説明

食事用の椅子

【課題】人にとって食事を取ることは、生きていくうえで重要なことである。医学の発達により、重度の障害を持った方や食事の介助を必要とする高齢者が、一般の家庭で生活できるようになってきている。そのような時代背景の中、介助を必要とする方に適した食事用の椅子が存在しなかった。そのため、誤嚥、誤飲を起こしやすい姿勢で食事をさせる問題点があった。
【解決手段】背板1を背面方向に20°〜30°の角度の範囲にある任意の角度で固定する機構と、40°以上の角度で固定する機構とを具備し、座面2の傾斜を前側に10°〜30°の角度の範囲で少なくも一箇所以上固定することができる機構を具備する。2本の後脚の長さを前脚の2本の長さより長くすることにより、座面の傾斜を前側に10°〜30°の角度の範囲になるようにした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主に介護を必要としている方等が食事をする時に、負担なく嚥下することのできる食事専用の椅子に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の椅子の背板は寄りかかることを主目的に作られている。
【0003】
従来の椅子の背板は床にほぼ垂直に設置されているが、事務用椅子では背板が傾斜できる機構をもつものも市販されている。一方、背板又は座面を傾斜させる機構を持つ要介護者用椅子は、立ち上がりを補助する椅子として、文献1などが出願されている。また、同じような機構を持つ車椅子も文献2が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2007−029355号公報
【特許文献2】特開2000−116711号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】北海道立工業試験場技術情報 Vol.23 No1
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従来の椅子は、身体をリラックスさせる為に作られている。背板に寄り掛かり身体全体の力が入り難くなるのである。この状態から食事を取るのは危険がある。誤嚥、誤飲を招きやすく、肺炎になる可能性が大きくなるのである。介護を必要とされている方は、食事を取る時にどのような姿勢を作ればよいのかを知っている方は少ない。先ず、両足を床面にしっかり着地させる。両足が床に着くことで身体全体を支える支点が出来る。そして、身体を前かがみにし、おなか(腹筋)に力が入りやすい状態つくる。腹筋に力が入りやすくすることで、嚥下、咀嚼に必要な顎の筋肉の働きを助けるのである。特許文献1及び特許文献2は要介護者、利用者を立たすための椅子であり、前傾姿勢を取りながら安定した座位を取る食事専用の椅子ではない。
【0007】
本発明は上記課題を解決し、食事介助を必要とする方が誤嚥・誤飲することもなく更に一人で食事ができるようになる椅子の提供を目的とした。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために、食物の誤嚥・誤飲を解決するための第一発明の食事用の椅子は、背板を背面方向に20°〜30°の角度の範囲にある任意の角度で固定する機構と、40°以上の角度で固定する機構とを具備し、座面の傾斜を前側に10°〜30°の角度の範囲で少なくも一箇所以上固定することができる機構を具備することを特徴とする。また、第二発明の食事用の椅子は、2本の後脚の長さを前脚の2本の長さより長くすることにより、座面の傾斜を前側に10°〜30°の角度の範囲になるようにしたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
食事介助を必要とする方が本発明の椅子を使って食事をすれば、誤嚥・誤飲せず食事を楽しむことができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本第1発明の食事用の椅子の説明図。
【図2】本第2発明の食事用の椅子の説明図。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施例の一例にもとづき発明を実施するための形態を詳細に説明する。図1は、本第一発明の食事用の椅子を利用し、要介護者等が食事をしている様子である。両足を床面にしっかり着地させることで、身体全体が前かがみ(前傾姿勢)を取るときに体重を支えることが出来る。前傾姿勢を取ることで腹筋に力が入りやすくなる。また前傾姿勢を取ることで顎を引いた形で食事を取ることが自然とできる。腹筋に力が入り、顎を引くことが、咀嚼する顎の筋肉も連動する姿勢なのである。
【0012】
一般に、重度障害者は会議用などの背板が高い椅子に座った場合には、自ら食事を採ることは殆どせず、背板に寄りかかろうとして、食事の取れる正しい姿勢をとろうとはしなかった。そのため出願人は、食事をさせるためにどうしたらよいのか、作業療法士に相談した。すると、作業療法士は食事をさせるときには、背板に寄りかからせないように座っている椅子を後方にずらして、本人の身体を食事テーブルに近づけた。そうするとその重度障害者は、食事に集中し、自ら食事をとろうとスプーンを持ち食事を始めた。この状況を見ていた出願人は、障害者に食事姿勢をとるためには、椅子に工夫を加えることが必要なことを理解し、開発を志した。
【0013】
