説明

非ステロイド性抗炎症薬による動物の消化管副作用の予防・治療方法

【課題】非ステロイド性抗炎症薬は関節炎を始め、痛みを伴う多くの疾患の治療に使用されているが、副作用として消化管粘膜に炎症、糜爛および潰瘍などの病変を惹起することが良く知られている。このためこれら薬物の多くのものは使用量並びに使用期間が制限されている。この非ステロイド性抗炎症薬により生じる消化管副作用を予防・治療することができれば、動物愛好家、獣医師などにとって大いなる福音となる。
【解決手段】非ステロイド性抗炎症薬の消化管副作用の発症機序をイヌおよびネコを用いて種々検討した結果、食物中の繊維成分が消化管粘膜病変の惹起に強く関与していることが明らかとなった。これらの研究結果から、食物繊維の含量が乾物換算で2重量%以下の飼料を給餌することにより、非ステロイド性抗炎症薬による動物の消化管副作用を有効に予防・治療することができるようになった。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は例えば動物、特にイヌおよびネコなどの愛玩動物において、非ステロイド性抗炎症薬投薬に伴う消化管粘膜の炎症、糜爛および潰瘍などの消化管副作用を予防又は治療する方法に関するものである。
非ステロイド性抗炎症薬は動物の疼痛、発熱又は炎症を伴う各種疾患の治療に繁用されているが、副作用として消化管粘膜に損傷を惹起することからその使用量並びに使用期間が制限されることが多い。従ってこれらの副作用を予防又は治療することができれば、非ステロイド性抗炎症薬の動物への投薬制限が大いに緩和され、動物愛好家、獣医師などにとって大いなる朗報となるはずである。
【背景技術】
【0002】
非ステロイド性抗炎症薬の多くのものは上述の如く副作用として消化管粘膜に潰瘍性病変を惹起することから、その使用量並びに使用期間が制限されている。その予防のために各種抗潰瘍薬が用いられているが(非特許文献1、2)、これらの薬物は胃および十二指腸における粘膜病変の予防にある程度有効であるものの、小腸に形成される粘膜病変に対しては殆ど無効である。
【非特許文献1】Neiger R., NSAID-induced gastrointestinal adverse effects in dogs - Can we avoid them?, J. Vet. Intern. Med., Vol.17, 259-261(2003)
【非特許文献2】Wallace J. L., Nonsteroidal anti-inflammatory drugs and gastroenteropathy, The second hundred years, Gastroenterology, Vol.112, 1000-1016(1997)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
非ステロイド性抗炎症薬は胃と十二指腸に加えて、しばしば小腸の中部から下部にかけても粘膜病変をもたらす。この小腸における粘膜病変は、栄養分の吸収、腸内細菌の感染、慢性的な出血など生体に及ぼす影響は少なくない。しかしながらこの部位の粘膜病変は内視鏡による観察が困難であること、また比較的痛みが少なく自覚症状があまりないことなどから、小腸における潰瘍性病変については胃および十二指腸における粘膜病変の発症機序およびその予防法と比較して、これまであまり研究がなされていない。また胃および十二指腸の粘膜病変は、いわゆる抗潰瘍薬である程度予防できることが知られているが、小腸における病変は既存の薬物では殆ど予防できない。そこで本発明の目的は、動物に非ステロイド性抗炎症薬を使用する時の消化管に対する副作用、特に小腸における粘膜病変などの副作用を予防、治療する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明者は、上記課題を解決するために動物としてイヌおよびネコを用いて鋭意研究を行った結果、先ず非ステロイド性抗炎症薬による消化管粘膜病変の発症に食餌中の繊維成分の含有量が大きく影響してくることを突き止めた。そして、投薬期間及びその前後数日間、食物繊維を実質的に含有しないか、含有率の低い餌を与えることにより非ステロイド性抗炎症薬による消化管副作用を著しく予防・治療することが出来ることを知り、本発明を完成した。
【0005】
すなわち、本発明は、
