螺旋型ポリアセチレンの膜、その製造方法、反射防止膜、レンズおよび光導波路
【課題】膜の密度に分布を有し、屈折率分布を有する螺旋型ポリアセチレンの膜およびその製造方法を提供する。
【解決手段】主鎖が螺旋構造を有する螺旋型ポリアセチレンの膜の製造方法であって、主鎖の螺旋構造が右巻きの螺旋型ポリアセチレンと、主鎖の螺旋構造が左巻きの螺旋型ポリアセチレンとを混合した後、成膜して屈折率分布を有する螺旋型ポリアセチレンの膜を得る工程を有する螺旋型ポリアセチレンの膜の製造方法。上記の螺旋型ポリアセチレンの膜の製造方法により得られた屈折率分布を有する螺旋型ポリアセチレンの膜。
【解決手段】主鎖が螺旋構造を有する螺旋型ポリアセチレンの膜の製造方法であって、主鎖の螺旋構造が右巻きの螺旋型ポリアセチレンと、主鎖の螺旋構造が左巻きの螺旋型ポリアセチレンとを混合した後、成膜して屈折率分布を有する螺旋型ポリアセチレンの膜を得る工程を有する螺旋型ポリアセチレンの膜の製造方法。上記の螺旋型ポリアセチレンの膜の製造方法により得られた屈折率分布を有する螺旋型ポリアセチレンの膜。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、螺旋型ポリアセチレンの膜、その製造方法、反射防止膜、レンズおよび光導波路に関する。
【背景技術】
【0002】
光学材料の重要な光学物性値に屈折率がある。素子の内部で屈折率分布を持たせることができれば、反射防止膜やレンズ、光導波路などの光学材料として使用することが可能となる。屈折率分布をもつ光学材料の製造方法の例としては、特許文献1がある。特許文献1には、2種の屈折率が異なるモノマーを混合して重合させたポリマーを用いることにより、傾斜した屈折率分布を有する光学材料の製造方法が開示されている。
【0003】
しかしながら、一般に、母体となる材料に母体と異なる材料を添加した場合、他の光学物性、例えば吸収特性が変化する場合がある。そのために、類似した材料、さらには母体と全く同じ材料を用いて屈折率分布を生じさせる方法が望まれていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平10−123336号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記の様に光学材料として用いる膜において、屈折率分布を有し、同時に吸収特性等の他の光学物性を変化させない膜が求められている。
本発明は、この様な背景技術に鑑みてなされたものであり、膜の密度に分布を有し、屈折率分布を有する螺旋型ポリアセチレンの膜、およびその製造方法を提供するものである。
【0006】
また、本発明は、上記の螺旋型ポリアセチレンの膜を用いた反射防止膜やレンズ、光導波路を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題を解決する螺旋型ポリアセチレンの膜の製造方法は、主鎖が螺旋構造を有する螺旋型ポリアセチレンの膜の製造方法であって、主鎖の螺旋構造が右巻きの螺旋型ポリアセチレンと、主鎖の螺旋構造が左巻きの螺旋型ポリアセチレンとを混合した後、成膜して屈折率分布を有する螺旋型ポリアセチレンの膜を得る工程を有することを特徴とする。
【0008】
また、本発明は、上記の螺旋型ポリアセチレンの膜の製造方法により得られた屈折率分布を有する螺旋型ポリアセチレンの膜である。
また、本発明は、上記の螺旋型ポリアセチレンの膜を用いた反射防止膜である。
【0009】
また、本発明は、上記の螺旋型ポリアセチレンの膜を用いたレンズである。
また、本発明は、上記の螺旋型ポリアセチレンの膜を用いた光導波路である。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、膜の密度に分布を有し、屈折率分布を有する螺旋型ポリアセチレンの膜、およびその製造方法を提供することができる。
また、本発明は、上記の螺旋型ポリアセチレンの膜を用いた反射防止膜やレンズ、光導波路を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】屈折率分布を有する螺旋型ポリアセチレンの膜の製造方法を説明するブロック図である。
【図2】螺旋型ポリアセチレンが集積した場合に、右巻き/左巻きの割合の変化に伴う密度変化及び屈折率変化を示す概略図である。
【図3】螺旋型ポリアセチレンの膜において、右巻き/左巻きの比率の変化に伴う円二色性スペクトルの変化を示す概略図である。
【図4】螺旋型ポリアセチレンの立体構造の例を説明する図である。
【図5】螺旋型ポリアセチレンの立体構造において、主鎖の螺旋構造と側鎖の螺旋構造との関係を説明する図である。
【図6】螺旋型ポリアセチレンの巻き方向が異なる場合と同じ場合とで相互作用が異なることを説明する図である。
【図7】螺旋型ポリアセチレンの巻き方向が異なる場合と同じ場合とでポリマー間距離が異なることを説明するための分子力学計算に基づく図である。
【図8】螺旋型ポリアセチレンが集積した場合に、右巻き・左巻きの比率の変化に伴う体積変化を示す概略図である。
【図9】本発明に用いられるバッチ式配向膜の作製装置の概略図である。
【図10】不斉炭素を側鎖に含む螺旋型ポリアセチレンが集積した膜において、R体、S体のうち、S体の比率を0,50,100%と変化させた場合の円二色性スペクトルの実験結果を示す図である。
【図11】不斉炭素を側鎖に含む螺旋型ポリアセチレンが集積した膜において、R体、S体のうち、S体の比率を0,50,100%と変化させた場合の(a)回折角の変化、(b)屈折率の変化の実験結果を示す図である。
【図12】本発明の実施例1の螺旋型ポリアセチレン膜を反射防止膜として用いた例を示す図である。
【図13】本発明の実施例2の螺旋型ポリアセチレン膜を屈折率分布を有するレンズとして用いた例を示す図である。
【図14】本発明の実施例3の螺旋型ポリアセチレン膜を光導波路として用いた例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
本発明に係る螺旋型ポリアセチレンの膜の製造方法は、主鎖が螺旋構造を有する螺旋型ポリアセチレンの膜の製造方法であって、主鎖の螺旋構造が右巻きの螺旋型ポリアセチレンと、主鎖の螺旋構造が左巻きの螺旋型ポリアセチレンとを混合した後、成膜して屈折率分布を有する螺旋型ポリアセチレンの膜を得る工程を有することを特徴とする。
【0013】
図1に示すブロック図を用いて、本発明の屈折率分布を有する螺旋型ポリアセチレンの膜を成膜する方法を説明する。ここで、「屈折率分布を有する」膜とは、「屈折率が空間的に一様ではない膜」、すなわち、「屈折率が空間的に変化した膜」を意味する。屈折率の空間的な変化の大きさは任意とする。すなわち、急峻に屈折率が変化する場合も、徐々に変化する場合も対象とする。
【0014】
まず、主鎖の螺旋構造が右巻きの螺旋型ポリアセチレンと、主鎖の螺旋構造が左巻きの螺旋型ポリアセチレンの混合物A,及びBを準備する。混合物Aには、右巻き螺旋型ポリアセチレンと左巻きの螺旋型ポリアセチレンがそれぞれxRA:xLA(xRA+xLA=1)の割合で含まれている。同様に、混合物Bには、それぞれxRB:xLB(xRB+xLB=1)の割合で含まれている。密度を可変とするためにxRA≠xRBである必要がある。理想的には、xRA=1,xLA=0,xRB=0,xLB=1、あるいは、xRA=1,xLA=0,xRB=xLB=0.5であることが望ましいが、例えば、xRA=0.6,xLA=0.4,xRB=xLB=0.5であっても、密度、あるいは屈折率を変化させうる領域が小さくなるが、本発明の範囲に含まれる。
【0015】
ここで、右巻き、左巻きの割合とは、ポリマーの長さが一定の場合、それぞれのポリマー数の割合とする。ポリマーの長さが複数ある場合には、長さ×ポリマー数の積算値の割合とする。
【0016】
上で述べた右巻き螺旋型ポリアセチレンと、左巻きの螺旋型ポリアセチレンの混合物A,及びBをそれぞれyA:yB(yA+yB=1)の割合で混合させると、右巻き、左巻きの割合(zR,zL)は、ぞれぞれ(zR=xRAyA+xRByB, zL=xLAyA+xLByB)で与えられる。
【0017】
