説明

車両用エンジンの制御装置

【課題】ノック判定基準値を運転者或いは搭乗者の好みに応じて変更できるようにする。
【解決手段】運転者がノック判定基準値設定スイッチ28を操作すると、指示レベル演算部33bはスイッチ28からの出力値nを読込み、この出力値nに応じた指示レベルkを設定する。そしてノック判定基準値演算部33cにおいて統計値演算部33aで求めた平均値m、標準偏差σと指示レベルkとに基づき、ノック判定基準値KNLVを算出する(KNLV←m+k・σ)。その結果ノック判定基準値設定スイッチ28を操作することで、ノック判定基準値KNLVを運転者や搭乗者の好みに応じて変更することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エンジンのノック強度からノック発生の有無を判定するノック判定基準値を運転者や搭乗者の好みに応じて変更することのできる車両用エンジン制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
エンジンにノックが発生するとエンジン損傷の原因となるため、点火時期を直ちに遅角補正して、ノックを回避する必要がある。ノック判定はノックセンサで検出したエンジンのノッキング振動の強度(ノック強度)を示す信号と予め設定されているノック判定基準値とを比較して行い、ノックセンサで検出したノック強度がノック判定基準値を越えている場合、ノック発生と判定する。
【0003】
燃費向上の観点からは、ノック発生直前まで点火時期を進角させて出力を向上させた方が好ましく、ノック判定は高精度に行う必要がある。
【0004】
例えば、特許文献1(特開2009−250212号公報)には、ノックセンサで検出したノック強度に各気筒のノイズレベルの差を縮小するゲインを乗算して補正値を求め、この補正値とノック判定基準値とを比較してノック発生の有無を判定する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2009−250212号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述した文献に開示されている技術によれば、検出されるノック強度に所定ゲインを乗じて補正値を求めることにより、各気筒間のノック強度のバラツキが縮小され、ノック検出精度を向上させることができる。
【0007】
ところで、ノック音は運転者や搭乗者に聴感上の不快感を与えるものであるため、ノック判定基準値は、ノック発生によるエンジンの損傷を防止するのみならず、運転者或いは搭乗者に対して聴感上の不快感を与えないノック強度に基づいても設定されている。
【0008】
従って、ノック発生を検出した場合であっても、聴感上の不快感を気にしなければエンジンに損傷を与えることのない範囲まで点火時期を進角させることができる。点火時期を進角させることで、エンジン出力や燃費を向上させることができる。
【0009】
ノック音による聴感上の不快感を許容して燃費を重視する運転を好むか、燃費を犠牲にしても当該ノック音による聴感上の不快感を解消した状態での運転を好むかは、運転者(或いは搭乗者)の恣意的な判断による。
【0010】
しかし、上述した文献に開示されている技術では、ノック判定基準値が自動的に設定されてしまうため、運転者(或いは搭乗者)の好みにあったノック判定基準値を設定することができず、特に、燃費を重視する運転者にとっては使い勝手が悪いと云う不都合がある。
【0011】
本発明は、上記事情に鑑み、運転者或いは搭乗者の好みに合うノック判定基準値をエンジンに損傷を与えない範囲で設定することができて、使い勝手の良い車両用エンジンの制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、エンジンのノック強度を検出するノック強度検出手段と、前記ノック強度検出手段で検出したノック強度と予め設定されているノック判定基準値とを比較し、前記ノック強度が前記ノック判定基準値よりも大きいとき、ノック発生と判定するノック判定手段とを有する車両用エンジンの制御装置において、操作者により操作されるノック判定基準値操作手段と、前記ノック判定基準値操作手段の操作に応じて、前記ノック判定基準値を変更するノック判定基準値設定手段とを備えた。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、運転者がノック判定基準値操作手段を操作することで、運転者或いは搭乗者の好みに合うノック判定基準値を、エンジンに損傷を与えない範囲で設定することができるため、使い勝手が良く、特に、ノック判定基準値をエンジンに損傷を与えない範囲の上限値に設定すれば、エンジン出力や燃費を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】エンジン制御系の構成図
