説明

防汚塗料および電子機器

【課題】 本発明は、発熱体を内蔵する電子機器の筐体の表面処理に用いられ、皮脂汚れに対する拭き取り性が持続する防汚塗料に関するものである。
【解決手段】 本発明の防汚塗料は、所定の温度変化に対する粘度特性を有する油分を含浸させた多孔質物質と、該多孔質物質が添加された熱可塑性の樹脂塗料とを有する、よう構成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、発熱体を内蔵する電子機器の筐体の表面処理に用いられ、皮脂汚れに対する拭き取り性が良好な防汚塗料と、その防汚塗料を塗装した電子機器に関するものである。
【背景技術】
【0002】
電子機器の筐体には、ポリカーボネート、ポリメチルメタクリレート、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ABS、ポリカーボネート−ABS混合樹脂、塩化ビニル系樹脂、トリアセチルセルロース等が広く用いられている。これらプラスチック製品の電子機器の筐体への適用は、軽量性、易加工性、耐衝撃性等が優れていることによる。しかしながら、プラスチック製品は表面硬度が低いために傷つき易い欠点があり、電子機器の使用個所によってはプラスチック製品の使用を困難なものにしている。
【0003】
このため、表面硬度を付与するために活性エネルギー線硬化性ハード塗装剤をプラスチック製品の表面にコーティグすることが行なわれている。しかし、活性エネルギー線硬化性ハード塗装剤による硬化層は表面に皮脂汚れが付着し易すく、付着した汚れを容易に拭き取り除去できない、という問題があった。付着した皮脂汚れは製品の美観を損なうことになる。
【0004】
ノートパソコン等の電子機器の筐体表面は手で触れられることが多く、筐体表面に塗布された塗膜表面には指紋等の皮脂汚れが付き易いため、防汚性の処理が行なわれることが望まれている。このような問題に対して、プラスチック表面にパーフルオロアルキル基を有する防汚剤を含有させたエネルギー線硬化性樹脂を塗布して、表面を撥水撥油化し、防汚性を高める技術が提案されている。また、ポリジメチルシロキサン基のような撥水性シリコーン樹脂骨格を導入して、プラスチック表面を撥水撥油化する方法も提案されている。
【0005】
これらの方法によっても、携帯して持ち歩くノートPCのように人間の手が接触する用途では、筐体に触れた皮脂等の脂性の汚れが撥油のために汚れがはじかれ、細かな脂の固まりとなって点在し、かえって汚れが目立ってしまうという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平10−104403号公報
【特許文献2】特開平10−7986号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記したように、ノートPCのように利用者が持ち運んだり、蓋を開閉するような電子機器においては、筐体表面に撥水撥油による防汚処理を施しても皮脂等の脂性の汚れがはじかれ、汚染領域が拡がる結果となっていた。
【課題を解決するための手段】
【0008】
実施形態の一観点によれば、所定の温度変化に対する粘度特性を有する油分を含浸させた多孔質物質と、多孔質物質が添加された熱可塑性の樹脂塗料とを有する、ことを特徴とする防汚塗料が提供される。
【0009】
実施形態の別の一観点によれば、内部に発熱体を備えて筐体表面に防汚塗料が塗装された電子機器であり、防汚塗料は所定の温度変化に対する粘度特性を有する油分を含浸させた多孔質物質と、多孔質物質が添加された熱可塑性の樹脂塗料とを有するものであり、防汚塗料の塗装により形成された防汚塗膜上には、発熱体による温度上昇で多孔質物質から滲出した油分によって形成された油膜を有する、ことを特徴とする電子機器を提供できる。
【発明の効果】
【0010】
樹脂塗料に油分を含浸させた多孔質物質を添加することで、塗装後の表面に油分が滲み出ることによって表面の皮脂汚れを容易に除去できる、という効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】防汚塗料の作成例を示す図である。
【図2】油分の温度/粘度特性を示す図である。
【図3】実施例・比較例の試料と拭き取り性評価点を示す図である。
