説明

表面被覆切削工具

【課題】 鋼、鋳鉄等の高速断続重切削加工において硬質被覆層がすぐれた耐チッピング性、耐摩耗性を発揮する表面被覆切削工具を提供する。
【解決手段】工具基体の表面に、(a)TiN層からなる下部層、(b)微粒縦長成長結晶組織を有するTiC層と、粒状結晶組織のTiC層、TiN層、TiCN層の何れかからなるTi化合物層との交互積層構造からなる中間層、(c)酸化アルミニウム層と、微粒縦長成長結晶組織を有するTiC層との交互積層構造からなる上部層を硬質被覆層として蒸着形成した、あるいは、必要に応じ、TiCO層、TiCNO層の何れかからなる密着層を前記(b)中間層と(c)上部層との間に介在形成した表面被覆切削工具。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、高熱発生を伴うとともに切刃に大きな熱衝撃と、断続的に高負荷を受ける高速断続重切削加工において、硬質被覆層がすぐれた耐チッピング性、耐摩耗性を発揮する表面被覆切削工具(以下、被覆工具という)に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、一般に、炭化タングステン(以下、WCで示す)基超硬合金または炭窒化チタン(以下、TiCNで示す)基サーメットで構成された基体(以下、これらを総称して工具基体という)の表面に、Ti化合物層からなる硬質被覆層を蒸着形成した被覆工具が知られている。
例えば、硬質被覆層を、いずれも粒状結晶組織のTiC層とTiN層との交互積層で構成した被覆工具は、すぐれた耐欠損性および耐摩耗性を示すことが知られている(特許文献1)。
また、前記被覆工具の耐欠損性のさらなる向上を図るべく、
(a)下部層を、粒状結晶組織を有するTiN層、
(b)中間層を、粒状結晶組織を有する1層のTiN分割層で上下に区分された縦長成長結晶組織を有するl−TiCN層、
(c)上部層をAl層、
からなる硬質被覆層を工具基体表面に形成した被覆工具(以下、従来被覆工具という)が、すぐれた層間密着性および耐欠損性を示すことも知られている(特許文献2)。
ここで、前記縦長成長結晶組織を有するl−TiCN層は、TiCN層の強度向上を目的として、例えば、通常の化学蒸着装置にて、反応ガスとして有機炭窒化物を含む混合ガスを使用し、700〜950℃の中温温度域で化学蒸着することにより形成される縦長成長結晶組織をもつTiCN層であることも知られている(特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開昭58−153770号公報
【特許文献2】特開平8−1408号公報
【特許文献3】特開平6−8010号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
近年の切削加工における省力化および省エネ化の要求は強く、これに伴い、切削加工は一段と過酷な条件下で行われる傾向にあるが、前記従来被覆工具を鋼や鋳鉄などの通常条件下での切削加工に用いた場合には特段の問題は生じないが、特にこれを、高熱発生を伴うとともに切刃に大きな熱衝撃と断続的に高負荷を受ける鋼や鋳鉄の高速断続重切削加工に供した場合には、硬質被覆層にはチッピング(微小欠け)、欠損が発生し易くなり、その結果、比較的短時間で使用寿命に至るのが現状である。
【課題を解決するための手段】
【0005】
そこで、本発明者等は、前述のような観点から、被覆工具の長寿命化を図るべく、すぐれた耐チッピング性、耐欠損性を備え、長期の使用に亘ってすぐれた耐摩耗性を発揮する硬質被覆層の層構造について鋭意研究を行った結果、以下の知見を得た。
【0006】
(a)前記従来被覆工具における硬質被覆層の中間層を構成する粒状結晶組織のTiN分割層で区分されたl−TiCN層は、すぐれた強度を備えるため、硬質被覆層中のクラック発生を抑制する作用を有するが、一度、クラックが発生すると、このクラックは層中の特にl−TiCN粒の粒界に沿って伝播・進展しやすく、これが、チッピング、欠損の発生原因となることが多い。
【0007】