【図2】点火時期制御にかかる機能ブロック図
【図3】ノックセンサ出力値の頻度分布を示す図表
【図4】ノック判定用指示レベル設定ルーチンを示すフローチャート
【図5】ノック判定基準値設定スイッチのクリック段数と当該スイッチの出力値[%]との関係を示す図表
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、図面に基づいて本発明の一実施形態を説明する。図1の符号1はエンジンであり、このエンジン1の上部にシリンダヘッド2が設けられ、このシリンダヘッド2に、エンジン1の燃焼室1aに連通する吸気ポート3と排気ポート4とが設けられている。又、シリンダヘッド2には、吸気ポート3を開閉する吸気弁5と排気ポート4を開閉する排気弁6とが配設され、更に、燃焼室1a内に先端の放電電極を露呈する点火プラグ7が取り付けられている。
【0016】
又、吸気ポート3には、吸気マニホルド8が連通され、この吸気マニホルド8の吸気ポート3直上流側に、インジェクタ9が燃料噴射口を吸気弁5の方向へ指向した状態で配設されている。吸気マニホルド8は吸気通路10に連通され、この吸気通路10の中途にスロットル弁11が配設されている。
【0017】
スロットル弁11は、本実施の形態においては、その弁開度が電子的に制御される電子制御式スロットル弁であり、スロットル弁11を駆動するモータ等のスロットルアクチュエータ20が連設され、このスロットル弁11の上流側に、エアクリーナ12が配設されている。一方、排気ポート4は、排気マニホルド13を介して排気通路14に連通され、この排気通路14の中途に触媒15が介装されている。
【0018】
又、符号31は、エンジン1を電子的に制御する電子制御装置(ECU)であり、センサ出力処理回路、及び、CPU,ROM,RAM等からなるマイクロコンピュータを有し、その他、A/D変換器、タイマ、カウンタ、各種ロジック回路等の周辺回路を備えている。
【0019】
ECU31の入力側に、運転状態を検出する各種スイッチ・センサ類が接続され、又、出力側にエンジン1に備えられた各種機器類が接続されている。このECU31の入力側に接続されるスイッチ・センサ類としては、エアクリーナ12直下流に設けられて吸入空気量を検出する吸入空気量センサ22、エンジン1のシリンダヘッドやシリンダブロックに取付けられてエンジン1のノック強度を検出するノック強度検出手段としてのノックセンサ23、排気通路14の触媒15上流側に配設された空燃比センサ24、クランク軸の回転角からクランク角を検出するクランク角センサ25、アクセルペダル(図示せず)の踏込量からアクセル開度を検出するアクセル開度センサ26、スロットル弁11の開度を検出するスロットル開度センサ27、運転席側のインストルメントパネルやステアリングホイール付近等に設けられたノック判定基準値操作手段としてのノック判定基準値設定スイッチ28等が備えられている。
【0020】
一方、ECU31の出力側に接続されるアクチュエータ類としては、上述のインジェクタ9、スロットルアクチュエータ20、点火プラグ7に接続される点火コイル(図示せず)をON,OFFするイグナイタ21等がある。
【0021】
ECU31は、エンジン運転状態を検出するセンサ・スイッチ類からの信号に基づいて、各種制御量を演算し、燃料噴射量制御、点火時期制御等のエンジン制御を実行する。点火時期制御では、クランク角センサ25で検出した所定クランク角の間隔時間に基づいて算したエンジン回転数と吸入空気量或いは燃料噴射量等に基づいて算出したエンジン負荷とに基づきマップ参照等により点火時期を設定する。そして、クランク角が点火時期に対応する進角度に達したとき、イグナイタ21に対して点火信号を出力して点火プラグ7を火花点火させる。その間、ノックセンサ23で検出したノック信号を監視し、ノック発生を検出したときは、点火時期を直ちに遅角させて、ノックを回避する。
【0022】
