面の場合は、特定の結晶面を選択的に切り出す必要がないので、形成が簡単であり、薄膜を形成するための基体表面として、より広い面積を確保することができることから、大面積の薄膜を形成できる点で有利である。
【0022】
本発明においては、薄膜を形成するテンプレートとなる基体の表面を、表面粗さ(Rmax:最大高さ)を5nmRmax以下、好ましくは4nmRmax以下、より好ましくは3nmRmax以下に研磨することが必要である。
【0023】
研磨方法としては、表面粗さを所定の値以下にすることができれば、機械研磨、電解研磨、化学研磨などのいずれも適用できるが、電解研磨が好適であり、特に、機械研磨と電解研磨を同時に実施する電解複合研磨が好適である。電解複合研磨は、電解による金属溶出作用と研磨材による機械的擦過作用とを複合した研磨方法である。
【0024】
研磨した基体は、超高真空チェンバーに導入し、アルゴンイオンなどによるイオン衝撃処理を施して、テンプレートとなる被研磨面の不純物を除去し、更に、電子ビーム加熱等の方法で、超高真空下(例えば、10-7〜10-9Paの減圧下)、900℃〜基体の融点の9割程度の温度に加熱することにより、表面に吸着している酸素や硫黄や炭素等の不純物を除去して、清浄な表面を形成することができる。表面の清浄度は、例えば、低速電子線回折法(LEED)で原子の規則的配列を確認し、オージェ電子分光(AES)やX線光電子分光法(XPS)によって、表面の不純物原子数が、所定以下、例えば、露出原子数の1/100以下であることを確認すればよい。
【0025】
本発明において、テンプレートである基体表面の被研磨面に薄膜を形成する方法としては、
(A)基体内部から固溶炭素原子を析出させる表面析出法、
(B)基体表面に原料ガスを接触させる化学気相堆積(CVD)法、
(C)基体表面に有機高分子膜を形成して真空中で熱分解する方法、
(D)SiCを真空中又はガス雰囲気中で熱分解する方法
などが挙げられる。
【0026】
(A)基体内部から固溶炭素原子を析出させる表面析出法でグラフェン膜を成長させる場合は、金属基体に炭素ドーピングを行う。金属基体には、炭素溶解度のあるNi、Fe、Co、Ru、Pt、Pd、Ir、これらの合金などが好ましい。
【0027】
炭素ドーピングの方法としては、基体表面に炭化水素ガスを、10-2〜10-3Paの分圧で、好ましくは800〜1,100℃の温度、より好ましくは900〜1,000℃の温度で、例えば1,000〜2,000秒間、接触させると、炭化水素ガスは、原子に乖離吸着して分解し、水素分子を放出する。そして、残った炭素は金属基体内部に溶解する。
【0028】
炭素ドーピングの方法として、他には、研磨処理した金属基体を、高純度グラファイト粉末(例えば99.998%)と共に、高真空(10-8Torr以下)、高温(800〜1,000℃)中において接触させる方法(真空固相拡散法)でもよい。この場合、接触時間を適宜選定することで、炭素ドープ量を調整することができる。
【0029】
炭素ドーピングした基体は、超高真空中での熱処理のみで、固溶炭素原子がバルクから表面に析出して、単原子層又は2原子層のグラフェン膜を形成することができる。表面炭素相には、表面偏析炭素、表面単原子層グラフェン膜、多層グラファイトの3種類があり、最も高温(950℃以上)の炭素相は表面偏析炭素であり、炭素の大部分はバルク中に固溶している。表面偏析温度と表面析出温度の間の100K程度の温度範囲(850〜950℃)では、単原子層グラフェン膜が安定に存在する。更に温度を下げると(850℃以下)、単原子層グラフェン膜と基体との界面に多層グラファイトが成長する。この場合、炭素ドープ量と温度を調節することで、界面に成長するグラフェン膜の層数を制御することができる。
【0030】
