説明

電気自動車のモータ制御装置

【課題】 タイヤのスリップ発生による異常トルクの増大を防止でき、車両の安定走行に寄与できる電気自動車のモータ制御装置を提供する。
【解決手段】 車両の車輪2を駆動する全モータ6の駆動トルクの総和である総駆動トルクをTt、車両質量をm、タイヤ半径をr、モータ6と車輪2間に挿入される減速機7の減速比を1/Rとする。車輪2の角加速度検出手段39で検出される角加速度が、次式W=k1×R×Tt/m/r2 、(k1:定数)で計算される許容角加速度W以内であるか否かを監視する角加速度監視手段37を設ける。許容角加速度W外であると判定したときに、モータ駆動制御部33にモータの駆動トルクを減少させるスリップ対応トルク低下手段38を設ける。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、バッテリ駆動や燃料電池駆動等の電気自動車のモータ制御装置に関し、特にそのタイヤのスリップ制御に関する。
【背景技術】
【0002】
電気自動車では、内燃機関に比べて応答性の高いモータが用いられ、そのモータはトルク制御される。特に、インホイールモータ型の電気自動車では、各輪独立に応答性の高いモータが用いられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2008−172935公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記のように電気自動車では応答性の高いモータが用いられ、トルク制御されるため、タイヤがスリップ等で路面から離れたときに、タイヤは急激な回転上昇を発生させる。そのため、ブレーキが利かない状況になる恐れがある。このようなスリップによるモータの急激な回転上昇は自動車の安定した走行に好ましくない。車輪を個別に駆動するインホイールモータ型の電気自動車では、一部の駆動輪の上記のようなスリップによるモータの急激な回転上昇は、極力防止する必要がある。
【0005】
この発明の目的は、タイヤのスリップ発生による異常トルクの増大を防止でき、車両の安定走行に寄与できる電気自動車のモータ制御装置を提供することである。
この発明の他の目的は、タイヤのスリップ発生による異常トルクの増大を防止でき、安定走行が行える電気自動車を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
この発明の第1の電気自動車のモータ制御装置20は、トルク指令手段34から与えられたトルク指令に応じて、車輪2を駆動するモータ6のトルクを制御するモータ駆動制御部33を備えた電気自動車のモータ制御装置において、
前記モータ6で駆動される車輪2の角加速度を検出する角加速度検出手段39と、
車両の車輪2を駆動する全モータ6の駆動トルクの総和である総駆動トルクをTt、車両質量をm、タイヤ半径をr、モータ6と車輪2間に挿入される減速機7の減速比を1/Rとした場合に、前記車輪2の前記角加速度検出手段39で検出される角加速度が、次式(1) 、
W=k1×R×Tt/m/r2 ……(1)
ただし、k1:定数(1〜2内の任意の値)、
で計算される許容角加速度W以内であるか否かを監視する角加速度監視手段37と、
この角加速度監視手段37が許容角加速度W外であると判定したときに、前記モータ駆動制御部33にモータの駆動トルクを減少させるスリップ対応トルク低下手段38
とを設けたことを特徴とする。
各量の単位は、Tt(Nm)、m(m)、r(w)、W(rad/s2 )である(以下、同様)。
【0007】
車輪2の、風圧等の外力等を考慮しない理論上の角加速度wは、次のように、モータ6の総駆動トルクTt、車両質量m、タイヤ半径r、減速比を1/Rによって定まる。したがって、検出された車輪2の角加速度が前記理論上の角加速度wを超えていると、車輪2にスリップが生じていると推定される。
すなわち、減速機7の出力トルクは、(モータの総駆動トルクTt)×(減速比の逆数R)であり、Tt×Rである。平地走行の場合、タイヤの接地点に生じる推進力Fは、減速機出力トルクTt×Rをタイヤ半径rで除した値であり、Tt×R×1/rである。理論上の加速度αは、F=mαの関係から、α=F/mであり、Tt×R×1/r×1/mである。角加速度に換算すると、理論上の角加速度wは、加速度αをタイヤ半径rで除して、Tt×R×1/r×1/m×1/rであり、整理すると、R×Tt/m/r2 である。この理論上の加速度wに、風圧等による外力、駆動伝達系の損失の影響の考慮や、ある程度のスリップを許容するための係数k1を乗算すると、上記の(1) の右辺となる。
【0008】
角加速度監視手段37は、角加速度検出手段39で検出される角加速度が、上記のように求まる理論上の加速度wに、ある程度のスリップを許容するため等の係数k1を乗じた値である許容角加速度W内以内であるか否かを常時監視する。許容角加速度W外であると判定されると、スリップ対応トルク低下手段38は、モータ駆動制御部33にモータ6の駆動トルクを減少させる。このようにスリップ発生時に駆動トルク6を減少させることで、モータ駆動制御部33が閉ループのトルク制御であっても、スリップ発生による異常トルクの増大を防止でき、安定した走行が行える。
前記係数k1は、1とすると僅かなスリップでもトルク低減させることになるため、1以上であることが必要であるが、2以上と大きくし過ぎるとスリップ防止の実効が得られなくなるため、試験やシミュレーション等に基づき、1〜2の範囲で適宜の値に定めるのが良い。また、スリップ対応トルク低下手段38により駆動トルクを減少させる程度は、適宜設定すれば良い。
【0009】
上記(1) 式による許容角加速度Wは、平地走行である場合に適しており、坂道を走行する場合は、次式(2) または(3) により、登坂角度aを考慮した値とするのが良い。登坂角度aについては、登坂角度検出手段41を有する場合は、その検出値を用いるのが良く、また登坂角度検出手段41を有しない場合は、車両の設計上の最大登坂角度を用いるのが良い。
【0010】
この発明の第2の電気自動車のモータ制御装置20は、第1の電気自動車のモータ制御装置20において、登坂角度検出手段41を設けると共に、角加速度監視手段37による許容角加速度Wの値、および判定を次のように行うものである。
すなわち、角加速度監視手段37は、前記登坂角度検出手段41で検出された車両登坂角度をa(rad)とした場合に、前記車輪2の前記角加速度検出手段39で検出される角加速度が、次式(2) 、
W=k2×R×Tt/m/r2 +mg× sin(a)/m/r ……(2)
ただし、k2:定数(1〜2内の任意の値)、
g:重力の加速度、
で計算される許容角加速度W以内であるか否かを監視する。前記車両登坂角度をaは、下り坂の場合は負の値とする。
【0011】
