説明

電流制御素子又は電圧制御素子を構成することを用途とする材料、電流制御素子、及び電圧制御素子

【課題】電流制御素子又は電圧制御素子を構成することを用途とし、温度が変化しても電気抵抗率が変化しにくい材料、及びそれを用いて製造された電流制御素子、電圧制御素子を提供すること。
【解決手段】実質的に下記式(1)で表される組成を有するとともに、逆ペロフスカイト型構造を有し、電流制御素子又は電圧制御素子を構成することを用途とする材料。式(1)Mn3Ag1-xxD(前記式(1)において、0<x<1であり、Mは、Mg、Al、Si、Sc、及び周期表第4〜6周期の4〜15属原子から成る群から選ばれる1種以上であり、Dは、水素原子、ホウ素原子、炭素原子、及び酸素原子から成る群から選ばれる1種以上により一部が置換されていてもよい窒素原子である。)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電流制御素子又は電圧制御素子を構成することを用途とする材料、電流制御素子、及び電圧制御素子に関する。
【背景技術】
【0002】
物質の電気抵抗率は、電流の担い手である電荷担体(キャリア)の数と動きやすさで決まる。金属や半導体においてキャリアとなるのは電子や正孔(ホール)である。金属の場合、温度が変化してもキャリアの数は変わらないが、キャリアの移動を妨げる様々な散乱により、キャリアの動き易さが変化し、電気抵抗率が変化する。主要な散乱要因は、格子の熱振動である。温度が高くなるほど、格子の熱振動が激しくなるので、金属の電気抵抗率は、一般に、温度が高くなるほど大きくなる。
【0003】
精密電子部品を構成する標準抵抗等は、温度が変化しても電気抵抗率が変化しにくい特性が求められる。電気抵抗率の温度依存性は、式Aで定義される抵抗温度係数αで評価される。式Aにおいて、ρ0は基準温度(例えば300K)における電気抵抗率であり、ρ(T)は温度Tにおける電気抵抗率である。
【0004】
式A α=[dρ(T)/dT]/ρ0
一般的な金属における抵抗温度係数αは、4000ppm程度である。ここで、ppmは、10-6である。抵抗温度係数αが比較的小さい材料として、マンガニン(Cu−Mn−Ni合金)(非特許文献1〜3参照)、Mn3CuN(非特許文献4参照)が知られている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】C. A. Domenicali and E. L. Christenson, J. Appl. Phys. 32 (1961) 2450.
【非特許文献2】中村彬, 日本物理学会誌 24 (1969) 463.
【非特許文献3】A. Nakamura and N. Kinoshita, J. Phys. Soc. Jpn. 27 (1969) 382.
【非特許文献4】E. O. Chi, W. S. Kim, and N. H. Hur, Solid State Commun. 120 (2001) 307.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
マンガニンの抵抗温度係数αは、10〜100ppm程度である。Mn3CuNは、室温付近で抵抗温度係数αが比較的小さいが、その値は40〜50ppmである。精度の高い標準抵抗等を製造するためには、さらに、温度が変化しても電気抵抗率が変化しにくい材料が求められている。本発明は以上の点に鑑みなされたものであり、電流制御素子又は電圧制御素子を構成することを用途とし、温度が変化しても電気抵抗率が変化しにくい材料、及びそれを用いて製造された電流制御素子、電圧制御素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の材料は、実質的に下記式(1)で表される組成を有するとともに、逆ペロフスカイト型構造を有し、電流制御素子又は電圧制御素子を構成することを用途とする。
式(1) Mn3Ag1-xx
(前記式(1)において、0<x<1であり、Mは、Mg、Al、Si、Sc、及び周期表第4〜6周期の4〜15属原子から成る群から選ばれる1種以上であり、Dは、水素原子、ホウ素原子、炭素原子、及び酸素原子から成る群から選ばれる1種以上により一部が置換されていてもよい窒素原子である。)
本発明の材料は、温度が変化しても電気抵抗率が変化しにくい。また、本発明の材料は、その組成によっては、周囲の磁場が変化しても、電気抵抗率が変化しにくい。よって、本発明の材料は、電流制御素子や電圧制御素子を構成する材料に適している。
【0008】