(B)化学気相堆積(CVD)法(化学気相析出法、化学気相蒸着法とも呼ばれる)により基体表面上にグラフェン膜を形成する場合は、形成した基体表面をテンプレートとして、基体表面に原料ガスを接触させる。この表面に、例えば、グラフェン膜を製造する場合、炭化水素ガスを、10-2〜10-4Paの分圧で、好ましくは500〜1,000℃の温度、より好ましくは800〜1,000℃の温度で、例えば100〜1,000秒間、接触、吸着させると、炭化水素ガスは、原子に乖離吸着して分解し、水素分子を放出する。そして、残った炭素はテンプレートである基体表面上で、グラフェン膜として成長する。
【0031】
炭化水素ガスとしては、特に限定されるものではないが、上述した減圧下で、気体で存在し得るものであり、例えば、メタン、エタン、プロパン、ブタン、ペンタン、ヘキサン等の鎖状飽和炭化水素、シクロペンタン、シクロヘキサン等の環状飽和炭化水素、エチレン、プロピレン、ブチレン、ブタジエン等の鎖状不飽和炭化水素、ベンゼン、トルエン、キシレン等の芳香族炭化水素等が挙げられる。
【0032】
一方、h−BN膜を製造する場合は、ボラジン(B336)ガスを、10-2〜10-4Paの分圧で、好ましくは500〜1,000℃の温度、より好ましくは800〜1,000℃の温度で、例えば100〜1,000秒間、接触、吸着させると、基体表面を構成する個々の原子において、ボラジンガスは、原子に乖離吸着して分解し、水素分子を放出する。そして、残ったホウ素及び窒素はテンプレートである下地基体表面で、h−BN膜として成長する。一般に、ボロン(B)原子の数と同じ数の窒素(N)を含む分子でも、同じ効果が期待できる。
【0033】
なお、CVD法でグラフェン膜を製造する場合、h−BN膜を製造する場合のいずれにおいても、原料ガスは、ヘリウム、アルゴン等の不活性ガスや水素ガスとの共存下で用いてもよい。
【0034】
このときのグラフェン膜やh−BN膜の成長速度は、基体表面との反応性に依存し、金属又は金属化合物の表面が露出している場合(即ち、それを構成する原子が露出している場合)に対し、表面が炭素、又はホウ素及び窒素の単原子層で覆われると、炭化水素ガスやボラジンの吸着確率は約3桁下がり、同じ圧力下においては、基体表面が単原子層で覆われると、事実上成長は停止する。2原子層成長させるには、原料ガスの曝露量を約3桁上げる必要がある。従って、XPSやAESのような表面元素分析法で観測し、炭素ピーク強度の変化率を見ることで、グラフェン膜の層数を制御することができる。また、LEEDによって規則的な原子配列ができていることを確認することができる。
【0035】
また、CVDでグラフェン膜やh−BN膜を合成する前に、水素アニールによって触媒の金属表面を還元することで、CVD時の金属表面の平坦性・結晶性を改善することができる。具体的には、水素アニールを行うことで、触媒金属の凝集や金属表面におけるピットの生成を抑制し、これにより膜成長が改善され、更なる大面積単一ドメインの膜が形成できる。
【0036】
この水素アニールは、CVDを行うチェンバー内に試料を設置し、CVDの直前に行うことが好ましい。水素アニールの温度は、例えば400〜1,000℃であり、アニール時間を長くするほど触媒金属の平坦性・結晶性が向上し、合成される膜の質も向上する。水素アニール時におけるガスは、例えば、200〜600sccmの水素ガスを不活性ガスと共に流しながら供給すればよい。
【0037】
Cu基板のように、CVD温度が基体金属の融点に極めて近い場合は、大気圧化学気相堆積(APCVD)法により、基体表面上にグラフェン膜やh−BN膜を合成することもできる。特に、多結晶Cu基板の場合、1,000℃でのCVDの前には、基体に対してCVD温度と同程度の温度(この場合、1,000℃程度)で、水素アニールを行うことが好ましい。
【0038】