この混合物を用いて螺旋型ポリアセチレンの膜を成膜したときの密度は、図2(a)に示すように上記割合に依存して変化する。一般に、密度が変化すると、屈折率はその変化に正比例して変化することが知られている。従って、上述の密度変化に起因し、屈折率も図2(b)に示すように変化する。図1下段で説明する通り、yA、yBを変化させた混合物を層の位置により変化させることにより、段階的に膜の密度を変化させ、屈折率を変化させることが可能となる。
【0018】
一般には、右巻き、及び左巻きの螺旋型ポリアセチレンの混合物において、片方の螺旋型ポリアセチレンの割合(例:xRA、xLA)を正確に決めることが困難な場合もある。そのような場合は、円二色性スペクトルにより右巻きと左巻きの差の程度を確認して本発明を適用することが可能である。例として、図3では、右巻きと左巻きのうち、右巻きの割合が左巻きより、(a)かなり多い、(b)やや多い、(c)等しい、(d)やや少ない、(e)かなり少ない場合の円二色性スペクトルの例(概図)を示す。右巻きと左巻きの割合の変化に伴い、波長300から350nm付近のピークの大きさや符号が変化しているため、このピークはポリマーの主鎖に起因したピークと考えることができる。右巻きの割合が左巻きの割合と等しい時、スペクトルの値≒0となり、それからずれるとピークが現れる。例えば、混合物Aのスペクトルが(a)、混合物B(右巻き/左巻きの方向制御をしていないもの)のスペクトルが(c)のようになった場合、混合の割合yA、yBを変化させてA,Bを混合し、膜を作製することにより、上と同様に密度、あるいは屈折率の分布を有する螺旋型ポリアセチレンの膜を作製することができる。
【0019】
上記の混合物がA,Bの2種類である場合の説明をしたが、混合物を3種類以上使用する場合も可能である。例えば、混合物A,B,Cを使用する場合には、それぞれの混合物中の右巻き螺旋型ポリアセチレンの割合:xRA、xRB、xRCのうち、少なくとも2つは異なる値になっている必要がある。
【0020】
また、上記の説明では、混合物A、B、・・・を別のところで準備し、その次のステップでそれらを混合させる方法を述べたが、これらに限らない。例えば、共通の反応系内で、モノマーの組成や触媒の種類や量、螺旋を反転させるための添加剤の種類や量の少なくともを1つを変化させることにより、合成過程で右巻き/左巻きの螺旋型ポリアセチレンの割合を変化させる。それを用いて成膜することにより、密度、あるいは屈折率が可変の螺旋型ポリアセチレンの膜を作製することも可能である。
【0021】
以下、本発明で用いる螺旋型ポリアセチレンの種類、構造、製法、螺旋の方向制御、さらに、右巻き/左巻きの混合により密度が変化する機構、膜の具体的な製造方法について説明する。
【0022】
まず、右巻きの螺旋型ポリアセチレンと左巻きの螺旋型ポリアセチレンのうち、片方を他方よりも優先的に製造する方法を説明する。ここでは、下記の3つの方法を例示する。
・製造方法1:螺旋型ポリアセチレンの重合において、遷移金属錯体触媒にキラルな助触媒を添加した系で置換アセチレンを重合する方法。
【0023】
・製造方法2:光学活性を有する置換基を側鎖に有する置換ポリアセチレンを遷移金属錯体触媒を用いて重合する方法。
・製造方法3:重合を行った後、光学活性を有する添加物を置換ポリアセチレンと混合する方法。
【0024】
(片巻き螺旋型置換ポリアセチレンの製造方法1)
螺旋の巻き方向を制御した螺旋型置換ポリアセチレンは、遷移金属錯体触媒にキラルな助触媒を添加した系で置換アセチレンを重合することで得られる。遷移金属錯体触媒の例としては、ロジウム(ノルボルナジエン)塩化物二量体([Rh(NBD)Cl]2)やロジウム(シクロオクタジエン)塩化物二量体([Rh(COD)Cl]2)等のロジウム化合物が挙げられ、特に[Rh(NBD)Cl]2が好ましい(Macromol.Chem.Phys.,200、265から282(1999))。助触媒としては、アミンやリチウム化合物、燐化合物等が挙げられ、特にトリエチルアミンが好ましく用いられる。また、ロジウム錯体の二量体のみでなく、Rh[C(C6H5)=C(C6H5)2](NBD)(C6H5)3P)のような単量体を用いても良い。キラルな助触媒としては例えば(S)−フェニルエチルアミン、(R)−フェニルエチルアミンが挙げられる。また、置換アセチレンとしては側鎖にヒドロキシメチル基を有するフェニルアセチレン等が挙げられる(参考文献:Chemistry Letters,34,854から855(2005))。
【0025】
(片巻き螺旋型置換ポリアセチレンの製造方法2)
螺旋の巻き方向を制御した螺旋型置換ポリアセチレンは光学活性を有する置換基を側鎖に有する置換ポリアセチレンを前記ロジウム錯体触媒により重合することで得られる。
【0026】
光学活性を有する置換基としては例えば(S)−2−ブチル基等の分岐アルキル基、アミノ酸やペプチド等の生体由来の誘導体、軸不斉を有するビナフチル誘導体やピナニル誘導体等が挙げられる(Macromolecules,33,3978から3982(2000)、Macromolecules,41,5997から6005(2008)、Macromolecules,29,4192から4198(1996))。
【0027】
(片巻き螺旋型置換ポリアセチレンの製造方法3)
螺旋の巻き方向を制御した螺旋型置換ポリアセチレンは光学活性を有する添加物を置換ポリアセチレンと混合することで得られる。ここで光学活性を有する化合物は置換ポリアセチレンの側鎖と水素結合などの結合を結ぶことが必須である。
【0028】
光学活性を有する添加物としては、例えば(S)−フェニルエチルアミンや(S)−ナフチルエチルアミン、キラルなアミノアルコール等が挙げられる。また、置換ポリアセチレンとしては側鎖にカルボキシル基を有するポリ(エチニル安息香酸)等が挙げられる(J.Am.Chem.Soc.,117,11596から11597(1995))。
【0029】
以上、右巻きおよび左巻き螺旋型置換ポリアセチレンのうち、片方を他方よりも優先的に作製することが可能となる螺旋型置換ポリアセチレンの種類、及び製法の3種類の例について述べた。もちろん、この3つ以外の方法を使用した、右巻き/左巻きの割合が異なる螺旋型ポリアセチレンを用いて、本発明を実施してもよい。
【0030】
以上で示した螺旋型ポリアセチレンの立体構造の例を図4を用いて説明する。図4には、側鎖無し螺旋型ポリアセチレンの化学式、側面図、上面図をそれぞれ図4(a),(b),(c)に示す。また、側鎖有り螺旋型ポリアセチレンの化学式の例、その側面図、上面図をそれぞれ図4(d),(e),(f)に示す。
【0031】
次に、螺旋型ポリアセチレンにおいて右巻きのものと左巻きのものの割合に差がある螺旋型ポリアセチレンを用い、その割合の違いを利用して密度分布を持たせることを可能にする機構を説明する。まず、右巻き、左巻きの螺旋型ポリアセチレンの混合の割合と密度との関係について説明する。
【0032】
図5により螺旋構造に関する説明をする。図5(a)では、上下方向に伸びた螺旋型ポリアセチレンを横から見た構造モデルであり、主鎖の炭素原子に下から順に番号を付けている。(・・・−C0=C1−C2=C3−C4=C5−C6=C7−・・・)さらに、C1、C3,C5,C7,・・・にそれぞれ側鎖SC1,SC3,SC5,SC7,・・・がついているとする。本来の螺旋型置換ポリアセチレンの置換基の例は、図4(d)に示すような、ベンゼン環や酸素、アルキル鎖を含むようなものが用いられるが、説明を簡単にするために、図5(a)の説明では、置換基を大きめの球で置き換えて表示している。
【0033】
図5(a)の構造モデルを下から見た図を図5(b)に示す。C1からC2,C3,・・・を経由し、C7までの螺旋軸回りの回転角は、側鎖がない系での量子化学計算結果によると、約338度である。そのため、上下方向に接近した側鎖SC1,SC7は螺旋軸回り(主鎖とは逆向き)に360−338=22度程度、ずれている。これが繰り返した構造をとることから、側鎖SC1、SC7,SC13,・・・は1つの側鎖の螺旋を形成する。同様に、SC3,SC9,SC15,・・・が2つめの、SC5,SC11,SC17,・・・が3つめの側鎖の螺旋を形成する。これらの3つの側鎖の螺旋を図5(c)にて模式的に表している。
【0034】
当然、鏡面対称な螺旋型ポリアセチレンを考えると、もとの螺旋型ポリアセチレンと比べると、主鎖の巻き方向は反対であり、側鎖の螺旋の巻き方向も反対となる。