本発明の材料における抵抗温度係数αは、例えば、その絶対値|α|が10ppm程度以下である。しかも、抵抗温度係数αがそのように低い値を示す温度範囲が広い(例えば、−50〜200℃)。
【0009】
本発明の材料における抵抗温度係数αは、温度変化に対して、ゆるやかな極大を持ち、その極大より高温度域で、わずかながら、負の値となる。よって、その極大付近の温度範囲においては、抵抗温度係数αは特に0に近くなる。式(1)におけるMの種類や置換量を調整することにより、極大を示す温度を調整することができる。
【0010】
前記Mは、Mg、Al、Si、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Zn、Ga、Ge及びSnから成る群から選ばれる1種以上であることが好ましく、Si、Ni、Cu及びZnから成る群から選ばれる1種以上であることがさらに好ましい。
【0011】
前記MがSiである場合、前記xは、0.05〜0.4の範囲内であることが好ましく、0.1〜0.2の範囲内であることがさらに好ましい。前記MがNiである場合、前記xは、0.05〜0.4の範囲内であることが好ましく、0.1〜0.2の範囲内であることがさらに好ましい。前記MがCuである場合、前記xは、0.05〜0.9の範囲内であることが好ましく、0.1〜0.5の範囲内であることがさらに好ましい。前記MがZnである場合、前記xは、0.05〜0.4の範囲内であることが好ましく、0.1〜0.2の範囲内であることがさらに好ましい。xが上記の範囲内であることにより、温度や磁場が変化しても、電気抵抗率が一層変化しにくい。
【0012】
前記電流制御素子又は前記電圧制御素子としては、例えば、抵抗体(例えば標準抵抗)、温度制御素子(例えばヒータ)等が挙げられる。
本発明の材料を用いて、電流制御素子、電圧制御素子を製造することができる。電流制御素子、電圧制御素子は、例えば、本発明の材料のみから成っていてもよいし、一部が本発明の材料から成り、他の部分は他の材料から成っていてもよい。
【0013】
前記「実質的に」とは、式(1)に含まれる原子(Mn、Ag、M、D)のうち、一部が、本発明の作用効果を奏する範囲内で、格子欠陥により欠けたり、他の原子に置換されていてもよいことを意味する。例えば、(Mn0.95Fe0.053Ag1-xxDは、式(1)においてMnの一部がFeに置換されている材料であるが、これも本発明に含まれる。
【0014】
前記逆ペロフスカイト型構造とは、代表的な合金であるCu3Au型合金の間隙(中心)に窒素が侵入したもので、侵入型規則合金の一種である。この逆ペロフスカイト型構造の例を、図1に示す。図1において、中央部分には、式(1)のDが入り、「X」と表示された部分には、式(1)におけるAg及びMが入り、「Mn」と表示された部分には、Mnが入る。ここで、合金の一般論として、Nの他、H、B、C、O等が侵入元素になり得ることは、例えば、西川精一・新版金属工学入門・アグネ技術センター(2001)、A. H. Cottrell, An Introduction to Metallurgy (Edward Arnold, 1967)をはじめ、多くの文献に記載されている。また、Cu3Au型合金の間隙(中心)に窒素等の侵入元素が位置した逆ペロフスカイト型構造は元素置換に対して大変に安定となり、様々な金属・典型元素をこの結晶構造に取り込むことができる。この点は、J. -P. Bouchaud, Ann. Chim. 3 (1968) 81, D. Fruchart and E. F. Bertaut, J. Phys. Soc. Jpn. 44 (1978) 781等多数の文献に記載されている通り、周知である。
【0015】
前記Dは、窒素原子のみであってもよいし、窒素原子と、他の原子(水素原子、ホウ素原子、炭素原子、及び酸素原子から成る群から選ばれる1種以上)との組み合わせであってもよい。特に、窒素原子とホウ素原子とから成るものが好ましい。前記Dが窒素原子とこれら他の原子とから成る場合、他の原子の割合は、0%より大きく、15%以下(いずれもモル比)であることが好ましく、0%より大きく、12%以下であることがさらに好ましい。
【0016】
