被覆種子
【課題】草木種子の被覆に際し、保水性、栄養素、土壌微生物を総合的に考えて被覆物質を選択し、発芽定着性の高い被覆種子を得ること。
【解決手段】草木の種子を、保水効果のある多糖類又は生分解性高分子と、微生物で分解されうる生体起源物質と、上記多糖類又は生分解性高分子及び生体起源物質を穏やかに分解消化できる微生物の胞子とを含有する被覆物質で被覆する。その生体起源物質としては、単細胞藻若しくは海草の乾燥粉末、微細木材粉又は動植物の乾燥粉末のいずれかであることが望ましく、特にハプト藻の乾燥粉末が最適である。
【解決手段】草木の種子を、保水効果のある多糖類又は生分解性高分子と、微生物で分解されうる生体起源物質と、上記多糖類又は生分解性高分子及び生体起源物質を穏やかに分解消化できる微生物の胞子とを含有する被覆物質で被覆する。その生体起源物質としては、単細胞藻若しくは海草の乾燥粉末、微細木材粉又は動植物の乾燥粉末のいずれかであることが望ましく、特にハプト藻の乾燥粉末が最適である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、草木を栄養分や水分に乏しい土壌で育成するために用いる、草木種子を被覆物質で被覆した被覆種子に関する。
【背景技術】
【0002】
これまで草木が繁殖していなかった荒れ地や新規開拓農地の生態系は貧しく、草木種子を直接播種しても育成定着させることは容易ではない。
【0003】
また、寡雨、乾燥、低温などの厳しい自然環境にさらされる高原草地の生態系は本来貧しい。最近、家畜の過放牧や、樹木の過伐採、火災などの人為的搾取のためその生態系は一段と貧しくなり、草原の消失と砂漠化が地球規模での問題となっている。失われた草原の回復に水は必須の要素であるが、砂の多い土壌は水分の保持が困難であり、草木種子の発芽着生機会は小さい。草を失った土壌表層からは、雨水により栄養表土と土壌微生物が逸失し、草原の回復を一層困難にしている。
また、土壌が必ずしも貧栄養でなくても、生態系を支えるべき土壌微生物相が貧困であると栄養のリサイクルが不完全となり、草原の回復は容易ではなくなる。すなわち、草木と土壌栄養と土壌微生物とは草原を支える鼎である。沙漠化した裸土に水分と土壌微生物を誘導し、草本を定着させることができれば、草原の回復、ひいては森林の再生につながる。
【0004】
これまで、水分や土壌微生物の重要性に留意して、草木の種子を保水材や微生物で被覆した被覆種子が提案されてきた。例えば、保水性物質(水性ゲル)で被覆した被覆種子(特許文献1)や、保水性物質の他肥料成分をも併せて被覆した被覆種子(特許文献2)が提案されている。さらには、微生物により被覆物質中の窒素化合物を分解させあるいは空中窒素固定の機能を持たせて種子の発芽生育を促進させる被覆種子(特許文献3)や、被覆物質を構成するゲルを分解させて軟化崩壊させる被覆種子(特許文献4)が提案されている。
【0005】
【特許文献1】特開昭55-3796号公報
【特許文献2】特開平11-155308号公報
【特許文献3】特開昭59-187706号公報
【特許文献4】特開2006-180791号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
種子に被覆させるべき被覆物質は、その草木の生長に好結果をもたらすものでなければならない。本発明が解決しようとする課題は、草木種子の被覆に際し、保水性、栄養素、土壌微生物を総合的に考えて被覆物質を選択し、発芽定着性の高い被覆種子を得ることである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために成された本発明に係る被覆種子は、草木の種子を、保水効果がある多糖類又は生分解性高分子と、微生物で分解されて栄養源となる生体起源物質と、上記多糖類又は生分解性高分子及び上記生体起源物質を分解しうる微生物の胞子とを含有する被覆物質で被覆したものである。
【0008】
具体的に述べると、本発明に係る被覆種子は、保水性、栄養素、土壌微生物を総合的に考え選択された以下の3種類の物質を主成分とする被覆物質で被覆されることを特徴とする。
(A)保水性を有し、かつ微生物で分解されて目的草木植物栄養源となる多糖類又は生分解性高分子。被覆種子製造上、接着性のあるものが有利である。具体的には、キサンタンガム、カラギーナン、カルボキシメチルセルロース(CMC)若しくはコンニャクマンナン等が挙げられる。
(B)微生物で分解されて目的草木植物の栄養源となる生体起源物質。具体的には、単細胞藻や海草の乾燥粉末、微細木材粉や動植物の乾燥粉末等が挙げられる。
(C)上記(A)及び(B)の物質を分解して目的草木植物の栄養源としうる微生物(糸状菌、放線菌、真菌や土壌細菌など)、又はその胞子、菌糸など。
【0009】
上記被覆物質の接着性が不足する場合には、被覆種子を安定に製造するため接着性のある成分を別に加えることが望ましい。
【0010】
草木種子の栄養源となる物質として生体起源物質を含め、特に藻や海草を選択するのは、これらのものは草木が必要とするミネラル等の微量成分を草木が必要とする割合で含むからである。化学肥料は一見栄養として効率がよいがミネラル等を含有しておらず、草木種子の発芽育成に最適とは言えない。草木の育成に必要な微量成分を化学的に推算して化学肥料に配合することは可能であるかもしれないが容易ではなく、植物起源の栄養源を用いればこの点は自然に満たされる。
さらに、海産の単細胞藻は、乾燥粉末にするのが容易である、地表や淡水環境では生存できないので陸上生態系を乱さない、海水中に豊富なN, P, K等の栄養成分を土壌に還流できる、植物の肥料として栄養バランスがよい、といった工業製品では得難い特徴を有している。
【0011】
微生物としては、上記多糖類又は生分解性高分子及び上記生体起源物質を分解して栄養源としうるものであればあえて特定する必要はなく、自然環境にあるものを取り出し培養して用いることとした。具体的には実施例で行った方法により微生物を採取することが考えられる。効率の高い特定種の微生物を選択することも考えられるが、かえって自然の微生物バランスを崩すこととなりかねず、自然保護の原則にもとると考えられる。さらに、種子のためには栄養源は種子の発芽及び生長の全期間にわたって徐々に供給されることが望ましく、栄養源物質の分解効率の高い微生物が必ずしも最適とは断定できない。
【0012】
低温寡雨、貧困土壌を想定した栽培条件で被覆種子と無被覆種子を同時に播種すると、被覆種子は無被覆種子より早期に発芽し、発芽・生長率も高く、最終的な生育個体数も多い。発芽生長率は、被覆に用いた物質(混合割合)によって差異があり、その物質(水と混ぜたゲル)の水分保持能と相関が見られた。