複数の螺旋型置換ポリアセチレン間の相互作用を考えると、直接隣接する部分は側鎖のため、側鎖間相互作用が重要となる。主鎖の巻き方向と側鎖の巻き方向の間には多くの場合、1:1の関係があるため、以下、主鎖の巻き方向ではなく、側鎖の巻き方向に関して検討した結果を示す。
【0035】
図6において、(a)側鎖の巻き方向が異なる場合、(b)側鎖の巻き方向が同じ場合を示す。図6(a)の場合は側鎖が接近した部分で、側鎖が噛み合うようにして接近することができる。その理由は、両者が接近した付近では、双方の螺旋が、図6(a)の紙面の奥から手前に向かって、斜め上向きな方向に伸びているからである。一方、図6(b)の場合は、(a)のような側鎖間の噛み合いが起こりにくく(a)ほどは近づくことが出来ない。その理由は、両者が接近した付近では、左側の螺旋は紙面の奥から手前に向かって、螺旋が斜め上向きな方向に伸び、右側の螺旋は紙面の手前から奥に向かって斜め上向きな方向に螺旋が伸びているからである。そのために2本の螺旋型ポリアセチレン間の間隔は(a)が小さく、(b)が大きくなる。複数の螺旋型ポリアセチレンがあった場合に側鎖の巻き方向が異なるもの同士は接近し、巻き方向が同じものは遠ざかるため、その組成比に依存して体積が変化することにより、密度が変化する。
【0036】
上記の傾向を裏付けるために分子力学計算(ユニバーサル力場を使用)を用いて検証を行った。図4(d)に化学式を示す螺旋型ポリアセチレンを対象に解析した結果を図7に示す。図7(a)の巻き方向が異なる場合は、図7(b)の巻き方向が同じ場合よりも螺旋型ポリアセチレン間距離は小さくなることがわかる。エネルギーもより低いことが分子力学計算よりわかった。エネルギー差は、C=Cの1組あたりに換算すると、0.041eVであった。すなわち、より平衡に近い条件では、異なる巻き方向を有する螺旋型ポリアセチレンが、より接近すると考えられる。
【0037】
この様な螺旋型ポリアセチレンが集積した場合の体積変化の概略を図8に示す。ここで、白色と灰色の丸は、それぞれ側鎖の螺旋の巻き方向が右巻き、左巻きである。上述の通り、右巻き同士、左巻き同士は接近できず、右巻きと左巻きは接近できる。また、分子力学計算によれば、巻き方向が異なる螺旋型ポリアセチレンが隣接した方が、巻き方向が同じ場合よりもエネルギーが低いため、平衡に近い条件では相分離するのではなく、混ざり合うと考えられる。図8では、白丸(右巻き)の割合が(a)50%、(b)33%,(c)0%の3通りの場合の例を示す。全体における白丸(右巻き)の割合が50%からずれると、巻き方向が同じものが隣接するようになり、体積が大きくなっていく(密度が小さくなっていく)ことがわかる。このようにして、右巻き/左巻きの螺旋型ポリアセチレンの割合を変化させ、密度を変化させることにより、屈折率を変化させることが可能となる。
以上の様に、右巻き/左巻きの割合を制御することにより、密度を変化させて屈折率を変化させることが可能である。
【0038】
次に、螺旋型ポリアセチレンにおいて右巻きのものと左巻きのものの割合に差がある螺旋型ポリアセチレンの膜を実際に成膜する方法を説明する。
まず、膜の密度を変化させるためには、分子が一部でも配向した膜であることが望ましい。その理由は、本発明では螺旋型ポリアセチレンのポリマー同士を隣接させることにより、螺旋の巻き方向が同じ場合と異なる場合とでポリマー間距離が変わることを利用して密度を変化させているために、螺旋型ポリアセチレンが並んでいない場合には、その効果が非常に小さくなるからである。
【0039】
この為の螺旋型ポリアセチレン分子の配向方法は特に限定されない。一例として、水等の表面に螺旋型置換ポリアセチレン分子の展開膜を作製し、それを基板上に転写する方法が挙げられる。
【0040】
前記主鎖の螺旋構造が右巻きの螺旋型ポリアセチレンと、主鎖の螺旋構造が左巻きの螺旋型ポリアセチレンとを所定の割合で混合した溶液を水面上に展開し、ラングミュア・ブロジェット法により基板に転写して成膜することが好ましい。
【0041】
前記主鎖の螺旋構造が右巻きの螺旋型ポリアセチレン(R)と、主鎖の螺旋構造が左巻きの螺旋型ポリアセチレン(L)の混合割合が、R:L=0:1(または1:0)から0.5:0.5の範囲で変化させうることが望ましい。
【0042】
また、前記主鎖の螺旋構造が右巻きの螺旋型ポリアセチレンと、主鎖の螺旋構造が左巻きの螺旋型ポリアセチレンの混合割合を変えながら複数層の膜を成膜することができる。
【0043】
上述の水面展開膜を転写して配向膜を作製する方法を更に説明する。この方法は、一般に「ラングミュアブロジット(以下、LB)膜」と呼ばれる両親媒性高分子積層膜を作製する方法を応用するものである。
【0044】
まず図9に示すような水槽101を用意し、蒸留水などの高純度の水で満たす。図9の(a)は水槽の平面図、(b)は側面図である。この水槽101の大きさは、挿入する基板の大きさを考慮して決めれば良い。これらLB膜作製と共通の技術に関しては、例えば、「Thin Solid Films」,221(1992)276、「Thin Solid Films」,284(1996)152などの文献に開示されている。
【0045】
まず、この水槽101内の清浄な水面上に螺旋型置換ポリアセチレン分子を溶解した溶液を滴下する。溶媒としては、蒸発速度が速くポリアセチレン分子を溶解する疎水性の溶媒であれば何でも良いが、例えばクロロホルムが好適である。クロロホルムの量およびポリアセチレンの濃度は水面に単分子層が広がるように決めればよい。また、疎水性溶媒にアルコールのような両親媒性溶媒を疎水性溶媒に対して2重量%から4重量%添加すると、膜が広がる速度が速まる為、成膜時間を短縮できる。
【0046】
次に、フィルムプレッシャーゲージ102を見ながら移動バリア103を動かし、水面上に単分子が整列した展開膜が形成されるように調整する。図9では移動バリア103は水槽101の一端に1台設置されているが、水槽の両側に2台の移動バリアが設置されていればより高精度に水面展開膜の膜圧と方向性を調整できる。
【0047】
このようにして作製した水面単分子展開膜を、基板104を上下させることによって基板104表面に転写積層していく。基板104の材質は、螺旋型置換ポリアセチレン分子が付着する物ならば、ガラスやプラスチックフィルムなど特に限定されない。あらかじめ電極が作り込まれた基板でも良い。また、転写に伴って水面展開膜が減少するが、展開膜の配向が乱れないように常時プレッシャーゲージ102の値を一定に保つように移動バリア103を矢印107の方向に動かす必要がある。もちろん、プレッシャーゲージ102の値に連動して移動バリア103の位置が自動的に制御されるようになっていても良い。
【0048】
基板104の表面には、基板を上下させた回数分の分子膜層が積層されるので、多層膜が必要な場合は、複数回基板104を水面下に沈めたり引き上げたりすればよい。もし、液面の展開膜が不足するならば、一時基板104を上下させる操作を止め、再度螺旋型置換ポリアセチレン分子を溶解した溶液を水面上に滴下すればよい。
【0049】
最初に形成された水面展開膜はまだ十分配向していないことが有り、転写開始後の数層は配向性が低い可能性がある。その場合、水面展開膜は移動バリア103と基板104の動きによる水の流れによって配向性を向上させ5回から10回上下させると水面展開膜中の分子の向きがそろい、転写積層された基板上の膜の配向度は高まり安定する。この為、高度に配向した1層または数層の膜を基板上に転写する必要がある場合には、10層ほど転写した後に基板上の転写積層膜を一度剥離するか、あらかじめダミー基板で10層ほど転写した後に基板を新規の物に交換して、再度転写積層すれば良い。
【0050】
上述した配向膜作成方法は、水の流れのない水槽を用いてバッチ的に多層膜を作製する例であるが、水流がある水槽で連続的に膜を作成することも可能である。特に、水流がある水槽に、右巻き/左巻きの割合を連続的に変化させた螺旋型置換ポリアセチレンを導入する手段を用いて成膜を行うことにより、連続的に密度、あるいは屈折率が変化する螺旋型置換ポリアセチレンの成膜が可能となる。この場合、第一層目から高度に配向した膜が得られる。その連続的成膜装置に関しては、特開平8−1058号公報に開示されており、その装置を本発明でも利用できる。
【0051】