標準的なAPCVD条件としては、グラフェン膜の場合は、アルゴンガスを1,000sccm、水素ガスを200sccm流して1,000℃に昇温した後、水素アニールし、その後、水素ガスの流量を減らしてメタンガスを流してグラフェン膜を合成する。昇温過程では、電気炉等を用い、大気圧下で、常にアルゴンガスを1,000sccm、水素ガスを200sccm流し続け、20分で室温から1,000℃まで到達するように設定する。水素アニールは、アルゴンガス1,000sccm、水素ガス200sccmを流しながら、1,000℃で20分間行い、CVDは、アルゴンガス1,000sccm、メタンガス3sccm、水素ガス10sccmを流しながら、1,000℃で15分間行う。水素アニールの時間やガス圧、それぞれのガスの流量等は、上記標準的な条件から適宜変更してもよい。
【0039】
(C)基体表面に有機高分子膜を形成して真空中で熱分解する方法でグラフェン膜を成長させる場合は、例えば、有機高分子を必要に応じて溶媒に溶解し、スピンコート等により基体表面上に塗布形成する。
【0040】
有機高分子膜を塗布形成した基体を超高真空チェンバーに導入し、超高真空下(例えば、10-7〜10-9Paの減圧下)、700〜800℃の温度で、10〜30分間加熱することにより、グラフェン膜を成長させることができる。
【0041】
この方法では、例えば、アニソール溶媒に溶解させた有機高分子を基体表面上に滴下し、スピンコートすれば、有機高分子膜が形成される。例えば、5,000rpmで1分間のスピンコートで100nm厚の有機高分子膜を形成することができる。有機高分子としては、炭素原子を主鎖、又は側鎖にもつ高分子を用いることができる。その具体例としては、例えば、ポリスチレン、ポリメチルメタクリレート、ポリエチレン、ポリパラフェニレンビニレン等が挙げられる。
【0042】
(D)SiCを真空中又はガス雰囲気中で熱分解する方法でグラフェン膜を成長させる場合は、清浄表面を形成したSiC基体を、1,350〜1,500℃程度、10-2〜10-4Paの真空度で加熱すること、又はガス雰囲気中、例えば、Ar等の不活性ガス雰囲気中で加熱することにより、SiC表面にグラフェン膜の形成を行うことができる。超高真空中アニールでは2原子層グラフェン膜を形成することができ、Ar雰囲気中でアニールすると単原子層グラフェン膜を形成することができる。
【0043】
薄膜が形成された基体からは、基体を化学的に溶解させることにより薄膜を単離することが可能である。この場合、上述したとおり、例えば、基体として酸により溶解される金属又は金属化合物を用いれば、酸による溶解を適用することができる。グラフェン膜やh−BN膜は、酸により溶解しない材料であることから、上述した材質の基体を用いることが好適である。なお、この溶解は、少なくとも基体の薄膜近傍が溶解されれば、薄膜の単離が可能であることから、基体は、その溶解操作によっては溶解されない支持体上に形成されていてもよい。また、基体の薄膜近傍が溶解されれば、かならずしも基体全体を溶解させる必要はない。
【0044】
溶解に用いる酸としては、塩酸、硝酸、硫酸などを、水溶液、有機溶媒溶液等として用いることが可能であり、その濃度、溶解時間等は、適宜選定すればよい。また、酸溶液は、塩化鉄、硝酸鉄、硫酸鉄などの金属塩溶液でもよい。
【0045】
本発明によれば、10(μm)2(=1×10-112)以上、特に50(μm)2(=5×10-112)以上、とりわけ100(μm)2(=1×10-102)以上の、従来に比較して飛躍的に広い面積範囲に亘って単一ドメイン(即ち、グラフェン、h−BN等の上述したハニカム構造が途切れずに繰り返されている領域)で、欠陥・粒界の少ない、グラフェン膜、h−BN膜等の、厚さが単原子層又は2原子層分の薄膜を、再現性よく安定的に形成することができる。
【0046】
また、本発明によれば、単結晶表面及び多結晶表面のいずれにも、グラフェン膜、h−BN膜等の薄膜を形成することができ、多結晶表面においても、多結晶表面の異なる指数面の粒界を乗り越えて単一ドメインの薄膜を成長させることができる。
【実施例】
【0047】