適当な被覆物質で種子を被覆することにより、その種子すなわちその植物をその土地での優勢種とすることができる。
【0013】
上記(A)、(B)、(C)の3種を含有する被覆物質により被覆された種子から生長した植物の乾燥重量(光合成生産量)は、上記3種から(B)、(C)のいずれかあるいは双方を除いた被覆物質で被覆された種子の場合に比べて格段に大きくなる。葉、茎、分枝などの地上部分にも、根(地下部分;荳科の場合は根粒の数も)にも顕著な差が見られる。貧困土壌で、常温常雨量の条件下でも、同様な関係が得られる。すなわち、上記3種の被覆物質を組み合わせることが優れた被覆の要件である。
【0014】
第1次の栽培で生長した植物を収穫した後の土壌の呼吸能は、収穫した草木の乾燥重量とほぼ比例していた。ここに土壌の呼吸能とは、与えた一定量のブドウ糖溶液による炭酸ガス発生量をいい、土壌中の好気性微生物量とほぼ比例していると推定できる。被覆物質中の微生物胞子が発芽し生長して、被覆構成物を徐々に分解して、発芽した草木の種子に栄養分を供給するとともに、周囲の土壌に土壌微生物界を誘引したと推定される。すなわち、本発明の被覆種子の栽培により、単にその種子の発芽・生長を助けるのみではなく、その周辺の土壌の環境を改良することができる。
【0015】
第1次栽培植物の収穫後の土壌に、同じ植物の無被覆種子を播種して育てると、第2次栽培植物の乾燥重量も第1次栽培植物の乾燥重量とほぼ比例し、第1次栽培植物の被覆種子の被覆条件に応じた大小関係を示した。第2次栽培植物を収穫後の土壌の呼吸能は 第1次栽培植物収穫後(第2次作物播種前)の呼吸能を維持するか、ないし増大していた。
第1次栽培で誘引された土壌微生物が残存し、第2次に播種した無被覆種子の生長に貢献したと推定される。本発明の被覆種子を使用すれば、貧困土壌の永続的な改善が可能であると考えられ、結果的に草木の定着、草原の復活につながることとなる。
【発明の効果】
【0016】
草木種子を、本願発明において指摘するような保水物質、栄養源及び微生物から構成される被覆物質で被覆することにより、荒れ地や草原において従来法より効率よく発芽育成することができ、その土壌を改善し、草木を永続的に定着させることができる。これにより荒れ地や草原の緑化の効率化に寄与することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明の実施例を図面を参照して説明する。
被覆物質の最適配合割合は育成したい草木の種類やその土地の状況により微妙に異なっており、選択肢が多く、個別具体的に検討しなければならない。その意味において、以下の実施例はあくまで与えられた条件下でのものであり、本発明の趣旨の範囲において、他の被覆物質配合割合を否定するものではない。
【0018】
(被覆種子の製造と栽培条件)
草木種子として、市販の単子葉植物イタリアンライグラス(学名Lolium multiflorum、以降IRGと略す、高知前川種苗社)と双子葉植物ゲンゲ(学名Astragalus sinicus、以降CMVと略す、高知前川種苗社)を用いた。いずれも高地草原で通常見られる草木であり、前者は雑草の混生を嫌う冬作飼料作物でもある。水飽和の環境での、温度25℃明期16時間での発芽率は、それぞれ 86%と88%であった。
【0019】
保水力の低い貧栄養の土壌を用いて種子を栽培した。市販の赤玉土、鹿沼土及び砂を約1:2:7の割合で混合して貧栄養の試験土壌としたが、混合割合が多少変化しても結果には大きな影響は見られなかった。分析の結果、この土壌はUSDA土壌粒径区分で壌質砂土あるいは砂壌土と呼ばれる領域にあった。
【0020】
発芽・生育の実験には、人工気象器(日本医科器械 LH220)を用いて明期(2400lux)を16時間、暗期を8時間に設定した。また、屋外での自然日照・温度条件での測定の際は、面積300cm2深さ20cmのポットに播種し、透明ポリカーボネート波板の屋根の下に置き潅水を制御した。
【0021】
回転ボウルと噴霧乾燥筒を用いて種子の被覆を行い、被覆種子を乾燥させた。噴霧乾燥筒とは、下部からの温風で種子を飛翔させ、飛翔させた種子へ被膜物質を含む液体/粉体を噴霧して付着させ、乾燥させて被覆種子を製造する器具で、自作したものを用いた。
【0022】
海藻としては、分厚い多糖外被(藻の乾燥重量の50%弱)に包まれた単細胞海藻ハプト藻ファエオキスティス属(Phaeocystis sp.)necolon-1を用い、エプレイ(Eppley)氏液で強化した人工海水で栽培した。栽培した海藻を集藻し、乾燥し粉末にして乾燥海藻粉末を得た。該乾燥海藻の成分は、有機質(多糖、蛋白質、脂質ほか)約60% 無機質(Ca, Na, Mg, K塩化物・炭酸塩・リン酸塩など)約37%であった。
【0023】
本発明に用いた4種類の被覆物質とそれらの構成材料及び組成比を図1に示す。これらの被覆物質(#a, #b, #c, #d)を用い、無被覆の場合と比較した。中でも、乾燥海藻粉末(20%)、キサンタンガム(20%)、CMC(40%)、カラギーナン(20%)からなる被覆#bを標準とした。以下の実験において被覆物質組成について特記ない場合の被覆は#bである。海藻粉末を含む被覆と含まない被覆を比較する実験においては、海藻粉末をカラギーナンで置き換えてカラギーナンを20%増とした。
ここにカラギーナンには原料の違いによりカッパ、イオタ、ラムダの3種があることが知られているが、本研究ではカッパ型カラギーナン(日本バイオコンC80)を用いた。
【0024】
ゲル脱水速度とは、被覆物質0.5gと水1gを混合してゲルとし、40℃で風乾したときの残存水重量(W)の時間(t)変化を求め、その値をW = a exp(-bt)として解析したときのbの値をいう。
IRG種子およびCMV種子1個の平均重量はそれぞれ3.2mgと3.6mgであった。図1に示すように、被覆により重量は種子1個あたり4−6mg増加した。
【0025】
被覆物質を分解する微生物は、該被覆種子を播種する予定地において、該海藻粉末と廃セルロースで作った紙状プレートを屋外に開放放置するか、あるいは該予定地の土壌で被覆して放置して採取し、採取したものを生育させた。このようにして集めた微生物を選別し、分生胞子を形成するものを単離した。本願で使用した微生物は主にアスペルギラス(Aspelgillus)属とストレプトマイセス(Streptomyces)属であったが、本発明はこれらに限定されない。このように該被覆種子を播種したい地域で採取した通常の微生物を用いれば、その被覆種子を播種してもその地域の微生物生態系を乱すことがない。本願のような発明を実施するに際しては、常に、その地域の生態系を乱さないことを重視しなければならない。いったん乱された生態系を元に戻すことは極めて困難だからである。
