説明

顎嚢胞治療剤

【課題】新たな顎嚢胞治療剤の提供。
【解決手段】FGF、VEGF、EGFまたはPDGF等の受容体チロシンキナーゼ阻害剤が顎嚢胞の嚢胞壁を主要に構成する線維芽細胞の細胞死を誘導することを見出し、該受容体チロシンキナーゼ阻害剤を有効成分とする新たな顎嚢胞治療剤を提供した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、チロシンキナーゼ阻害剤を有効成分とする顎嚢胞治療剤に関する。さらに詳しくは、FGF(Fibroblast growth factor)、VEGF(Vascular endothelial growth factor)、EGF(Epidermal growth factor)またはPDGF(Platelet−derived growth factor)等の受容体チロシンキナーゼ阻害剤を有効成分とする顎嚢胞治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、角化嚢胞性歯原性腫瘍(歯原性角化嚢胞)等の顎嚢胞に対しては、外科的切除以外に治療方法がなく、顎嚢胞のひとつである歯根嚢胞においては、初発に感染根管治療を行うことも可能ではあるが、この治療が奏功しない場合には、やはり外科的切除するしかなかった。しかし、外科的切除をすると骨に大きな空洞ができるため、生体への侵襲が大きいという問題があった。
【0003】
本発明者らは、この問題に着目し、外科的切除以外の顎嚢胞の治療方法を模索してきた。そして、歯根嚢胞壁で産生されるPGE2(Prostaglandin E2)が歯根嚢胞由来の線維芽細胞様細胞(Radicular cyst−derived fibroblast−like cells、以下、RC細胞(RCF)とする)および角化嚢胞性歯原性腫瘍(歯原性角化嚢胞)由来の線維芽細胞様細胞(Odontogenic keratocyst−derived fibroblast−like cells、以下、KC細胞(KCF)とする)を刺激することにより、IL−6(Interleukin−6)、IL−11(Interleukin−11)、LIF(leukemia inhibitory factor)等の炎症性メディエーターの産生が促進され、嚢胞の拡大に繋がることを確認した。そこで、このシグナル伝達機構に関与するp38MAPK阻害剤により、炎症性メディエーターの産生の促進を阻害したところ、嚢胞の拡大が抑制できることを見出した。
【0004】
これにより、p38MAPK阻害剤を有効成分とする顎嚢胞治療剤を本発明者が得たところ(例えば、特許文献1参照)、この顎嚢胞治療剤は、顎嚢胞の予防や治療において強い期待が寄せられる薬剤であった。そこで、本発明者らはさらに有用な薬剤を検討したところ、本発明において、FGF、VEGF、EGFまたはPDGF等の受容体チロシンキナーゼ阻害剤が、顎嚢胞の予防や治療において有用であることを見出した。
受容体チロシンキナーゼ阻害剤は、腫瘍、乾癬、肺線維症、多嚢胞性腎疾患等の増殖性疾患や嚢胞性線維症等の治療に用い得ることが示唆されているものの(例えば、特許文献2、3参照)、顎嚢胞に対する効果は知られていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2008−260703号公報
【特許文献2】特開平10−218768号公報
【特許文献3】特開平2009−529047号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、新たな顎嚢胞治療剤の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を行った結果、FGF、VEGF、EGFまたはPDGF等の受容体チロシンキナーゼ阻害剤が、顎嚢胞の嚢胞壁を主要に構成する線維芽細胞の細胞死を誘導することを見出し、本発明を完成するに至った。
本発明によって得られた、受容体チロシンキナーゼ阻害剤を有効成分とする顎嚢胞治療剤は、嚢胞内に直接局所投与等することができ、嚢胞壁の線維芽細胞の細胞死を誘導することで、嚢胞の消滅や、嚢胞の拡大予防に利用できる。
また、本発明の顎嚢胞治療剤と、炎症性メディエーターの産生の促進を阻害することで嚢胞の拡大が抑制する、p38MAPK阻害剤を有効成分とする顎嚢胞治療剤とを組み合わせることにより、顎嚢胞の薬剤による予防または治療を包括的に行うことも可能となる。
【0008】
すなわち、本発明は次の(1)〜(5)の顎嚢胞顎嚢胞治療剤等に関する。
(1)チロシンキナーゼ阻害剤を有効成分とする顎嚢胞治療剤。