【図4】ノートPCの防汚塗装例(その1)を示す図である。
【図5】ノートPCの防汚塗装例(その2)を示す図である。
【図6】ノートPCの防汚塗装例(その3)を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
図1は、開示の防汚塗料を作成するフローを示した図で、ここでは、多孔質物質として粒径が0.3mm程度のゼオライト100(ゼオフィルCP:新東北化学工業製)を用い、油分としてシリコーンオイル(HVAC−F−4:信越シリコーン)200を用いている。まず、真空容器にゼオライト100を入れて0.01Torrにまで減圧した後、真空容器に液状のシリコーンオイル200を注入し、真空含浸(S1)する。真空含浸した後に、真空容器を大気圧に開放し、シリコーンオイル200が含浸されたゼオライト100を取り出し、ハンマーミルで粉砕する。粉砕したゼオライト100を更に細かくするため気流式の粉砕機にかけ、粒径が0.2μm程度のゼオライト100を得る(S2)。
【0013】
次に、細粒化したゼオライト100を樹脂塗料であるシリコーンレジン(KR−251:信越シリコーン)300に添加する(S3)。添加量は、ここではシリコーンレジン300の100重量部に対してゼオライト100が10重量部である。攪拌機でよく攪拌し、ゼオライト100をシリコーンレジン300中に分散させる(S4)。これで防汚塗料400の完成となる。
【0014】
上記の例では、多孔質物質に油分を含浸させた後に粉砕したが、粉砕した多孔質物質を真空容器に入れて減圧し、その後に油分を含浸させるようにしてもよい。また、使用したゼオライトの粒径は0.2μmの大きさものを用いているが、粒径は特に限定されるものではない。しかし、粒径があまり大きいと塗装表面がざらついて光沢がなくなったり、多孔質物質が塗膜から脱落して塗膜に穴が空くこともある。逆に、多孔質物質の粒径が極端に小さい場合は、多孔質物質で保持できる油分の量は少なくなり、拭き取り性能の長期維持に問題がある。
【0015】
樹脂塗料に対する多孔質物質の添加量は、樹脂塗料100重量部に対して多孔質物質を10〜30重量部とすることが望ましい。多孔質物質の添加量が多すぎると塗装した膜(塗膜)は脆くなり、少しの衝撃で剥がれ落ちることが考えられる。一方、多孔質物質の添加量が少な過ぎると油分の保持量が少なくなり、拭き取り性能の長期維持が難しくなる。
【0016】
防汚塗料を構成する樹脂塗料、多孔質物質および油分について、より詳細に説明する。
【0017】
塗料のベースとなる樹脂塗料は熱可塑性の樹脂で、例えばシロキサン、ポリメタクリル酸メチル、塩化ビニリデン・アクリロニトリル共重合体やポリビニルアルコール、ポリビニルブチラールやポリメチルメタクリレート、ポリカーボネート、ポリウレタン、ポリアクリロニトリルやポリ塩化ビニリデン、ポリスルホン等を用いることができる。これらの熱可塑性樹脂は、有機溶剤による希釈が可能で、塗料としての粘度調整を行なうことができる。
【0018】
多孔質物質は微細な孔を有し、化学的に安定で油分を多く吸着すると共に、所定の条件で吸着した油分を容易に放出する性質であることが好ましい。例えば、無機の多孔質物質は一般にこの条件を満たし、ゼオライトの他にシリカゲル、アルミナ等が好適である。この例に示す多孔質物質は、表面活性が低く、吸着物質と化学結合を行なわないため、吸着した物質を容易に放出するため開示の防汚塗料に適する。特に、ゼオライトは単位重量に対する比表面積が極めて大きく、表面活性も低いため最適である。
【0019】
含浸させる油分としては、化学的に安定であることと、温度変化に対する粘度の変化が一定の条件を満たすことが必要である。例えばシリコーンオイルの他に、ひまし油、ココナッツオイル、ひまわり油、大豆油、菜種油、アマニ油、ケシ油等を用いることができる。
【0020】
油分の温度変化に対する粘度の変化は、例えば図2に示すような温度/粘度特性を示すものが望ましい。即ち、凡そ25℃を境として、これより低い温度においては温度上昇に伴って粘度は大きく低下し、25℃を超えた温度では温度上昇に伴って粘度変化は緩やかに低下している。即ち、30℃から40℃の粘度低下の変化量は10℃から20℃における粘度低下の変化量に比べて低いものとなっている。