(b)そこで、本発明者らは、中間層の層構造について種々検討したところ、前記従来被覆工具の中間層の一つの層を構成していたl−TiCN層に代えて、微粒縦長成長結晶組織を有するTiの炭化物層(以下、微粒l−TiC層という)を形成し、中間層を、微粒l−TiC層(微粒縦長成長結晶組織を有するTiの炭化物層)とTiの炭化物(TiC)層、窒化物(TiN)層および炭窒化物(TiCN)層のうちの1層または2層以上からなる粒状Ti化合物層との交互積層構造として構成した場合には、高熱発生を伴い切刃に大きな熱衝撃と、断続的に高負荷を受ける高速断続重切削加工において、前記従来被覆工具のl−TiCN層に比して、熱亀裂の発生数は増加するものの、その反面、1つのクラックが開放する応力が低減するとともに、クラックの進展・伝播速度が遅くなるため、結果として、耐チッピング性、耐欠損性が向上することを見出した。
【0008】
(c)前記微粒l−TiC層は、例えば、噴射研磨材として、水との合量に占める割合で25〜35質量%のAl23微粒を配合した研磨液を、0.1〜0.15MPaの噴射圧力で噴射してウエットブラストを施すことにより下部層表面を平滑化し、ついで、
反応ガス組成:容量%で、TiCl4 :1〜3%、CH4 :0.5〜1.5%、H2 :残り、
反応雰囲気温度:900〜950℃、
反応雰囲気圧力:200〜300Torr(26〜40kPa)、
の条件で蒸着することによって形成することができる。
そして、この微粒l−TiC層は、平均結晶粒径0.01〜0.3μmの微粒組織を有し、かつ、縦長成長結晶組織を有し、その破面組織及び光学顕微鏡組織観察によれば、すぐれた強度を有するTi化合物として知られているl−TiCN層(特許文献2)と実質的に同じ縦長成長結晶組織を有し、従来知られている粒状結晶組織のTiC層に比して一段とすぐれた靭性を備え、さらに、交互積層構造を構成する粒状Ti化合物層との密着強度にもすぐれ、層間付着強度を向上させる。
【0009】
(d)また、本発明では、前記交互積層構造からなる中間層の上に、耐摩耗性にすぐれたAl23 層を上部層として被覆形成するが、この上部層の厚膜化に際し、Al層単独で厚膜化するのではなく、微粒縦長成長結晶組織を有するTiの炭化物層(以下、微粒l−TiC層という)とAl層との交互積層として上部層を厚膜化した場合には、微粒l−TiC層は、Al層における結晶粒の微細成長を促進するとともに、結晶粒の粗大化を抑制する層として作用し、しかも、微粒l−TiC層は、交互積層構造を構成するAl層との密着強度に優れるばかりか、Ti化合物層からなる下部層ともすぐれた密着性を有するため、交互積層構造からなる上部層の強度低下を抑制することができ、厚膜化された上部層は、すぐれた耐チッピング性を備えるようになることを見出した。
【0010】
(e)Al層との交互積層を構成する微粒l−TiC層は、例えば、噴射研磨材として、水との合量に占める割合で25〜35質量%のAl23微粒を配合した研磨液を、0.1〜0.15MPaの噴射圧力で噴射してウエットブラストを施すことにより下部層表面を平滑化し、ついで、
反応ガス組成:容量%で、TiCl4 :1〜3%、CH4 :0.5〜1.5%、H2 :残り、
反応雰囲気温度:900〜950℃、
反応雰囲気圧力:200〜300Torr(26〜40kPa)、
の条件で蒸着することによって形成することができる。
そして、この微粒l−TiC層は、その破面組織及び光学顕微鏡組織観察によれば、すぐれた強度を有するTi化合物として知られているl−TiCN層と実質的に同じ縦長成長結晶組織を有し、従来知られている粒状結晶組織のTiC層に比して一段とすぐれた靭性を備え、さらに、Al結晶粒の粗大化抑制作用、Al層と微粒l−TiC層との密着強度改善により、上部層の耐チッピング性を大幅に向上させる。
【0011】
(f)したがって、硬質被覆層として、Ti化合物層からなる下部層の上に、Al層と微粒l−TiC層との交互積層構造からなる上部層を蒸着形成した本発明の被覆工具は、硬質被覆層の厚膜化を図った場合でも、特に、上部層がすぐれた耐チッピング性と高強度を備えるため、高熱発生を伴うとともに切刃に対して衝撃的負荷が繰り返し断続的に作用する、例えば、鋼や鋳鉄の高速断続重切削加工に用いた場合にも、長期の使用に亘ってすぐれた耐チッピング性、耐摩耗性を発揮することができるので、硬質被覆層の厚膜化を図ることが可能となり、その結果、被覆工具の長寿命化を図ることができる。