本発明の材料は、例えば、Mn3AgDとMn3MDとを、xが所望の値となるような比率で混合し、過熱・焼成することで製造できる。焼成温度は、材料の組成に応じて適宜定めることができるが、例えば、700℃以上であることが好ましく、750〜960℃であることがより好ましく、780〜900℃であることが特に好ましい。また、焼成は窒素分圧10気圧以下の窒素雰囲気下で行うことが好ましく、窒素分圧2気圧以下で行うことがより好ましく、窒素分圧1気圧以下で行うことがさらに好ましい。窒素分圧1気圧以下とするためには、石英管等に原料を真空封入し、減圧して窒素分圧1気圧以下としてもよいし、アルゴン等の不活性ガス存在下で、窒素分圧1気圧以下の条件を実現してもよい。また、窒素の代わりにアンモニアガスを使用してもよい。焼成の際にホットプレスを用いて試料密度を高めることも有効である。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】逆ペロフスカイト型構造を表すモデル図である。
【図2】材料A1のX線回折チャートである。
【図3】Δρ(T)/ρ(300K)の測定結果を表すグラフである。
【図4】Δρ(T)/ρ(300K)の測定結果を表すグラフである。
【図5】Δρ(T)/ρ(300K)の測定結果を表すグラフである。
【図6】Δρ(Tf)/ρ(0T) の測定結果を表すグラフである。
【図7】Δρ(Tf)/ρ(0T) の測定結果を表すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の実施形態を説明する。
1.材料の製造
電流制御素子又は電圧制御素子を構成することを用途とする材料(以下、単に材料とする)として、表1に示すA1〜A8の8種類を製造した。
【0019】
【表1】

【0020】
各材料の製造方法は、以下のとおりである。
(A1) Mn3Ag0.9Cu0.1Nの製造方法
Mn3AgNとMn3CuNとを、Ag:Cu(原子数比)=0.9:0.1となるように秤量・撹拌した後、石英管に真空封入(〜10-3 torr)し、760〜860℃で30〜60時間加熱・焼成して得た。
(A2) Mn3Ag0.7Cu0.3Nの製造方法
Mn3AgNとMn3CuNとを、Ag:Cu(原子数比)=0.7:0.3となるように秤量・撹拌した後、石英管に真空封入(〜10-3 torr)し、760〜860℃で30〜60時間加熱・焼成して得た。
(A3) Mn3Ag0.5Cu0.5Nの製造方法
Mn3AgNとMn3CuNとを、Ag:Cu(原子数比)=0.5:0.5となるように秤量・撹拌した後、石英管に真空封入(〜10-3 torr)し、760〜860℃で30〜60時間加熱・焼成して得た。
(A4) Mn3Ag0.1Cu0.9Nの製造方法
Mn3AgNとMn3CuNとを、Ag:Cu(原子数比)=0.1:0.9となるように秤量・撹拌した後、石英管に真空封入(〜10-3 torr)し、760〜860℃で30〜60時間加熱・焼成して得た。
(A5) Mn3Ag0.9Si0.1Nの製造方法
Mn3AgNとMn3SiNとを、Ag:Si(原子数比)=0.9:0.1となるように秤量・撹拌した後、石英管に真空封入(〜10-3 torr)し、760〜860℃で30〜60時間加熱・焼成して得た。
(A6) Mn3Ag0.8Ni0.2Nの製造方法
Mn3AgNとMn3NiNとを、Ag:Ni(原子数比)=0.8:0.2となるように秤量・撹拌した後、石英管に真空封入(〜10-3 torr)し、760〜860℃で30〜60時間加熱・焼成して得た。
(A7) Mn3Ag0.9Zn0.1Nの製造方法
Mn3AgNとMn3ZnNとを、Ag:Zn(原子数比)=0.9:0.1となるように秤量・撹拌した後、石英管に真空封入(〜10-3 torr)し、700〜820℃で30〜60時間加熱・焼成して得た。
(A8) Mn3Ag0.9Cu0.10.90.1の製造方法
Mn3AgN、Mn3CuN及びMn3AgBを、Mn3AgN:Mn3CuN:Mn3AgB(モル比)=0.8:0.1:0.1となるように秤量・撹拌した後、石英管に真空封入(〜10-3 torr)し、780〜900℃で30〜60時間加熱・焼成して得た。
【0021】
上記の材料作製において、原料は全て純度99.9%以上の粉末であった。原料粉等の撹拌は全て窒素ガス中で行った。なお、用いた窒素ガスはフィルター(日化精工、DC−A4およびGC−RX)により水分と酸素を除去した。
2.結晶構造の確認
製造したA1〜A8の各材料について、粉末X線回折(デバイ・シェラー法)により評価し、逆ペロフスカイト型構造を有することを確認した。A1の材料についてのX線回折チャートを図2に示す。
3.材料の評価
(1)温度が変化したときにおける電気抵抗率の変化
各材料について、200K〜400Kの温度範囲で、電気抵抗率ρを測定した。測定装置としては、物理特性評価システム(カンタム・デザイン、PPMS6000)を用いた。
【0022】
そして、測定したρを用い、式Bで表される、電気抵抗率の相対温度変化Δρ(T)/ρ(300K)を算出した。
式B Δρ(T)/ρ(300K)=(ρ(T)−ρ(300K))/ρ(300K)