【0021】
なお、25℃前後の温度を室温と想定しており、このような粘度の特性を持たせることで、室温より低い温度では粘度を高くすることで多孔質物質から流れ出る油分を抑制し、温度が高い状態では粘度を下げて多孔質物質から油分が流れ出やすい状態を作り出している。30℃から40℃の温度間の粘度は最大で14mPas、最小で4mPasの範囲で単調に粘度低下する。粘度低下のレートを30℃から40℃で抑えているのは、最適な粘度状態を保つためである。即ち、14mPasから4mPasがよいと思われるのは、油膜厚を100nm前後に保つためである。
【0022】
特に40℃前後の温度は電子機器が駆動しているときの筐体表面の温度を想定した温度であり、開示の防汚塗料を電子機器の筐体に塗装したとき、塗膜中の多孔質物質に含浸された油分がこの温度/粘度特性を有することで、筐体の温度上昇に伴って粘度が10mPas以下に低下し、多孔質物質から油分が流れ出し樹脂塗料を通って塗膜表面に滲み出て油膜を形成する。拭き取り性を発揮するための油膜厚は100nm以上あれば良いと考えられ、後述する実施例に示される結果から、電子機器の筐体が40℃となり油分が10mPas以下の粘度となることで100nm以上の油膜厚を形成すると考える。
【0023】
油分の粘度が図2に示される温度/粘度特性よりかなり高い場合は、電子機器が駆動しても塗膜に滲出する油分は少なく、拭き取り性に充分な油膜の形成ができず、拭き取り性能は低下する。また、油分の粘度が図2に示される温度/粘度特性よりかなり低い場合は、塗膜の表面に滲出する油分は多過ぎ、筐体表面が油で濡れて美観上好ましくない。さらに、油分の供給量が必要以上に多くなるため、拭き取り性能の長期維持が困難になる。なお、図2に示される温度がより高温(50℃以上)となった場合は、油分の供給量はより多くなるが、電子機器の動作保証温度や保存温度の規定から高温での使用状況、または保存環境は一般的でなく、そのような状態に対する開示の防汚塗料の適用は考えていない。
【0024】
なお、上記に掲げた油分の種類は、図2の温度/粘度特性を満足するために2種類以上を混合して用いるようにもしている。また、シリコーンオイルと植物油とを混合して用いてもよい。
【実施例】
【0025】
図3に示すように、テストピースや防汚塗料の条件を変えた実施例1〜6の試料を作成し、それらに対して拭き取り性の評価を行なった。また、実施例の効果を比較により確認するため、図3に示す条件の比較例の試料を作成し、同様の拭き取り性の評価を行なった。
【0026】
各試料の作成条件は、テストピースの材質は同一とし、塗装の有無などの表面処理の条件を変えることとし、防汚塗料の作成条件は、樹脂塗料に入れる多孔質材料の有無や多孔質材料に含浸する油分の種類や配合比、着色剤の有無などを変えることとした。また、拭き取り性評価時の試料温度も変えて評価することとする。なお、樹脂塗料の材料、及び防汚塗料の塗装条件は比較例1を除いて各試料において同一としている。各実施例および比較例の試料の作成条件と拭き取り性の評価点は次のとおりである。
(実施例1)
実施例1は、油分として1種類のシリコーンオイルを用いた例である。
・テストピース
材質はポリカーボネート、サイズは100mm×100mm×2mmである。このテストピースにアクリル樹脂塗装(塗装厚:15μm)を施している。
・防汚塗料と塗装方法
樹脂塗料としてロキサン樹脂(KR−251:信越シリコーン製)100重量部に対して、油分としてシリコーンオイル(HVAC−F−4:信越シリコーン)を含浸させたゼオライト(ゼオフィルCP:新東北化学工業製)を10重量部添加。このシリコーンオイルは、図2に示した温度/粘度特性を満足している。また、ゼオライトの粒径は0.2μmである。
【0027】
上記の防汚塗料をスプレーコーターによりテストピースに塗装し、10分間室温中に放置してゼオライトを沈降させ、40℃10分間の熱乾燥を行なった。なお、熱乾燥後の防汚塗料の塗膜厚は10μmである。
・拭き取り性評価方法
防汚塗料を塗装したテストピースを40℃の試料載置台上に1時間載置し、その後に防汚塗料の上から油性マーカーを用いて幅2mm、長さ30mmの直線を描いた。直線描画後、市販のティッシュペーパーをテストピースに4.9Nの圧力で当接し、長さ方向に3往復させた後の油性マーカーの残滓を調べ、下記の評価点を付ける。