【0012】
本発明は、前記知見に基づいてなされたものであって、
「(1)炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットで構成された工具基体の表面に、
(a)0.1〜2μmの平均層厚を有するTiの窒化物層からなる下部層、
(b)微粒縦長成長結晶組織を有し、0.5〜3μmの一層平均層厚を有するTiの炭化物層と、Tiの炭化物層、窒化物層および炭窒化物層のうちの1層または2層以上からなり、0.2〜1μmの一層平均層厚を有する粒状結晶組織のTi化合物層との交互積層構造からなる3〜15μmの合計平均層厚を有する中間層、
(c)0.2〜1μmの平均層厚および微粒縦長成長結晶組織を有するTiの炭化物層と、0.5〜3μmの平均層厚を有する酸化アルミニウム層との交互積層構造からなり、かつ、6〜15μmの合計平均層厚を有する上部層、
前記(a)〜(c)で構成された硬質被覆層が9.1〜30μmの合計平均層厚で形成されてなることを特徴とする表面被覆切削工具。
(2)前記(b)の中間層と、前記(c)の酸化アルミニウム層との間に、Tiの炭酸化物層および炭窒酸化物層のうちの1層からなり、0.1〜1μmの平均層厚を有する密着層を介在形成したことを特徴とする前記(1)に記載の表面被覆切削工具。」
に特徴を有するものである。
【0013】
本発明について、以下に詳細に説明する。
【0014】
下部層:
Tiの窒化物(TiN)層からなる下部層は、通常の化学蒸着条件で形成することができ、それ自体が高温強度を有し、これの存在によって硬質被覆層が高温強度を具備するようになるほか、工具基体と中間層のいずれにも強固に密着し、よって硬質被覆層の工具基体に対する密着性向上に寄与する作用をもつが、その平均層厚が0.1μm未満では、前記作用を十分に発揮させることができず、一方、その平均層厚が2μmを越えると、特に高速断続重切削でチッピングを起し易くなることから、その平均層厚を0.1〜2μmと定めた。
【0015】
中間層の微粒l−TiC層:
中間層の交互積層を構成する微粒l−TiC層は、例えば、噴射研磨材として、水との合量に占める割合で25〜35質量%のAl23微粒を配合した研磨液を、0.1〜0.15MPaの噴射圧力で噴射してウエットブラストを施すことにより微粒l−TiC層を蒸着形成する層の表面を平滑化し、ついで、
反応ガス組成:容量%で、TiCl4 :1〜3%、CH4 :0.5〜1.5%、H2 :残り、
反応雰囲気温度:900〜950℃、
反応雰囲気圧力:200〜300Torr(26〜40kPa)、
の条件で蒸着することによって形成することができる。
微粒l−TiC層は、それ自体すぐれた靭性を備え、粒状Ti化合物層との交互積層により、粒状結晶組織の粗大化を抑制するとともに、クラックの進展・伝播速度を遅らせ、耐チッピング性、耐欠損性を向上させ、交互積層の密着強度を高める。
微粒l−TiC層は、その一層平均層厚が0.5μm未満では、粒状Ti化合物層における結晶粒の微細成長を促進するとともに、結晶粒の粗大化を抑制する作用を期待できず、一方、その一層平均層厚が3μmを超えると、耐チッピング性、耐欠損性が低下傾向を示すようになることから、微粒l−TiC層の一層平均層厚は、0.5〜3μmと定めた。
【0016】
中間層の粒状Ti化合物層:
また、中間層の交互積層を構成する粒状Ti化合物層は、Tiの炭化物層、窒化物層および炭窒化物層のうちの1層または2層以上の粒状結晶組織のTi化合物層からなり、通常の化学蒸着条件で形成することができる。
前記中間層の交互積層を構成する粒状Ti化合物層は高温強度を有し、交互積層を構成する微粒l−TiC層および上部層を構成するAl23 層のいずれにも強固に密着し、層間付着強度を向上させるが、その一層平均層厚が0.2μm未満では、前記作用を十分に発揮させることができず、一方、その一層平均層厚が1μmを超えると、粒が粗大化するようになるので、一層平均層厚を0.2〜1μmと定めた。
