麻痺性貝毒成分の除去
【課題】
食品や飼料原料としての水生生物、特に二枚貝などの濾過食性水生生物からの、麻痺性貝毒の安全で有効な除毒法を提供すること。
【解決手段】
システインまたはシスチンを構成アミノ酸として、合計で1.5 〜40重量%(乾燥重量)含有するタンパク質またはペプチドを含む飼料、好ましくはケラチンを主成分とするフェザーミールを生鮮貝類に給餌することにより、生鮮貝類から11位に硫酸エステル基をもつ麻痺性貝毒成分を除毒する。また、11位に硫酸エステル基をもたない麻痺性貝毒成分を、ポリフェノール溶液中、好ましくはタンニン酸、エラグ酸、クロロゲン酸、クマリン、カテキン、没食子酸、没食子酸プロピルまたはピロガロールを含む溶液、あるいはリンゴ、トマト、茶、ワインまたはブドウジュースなどのポリフェノール含有食品で分解させることにより除去する。
食品や飼料原料としての水生生物、特に二枚貝などの濾過食性水生生物からの、麻痺性貝毒の安全で有効な除毒法を提供すること。
【解決手段】
システインまたはシスチンを構成アミノ酸として、合計で1.5 〜40重量%(乾燥重量)含有するタンパク質またはペプチドを含む飼料、好ましくはケラチンを主成分とするフェザーミールを生鮮貝類に給餌することにより、生鮮貝類から11位に硫酸エステル基をもつ麻痺性貝毒成分を除毒する。また、11位に硫酸エステル基をもたない麻痺性貝毒成分を、ポリフェノール溶液中、好ましくはタンニン酸、エラグ酸、クロロゲン酸、クマリン、カテキン、没食子酸、没食子酸プロピルまたはピロガロールを含む溶液、あるいはリンゴ、トマト、茶、ワインまたはブドウジュースなどのポリフェノール含有食品で分解させることにより除去する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、麻痺性貝毒成分の除去方法、それに用いる飼料添加剤および飼料に関する。より詳しくは、生鮮貝類から、ゴニオトキシン群などの11位に硫酸エステル基をもつ麻痺性貝毒成分を除毒する方法、それに用いる飼料添加剤および飼料、並びにサキシトキシン群などの11位に硫酸エステル基をもたない麻痺性貝毒成分を除去する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
貝類は高タンパク、低脂肪であり、かつ現代人に不足しがちな亜鉛などの微量元素を豊富に含む優れた食料資源である。二枚貝などの濾過食性水生生物(filter feeder)は植物プランクトンを直接餌として取り込むが、植物プランクトンの中には麻痺性貝毒などの自然毒を生産するものがいる。
【0003】
麻痺性貝毒(Paralytic shellfish poisons; PSP)は、Alexandrium tamarense などの渦鞭毛藻が持つ致死性の高い強力な神経毒である。海洋にPSP の原因藻が発生すると二枚貝などの濾過食性水生生物は高度に毒化し、ヒトの食中毒を引き起こすPSP を蓄積する。PSP の発生海域は世界的に拡大傾向にあり、二枚貝を食用とする各国では貝類の毒性を定期的に監視し、毒化貝の市場への流出を防いでいる。日本ではこの貝毒モニタリングが有効に機能し、市場に出回る貝類による中毒はほとんど皆無と言ってよい。しかし原因藻の消失後もかなりの長期間、二枚貝はしばしば高い毒性を保持し続けるので、出荷規制による水産経済への被害は深刻なものとなっている。
【0004】
PSP の原因藻の分類学ならびに生理生態学やPSP の原因成分の化学および薬理学的性状に関しては、古くから多くの研究が行われている。現在までに20を超えるPSP 成分が分離され、その構造が確認されている (図1参照) 。これらはいずれも特徴的な還元型プリンのトリサイクリック骨格上に2つのグアニジウム基と抱水ケトンを有するサキシトキシン(STX) の誘導体であり、毒化貝や原因藻には通常これらのうちの複数の成分が含まれる。これらのPSP 成分は通常の調理では毒性をほとんど失わず、成分によっては加熱するとより毒性の強い成分に変化するものもある。このことは、食品加工の過程で貝類からPSP を除去することが困難であることを意味する。
【0005】
これまで、PSP の問題解決を目的として以下のような研究が進められてきた。第一に、原因藻となる有毒プランクトンを撲滅もしくは発生を制御することである。しかし自然現象である原因藻の発生を生態系へのネガティブな影響を防ぎつつ、制御することは現状では困難である。第二に、原因藻の発生をコントロールすることである。貨物船などがバランスを取る際に用いるバラスト水や、養殖二枚貝の稚貝の移植などによる人為的な原因藻の拡散が問題となっており、様々な研究が行われている。第三に、原因プランクトンの発生を予知することにより、貝の毒化を未然に防ぐことである。第四にPSP を簡便かつ迅速に検出出来る方法を開発することである。現在用いられているマウス試験法は簡便かつ信頼性の高いPSP の検出法であるが、検出感度が低く、動物試験に伴う種々の問題点も抱えている。この問題の解決のために、様々な研究グループがマウス試験法に替わるPSP の簡易分析法の開発を進めている。そして、第五に、毒化貝を効果的に除毒する方法の開発である。
【0006】
貝類の安全かつ効果的な早期除毒法の開発は、問題解決のための最も有効な手段である。先に述べたように、PSP は調理加工による除去が困難である。しかし二枚貝は、富栄養化に伴って発生した植物プランクトンを良質のタンパク質源として回収することができるため、食料資源としての価値は非常に高く、また国によっては生鮮貝に対する消費者のニーズも高い。さらに二枚貝はしばしば、同一海域で同じ時期に採取した同種の貝であっても、その毒性には大きなばらつきが認められる。非特許文献1には、オゾンを吹き込んだ海水中で毒化した二枚貝を飼育することにより、貝のPSP が減少することが報告されている。この方法は、多くの研究者により追試されているが、除毒までかなりの長期間を要すること、あるいは顕著な効果が認められないことなど問題点が多く、現在はほとんど行われていない。このような技術の開発には、貝などの生体内でのPSP 代謝機構の解明が不可欠である。しかしこのような研究は少なく、現在、貝の除毒の試みはまったくの手詰まり状況となっている。
【非特許文献1】Blogoslawski M.E., Stewart W.J., 1979: Ozone detoxification of paralytic shellfish poison in the softshell clam (Mya Arenaria),Toxicon,17, 650-654
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、食品や飼料原料としての水生生物からの麻痺性貝毒の安全で効果的な除去方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、11位に硫酸エステル基を持つゴニオトキシン(GTX) 群等のPSP 成分がグルタチオン(GSH) やメルカプトエタノール(ME)などのチオール化合物と反応して、STX 群へ還元される機構を明らかにし、さらに、毒化貝にシステイン、およびシステインの酸化重合体であるシスチンを用いることにより毒化ホタテガイからのGTX 群を除毒することを試みた。システインは水に溶けやすいため、濾過食性の貝類にこれを餌として取り込ませることは困難である。前述のように二枚貝などの濾過食性生物は、有毒プランクトンを餌として取り込むため、一般に中腸腺、即ち肝膵臓に毒の大部分が集中する。システインを貝に注入する方法は、貝の生理状態に大きな影響を与えると考えられるだけでなく、著しく手間がかかり、かつ毒の集中する中腸腺からの顕著な除毒効果を期待することはできない。これに対し、シスチンは比較的安定で水に溶けにくく、貝に餌として取り込ませるのが容易であり、また、シスチンは生体内ですみやかにシステインに還元され、GTX 群を分解することが期待された。しかし、シスチンの投与はしばしば貝の斃死を引き起こすので、鮮度が重視される海産物の除毒法としては適当でない。