【0026】
これらの微生物をPDA培地上で培養して胞子を作らせた後、0.01%トリトン(Triton)X-100を含む0.85%食塩水で培地表面を洗い、洗液を遠心分離してこれらの胞子を集めた。集めた胞子は0.85%食塩水に懸濁し、使用時まで-20℃で保存した。本発明に於いて被覆物質に加えられるのは、微生物自身ではなく、その胞子である。これは微生物自身を被覆物質に含めると、僅かな湿気等で活動して被覆物質を分解し被覆種子の劣化を招くからである。この点、胞子はより保存性がよい。
【0027】
上記2種の微生物の胞子をほぼ等量混合して作成した胞子懸濁液の胞子濃度は約1.7x106胞子/mlで、解凍してPDA培地で培養した時の2種の胞子の出芽率は約89-96%であった。播種前の被覆種子を1mlの胞子懸濁液(x1と表記)あるいはその10倍希釈液(x0.1と表記)にくぐらせ、被覆種子の被覆に胞子を含有させた。被覆に微生物胞子を含有しない被覆種子(x0と表記)は、被覆種子を単に純水中をくぐらせて作成し、比較のため用いた。
【0028】
土壌微生物の量やその生物活性の目安として、土壌の見かけの呼吸能を測定した。1つのガラス製ジャーの中に土壌試料5gと4N KOH液とをそれぞれ別個の容器に入れて置き、これを2組用意した。この2組のジャーを、微差圧トランスデューサー(KYOWA PDV-10GA)を介して細いプラスチックチューブでつないだ。微差圧トランスデューサーの電圧出力をレコーダーに接続した。
一方のジャー中の土壌試料にはブドウ糖溶液(700mg/ml)を、他方のジャー中の土壌試料には等容積(5ml)の水をかけた。土壌試料中の微生物はブドウ糖溶液を消化し、酸素を消費し、等容の二酸化炭素を発生させる。発生した二酸化炭素はKOH溶液に吸収されるため、そのジャー中の圧力が変化する。生じる微差圧変化を記録し、反応開始2分後の減圧速度を土壌の相対的な呼吸活性(ml/min)とした。体積はシリンジによる空気の増減で定量した。畑地の土壌とそれを高圧滅菌処理した土壌との混合比を変えて呼吸活性を測定し相対的な検量線を得た。
【0029】
(種子の発芽に対する被覆の効果)
被覆#d(図1:海藻粉末20%,CMC30%,カラギーナン20%, 小麦粉30%)で被覆したIRG種子50粒と無被覆IRG種子50粒を各1組とし、各3組をそれぞれ試験土壌を敷いた別々の50cm2トレイに播いた。人工気象器の中で、明期(2400lux)16時間、暗期8時間として温度と潅水量を変えて45日間育成し発芽・生長率を測定した。ここに発芽率とは、無被覆種子について播いた種子数に対する発芽した種子数の比(%)と定義した。また、生長率とは、被覆種子について播いた被覆種子数に対する被覆を破って芽が出た種子数の比(%)と定義した。被覆種子の場合、時間的には発芽は生長の前段階と考えられるが、被覆内での現象のため目視観察できない。
各50粒の種子を45日間計測した3組の実験の平均値を求めて図2に示す。ここに潅水量は、播種時に40ml/50cm2の水を1回潅水し、以降表のように追加潅水した。また、照光条件は、明期(2400lux)16時間、暗期8時間とし、全ての実験で同じとした。
【0030】
25℃で十分に潅水した条件(飽和潅水:種子の表面が常時濡れている状態)では被覆種子,無被覆種子とも90%近い発芽・生長率であった。播種時以降の潅水を毎朝1回5mlに制限した時(1日1mm程度の降水量に相当)は、被覆種子の生長(被覆を破って出た芽)率は60%に減少したが、無被覆種子の発芽率は38%に減少した。潅水を5ml/隔日にすると無被覆種子はほとんど発芽しなかったが、被覆種子では36%が生長した。この実験では発芽・生長した種子は発芽・生長確認後トレイから除去したため、発芽・生長後生長を継続できたかどうかを判別できないが、少なくとも水が発芽の限定因子である状況では、被覆は種子に必要な水分を保存して発芽・生長を助けたと考えられる。
【0031】
異なる被覆物質(#a, #b, #c, #d)で被覆した種子各50粒を、それぞれ試験土壌を敷いた別々の50cm2トレイに播き、明期(2400lux)16時間15℃ 暗期8時間5℃、播種時の潅水40ml/50cm2、以降の潅水は毎朝1回5mlに制限(高地の春を想定)して発芽・生長数を調べた。3組の測定値の平均値を図3に示す。この制限条件での無被覆種子の発芽率はそれぞれ38%と24%で、25℃無乾燥の環境での86%と88%(図1)に比して極めて低い。一方、被覆種子での発芽率は、#a被覆では80%、82%に達し、潅水制限条件下でも飽和環境の値に近かった。
【0032】
各被覆物質で被覆した種子及び無被覆種子の発芽数の時間経過(発芽・成長曲線)を、IRGについて図4に、CMVについて図5に示す。発芽・成長曲線の中点での勾配、すなわち最大発芽・生長数の半数に達したときの1日当たりの発芽・生長数を発芽・成長速度と定義し、その値を図3に記載した。被覆種子は、発芽・生長最大到達数(発芽・生長率)、発芽・生長速度のいずれもが無被覆種子に比して大きな値を示し、また最初の発芽観察までの日数が短い。この傾向は被覆種子の全てに共通であるが、その程度は被覆の成分によって異なり、図1に示したゲルからの脱水速度(保水力の逆数)と相関があった。
この結果は、比較的低温で降雨量の少ない土地では種子を保水性のある物質で被覆すると種子の発芽・生長率が向上することを示しており、その結果としてその植物がその土地での優勢種となる可能性を示唆している。
【0033】
(植物の発芽・生長に対する種子被覆中の海藻粉末と胞子の効果)
被覆#b中の海藻粉末の有無と、被覆#bを資化できる微生物胞子の添加の有無が、種子の発芽・生長に与える効果を、潅水条件を強い限定因子にならない程度(300ml/300cm2・隔日)として調べ、図6に示した。この図は各50粒の実験を3回行った平均値を示している。ここにテスト試料として被覆#aを選ばず#bを選んだ主な理由は、被覆#bに含まれるキサンタンガムが被覆形成・維持に有利な高粘性を持っていたためである。また、この実験においては屋外自然日照条件を採用し、栽培期間は夏から秋の80日間、気温は9−31℃、日照は平均6.8時間/日、潅水は300ml/300cm2隔日であった。
【0034】
図6に示した乾燥重量を葉の部分(地上部分:茎を含む)と根の部分(地下部分)に分けて示したのが、IRGについて図7であり、CMVについて図8である。播植した種子30粒の分布として示している。
【0035】