以下、実施例及び比較例を示し、本発明を具体的に説明するが、本発明は下記の実施例に限定されるものではない。
【0048】
[実施例1]
基体となる単結晶Ni基板から、ラウエ法によって、結晶方位を±0.3度の精度で決めて、直径1cmのNi(111)単結晶表面を切り出した。この表面を、電解複合研磨により表面粗さ5nmRmax以下の超平坦面になるまで研磨し、2×10-8Paの超高真空容器に導入した。
【0049】
次に、この表面に対して1〜2keVのエネルギーのアルゴンイオンでイオン衝撃処理を施して表面の不純物を除去し、電子ビーム加熱(1keV,30mA)で1,000℃に加熱することにより、酸素や硫黄や炭素の不純物のない清浄面にした。この表面が清浄であることは、オージェ電子分光(AES)分析とX線光電子分光(XPS)分析によって、不純物がなくなったことにより確認された。また、この表面が、原子配列が整列した(111)面構造であることはLEEDによって確認された。
【0050】
次に、基体(単結晶表面)を900℃に加熱しつつ、超高真空容器内にトルエンガス(分子気体)を容器内圧力が5×10-3Paになるまで導入し、トルエン分子を単結晶表面に2,000秒間接触させて炭素ドーピングを行い、トルエンガスを排気し、2×10-8Paの超高真空に戻した。その後、放冷し、常圧に戻した。
【0051】
炭素ドーピングした試料を、2×10-8Paの超高真空を保つ、低エネルギー電子顕微鏡(LEEM)装置に導入した。
【0052】
LEEM装置内で、試料を950℃に加熱して、炭素原子を基体内部に溶解させ、その後、900℃に加熱温度を下げることでNi基板から炭素原子を析出させ、単原子層グラフェン膜が成長する様子をLEEMでその場(in situ)観察した。図2(a)〜(e)は、同じ視野を経時観察したLEEM像であり、単一ドメインのグラフェン膜が100μm視野径を覆っていく様子がわかる。図2(f)〜(j)は、同じ視野を経時観察した他の位置のLEEM像であり、異なる場所から成長したドメインがぶつかっても、粒界が発生することなしに、1ドメインのグラフェン膜としてつながる様子がわかる。これらの様子から、この場合、Ni(111)基板の直径1cmの表面全体に単一ドメインのグラフェン膜が成長していると考えられる。
【0053】
以上の結果から、表面粗さ5nmRmax以下の単結晶Ni基板表面上で得られた薄膜(グラフェン膜)が、従来に比較して飛躍的に広い面積範囲に亘って単一ドメインで、欠陥・粒界の少ない膜であることがわかる。
【0054】
[比較例1]
研磨を、アルミナパウダー(粒径0.05〜1.0μm)を用いた機械研磨とした以外は、実施例1と同様にして、グラフェン膜を形成した。
【0055】
図3(a)〜(e)は、同じ視野を経時観察したLEEM像である。この場合、研磨後の表面粗さは10nmRmax以上であって、Ni表面に、高さ10nm以上のステップが多数あり、このステップでグラフェン膜の成長が妨げられ、視野径全域を単一ドメインのグラフェン膜が覆うことはなかった。この場合、単一ドメインサイズは、長手方向で数10μm程度であった。
【0056】
[実施例2]
基体となる多結晶Ni基板から、1cm角の大きさで多結晶表面を切り出した。この表面を電解複合研磨により表面粗さ5nmRmax以下の超平坦面になるまで研磨し、2×10-8Paの超高真空容器に導入した。
【0057】
次に、この表面に対して1〜2keVのエネルギーのアルゴンイオンでイオン衝撃処理を施して表面の不純物を除去し、電子ビーム加熱(1keV,30mA)で1,000℃に加熱することにより、酸素や硫黄や炭素の不純物のない清浄面にした。この表面が清浄であることは、オージェ電子分光(AES)分析とX線光電子分光(XPS)分析によって、不純物がなくなったことにより確認された。
【0058】