以上、LB法を用いて、面内に配向した膜を作製するための方法を説明した。膜に垂直な方向には層毎の配向が同じでもよく、異なっていてもよい。
本発明の螺旋型ポリアセチレンの膜は、上記の載の螺旋型ポリアセチレンの膜の製造方法により得られた屈折率分布を有する螺旋型ポリアセチレンの膜である。
【0052】
前記螺旋型ポリアセチレンの膜の屈折率の分布が1.52から1.54にあることが望ましい。
次に、本発明の反射防止膜は、上記の螺旋型ポリアセチレンの膜を用いた反射防止膜である。
【0053】
また、本発明のレンズは、上記の螺旋型ポリアセチレンの膜を用いたレンズである。
また、本発明の光導波路は、上記の螺旋型ポリアセチレンの膜を用いた光導波路である。
【実施例1】
【0054】
以下、本発明の実施例の説明を行うが、これらは本発明をなんら限定するものではない。
本実施例1では、側鎖に不斉炭素を有する、光学異性体の関係にある螺旋型ポリアセチレン:ポリ(プロピオール酸−S−2−ブチル)(PS2BP、S体)と、ポリ(プロピオール酸−R−2−ブチル)(PR2BP、R体)を上述の製造方法(2)により合成した。
【0055】
【化1】
【0056】
以下にPS2BPの製造方法を示す。
試験管にロジウム(ノルボルナジエン)塩化物二量体40mg、メタノール8.8mlを入れ、プロピオール酸−S−2−ブチル1.0gをシリンジで注入することにより重合反応を開始させた。反応は40℃で24時間行った。沈澱したポリマーをメタノールで洗浄、濾過した後、真空乾燥し、目的物を得た。スチレン標準を用いたGPCにより評価したポリマーの重量平均分子量(Mw)は9.6×104であり、分子量分散(Mw/Mn)は2.6であった。
【0057】
その後、LB法により成膜を行い、その膜の構造解析実験(X線回折実験)を行った。評価は、3種類のポリマーの膜を対象とした。
・PS2BPのみ(PS2BP=100%)
・PR2BPのみ(PS2BP=0%)
・P2BP(PS2BP/PR2BPを区別せず合成)(PS2BP=50%)
【0058】
分子軌道計算に基づき、S体(PS2BP)は、主鎖の螺旋が右巻き、側鎖の螺旋が左巻きのポリアセチレンを形成しやすいことがわかる。同様に、R体(PR2BP)は、主鎖の螺旋が左巻き、側鎖の螺旋が右巻きのポリアセチレンを形成しやすいことがわかる。PS2BPの割合:0,100%は、厳密にその割合は測定できておらず、上述の製法の範囲内にて、得られたものであり、それぞれPS2BPが少ないもの、多いものを意味している。
【0059】
図10に、上記3種類のポリマーによる膜の円二色性スペクトルの測定結果を示す。この結果よりPS2BPとPR2BPとでは、波長300から400nm付近に符合が異なる大きなピークがあり、それらを区別せず合成したP2BPにはそのピークは出現しないことから、左巻き/右巻きの割合が異なる螺旋型ポリアセチレンが形成されていると認められる。PS2BPとPR2BPの結果が符号を反転したものになっているのが理想的であるが、図10では、そうはなっていない。キラルなモノマーの量や合成条件、生成物の濃度の違いなどの原因により、完全に上下対称な結果にはなっていないためと考えられる。
【0060】
次に、膜のX線回折実験の結果を図11(a)に示す。図中、S比(%)はS体(PS2BP)とR体(PR2BP)の混合体のうちのS体の割合を示す。図11より、回折角2θが中央(PS2BPの割合=50%)で大きくなっており、回折を生じる面間隔が小さくなっており、密度が大きくなっていることを意味している。逆に端部(PS2BP=0%または100%)では、密度が小さくなっていることを意味し、この結果は上で述べた結果を裏付けている。本来、端部の値は等しくなるはずであるが、この実験では、PS2BPのみの場合とPR2BPのみの場合とで、合成過程、または精製過程などの条件が若干異なり、その結果、S体/R体の割合が対称な値とはならず、回折角が若干異なったと考えられる。
【0061】
図11(b)は上の3種類の膜における、屈折率の測定結果である。2種類の入射光(波長500nm、600nm)を用いて評価を行った結果を示す。この図より屈折率は山型のグラフになっており、一般に材料の密度が大きい時、材料の屈折率が大きくなることを考慮すると、理論的考察、及び、図11(a)の結果と矛盾しない実験結果になっていることを確認できる。
【0062】
上で述べた、PS2BP(S体)とPR2BP(R体)とを使用し、図12に示すように、ガラス基板にS体、R体の割合を変化させた膜を上述のLB法により作製する。螺旋型ポリアセチレン膜の全膜厚は3μmとするが、この膜厚値は本発明をなんら限定するものではない。膜の密度が図12に示すように層毎に変化するように、S体とR体の混合比を決め、成膜を行う。その結果、屈折率は500nmの入射光では、屈折率が1.52から1.54まで変化する膜を形成できる。この膜を成膜した場合、成膜しない場合に比べ反射率が小さくなり、前記螺旋型ポリアセチレンをつけたことにより反射防止効果が得られることを確認できる。
【実施例2】
【0063】
図13に、屈折率分布を有する螺旋型ポリアセチレンを用いたレンズの例を示す。中央の屈折率が1.560と最も大きく、下端、上端部の屈折率を1.535と小さくし、途中は、実施例1と同様に右巻き/左巻きの割合を徐々に制御させることにより、端部に向かうほど屈折率が小さくなるように設計する。図の右側にそれぞれの領域の屈折率の代表値を記している。レンズの膜厚は10μmとするが、この値は本発明をなんら限定するものではない。この図で、レンズの左側より入射した光が、レンズ内部でどう進むかを模式的に記している。このレンズにより、上下方向に幅を有する光を集光できる。球面ではなく直方体状の光学素子を用いて集光可能となるため、光学装置の小型化、軽量化が可能になる。
【実施例3】
【0064】
図14に、屈折率分布を有する螺旋型ポリアセチレンを用いた光導波路の例を示す。実施例2と同様に膜に垂直な方向に屈折率の分布を持たせている。光導波路の膜厚は10μmとするが、この値は本発明をなんら限定するものではない。この図に導波路中を進む光線を模式的に記している。このようにして、膜に垂直な方向に様々な成分を有する光をこの光導波路を通して伝播させることができる。この屈折率分布を有する螺旋型ポリアセチレン膜は、柔らかい材料の上にも成膜できるので、そのようにして得られた膜はフレキシブルな膜となり、屈曲が可能な光導波路としても使用可能となる。
【産業上の利用可能性】
【0065】
本発明は、膜の密度に分布を有し、屈折率分布を有する螺旋型ポリアセチレンの膜を得ることができるので、前記螺旋型ポリアセチレンの膜を用いた反射防止膜やレンズ、光導波路などに利用することができる。
【符号の説明】
【0066】
101 水槽
102 プレッシャーゲージ
103 移動バリア
104 基板
105 展開膜
【技術分野】
【0001】
本発明は、螺旋型ポリアセチレンの膜、その製造方法、反射防止膜、レンズおよび光導波路に関する。
【背景技術】
【0002】
光学材料の重要な光学物性値に屈折率がある。素子の内部で屈折率分布を持たせることができれば、反射防止膜やレンズ、光導波路などの光学材料として使用することが可能となる。屈折率分布をもつ光学材料の製造方法の例としては、特許文献1がある。特許文献1には、2種の屈折率が異なるモノマーを混合して重合させたポリマーを用いることにより、傾斜した屈折率分布を有する光学材料の製造方法が開示されている。
【0003】
しかしながら、一般に、母体となる材料に母体と異なる材料を添加した場合、他の光学物性、例えば吸収特性が変化する場合がある。そのために、類似した材料、さらには母体と全く同じ材料を用いて屈折率分布を生じさせる方法が望まれていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平10−123336号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記の様に光学材料として用いる膜において、屈折率分布を有し、同時に吸収特性等の他の光学物性を変化させない膜が求められている。
本発明は、この様な背景技術に鑑みてなされたものであり、膜の密度に分布を有し、屈折率分布を有する螺旋型ポリアセチレンの膜、およびその製造方法を提供するものである。