【0009】
また、11位に硫酸エステルを持つGTX 群ならびにC-トキシン群は北大平洋沿岸海域で発生するAlexandrium 属渦鞭毛藻ならびにその発生に伴って毒化する貝類に認められる主要なPSP 成分であるが、貝の種類や組織によっては11位が還元されたサキシトキシン(STX) 群を多く含むことがある。また、STX 群は熱帯・亜熱帯海域で発生する渦鞭毛藻Pyrodinium bahamense var. compressumの主要なPSP 成分であり、これらの海域では貝類は原因藻の毒組成を反映してSTX 群を主要成分として毒化する。STX 群はチオールとは反応しないのでこれを用いる方法で除去することはできない。
【0010】
そこで検討を進めた結果、本発明者は、11位に硫酸エステル基をもつ麻痺性貝毒が、システインまたはシスチンを構成アミノ酸として豊富に含有するタンパク質またはペプチドを含む飼料を貝類に給餌することにより顕著に除毒できること、この方法によれば貝の斃死を引き起こすことがないことを見出した。さらに、11位に硫酸エステル基をもたないサキシトキシン(STX )群の麻痺性貝毒がポリフェノールにより分解することも見出し、本発明を完成した。
【0011】
即ち、本発明は以下の通りである。
(1) システインまたはシスチンを構成アミノ酸として含有し、システインおよびシスチンの合計量が乾燥重量で1.5 〜40重量%であるタンパク質またはペプチドを用いることを特徴とする、生鮮貝類から11位に硫酸エステル基をもつ麻痺性貝毒成分を除毒する方法。
(2) 前記タンパク質がケラチンである、上記(1) 記載の方法。
(3) 生鮮貝類に前記タンパク質またはペプチドを含む飼料を給餌することにより行う、上記(2) 記載の方法。
(4) 前記タンパク質がケラチンである、上記(3) 記載の方法。
(5) ケラチンを含む飼料がフェザーミールである、上記(4) 記載の方法。
(6) 11位に硫酸エステル基をもつ麻痺性貝毒成分が、ゴニオトキシン1、ゴニオトキシン2、ゴニオトキシン3、ゴニオトキシン4、デカルバモイルゴニオトキシン1、デカルバモイルゴニオトキシン2、デカルバモイルゴニオトキシン3、デカルバモイルゴニオトキシン4、C1、C2、C3、またはC4のいずれか1種または2種以上である、上記(1) 〜(5) のいずれかに記載の方法。
(7) 生鮮貝類が濾過食性の水生生物である、上記(1) 〜(5) のいずれかに記載の方法。
(8) システインまたはシスチンを構成アミノ酸として含有し、システインおよびシスチンの合計量が乾燥重量で1.5 〜40重量%であるタンパク質またはペプチドを含むことを特徴とする、11位に硫酸エステル基をもつ麻痺性貝毒成分の除毒のための生鮮貝類用の飼料添加剤。
(9) システインまたはシスチンを構成アミノ酸として含有し、システインおよびシスチンの合計量が乾燥重量で1.5 〜40重量%であるタンパク質またはペプチドを含むことを特徴とする、11位に硫酸エステル基をもつ麻痺性貝毒成分の除毒のための生鮮貝類用飼料。
(10)フェザーミールである上記(9) 記載の飼料。
(11)11位に硫酸エステル基をもつ麻痺性貝毒成分が、ゴニオトキシン1、ゴニオトキシン2、ゴニオトキシン3、ゴニオトキシン4、デカルバモイルゴニオトキシン1、デカルバモイルゴニオトキシン2、デカルバモイルゴニオトキシン3、デカルバモイルゴニオトキシン4、C1、C2、C3、またはC4のいずれか1種または2種以上である、上記(9) または(10)記載の飼料。
(12)生鮮貝類が濾過食性の水生生物である、上記(9) 〜(11)のいずれかに記載の飼料。
(13)11位に硫酸エステル基をもたない麻痺性貝毒成分を、ポリフェノール溶液中で分解させることを特徴とする、11位に硫酸エステル基をもたない麻痺性貝毒成分の除去方法。
(14)11位に硫酸エステル基をもたない麻痺性貝毒成分が、サキシトキシン、デカルバモイルサキシトキシン、ネオサキシトキシン、デカルバモイルネオサキシトキシン、ゴニオトキシン5(B1)、またはゴニオトキシン6(B2)のいずれか1種または2種以上である、上記(13)記載の方法。
(15)ポリフェノール溶液が、ポリフェノール化合物を1種もしくは2種以上含む溶液、またはポリフェノール含有食品である、上記(13)または(14)記載の方法。
(16)溶液中に含まれるポリフェノール化合物が、タンニン酸、エラグ酸、クロロゲン酸、クマリン、カテキン、没食子酸、没食子酸プロピルまたはピロガロールである、上記(15)記載の方法。
(17)ポリフェノール含有食品が、リンゴ、トマト、茶、ワインまたはブドウジュースである、上記(15)記載の方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、これまで有効な除去方法がなかった麻痺性貝毒を、安全で効果的に除去することができる。北太平洋沿岸海域で発生する渦鞭毛藻による貝毒であるゴニオトキシン群およびC−トキシン群については、システインまたはシスチンを構成アミノ酸として豊富に含有するタンパク質またはペプチドを飼料に添加して、あるいは飼料として生鮮貝類に給餌することにより、貝の鮮度を保ちながら除毒することが可能である。従って、貝毒による中毒をなくすと共に、貝毒の発生で出荷規制が行われることによる水産経済への被害を減らすことができる。また、主に熱帯・亜熱帯海域で発生する渦鞭毛藻によるサキシトキシン群などの11- 還元型の貝毒は、植物に含まれるポリフェノールにより消去することができ、貝類の加工過程での除去、およびこれまで全く手がかりのなかった貝毒中毒の効果的な治療薬の開発を可能にする。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明で対象とする麻痺性貝毒には、図1に示すように、11位に硫酸エステル基を有する11位硫酸エステル型、および11位に硫酸エステル基をもたない11位還元型がある。11位硫酸エステル型としては、ゴニオトキシン1 (GTX 1)、ゴニオトキシン2(GTX 2)、ゴニオトキシン3(GTX 3)、ゴニオトキシン4(GTX 4)、デカルバモイルゴニオトキシン1(dcGTX 1)、デカルバモイルゴニオトキシン2(dcGTX 2)、デカルバモイルゴニオトキシン3(dcGTX 3)、デカルバモイルゴニオトキシン4(dcGTX 4)などのゴニオトキシン(GTX )群、およびC1、C2、C3、またはC4などのCトキシン(C−toxin)群が例示できる。これらのPSP は、温帯から寒帯海域で発生するAlexandrium 属渦鞭毛藻が生産するPSP の主要成分である。
【0014】
また、11位還元型としては、サキシトキシン、デカルバモイルサキシトキシン、ネオサキシトキシン、デカルバモイルネオサキシトキシン、ゴニオトキシン5(B1)、またはゴニオトキシン6(B2)が挙げられる。これらの成分は、熱帯・亜熱帯海域で発生する渦鞭毛藻Pyrodinium bahamense var. compressumの主要なPSP 成分である。
【0015】