この構成の場合、車両登坂角度aによって影響する加速度成分である「mg× sin(a)/m/r」の値を、平地走行の場合の加速度成分に加えて許容角加速度Wの値を定め、監視する。そのため、坂道において、角加速度監視手段37による適切なスリップ判断が行えて、効果的にスリップ防止やスリップによる異常トルク増大の防止のためのトルク減少が行える。また、登坂角度検出手段41で実際の登坂角度aを検出して制御するため、登坂角度aに応じたスリップ判断を精度良く行うことができる。第2の電気自動車のモータ制御装置20において、登坂角度検出手段41で検出される登坂角度aが零の場合、つまり平地走行の場合は、車両登坂角度aによって影響する加速度成分である「mg× sin(a)/m/r」の値が零となるため、角加速度監視手段37は、結果的に第1の電気自動車のモータ制御装置20と同様の判断を行うことになる。
第2の電気自動車のモータ制御装置20におけるその他の構成、効果は、第1の電気自動車のモータ制御装置と同様である。
【0012】
この発明の第3の電気自動車のモータ制御装置20は、第1の電気自動車のモータ制御装置において、角加速度監視手段37の許容角加速度Wの値として、登坂角度の影響を考慮するについて、車両につき仕様として設定された最大の車両登坂角度aを用いるものである。
すなわち、角加速度監視手段37は、車両につき仕様として設定された最大の車両登坂角度をaとした場合に、前記車輪2の前記角加速度検出手段で検出される角加速度が、次式(3) 、
W=k3×R×Tt/m/r2 +mg× sin(a)/m/r ……(3)
ただし、k3:定数(1〜2内の任意の値)、
で計算される許容角加速度W以内であるか否かを監視する。
【0013】
この構成の場合も、車両登坂角度aによって影響する加速度成分である「mg× sin(a)/m/r」の値を、平地走行の場合の加速度成分に加えて許容角加速度Wの値を定め、監視する。この場合、車両につき仕様として設定された最大の車両登坂角度をaを見込んで許容角加速度Wを定める。そのため、上り坂において、スリップ判断につき誤判断することが防止され、誤ってトルク減少させることが防止される。また、この構成の場合、仕様として設定された最大の車両登坂角度aを判断に用いるため、登坂角度検出手段41を設けることが不要であり、構成が簡素となる。
第3の電気自動車のモータ制御装置20におけるその他の構成、効果は、第1の電気自動車のモータ制御装置と同様である。
【0014】
この発明の第4の電気自動車のモータ制御装置20は、第1の電気自動車のモータ制御装置20において、角加速度監視手段37における許容角加速度Wを計算するトルクとして、車両の車輪2を駆動する全モータ6の最大トルクの総和である総最大トルクをTmaxtを用いる。
すなわち、角加速度監視手段37は、車両の車輪2を駆動する全モータ6の最大トルクの総和である総最大トルクをTmaxtとした場合に、前記車輪2の前記角加速度検出手段で検出される角加速度が、次式(4) 、
W=k4×R×Tmaxt/m/r2 ……(4)
ただし、k4:定数(1〜2内の任意の値)、
で計算される許容角加速度W以内であるか否かを監視する。
【0015】
この構成の場合、全モータ6のトルクの総和を求めるにつき、モータ6の最大トルクを用いる。そのため、実際の駆動トルクで計算する場合よりも、許容角加速度Wが大きく見積もられることになり、スリップ防止や異常トルク防止のためのトルク減少を行い過ぎることが防止される。
第4の電気自動車のモータ制御装置20におけるその他の構成、効果は、第1の電気自動車のモータ制御装置20と同様である。
【0016】
この発明の第5の電気自動車のモータ制御装置29は、第2の電気自動車のモータ制御装置20において、角加速度監視手段37における許容角加速度Wを計算するトルクとして、車両の車輪2を駆動する全モータ6の最大トルクの総和である総最大トルクをTmaxtを用いる。
すなわち、角加速度監視手段37は、車両の車輪2を駆動する全モータ6の最大トルクの総和である総最大トルクをTmaxtとした場合に、前記車輪2の角加速度検出手段39で検出される角加速度が、次式(5)
W=k2×R×Tmaxt/m/r2 +mg× sin(a)/m/r ……(5)
ただし、k5:定数(1〜2内の任意の値)、
g:重力の加速度、
で計算される許容角加速度W以内であるか否かを監視する。
【0017】
この構成の場合も、全モータ6のトルクの総和を求めるにつき、モータ6の最大トルクを用いる。そのため、実際の駆動トルクで計算する場合よりも、許容角加速度Wが大きく見積もられることになり、スリップ防止や異常トルク増大防止のためのトルク減少を行い過ぎることが防止される。また、第2の電気自動車のモータ制御装置20と同様に、車両登坂角度aによって影響する加速度成分である「mg× sin(a)/m/r」の値を、平地走行の場合の加速度成分に加えて許容角加速度Wの値を定め、監視する。そのため、坂道において、角加速度監視手段37による適切なスリップ判断が行えて、効果的にスリップ防止や異常トルク増大の防止のためのトルク減少が行える。また、登坂角度検出手段41で実際の 登坂角度aを検出して制御するため、登坂角度aに応じたスリップ判断を精度良く行うことができる。
第5の電気自動車のモータ制御装置20におけるその他の構成、効果は、第1または第2の電気自動車のモータ制御装置と同様である。
【0018】
この発明の第6の電気自動車のモータ制御装置20は、第3の電気自動車のモータ制御装置20において、角加速度監視手段37における許容角加速度Wを計算するトルクとして、車両の車輪2を駆動する全モータ6の最大トルクの総和である総最大トルクをTmaxtを用いる。
すなわち、角加速度監視手段37は、車両の車輪2を駆動する全モータ6の最大トルクの総和である総最大トルクをTmaxtとし、仕様として設定された最大の車両登坂角度をaとした場合に、前記車輪2の前記角加速度検出手段で検出される角加速度が、次式(6)
W=k3×R×Tmaxt/m/r2 +mg× sin(a)/m/r ……(6)
ただし、k6:定数(1〜2内の任意の値)、
で計算される許容角加速度W以内であるか否かを監視する。
【0019】
この構成の場合も、全モータ6のトルクの総和を求めるにつき、モータ6の最大トルクを用いる。そのため、実際の駆動トルクで計算する場合よりも、許容角加速度Wが大きく見積もられることになり、スリップ防止や異常トルク増大防止のためのトルク減少を行い過ぎることが防止される。また、第3の電気自動車のモータ制御装置20と同様に、車両登坂角度aによって影響する加速度成分である「mg× sin(a)/m/r」の値を、平地走行の場合の加速度成分に加えて許容角加速度Wの値を定め、監視する。この場合、車両につき仕様として設定された最大の車両登坂角度をaを見込んで許容角加速度Wを定める。そのため、上り坂において、スリップ判断につき誤判断することが防止され、誤ってトルク減少させることが防止される。また、この構成の場合、仕様として設定された最大の車両登坂角度aを判断に用いるため、登坂角度検出手段41を設けることが不要であり、構成が簡素となる。