次に、基体(多結晶表面)を900℃に加熱しつつ、超高真空容器内にトルエンガス(分子気体)を容器内圧力が5×10-3Paになるまで導入し、トルエン分子を多結晶表面に2,000秒間接触させて炭素ドーピングを行い、トルエンガスを排気し、2×10-8Paの超高真空に戻した。その後、放冷し、常圧に戻した。
【0059】
炭素ドーピングした試料を、2×10-8Paの超高真空を保つ、低エネルギー電子顕微鏡(LEEM)装置に導入した。
【0060】
LEEM装置内で、試料を950℃に加熱して、炭素原子を基体内部に溶解させ、その後、900℃に加熱温度を下げることでNi基板から炭素原子を析出させ、単原子層グラフェン膜が成長する様子をLEEMでその場(in situ)観察した。図4(a)〜(e)は、同じ視野を経時観察したLEEM像であり、単一ドメインのグラフェン膜が、多結晶Ni基板の異なる指数面の粒界を乗り越えて成長していく様子がわかる。図5(a)は、図4(e)の視野の部分拡大像であり、多結晶Ni基板上をグラフェン膜が成長した後のLEEM像である。図5(b)〜(h)は、図5(a)中、(b)〜(h)で示した各指数面からのマイクロ低速電子線回折(μLEED)パターンである。μLEEDパターンからグラフェン膜の結晶方位が、多結晶Ni基板の指数面の違いにかかわらず、全て揃っていることがわかる。
【0061】
以上の結果から、表面粗さ5nmRmax以下の多結晶Ni基板表面上で得られた薄膜(グラフェン膜)が、従来に比較して飛躍的に広い面積範囲に亘って単一ドメインで、欠陥・粒界の少ない膜であることがわかる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属又は金属化合物からなる基体の表面を、表面粗さ5nmRmax以下に研磨した後、この被研磨面をテンプレートとして、基体表面に単原子層又は2原子層からなる薄膜を形成することを特徴とする薄膜の形成方法。
【請求項2】
上記基体の表面が多結晶表面であることを特徴とする請求項1記載の形成方法。
【請求項3】
上記基体の表面が単結晶表面であることを特徴とする請求項1記載の形成方法。
【請求項4】
上記薄膜を、
(A)基体内部から固溶炭素原子を析出させる表面析出法、
(B)基体表面に原料ガスを接触させる化学気相堆積(CVD)法、
(C)基体表面に有機高分子膜を形成して真空中で熱分解する方法、又は
(D)SiCを真空中又はガス雰囲気中で熱分解する方法
により形成することを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項記載の形成方法。
【請求項5】
上記研磨が電解研磨であることを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項記載の形成方法。
【請求項6】
上記薄膜がグラフェン膜又はh−BN膜であることを特徴とする請求項1乃至5のいずれか1項記載の形成方法。
【請求項7】
単一ドメイン面積が100(μm)2以上の薄膜を形成することを特徴とする請求項1乃至6のいずれか1項記載の形成方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−67549(P2013−67549A)
【公開日】平成25年4月18日(2013.4.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−267885(P2011−267885)
【出願日】平成23年12月7日(2011.12.7)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成23年8月16日、公益社団法人応用物理学会発行の「2011年秋季 第72回 応用物理学会学術講演会 講演予稿集」 平成23年8月29日、公益社団法人応用物理学会主催の「2011年秋季 第72回 応用物理学会学術講演会」
【出願人】(899000068)学校法人早稲田大学 (602)
【出願人】(000004226)日本電信電話株式会社 (13,992)
【Fターム(参考)】