本発明において11位硫酸エステル型のPSP の除毒に使用するのは、システインまたはシスチンを、これらの合計で1.5 〜40重量% (乾燥重量として) 含有するタンパク質またはペプチドである。このようなタンパク質またはペプチドとしては、システインまたはシスチンを、合計で1.5 〜40重量% (乾燥重量として) 含有するものであれば特に限定されることなく使用できるが、好ましくはシステインまたはシスチンを、合計で2〜40重量%、特に好ましくは2〜30重量%含有するものを使用する。中でも、システインおよびシスチンを8〜20重量%程度含有するケラチンを用いるのが好ましい。ケラチンとしては、ケラチンを含む任意の原料より精製したものを使用することができるが、ケラチンタンパク質を主成分とする材料をそのまま使用してもよい。例えば、ケラチンタンパク質を主成分とし、安価な飼料原料として使用されているフェザーミールを用いることができる。フェザーミールは、養鶏場で鶏を出荷する際に廃棄物として出る鶏の羽を再利用した家畜用飼料であり、主成分はシステインを豊富に含むケラチンタンパク質である。フェザーミールが貝体内に取り込まれると、消化されてシステインが遊離し、ゴニオトキシン群の貝毒に作用し分解すると考えられる。フェザーミールは極めて安価な飼料原料であり、PSP 除毒用の飼料または添加剤だけでなく、二枚貝などの濾過食性水生生物の飼料原料としても有用である。システインまたはシスチンを豊富に含有するタンパク質としては他に、メタロチオネインなどが挙げられる。
【0016】
システインまたはシスチンを構成アミノ酸として含有するタンパク質またはペプチドを生鮮貝類に投与するには、飼料に添加して、あるいは飼料として給餌する。タンパク質またはペプチドの投与量は、貝を採取する時期、貝毒の含有量、このタンパク質またはペプチドに含まれるシステインまたはシスチンの割合により異なるが、システインまたはシスチンの量として、可食部重量100 gの貝に対して1日当たり1mg〜100mg 程度、好ましくは10mg〜50mgとなるような、タンパク質またはペプチドの量を1日〜7日程度、好ましくは1日〜3日投与すればよい。フェザーミールを除毒用飼料として用いる場合は、可食部重量100 gの貝に対してフェザーミールを1日当たり0.04g〜4g程度、好ましくは0.5 g〜1.5 gの量を1〜6日程度、好ましくは1日〜3日与えればよい。
【0017】
本発明において11位還元型PSP (STX群) の分解に使用するポリフェノールは、タンニン酸、エラグ酸、クロロゲン酸、クマリン、カテキン、没食子酸、没食子酸プロピル、ピロガロールなどのポリフェノール化合物を1種または2種以上含む溶液でも、リンゴ、トマト、茶、ワイン、ブドウジュースなどのポリフェノールを含む食品でもよい。茶としては、緑茶、玄米茶、番茶、紅茶、甜茶、ウーロン茶などいずれの種類でもよい。STX 群の貝毒の分解は、ポリフェノールラジカルによるSTX 群の酸化分解によると考えられ、酸化還元電位が高く酸化力の強いポリフェノールが好ましく使用できる。特に、中性、25℃の条件下で水溶液中に重量比0.1 %の濃度で溶解した場合に、酸化還元電位が150 mV以上、特に200mV 以上を示すものが望ましい。
【0018】
ポリフェノールを用いてSTX 群の貝毒を分解するには、ポリフェノールの溶液を含む中性の水溶液中で加温もしくは煮沸するのが分解速度を上げる点で好ましいが、生理的条件下においても分解は可能である。溶液中のポリフェノールの濃度は、含まれるSTX 群の濃度やその他の共存する成分とその濃度により大きく変化するが、溶液中の重量比で0.001 %〜1%が好ましく、特に0.02%〜0.2 %が好ましい。ポリフェノール溶液を用いるこの方法は、例えば、貝の加工過程での除毒に適用することが可能であり、また中毒の初期段階での対処法としても有効と考えられる。
【0019】
STX 群は熱帯、亜熱帯地域で発生するPyrodinium bahamense ver. compressumの主要なPSP 成分である。現在まで、熱帯、亜熱帯域の国々ではSTX 群による麻痺性貝毒で中毒死する事例が多発している。これらの国々では離乳食として安価で栄養価の高い貝類のスープが使われており、乳幼児は成人に比べごく少量のPSP を摂取しただけでも重篤な中毒に陥ることから、その対策の確立が急務となっている。しかし、現在のところ麻痺性貝中毒に対する有効な治療法は皆無であり、医療機関における胃洗浄や人工呼吸などの対症療法があるにすぎない。本発明は貝類の食の安全の向上につながるだけでなく、麻痺性貝毒による食中毒の効果的な治療法の確立にも結びつくものである。
【実施例1】
【0020】
ホタテガイに対するフェザーミール給餌試験
(試料)
2006年10月10日に大船渡湾清水定点において採取した毒化ホタテガイ生貝75個体を、500L容のアクリル製試験水槽に25個体ずつそれぞれ収容し流水で1日予備飼育して馴化した後、下記の試験に供した。なお、使用したフェザーミール中のシステインおよびシスチンの合計含量は3重量%強であった。
【0021】
(試薬類)
フェザーミールは株式会社アマタケ本社 (岩手県大船渡市) から供与されたものを、液体窒素を加えて乳鉢中で粉砕し、125 μm以下の粒子を集めて使用まで−80℃で凍結保存した。市販の二枚貝用人工試料であるDIC diet (大日本インキ化学工業) も試験に供するまで低温中で保存した。
【0022】
(ホタテガイへのフェザーミールの投与)
0.5 μmのフィルターで濾過した海水500Lを上記アクリル水槽に入れ、これにフェザーミール25gを懸濁し、エアレーションにより攪拌しつつ水温および濁度を測定した。この水槽に上記のホタテガイ生貝25個体を収容した座布団籠を吊るし、24時間エアレーションしながら止水で飼育した。その後、同水槽を流海水に切り替え、さらに2日間無給餌で飼育した。計3日間の飼育後、個体ごとに殻高、殻長、全重量、剥き身重量を測定した。
【0023】
上記試験に加えて、別に上記のホタテガイ生貝25個体にはフェザーミールにかえてDIC diet25gを給餌し同様に飼育して対照区 (コントロール) とした。予備飼育した別の25個体は、そのまま取り上げ個体ごとにに殻高、殻長、全重量、剥き身重量を測定し、イニシャル区とした。試験区、対照区およびイニシャル区の剥き身は個体別に凍結し、抽出するまで-80 ℃のフリーザー中に保存した。
【0024】
(ホタテガイのPSP 成分の分析)
試験区、対照区、イニシャル区、ともに5個体ずつ剥き身を合一してホモジナイズし、食品衛生検査指針 (2005) に記載の方法に従ってホモジネートを希塩酸で熱浸抽出し、得た抽出液の毒性をマウス試験法 (Sommer H., Meyer K.F., 1973: Paralytic shellfish poisoning,Arch.Pathol.,24, 560-598 ) で分析定量した。抽出液の一部は限外遠心キット(Ultrafree-MC NMWL5000, Millipore) で濾過し、濾液中のPSP 成分を、HPLC蛍光法(Oshima Y, Post-column derivatization HPLC methods for paralytic shellfish poisons. In: GM Hallegraeff, DM Anderson, SD Cambella, HO Enevodsen, eds. Manual on Harmful Marine Microlgae, Paris: UNESCO, pp.81-94, 1995)で分析定量した。
【0025】
(結果)