第6の電気自動車のモータ制御装置におけるその他の構成、効果は、第1または第3の電気自動車のモータ制御装置と同様である。
【0020】
この発明において、前記モータ6は、前記電気自動車の車輪2を個別に駆動するモータ6であっても良い。電気自動車ではモータ6をトルク制御し、またモータ6は応答性が高いため、各車輪2を個別にモータ駆動する車両では、駆動輪のうちの一部の車輪2が中に浮くなどすると、負荷が軽くなる結果、その車輪2のモータが加速されることになる。そのため、この発明による、加速度判定によるトルク減少の制御が、安定走行の上でより効果的となる。
【0021】
この発明において、車輪2を個別にモータ6で駆動する電気自動車では、前記スリップ対応トルク低下手段38は、前記角加速度検出手段39で検出される角加速度が前記許容角加速度W外である車輪を駆動するモータ6のみ、前記モータ駆動制御部33にモータ6の駆動トルクを減少させるものとしても良い。
上記のように、各車輪2を個別にモータ駆動する車両では、駆動輪のうちの一部の車輪2が中に浮くなどすると、その車輪2のモータ6が加速されることになるため、その加速されたモータ6のみ、前記モータ駆動制御部33にモータの駆動トルクを減少させることが、走行の安定の上で好ましい。
【0022】
この発明において、前記モータ6は、一部または全体が車輪2内に配置されて前記モータ6と減速機7とを含むインホイールモータ装置8を構成するものであっても良い。また、電気自動車が前記モータ6の回転を減速する減速機7を備え、この減速機は1/4以上の高減速比を有するものであっても良い。前記電気自動車が前記モータ6の回転を減速する減速機7を備え、この減速機7はサイロイド減速機であっても良い。
インホイールモータ装置を用いた電気自動車であると、各輪2が独立して応答性の良いモータ6で駆動されるため、駆動車輪のスリップに対する制御が走行の安定性に大きく影響する。そのため、この発明によるスリップ低減の効果が、走行の安定性向上により効果的に発揮される。また、サイロイド減速機を用いるなど、インホイールモータ装置8等の減速機7の減速比が高い場合、モータ6の小型化に寄与するが、モータ6のトルクは拡大して車輪に伝達される。そのため、タイヤのスリップ防止やスリップによる異常トルク増大の防止はより重要となる。
【0023】
この発明の電気自動車は、この発明の上記いずれかの構成の電気自動車のモータ制御装置20を備えたものである。そのため、タイヤのスリップ発生による異常トルクの増大を防止でき、安定走行が行える。
【発明の効果】
【0024】
この発明の第1の電気自動車のモータ制御装置は、トルク指令手段から与えられたトルク指令に応じて、車輪を駆動するモータのトルクを制御するモータ駆動制御部を備えた電気自動車のモータ制御装置において、前記モータで駆動される車輪の角加速度を検出する角加速度検出手段と、車両の車輪を駆動する全モータの駆動トルクの総和である総駆動トルクをTt、車両質量をm、タイヤ半径をr、モータと車輪間に挿入される減速機の減速比を1/Rとした場合に、前記車輪の前記角加速度検出手段で検出される角加速度が、次式、W=k1×R×Tt/m/r2 、ただし、k1:定数(1〜2内の任意の値)、で計算される許容角加速度W以内であるか否かを監視する角加速度監視手段と、この角加速度監視手段が許容角加速度W外であると判定したときに、前記モータ駆動制御部にモータの駆動トルクを減少させるスリップ対応トルク低下手段とを設けたため、タイヤのスリップ発生による異常トルクの増大を防止でき、車両の安定走行に寄与することができる。
【0025】
この発明の第2の電気自動車のモータ制御装置は、第1の電気自動車のモータ制御装置において、登坂角度検出手段を設け、角加速度監視手段は、前記登坂角度検出手段で検出された車両登坂角度をaとした場合に、前記車輪の前記角加速度検出手段で検出される角加速度が、次式、W=k2×R×Tt/m/r2 +mg× sin(a)/m/r、ただし、k2:定数(1〜2内の任意の値)、g:重力の加速度、で計算される許容角加速度W以内であるか否かを監視するようにしたため、坂道においてもタイヤのスリップ発生による異常トルクの増大を防止でき、車両の安定走行に寄与することができる。
【0026】
この発明の第3の電気自動車のモータ制御装置は、第1の電気自動車のモータ制御装置において、角加速度監視手段は、車両につき仕様として設定された最大の車両登坂角度をaとした場合に、前記車輪の前記角加速度検出手段で検出される角加速度が、次式、W=k3×R×Tt/m/r2 +mg× sin(a)/m/r、ただし、k3:定数(1〜2内の任意の値)、で計算される許容角加速度W以内であるか否かを監視するようにしたため、坂道においてもタイヤのスリップが発生したことを迅速に検出して簡単な制御でスリップ防止やスリップによる異常トルク増大の防止が行え、車両の安定走行に寄与することができる。
【0027】
この発明の第4の電気自動車のモータ制御装置は、第1の電気自動車のモータ制御装置において、角加速度監視手段における許容角加速度Wを計算するトルクとして、車両の車輪を駆動する全モータの最大トルクの総和である総最大トルクをTmaxtを用い、角加速度監視手段は、車両の車輪を駆動する全モータの最大トルクの総和である総最大トルクをTmaxtとした場合に、前記車輪の前記角加速度検出手段で検出される角加速度が、次式、W=k4×R×Tmaxt/m/r2 、ただし、k4:定数(1〜2内の任意の値)、で計算される許容角加速度W以内であるか否かを監視するようにしたため、タイヤのスリップが発生したことを迅速に検出して簡単な制御でスリップ防止が行えて、車両の安定走行に寄与することができ、また許容角加速度Wが大きく見積もられることになり、スリップ防止や異常トルク増大の防止のためのトルク減少を行い過ぎることが防止される。
【0028】
この発明の第5の電気自動車のモータ制御装置は、第2の電気自動車のモータ制御装置において、角加速度監視手段における許容角加速度Wを計算するトルクとして、車両の車輪を駆動する全モータの最大トルクの総和である総最大トルクをTmaxtを用いるようにしたため、坂道においても、タイヤのスリップ発生による異常トルクの増大を防止でき、車両の安定走行に寄与することができ、また許容角加速度Wが大きく見積もられることになり、スリップ防止のためのトルク減少を行い過ぎることが防止される。
【0029】