【0006】
また、本発明は、上記の螺旋型ポリアセチレンの膜を用いた反射防止膜やレンズ、光導波路を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題を解決する螺旋型ポリアセチレンの膜の製造方法は、主鎖が螺旋構造を有する螺旋型ポリアセチレンの膜の製造方法であって、主鎖の螺旋構造が右巻きの螺旋型ポリアセチレンと、主鎖の螺旋構造が左巻きの螺旋型ポリアセチレンとを混合した後、成膜して屈折率分布を有する螺旋型ポリアセチレンの膜を得る工程を有することを特徴とする。
【0008】
また、本発明は、上記の螺旋型ポリアセチレンの膜の製造方法により得られた屈折率分布を有する螺旋型ポリアセチレンの膜である。
また、本発明は、上記の螺旋型ポリアセチレンの膜を用いた反射防止膜である。
【0009】
また、本発明は、上記の螺旋型ポリアセチレンの膜を用いたレンズである。
また、本発明は、上記の螺旋型ポリアセチレンの膜を用いた光導波路である。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、膜の密度に分布を有し、屈折率分布を有する螺旋型ポリアセチレンの膜、およびその製造方法を提供することができる。
また、本発明は、上記の螺旋型ポリアセチレンの膜を用いた反射防止膜やレンズ、光導波路を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】屈折率分布を有する螺旋型ポリアセチレンの膜の製造方法を説明するブロック図である。
【図2】螺旋型ポリアセチレンが集積した場合に、右巻き/左巻きの割合の変化に伴う密度変化及び屈折率変化を示す概略図である。
【図3】螺旋型ポリアセチレンの膜において、右巻き/左巻きの比率の変化に伴う円二色性スペクトルの変化を示す概略図である。
【図4】螺旋型ポリアセチレンの立体構造の例を説明する図である。
【図5】螺旋型ポリアセチレンの立体構造において、主鎖の螺旋構造と側鎖の螺旋構造との関係を説明する図である。
【図6】螺旋型ポリアセチレンの巻き方向が異なる場合と同じ場合とで相互作用が異なることを説明する図である。
【図7】螺旋型ポリアセチレンの巻き方向が異なる場合と同じ場合とでポリマー間距離が異なることを説明するための分子力学計算に基づく図である。
【図8】螺旋型ポリアセチレンが集積した場合に、右巻き・左巻きの比率の変化に伴う体積変化を示す概略図である。
【図9】本発明に用いられるバッチ式配向膜の作製装置の概略図である。
【図10】不斉炭素を側鎖に含む螺旋型ポリアセチレンが集積した膜において、R体、S体のうち、S体の比率を0,50,100%と変化させた場合の円二色性スペクトルの実験結果を示す図である。
【図11】不斉炭素を側鎖に含む螺旋型ポリアセチレンが集積した膜において、R体、S体のうち、S体の比率を0,50,100%と変化させた場合の(a)回折角の変化、(b)屈折率の変化の実験結果を示す図である。
【図12】本発明の実施例1の螺旋型ポリアセチレン膜を反射防止膜として用いた例を示す図である。
【図13】本発明の実施例2の螺旋型ポリアセチレン膜を屈折率分布を有するレンズとして用いた例を示す図である。
【図14】本発明の実施例3の螺旋型ポリアセチレン膜を光導波路として用いた例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
本発明に係る螺旋型ポリアセチレンの膜の製造方法は、主鎖が螺旋構造を有する螺旋型ポリアセチレンの膜の製造方法であって、主鎖の螺旋構造が右巻きの螺旋型ポリアセチレンと、主鎖の螺旋構造が左巻きの螺旋型ポリアセチレンとを混合した後、成膜して屈折率分布を有する螺旋型ポリアセチレンの膜を得る工程を有することを特徴とする。
【0013】
図1に示すブロック図を用いて、本発明の屈折率分布を有する螺旋型ポリアセチレンの膜を成膜する方法を説明する。ここで、「屈折率分布を有する」膜とは、「屈折率が空間的に一様ではない膜」、すなわち、「屈折率が空間的に変化した膜」を意味する。屈折率の空間的な変化の大きさは任意とする。すなわち、急峻に屈折率が変化する場合も、徐々に変化する場合も対象とする。
【0014】
まず、主鎖の螺旋構造が右巻きの螺旋型ポリアセチレンと、主鎖の螺旋構造が左巻きの螺旋型ポリアセチレンの混合物A,及びBを準備する。混合物Aには、右巻き螺旋型ポリアセチレンと左巻きの螺旋型ポリアセチレンがそれぞれxRA:xLA(xRA+xLA=1)の割合で含まれている。同様に、混合物Bには、それぞれxRB:xLB(xRB+xLB=1)の割合で含まれている。密度を可変とするためにxRA≠xRBである必要がある。理想的には、xRA=1,xLA=0,xRB=0,xLB=1、あるいは、xRA=1,xLA=0,xRB=xLB=0.5であることが望ましいが、例えば、xRA=0.6,xLA=0.4,xRB=xLB=0.5であっても、密度、あるいは屈折率を変化させうる領域が小さくなるが、本発明の範囲に含まれる。
【0015】
ここで、右巻き、左巻きの割合とは、ポリマーの長さが一定の場合、それぞれのポリマー数の割合とする。ポリマーの長さが複数ある場合には、長さ×ポリマー数の積算値の割合とする。
【0016】
上で述べた右巻き螺旋型ポリアセチレンと、左巻きの螺旋型ポリアセチレンの混合物A,及びBをそれぞれyA:yB(yA+yB=1)の割合で混合させると、右巻き、左巻きの割合(zR,zL)は、ぞれぞれ(zR=xRAyA+xRByB, zL=xLAyA+xLByB)で与えられる。
【0017】
この混合物を用いて螺旋型ポリアセチレンの膜を成膜したときの密度は、図2(a)に示すように上記割合に依存して変化する。一般に、密度が変化すると、屈折率はその変化に正比例して変化することが知られている。従って、上述の密度変化に起因し、屈折率も図2(b)に示すように変化する。図1下段で説明する通り、yA、yBを変化させた混合物を層の位置により変化させることにより、段階的に膜の密度を変化させ、屈折率を変化させることが可能となる。
【0018】
一般には、右巻き、及び左巻きの螺旋型ポリアセチレンの混合物において、片方の螺旋型ポリアセチレンの割合(例:xRA、xLA)を正確に決めることが困難な場合もある。そのような場合は、円二色性スペクトルにより右巻きと左巻きの差の程度を確認して本発明を適用することが可能である。例として、図3では、右巻きと左巻きのうち、右巻きの割合が左巻きより、(a)かなり多い、(b)やや多い、(c)等しい、(d)やや少ない、(e)かなり少ない場合の円二色性スペクトルの例(概図)を示す。右巻きと左巻きの割合の変化に伴い、波長300から350nm付近のピークの大きさや符号が変化しているため、このピークはポリマーの主鎖に起因したピークと考えることができる。右巻きの割合が左巻きの割合と等しい時、スペクトルの値≒0となり、それからずれるとピークが現れる。例えば、混合物Aのスペクトルが(a)、混合物B(右巻き/左巻きの方向制御をしていないもの)のスペクトルが(c)のようになった場合、混合の割合yA、yBを変化させてA,Bを混合し、膜を作製することにより、上と同様に密度、あるいは屈折率の分布を有する螺旋型ポリアセチレンの膜を作製することができる。
【0019】
上記の混合物がA,Bの2種類である場合の説明をしたが、混合物を3種類以上使用する場合も可能である。例えば、混合物A,B,Cを使用する場合には、それぞれの混合物中の右巻き螺旋型ポリアセチレンの割合:xRA、xRB、xRCのうち、少なくとも2つは異なる値になっている必要がある。
【0020】
また、上記の説明では、混合物A、B、・・・を別のところで準備し、その次のステップでそれらを混合させる方法を述べたが、これらに限らない。例えば、共通の反応系内で、モノマーの組成や触媒の種類や量、螺旋を反転させるための添加剤の種類や量の少なくともを1つを変化させることにより、合成過程で右巻き/左巻きの螺旋型ポリアセチレンの割合を変化させる。それを用いて成膜することにより、密度、あるいは屈折率が可変の螺旋型ポリアセチレンの膜を作製することも可能である。
【0021】
以下、本発明で用いる螺旋型ポリアセチレンの種類、構造、製法、螺旋の方向制御、さらに、右巻き/左巻きの混合により密度が変化する機構、膜の具体的な製造方法について説明する。
【0022】