与えた潅水条件では、被覆IRG種子の発芽・生長率には海藻の有無や胞子の量による相違は見られなかったが、いずれも無被覆種子よりは優れていて、種子被覆の有利さは明白である。一方、各被覆種子から生長したIRGの光合成生産(乾燥重量)には判然とした差があり、海藻粉末と胞子とを共存させた被覆種子が最も良く生長したことが結論できる。この結果を図6のほか図9にも示した。図9において、+は被覆に海藻を含むもの、−は被覆に海藻を含まないもの(海藻をカラ−ギナンで置き換えたもの)である。また、乾燥重量の誤差範囲は、3回の実験の平均値の標準偏差から求めた。
【0036】
CMV種子の発芽・生長も、図6及び図10に示すように、IRG種子と全く同じ傾向を示した。CMVの場合には根粒数の結果をも示した。根粒数から見ても、被覆に海藻粉末と胞子の双方を含めることが極めて有意義であると結論できる。
乾燥重量から見ると、与えた実験条件では、胞子の着生が多い程(x1被覆1.7x106/ml>x0.1被覆0.17x106/ml)好結果になったと結論できる。
【0037】
これらの結果から、種子の発芽生長にとっては、海藻粉末のような微生物によって緩徐に消化分解されて栄養を供給できる物質と、海藻粉末等の被覆物質中の栄養源を発芽から生育の全期間にわたって緩やかに消化分解できる微生物の胞子とを、種子の被覆物質に共存させることが有効である、と結論できる。
【0038】
第1次栽培物を収穫しその終了後、各栽培ポットの土壌の見かけの呼吸能を測定した。
土壌の見かけの呼吸能は、その土壌で栽培されていた植物の種子の被覆によって異なり、その大小関係は、図11に示すように、その土壌で栽培された植物の乾燥重量の大小関係にほぼ比例していた。この図において、平均乾燥重量は図6より転記したものである。図11は、植物の生長(乾燥重量)が好気性微生物を増殖/活性化したか、あるいは増殖/活性化した好気性微生物が植物の生長を促進したか、という因果関係にあって、その関係が植物の種類には関わらず、被覆の種類、とくに海藻粉末と胞子の在不在によって大きく影響される、ということを示唆している。
【0039】
(栽培土壌に対する被覆の後効果)
第1次栽培として各種の被覆条件でIRGを栽培し収穫した後の各ポットに、第2次栽培として無被覆IRG種子30粒ずつを播き、十分に潅水して栽培し、第1次栽培の効果がどの程度残存しているかを調べた。胞子濃度を変化させた3種の被覆IRG種子と無被覆種子を第1次栽培物としてそれぞれのポットに栽培した後の各ポットの土壌と、未使用の同じ土壌(対照用)を比較した。第2次栽培した無被覆IRG種子の発芽・生長率と乾燥重量を求め、図12に示した。同様な測定をCMV種子についても行い、結果を図12に合わせて示した。
【0040】
5種のポットを比較して、無被覆種子の発芽・生長率には第1次栽培の違いに基づく有意の差は見られなかった。しかし、各ポットで生長し収穫された第2次(無被覆)栽培植物の乾燥重量には極めて大きい差が見られた。乾燥重量の序列は第1次(被覆/無被覆)栽培植物における結果(図6)と同じであった。なお、栽培時期・期間の相違があるため、第1次と第2次生産の乾燥重量の直接比較は不適切である。しかし、その相対値の大小関係の比較は可能と考えられる。CMVについての結果も、IRGの場合と同じであった。
【0041】
これらの事実は、第1次栽培の種子が発芽・生育し収穫された後の土壌に、種子被覆物質の効果が、被覆物質の量あるいは在不在に応じて残存していることを示唆している。海藻粉末と添加胞子/微生物によって増進された植物栄養素の生産か、あるいはこの2者によって結果的に誘引され活性化された土壌微生物の繁茂か、あるいはその両者によりこのような効果が見られたものと推定される。
【0042】
第2次栽培植物の収穫後の土壌の見かけの呼吸能と、第2次栽培前(=第1次栽培植物の収穫後)の土壌の呼吸能とを比較し図13に示した。
第2次栽培後の呼吸能は、第2次栽培物が無被覆種子であるにもかかわらず、第1次栽培後の呼吸能に比して増加しているか維持されていると見られる。これは第1次植物の栽培とともに増えた好気性土壌微生物が、第2次植物の栽培後においても同等以上の量/活性を維持していたことを示唆する。CMVでの栽培後効果がIRGほどには顕著でなく相対的に大きいのは第1次栽培時の根粒の影響があったのではと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0043】
本発明において提案した被覆種子は、荒れ地、未農地、高原地、草原地に草木種子を育てる上できわめて有用である。さらに、被覆種子の使用により劣悪土壌の永続的な改善に寄与することができる。これにより劣悪土壌の草原化が期待できることが明らかとなった。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】被覆種子とその構成比を示す表
【図2】IRG種子の発芽・生長率を示す表
【図3】被覆種子の発芽・生長に対する被覆物質の効果を示す表
【図4】被覆IRG種子の発芽・生長曲線
【図5】被覆CMV種子の発芽・生長曲線
【図6】被覆種子の生長に対する被覆中の海藻粉末と微生物胞子の効果を示す表
【図7】被覆中の海藻粉末と胞子の有無による生長IRGの葉と根の乾燥重量分布表
【図8】被覆中の海藻粉末と胞子の有無による生長CMVの葉と根の乾燥重量分布表
【図9】被覆IRG種子の生長に対する被覆中の海藻粉末と胞子の効果を示すグラフ
【図10】被覆CMV種子の生長に対する被覆中の海藻粉末と胞子の効果を示すグラフ
【図11】第1次植物栽培収穫後の土壌の見かけの呼吸能と種子被覆物質組成との関係を示すグラフ
【図12】第2次栽培での無被覆種子の発芽・生長に対する第1次栽培条件の効果を示す表
【図13】第1次栽培後の土壌で、第2次栽培した後の土壌の見かけの呼吸能(ml/min)を示す表
【技術分野】
【0001】
本発明は、草木を栄養分や水分に乏しい土壌で育成するために用いる、草木種子を被覆物質で被覆した被覆種子に関する。
【背景技術】
【0002】
これまで草木が繁殖していなかった荒れ地や新規開拓農地の生態系は貧しく、草木種子を直接播種しても育成定着させることは容易ではない。
【0003】
また、寡雨、乾燥、低温などの厳しい自然環境にさらされる高原草地の生態系は本来貧しい。最近、家畜の過放牧や、樹木の過伐採、火災などの人為的搾取のためその生態系は一段と貧しくなり、草原の消失と砂漠化が地球規模での問題となっている。失われた草原の回復に水は必須の要素であるが、砂の多い土壌は水分の保持が困難であり、草木種子の発芽着生機会は小さい。草を失った土壌表層からは、雨水により栄養表土と土壌微生物が逸失し、草原の回復を一層困難にしている。
また、土壌が必ずしも貧栄養でなくても、生態系を支えるべき土壌微生物相が貧困であると栄養のリサイクルが不完全となり、草原の回復は容易ではなくなる。すなわち、草木と土壌栄養と土壌微生物とは草原を支える鼎である。沙漠化した裸土に水分と土壌微生物を誘導し、草本を定着させることができれば、草原の回復、ひいては森林の再生につながる。