評価点4以上を合格とする。
【0028】
評価点5:油性マーカーの残滓なし
評価点4:僅か油性マーカーの残滓が見られる
評価点3:油性マーカーの線の長さの合計が15mm以下
評価点2:油性マーカーの線の長さの合計が15mmを超え、25mm未満
評価点1:油性マーカーの線の長さの合計が25mm以上
・防汚性評価結果
実施例1の拭き取り性評価点は「5」であった。
【0029】
上記した実施例1の条件の内、テストピースの材質とサイズ、多孔質材料にゼオライトを用いること、防汚塗料の塗装方法、および評価方法は各試料において同一である。
(実施例2)
実施例2は、油分として2種類のシリコーンオイルを混合したものを用いた例である。油分以外の他の点は実施例1と同一である。
・防汚塗料の組成
油分として2種類のシリコーンオイル(HVAC−F−4とKF−56:共に信越シリコーン)を7:3の比率で混合し、ゼオライトに含浸。樹脂塗料に対するゼオライトの添加の割合は、実施例1と同一である。また、混合したシリコーンオイルの粘度特性は、図2に示した温度/粘度特性を満足している。
・防汚性評価結果
実施例2の拭き取り性評価点は「5」であった。
(実施例3)
実施例3は、油分として2種類の植物オイルを混合したものを用いた例で、他の点は実施例1と同一である。
・防汚塗料の組成
油分として2種類の植物オイル(エコメイトAR−1とエコメイトCR−1:共に日清オイリオグループ)を5:5の比率で混合し、ゼオライトに含浸している。樹脂塗料に対するゼオライトの添加の割合は、実施例1と同一である。また、混合した植物オイルは、図2に示した温度/粘度特性を満足している。
・防汚性評価結果
実施例3の拭き取り性評価点は「5」であった。
(実施例4)
実施例4は、油分として植物オイルとシリコーンオイルを混合したものを用いた例で、他の点は実施例1と同一である。
・防汚塗料の組成
植物オイル(エコメイトAR−1:日清オイリオグループ)とシリコーンオイル(KF−56:信越シリコーン)を8:2の比率で混合し、ゼオライトに含浸している。樹脂塗料に対するゼオライトの添加の割合は、実施例1と同一である。また、混合した後のオイルは、図2に示した温度/粘度特性を満足している。
・防汚性評価結果
実施例4の拭き取り性評価点は「5」であった。
(実施例5)
実施例5は、油分としてシリコーンオイルと植物オイルの一種である乾性オイルを混合したものを用いた例で、他の点は実施例1と同一である。
・防汚塗料の組成
油分として乾性オイル(リンシードオイル:ホルベイン工業)とシリコーンオイル(HVAC−F−4:信越シリコーン)を2:8の比率で混合し、ゼオライトに含浸している。樹脂塗料に対するゼオライトの添加の割合は、実施例1と同一である。また、混合した後のオイルは、図2に示した温度/粘度特性を満足している。
・防汚性評価結果
実施例5の拭き取り性評価点は「4」であった。
(実施例6)
実施例6は、油分として実施例1と同じシリコーンオイルであるが、テストピースを無塗装とし、防汚塗料に着色剤を添加した実施例である。実施例1〜5まではテストピースにアクリル樹脂塗料による塗装を行なった上に更に防汚塗料を塗装していたが、ここでは無塗装の状態で防汚塗料を評価するものである。着色剤の入った防汚塗料を筐体塗装して用いることを想定している。
・防汚塗料の組成
樹脂塗料としてロキサン樹脂(KR−251:信越シリコーン製)100重量部に対して、シリコーンオイル(HVAC−F−4:信越シリコーン)を含浸させたゼオライト(ゼオフィルCP:新東北化学工業製)を10重量部添加している。更に、着色剤としてカーボンブラック(HCF#2650:三菱化学)を5重量部添加している。
・テストピース
無塗装である。
・防汚性評価結果
実施例6の拭き取り性評価点は「5」であった。
【0030】
上記の実施例1〜6に対する比較のための比較例1〜3は次のとおりである。
(比較例1)
防汚塗料を塗装しない場合の比較例で、他の条件は実施例1と同一である。比較例1は、防汚塗料の効果の有無を比較評価するためのものである。
・防汚性評価結果
比較例1の拭き取り性評価点は「1」であった。
(比較例2)