(1)非ステロイド性抗炎症薬の投薬3日前から投薬終了後7日までの期間の一部又は全部において、食物繊維の含量が乾物換算で2重量%以下の飼料を給餌する非ステロイド性抗炎症薬による動物の消化管副作用の予防・治療方法。
(2)動物がイヌ又はネコである(1)記載の方法、
(3)飼料の食物繊維含有量が1重量%以下である(1)又は(2)記載の方法、
(4)非ステロイド性抗炎症薬がアスピリン、サリチル酸、メフェナム酸、インドメタシン、ジクロフェナック、エトドラク、スリンダク、イブプロフェン、ナプロキセン、ケトプロフェン、カルプロフェン、プラノプロフェン、ピロキシカム、メロキシカム、フルニキシン又はそれらの塩から選ばれた少なくとも1種である(1)記載の方法、
(5)食物繊維の含量が乾物換算で2重量%以下の飼料を動物に1日あたり10〜100g/kg給餌する(1)記載の方法、
である。
【0006】
本発明にいう非ステロイド性抗炎症薬とは、化学構造上ステロイド骨格を持たず、抗炎症作用、解熱作用、鎮痛作用、血小板凝集抑制作用を示す化合物の総称であり、主としてプロスタグランジン産生酵素であるシクロオキシゲナーゼを抑制して作用を発現する。その適応範囲は広く、運動器疾患、疼痛性疾患、リウマチ性疾患、発熱性疾患、抗血小板作用を利用する各種適応症など多岐にわたる。
【0007】
この非ステロイド性抗炎症薬にはきわめて多種類の薬剤があり、その化学構造に従って次のように分類することができる。
サリチル酸系:アスピリン、サリチル酸
フェナム系:メフェナム酸
アリール系:インドメタシン、ジクロフェナクナトリウム、エトドラク、スリンダク
プロピオン酸系:イブプロフェン、ナプロキセン、ケトプロフェン、カルプロフェン、プラノプロフェン
オキシカム系:ピロキシカム
その他:フルニキシン
【0008】
本発明の消化管副作用の予防・治療をする対象の動物は、非ステロイド性抗炎症薬の投与により消化管粘膜に炎症、糜爛および潰瘍などの消化管副作用をきたす動物であり、主として哺乳動物、特にイヌ、ネコといった愛玩動物である。
これらの動物への非ステロイド性抗炎症薬の投与量は、動物の種類、疾患の種類、症状、年齢、体重、性別などにより異なってくるが、通常0.01〜100mg/kg、好ましくは0.1〜10mg/kgである。投与経路は経口、経皮、注射、吸入、直腸投与などがあるが、通常は錠剤、カプセル剤として、経口投与される。投与期間も動物の種類、疾患の種類、症状、年齢、体重、性別などにより異なるが、通常1日から14日間、場合により数ヶ月から1年に及ぶこともある。投与回数は、1日1〜3回が適当である。
【0009】
食物繊維とは、動物の消化管において分泌酵素による消化に抵抗する植物性成分をいう。市販のペットフード中の食物繊維の含有量は、通常乾燥重量で4〜7%のものが多い。
本発明に用いる飼料の食物繊維含有率は乾燥重量として、2重量%以下、好ましくは1重量%以下、更に好ましくは0.5重量%以下である。
本発明の飼料の給餌期間は、投薬前3日から投薬終了後7日の期間中の全部、または1部、好ましくは全期間である。
本発明に用いる低食物繊維飼料は、牛肉、馬肉、豚肉などの畜肉、鶏肉、鰯、鯖、鱈等の魚肉や、可溶性澱粉、デキストリン、各種糖類などの実質的に食物繊維を含まない飼料原料に塩類、ビタミン類、必要により矯味、矯臭薬を加えて調製することができる。
【0010】
これらの飼料の給餌量は、動物の種類、疾患の種類、症状、年齢、体重、性別などにより異なってくるが、通常1日10〜100g/kg好ましくは15〜50g/kgであるが、勿論適宜増減しても良い。1日の給餌回数は1から5回、好ましくは2から4回である。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、動物、特にイヌ、ネコなどの愛玩動物に非ステロイド性抗炎症薬を使用する時の消化管に対する副作用、特に小腸における粘膜病変を顕著に予防、治療することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下本発明の実施の態様を実施例により更に詳細に説明するが、本発明はこれに限られるものではない。
【実施例1】
【0013】
食物繊維の含量の異なる飼料の調製
実験のために、市販品から選択または市販品にセルロースを添加するなどして表1に示す食物繊維含量の異なるA〜Hの各種飼料を準備した。なお、食物繊維含量は乾物換算の重量%を、1日給餌量は餌の体重(kg)当たりの重量を示す。
【0014】
【表1】