DIC dietを給餌した対照区では飼育3日目で2個体が斃死した。フェザーミールを給餌した試験区では斃死する個体は認められなかった。HPLCで算出したイニシャル区の毒性は 6.58 ±1.08MU/gと出荷規制値である4MU/g以上の高い値を示しており、対照区では4.94±1.44MU/g (n =5) でイニシャル区とほぼ変化がなかった。フェザーミールを給餌した試験区では、3.72±0.57MU/gと毒性が顕著に減少し、出荷規制値を下回る値となった (図2) 。マウス試験においても、試験区のみが出荷規制値を下回った。図3は各試験区の毒含量を11- スルホ型 (11-sulfo) と11- 還元型 (11-reduced) に分けて示したものである。イニシャル区に対し対照区では11- スルホ型のPSP 成分はあまり減少していないのに対して、フェザーミールを投与した試験区ではこれが大きく減少することが確認された。 以上の結果から、フェザーミールの投与により毒化ホタテガイ生貝中の11α- スルホ型のPSP 成分を顕著に除去できることが確認された。フェザーミールはホタテガイの体内で消化され、豊富に含まれるシステインが遊離して11- スルホ型の成分を分解すると考えられる。
【0026】
(参考例)
シスチンの給餌による毒化ホタテガイの除毒試験
大船渡湾清水定点の試験研究用筏よりホタテガイ11個体(可食部重量108.5 + 18.3 g) を採取し、水温6.5 ℃の濾過海水40L を入れた水槽2基に4個体ずつ入れた。片方の水槽にはDIC diet (大日本化学工業)を10g 、もう片方の水槽には10g のDIC dietと5gのL(-)- シスチン(和光純薬,031-05295)を混合して添加した。エアレーションしつつ2日間飼育後、海水を取り替えてさらに2日間、無給餌で飼育した。ホタテガイ各個体から中腸腺を取り出し、食品衛生検査指針(日本食品衛生協会、2005年度版、理化学編、pp.673-680) に記載の方法に準じ、個体ごとに中腸腺の希塩酸熱浸抽出液を調製し、HPLC蛍光法(Oshima, 1995)で含まれる麻痺性貝毒成分を分析・定量した。これとは別に、試験開始時に3個体から中腸腺を取り出し、同様に抽出して分析した。
【0027】
図4、5に試験開始時のホタテガイ中腸腺(イニシャル区)、DIC dietのみを給餌した対照区、ならびにDIC dietとシスチンを混合して与えた試験区それぞれの毒性および組成別毒含量の分析結果を示した。DIC dietのみを給餌した場合は、イニシャル区とほとんど中腸腺の毒性に変化が認められなかったのに対し、シスチンを与えた試験区ではイニシャル区ならびに対照区に比べ顕著な毒性の低下が認められた。ことに11α位に硫酸エステルを持つ毒成分(11α-sulfo型成分)が試験区で大きく減少することが確認された。
【0028】
C2, GTX4, GTX3などの11β-sulfo型の毒成分は原因となるAlexandrium 属渦鞭毛藻の生産する主要な毒成分であるが、中性水溶液中もしくは貝の体内では徐々に異性化して、C1, GTX1, GTX4などの11α-sulfo型の毒成分を生じ、最終的にモル比で11β型:11α型がおよそ1:3 の平衡混合物となることが知られている。一方、種々のチオール化合物が11α-sulfo型の成分と直接反応し、11位でチオールの硫黄原子を介した結合体を形成することが明らかにされている。システインなど、SH基の近傍にアミノ基を有するチオール化合物もin vitroで11α-sulfo型の毒成分と反応するが、生じた結合体は著しく不安定で自発的に分解されることが確認されている。本試験の結果は、貝の体内でシスチンがシステインに還元され、これが中腸腺中に高濃度で含まれる11α-sulfo型の毒成分に作用し、これを分解していることによる、と考えられる。
【実施例2】
【0029】
ポリフェノールによるサキシトキシン群PSP の消去効果
この実験例では、11位が還元されたPSP 成分であるサキシトキシン(以下STX )がポリフェノールならびにポリフェノール含有食品で消去されることを示す。
(試料および試薬類)
STX は大船渡湾産毒化ホタテガイの中腸腺から希塩酸で熱浸抽出し、活性炭、Bio-Gel P-2 ならびにBio-Rex 70の各カラムクロマトグラフィーを用いる常法(Shimizu, 2000, Chemistry and mechanism of action, in: Seafood and Freshwater Toxins, Botana, L. M. ed., Marcel Decker, NY, pp.151-172)により精製・単離した。
【0030】
ポリフェノール標品はいずれも和光純薬ならびにSigima製の化学・生化学用試薬を使用した。ポリフェノールを含む食品類すなわち緑茶、玄米茶、番茶、紅茶、甜茶ならびにウーロン茶、ワイン(赤ワイン4種)、ブドウジュース(3種)、ココア、トマトジュース、リンゴは、いずれも市販品を購入して使用した。
(ポリフェノール標品によるSTX 消去試験)
タンニン酸、エラグ酸、クロロゲン酸、クマリン、カテキン、没食子酸、没食子酸プロピルおよびピロガロールを10mgずつそれぞれ別の試験管に取り、これらに10mLの50mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.4)を加え、溶解または懸濁させた。これらの溶液にSTX を終末濃度で10μM となるように添加して、沸騰浴中で5分間加温した。その後、限外遠心キット(Ultrafree-MC, NMWL5,000, Millipore) で処理して得たろ液中のSTX をHPLC蛍光法(Oshima、上述)で分析した。50mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.4) に終末濃度10μM となるように添加混合したものをイニシャルとし、これを沸騰浴中で5分間煮沸したものをコントロールとして同様に処理し分析した。
(ポリフェノール含有食品によるSTX 消去試験)
緑茶、玄米茶、番茶、紅茶、甜茶ならびにウーロン茶の茶葉1g ならびにココア1g をそれぞれ別のビーカーに取り、これらに100mL の50mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.4) を加えた。これを沸騰浴中で5分間加温し、ろ紙でろ過して中性の溶液を得た。4種の赤ワイン(赤ワイン-1,2,3,4) 、トマトジュースおよびブドウジュース(3種)はいずれも炭酸ナトリウムを添加してpHを7.4 に調整した。リンゴは皮ごと摺りおろし、炭酸ナトリウムを加えて中性とした上、等量の水を加えて懸濁物を作成した。それぞれの溶液または懸濁物中にSTX を終末濃度で10μM となるように添加して、沸騰浴中で5分間加温した。その後、限外遠心キット(Ultrafree-MC, NMWL5,000, Millipore) で処理して得たろ液中のSTX をHPLC蛍光法(Oshima、上述)で分析した。50mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.4) に終末濃度10μM となるように添加混合したものをイニシャルとし、これを沸騰浴中で5分間煮沸したものをコントロールとして同様に処理し分析した。
(結果)
図6に種々のポリフェノール標品の中性水溶液中でSTX を加温した結果を示す。ポリフェノールを加えない溶液中では、イニシャルの10μM に対して煮沸後(図中のCTRL) では8.6 μM のSTX が残存した。これに対して、タンニン酸、エラグ酸、クロロゲン酸、クマリン、カテキン、没食子酸、没食子酸プロピルおよびピロガロールを加えた溶液中では、STX の顕著な減少が認められた。特に、茶葉の主要なポリフェノールであるカテキンやタンニン酸ならびにその構成成分である没食子酸とその誘導体である没食子酸プロピル、ピロガロールには特に高いSTX 消去作用が確認された。