まず、右巻きの螺旋型ポリアセチレンと左巻きの螺旋型ポリアセチレンのうち、片方を他方よりも優先的に製造する方法を説明する。ここでは、下記の3つの方法を例示する。
・製造方法1:螺旋型ポリアセチレンの重合において、遷移金属錯体触媒にキラルな助触媒を添加した系で置換アセチレンを重合する方法。
【0023】
・製造方法2:光学活性を有する置換基を側鎖に有する置換ポリアセチレンを遷移金属錯体触媒を用いて重合する方法。
・製造方法3:重合を行った後、光学活性を有する添加物を置換ポリアセチレンと混合する方法。
【0024】
(片巻き螺旋型置換ポリアセチレンの製造方法1)
螺旋の巻き方向を制御した螺旋型置換ポリアセチレンは、遷移金属錯体触媒にキラルな助触媒を添加した系で置換アセチレンを重合することで得られる。遷移金属錯体触媒の例としては、ロジウム(ノルボルナジエン)塩化物二量体([Rh(NBD)Cl]2)やロジウム(シクロオクタジエン)塩化物二量体([Rh(COD)Cl]2)等のロジウム化合物が挙げられ、特に[Rh(NBD)Cl]2が好ましい(Macromol.Chem.Phys.,200、265から282(1999))。助触媒としては、アミンやリチウム化合物、燐化合物等が挙げられ、特にトリエチルアミンが好ましく用いられる。また、ロジウム錯体の二量体のみでなく、Rh[C(C6H5)=C(C6H5)2](NBD)(C6H5)3P)のような単量体を用いても良い。キラルな助触媒としては例えば(S)−フェニルエチルアミン、(R)−フェニルエチルアミンが挙げられる。また、置換アセチレンとしては側鎖にヒドロキシメチル基を有するフェニルアセチレン等が挙げられる(参考文献:Chemistry Letters,34,854から855(2005))。
【0025】
(片巻き螺旋型置換ポリアセチレンの製造方法2)
螺旋の巻き方向を制御した螺旋型置換ポリアセチレンは光学活性を有する置換基を側鎖に有する置換ポリアセチレンを前記ロジウム錯体触媒により重合することで得られる。
【0026】
光学活性を有する置換基としては例えば(S)−2−ブチル基等の分岐アルキル基、アミノ酸やペプチド等の生体由来の誘導体、軸不斉を有するビナフチル誘導体やピナニル誘導体等が挙げられる(Macromolecules,33,3978から3982(2000)、Macromolecules,41,5997から6005(2008)、Macromolecules,29,4192から4198(1996))。
【0027】
(片巻き螺旋型置換ポリアセチレンの製造方法3)
螺旋の巻き方向を制御した螺旋型置換ポリアセチレンは光学活性を有する添加物を置換ポリアセチレンと混合することで得られる。ここで光学活性を有する化合物は置換ポリアセチレンの側鎖と水素結合などの結合を結ぶことが必須である。
【0028】
光学活性を有する添加物としては、例えば(S)−フェニルエチルアミンや(S)−ナフチルエチルアミン、キラルなアミノアルコール等が挙げられる。また、置換ポリアセチレンとしては側鎖にカルボキシル基を有するポリ(エチニル安息香酸)等が挙げられる(J.Am.Chem.Soc.,117,11596から11597(1995))。
【0029】
以上、右巻きおよび左巻き螺旋型置換ポリアセチレンのうち、片方を他方よりも優先的に作製することが可能となる螺旋型置換ポリアセチレンの種類、及び製法の3種類の例について述べた。もちろん、この3つ以外の方法を使用した、右巻き/左巻きの割合が異なる螺旋型ポリアセチレンを用いて、本発明を実施してもよい。
【0030】
以上で示した螺旋型ポリアセチレンの立体構造の例を図4を用いて説明する。図4には、側鎖無し螺旋型ポリアセチレンの化学式、側面図、上面図をそれぞれ図4(a),(b),(c)に示す。また、側鎖有り螺旋型ポリアセチレンの化学式の例、その側面図、上面図をそれぞれ図4(d),(e),(f)に示す。
【0031】
次に、螺旋型ポリアセチレンにおいて右巻きのものと左巻きのものの割合に差がある螺旋型ポリアセチレンを用い、その割合の違いを利用して密度分布を持たせることを可能にする機構を説明する。まず、右巻き、左巻きの螺旋型ポリアセチレンの混合の割合と密度との関係について説明する。
【0032】
図5により螺旋構造に関する説明をする。図5(a)では、上下方向に伸びた螺旋型ポリアセチレンを横から見た構造モデルであり、主鎖の炭素原子に下から順に番号を付けている。(・・・−C0=C1−C2=C3−C4=C5−C6=C7−・・・)さらに、C1、C3,C5,C7,・・・にそれぞれ側鎖SC1,SC3,SC5,SC7,・・・がついているとする。本来の螺旋型置換ポリアセチレンの置換基の例は、図4(d)に示すような、ベンゼン環や酸素、アルキル鎖を含むようなものが用いられるが、説明を簡単にするために、図5(a)の説明では、置換基を大きめの球で置き換えて表示している。
【0033】
図5(a)の構造モデルを下から見た図を図5(b)に示す。C1からC2,C3,・・・を経由し、C7までの螺旋軸回りの回転角は、側鎖がない系での量子化学計算結果によると、約338度である。そのため、上下方向に接近した側鎖SC1,SC7は螺旋軸回り(主鎖とは逆向き)に360−338=22度程度、ずれている。これが繰り返した構造をとることから、側鎖SC1、SC7,SC13,・・・は1つの側鎖の螺旋を形成する。同様に、SC3,SC9,SC15,・・・が2つめの、SC5,SC11,SC17,・・・が3つめの側鎖の螺旋を形成する。これらの3つの側鎖の螺旋を図5(c)にて模式的に表している。
【0034】
当然、鏡面対称な螺旋型ポリアセチレンを考えると、もとの螺旋型ポリアセチレンと比べると、主鎖の巻き方向は反対であり、側鎖の螺旋の巻き方向も反対となる。
複数の螺旋型置換ポリアセチレン間の相互作用を考えると、直接隣接する部分は側鎖のため、側鎖間相互作用が重要となる。主鎖の巻き方向と側鎖の巻き方向の間には多くの場合、1:1の関係があるため、以下、主鎖の巻き方向ではなく、側鎖の巻き方向に関して検討した結果を示す。
【0035】
図6において、(a)側鎖の巻き方向が異なる場合、(b)側鎖の巻き方向が同じ場合を示す。図6(a)の場合は側鎖が接近した部分で、側鎖が噛み合うようにして接近することができる。その理由は、両者が接近した付近では、双方の螺旋が、図6(a)の紙面の奥から手前に向かって、斜め上向きな方向に伸びているからである。一方、図6(b)の場合は、(a)のような側鎖間の噛み合いが起こりにくく(a)ほどは近づくことが出来ない。その理由は、両者が接近した付近では、左側の螺旋は紙面の奥から手前に向かって、螺旋が斜め上向きな方向に伸び、右側の螺旋は紙面の手前から奥に向かって斜め上向きな方向に螺旋が伸びているからである。そのために2本の螺旋型ポリアセチレン間の間隔は(a)が小さく、(b)が大きくなる。複数の螺旋型ポリアセチレンがあった場合に側鎖の巻き方向が異なるもの同士は接近し、巻き方向が同じものは遠ざかるため、その組成比に依存して体積が変化することにより、密度が変化する。
【0036】
上記の傾向を裏付けるために分子力学計算(ユニバーサル力場を使用)を用いて検証を行った。図4(d)に化学式を示す螺旋型ポリアセチレンを対象に解析した結果を図7に示す。図7(a)の巻き方向が異なる場合は、図7(b)の巻き方向が同じ場合よりも螺旋型ポリアセチレン間距離は小さくなることがわかる。エネルギーもより低いことが分子力学計算よりわかった。エネルギー差は、C=Cの1組あたりに換算すると、0.041eVであった。すなわち、より平衡に近い条件では、異なる巻き方向を有する螺旋型ポリアセチレンが、より接近すると考えられる。
【0037】
この様な螺旋型ポリアセチレンが集積した場合の体積変化の概略を図8に示す。ここで、白色と灰色の丸は、それぞれ側鎖の螺旋の巻き方向が右巻き、左巻きである。上述の通り、右巻き同士、左巻き同士は接近できず、右巻きと左巻きは接近できる。また、分子力学計算によれば、巻き方向が異なる螺旋型ポリアセチレンが隣接した方が、巻き方向が同じ場合よりもエネルギーが低いため、平衡に近い条件では相分離するのではなく、混ざり合うと考えられる。図8では、白丸(右巻き)の割合が(a)50%、(b)33%,(c)0%の3通りの場合の例を示す。全体における白丸(右巻き)の割合が50%からずれると、巻き方向が同じものが隣接するようになり、体積が大きくなっていく(密度が小さくなっていく)ことがわかる。このようにして、右巻き/左巻きの螺旋型ポリアセチレンの割合を変化させ、密度を変化させることにより、屈折率を変化させることが可能となる。