(2)チロシンキナーゼ阻害剤がFGF(Fibroblast growth factor)、VEGF(Vascular endothelial growth factor)、EGF(Epidermal growth factor)またはPDGF(Platelet−derived growth factor )の受容体チロシンキナーゼ阻害剤である上記(1)に記載の顎嚢胞治療剤。
(3)チロシンキナーゼ阻害剤が1−(2−Amino−6−(2,6−dichlorophenyl)pyrido[2,3−d]pyrimidin−7−yl)−3−tert−butyl ureaまたは1−t−Butyl−3−(6−(3,5−dimethoxyphenyl)−2−(4−diethylaminobutylamino)−pyrido[2,3−d]pyrimidin−7−yl) ureaである上記(1)または(2)に記載の顎嚢胞治療剤。
(4)嚢胞内に局所投与して用いる上記(1)〜(3)のいずれかに記載の顎嚢胞治療剤。
(5)顎嚢胞が歯根嚢胞または角化嚢胞性歯原性腫瘍である上記(1)〜(4)のいずれかに記載の顎嚢胞治療剤。
【発明の効果】
【0009】
本発明の顎嚢胞治療剤は、嚢胞内への直接局所投与が可能であるため人体に与える副作用が少なく有用である。また、嚢胞壁の線維芽細胞の細胞死を誘導する本発明の顎嚢胞治療剤と、炎症性メディエーターの産生の促進を阻害するp38MAPK阻害剤を有効成分とする顎嚢胞治療剤とを組み合わせることにより、薬剤による顎嚢胞の包括的な予防または治療方法を提供することも可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】顎嚢胞治療剤の顎嚢胞由来細胞への効果を示した図である(試験例1)。
【図2】顎嚢胞治療剤の顎嚢胞由来細胞への効果を示した図である(試験例2)。
【図3】顎嚢胞治療剤の顎嚢胞由来細胞への効果を示した図である(試験例3)。
【図4】顎嚢胞治療剤の歯肉上皮細胞への効果を示した図である(試験例4)。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明の「顎嚢胞治療剤」は、チロシンキナーゼ阻害剤を有効成分とし、顎嚢胞の予防または治療に有用な剤のことをいう。有効成分であるチロシンキナーゼ阻害剤のみからなる剤であってもよく、その他薬学的に許容される他の成分を含む剤であってもよい。
【0012】
本発明の「顎嚢胞治療剤」の有効成分であるチロシンキナーゼ阻害剤は、顎嚢胞の予防または治療に利用できるものであればいずれのものでもあっても良いが、特に、顎嚢胞の嚢胞壁を主要に構成する線維芽細胞の細胞死を誘導することで顎嚢胞の予防または治療に利用できるものであることが好ましい。
このようなチロシンキナーゼ阻害剤として、例えば、FGF、VEGF、EGFまたはPDGF等の受容体チロシンキナーゼ阻害剤等が挙げられる。本発明の「顎嚢胞治療剤」の有効成分として用いる受容体チロシンキナーゼ阻害剤としては、例えばEGF、FGFまたはPDGFの受容体チロシンキナーゼ阻害剤である1−(2−Amino−6−(2,6−dichlorophenyl)pyrido[2,3−d]pyrimidin−7−yl)−3−tert−butyl urea等が挙げられ、これはメルク社の製品番号PD089828等、市販のものであってもよい。
また、FGFまたはVEGFの受容体チロシンキナーゼ阻害剤である1−t−Butyl−3−(6−(3,5−dimethoxyphenyl)−2−(4−diethylaminobutylamino)−pyrido[2,3−d]pyrimidin−7−yl) urea等が挙げられ、これもメルク社の製品番号PD173074(FGF/VEGF Receptor Tyrosine Kinase Inhibitor等、市販のものであってもよい。また、これらの化合物の生理学的に許容される塩、例えば塩酸塩も受容体チロシンキナーゼ阻害剤として、本発明の顎嚢胞治療剤の有効成分に含むことができる。
【0013】
本発明の「顎嚢胞治療剤」の対象となる顎嚢胞としては、歯根嚢胞、角化嚢胞性歯原性腫瘍(歯原性角化嚢胞)等が挙げられる。本発明の「顎嚢胞治療剤」は、顎嚢胞の発生の可能性が高い部位に本発明の組成物を塗布すること等で投与することができる。さらに顎嚢胞の発生の予防を目的とする場合には、根管貼薬として、綿栓やペーパーポイント等に滲み込ませて根管内に投与することができ、外科的切除後の再発防止を目的とする場合には、徐放性となるように、コラーゲンスポンジ等の吸収性の担体を併用して投与することができる。本発明の組成物を予防のために投与する、顎嚢胞の発生の高い部位としては、感染根管治療によって、器械刺激や組織障害を受けやすい、根管治療中の歯等の部位が挙げられる。また、顎嚢胞が発生した後であれば、嚢胞内に局所投与することで、人体に与える副作用の可能性を下げることができる。