図2に、ECU31に備えられているノック判定に関る機能構成を示す。ECU31は、ノック判定に関わる機能としてセンサ出力処理部32、マイクロコンピュータによるノック判定演算部33、及び点火時期制御部34を備えている。センサ出力処理部32は、ノックセンサ23で検出したノック信号の成分からノック判定に必要な周波数帯域のみを抽出するバンドパスフィルタ32a、バンドパスフィルタ32aを通過したノック信号のピーク値を検出するピーク検出部32b、ピーク検出部32bで検出したピーク値を対数変換し、その値をノック強度として算出する対数変換部32cを備えている。
【0023】
又、ノック判定演算部33は、ノック判定を行う機能として、統計値演算部33a、指示レベル演算部33b、ノック判定基準値設定手段としてのノック判定基準値演算部33c、ノック判定手段としてのノック判定部33dを備えている。統計値演算部33aは、対数変換部32cで算出したノックが発生していないときのノック強度のピーク値のデータを統計処理して、ノックが発生していないときのノック強度の平均値(中央値)mと標準偏差σとを算出する。
【0024】
指示レベル演算部33bは、運転者の操作したノック判定基準値設定スイッチ28の出力値n[%]を読込み、この出力値nに対応する指示レベルkを設定する。この指示レベルkは、具体的には、図4に示すノック判定用指示レベル設定ルーチンに従って求められる。
【0025】
このルーチンでは、先ず、ステップS1で、運転者の操作したノック判定基準値設定スイッチ28の出力値n[%]を読込む。本実施形態で採用するノック判定基準値設定スイッチ28は、ダイヤル式スイッチであり、運転者のダイヤル操作によりOFF位置と、ON位置が選択でき、更に、ON位置ではクリック機構により設定回転角毎にクリック動作されて、出力値n[%]が複数段階に設定される。図5に示すように、ノック判定基準値設定スイッチ28のクリック段数が6段に設定されている場合、OFF位置から6段までの間のクリック位置に対応する0〜100[%]の間で等分された出力値nが出力される。尚、ノック判定基準値設定スイッチ28は連続可変式であっても良く、この場合、出力値n[%]は連続した値となる。
【0026】
そして、ステップS2へ進むと、出力値nが、n=0か、n>0か、すなわち、ノック判定基準値設定スイッチ28がOFFかONかを調べ、OFF(n=0)の場合は、ステップS3へ進み、ON(n>0)の場合は、ステップS4へ分岐する。
【0027】
ステップS3へ進むと、指示レベルkを下限値k2で設定して(k←k2)、ステップS5へ進む。この指示レベルkは、ノック判定基準値設定スイッチ28からの出力値nに基づいて設定される。
【0028】
図3には、統計値演算部33aで求めたノックが発生していないときのノック強度の平均値(中央値)mと標準偏差σに基づき求めたノック強度頻度分布(正規分布)が記載されている。尚、ノック発生時のノック強度頻度分布は、同図に一点鎖線で示すように、ノック強度が強い方向へ歪んだ分布となる。
【0029】
ところで、従来のノック判定基準値KNLVは、
KNLV←m+u・σ …(1)
で求めていた、ここで、uはエンジン1の運転領域毎に設定されるu値と称されるノック判定基準値を補正するための係数である。このu値はエンジン回転数に基づいて設定される可変値であり、エンジン回転数が高いほど大きな値に設定される。
【0030】
(1)式で求める従来のノック判定基準値KNLVは、運転者や搭乗者が聴感上、ノック音を認識することのできない値の最大値を示すノック強度に基づいて設定されている。従って、実際には、ノック強度が従来のノック判定基準値KNLVよりも高い場合であっても、エンジン1に損傷を与えることのない範囲であれば点火時期を更に進角させることが可能である。
【0031】
そのため、本実施形態では、従来のノック判定基準値KNLVで設定されるu値を下限値k2として設定し(k2←u)、その下限値k2に一定値を加算してエンジン1に損傷を与えることのない上限値k1を設定する。従って、上述したステップS3で設定される下限値k2は、従来のu値と同じ値であり、聴感上ノック音を認識できない値の上限に設定されている。
【0032】
その結果、図3に示すように、ノック判定基準値KNLVの最小値はm+k2・σとなり、最大値はm+k1・σとなる。運転者はノック判定基準値設定スイッチ28を操作することで、ノック判定基準値KNLVを、(k2・σ)〜(k1・σ)の間で可変設定することができる。