ここで、ρ(T)は、温度T(200K<T<400K)における電気抵抗率であり、ρ(300K)は300Kにおける電気抵抗率である。Δρ(T)/ρ(300K)は、温度が変化したときにおける電気抵抗率の変化量を表す値であり、その傾き(温度微分)が抵抗温度係数αである。その結果を図3及び図4に示す。
【0023】
また、比較例として、上記表1に示すR1〜R4の組成を持つ材料についても、同様に、Δρ(T)/ρ(300K)を算出した。その結果を図5に示す。
図3〜図5から明らかなように、材料A1〜A8のΔρ(T)/ρ(300K)は、R1〜R4のそれよりも顕著に小さかった。
(2)磁場が変化したときにおける電気抵抗率の変化
各材料について、0T〜9Tの範囲で磁場を変化させながら、電気抵抗率ρを測定した。測定装置としては、物理特性評価システム(カンタム・デザイン、PPMS6000)を用いた。
【0024】
そして、測定したρを用い、式Cで表される、電気抵抗率の相対磁場変化Δρ(Tf)/ρ(300K)を算出した。
式C Δρ(Tf)/ρ(0T)=(ρ(Tf)−ρ(0T))/ρ(0T)
ここで、ρ(Tf)は、磁場Tf(0T<Tf<9T)における電気抵抗率であり、ρ(0T)は磁場0Tにおける電気抵抗率である。Δρ(Tf)/ρ(0T)は、磁場が変化したときにおける電気抵抗率の変化量を表す値である。その結果を図6及び図7に示す。
【0025】
図6〜図7から明らかなように、材料A1〜A8のΔρ(Tf)/ρ(0T)は、非常に小さな値であった。
尚、本発明は前記実施例になんら限定されるものではなく、本発明を逸脱しない範囲において種々の態様で実施しうることはいうまでもない。
【0026】
例えば、材料A1〜A7において、窒素原子の一部が、水素原子、ホウ素原子、炭素原子、及び酸素原子から成る群から選ばれる1種以上により置換されていても、略同様の効果を奏することができる。
【0027】
また、材料A1〜A8におけるMを、請求項1で規定するMのうち、Cu、Si、Ni、Zn以外のものに変更しても、略同様の効果を奏することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
実質的に下記式(1)で表される組成を有するとともに、逆ペロフスカイト型構造を有し、電流制御素子又は電圧制御素子を構成することを用途とする材料。
式(1) Mn3Ag1-xx
(前記式(1)において、0<x<1であり、Mは、Mg、Al、Si、Sc、及び周期表第4〜6周期の4〜15属原子から成る群から選ばれる1種以上であり、Dは、水素原子、ホウ素原子、炭素原子、及び酸素原子から成る群から選ばれる1種以上により一部が置換されていてもよい窒素原子である。)
【請求項2】
前記Mが、Si、Ni、Cu及びZnから成る群から選ばれる1種以上を含むことを特徴とする請求項1記載の材料。
【請求項3】
前記MがCuであり、前記xが0.05〜0.9の範囲内であることを特徴とする請求項1又は2記載の材料。
【請求項4】
前記MがSi、Ni及びZnから成る群から選ばれ、前記xが0.05〜0.4の範囲内であることを特徴とする請求項1又は2記載の材料。
【請求項5】
前記Dは、0%より大きく15%以下の割合で、ホウ素原子に置換された窒素原子であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の材料。
【請求項6】
前記電流制御素子又は前記電圧制御素子が、抵抗体、又は温度制御素子であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の材料。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか1項に記載の材料を用いて製造された電流制御素子。
【請求項8】
請求項1〜6のいずれか1項に記載の材料を用いて製造された電圧制御素子。

【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図1】
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【公開番号】特開2011−63479(P2011−63479A)
【公開日】平成23年3月31日(2011.3.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−215899(P2009−215899)
【出願日】平成21年9月17日(2009.9.17)
【出願人】(504139662)国立大学法人名古屋大学 (996)
【Fターム(参考)】