【0004】
これまで、水分や土壌微生物の重要性に留意して、草木の種子を保水材や微生物で被覆した被覆種子が提案されてきた。例えば、保水性物質(水性ゲル)で被覆した被覆種子(特許文献1)や、保水性物質の他肥料成分をも併せて被覆した被覆種子(特許文献2)が提案されている。さらには、微生物により被覆物質中の窒素化合物を分解させあるいは空中窒素固定の機能を持たせて種子の発芽生育を促進させる被覆種子(特許文献3)や、被覆物質を構成するゲルを分解させて軟化崩壊させる被覆種子(特許文献4)が提案されている。
【0005】
【特許文献1】特開昭55-3796号公報
【特許文献2】特開平11-155308号公報
【特許文献3】特開昭59-187706号公報
【特許文献4】特開2006-180791号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
種子に被覆させるべき被覆物質は、その草木の生長に好結果をもたらすものでなければならない。本発明が解決しようとする課題は、草木種子の被覆に際し、保水性、栄養素、土壌微生物を総合的に考えて被覆物質を選択し、発芽定着性の高い被覆種子を得ることである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために成された本発明に係る被覆種子は、草木の種子を、保水効果がある多糖類又は生分解性高分子と、微生物で分解されて栄養源となる生体起源物質と、上記多糖類又は生分解性高分子及び上記生体起源物質を分解しうる微生物の胞子とを含有する被覆物質で被覆したものである。
【0008】
具体的に述べると、本発明に係る被覆種子は、保水性、栄養素、土壌微生物を総合的に考え選択された以下の3種類の物質を主成分とする被覆物質で被覆されることを特徴とする。
(A)保水性を有し、かつ微生物で分解されて目的草木植物栄養源となる多糖類又は生分解性高分子。被覆種子製造上、接着性のあるものが有利である。具体的には、キサンタンガム、カラギーナン、カルボキシメチルセルロース(CMC)若しくはコンニャクマンナン等が挙げられる。
(B)微生物で分解されて目的草木植物の栄養源となる生体起源物質。具体的には、単細胞藻や海草の乾燥粉末、微細木材粉や動植物の乾燥粉末等が挙げられる。
(C)上記(A)及び(B)の物質を分解して目的草木植物の栄養源としうる微生物(糸状菌、放線菌、真菌や土壌細菌など)、又はその胞子、菌糸など。
【0009】
上記被覆物質の接着性が不足する場合には、被覆種子を安定に製造するため接着性のある成分を別に加えることが望ましい。
【0010】
草木種子の栄養源となる物質として生体起源物質を含め、特に藻や海草を選択するのは、これらのものは草木が必要とするミネラル等の微量成分を草木が必要とする割合で含むからである。化学肥料は一見栄養として効率がよいがミネラル等を含有しておらず、草木種子の発芽育成に最適とは言えない。草木の育成に必要な微量成分を化学的に推算して化学肥料に配合することは可能であるかもしれないが容易ではなく、植物起源の栄養源を用いればこの点は自然に満たされる。
さらに、海産の単細胞藻は、乾燥粉末にするのが容易である、地表や淡水環境では生存できないので陸上生態系を乱さない、海水中に豊富なN, P, K等の栄養成分を土壌に還流できる、植物の肥料として栄養バランスがよい、といった工業製品では得難い特徴を有している。
【0011】
微生物としては、上記多糖類又は生分解性高分子及び上記生体起源物質を分解して栄養源としうるものであればあえて特定する必要はなく、自然環境にあるものを取り出し培養して用いることとした。具体的には実施例で行った方法により微生物を採取することが考えられる。効率の高い特定種の微生物を選択することも考えられるが、かえって自然の微生物バランスを崩すこととなりかねず、自然保護の原則にもとると考えられる。さらに、種子のためには栄養源は種子の発芽及び生長の全期間にわたって徐々に供給されることが望ましく、栄養源物質の分解効率の高い微生物が必ずしも最適とは断定できない。
【0012】
低温寡雨、貧困土壌を想定した栽培条件で被覆種子と無被覆種子を同時に播種すると、被覆種子は無被覆種子より早期に発芽し、発芽・生長率も高く、最終的な生育個体数も多い。発芽生長率は、被覆に用いた物質(混合割合)によって差異があり、その物質(水と混ぜたゲル)の水分保持能と相関が見られた。
適当な被覆物質で種子を被覆することにより、その種子すなわちその植物をその土地での優勢種とすることができる。
【0013】
上記(A)、(B)、(C)の3種を含有する被覆物質により被覆された種子から生長した植物の乾燥重量(光合成生産量)は、上記3種から(B)、(C)のいずれかあるいは双方を除いた被覆物質で被覆された種子の場合に比べて格段に大きくなる。葉、茎、分枝などの地上部分にも、根(地下部分;荳科の場合は根粒の数も)にも顕著な差が見られる。貧困土壌で、常温常雨量の条件下でも、同様な関係が得られる。すなわち、上記3種の被覆物質を組み合わせることが優れた被覆の要件である。
【0014】
第1次の栽培で生長した植物を収穫した後の土壌の呼吸能は、収穫した草木の乾燥重量とほぼ比例していた。ここに土壌の呼吸能とは、与えた一定量のブドウ糖溶液による炭酸ガス発生量をいい、土壌中の好気性微生物量とほぼ比例していると推定できる。被覆物質中の微生物胞子が発芽し生長して、被覆構成物を徐々に分解して、発芽した草木の種子に栄養分を供給するとともに、周囲の土壌に土壌微生物界を誘引したと推定される。すなわち、本発明の被覆種子の栽培により、単にその種子の発芽・生長を助けるのみではなく、その周辺の土壌の環境を改良することができる。
【0015】
第1次栽培植物の収穫後の土壌に、同じ植物の無被覆種子を播種して育てると、第2次栽培植物の乾燥重量も第1次栽培植物の乾燥重量とほぼ比例し、第1次栽培植物の被覆種子の被覆条件に応じた大小関係を示した。第2次栽培植物を収穫後の土壌の呼吸能は 第1次栽培植物収穫後(第2次作物播種前)の呼吸能を維持するか、ないし増大していた。
第1次栽培で誘引された土壌微生物が残存し、第2次に播種した無被覆種子の生長に貢献したと推定される。本発明の被覆種子を使用すれば、貧困土壌の永続的な改善が可能であると考えられ、結果的に草木の定着、草原の復活につながることとなる。
【発明の効果】
【0016】
草木種子を、本願発明において指摘するような保水物質、栄養源及び微生物から構成される被覆物質で被覆することにより、荒れ地や草原において従来法より効率よく発芽育成することができ、その土壌を改善し、草木を永続的に定着させることができる。これにより荒れ地や草原の緑化の効率化に寄与することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明の実施例を図面を参照して説明する。