まず、第一試作では脊板に寄りかかれない椅子の試作に取り掛かった。背板の角度を床面と直角から後方に約25°傾斜させて、食事に使用してみた。すると、背板を後方に約25°傾斜したにもかかわらず、背板に寄りかかりながら食事をしようとしてしまった。背板に寄り掛かりながら食事を取ると、腹筋の力は抜けてしまい床に着地していた両足は宙に浮いてしまう。顎が上ってしまい誤嚥性肺炎を最も起こしやすい危険な姿勢での食事摂取となってしまった。
【0014】
次に、背板に寄りかかれないようにするために、上記の背板の傾斜角度をさらに大きくして、後方に約40°傾斜できる構造にした。そうすると、背板に寄りかかりることができなくなり、食事をするためには、自ら左手でテーブルの縁を押さえて自分の身体を支え、身体を持ち上げ、前傾姿勢をとりながら食事を始めた。言葉のない重度の障害者であったが、食事が終了すると、約40°傾斜した背板に寄りかかり、食事終了の合図として受けとれるようになった。
【0015】
この椅子を試作するきっかけとなった作業療法士に、最重度身体障害者が試作段階の椅子に座り食事を取る様子を写真に撮り評価してもらうと、背板に寄りかかれないようにしたことで、最も食事に好ましいとされている姿勢で食事していると評価された。さらに、より安定した姿勢が取れるように改造すると理想的な食事用の椅子になるのではないかと言われた。
【0016】
このことから、第三試作では背板の角度を調節できる椅子に座るだけで、やや前かがみになるように座面を傾斜させて重度身体障害者の食事の様子を観察した。椅子の後ろ脚下に木材を当て木し、椅子全体が前に傾斜する状態を作ってみた。この椅子に着席すると身体が自然と前傾姿勢を取るので常に食物が視野に入り、短時間ではあるが、以前より集中にて食事を取るようになった。
【0017】
さらに、第四試作では、背板と座面の両方にそれぞれ角度を調整するための機構を取り付けた。これによって本発明は完成した。この第四試作をもとに、正しい食事をするための姿勢と椅子との関係を研究し、出願人は研究論文としてまとめて、機会があれば学会などで発表しようと考えている。
【0018】
本試作研究によれば、背板を背面方向(後方)に20°〜30°の範囲に傾斜できること及び座面は10°〜30°の範囲に前側に傾斜できることの条件を満たすことが、食事の正しい姿勢をとるために不可欠なものであるとの結論に至った。なお、上記傾斜角度の範囲内で、身体的な状況や個人的な身体的特性などでその人に最適な角度を選択することが必要である。
【0019】
以下本発明の食事用の椅子の試作機についてさらに詳しく説明する。図1に示すように、試作にあたっては、座面2の傾斜固定具は市販のソファーベットに使われている兆番を利用した。また図1の背板1に関しても同様に、市販の座椅子に利用されている角度調節用の金具を利用することにより、床面直角の角度から背板1を背面方向(後方)に水平位置まで段階的に傾斜できるようにした。
【0020】
試作した本発明の食事用の椅子を実際に最重度身体障害者(脳性麻痺)に使わせて食事を取る姿勢づくりと誤飲、誤嚥を研究した。その結果としては、健常者は食事の時に誤嚥・誤飲を防ぐ為に、食事に集中し、自分で食事を取りやすい姿勢を確保する事が出来る。しかし、重度の身体障害を持った方等は、自分で食事を取る姿勢を作ることが出来ない。また脳性麻痺の方によく見られる、集中力に欠ける症状で食事中でも、すぐ他のことが気になり、食物から気をそらす。その他様々なことが重なり、従来は、誤嚥・誤飲しやすい姿勢であっても、そのまま食事を進めさせていたので危険であった。本開発明の椅子で食事をさせると、背板に寄り掛からせずに食事の姿勢を作り、前傾姿勢のとれる座面を使うことで、食物が常に視野に入るので、集中する時間を使用以前より長くすることが出来た。
座面、背面ともに最重度の脳性麻痺の成人の方をモデルとして、試作品は作成してみたが、障害や、年齢、身長や筋肉の発達度によってそれぞれ個々に異なる姿勢が求められるが、本発明の食事用の椅子の条件に加えて、足を伸縮や長さの調整機構により、各個人の状況に合わせた姿勢作りができる。
【0021】
また、第二発明の食事用の椅子は、あらかじめ利用者の状況に合せて、足の長さを変えることにより、座面の傾斜条件を満たすようにしたものである。この場合でも、座面の傾斜角度を微調整するために角度調整具を取り付けても良い。
【符号の説明】
【0022】
1 背板
2 座面
3 座面
3−1 第二発明の座面(脚の伸縮により角度調整)
4 脚
5 第二発明の脚
6 背板の角度調節用金具
7 座面の傾斜固定具

【特許請求の範囲】
【請求項1】
高齢者や障害を持った方の食事用の椅子において、背板を背面方向に20°〜30°の角度の範囲にある任意の角度で固定する機構と、40°以上の角度で固定する機構とを具備し、座面の傾斜を前側に10°〜30°の角度の範囲で少なくも一箇所以上固定することができる機構を具備することを特徴とする食事用の椅子。
【請求項2】
請求項1の食事用の椅子で、2本の後脚の長さを前脚の2本の長さより長くすることにより、座面の傾斜を前側に10°〜30°の角度の範囲になるようにしたことを特徴とする請求項1の食事用の椅子。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−143353(P2012−143353A)
【公開日】平成24年8月2日(2012.8.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−3156(P2011−3156)
【出願日】平成23年1月11日(2011.1.11)
【特許番号】特許第4961585号(P4961585)
【特許公報発行日】平成24年6月27日(2012.6.27)
【出願人】(307022815)
【Fターム(参考)】