【0033】
そして、ステップS2からステップS4へ分岐すると、ノック判定基準値設定スイッチ28の出力値n[%]に基づき、指示レベルkを、
k←(k1・n+k2(1−n)) …(2)
から求めて、ステップS5へ進む。
【0034】
そして、ステップS3、或いはステップS4からステップS5へ進むと、指示レベルkを出力してルーチンを抜ける。
【0035】
この指示レベルkは、ノック判定基準値演算部33cで読込まれる。ノック判定基準値演算部33cでは、統計値演算部33aで求めた平均値mと指示レベルkと標準偏差σとに基づき、ノック判定基準値KNLVを、
KNLV←m+k・σ …(3)
から算出する。指示レベルkは、運転者の操作したノック判定基準値設定スイッチ28によって可変設定されるため、ノック判定基準値KNLVはノック判定基準値設定スイッチ28の操作により変更することができる。
【0036】
ノック判定部33dは、対数変換部32cで対数変換したノック強度のピーク値と、ノック判定基準値演算部33cで算出したノック判定基準値KNLVとを比較する。そして、ノック強度のピーク値がノック判定基準値KNLVを越えた場合、ノック発生と判定し、点火時期制御部34に遅角指令信号を出力して、点火時期を遅角補正する。一方、ノック強度のピーク値がノック判定基準値KNLVよりも低い場合はノック発生なしと判定し、点火時期制御部34に進角指令信号を出力して、点火時期を更に進角補正する。点火時期を進角させることで、エンジン出力や燃費を向上させることができる。
【0037】
このように、本実施形態ではノック判定基準値KNLVを、運転者がノック判定基準値設定スイッチ28を操作することで、運転者或いは搭乗者の好みに合うノック判定基準値をエンジンに損傷を与えない範囲で設定することができ、使い勝手がよい。この場合、ノック判定基準値KNLVを最大値側へ設定するに従い、ノック音は大きくなるがエンジン出力、燃費は向上させることができる。
【符号の説明】
【0038】
1…エンジン、
23…ノックセンサ、
28…ノック判定基準値設定スイッチ、
31…電子制御装置、
32…センサ出力処理部、
33…ノック判定演算部、
33b…指示レベル演算部、
33c…ノック判定基準値演算部、
33d…ノック判定部、
k1…上限値、
k2…下限値、
KNLV…ノック判定基準値、
m…平均値、
σ…標準偏差

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エンジンのノック強度を検出するノック強度検出手段と、前記ノック強度検出手段で検出したノック強度と予め設定されているノック判定基準値とを比較し、前記ノック強度が前記ノック判定基準値よりも大きいとき、ノック発生と判定するノック判定手段とを有する車両用エンジンの制御装置において、
操作者により操作されるノック判定基準値操作手段と、
前記ノック判定基準値操作手段の操作に応じて、前記ノック判定基準値を変更するノック判定基準値設定手段とを備えたことを特徴とする車両用エンジンの制御装置。
【請求項2】
前記ノック判定基準値操作手段は、予め設定されている前記ノック判定基準値の上限値と下限値との間で変更可能であることを特徴とする請求項1記載の車両用エンジンの制御装置。
【請求項3】
前記ノック判定基準値の下限値は、聴感上ノック音を認識できない値に設定されていることを特徴とする請求項2記載の車両用エンジンの制御装置。
【請求項4】
前記ノック判定基準値の上限値は、前記エンジンに損傷を与えることのないノック強度の上限値に設定されていることを特徴とする請求項2又は3に記載の車両用エンジンの制御装置。
【請求項5】
前記ノック判定基準値操作手段は、前記ノック判定基準値を前記上限値と前記下限値との間で複数段階に変更可能であることを特徴とする請求項1〜4の何れか1項に記載の車両用エンジンの制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−64334(P2013−64334A)
【公開日】平成25年4月11日(2013.4.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−202083(P2011−202083)
【出願日】平成23年9月15日(2011.9.15)
【出願人】(000005348)富士重工業株式会社 (3,010)
【Fターム(参考)】