この発明の第6の電気自動車のモータ制御装置は、第3の電気自動車のモータ制御装置において、角加速度監視手段における許容角加速度Wを計算するトルクとして、車両の車輪を駆動する全モータの最大トルクの総和である総最大トルクをTmaxtを用いるようにしたため、坂道においても、タイヤのスリップ発生による異常トルクの増大を防止できて、車両の安定走行に寄与することができ、また許容角加速度Wが大きく見積もられることになり、スリップ防止や異常トルク増大の防止のためのトルク減少を行い過ぎることが防止される。
【0030】
この発明の電気自動車は、この発明の上記いずれかの構成の電気自動車のモータ制御装置を備えたものである。そのため、タイヤのスリップ発生による異常トルクの増大を防止でき、安定走行が行える。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】この発明の一実施形態に係るモータ制御装置を装備した電気自動車を平面図で示す概念構成のブロック図である。
【図2】同電気自動車のモータ制御装置におけるインバータ装置の概念構成のブロック図である。
【図3】同電気自動車におけるトルクと加速度の関係を示す説明図である。
【図4】同電気自動車におけるトルクと加速度の関係を示すブロック図および登坂時の作用力の説明図である。
【図5】同電気自動車のモータ制御装置におけるスリップ対応トルク低下手段によるトルク低下例の説明図である。
【図6】同電気自動車におけるインホイールモータ駆動装置の破断正面図である。
【図7】図6のVII-VII 線断面図である。
【図8】図7の部分拡大断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0032】
この発明の一実施形態を図1ないし図8と共に説明する。この電気自動車は、車体1の左右の後輪となる車輪2が駆動輪とされ、左右の前輪となる車輪3が従動輪の操舵輪とされた4輪の自動車である。駆動輪および従動輪となる車輪2,3は、いずれもタイヤを有し、それぞれ車輪用軸受4,5を介して車体1に支持されている。車輪用軸受4,5は、図1ではハブベアリングの略称「H/B」を付してある。駆動輪となる左右の車輪2,2は、それぞれ独立の走行用のモータ6,6により駆動される。モータ6の回転は、減速7および車輪用軸受4を介して車輪2に伝達される。これらモータ6、減速機7、および車輪用軸受4は、互いに一つの組立部品であるインホイールモータ装置8を構成しており、インホイールモータ装置8は、一部または全体が車輪2内に配置される。インホイールモータ装置8は、インホイールモータユニットとも称される。モータ6は、減速機7を介さずに直接に車輪2を回転駆動するものであっても良い。各車輪2,3には、電動式等のブレーキ9,10が設けられている。
【0033】
左右の前輪となる操舵輪である車輪3,3は、転舵機構11を介して転舵可能であり、操舵機構12により操舵される。転舵機構11は、タイロッド11aを左右移動させることで、車輪用軸受5を保持した左右のナックルアーム11bの角度を変える機構であり、操舵機構12の指令によりEPS(電動パワーステアリング)モータ13を駆動させ、回転・直線運動変換機構(図示せず)を介して左右移動させられる。操舵角は操舵角センサ15で検出し、このセンサ出力はECU21に出力され、その情報は左右輪の加速・減速指令等に使用される。
【0034】
制御系を説明する。自動車全般の制御を行う電気制御ユニットであるECU21と、このECU21の指令に従って走行用のモータ6の制御を行うインバータ装置22と、ブレーキコントローラ23とが、車体1に搭載されている。ECU21は、コンピュータとこれに実行されるプログラム、並びに各種の電子回路等で構成される。この実施形態のモータ制御装置20は、主に、前記ECU21とインバータ装置22とで構成される。
【0035】
ECU21は、トルク指令手段34と一般制御部21bとを有している。トルク指令手段34は、アクセル操作部16の出力する加速指令と、ブレーキ操作部17の出力する減速指令と、操舵角センサ15の出力する旋回指令とから、左右輪の走行用モータ6,6に与える加速・減速指令を生成し、インバータ装置22へ出力する。トルク指令手段34は、上記の他に、出力する加速・減速指令を、各車輪2,3の車輪用軸受4,5に設けられた回転センサ24から得られるタイヤ速度の情報や、車載の各センサの情報を用いて補正する機能を有していても良い。アクセル操作部16は、アクセルペダルとその踏み込み量を検出して前記加速指令を出力するセンサ16aとでなる。ブレーキ操作部17は、ブレーキペダルとその踏み込み量を検出して前記減速指令を出力するセンサ17aとでなる。
【0036】
ECU21の一般制御部21bは、前記ブレーキ操作部17の出力する減速指令をブレーキコントローラ23へ出力する機能、各種の補機システム25を制御する機能、コンソールの操作パネル26からの入力指令を処理する機能、表示手段27に表示を行う機能などを有する。前記補機システム25は、例えば、エアコン、ライト、ワイパー、GPS、エアバッグ等であり、ここでは代表して一つのブロックとして示す。
【0037】
ブレーキコントローラ23は、ECU21から出力される減速指令に従って、各車輪2,3のブレーキ9,10に制動指令を与える手段である。ECU21から出力される制動指令には、ブレーキ操作部17の出力する減速指令によって生成される指令の他に、ECU21の持つ安全性向上のための手段によって生成される指令がある。ブレーキコントローラ23は、この他にアンチロックブレーキシステムを備える。ブレーキコントローラ23は、電子回路やマイコン等により構成される。
【0038】
インバータ装置22は、各モータ6に対して設けられたパワー回路部28と、このパワー回路部28を制御するモータコントロール部29とで構成される。モータコントロール部29は、各パワー回路部28に対して共通して設けられていても、別々に設けられていても良いが、共通して設けられた場合であっても、各パワー回路部28を、例えば互いにモータトルクが異なるように独立して制御可能なものとされる。モータコントロール部29は、このモータコントロール部29が持つインホイールモータ8に関する各検出値や制御値等の各情報(「IWMシステム情報」と称す)をECUに出力する機能を有する。
【0039】
図2は、インバータ装置22の概念構成を示すブロック図である。パワー回路部28は、バッテリ19の直流電力をモータ6の駆動に用いる3相の交流電力に変換するインバータ31と、このインバータ31を制御するPWMドライバ32とで構成される。モータ6は3相の埋め込み磁石型同期モータ等からなる。インバータ31は、複数の半導体スイッチング素子(図示せず)で構成され、PWMドライバ32は、入力された電流指令をパルス幅変調し、前記各半導体スイッチング素子にオンオフ指令を与える。
【0040】