【0014】
以下、実施例をあげて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例1】
【0015】
顎嚢胞治療剤
受容体チロシンキナーゼ阻害剤である1−(2−Amino−6−(2,6−dichlorophenyl)pyrido[2,3−d]pyrimidin−7−yl)−3−tert−butyl ureaとして、メルク社の製品番号PD089828(EGF/FGF/PDGF Receptor Tyrosine Kinase Inhibitor)を用いた。また1−t−Butyl−3−(6−(3,5−dimethoxyphenyl)−2−(4−diethylaminobutylamino)−pyrido[2,3−d]pyrimidin−7−yl) ureaとして、メルク社の製品番号PD173074(FGF/VEGF Receptor Tyrosine Kinase Inhibitor)を顎嚢胞治療剤として用いた。
【0016】
[試験例]
顎嚢胞治療剤の効果の確認
材料の調製
1.顎嚢胞治療剤
次の1)および2)の方法により調製したものを用いた。
1)メルク社より購入した粉末のPD089828を、濃度が10mMとなるようにジメチルスルホキシド(dimethyl sulfoxide、以下、DMSOとする)で調製し、小分けして、フリーザーに凍結保存した。使用時に終末濃度(0.2〜5μM)となるように希釈して用いた。
2)メルク社より購入した粉末のPD173074を、濃度が10mMとなるようにDMSOで調製し、小分けして、フリーザーに凍結保存した。使用時に終末濃度(0.2〜5μM)となるように希釈して用いた。
【0017】
2.顎嚢胞由来細胞
顎嚢胞由来細胞の一つとして、日本大学歯学部付属歯科病院口腔外科、歯内療法科で治療の目的で外科的に摘出され、同病院検査室病理部で歯根嚢胞また角化嚢胞性歯原性腫瘍(歯原性角化嚢胞)と診断された嚢胞組織の一部から、歯根嚢胞由来のRC細胞(RCF)と角化嚢胞性歯原性腫瘍(歯原性角化嚢胞)由来のKC細胞(KCF)を得た。なお、試料の採取は日本大学歯学部倫理委員会の規定に基いて行った。また、患者には組織の一部が本研究に用いられることをあらかじめ説明し、文書による同意を得た。
【0018】
1)RC細胞(RCF)
野崎ら(参考文献1参照)の方法に準じて得た。
すなわち、歯根嚢胞由来の組織片を3%の抗生物質溶液(ペニシリン/ストレプトマイシン/ネオマイシン、PSN、Gibco、Invitrogen)を含むDulbecco's modified Eagle medium(Wako、以下DMEMと示す)培地で数回洗浄し、歯科用メス(No.15、Feather)で細片化した。2症例の歯根嚢胞から組織片を得て、それぞれ個体別に用いた。6穴プレート(Sumitomo Bakelite)の底に当該組織片をカバースリップで固定後、10%ウシ胎児血清(Fetal Bovine Serum、FBS、Hyclone)および1%PSNを含むDMEM培地で、37℃および5%CO2/95%airの条件下で初代培養を行った。約2週間後、外生した細胞がコンフルエントになった時点で、トリプシン/EDTA溶液(Gibco、Invitrogen)を用いて細胞を剥離し、同様の条件下で継代培養を行い、4から7代継代したものをRC細胞(RCF)として用いた。
参考文献1:野崎弘晃、大島光宏、山口洋子、小木曽文内、明石俊和、大塚吉兵衛:PGE2が歯根嚢胞由来細胞のケラチノサイト増殖因子(KGF)産生に及ぼす影響;日本歯科保存学雑誌44、917−923、2001
【0019】
2)KC細胞(KCF)
大島ら(参考文献2参照)の方法に準じて得た。
すなわち、角化嚢胞性歯原性腫瘍(歯原性角化嚢胞)由来の組織片を3%の抗生物質溶液(ペニシリン/ストレプトマイシン/ネオマイシン、PSN、Gibco、Invitrogen)を含むDMEM培地で数回洗浄し、歯科用メス(No.15、Feather)で細片化した。2症例の角化嚢胞性歯原性腫瘍(歯原性角化嚢胞)から組織片を得て、それぞれ個体別に用いた。6穴プレート(Sumitomo Bakelite)の底に当該組織片をカバースリップで固定後、10%ウシ胎児血清(Fetal Bovine Serum、FBS、Hyclone)および1%PSNを含むDMEM培地で、37℃および5%CO2/95%airの条件下で初代培養を行った。約2週間後、外生した細胞がコンフルエントになった時点で、トリプシン/EDTA溶液(Gibco、Invitrogen)を用いて細胞を剥離し、同様の条件下で継代培養を行い、4から7代継代したものをRC細胞(RCF)として用いた。