以上の様に、右巻き/左巻きの割合を制御することにより、密度を変化させて屈折率を変化させることが可能である。
【0038】
次に、螺旋型ポリアセチレンにおいて右巻きのものと左巻きのものの割合に差がある螺旋型ポリアセチレンの膜を実際に成膜する方法を説明する。
まず、膜の密度を変化させるためには、分子が一部でも配向した膜であることが望ましい。その理由は、本発明では螺旋型ポリアセチレンのポリマー同士を隣接させることにより、螺旋の巻き方向が同じ場合と異なる場合とでポリマー間距離が変わることを利用して密度を変化させているために、螺旋型ポリアセチレンが並んでいない場合には、その効果が非常に小さくなるからである。
【0039】
この為の螺旋型ポリアセチレン分子の配向方法は特に限定されない。一例として、水等の表面に螺旋型置換ポリアセチレン分子の展開膜を作製し、それを基板上に転写する方法が挙げられる。
【0040】
前記主鎖の螺旋構造が右巻きの螺旋型ポリアセチレンと、主鎖の螺旋構造が左巻きの螺旋型ポリアセチレンとを所定の割合で混合した溶液を水面上に展開し、ラングミュア・ブロジェット法により基板に転写して成膜することが好ましい。
【0041】
前記主鎖の螺旋構造が右巻きの螺旋型ポリアセチレン(R)と、主鎖の螺旋構造が左巻きの螺旋型ポリアセチレン(L)の混合割合が、R:L=0:1(または1:0)から0.5:0.5の範囲で変化させうることが望ましい。
【0042】
また、前記主鎖の螺旋構造が右巻きの螺旋型ポリアセチレンと、主鎖の螺旋構造が左巻きの螺旋型ポリアセチレンの混合割合を変えながら複数層の膜を成膜することができる。
【0043】
上述の水面展開膜を転写して配向膜を作製する方法を更に説明する。この方法は、一般に「ラングミュアブロジット(以下、LB)膜」と呼ばれる両親媒性高分子積層膜を作製する方法を応用するものである。
【0044】
まず図9に示すような水槽101を用意し、蒸留水などの高純度の水で満たす。図9の(a)は水槽の平面図、(b)は側面図である。この水槽101の大きさは、挿入する基板の大きさを考慮して決めれば良い。これらLB膜作製と共通の技術に関しては、例えば、「Thin Solid Films」,221(1992)276、「Thin Solid Films」,284(1996)152などの文献に開示されている。
【0045】
まず、この水槽101内の清浄な水面上に螺旋型置換ポリアセチレン分子を溶解した溶液を滴下する。溶媒としては、蒸発速度が速くポリアセチレン分子を溶解する疎水性の溶媒であれば何でも良いが、例えばクロロホルムが好適である。クロロホルムの量およびポリアセチレンの濃度は水面に単分子層が広がるように決めればよい。また、疎水性溶媒にアルコールのような両親媒性溶媒を疎水性溶媒に対して2重量%から4重量%添加すると、膜が広がる速度が速まる為、成膜時間を短縮できる。
【0046】
次に、フィルムプレッシャーゲージ102を見ながら移動バリア103を動かし、水面上に単分子が整列した展開膜が形成されるように調整する。図9では移動バリア103は水槽101の一端に1台設置されているが、水槽の両側に2台の移動バリアが設置されていればより高精度に水面展開膜の膜圧と方向性を調整できる。
【0047】
このようにして作製した水面単分子展開膜を、基板104を上下させることによって基板104表面に転写積層していく。基板104の材質は、螺旋型置換ポリアセチレン分子が付着する物ならば、ガラスやプラスチックフィルムなど特に限定されない。あらかじめ電極が作り込まれた基板でも良い。また、転写に伴って水面展開膜が減少するが、展開膜の配向が乱れないように常時プレッシャーゲージ102の値を一定に保つように移動バリア103を矢印107の方向に動かす必要がある。もちろん、プレッシャーゲージ102の値に連動して移動バリア103の位置が自動的に制御されるようになっていても良い。
【0048】
基板104の表面には、基板を上下させた回数分の分子膜層が積層されるので、多層膜が必要な場合は、複数回基板104を水面下に沈めたり引き上げたりすればよい。もし、液面の展開膜が不足するならば、一時基板104を上下させる操作を止め、再度螺旋型置換ポリアセチレン分子を溶解した溶液を水面上に滴下すればよい。
【0049】
最初に形成された水面展開膜はまだ十分配向していないことが有り、転写開始後の数層は配向性が低い可能性がある。その場合、水面展開膜は移動バリア103と基板104の動きによる水の流れによって配向性を向上させ5回から10回上下させると水面展開膜中の分子の向きがそろい、転写積層された基板上の膜の配向度は高まり安定する。この為、高度に配向した1層または数層の膜を基板上に転写する必要がある場合には、10層ほど転写した後に基板上の転写積層膜を一度剥離するか、あらかじめダミー基板で10層ほど転写した後に基板を新規の物に交換して、再度転写積層すれば良い。
【0050】
上述した配向膜作成方法は、水の流れのない水槽を用いてバッチ的に多層膜を作製する例であるが、水流がある水槽で連続的に膜を作成することも可能である。特に、水流がある水槽に、右巻き/左巻きの割合を連続的に変化させた螺旋型置換ポリアセチレンを導入する手段を用いて成膜を行うことにより、連続的に密度、あるいは屈折率が変化する螺旋型置換ポリアセチレンの成膜が可能となる。この場合、第一層目から高度に配向した膜が得られる。その連続的成膜装置に関しては、特開平8−1058号公報に開示されており、その装置を本発明でも利用できる。
【0051】
以上、LB法を用いて、面内に配向した膜を作製するための方法を説明した。膜に垂直な方向には層毎の配向が同じでもよく、異なっていてもよい。
本発明の螺旋型ポリアセチレンの膜は、上記の載の螺旋型ポリアセチレンの膜の製造方法により得られた屈折率分布を有する螺旋型ポリアセチレンの膜である。
【0052】
前記螺旋型ポリアセチレンの膜の屈折率の分布が1.52から1.54にあることが望ましい。
次に、本発明の反射防止膜は、上記の螺旋型ポリアセチレンの膜を用いた反射防止膜である。
【0053】
また、本発明のレンズは、上記の螺旋型ポリアセチレンの膜を用いたレンズである。
また、本発明の光導波路は、上記の螺旋型ポリアセチレンの膜を用いた光導波路である。
【実施例1】
【0054】
以下、本発明の実施例の説明を行うが、これらは本発明をなんら限定するものではない。
本実施例1では、側鎖に不斉炭素を有する、光学異性体の関係にある螺旋型ポリアセチレン:ポリ(プロピオール酸−S−2−ブチル)(PS2BP、S体)と、ポリ(プロピオール酸−R−2−ブチル)(PR2BP、R体)を上述の製造方法(2)により合成した。
【0055】
【化1】
【0056】
以下にPS2BPの製造方法を示す。
試験管にロジウム(ノルボルナジエン)塩化物二量体40mg、メタノール8.8mlを入れ、プロピオール酸−S−2−ブチル1.0gをシリンジで注入することにより重合反応を開始させた。反応は40℃で24時間行った。沈澱したポリマーをメタノールで洗浄、濾過した後、真空乾燥し、目的物を得た。スチレン標準を用いたGPCにより評価したポリマーの重量平均分子量(Mw)は9.6×104であり、分子量分散(Mw/Mn)は2.6であった。
【0057】
その後、LB法により成膜を行い、その膜の構造解析実験(X線回折実験)を行った。評価は、3種類のポリマーの膜を対象とした。
・PS2BPのみ(PS2BP=100%)
・PR2BPのみ(PS2BP=0%)
・P2BP(PS2BP/PR2BPを区別せず合成)(PS2BP=50%)
【0058】
分子軌道計算に基づき、S体(PS2BP)は、主鎖の螺旋が右巻き、側鎖の螺旋が左巻きのポリアセチレンを形成しやすいことがわかる。同様に、R体(PR2BP)は、主鎖の螺旋が左巻き、側鎖の螺旋が右巻きのポリアセチレンを形成しやすいことがわかる。PS2BPの割合:0,100%は、厳密にその割合は測定できておらず、上述の製法の範囲内にて、得られたものであり、それぞれPS2BPが少ないもの、多いものを意味している。
【0059】