モータコントロール部29は、コンピュータとこれに実行されるプログラム、および電子回路により構成され、その基本となる制御部としてモータ駆動制御部33を有している。モータ駆動制御部33は、上位制御手段であるECU21のトルク指令手段34から与えられるトルク指令による加速・減速指令に従い、電流指令に変換して、パワー回路部28のPWMドライバ32に電流指令を与える手段である。モータ駆動制御部33は、インバータ31からモータ6に流すモータ電流値を電流検出手段35から得て、電流フィードバック制御を行う。また、モータ駆動制御部33は、モータ6のロータの回転角を角度センサ36から得て、ロータ回転角に応じた制御をベクトル制御等で行う。
【0041】
この実施形態では、上記構成のモータコントロール部29に、次の角加速度監視手段37、スリップ対応トルク低下手段38、および報告手段42を設けている。また、モータ6で駆動される車輪2の角加速度を検出する角加速度検出手段39と、登坂角度検出手段41とが設けられている。
角加速度検出手段39は、例えば、前記回転センサ24から得られるタイヤ回転速度の検出値を微分して角加速度を検出する手段等からなり、モータコントロール部29の一部として設けられていても、またモータコントロール部29とは独立したセンサとして設けられていても良い。登坂角度検出手段41は、例えば、車両の車体1の姿勢を検出するジャイロ等からなり、車体1の適宜の箇所に搭載されている。登坂角度検出手段41は、車体1の姿勢を検出するものに限らず、駆動系の監視等によって登坂角度を検出するものであっても良い。
【0042】
角加速度監視手段37は、車両の車輪2を駆動する全モータ6の駆動トルクの総和である総駆動トルクをTt、車両質量をm、タイヤ半径をr、モータ6と車輪2間に挿入される減速機7の減速比を1/R、登坂角度検出手段41で検出された車両登坂角度をaとした場合に、車輪2の前記角加速度検出手段39で検出される角加速度が、次式(2) 、
W=k2×R×Tt/m/r2 +mg× sin(a)/m/r ……(2)
ただし、k2:定数(1〜2内の任意の値)、
g:重力の加速度、
で計算される許容角加速度W(rad/s2)以内であるか否かを監視する手段である。前記車両登坂角度aは、下り坂の場合は負の値とする。
各量の単位は、Tt(Nm)、m(m)、r(w)、a(rad)、W(rad/s2 )、である(以下、同様)。
なお、角加速度監視手段37は、平地走行の場合は、上記の式(2) における右辺の「
sin(a)/m/r」の項が零になるため、結果的に、
次式(1) 、
W=k1×R×Tt/m/r2 ……(1)
ただし、k1:定数(1〜2内の任意の値)、
で計算される許容角加速度W以内であるか否かを監視することになる。
角加速度監視手段37において、総駆動トルクTtの値は、インバータ装置22におけるモータ駆動制御部33で、電流計35の電流検出値等から認識している現在のモータ駆動トルクの値を、車両の全てのモータ6のインバータ装置22から得て加算することで求める。総駆動トルクTtの値は、ECU21で各インバータ装置22のモータ駆動制御部33より得た値を加算し、各インバータ装置22の角加速度監視手段37へ与えるようにしても良い。
【0043】
スリップ対応トルク低下手段38は、角加速度監視手段37が許容角加速度W外であると判定したときに、モータ駆動制御部33にモータの駆動トルクを減少させる手段である。スリップ対応トルク低下手段38によりどのように駆動トルクを減少させるかは、任意に定められた規則式に従って行うようにすれば良く、例えば、図5(A)に示すように、許容角加速度W外であると判定された時点t1から、次第に駆動トルクを減少させるようにしても良く、同図(B)に示すように、許容角加速度W外であると判定された時点t1で設定割合まで駆動トルクを減少させるようにしても良い。駆動トルクの減少の程度は、試験やシミュレーション等により適切な値を見出して適宜設定すれば良い。また、スリップ対応トルク低下手段38は、角加速度監視手段37が許容角加速度W内に戻ったことを検出したときは、駆動トルクを減少させる制御を解除する。
【0044】
図2の報告手段42は、角加速度監視手段37が許容角加速度W外であるとの判定結果、およびスリップ対応トルク低下手段38で駆動トルクを減少させる制御を行った内容の情報を、ECU21に報告する。ECU21は、その報告を受けて、例えばトルク指令手段34等により、車両全体の統合制御を行う。また、ECU21は、報告手段42の報告を受けて運転席の表示装置27の画面に、スリップが生じている旨や、スリップに対応してトルク減少させている旨等の表示を行うようにしても良い。
【0045】
上記構成によるスリップ検出およびスリップ対応処置等につき、図3,図4を参照して説明する。
車輪2の、風圧等の外力等を考慮しない理論上の角加速度wは、次のように、モータ6の総駆動トルクTt、車両質量m、タイヤ半径r、減速比を1/Rによって定まる。したがって、検出された車輪2の角加速度が前記理論上の角加速度wを超えていると、車輪2にスリップが生じていると推定される。
すなわち、減速機7の出力トルクは、(モータの総駆動トルクTt)×(減速比の逆数R)であり、Tt×Rである。平地走行の場合、タイヤの接地点に生じる推進力Fは、減速機出力トルクTt×Rをタイヤ半径rで除した値であり、Tt×R×1/rである。理論上の加速度αは、F=mαの関係から、α=F/mであり、Tt×R×1/r×1/mである。角加速度に換算すると、理論上の角加速度wは、加速度αをタイヤ半径rで除して、Tt×R×1/r×1/m×1/rであり、整理すると、R×Tt/m/r2 である。この理論上の加速度wに、風圧等による外力、駆動伝達系の損失の影響の考慮や、ある程度のスリップを許容するための係数k1を乗算すると、上記の(1) の右辺となる。この(1) 式の右辺は、(2) 式の右辺の第1項である(ただし、(2) 式では係数k2)。
【0046】
坂道を走行する間は、路面傾斜角度a(rad)によって生じる車両質量mによる力「mg× sin(a)」が前記推進力F(N)に加わる。この加わった力による加速度成分は、(2) 式の右辺第2項であり、「mg× sin(a)/m/r」となる。
したがって、坂道を走行するときは、(2) 式、
W=k2×R×Tt/m/r2 +mg× sin(a)/m/r ……(2)
によって定まる許容角加速度Wを超える角加速度が検出された場合、スリップを生じていると推定できる。
なお、平地を走行する場合は、車両登坂角度aによって影響する加速度成分である「mg× sin(a)/m/r」の値が零となるため、(2) 式を用いることで、平地、坂道を問わず、スリップの推定が行える。
【0047】