【0031】
図7に種々のポリフェノール含有食品の中性溶液中でSTX を加温した結果を示す。中性リン酸ナトリウム緩衝液中で5分間加温した場合には、イニシャルの10μM に対して8.6 μM のSTX が残存した。これに対して、赤ワインやブドウジュース、緑茶、玄米茶、番茶、紅茶、甜茶ならびにウーロン茶の中性溶液中でSTX を加温した場合、STX の回収量は顕著に減少した。同様の効果はトマトジュース、ココア、リンゴにも認められた。番茶や紅茶、ウーロン茶の溶液には特に高いSTX 消去作用が確認された。
【実施例3】
【0032】
実施例2と同様にして精製・単離したSTX 、neoSTX、GTX 5 (B1)及びGTX 6 (B2)を用いて、タンニン酸による分解実験を行った。
GTX 5 標準溶液(56.9 μM)、GTX 6 標準溶液(38.6 μM)、STX 標準溶液(354μM)、neoSTX標準溶液(100μM)に各PSP の終末濃度が1 μM となるように0.01% タンニン酸を含むDMSO/0.01M リン酸ナトリウム(pH7.4) に添加混合した。これらの混合液を沸騰浴中で5 分間加熱・氷冷し、限外ろ過して得たろ液をHPLC蛍光法で分析した。
【0033】
イニシャルおよびコントロールとして、0.01 Mリン酸ナトリウム(pH 7.4)にGTX 5 、GTX 6 、STX 、neoSTXを1 μM の濃度に調製した溶液ならびにこれを沸騰浴中で5 分間加熱・室温まで氷冷した溶液それぞれを同様に調製し、HPLC蛍光法で分析した。
【0034】
図8に示すように、STX 、neoSTX、GTX 5 、GTX6はコントロールに比べ0.01 %タンニン酸溶液中で加熱した試験区では顕著な減少が認められた。以上の結果から、タンニン酸溶液は、11位が還元されたSTX 、neoSTX、GTX 5 およびGTX 6 を特異的に消去する効果を有することが明かとなった。
【0035】
これに対して、11- スルホ型PSP 成分(11位に硫酸エステルを持つ麻痺性貝毒成分)であるGTX 群(GTX1とGTX 4の平衡混合物およびGTX2とGTX 3の平衡混合物)を同様に0.01%のタンニン酸を含む中性溶液中で加温したところ、これらのPSP 成分には、加温前に比べ明確な減少は認められなかった。
【実施例4】
【0036】
生理的条件下におけるポリフェノールによるSTX の消去効果
本実施例では実施例2と同様にして精製・単離したSTX を使用した。スペイン産赤ワイン(オレリア)に1M の炭酸ナトリウムを加えて中和し、終末濃度が10μM となるようにSTX を添加混合した。この溶液を37℃の湯浴中でインキュベートし、経時的に(反応開始5, 10, 20, 30 分後に)溶液を一部採取し、等量の0.5M酢酸を加え限外ろ過して得たろ液をHPLC蛍光法(Oshima, 1995, 上述)で分析し、残存するSTX の濃度を分析定量した。10μM のSTX を含む中性水溶液を同様に37℃で加温し、コントロールとして同様に経時的に分析定量した。
【0037】
タンニン酸、没食子酸、没食子酸プロピルまたはピロガロールをそれぞれ0.1 重量%含む中性水溶液を別々に作成し、それぞれにSTX を終末濃度で10μM となるように添加混合して37℃でインキュベートし、上記の赤ワインの場合と同様に残存するSTX の濃度を分析定量した。
(結果)
図9に示すように、中和した赤ワイン中でSTX を37℃でインキュベートしたところ、5分後にはSTX 濃度がイニシャルの約30%に低下した。同様の結果はタンニン酸や没食子酸、没食子酸プロピルを含む中性溶液中でSTX をインキュベートした場合にも認められた(図10)。これに対しピロガロールを添加した溶液のSTX 消去作用はやや劣り、赤ワインやポリフェノールを含まないコントロールではSTX の顕著な減少は確認されなかった。
【0038】
本実施例で用いた10μM のSTX 溶液を成人が摂取した場合、コップ1杯程度の量で重篤な中毒を引き起こす。麻痺性貝毒による食中毒に大しては、現在のところ効果的な治療法が確立されておらず、胃洗浄や人工呼吸などの対症療法が施されているにすぎない。本実施例から、少なくとも胃内に未吸収の毒の大半が残っている中毒初期の段階では、中和した赤ワインや没食子酸溶液の投与により、STX 群による食中毒症状を大幅に軽減できる可能性が高いものと考えられる。また本実施例の結果は、これらポリフェノールもしくはポリフェノール含有食品を使用することにより、調理・加工段階においてSTX 群を貝類もしくはそのスープから効果的に除去できることを示唆するものである。
【実施例5】
【0039】
ポリフェノールによるSTX 除去効果への生体内還元剤の影響
上記実施例2〜4において、ポリフェノール溶液中でインキュベートするとSTX は消去されることが確認された。STX をはじめとする麻痺性貝毒は中性条件下で活性炭やSepahdex, Bio-Gel P-2 などのゲル濾過樹脂などによく吸着する。このような担体と同様に、ポリフェノールにSTX が強固に吸着されているとすれば、HPLC分析では検出できないことになる。一方、ポリフェノールは光合成植物の体内で生じる酸素ラジカル(活性酸素)のクエンチャーとして機能することが知られている。従って、このような反応でポリフェノール上に生じたラジカルがSTX を直接分解することも考えられる。本実施例ではポリフェノールによるSTX 消去機構の解明を目的として、ポリフェノールによるSTX 除去効果への生体内還元剤の影響を調べた。
【0040】
(試料および試薬類)
STX の精製毒としては実施例2と同様にして得たものを使用した。使用した試薬類は以下の通りである。
【0041】
ポリフェノール
タンニン酸: Wako, 化学用, 203-06331
生体内還元剤
アスパラギン酸: Wako, 試薬特級, 013-04832
グルタミン酸: Wako, 試薬特級, 070-00502
グルタチオン: Wako, 和光特級, 071-02014
システイン塩酸塩:Wako, 試薬特級, 033-05272
アスコルビン酸: Wako, 試薬特級, 016-04805
(方法)
アスパラギン酸1、3または10mMを含む0.1 リン酸緩衝液(pH7.4)に対しそれぞれに0.1 %のタンニン酸を添加した。これらの溶液にさらに、STX を終末濃度10μM となるように添加した。これらの混合液を沸騰浴中で5分間煮沸後、限外遠心キット(Ultrafree-MC NMWL5000, Millipore) で限外濾過をして得た濾液をHPLC蛍光法(Oshima, 上述) で分析した。また、アスパラギン酸に代えてグルタミン酸、グルタチオン、システインを用い同様の操作を行い、HPLC蛍光法で分析した。アスコルビン酸については0.1 、0.3 、0.5 、1、3および10mMの濃度の溶液を作製し、同様の実験を行った。これらに加え、0.1 Mリン酸緩衝液 (pH7.4)に終末濃度10μM STX のみを添加したものをイニシャルとし、これに0.1 %の濃度になるようにタンニン酸を加え沸騰浴中で5分間煮沸したものをコントロールとした。上記の各溶液をHPLC蛍光法で分析した。
【0042】
(結果)