【0017】
中間層の層厚:
中間層の合計平均層厚が3μm未満では十分な耐摩耗性が得られず、一方、その平均層厚が15μmを越えると、交互積層を構成したことによって得られる耐チッピング性、耐欠損性に低下傾向がみられるようになることから、中間層の合計平均層厚は3〜15μmと定めた。
【0018】
密着層:
本発明では、Tiの炭酸化物(TiCO)層および炭窒酸化物(TiCNO)層のうちの1層からなる密着層を、必要に応じて、前記中間層と上部層との間に介在形成することができる。
密着層を、0.1〜1μmの平均層厚の範囲内で、中間層と上部層との間に介在形成すると、中間層と上部層との層間密着強度がより一段と向上し、切削時の衝撃的負荷によるチッピング、欠損、剥離等の異常損傷の発生を抑制することができる。
【0019】
上部層の微粒l−TiC層:
上部層の交互積層を構成する微粒l−TiC層は、例えば、噴射研磨材として、水との合量に占める割合で25〜35質量%のAl23微粒を配合した研磨液を、0.1〜0.15MPaの噴射圧力で噴射してウエットブラストを施すことにより下部層表面を平滑化し、ついで、
反応ガス組成:容量%で、TiCl4 :1〜3%、CH4 :0.5〜1.5%、H2 :残り、
反応雰囲気温度:900〜950℃、
反応雰囲気圧力:200〜300Torr(26〜40kPa)、
の条件で蒸着することによって形成することができる。
微粒l−TiC層は、それ自体すぐれた靭性を備え、Al層との交互積層によるAl結晶粒の粗大化抑制作用を有するとともに、Al層と微粒l−TiC層との密着強度を向上させる。
微粒l−TiC層は、その一層平均層厚が0.2μm未満では、Al層における結晶粒の微細成長を促進するとともに、結晶粒の粗大化を抑制する作用を期待できず、一方、その一層平均層厚が1μmを超えると、隣接して存在する上部層全体としての耐摩耗性が低下傾向を示すようになることから、微粒l−TiC層の一層平均層厚は、0.2〜1μmと定めた。
【0020】
上部層のAl23 層:
微粒l−TiC層との交互積層構造を構成するAl23 層は、硬質被覆層の耐摩耗性を維持する作用があるが、その一層平均層厚が0.5μm未満では、長期の使用に亘っての耐摩耗性を確保することができず、一方、その一層平均層厚が3μmを越えるとAl結晶粒の粗大化による高温硬さ、高温強度が低下しやすくなり、高速断続重切削加工時の耐チッピング性、耐摩耗性が低下するようになることから、その一層平均層厚を0.5〜3μmと定めた。また、上部層の合計平均層厚が6μm未満では、前記作用を十分に発揮させることができず、一方、その合計平均層厚が15μmを越えると、特に高速断続重切削でチッピングを起し易くなることから、その合計平均層厚を6〜15μmと定めた。
【0021】
なお、切削工具の使用前後の識別を目的として、黄金色の色調を有するTiN層を、必要に応じ上部層表面に蒸着形成してもよいが、この場合の平均層厚は0.1〜1μmでよい。これは0.1μm未満では、十分な識別効果が得られず、一方、前記TiN層による前記識別効果は1μmまでの平均層厚で十分であるという理由からである。
【発明の効果】
【0022】
本発明の被覆工具は、工具基体表面に、硬質被覆層として、TiN層からなる下部層、微粒l−TiC層と粒状Ti化合物(TiC,TiN、TiCN)層との交互積層構造からなる中間層、必要に応じて、TiCO、TiCNO層からなる密着層、さらに、Al23 層と微粒l−TiC層との交互積層構造からなる上部層を蒸着形成し、特に、交互積層からなる中間層が熱亀裂を増加させ、クラックの開放する応力を低減させるとともに、クラックの進展・伝播を遅らせる作用を有し、微粒l−TiC層とAl23 層との交互積層構造にするとともに厚膜化による耐摩耗性、耐チッピング性の向上のため、高熱発生を伴い切刃に大きな衝撃と、断続的に高負荷を受ける鋼や鋳鉄の高速断続重切削に用いた場合、チッピング、欠損、剥離等の異常損傷を生じることなく、長期の使用にわたって、すぐれた耐摩耗性を発揮し、被覆工具の長寿命化が達成される。
【発明を実施するための形態】
【0023】
つぎに、本発明の被覆工具を実施例により具体的に説明する。