角加速度監視手段37は、角加速度検出手段39で検出される角加速度が、上記のように求まる理論上の加速度wに、ある程度のスリップを許容するため等の係数k2を乗じた値である許容角加速度W内以内であるか否かを常時監視する。許容角加速度W外であると判定されると、スリップ対応トルク低下手段38は、モータ駆動制御部33にモータ6の駆動トルクを減少させる。このようにスリップ発生時に駆動トルク6を減少させることで、スリップ発生による異常トルクの増大を防止でき、安定した走行が行える。
前記係数k1,k2は、1とすると僅かなスリップでもトルク低減させることになるため、1以上であることが必要であるが、2以上と大きくし過ぎるとスリップ防止や異常トルク増大の防止の実効が得られなくなるため、試験やシミュレーション等に基づき、1〜2の範囲で適宜の値に定めるのが良い。
【0048】
この構成によると、上記のようにして、平地、坂道を問わず、角加速度監視手段37による適切なスリップ判断が行えて、スリップ発生による異常トルクの増大防止のためのトルク減少が行える。また、登坂角度検出手段41で実際の登坂角度aを検出して制御するため、登坂角度aに応じたスリップ判断を精度良く行うことができる。
【0049】
なお、上記実施形態では、登坂角度検出手段41により登坂角度aを検出して制御するようにしたが、登坂角度検出手段41を用いず、登坂角度の影響を考慮する車両仕様として設定された最大の車両登坂角度aを用いても良い。
すなわち、角加速度監視手段37は、車両につき仕様として設定された最大の車両登坂角度をaとした場合に、前記車輪2の前記角加速度検出手段で検出される角加速度が、次式(3) 、
W=k3×R×Tt/m/r2 +mg× sin(a)/m/r ……(3)
ただし、k3:定数(1〜2内の任意の値)、
で計算される許容角加速度W以内であるか否かを監視するようにしても良い。
【0050】
この構成の場合も、車両登坂角度aによって影響する加速度成分である「mg× sin(a)/m/r」の値を、平地走行の場合の加速度成分に加えて許容角加速度Wの値を定め、監視する。この場合、車両につき仕様として設定された最大の車両登坂角度をaを見込んで許容角加速度Wを定める。そのため、上り坂において、スリップ判断につき誤判断することが回避され、誤ってトルク減少させることが回避される。また、この構成の場合、仕様として設定された最大の車両登坂角度aを判断に用いるため、登坂角度検出手段41を設けることが不要であり、構成が簡素となる。
【0051】
また、上記各実施形態では、モータ6の実際に動作しているときの駆動トルクをスリップ判定に用いるようにしたが、モータ6の最大トルクを用いても良い。この場合に、車両登坂角度につき、検出値を用いても、また車両につき仕様として設定された最大の車両登坂角度を用いても良い。
すなわち、平地走行の場合、角加速度監視手段37は、車両の車輪2を駆動する全モータ6の最大トルクの総和である総最大トルクをTmaxtとした場合に、前記車輪2の前記角加速度検出手段で検出される角加速度が、次式(4) 、
W=k4×R×Tmaxt/m/r2 ……(4)
ただし、k4:定数(1〜2内の任意の値)、
で計算される許容角加速度W以内であるか否かを監視するものとしても良い。
【0052】
坂道走行では、角加速度監視手段37は、車両の車輪2を駆動する全モータ6の最大トルクの総和である総最大トルクをTmaxtとした場合に、前記車輪2の角加速度検出手段39で検出される角加速度が、次式(5) 、
W=k2×R×Tmaxt/m/r2 +mg× sin(a)/m/r
ただし、k5:定数(1〜2内の任意の値)、
g:重力の加速度、
で計算される許容角加速度W以内であるか否かを監視するものとしても良い。この場合の角度aは、登坂角度検出手段41で検出された車両登坂角度である。
【0053】
また、角加速度監視手段37は、車両の車輪2を駆動する全モータ6の最大トルクの総和である総最大トルクをTmaxtとし、仕様として設定された最大の車両登坂角度をaとした場合に、前記車輪2の前記角加速度検出手段で検出される角加速度が、次式(6) 、
W=k3×R×Tmaxt/m/r2 +mg× sin(a)/m/r
ただし、k6:定数(1〜2内の任意の値)、
で計算される許容角加速度W以内であるか否かを監視するものとしても良い。
【0054】
上記のように、全モータ6のトルクの総和を求めるにつき、モータ6の最大トルクを用いる場合は、実際の駆動トルクで計算する場合よりも、許容角加速度Wが大きく見積もられることになり、スリップ防止や異常トルク増大の防止のためのトルク減少を行い過ぎることが回避される。
【0055】
次に、図6〜図8と共に、前記インホイールモータ装置8の具体例を示す。このインホイールモータ装置8は、車輪用軸受4とモータ6との間に減速機7を介在させ、車輪用軸受4で支持される駆動輪である車輪2のハブとモータ6の回転出力軸74とを同軸心上で連結してある。減速機7は、サイクロイド減速機であって、モータ6の回転出力軸74に同軸に連結される回転入力軸82に偏心部82a,82bを形成し、偏心部82a,82bにそれぞれ軸受85を介して曲線板84a,84bを装着し、曲線板84a,84bの偏心運動を車輪用軸受4へ回転運動として伝達する構成である。なお、この明細書において、車両に取り付けた状態で車両の車幅方向の外側寄りとなる側をアウトボード側と呼び、車両の中央寄りとなる側をインボード側と呼ぶ。
【0056】
車輪用軸受4は、内周に複列の転走面53を形成した外方部材51と、これら各転走面53に対向する転走面54を外周に形成した内方部材52と、これら外方部材51および内方部材52の転走面53,54間に介在した複列の転動体55とで構成される。内方部材52は、駆動輪を取り付けるハブを兼用する。この車輪用軸受4は、複列のアンギュラ玉軸受とされていて、転動体55はボールからなり、各列毎に保持器56で保持されている。上記転走面53,54は断面円弧状であり、各転走面53,54は接触角が背面合わせとなるように形成されている。外方部材51と内方部材52との間の軸受空間のアウトボード側端は、シール部材57でシールされている。
【0057】
外方部材51は静止側軌道輪となるものであって、減速機7のアウトボード側のハウジング83bに取り付けるフランジ51aを有し、全体が一体の部品とされている。フランジ51aには、周方向の複数箇所にボルト挿通孔64が設けられている。また、ハウジング83bには,ボルト挿通孔64に対応する位置に、内周にねじが切られたボルト螺着孔94が設けられている。ボルト挿通孔94に挿通した取付ボルト65をボルト螺着孔94に螺着させることにより、外方部材51がハウジング83bに取り付けられる。
【0058】