実施例1と同一の防汚塗料を塗装し、テストピースの温度を25℃とした場合の比較例である。開示の防汚塗料の主な使用目的は、主に電子機器の筐体に対する防汚性を得ることを考えており、前述のように電子機器の発熱で筐体が暖められたときゼオライトに含浸した油分が防汚塗膜の表面に滲出して油膜を形成し、拭き取り性を高めることを特徴としている。比較例2では、25℃は電子機器が停止の状態を想定したものである。評価は、テストピースを25℃に1時間放置後に表面をテッシュペーパーで拭き、さらに25℃に1時間放置後に油性マーカーによる直線の描画を行なった。
・防汚性評価結果
比較例2の拭き取り性評価点は「3」であった。
(比較例3)
実施例1の防汚塗料中のゼオライトを除き、シリコーンオイルのみを添加した比較例である。比較例3は、拭き取り性の効果を発揮するに充分の油膜がゼオライトによって供給できるかを確認するためのものである。評価は、テストピースを40℃に1時間放置後テッシュペーパーでテストピース表面を拭き取り、その後さらに1時間放置した後に油性マーカーによる直線の描画を行なった。
・防汚塗料の組成
樹脂塗料であるロキサン樹脂(KR−251:信越シリコーン製)100重量部に対して、シリコーンオイル(HVAC−F−4:信越シリコーン)を10重量部添加している。
・防汚性評価結果
比較例3の拭き取り性評価点は「3」であった。
【0031】
次に、各試料の拭き取り性評価点(以降、単に評価点という)について検討する。図3に示すように、実施例1〜6の試料に対する評価点は「4」(合格点)以上を示し、
開示の防汚塗料の皮脂汚れに対する拭き取り性に関して満足する結果を確認できた。皮脂汚れに対する拭き取りのメカニズムは、防汚塗料の塗膜表面にシリコーン等による油膜が形成されているので、皮脂汚れがテストピース上のアクリル樹脂塗装の表面に直接接触せず防汚塗膜の油膜上に乗っている状態、あるいは溶けた状態となり、これらをテッシュペーパーで擦ることにより油膜と共に皮脂汚れが拭き取られるものと推測する。
【0032】
なお、実施例1〜6において、実施例5のみ評価点が「4」と他に比べて低くかったが、これは油性マーカーが乾性オイルと若干の反応を起こし拭き取り性が落ちたものと推測する。
【0033】
各実施例の合格点の評価に対し、比較例1〜3の評価点は「3」以下となり、拭き取り性の評価は低いものとなった。防汚塗料を塗装しない状態の比較例1の評価結果(即ち、評価点「1」)から、塗装してある筐体表面に皮脂汚れが付いた場合は、テッシュペーパーで擦っても拭き取ることができずに付着した皮脂が残る(即ち、皮脂汚れが固着している)、ことが確認できた。また、比較例2の評価結果(即ち、評価点「3」)から、実施例1の防汚塗料が塗装されていても温度が低いと拭き取り性能が発揮されないことが確認された。これは、防汚塗膜の温度が低いために油分の粘度が高くなり、塗膜表面への油分の滲出が行なわれないか、行なわれても極めて少ないことによるものと考える。実際の電子機器の使用においては稼動時に形成された油膜が停止している電子機器の筐体上に残っており、それで拭き取り性が低下することはない。また、室温以下の温度では、むしろ油分の供給を停止して多孔質物質内に保持した状態にしておくことが防汚性能の長期持続を図ることになる。また、比較例3の評価結果(即ち、評価点「3」)から、油膜は防汚塗装膜の表面のシリコーンオイルに限定され、持続的に油分が供給されるものでないことが評価点「3」の結果を示しているもの、と考える。
【0034】
次に、電子機器であるノートPCに防汚塗装する例を図4〜図6を用いて説明する。図4は、前述の防汚塗料400を用いてノートPCの防汚塗装例を示した図である。図4における未防汚処理のノートPC500の筐体の材質はポリカーボネートであり、このポリカーボネートの表面には、約15μmのアクリル樹脂塗装が施されている。防汚塗料400を塗装するノートPC500の塗装個所は携帯時に手が触れる天板表面(蓋となる面)と底面とする。防汚塗料400をスプレーガンのカップに適当量入れ、ノートPC500を水平にした状態で天板表面の上方からスプレー塗装する(S11)。天板表面の全体を塗装した後、室温で10分間、ゼオライト100をシリコーンレジン300の下方に沈降させるため放置する(S12)。その後40℃の乾燥炉に10分間入れ天板表面の乾燥を終了する(S13)。