参考文献2:大島崇文ほか:PGE2が歯根嚢胞および歯原性角化嚢胞由来細胞のHGF,IL−6およびPGE2産生に及ぼす影響;日本歯科保存学雑誌 49(6),797−809,2006−12−31
【0020】
[試験例1]
1.顎嚢胞治療剤の顎嚢胞由来細胞への作用
1)上記で継代培養したRC細胞(RCF)またはKC細胞(KCF)(各2症例)を24穴プレートに播き、初代培養と同様の条件下でコンフルエントになるまで培養した。
2)コンフルエントに達した細胞に1%FBSを含むDMEM培地に、上記で調製した顎嚢胞治療剤(PD089828またはPD173074)をそれぞれ終末濃度1μMまたは5μMとなるように加え、48時間または96時間作用させた。
【0021】
2.顎嚢胞由来細胞の細胞死の評価
細胞死はWST‐8:Cell counting Kit−8(同仁化学)にて評価した。
【0022】
3.結果
その結果、図1に示したように、PD089828またはPD173074を加えて作用させたものはいずれも顎嚢胞由来細胞の細胞死を誘導することが確認された。特にPD089828を終末濃度1μMまたは5μMとなるように加えて96時間作用させたものと、PD173074を終末濃度5μMとなるように加えて96時間作用させたものは、顎嚢胞由来細胞の細胞死を強く誘導することが確認された。
【0023】
[試験例2]
1.顎嚢胞治療剤の顎嚢胞由来細胞への作用(無血清状態)
1)上記で継代培養したRC細胞(RCF)またはKC細胞(KCF)(各2症例)を24穴プレートに播き、コンフルエントになるまで培養した。
2)無血清のDMEM培地で24時間の血清飢餓を行った後、顎嚢胞治療剤(PD089828またはPD173074)をそれぞれ終末濃度0.2μM、1μMまたは5μMを含む無血清のDMEM培地と交換し、48時間または96時間作用させた。
【0024】
2.顎嚢胞由来細胞の細胞死の評価
細胞死はWST‐8:Cell counting Kit−8(同仁化学)にて評価した。
【0025】
3.結果
その結果、図2に示したように、無血清状態(血清に含まれる増殖因子等の影響がない状態)で作用させた場合でも、PD089828またはPD173074を加えて作用させたものはいずれも濃度依存的に顎嚢胞由来細胞の細胞死を誘導することが確認された。
【0026】
[試験例3]
1.顎嚢胞治療剤の顎嚢胞由来細胞への作用
1)上記で継代培養したRC細胞(RCF)またはKC細胞(KCF)(各2症例)を24穴プレートに播き、初代培養と同様の条件下でコンフルエントになるまで培養した。
2)コンフルエントに達した細胞に1%FBSを含むDMEM培地に、上記で調製した顎嚢胞治療剤(PD089828またはPD173074)をそれぞれ終末濃度1μMまたは5μMとなるように1%血清を含む培地に加え、6日間または8日間作用させた。
【0027】
2.顎嚢胞由来細胞の細胞死の評価
細胞死はWST‐8:Cell counting Kit−8(同仁化学)にて評価した。
【0028】
3.結果
その結果、図3に示したように、PD089828またはPD173074を加えて作用させたものはいずれも濃度依存的に顎嚢胞由来細胞の細胞死を誘導することが確認された。
PD089828またはPD173074を加えた後、6日間または8日間という長期間経過後でも顎嚢胞由来細胞の細胞死を誘導する効果が確認されたことから、1回の投与で長時間作用を持続できることが示唆され、阻害剤の種類によっては低濃度でも同様の効果が期待された。
【0029】
[試験例4]
顎嚢胞治療剤の歯肉上皮細胞への作用
本発明の顎嚢胞治療剤が、顎嚢胞を構成する嚢胞の裏層上皮の細胞死を誘導する可能性があるか否かを、歯肉上皮細胞を用いて検討した。嚢胞の裏層上皮は、一般的にマラッセの上皮遺残由来であるとされており、このマラッセの上皮遺残由来細胞と歯肉上皮細胞(いずれも初代培養細胞)は非常によく似た細胞であることが最近報告されている(参考文献3参照)。従って、本発明の顎嚢胞治療剤が歯肉上皮細胞の細胞死を誘導すれば、嚢胞の裏層上皮の細胞死も誘導する可能性が高いと考えられる。
【0030】
1.試料
1)顎嚢胞治療剤
上記試験例にて調製した顎嚢胞治療剤を用いた。
2)歯肉上皮細胞
歯周外科手術の際に切除され、不要となった歯肉片より、Ohshimaらの方法(参考文献3)によって、ヒト歯肉上皮細胞を得た。