結果を図11に示す。タンニン酸溶液にアスパラギン酸またはグルタミン酸を加えた溶液中でSTX を加温した場合、これらのアミノ酸を含まないタンニン酸溶液を用いるコントロールと同程度、ほとんどのSTX が消失した。一方、グルタチオンまたはシテスインを添加した場合は、これらチオールの濃度が高くなるにつれて、残存するSTX 濃度が上昇する傾向が認められた。アスコルビン酸では、より低濃度を添加した場合でも同様の現象が確認された。
【0043】
以上の結果から、グルタミン酸およびアスパラギン酸はポリフェノール(タンニン酸)によるSTX 除去効果を抑制しないのに対し、SH基をもつグルタチオンおよびシステインはこの効果を抑制することが判明した。同様の効果はチオールと同様の抗酸化剤として生体内に分布するアスコルビン酸でも認められた。チオールやアスコルビン酸はポリフェノールの分子上に生じたラジカルを消去する。このことは、タンニン酸の分子上にラジカルが生じたときに限って、STX が消去されることを意味する。即ち、タンニン酸などのポリフェノールによるSTX の消去は、ポリフェノールが直接STX に作用して、これを酸化していると考えられる。
【実施例6】
【0044】
ポリフェノール溶液中でのSTX の消去と酸化還元電位
種々のポリフェノールについて中性水溶液の酸化還元電位を測定し、STX 消去効果と合わせて比較検討した。
【0045】
(方法)
STX10 μM に12N塩酸を数滴加え、酸性にした溶液を凍結乾燥した。これを10mlの水に溶かし、Sep-Pak C-18に通した後、0.2 Mリン酸緩衝液 (pH7.4)で中和した。実施例2で使用したタンニン酸、カテキン、エラグ酸、クロロゲン酸、クマリンをそれぞれ別々のビーカーに取り、これらに1000倍量の0.1 Mリン酸緩衝液 (pH7.4)を加え、溶解または懸濁した。実施例3で使用したアスパラギン酸、グルタミン酸、グルタチオン、システイン、アスコルビン酸を1mM含む0.1 Mリン酸バッファー (pH7.4)溶液をそれぞれ作製した。さらに、上記のタンニン酸溶液とアスコルビン酸を合わせた混合液を作製した。これらの中性溶液を酸化還元電位測定器(Eutech Instruments)を使用してそれぞれの酸化還元電位 (ORP値)を測定した。
(結果)
図12に示すように、1mMの中性STX 水溶液の酸化還元電位 (ORP値)は150 mVである。これに対し、各種ポリフェノール標品の0.1 %中性水溶液のORP値は、いずれもSTX 溶液のそれよりも高かった。カテキン、タンニン酸、クマリン、エラグ酸、クロロゲン酸各溶液のORP値はそれぞれ261 mV、258 mV、237 mV、207 mV、204 mVであった。
【0046】
このように、顕著なSTX 消去作用を示すカテキンやタンニン酸などのORP値はいずれも200 mV以上であった。アスコルビン酸中性水溶液のORP値は135 mVであるのに対し、タンニン酸とアスコルビン酸の混合液のORP値は95mVと、いずれか一方のみの溶液よりも低い値を示した。以上の結果は、ポリフェノールによるSTX の消去作用がその酸化還元電位に依存することを示す。
【0047】
以上から、ポリフェノールによるSTX の消去は、ポリフェノール中に生じたラジカルまた酸化型が関与すること、即ちSTX の消失の際に酸化による分解反応が起きていることが明らかである。
【図面の簡単な説明】
【0048】
【図1】代表的な麻痺性貝毒成分の構造を示す図である。
【図2】ホタテガイに対するフェザーミール給餌試験の結果を示す図である。
【図3】ホタテガイに対するフェザーミール給餌試験における組成別毒含量を示す図である。
【図4】シスチン給餌による毒化ホタテガイ中腸腺の毒性を示す図である。
【図5】シスチン給餌による毒化ホタテガイ中腸腺の組成別毒含量を示す図である。
【図6】各種ポリフェノール標品によるSTX 除去実験の結果を示す図である。
【図7】各種ポリフェノール含有食品によるSTX 除去実験の結果を示す図である。
【図8】タンニン酸によるSTX 分解試験の結果を示す図である。
【図9】赤ワインによるSTX 分解試験の結果を示す図である。
【図10】タンニン酸、没食子酸、没食子酸プロピルおよびピロガロールによるSTX 分解試験の結果を示す図である。
【図11】ポリフェノールによるSTX 除去効果への生体内還元剤の影響を示す図である。
【図12】中性溶液中の酸化還元電位(ORP値) を示す図である。
【技術分野】
【0001】
本発明は、麻痺性貝毒成分の除去方法、それに用いる飼料添加剤および飼料に関する。より詳しくは、生鮮貝類から、ゴニオトキシン群などの11位に硫酸エステル基をもつ麻痺性貝毒成分を除毒する方法、それに用いる飼料添加剤および飼料、並びにサキシトキシン群などの11位に硫酸エステル基をもたない麻痺性貝毒成分を除去する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
貝類は高タンパク、低脂肪であり、かつ現代人に不足しがちな亜鉛などの微量元素を豊富に含む優れた食料資源である。二枚貝などの濾過食性水生生物(filter feeder)は植物プランクトンを直接餌として取り込むが、植物プランクトンの中には麻痺性貝毒などの自然毒を生産するものがいる。
【0003】
麻痺性貝毒(Paralytic shellfish poisons; PSP)は、Alexandrium tamarense などの渦鞭毛藻が持つ致死性の高い強力な神経毒である。海洋にPSP の原因藻が発生すると二枚貝などの濾過食性水生生物は高度に毒化し、ヒトの食中毒を引き起こすPSP を蓄積する。PSP の発生海域は世界的に拡大傾向にあり、二枚貝を食用とする各国では貝類の毒性を定期的に監視し、毒化貝の市場への流出を防いでいる。日本ではこの貝毒モニタリングが有効に機能し、市場に出回る貝類による中毒はほとんど皆無と言ってよい。しかし原因藻の消失後もかなりの長期間、二枚貝はしばしば高い毒性を保持し続けるので、出荷規制による水産経済への被害は深刻なものとなっている。
【0004】
PSP の原因藻の分類学ならびに生理生態学やPSP の原因成分の化学および薬理学的性状に関しては、古くから多くの研究が行われている。現在までに20を超えるPSP 成分が分離され、その構造が確認されている (図1参照) 。これらはいずれも特徴的な還元型プリンのトリサイクリック骨格上に2つのグアニジウム基と抱水ケトンを有するサキシトキシン(STX) の誘導体であり、毒化貝や原因藻には通常これらのうちの複数の成分が含まれる。これらのPSP 成分は通常の調理では毒性をほとんど失わず、成分によっては加熱するとより毒性の強い成分に変化するものもある。このことは、食品加工の過程で貝類からPSP を除去することが困難であることを意味する。
【0005】
これまで、PSP の問題解決を目的として以下のような研究が進められてきた。第一に、原因藻となる有毒プランクトンを撲滅もしくは発生を制御することである。しかし自然現象である原因藻の発生を生態系へのネガティブな影響を防ぎつつ、制御することは現状では困難である。第二に、原因藻の発生をコントロールすることである。貨物船などがバランスを取る際に用いるバラスト水や、養殖二枚貝の稚貝の移植などによる人為的な原因藻の拡散が問題となっており、様々な研究が行われている。第三に、原因プランクトンの発生を予知することにより、貝の毒化を未然に防ぐことである。第四にPSP を簡便かつ迅速に検出出来る方法を開発することである。現在用いられているマウス試験法は簡便かつ信頼性の高いPSP の検出法であるが、検出感度が低く、動物試験に伴う種々の問題点も抱えている。この問題の解決のために、様々な研究グループがマウス試験法に替わるPSP の簡易分析法の開発を進めている。そして、第五に、毒化貝を効果的に除毒する方法の開発である。