続いて、ノートPC500の底面を上にして同様のスプレー塗装を行なう。図5(a)はスプレーガン600によりノートPC500の天板表面を塗装している状態を示した図である。スプレーガン600のカップ610に入れられた防汚塗料400は、加圧されたエアー620により霧状となってノートPC500に降り注ぎ、塗装される。図5(b)は塗装が完了したノートPC510を示している。ノートPC510は、筐体内部にCPUなどの電子部品や液晶ディスプレイの光源等の発熱体を備えており、ノートPC510の電源が投入されている稼動状態において、これらの発熱体により筐体は凡そ40℃に温度上昇する。ノートPC510の筐体に塗装された防汚塗膜は、この温度上昇により防汚塗膜中のゼオライトから油分が滲出し表面に油膜が形成される。この油膜は親油性であるので、前述のように指紋などの皮脂汚れを溶かして汚れを目立たなくすると共に、拭き取りにより容易に除去できる、という効果を奏する。
【0035】
防汚塗装されたノートPC510の防汚塗膜410は図6に示される。図6において、まずノートPC510は、アクリル樹脂塗装(この塗膜を筐体塗膜513と言うことにする)された筐体511とその筐体511の内部に収容された発熱体512で構成される。発熱体512は例えばプリント基板上に搭載された電子回路である。この筐体塗膜513の上(表面)に、防汚塗料400による防汚塗膜410が形成されており、さらに防汚塗膜410の表面には油膜420が形成されている。
【0036】
上記した防汚塗料400の塗装後の室温放置の工程(S12)により、図6に示すように防汚塗膜410の下方(ノートPC510の筐体側)にはシリコーンオイルを含浸したゼオライト100が多く、上方(表面側)にはシリコーンレジン300が多く偏在している。このようにすることにより、防汚塗膜の表面はシリコーンレジンである樹脂塗料の密度が高くなって光沢のある塗装ができる。
【0037】
油膜420は、ノートPC510の稼動による発熱体512の熱で防汚塗膜410が暖められ、防汚塗膜410中のゼオライト100からシリコーンオイルが流れ出し、このシリコーンオイルがシリコーンレジン300を通って防汚塗膜410表面に滲出して形成されたものである。指紋等の皮脂汚れがこの油膜についても、油膜は親油性であるので皮脂汚れはこの油膜に溶け、撥油性のように細かな脂の固まりになることはないので汚れは目立ちにくいものとなる。また、テッシュペーパーのようなもので筐体表面を拭くことにより、汚れは油膜と共に拭き取られる。開示の防汚塗料は、例えば携帯電話のディスプレイ面に塗布してもよい。携帯電話のディスプレイ面は近時ではマルチタッチ機能が搭載されているが、油膜により防汚性とともに滑りのよいマルチタッチを実現する。
【0038】
以上、開示の防汚塗料の実施例を説明したが、これらは上記した内容に限定されるものではなく、要旨を逸脱しない範囲において種々なる態様で実施し得るものである。
【0039】
以上の実施例に関し、さらに以下の付記を開示する。
(付記1)
所定の温度変化に対する粘度特性を有する油分を含浸させた多孔質物質と、
前記多孔質物質が添加された熱可塑性の樹脂塗料と
を有することを特徴とする防汚塗料。
(付記2)
前記多孔質物質は、ゼオライトである、
ことを特徴とする付記1に記載の防汚塗料。
(付記3)
前記油分の前記温度変化に対する粘度特性は、温度上昇に伴って粘度低下し、25℃より高い温度における該温度上昇による粘度低下のレートは、該25℃より低い温度における該温度上昇による粘度低下のレートより低い、
ことを特徴とする付記1または付記2のいずれか1つに記載の防汚塗料。
(付記4)
前記油分の前記温度変化に対する粘度特性は、30℃から40℃の温度変化において、14〜10mPasの粘度から8〜4mPasの粘度にほぼ単調に低下する粘度特性で、前記樹脂塗料と該油分を含浸させた多孔質材料との重量比は該樹脂塗料100重量部に対して該多孔質物質を10〜30重量部である、
ことを特徴とする付記1または付記3のいずれか1つに記載の防汚塗料。
(付記5)
前記油分は、1種類、または2種類以上を混合したシリコーンオイルである、
ことを特徴とする付記1乃至付記4のいずれか1つに記載の防汚塗料。
(付記6)
前記油分は、1種類、または2種類以上を混合した植物油である、