【0015】
消化管粘膜損傷予防試験
体重7〜12kgの雑種成犬(一群3または4頭)を実験に使用した。実験開始2日前から表1のA,B,Cの食物繊維含量(乾燥重量)の異なる3種類の餌
A:繊維含量 6%、
B:繊維含量 0.8%、
C:繊維含量 1%以下
を朝夕2回に分けて給餌した。
抗炎症薬のケトプロフェン2mg/kg(臨床使用量)を1日1回朝食後に3日間皮下投与し、4日目に深麻酔下に安楽死させ、小腸における粘膜損傷の面積を測定した。各動物の小腸における損傷面積の総和を粘膜損傷指数として示し、その成績をまとめて表2に示した。
【0016】
【表2】

成績は平均値と標準誤差で示した。
【0017】
通常の市販のイヌ用ドライフードAには約6%の食物繊維が含まれているが、この餌Aを与えたイヌではケトプロフェンは小腸粘膜に多くの損傷を惹起した。この粘膜損傷指数は、繊維含量が0.8%の餌Bを与えた場合には約1/8に減少し、繊維含量が1%以下の餌Dを与えた時には損傷は殆ど認められなかった。
【実施例2】
【0018】
体重8〜13kgの雑種成犬(一群4または6頭)を実験に使用した。実験開始2日前から食物繊維含量の異なる3種類の餌、
A:繊維含量 6%、
B:繊維含量 0.8%、
C:繊維含量 11.9%
を朝夕2回に分けて給餌飼育した。
抗炎症薬のフルニキシン1mg/kg(臨床使用量)を1日1回朝食後に5日間皮下投与し、6日目に深麻酔下に安楽死させ、小腸における粘膜損傷の面積を測定した。個々の損傷面積の総和を粘膜損傷指数として示し、成績をまとめて表3に示した。
【0019】
【表3】

成績は平均値と標準誤差で示した。
【0020】
通常の市販のイヌ用ドライフードAには約6%の食物繊維が含まれている。餌Aを与えたイヌではフルニキシンは小腸粘膜に多くの損傷を惹起した。この粘膜損傷指数は繊維含量が0.8%の餌Bを与えた時には約1/4に減少し、逆に繊維含量が11.9%の餌Cを与えた時には約2倍に増大した。
【実施例3】
【0021】
体重2.5〜3.5kgの雑種成猫(一群4匹)を実験に使用した。実験開始2日前から食物繊維含量の異なる4種類の餌、
餌E:繊維含量 4%、
餌F:繊維含量 1.6%
餌G:繊維含量 1%以下
餌H:餌Fにセルロースを添加し、食物繊維含量を3.4%としたもの
を朝夕2回給餌した。
抗炎症薬のインドメタシン(3mg/kg)を1日1回朝食後に3日間経口投与し、4日目に深麻酔下に安楽死させ、小腸における粘膜損傷の面積を測定した。個々の損傷面積の総和を粘膜損傷指数として示した。
成績をまとめて表4に示した。
【0022】
【表4】