すなわち、歯肉片をディスパーゼ(Dispase、合同酒精)処理した後、上皮組織部分を結合組織部分から剥離した。上皮組織を細切後、組織片をプレート(I型コラーゲンコート:住友ベークライト)の底に静置し、組織片から外生した細胞を第1代とした。この歯肉上皮細胞を、I型コラーゲンがコートされたプレート(I型コラーゲンコート:住友ベークライト)を用い、細胞はEpi Life medium(Invitrogen)に増殖添加剤(S7、Invitrogen)および1%の抗生物質溶液(PSN、Sigma)を加えた培地(EL+)を用いて増殖させた。
コンフルエントに増殖した歯肉上皮細胞を、トリプシン(trypsin)−EDTA溶液を用いてプレートから剥がし、本発明者らが確立した歯肉上皮細胞の培養方法(参考文献4)によって継代培養し、6から12代継代したものを歯肉上皮細胞として用いた。
参考文献3:Mitsuhiro Oshima., et. al., In Vitro Characterization of the CytokaineProfile of the Epithelial Cell Rests of Malassez., J Periodontol 79, 912−918, 2008.
参考文献4:特願2009−231399
【0031】
2.顎嚢胞治療剤の顎嚢胞由来細胞への作用
1)上記で継代培養した歯肉上皮細胞(3例)を24穴プレートに播き、初代培養と同様の条件下でコンフルエントになるまで培養した。
2)Epi Life mediumに1%PSNを加えた培地(EL−)で24時間の増殖添加剤フリーで培養した後、EL−培地に、上記で調製した顎嚢胞治療剤(PD089828またはPD173074)をそれぞれ終末濃度0.2μM、1μMまたは5μMとなるようにEL−培地に加え、48時間作用させた。
【0032】
3.顎嚢胞由来細胞の細胞死の評価
細胞死はWST‐8:Cell counting Kit−8(同仁化学)にて評価した。
【0033】
4.結果
その結果、図4に示したように、PD089828またはPD173074を加えて作用させたものはいずれも濃度依存的に歯肉上皮細胞の細胞死を誘導することが確認された。従って、本発明の顎嚢胞治療剤は、歯肉上皮細胞とよく似た細胞であるとされているマラッセの上皮遺残由来細胞およびこれを由来とする嚢胞の裏層上皮の細胞死も誘導する可能性が高いことが示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0034】
嚢胞壁の線維芽細胞の細胞死を誘導する本発明の顎嚢胞治療剤に加え、本発明者が見出した炎症性メディエーターの産生の促進を阻害するp38MAPK阻害剤を有効成分とする顎嚢胞治療剤とを組み合わせることにより、外科的切除以外の薬剤による包括的な顎嚢胞の予防または治療が可能となる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
チロシンキナーゼ阻害剤を有効成分とする顎嚢胞治療剤。
【請求項2】
チロシンキナーゼ阻害剤がFGF(Fibroblast growth factor)、VEGF(Vascular endothelial growth factor)、EGF(Epidermal growth factor)またはPDGF(Platelet−derived growth factor )の受容体チロシンキナーゼ阻害剤である請求項1に記載の顎嚢胞治療剤。
【請求項3】
チロシンキナーゼ阻害剤が1−(2−Amino−6−(2,6−dichlorophenyl)pyrido[2,3−d]pyrimidin−7−yl)−3−tert−butyl ureaまたは1−t−Butyl−3−(6−(3,5−dimethoxyphenyl)−2−(4−diethylaminobutylamino)−pyrido[2,3−d]pyrimidin−7−yl) ureaである請求項1または2に記載の顎嚢胞治療剤。
【請求項4】
嚢胞内に局所投与して用いる請求項1〜3のいずれかに記載の顎嚢胞治療剤。
【請求項5】
顎嚢胞が歯根嚢胞または角化嚢胞性歯原性腫瘍である請求項1〜4のいずれかに記載の顎嚢胞治療剤。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2012−12365(P2012−12365A)
【公開日】平成24年1月19日(2012.1.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−152872(P2010−152872)
【出願日】平成22年7月5日(2010.7.5)
【出願人】(899000057)学校法人日本大学 (650)
【Fターム(参考)】