被覆物質の最適配合割合は育成したい草木の種類やその土地の状況により微妙に異なっており、選択肢が多く、個別具体的に検討しなければならない。その意味において、以下の実施例はあくまで与えられた条件下でのものであり、本発明の趣旨の範囲において、他の被覆物質配合割合を否定するものではない。
【0018】
(被覆種子の製造と栽培条件)
草木種子として、市販の単子葉植物イタリアンライグラス(学名Lolium multiflorum、以降IRGと略す、高知前川種苗社)と双子葉植物ゲンゲ(学名Astragalus sinicus、以降CMVと略す、高知前川種苗社)を用いた。いずれも高地草原で通常見られる草木であり、前者は雑草の混生を嫌う冬作飼料作物でもある。水飽和の環境での、温度25℃明期16時間での発芽率は、それぞれ 86%と88%であった。
【0019】
保水力の低い貧栄養の土壌を用いて種子を栽培した。市販の赤玉土、鹿沼土及び砂を約1:2:7の割合で混合して貧栄養の試験土壌としたが、混合割合が多少変化しても結果には大きな影響は見られなかった。分析の結果、この土壌はUSDA土壌粒径区分で壌質砂土あるいは砂壌土と呼ばれる領域にあった。
【0020】
発芽・生育の実験には、人工気象器(日本医科器械 LH220)を用いて明期(2400lux)を16時間、暗期を8時間に設定した。また、屋外での自然日照・温度条件での測定の際は、面積300cm2深さ20cmのポットに播種し、透明ポリカーボネート波板の屋根の下に置き潅水を制御した。
【0021】
回転ボウルと噴霧乾燥筒を用いて種子の被覆を行い、被覆種子を乾燥させた。噴霧乾燥筒とは、下部からの温風で種子を飛翔させ、飛翔させた種子へ被膜物質を含む液体/粉体を噴霧して付着させ、乾燥させて被覆種子を製造する器具で、自作したものを用いた。
【0022】
海藻としては、分厚い多糖外被(藻の乾燥重量の50%弱)に包まれた単細胞海藻ハプト藻ファエオキスティス属(Phaeocystis sp.)necolon-1を用い、エプレイ(Eppley)氏液で強化した人工海水で栽培した。栽培した海藻を集藻し、乾燥し粉末にして乾燥海藻粉末を得た。該乾燥海藻の成分は、有機質(多糖、蛋白質、脂質ほか)約60% 無機質(Ca, Na, Mg, K塩化物・炭酸塩・リン酸塩など)約37%であった。
【0023】
本発明に用いた4種類の被覆物質とそれらの構成材料及び組成比を図1に示す。これらの被覆物質(#a, #b, #c, #d)を用い、無被覆の場合と比較した。中でも、乾燥海藻粉末(20%)、キサンタンガム(20%)、CMC(40%)、カラギーナン(20%)からなる被覆#bを標準とした。以下の実験において被覆物質組成について特記ない場合の被覆は#bである。海藻粉末を含む被覆と含まない被覆を比較する実験においては、海藻粉末をカラギーナンで置き換えてカラギーナンを20%増とした。
ここにカラギーナンには原料の違いによりカッパ、イオタ、ラムダの3種があることが知られているが、本研究ではカッパ型カラギーナン(日本バイオコンC80)を用いた。
【0024】
ゲル脱水速度とは、被覆物質0.5gと水1gを混合してゲルとし、40℃で風乾したときの残存水重量(W)の時間(t)変化を求め、その値をW = a exp(-bt)として解析したときのbの値をいう。
IRG種子およびCMV種子1個の平均重量はそれぞれ3.2mgと3.6mgであった。図1に示すように、被覆により重量は種子1個あたり4−6mg増加した。
【0025】
被覆物質を分解する微生物は、該被覆種子を播種する予定地において、該海藻粉末と廃セルロースで作った紙状プレートを屋外に開放放置するか、あるいは該予定地の土壌で被覆して放置して採取し、採取したものを生育させた。このようにして集めた微生物を選別し、分生胞子を形成するものを単離した。本願で使用した微生物は主にアスペルギラス(Aspelgillus)属とストレプトマイセス(Streptomyces)属であったが、本発明はこれらに限定されない。このように該被覆種子を播種したい地域で採取した通常の微生物を用いれば、その被覆種子を播種してもその地域の微生物生態系を乱すことがない。本願のような発明を実施するに際しては、常に、その地域の生態系を乱さないことを重視しなければならない。いったん乱された生態系を元に戻すことは極めて困難だからである。
【0026】
これらの微生物をPDA培地上で培養して胞子を作らせた後、0.01%トリトン(Triton)X-100を含む0.85%食塩水で培地表面を洗い、洗液を遠心分離してこれらの胞子を集めた。集めた胞子は0.85%食塩水に懸濁し、使用時まで-20℃で保存した。本発明に於いて被覆物質に加えられるのは、微生物自身ではなく、その胞子である。これは微生物自身を被覆物質に含めると、僅かな湿気等で活動して被覆物質を分解し被覆種子の劣化を招くからである。この点、胞子はより保存性がよい。
【0027】
上記2種の微生物の胞子をほぼ等量混合して作成した胞子懸濁液の胞子濃度は約1.7x106胞子/mlで、解凍してPDA培地で培養した時の2種の胞子の出芽率は約89-96%であった。播種前の被覆種子を1mlの胞子懸濁液(x1と表記)あるいはその10倍希釈液(x0.1と表記)にくぐらせ、被覆種子の被覆に胞子を含有させた。被覆に微生物胞子を含有しない被覆種子(x0と表記)は、被覆種子を単に純水中をくぐらせて作成し、比較のため用いた。
【0028】
土壌微生物の量やその生物活性の目安として、土壌の見かけの呼吸能を測定した。1つのガラス製ジャーの中に土壌試料5gと4N KOH液とをそれぞれ別個の容器に入れて置き、これを2組用意した。この2組のジャーを、微差圧トランスデューサー(KYOWA PDV-10GA)を介して細いプラスチックチューブでつないだ。微差圧トランスデューサーの電圧出力をレコーダーに接続した。
一方のジャー中の土壌試料にはブドウ糖溶液(700mg/ml)を、他方のジャー中の土壌試料には等容積(5ml)の水をかけた。土壌試料中の微生物はブドウ糖溶液を消化し、酸素を消費し、等容の二酸化炭素を発生させる。発生した二酸化炭素はKOH溶液に吸収されるため、そのジャー中の圧力が変化する。生じる微差圧変化を記録し、反応開始2分後の減圧速度を土壌の相対的な呼吸活性(ml/min)とした。体積はシリンジによる空気の増減で定量した。畑地の土壌とそれを高圧滅菌処理した土壌との混合比を変えて呼吸活性を測定し相対的な検量線を得た。
【0029】
(種子の発芽に対する被覆の効果)