なお、ここでは炭化タングステン基超硬合金製の表面被覆切削工具について説明するが、本発明はこれに限定されるものではなく、炭窒化チタン基サーメット製の表面被覆切削工具についても同様に適用される。
【実施例】
【0024】
原料粉末として、いずれも1〜3μmの平均粒径を有するWC粉末、TiC粉末、ZrC粉末、VC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Cr32粉末、TiN粉末、TaN粉末、およびCo粉末を用意し、これら原料粉末を、表1に示される配合組成に配合し、さらにワックスを加えてアセトン中で24時間ボールミル混合し、減圧乾燥した後、98MPaの圧力で所定形状の圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を5Paの真空中、1370〜1470℃の範囲内の所定の温度に1時間保持の条件で真空焼結し、焼結後、切刃部にR:0.07mmのホーニング加工をすることによりISO・CNMG120412に規定するスローアウエイチップ形状をもったWC基超硬合金製の工具基体A〜Fをそれぞれ製造した。
【0025】
つぎに、これらの工具基体A〜Fの表面に、通常の化学蒸着装置を用い、
(a)硬質被覆層の下部層として、表2に示される条件かつ表4に示される目標層厚でTiN層を蒸着形成し、
(b)次いで、噴射研磨材として、水との合量に占める割合で25〜35質量%のAl23微粒を配合した研磨液を、0.1〜0.15MPaの噴射圧力で噴射してウエットブラストを施すことにより下部層表面を平滑化し、ついで、表3に示される条件かつ表4に示される一層目標層厚で微粒l−TiC層を蒸着形成し、
(c)また、表2に示される条件かつ表4に示される一層目標層厚で粒状Ti化合物(TiC,TiN、TiCN)層を蒸着形成し、
(d)前記(b)の微粒l−TiC層の蒸着形成と前記(c)の粒状Ti化合物(TiC,TiN、TiCN)層の蒸着形成を、目標合計層厚になるまで交互に繰り返すことにより、中間層を蒸着形成し、
(e)さらに、必要に応じて、TiCO層、TiCNO層の何れかからなる密着層を、表4に示される目標層厚で蒸着形成し、
(f)次いで、表2に示される条件かつ表4に示される一層目標層厚でAl層を蒸着形成し、
(g)前記(b)の微粒l−TiC層の蒸着形成と前記(f)のAl層の蒸着形成を、目標合計層厚になるまで交互に繰り返すことにより、上部層を蒸着形成し、
本発明被覆工具1〜12を製造した。
【0026】
また、比較の目的で、工具基体A〜Fの表面に、通常の化学蒸着装置を用い、硬質被覆層の下部層、中間層、(密着層)および上部層として、それぞれ、表2に示される条件かつ表5に示される目標層厚でTiN層からなる下部層を蒸着形成し、
次いで、表2に示される条件かつ表5に示される目標層厚で、TiN層で上下に区分されたl−TiCN層からなる中間層を蒸着形成し、
さらに、表2に示される条件かつ表5に示される目標層厚でAl層からなる上部層を蒸着形成することにより、
比較被覆工具1〜12を製造した。
(比較被覆工具1〜12は、本発明被覆工具1〜12と中間層の構成が異なり、また、上部層が単層のAl層で形成されている。)
【0027】
本発明被覆工具1〜12および比較被覆工具1〜12の各構成層の層厚を、走査型電子顕微鏡を用いて測定したところ、いずれも表4、5に示される目標層厚と実質的に同じ平均層厚を示した。
また、本発明被覆工具1〜12の中間層である微粒l−TiC層、粒状TiC層については、透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて、工具基体表面に平行な面内での結晶粒の平均結晶粒径を測定した。その値を表4に示す。
なお、この発明における平均結晶粒径の測定は、各層の層厚方向の中央部分に工具基体表面と平行な線を引き、該平行な線の長さを、その線と交差した結晶粒界の交点数で割った値を結晶粒径の値とし、さらに、少なくとも5箇所の位置で結晶粒径の値を求め、それらの平均値を算出して平均結晶粒径の値とした。
【0028】