ことを特徴とする付記1乃至付記4のいずれか1つに記載の防汚塗料。
(付記7)
前記油分は、シリコーンオイルと植物油との混合物である、
ことを特徴とする付記1乃至付記4のいずれか1つに記載の防汚塗料。
(付記8)
前記植物油は、乾性油である、
ことを特徴とする付記6または付記7のいずれか1つに記載の防汚塗料。
(付記9)
前記樹脂塗料には、さらに着色剤が添加されている、
ことを特徴とする付記1乃至付記8のいずれか1つに記載の防汚塗料。
(付記10)
所定の温度変化に対する粘度特性を有する油分を含浸させた多孔質物質と、
前記多孔質物質が添加された熱可塑性の樹脂塗料と
前記樹脂塗料の表面に前記油分の滲出により形成された油膜と
を有することを特徴とする防汚塗膜。
(付記11)
前記多孔質物質は、前記樹脂塗料の下層に偏在している、
ことを特徴とする付記10に記載の防汚塗膜。
(付記12)
内部に発熱体を備え、筐体表面に防汚塗料が塗装された電子機器であって、
前記防汚塗料は、所定の温度変化に対する粘度特性を有する油分を含浸させた多孔質物質と、該多孔質物質が添加された熱可塑性の樹脂塗料とを有するものであり、
前記防汚塗料の塗装により形成された防汚塗膜上には、前記発熱体による温度上昇で前記多孔質物質から滲出した油分によって形成された油膜を有する
ことを特徴とする電子機器。
(付記13)
前記防汚塗膜中の前記多孔質物質は、前記樹脂塗料の下層に偏在している、
ことを特徴とする付記12に記載の電子機器。
【符号の説明】
【0040】
100 ゼオライト
200 シリコーンオイル
300 シリコーンレジン
400 防汚塗料
410 防汚塗膜
420 油膜
500 ノートPC(未防汚処理)
510 ノートPC(防汚塗装済)
511 筐体
512 発熱体
513 筐体塗膜
600 スプレーガン
610 カップ
620 エアー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定の温度変化に対する粘度特性を有する油分を含浸させた多孔質物質と、
前記多孔質物質が添加された熱可塑性の樹脂塗料と
を有することを特徴とする防汚塗料。
【請求項2】
前記多孔質物質は、ゼオライトである、
ことを特徴とする請求項1に記載の防汚塗料。
【請求項3】
前記油分の前記温度変化に対する粘度特性は、温度上昇に伴って粘度低下し、25℃より高い温度における該温度上昇による粘度低下のレートは、該25℃より低い温度における該温度上昇による粘度低下のレートより低い、
ことを特徴とする請求項1または請求項2のいずれか1項に記載の防汚塗料。
【請求項4】
前記油分は、1種類、または2種類以上を混合したシリコーンオイルである、
ことを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれか1項に記載の防汚塗料。
【請求項5】
前記油分は、1種類、または2種類以上を混合した植物油である、
ことを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれか1項に記載の防汚塗料。
【請求項6】
内部に発熱体を備え、筐体表面に防汚塗料が塗装された電子機器であって、
前記防汚塗料は、所定の温度変化に対する粘度特性を有する油分を含浸させた多孔質物質と、該多孔質物質が添加された熱可塑性の樹脂塗料とを有するものであり、
前記防汚塗料の塗装により形成された防汚塗膜上には、前記発熱体による温度上昇で前記多孔質物質から滲出した油分によって形成された油膜を有する
ことを特徴とする電子機器。
【請求項7】
前記防汚塗膜中の前記多孔質物質は、前記樹脂塗料の下層に偏在している、
ことを特徴とする請求項6に記載の電子機器。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2013−71952(P2013−71952A)
【公開日】平成25年4月22日(2013.4.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−210172(P2011−210172)
【出願日】平成23年9月27日(2011.9.27)
【出願人】(000005223)富士通株式会社 (25,993)
【Fターム(参考)】