被覆#d(図1:海藻粉末20%,CMC30%,カラギーナン20%, 小麦粉30%)で被覆したIRG種子50粒と無被覆IRG種子50粒を各1組とし、各3組をそれぞれ試験土壌を敷いた別々の50cm2トレイに播いた。人工気象器の中で、明期(2400lux)16時間、暗期8時間として温度と潅水量を変えて45日間育成し発芽・生長率を測定した。ここに発芽率とは、無被覆種子について播いた種子数に対する発芽した種子数の比(%)と定義した。また、生長率とは、被覆種子について播いた被覆種子数に対する被覆を破って芽が出た種子数の比(%)と定義した。被覆種子の場合、時間的には発芽は生長の前段階と考えられるが、被覆内での現象のため目視観察できない。
各50粒の種子を45日間計測した3組の実験の平均値を求めて図2に示す。ここに潅水量は、播種時に40ml/50cm2の水を1回潅水し、以降表のように追加潅水した。また、照光条件は、明期(2400lux)16時間、暗期8時間とし、全ての実験で同じとした。
【0030】
25℃で十分に潅水した条件(飽和潅水:種子の表面が常時濡れている状態)では被覆種子,無被覆種子とも90%近い発芽・生長率であった。播種時以降の潅水を毎朝1回5mlに制限した時(1日1mm程度の降水量に相当)は、被覆種子の生長(被覆を破って出た芽)率は60%に減少したが、無被覆種子の発芽率は38%に減少した。潅水を5ml/隔日にすると無被覆種子はほとんど発芽しなかったが、被覆種子では36%が生長した。この実験では発芽・生長した種子は発芽・生長確認後トレイから除去したため、発芽・生長後生長を継続できたかどうかを判別できないが、少なくとも水が発芽の限定因子である状況では、被覆は種子に必要な水分を保存して発芽・生長を助けたと考えられる。
【0031】
異なる被覆物質(#a, #b, #c, #d)で被覆した種子各50粒を、それぞれ試験土壌を敷いた別々の50cm2トレイに播き、明期(2400lux)16時間15℃ 暗期8時間5℃、播種時の潅水40ml/50cm2、以降の潅水は毎朝1回5mlに制限(高地の春を想定)して発芽・生長数を調べた。3組の測定値の平均値を図3に示す。この制限条件での無被覆種子の発芽率はそれぞれ38%と24%で、25℃無乾燥の環境での86%と88%(図1)に比して極めて低い。一方、被覆種子での発芽率は、#a被覆では80%、82%に達し、潅水制限条件下でも飽和環境の値に近かった。
【0032】
各被覆物質で被覆した種子及び無被覆種子の発芽数の時間経過(発芽・成長曲線)を、IRGについて図4に、CMVについて図5に示す。発芽・成長曲線の中点での勾配、すなわち最大発芽・生長数の半数に達したときの1日当たりの発芽・生長数を発芽・成長速度と定義し、その値を図3に記載した。被覆種子は、発芽・生長最大到達数(発芽・生長率)、発芽・生長速度のいずれもが無被覆種子に比して大きな値を示し、また最初の発芽観察までの日数が短い。この傾向は被覆種子の全てに共通であるが、その程度は被覆の成分によって異なり、図1に示したゲルからの脱水速度(保水力の逆数)と相関があった。
この結果は、比較的低温で降雨量の少ない土地では種子を保水性のある物質で被覆すると種子の発芽・生長率が向上することを示しており、その結果としてその植物がその土地での優勢種となる可能性を示唆している。
【0033】
(植物の発芽・生長に対する種子被覆中の海藻粉末と胞子の効果)
被覆#b中の海藻粉末の有無と、被覆#bを資化できる微生物胞子の添加の有無が、種子の発芽・生長に与える効果を、潅水条件を強い限定因子にならない程度(300ml/300cm2・隔日)として調べ、図6に示した。この図は各50粒の実験を3回行った平均値を示している。ここにテスト試料として被覆#aを選ばず#bを選んだ主な理由は、被覆#bに含まれるキサンタンガムが被覆形成・維持に有利な高粘性を持っていたためである。また、この実験においては屋外自然日照条件を採用し、栽培期間は夏から秋の80日間、気温は9−31℃、日照は平均6.8時間/日、潅水は300ml/300cm2隔日であった。
【0034】
図6に示した乾燥重量を葉の部分(地上部分:茎を含む)と根の部分(地下部分)に分けて示したのが、IRGについて図7であり、CMVについて図8である。播植した種子30粒の分布として示している。
【0035】
与えた潅水条件では、被覆IRG種子の発芽・生長率には海藻の有無や胞子の量による相違は見られなかったが、いずれも無被覆種子よりは優れていて、種子被覆の有利さは明白である。一方、各被覆種子から生長したIRGの光合成生産(乾燥重量)には判然とした差があり、海藻粉末と胞子とを共存させた被覆種子が最も良く生長したことが結論できる。この結果を図6のほか図9にも示した。図9において、+は被覆に海藻を含むもの、−は被覆に海藻を含まないもの(海藻をカラ−ギナンで置き換えたもの)である。また、乾燥重量の誤差範囲は、3回の実験の平均値の標準偏差から求めた。
【0036】
CMV種子の発芽・生長も、図6及び図10に示すように、IRG種子と全く同じ傾向を示した。CMVの場合には根粒数の結果をも示した。根粒数から見ても、被覆に海藻粉末と胞子の双方を含めることが極めて有意義であると結論できる。
乾燥重量から見ると、与えた実験条件では、胞子の着生が多い程(x1被覆1.7x106/ml>x0.1被覆0.17x106/ml)好結果になったと結論できる。
【0037】
これらの結果から、種子の発芽生長にとっては、海藻粉末のような微生物によって緩徐に消化分解されて栄養を供給できる物質と、海藻粉末等の被覆物質中の栄養源を発芽から生育の全期間にわたって緩やかに消化分解できる微生物の胞子とを、種子の被覆物質に共存させることが有効である、と結論できる。
【0038】
第1次栽培物を収穫しその終了後、各栽培ポットの土壌の見かけの呼吸能を測定した。
土壌の見かけの呼吸能は、その土壌で栽培されていた植物の種子の被覆によって異なり、その大小関係は、図11に示すように、その土壌で栽培された植物の乾燥重量の大小関係にほぼ比例していた。この図において、平均乾燥重量は図6より転記したものである。図11は、植物の生長(乾燥重量)が好気性微生物を増殖/活性化したか、あるいは増殖/活性化した好気性微生物が植物の生長を促進したか、という因果関係にあって、その関係が植物の種類には関わらず、被覆の種類、とくに海藻粉末と胞子の在不在によって大きく影響される、ということを示唆している。
【0039】
(栽培土壌に対する被覆の後効果)
第1次栽培として各種の被覆条件でIRGを栽培し収穫した後の各ポットに、第2次栽培として無被覆IRG種子30粒ずつを播き、十分に潅水して栽培し、第1次栽培の効果がどの程度残存しているかを調べた。胞子濃度を変化させた3種の被覆IRG種子と無被覆種子を第1次栽培物としてそれぞれのポットに栽培した後の各ポットの土壌と、未使用の同じ土壌(対照用)を比較した。第2次栽培した無被覆IRG種子の発芽・生長率と乾燥重量を求め、図12に示した。同様な測定をCMV種子についても行い、結果を図12に合わせて示した。