つぎに、本発明被覆工具1〜12及び比較被覆工具1〜12について、以下の切削条件A、Bで加工試験を実施した。
《切削条件A》
被削材: JIS・SNCM420の長さ方向等間隔4本縦溝入丸棒
切削速度: 330 m/min、
切り込み: 3 mm、
送り量: 0.22 mm/rev、
切削時間: 7 分、
の条件での合金鋼の湿式高速断続高切込み切削試験(通常の切削速度および切込みは、200m/min、1.0mm)、
《切削条件B》
被削材: JIS・FCD450の長さ方向等間隔4本縦溝入丸棒
切削速度: 350 m/min、
切り込み: 2.0 mm、
送り量: 0.75 mm/rev、
切削時間: 7 分、
の条件でのダクタイル鋳鉄の湿式高速断続高送り切削試験(通常の切削速度および送りは、200m/min、0.4mm/rev)、
を行い、いずれの切削試験でも切刃の逃げ面摩耗幅を測定した。この測定結果を表6に示した。
【0029】
【表1】

【0030】
【表2】

【0031】
【表3】

【0032】
【表4】

【0033】
【表5】

【0034】
【表6】

【0035】
表4〜6に示される結果から、硬質被覆層として、TiN層からなる下部層の上に、微粒l−TiC層と粒状Ti化合物(TiC,TiN、TiCN)層との交互積層構造からなる中間層を蒸着形成し、さらに、この上に、Al層と微粒l−TiC層との交互積層構造からなる上部層を蒸着形成した本発明被覆工具は、特に、交互積層からなる中間層が、クラックの進行・伝播を抑制する作用を有するとともにAl層の厚膜化による耐摩耗性向上のため、高熱発生を伴い切刃に大きな熱衝撃と、断続的に高負荷を受ける鋼や鋳鉄の高速断続重切削に用いた場合、チッピング、欠損、剥離等の異常損傷を生じることなく、長期の使用にわたって、すぐれた耐摩耗性を発揮し、被覆工具の長寿命化が達成されるのに対して、上部層が、単層のAl層で形成されている比較被覆工具においては、チッピング、欠損の発生等により使用寿命が短かった。
【産業上の利用可能性】
【0036】
前述のように、本発明の被覆工具は、鋼や鋳鉄などの高熱発生を伴い切刃に大きな熱衝撃と、断続的に高負荷を受ける高速断続重切削加工において、すぐれた耐チッピング性、耐欠損性を発揮し、使用寿命の延命化を可能とするばかりか、ミーリング加工、ドリル加工用の切削工具として連続切削や断続切削に使用した場合でも、すぐれた耐チッピング性、耐欠損性、耐摩耗性等を発揮し、切削加工の省力化および省エネ化に十分満足に対応できるものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットで構成された工具基体の表面に、
(a)0.1〜2μmの平均層厚を有するTiの窒化物層からなる下部層、
(b)微粒縦長成長結晶組織を有し、0.5〜3μmの一層平均層厚を有するTiの炭化物層と、Tiの炭化物層、窒化物層および炭窒化物層のうちの1層または2層以上からなり、0.2〜1μmの一層平均層厚を有する粒状結晶組織のTi化合物層との交互積層構造からなる3〜15μmの合計平均層厚を有する中間層、
(c)0.2〜1μmの平均層厚および微粒縦長成長結晶組織を有するTiの炭化物層と、0.5〜3μmの平均層厚を有する酸化アルミニウム層との交互積層構造からなり、かつ、6〜15μmの合計平均層厚を有する上部層、
前記(a)〜(c)で構成された硬質被覆層が9.1〜30μmの合計平均層厚で形成されてなることを特徴とする表面被覆切削工具。
【請求項2】
前記(b)の中間層と、前記(c)の酸化アルミニウム層との間に、Tiの炭酸化物層および炭窒酸化物層のうちの1層からなり、0.1〜1μmの平均層厚を有する密着層を介在形成したことを特徴とする請求項1に記載の表面被覆切削工具。

【公開番号】特開2011−156626(P2011−156626A)
【公開日】平成23年8月18日(2011.8.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−21012(P2010−21012)
【出願日】平成22年2月2日(2010.2.2)
【出願人】(000006264)三菱マテリアル株式会社 (4,417)
【Fターム(参考)】