成績は平均値と標準誤差で示す。
【0023】
通常の市販のネコ用ドライフードには約4%の食物繊維が含まれている。この餌Eを与えたネコではインドメタシンは小腸粘膜に多くの損傷を惹起した。この粘膜損傷は繊維含量が1.6%の餌Fを与えた時には顕著に減少し、粘膜損傷指数は約1/18となった。また繊維含量が1%以下の餌Gでは損傷は殆ど認められなかった。餌Fにセルロースを添加し、繊維含量を3.4%に増加した餌Hを与えると再び明らかな粘膜損傷が認められ、その損傷指数は餌Fを与えた群よりも明らかに大きかった。
【実施例4】
【0024】
体重2.5〜3.5kgの雑種成猫(一群4匹)を実験に使用した。実験開始2日前から食物繊維含量の異なる2種類の餌
餌E:繊維含量 4%、
餌G:繊維含量 1%以下
を朝夕2回与えて飼育した。
抗炎症薬のフルニキシン1mg/kg(臨床使用量)を1日1回朝食後に3日間皮下投与し、4日目に深麻酔下に安楽死させ、小腸における粘膜損傷の面積を測定した。個々の損傷面積の総和を粘膜損傷指数として示し、その成績をまとめて表5に示した。
【0025】
【表5】

成績は平均値と標準誤差で示す。
【0026】
通常の市販のネコ用ドライフードEには約4%の食物繊維が含まれている。この餌Eを与えたネコでは小腸粘膜に多くの損傷を惹起した。この粘膜損傷は繊維含量を1%以下に減少した餌Gを与えた時には殆ど認められなかった。
【実施例5】
【0027】
体重2.5〜3.5kgの雑種成猫(一群4匹)を実験に使用した。実験開始2日前から食物繊維含量の異なる2種類の餌
餌E:繊維含量 4%、
餌G:繊維含量 1%以下
を朝夕2回与えて飼育した。
抗炎症薬のケトプロフェン2mg/kg(臨床使用量)を1日1回朝食後に3日間皮下投与し、4日目に深麻酔下に安楽死させ、小腸における粘膜損傷の面積を測定した。個々の損傷面積の総和を粘膜損傷指数として示し、その成績をまとめて表6に示した。
【0028】
【表6】

成績は平均値と標準誤差で示す。
【0029】
通常の市販のネコ用ドライフードには約4%の食物繊維が含まれている。この餌Eを与えたネコでは小腸粘膜に多くの損傷を惹起した。これらの粘膜損傷は繊維含量が1%以下の餌Gを与えた時には顕著に減少し、損傷指数は約1/5になった。
【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明により繊維成分を含まない、または繊維成分含有量の少ない餌を用いることにより非ステロイド性抗炎症薬の消化管に対する副作用をほぼ完全に予防できることが明らかとなった。従って本発明の組成を有する餌を用いることにより、消化管に対する副作用を心配することなく非ステロイド性抗炎症薬を使用できることが可能になり、動物愛好家、獣医師などにとって極めて望ましいことである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
非ステロイド性抗炎症薬の投薬3日前から投薬終了後7日までの期間の一部又は全部において、食物繊維の含量が乾物換算で2重量%以下の飼料を給餌する非ステロイド性抗炎症薬による動物の消化管副作用の予防・治療方法。
【請求項2】
動物がイヌ又はネコである請求項1記載の方法。
【請求項3】
飼料の食物繊維含有量が1重量%以下である請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
非ステロイド性抗炎症薬がアスピリン、サリチル酸、メフェナム酸、インドメタシン、ジクロフェナック、エトドラク、スリンダク、イブプロフェン、ナプロキセン、ケトプロフェン、カルプロフェン、プラノプロフェン、ピロキシカム、メロキシカム、フルニキシン又はそれらの塩から選ばれた少なくとも1種である請求項1記載の方法。
【請求項5】
食物繊維の含量が乾物換算で2重量%以下の飼料を動物に1日あたり10〜100g/kg給餌する請求項1記載の方法。

【公開番号】特開2007−325501(P2007−325501A)
【公開日】平成19年12月20日(2007.12.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−244679(P2004−244679)
【出願日】平成16年8月25日(2004.8.25)
【出願人】(504150461)国立大学法人鳥取大学 (271)
【Fターム(参考)】