図10に、上記3種類のポリマーによる膜の円二色性スペクトルの測定結果を示す。この結果よりPS2BPとPR2BPとでは、波長300から400nm付近に符合が異なる大きなピークがあり、それらを区別せず合成したP2BPにはそのピークは出現しないことから、左巻き/右巻きの割合が異なる螺旋型ポリアセチレンが形成されていると認められる。PS2BPとPR2BPの結果が符号を反転したものになっているのが理想的であるが、図10では、そうはなっていない。キラルなモノマーの量や合成条件、生成物の濃度の違いなどの原因により、完全に上下対称な結果にはなっていないためと考えられる。
【0060】
次に、膜のX線回折実験の結果を図11(a)に示す。図中、S比(%)はS体(PS2BP)とR体(PR2BP)の混合体のうちのS体の割合を示す。図11より、回折角2θが中央(PS2BPの割合=50%)で大きくなっており、回折を生じる面間隔が小さくなっており、密度が大きくなっていることを意味している。逆に端部(PS2BP=0%または100%)では、密度が小さくなっていることを意味し、この結果は上で述べた結果を裏付けている。本来、端部の値は等しくなるはずであるが、この実験では、PS2BPのみの場合とPR2BPのみの場合とで、合成過程、または精製過程などの条件が若干異なり、その結果、S体/R体の割合が対称な値とはならず、回折角が若干異なったと考えられる。
【0061】
図11(b)は上の3種類の膜における、屈折率の測定結果である。2種類の入射光(波長500nm、600nm)を用いて評価を行った結果を示す。この図より屈折率は山型のグラフになっており、一般に材料の密度が大きい時、材料の屈折率が大きくなることを考慮すると、理論的考察、及び、図11(a)の結果と矛盾しない実験結果になっていることを確認できる。
【0062】
上で述べた、PS2BP(S体)とPR2BP(R体)とを使用し、図12に示すように、ガラス基板にS体、R体の割合を変化させた膜を上述のLB法により作製する。螺旋型ポリアセチレン膜の全膜厚は3μmとするが、この膜厚値は本発明をなんら限定するものではない。膜の密度が図12に示すように層毎に変化するように、S体とR体の混合比を決め、成膜を行う。その結果、屈折率は500nmの入射光では、屈折率が1.52から1.54まで変化する膜を形成できる。この膜を成膜した場合、成膜しない場合に比べ反射率が小さくなり、前記螺旋型ポリアセチレンをつけたことにより反射防止効果が得られることを確認できる。
【実施例2】
【0063】
図13に、屈折率分布を有する螺旋型ポリアセチレンを用いたレンズの例を示す。中央の屈折率が1.560と最も大きく、下端、上端部の屈折率を1.535と小さくし、途中は、実施例1と同様に右巻き/左巻きの割合を徐々に制御させることにより、端部に向かうほど屈折率が小さくなるように設計する。図の右側にそれぞれの領域の屈折率の代表値を記している。レンズの膜厚は10μmとするが、この値は本発明をなんら限定するものではない。この図で、レンズの左側より入射した光が、レンズ内部でどう進むかを模式的に記している。このレンズにより、上下方向に幅を有する光を集光できる。球面ではなく直方体状の光学素子を用いて集光可能となるため、光学装置の小型化、軽量化が可能になる。
【実施例3】
【0064】
図14に、屈折率分布を有する螺旋型ポリアセチレンを用いた光導波路の例を示す。実施例2と同様に膜に垂直な方向に屈折率の分布を持たせている。光導波路の膜厚は10μmとするが、この値は本発明をなんら限定するものではない。この図に導波路中を進む光線を模式的に記している。このようにして、膜に垂直な方向に様々な成分を有する光をこの光導波路を通して伝播させることができる。この屈折率分布を有する螺旋型ポリアセチレン膜は、柔らかい材料の上にも成膜できるので、そのようにして得られた膜はフレキシブルな膜となり、屈曲が可能な光導波路としても使用可能となる。
【産業上の利用可能性】
【0065】
本発明は、膜の密度に分布を有し、屈折率分布を有する螺旋型ポリアセチレンの膜を得ることができるので、前記螺旋型ポリアセチレンの膜を用いた反射防止膜やレンズ、光導波路などに利用することができる。
【符号の説明】
【0066】
101 水槽
102 プレッシャーゲージ
103 移動バリア
104 基板
105 展開膜
【特許請求の範囲】
【請求項1】
主鎖が螺旋構造を有する螺旋型ポリアセチレンの膜の製造方法であって、主鎖の螺旋構造が右巻きの螺旋型ポリアセチレンと、主鎖の螺旋構造が左巻きの螺旋型ポリアセチレンとを混合した後、成膜して屈折率分布を有する螺旋型ポリアセチレンの膜を得る工程を有することを特徴とする螺旋型ポリアセチレンの膜の製造方法。
【請求項2】
前記主鎖の螺旋構造が右巻きの螺旋型ポリアセチレンと、主鎖の螺旋構造が左巻きの螺旋型ポリアセチレンとを混合した溶液を水面上に展開し、ラングミュア・ブロジェット法により基板に転写して成膜することを特徴とする請求項1に記載の螺旋型ポリアセチレンの膜の製造方法。
【請求項3】
前記主鎖の螺旋構造が右巻きの螺旋型ポリアセチレンと、主鎖の螺旋構造が左巻きの螺旋型ポリアセチレンの混合割合を変えながら複数層の膜を成膜する請求項1または2に記載の螺旋型ポリアセチレンの膜の製造方法。
【請求項4】
前記螺旋型ポリアセチレンの膜の屈折率の分布が1.52から1.54の範囲内にあることを特徴とする請求項1乃至3のいずれかの項に記載の螺旋型ポリアセチレンの膜の製造方法。
【請求項5】
請求項1乃至4のいずれかに記載の螺旋型ポリアセチレンの膜の製造方法により得られた屈折率分布を有する螺旋型ポリアセチレンの膜。
【請求項6】
請求項5に記載の螺旋型ポリアセチレンの膜を用いた反射防止膜。
【請求項7】
請求項5に記載の螺旋型ポリアセチレンの膜を用いたレンズ。
【請求項8】
請求項5に記載の螺旋型ポリアセチレンの膜を用いた光導波路。
【請求項1】
主鎖が螺旋構造を有する螺旋型ポリアセチレンの膜の製造方法であって、主鎖の螺旋構造が右巻きの螺旋型ポリアセチレンと、主鎖の螺旋構造が左巻きの螺旋型ポリアセチレンとを混合した後、成膜して屈折率分布を有する螺旋型ポリアセチレンの膜を得る工程を有することを特徴とする螺旋型ポリアセチレンの膜の製造方法。
【請求項2】
前記主鎖の螺旋構造が右巻きの螺旋型ポリアセチレンと、主鎖の螺旋構造が左巻きの螺旋型ポリアセチレンとを混合した溶液を水面上に展開し、ラングミュア・ブロジェット法により基板に転写して成膜することを特徴とする請求項1に記載の螺旋型ポリアセチレンの膜の製造方法。
【請求項3】
前記主鎖の螺旋構造が右巻きの螺旋型ポリアセチレンと、主鎖の螺旋構造が左巻きの螺旋型ポリアセチレンの混合割合を変えながら複数層の膜を成膜する請求項1または2に記載の螺旋型ポリアセチレンの膜の製造方法。
【請求項4】
前記螺旋型ポリアセチレンの膜の屈折率の分布が1.52から1.54の範囲内にあることを特徴とする請求項1乃至3のいずれかの項に記載の螺旋型ポリアセチレンの膜の製造方法。
【請求項5】
請求項1乃至4のいずれかに記載の螺旋型ポリアセチレンの膜の製造方法により得られた屈折率分布を有する螺旋型ポリアセチレンの膜。
【請求項6】
請求項5に記載の螺旋型ポリアセチレンの膜を用いた反射防止膜。
【請求項7】
請求項5に記載の螺旋型ポリアセチレンの膜を用いたレンズ。
【請求項8】
請求項5に記載の螺旋型ポリアセチレンの膜を用いた光導波路。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【公開番号】特開2011−197577(P2011−197577A)
【公開日】平成23年10月6日(2011.10.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−66991(P2010−66991)
【出願日】平成22年3月23日(2010.3.23)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年10月6日(2011.10.6)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年3月23日(2010.3.23)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】
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