内方部材52は回転側軌道輪となるものであって、車輪取付用のハブフランジ59aを有するアウトボード側材59と、このアウトボード側材59の内周にアウトボード側が嵌合して加締めによってアウトボード側材59に一体化されたインボード側材60とでなる。これらアウトボード側材59およびインボード側材60に、前記各列の転走面54が形成されている。インボード側材60の中心には貫通孔61が設けられている。ハブフランジ59aには、周方向複数箇所にハブボルト66の圧入孔67が設けられている。アウトボード側材59のハブフランジ59aの根元部付近には、駆動輪および制動部品(図示せず)を案内する円筒状のパイロット部63がアウトボード側に突出している。このパイロット部63の内周には、前記貫通孔61のアウトボード側端を塞ぐキャップ68が取り付けられている。
【0059】
減速機7は、上記したようにサイクロイド減速機であり、図7のように外形がなだらかな波状のトロコイド曲線で形成された2枚の曲線板84a,84bが、それぞれ軸受85を介して回転入力軸82の各偏心部82a,82bに装着してある。これら各曲線板84a,84bの偏心運動を外周側で案内する複数の外ピン86を、それぞれハウジング83bに差し渡して設け、内方部材2のインボード側材60に取り付けた複数の内ピン88を、各曲線板84a,84bの内部に設けられた複数の円形の貫通孔89に挿入状態に係合させてある。回転入力軸82は、モータ6の回転出力軸74とスプライン結合されて一体に回転する。なお、回転入力軸82はインボード側のハウジング83aと内方部材52のインボード側材60の内径面とに2つの軸受90で両持ち支持されている。
【0060】
モータ6の回転出力軸74が回転すると、これと一体回転する回転入力軸82に取り付けられた各曲線板84a,84bが偏心運動を行う。この各曲線板84a,84bの偏心運動が、内ピン88と貫通孔89との係合によって、内方部材52に回転運動として伝達される。回転出力軸74の回転に対して内方部材52の回転は減速されたものとなる。例えば、1段のサイクロイド減速機で1/10以上の減速比を得ることができる。
【0061】
前記2枚の曲線板84a,84bは、互いに偏心運動が打ち消されるように180°位相をずらして回転入力軸82の各偏心部82a,82bに装着され、各偏心部82a,82bの両側には、各曲線板84a,84bの偏心運動による振動を打ち消すように、各偏心部82a,82bの偏心方向と逆方向へ偏心させたカウンターウエイト91が装着されている。
【0062】
図8に拡大して示すように、前記各外ピン86と内ピン88には軸受92,93が装着され、これらの軸受92,93の外輪92a,93aが、それぞれ各曲線板84a,84bの外周と各貫通孔89の内周とに転接するようになっている。したがって、外ピン86と各曲線板84a,84bの外周との接触抵抗、および内ピン88と各貫通孔89の内周との接触抵抗を低減し、各曲線板84a,84bの偏心運動をスムーズに内方部材52に回転運動として伝達することができる。
【0063】
図6において、モータ6は、円筒状のモータハウジング72に固定したモータステータ73と、回転出力軸74に取り付けたモータロータ75との間にラジアルギャップを設けたラジアルギャップ型のIPMモータである。回転出力軸74は、減速機7のインボード側のハウジング83aの筒部に2つの軸受76で片持ち支持されている。
【0064】
モータステータ73は、軟質磁性体からなるステータコア部77とコイル78とでなる。ステータコア部77は、その外周面がモータハウジング72の内周面に嵌合して、モータハウジング72に保持されている。モータロータ75は、モータステータ73と同心に回転出力軸74に外嵌するロータコア部79と、このロータコア部79に内蔵される複数の永久磁石80とでなる。
【0065】
モータ6には、モータステータ73とモータロータ75の間の相対回転角度を検出する複数(ここでは2つ)の角度センサ36A,36Bが設けられる。これら角度センサ36A,36Bは、図1,図2における角度センサ36である。各角度センサ36A,36Bは、モータステータ73とモータロータ75の間の相対回転角度を表す信号を検出して出力する角度センサ本体70と、この角度センサ本体70の出力する信号から角度を演算する角度演算回路71とを有する。角度センサ本体70は、回転出力軸74の外周面に設けられる被検出部70aと、モータハウジング72に設けられ前記被検出部70aに例えば径方向に対向して近接配置される検出部70bとでなる。被検出部70aと検出部70bは軸方向に対向して近接配置されるものであっても良い。ここでは、各角度センサ36A,36Bとして、互いに種類の異なるものが用いられている。すなわち、例えば一方の角度センサ36Aとして、その角度センサ本体70の被検出部70aが磁気エンコーダからなるものが用いられ、他方の角度センサ36Bとしてレゾルバが用いられる。モータ6の回転制御は上記モータコントロール部29(図1,2)により行われる。このモータ6では、その効率を最大にするため、角度センサ36A,36Bの検出するモータステータ73とモータロータ75の間の相対回転角度に基づき、モータステータ73のコイル78へ流す交流電流の各波の各相の印加タイミングを、モータコントロール部29のモータ駆動制御部33によってコントロールするようにされている。
【0066】
なお、前記実施形態では、角加速度監視手段37およびスリップ対応トルク低下手段38をインバータ装置22に設けたが、これらの手段37,38は、ECU21に設けても良い。
【符号の説明】
【0067】
1…車体
2,3…車輪
4,5…車輪用軸受
6…モータ
7…減速機
8…インホイールモータ駆動装置
9,10…電動式のブレーキ
11…転舵機構
12…操舵機構
20…モータ制御装置
21…ECU
22…インバータ装置
24…回転センサ
28…パワー回路部
29…モータコントロール部
31…インバータ
32…PWMドライバ
33…モータ駆動制御部
34…トルク指令手段
37…加速度監視手段
38…スリップ対応トルク低下手段
39…角加速度検出手段
41…登坂角度検出手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
トルク指令手段から与えられたトルク指令に応じて、車輪を駆動するモータのトルクを制御するモータ駆動制御部を備えた電気自動車のモータ制御装置において、
前記モータで駆動される車輪の角加速度を検出する角加速度検出手段と、
車両の車輪を駆動する全モータの駆動トルクの総和である総駆動トルクをTt、車両質量をm、タイヤ半径をr、モータと車輪間に挿入される減速機の減速比を1/Rとした場合に、いずれかの車輪の前記角加速度検出手段で検出される角加速度が、次式、
W=k1×R×Tt/m/r2
ただし、k1:定数(1〜2内の任意の値)、
で計算される許容角加速度W以内であるか否かを監視する角加速度監視手段と、
この角加速度監視手段が許容角加速度W外であると判定したときに、前記モータ駆動制御部にモータの駆動トルクを減少させるスリップ対応トルク低下手段
とを設けたことを特徴とする電気自動車のモータ制御装置。