【0006】
貝類の安全かつ効果的な早期除毒法の開発は、問題解決のための最も有効な手段である。先に述べたように、PSP は調理加工による除去が困難である。しかし二枚貝は、富栄養化に伴って発生した植物プランクトンを良質のタンパク質源として回収することができるため、食料資源としての価値は非常に高く、また国によっては生鮮貝に対する消費者のニーズも高い。さらに二枚貝はしばしば、同一海域で同じ時期に採取した同種の貝であっても、その毒性には大きなばらつきが認められる。非特許文献1には、オゾンを吹き込んだ海水中で毒化した二枚貝を飼育することにより、貝のPSP が減少することが報告されている。この方法は、多くの研究者により追試されているが、除毒までかなりの長期間を要すること、あるいは顕著な効果が認められないことなど問題点が多く、現在はほとんど行われていない。このような技術の開発には、貝などの生体内でのPSP 代謝機構の解明が不可欠である。しかしこのような研究は少なく、現在、貝の除毒の試みはまったくの手詰まり状況となっている。
【非特許文献1】Blogoslawski M.E., Stewart W.J., 1979: Ozone detoxification of paralytic shellfish poison in the softshell clam (Mya Arenaria),Toxicon,17, 650-654
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、食品や飼料原料としての水生生物からの麻痺性貝毒の安全で効果的な除去方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、11位に硫酸エステル基を持つゴニオトキシン(GTX) 群等のPSP 成分がグルタチオン(GSH) やメルカプトエタノール(ME)などのチオール化合物と反応して、STX 群へ還元される機構を明らかにし、さらに、毒化貝にシステイン、およびシステインの酸化重合体であるシスチンを用いることにより毒化ホタテガイからのGTX 群を除毒することを試みた。システインは水に溶けやすいため、濾過食性の貝類にこれを餌として取り込ませることは困難である。前述のように二枚貝などの濾過食性生物は、有毒プランクトンを餌として取り込むため、一般に中腸腺、即ち肝膵臓に毒の大部分が集中する。システインを貝に注入する方法は、貝の生理状態に大きな影響を与えると考えられるだけでなく、著しく手間がかかり、かつ毒の集中する中腸腺からの顕著な除毒効果を期待することはできない。これに対し、シスチンは比較的安定で水に溶けにくく、貝に餌として取り込ませるのが容易であり、また、シスチンは生体内ですみやかにシステインに還元され、GTX 群を分解することが期待された。しかし、シスチンの投与はしばしば貝の斃死を引き起こすので、鮮度が重視される海産物の除毒法としては適当でない。
【0009】
また、11位に硫酸エステルを持つGTX 群ならびにC-トキシン群は北大平洋沿岸海域で発生するAlexandrium 属渦鞭毛藻ならびにその発生に伴って毒化する貝類に認められる主要なPSP 成分であるが、貝の種類や組織によっては11位が還元されたサキシトキシン(STX) 群を多く含むことがある。また、STX 群は熱帯・亜熱帯海域で発生する渦鞭毛藻Pyrodinium bahamense var. compressumの主要なPSP 成分であり、これらの海域では貝類は原因藻の毒組成を反映してSTX 群を主要成分として毒化する。STX 群はチオールとは反応しないのでこれを用いる方法で除去することはできない。
【0010】
そこで検討を進めた結果、本発明者は、11位に硫酸エステル基をもつ麻痺性貝毒が、システインまたはシスチンを構成アミノ酸として豊富に含有するタンパク質またはペプチドを含む飼料を貝類に給餌することにより顕著に除毒できること、この方法によれば貝の斃死を引き起こすことがないことを見出した。さらに、11位に硫酸エステル基をもたないサキシトキシン(STX )群の麻痺性貝毒がポリフェノールにより分解することも見出し、本発明を完成した。
【0011】
即ち、本発明は以下の通りである。
(1) システインまたはシスチンを構成アミノ酸として含有し、システインおよびシスチンの合計量が乾燥重量で1.5 〜40重量%であるタンパク質またはペプチドを用いることを特徴とする、生鮮貝類から11位に硫酸エステル基をもつ麻痺性貝毒成分を除毒する方法。
(2) 前記タンパク質がケラチンである、上記(1) 記載の方法。
(3) 生鮮貝類に前記タンパク質またはペプチドを含む飼料を給餌することにより行う、上記(2) 記載の方法。
(4) 前記タンパク質がケラチンである、上記(3) 記載の方法。
(5) ケラチンを含む飼料がフェザーミールである、上記(4) 記載の方法。
(6) 11位に硫酸エステル基をもつ麻痺性貝毒成分が、ゴニオトキシン1、ゴニオトキシン2、ゴニオトキシン3、ゴニオトキシン4、デカルバモイルゴニオトキシン1、デカルバモイルゴニオトキシン2、デカルバモイルゴニオトキシン3、デカルバモイルゴニオトキシン4、C1、C2、C3、またはC4のいずれか1種または2種以上である、上記(1) 〜(5) のいずれかに記載の方法。
(7) 生鮮貝類が濾過食性の水生生物である、上記(1) 〜(5) のいずれかに記載の方法。
(8) システインまたはシスチンを構成アミノ酸として含有し、システインおよびシスチンの合計量が乾燥重量で1.5 〜40重量%であるタンパク質またはペプチドを含むことを特徴とする、11位に硫酸エステル基をもつ麻痺性貝毒成分の除毒のための生鮮貝類用の飼料添加剤。
(9) システインまたはシスチンを構成アミノ酸として含有し、システインおよびシスチンの合計量が乾燥重量で1.5 〜40重量%であるタンパク質またはペプチドを含むことを特徴とする、11位に硫酸エステル基をもつ麻痺性貝毒成分の除毒のための生鮮貝類用飼料。
(10)フェザーミールである上記(9) 記載の飼料。
(11)11位に硫酸エステル基をもつ麻痺性貝毒成分が、ゴニオトキシン1、ゴニオトキシン2、ゴニオトキシン3、ゴニオトキシン4、デカルバモイルゴニオトキシン1、デカルバモイルゴニオトキシン2、デカルバモイルゴニオトキシン3、デカルバモイルゴニオトキシン4、C1、C2、C3、またはC4のいずれか1種または2種以上である、上記(9) または(10)記載の飼料。
(12)生鮮貝類が濾過食性の水生生物である、上記(9) 〜(11)のいずれかに記載の飼料。
(13)11位に硫酸エステル基をもたない麻痺性貝毒成分を、ポリフェノール溶液中で分解させることを特徴とする、11位に硫酸エステル基をもたない麻痺性貝毒成分の除去方法。
(14)11位に硫酸エステル基をもたない麻痺性貝毒成分が、サキシトキシン、デカルバモイルサキシトキシン、ネオサキシトキシン、デカルバモイルネオサキシトキシン、ゴニオトキシン5(B1)、またはゴニオトキシン6(B2)のいずれか1種または2種以上である、上記(13)記載の方法。
(15)ポリフェノール溶液が、ポリフェノール化合物を1種もしくは2種以上含む溶液、またはポリフェノール含有食品である、上記(13)または(14)記載の方法。
(16)溶液中に含まれるポリフェノール化合物が、タンニン酸、エラグ酸、クロロゲン酸、クマリン、カテキン、没食子酸、没食子酸プロピルまたはピロガロールである、上記(15)記載の方法。