【0040】
5種のポットを比較して、無被覆種子の発芽・生長率には第1次栽培の違いに基づく有意の差は見られなかった。しかし、各ポットで生長し収穫された第2次(無被覆)栽培植物の乾燥重量には極めて大きい差が見られた。乾燥重量の序列は第1次(被覆/無被覆)栽培植物における結果(図6)と同じであった。なお、栽培時期・期間の相違があるため、第1次と第2次生産の乾燥重量の直接比較は不適切である。しかし、その相対値の大小関係の比較は可能と考えられる。CMVについての結果も、IRGの場合と同じであった。
【0041】
これらの事実は、第1次栽培の種子が発芽・生育し収穫された後の土壌に、種子被覆物質の効果が、被覆物質の量あるいは在不在に応じて残存していることを示唆している。海藻粉末と添加胞子/微生物によって増進された植物栄養素の生産か、あるいはこの2者によって結果的に誘引され活性化された土壌微生物の繁茂か、あるいはその両者によりこのような効果が見られたものと推定される。
【0042】
第2次栽培植物の収穫後の土壌の見かけの呼吸能と、第2次栽培前(=第1次栽培植物の収穫後)の土壌の呼吸能とを比較し図13に示した。
第2次栽培後の呼吸能は、第2次栽培物が無被覆種子であるにもかかわらず、第1次栽培後の呼吸能に比して増加しているか維持されていると見られる。これは第1次植物の栽培とともに増えた好気性土壌微生物が、第2次植物の栽培後においても同等以上の量/活性を維持していたことを示唆する。CMVでの栽培後効果がIRGほどには顕著でなく相対的に大きいのは第1次栽培時の根粒の影響があったのではと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0043】
本発明において提案した被覆種子は、荒れ地、未農地、高原地、草原地に草木種子を育てる上できわめて有用である。さらに、被覆種子の使用により劣悪土壌の永続的な改善に寄与することができる。これにより劣悪土壌の草原化が期待できることが明らかとなった。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】被覆種子とその構成比を示す表
【図2】IRG種子の発芽・生長率を示す表
【図3】被覆種子の発芽・生長に対する被覆物質の効果を示す表
【図4】被覆IRG種子の発芽・生長曲線
【図5】被覆CMV種子の発芽・生長曲線
【図6】被覆種子の生長に対する被覆中の海藻粉末と微生物胞子の効果を示す表
【図7】被覆中の海藻粉末と胞子の有無による生長IRGの葉と根の乾燥重量分布表
【図8】被覆中の海藻粉末と胞子の有無による生長CMVの葉と根の乾燥重量分布表
【図9】被覆IRG種子の生長に対する被覆中の海藻粉末と胞子の効果を示すグラフ
【図10】被覆CMV種子の生長に対する被覆中の海藻粉末と胞子の効果を示すグラフ
【図11】第1次植物栽培収穫後の土壌の見かけの呼吸能と種子被覆物質組成との関係を示すグラフ
【図12】第2次栽培での無被覆種子の発芽・生長に対する第1次栽培条件の効果を示す表
【図13】第1次栽培後の土壌で、第2次栽培した後の土壌の見かけの呼吸能(ml/min)を示す表
【特許請求の範囲】
【請求項1】
草木の種子を、
保水性を有する多糖類又は生分解性高分子と、
微生物で分解されて栄養源となる生体起源物質と、
上記多糖類又は生分解性高分子及び上記生体起源物質を分解しうる微生物の胞子と、
を含有する被覆物質で被覆した被覆種子。
【請求項2】
前記生体起源物質が単細胞藻若しくは海草の乾燥粉末、微細木材粉及び動植物の乾燥粉末から選ばれた1種以上の生体起源物質である請求項1に記載の被覆種子。
【請求項3】
前記生体起源物質がハプト藻の乾燥粉末である請求項1に記載の被覆種子。
【請求項4】
前記保水性を有する多糖類が、キサンタンガム、カラギーナン、CMC及びコンニャクマンナンから選ばれた1種以上の多糖類である請求項1ないし請求項3のいずれかに記載の被覆種子。
【請求項5】
前記微生物の胞子が、その被覆種子を播種する地域で採取された微生物に由来するものであることを特徴とする請求項1ないし請求項4のいずれかに記載の被覆種子。
【請求項6】
請求項1ないし請求項5のいずれかに記載の被覆種子を土壌に散布することにより土壌環境を改良する方法。
【請求項1】
草木の種子を、
保水性を有する多糖類又は生分解性高分子と、
微生物で分解されて栄養源となる生体起源物質と、
上記多糖類又は生分解性高分子及び上記生体起源物質を分解しうる微生物の胞子と、
を含有する被覆物質で被覆した被覆種子。
【請求項2】
前記生体起源物質が単細胞藻若しくは海草の乾燥粉末、微細木材粉及び動植物の乾燥粉末から選ばれた1種以上の生体起源物質である請求項1に記載の被覆種子。
【請求項3】
前記生体起源物質がハプト藻の乾燥粉末である請求項1に記載の被覆種子。
【請求項4】
前記保水性を有する多糖類が、キサンタンガム、カラギーナン、CMC及びコンニャクマンナンから選ばれた1種以上の多糖類である請求項1ないし請求項3のいずれかに記載の被覆種子。
【請求項5】
前記微生物の胞子が、その被覆種子を播種する地域で採取された微生物に由来するものであることを特徴とする請求項1ないし請求項4のいずれかに記載の被覆種子。
【請求項6】
請求項1ないし請求項5のいずれかに記載の被覆種子を土壌に散布することにより土壌環境を改良する方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【公開番号】特開2010−63400(P2010−63400A)
【公開日】平成22年3月25日(2010.3.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−232207(P2008−232207)
【出願日】平成20年9月10日(2008.9.10)
【出願人】(503231480)有限会社日本エコロノミックス (10)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年3月25日(2010.3.25)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年9月10日(2008.9.10)
【出願人】(503231480)有限会社日本エコロノミックス (10)
【Fターム(参考)】
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