【請求項2】
トルク指令手段から与えられたトルク指令に応じて、車輪を駆動するモータのトルクを制御するモータ駆動制御部を備えた電気自動車のモータ制御装置において、
前記モータで駆動される各車輪の角加速度を検出する角加速度検出手段と、
車両の登坂角度を検出する登坂角度検出手段と、
車両の車輪を駆動する全モータの駆動トルクの総和である総駆動トルクをTt、車両質量をm、タイヤ半径をr、モータと車輪間に挿入される減速機の減速比を1/R、前記登坂角度検出手段で検出された車両登坂角度をaとした場合に、いずれかの車輪の前記角加速度検出手段で検出される角加速度が、次式、
W=k2×R×Tt/m/r2 +mg× sin(a)/m/r
ただし、k2:定数(1〜2内の任意の値)、
g:重力の加速度、
で計算される許容角加速度W以内であるか否かを監視する角加速度監視手段と、
この角加速度監視手段が許容角加速度W外であると判定したときに、前記モータ駆動制御部にモータの駆動トルクを減少させるスリップ対応トルク低下手段
とを設けたことを特徴とする電気自動車のモータ制御装置。
【請求項3】
トルク指令手段から与えられたトルク指令に応じて、車輪を駆動するモータのトルクを制御するモータ駆動制御部を備えた電気自動車のモータ制御装置において、
前記モータで駆動される各車輪の角加速度を検出する角加速度検出手段と、
車両の車輪を駆動する全モータの駆動トルクの総和である総駆動トルクをTt、車両質量をm、タイヤ半径をr、モータと車輪間に挿入される減速機の減速比を1/R、車両につき仕様として設定された最大の車両登坂角度をaとした場合に、いずれかの車輪の前記角加速度検出手段で検出される角加速度が、次式、
W=k3×R×Tt/m/r2 +mg× sin(a)/m/r
ただし、k3:定数(1〜2内の任意の値)、
で計算される許容角加速度W以内であるか否かを監視する角加速度監視手段と、
この角加速度監視手段が許容角加速度W外であると判定したときに、前記モータ駆動制御部にモータの駆動トルクを減少させるスリップ対応トルク低下手段
とを設けたことを特徴とする電気自動車のモータ制御装置。
【請求項4】
トルク指令手段から与えられたトルク指令に応じて、車輪を駆動するモータのトルクを制御するモータ駆動制御部を備えた電気自動車のモータ制御装置において、
前記モータで駆動される各車輪の角加速度を検出する角加速度検出手段と、
車両の車輪を駆動する全モータの最大トルクの総和である総最大トルクをTmaxt、車両質量をm、タイヤ半径をr、モータと車輪間に挿入される減速機の減速比を1/Rとした場合に、いずれかの車輪の前記角加速度検出手段で検出される角加速度が、次式、
W=k4×R×Tmaxt/m/r2
ただし、k4:定数(1〜2内の任意の値)、
で計算される許容角加速度W以内であるか否かを監視する角加速度監視手段と、
この角加速度監視手段が許容角加速度W外であると判定したときに、前記モータ駆動制御部にモータの駆動トルクを減少させるスリップ対応トルク低下手段
とを設けたことを特徴とする電気自動車のモータ制御装置。
【請求項5】
トルク指令手段から与えられたトルク指令に応じて、車輪を駆動するモータのトルクを制御するモータ駆動制御部を備えた電気自動車のモータ制御装置において、
前記モータで駆動される各車輪の角加速度を検出する角加速度検出手段と、
車両の登坂角度を検出する登坂角度検出手段と、
車両の車輪を駆動する全モータの最大トルクの総和である総最大トルクをTmaxt、車両質量をm、タイヤ半径をr、モータと車輪間に挿入される減速機の減速比を1/R、前記登坂角度検出手段で検出された車両登坂角度をaとした場合に、いずれかの車輪の前記角加速度検出手段で検出される角加速度が、次式、
W=k2×R×Tmaxt/m/r2 +mg× sin(a)/m/r
ただし、k5:定数(1〜2内の任意の値)、
g:重力の加速度、
で計算される許容角加速度W以内であるか否かを監視する角加速度監視手段と、
この角加速度監視手段が許容角加速度W外であると判定したときに、前記モータ駆動制御部にモータの駆動トルクを減少させるスリップ対応トルク低下手段
とを設けたことを特徴とする電気自動車のモータ制御装置。
【請求項6】
トルク指令手段から与えられたトルク指令に応じて、車輪を駆動するモータのトルクを制御するモータ駆動制御部を備えた電気自動車のモータ制御装置において、
前記モータで駆動される各車輪の角加速度を検出する角加速度検出手段と、
車両の車輪を駆動する全モータの最大トルクの総和である総最大トルクをTmaxt、車両質量をm、タイヤ半径をr、モータと車輪間に挿入される減速機の減速比を1/R、仕様として設定された最大の車両登坂角度をaとした場合に、いずれかの車輪の前記角加速度検出手段で検出される角加速度が、次式、
W=k3×R×Tmaxt/m/r2 +mg× sin(a)/m/r
ただし、k6:定数(1〜2内の任意の値)、
で計算される許容角加速度W以内であるか否かを監視する角加速度監視手段と、
この角加速度監視手段が許容角加速度W外であると判定したときに、前記モータ駆動制御部にモータの駆動トルクを減少させるスリップ対応トルク低下手段
とを設けたことを特徴とする電気自動車のモータ制御装置。
【請求項7】
請求項1ないし請求項6のいずれか1項において、前記モータは、前記電気自動車の車輪を個別に駆動するモータである電気自動車のモータ制御装置。
【請求項8】
請求項7において、前記スリップ対応トルク低下手段は、前記角加速度検出手段で検出される角加速度が前記許容角加速度W外である車輪を駆動するモータのみ、前記モータ駆動制御部にモータの駆動トルクを減少させる電気自動車のモータ制御装置。
【請求項9】
請求項7または請求項8において、前記モータは、一部または全体が車輪内に配置されて前記モータと減速機とを含むインホイールモータ装置を構成する電気自動車のモータ制御装置。
【請求項10】
請求項1ないし請求項9のいずれか1項において、前記電気自動車が前記モータの回転を減速する減速機を備え、この減速機は1/4以上の高減速比を有するサイロイド減速機である電気自動車のモータ制御装置。
【請求項11】
請求項1ないし請求項11のいずれか1項に記載の電気自動車のモータ制御装置を備えた電気自動車。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2013−110927(P2013−110927A)
【公開日】平成25年6月6日(2013.6.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−256141(P2011−256141)
【出願日】平成23年11月24日(2011.11.24)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】