(17)ポリフェノール含有食品が、リンゴ、トマト、茶、ワインまたはブドウジュースである、上記(15)記載の方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、これまで有効な除去方法がなかった麻痺性貝毒を、安全で効果的に除去することができる。北太平洋沿岸海域で発生する渦鞭毛藻による貝毒であるゴニオトキシン群およびC−トキシン群については、システインまたはシスチンを構成アミノ酸として豊富に含有するタンパク質またはペプチドを飼料に添加して、あるいは飼料として生鮮貝類に給餌することにより、貝の鮮度を保ちながら除毒することが可能である。従って、貝毒による中毒をなくすと共に、貝毒の発生で出荷規制が行われることによる水産経済への被害を減らすことができる。また、主に熱帯・亜熱帯海域で発生する渦鞭毛藻によるサキシトキシン群などの11- 還元型の貝毒は、植物に含まれるポリフェノールにより消去することができ、貝類の加工過程での除去、およびこれまで全く手がかりのなかった貝毒中毒の効果的な治療薬の開発を可能にする。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明で対象とする麻痺性貝毒には、図1に示すように、11位に硫酸エステル基を有する11位硫酸エステル型、および11位に硫酸エステル基をもたない11位還元型がある。11位硫酸エステル型としては、ゴニオトキシン1 (GTX 1)、ゴニオトキシン2(GTX 2)、ゴニオトキシン3(GTX 3)、ゴニオトキシン4(GTX 4)、デカルバモイルゴニオトキシン1(dcGTX 1)、デカルバモイルゴニオトキシン2(dcGTX 2)、デカルバモイルゴニオトキシン3(dcGTX 3)、デカルバモイルゴニオトキシン4(dcGTX 4)などのゴニオトキシン(GTX )群、およびC1、C2、C3、またはC4などのCトキシン(C−toxin)群が例示できる。これらのPSP は、温帯から寒帯海域で発生するAlexandrium 属渦鞭毛藻が生産するPSP の主要成分である。
【0014】
また、11位還元型としては、サキシトキシン、デカルバモイルサキシトキシン、ネオサキシトキシン、デカルバモイルネオサキシトキシン、ゴニオトキシン5(B1)、またはゴニオトキシン6(B2)が挙げられる。これらの成分は、熱帯・亜熱帯海域で発生する渦鞭毛藻Pyrodinium bahamense var. compressumの主要なPSP 成分である。
【0015】
本発明において11位硫酸エステル型のPSP の除毒に使用するのは、システインまたはシスチンを、これらの合計で1.5 〜40重量% (乾燥重量として) 含有するタンパク質またはペプチドである。このようなタンパク質またはペプチドとしては、システインまたはシスチンを、合計で1.5 〜40重量% (乾燥重量として) 含有するものであれば特に限定されることなく使用できるが、好ましくはシステインまたはシスチンを、合計で2〜40重量%、特に好ましくは2〜30重量%含有するものを使用する。中でも、システインおよびシスチンを8〜20重量%程度含有するケラチンを用いるのが好ましい。ケラチンとしては、ケラチンを含む任意の原料より精製したものを使用することができるが、ケラチンタンパク質を主成分とする材料をそのまま使用してもよい。例えば、ケラチンタンパク質を主成分とし、安価な飼料原料として使用されているフェザーミールを用いることができる。フェザーミールは、養鶏場で鶏を出荷する際に廃棄物として出る鶏の羽を再利用した家畜用飼料であり、主成分はシステインを豊富に含むケラチンタンパク質である。フェザーミールが貝体内に取り込まれると、消化されてシステインが遊離し、ゴニオトキシン群の貝毒に作用し分解すると考えられる。フェザーミールは極めて安価な飼料原料であり、PSP 除毒用の飼料または添加剤だけでなく、二枚貝などの濾過食性水生生物の飼料原料としても有用である。システインまたはシスチンを豊富に含有するタンパク質としては他に、メタロチオネインなどが挙げられる。
【0016】
システインまたはシスチンを構成アミノ酸として含有するタンパク質またはペプチドを生鮮貝類に投与するには、飼料に添加して、あるいは飼料として給餌する。タンパク質またはペプチドの投与量は、貝を採取する時期、貝毒の含有量、このタンパク質またはペプチドに含まれるシステインまたはシスチンの割合により異なるが、システインまたはシスチンの量として、可食部重量100 gの貝に対して1日当たり1mg〜100mg 程度、好ましくは10mg〜50mgとなるような、タンパク質またはペプチドの量を1日〜7日程度、好ましくは1日〜3日投与すればよい。フェザーミールを除毒用飼料として用いる場合は、可食部重量100 gの貝に対してフェザーミールを1日当たり0.04g〜4g程度、好ましくは0.5 g〜1.5 gの量を1〜6日程度、好ましくは1日〜3日与えればよい。
【0017】
本発明において11位還元型PSP (STX群) の分解に使用するポリフェノールは、タンニン酸、エラグ酸、クロロゲン酸、クマリン、カテキン、没食子酸、没食子酸プロピル、ピロガロールなどのポリフェノール化合物を1種または2種以上含む溶液でも、リンゴ、トマト、茶、ワイン、ブドウジュースなどのポリフェノールを含む食品でもよい。茶としては、緑茶、玄米茶、番茶、紅茶、甜茶、ウーロン茶などいずれの種類でもよい。STX 群の貝毒の分解は、ポリフェノールラジカルによるSTX 群の酸化分解によると考えられ、酸化還元電位が高く酸化力の強いポリフェノールが好ましく使用できる。特に、中性、25℃の条件下で水溶液中に重量比0.1 %の濃度で溶解した場合に、酸化還元電位が150 mV以上、特に200mV 以上を示すものが望ましい。
【0018】
ポリフェノールを用いてSTX 群の貝毒を分解するには、ポリフェノールの溶液を含む中性の水溶液中で加温もしくは煮沸するのが分解速度を上げる点で好ましいが、生理的条件下においても分解は可能である。溶液中のポリフェノールの濃度は、含まれるSTX 群の濃度やその他の共存する成分とその濃度により大きく変化するが、溶液中の重量比で0.001 %〜1%が好ましく、特に0.02%〜0.2 %が好ましい。ポリフェノール溶液を用いるこの方法は、例えば、貝の加工過程での除毒に適用することが可能であり、また中毒の初期段階での対処法としても有効と考えられる。
【0019】
STX 群は熱帯、亜熱帯地域で発生するPyrodinium bahamense ver. compressumの主要なPSP 成分である。現在まで、熱帯、亜熱帯域の国々ではSTX 群による麻痺性貝毒で中毒死する事例が多発している。これらの国々では離乳食として安価で栄養価の高い貝類のスープが使われており、乳幼児は成人に比べごく少量のPSP を摂取しただけでも重篤な中毒に陥ることから、その対策の確立が急務となっている。しかし、現在のところ麻痺性貝中毒に対する有効な治療法は皆無であり、医療機関における胃洗浄や人工呼吸などの対症療法があるにすぎない。本発明は貝類の食の安全の向上につながるだけでなく、麻痺性貝毒による食中毒の効果的な治療法の確立にも結びつくものである。
【実施例1】
【0020】
ホタテガイに対するフェザーミール給餌試験
(試料)
2006年10月10日に大船渡湾清水定点において採取した毒化ホタテガイ生貝75個体を、500L容のアクリル製試験水槽に25個体ずつそれぞれ収容し流水で1日予備飼育して馴化した後、下記の試験に供した。なお、使用したフェザーミール中のシステインおよびシスチンの合計含量は3重量%強であった。
【0021】
(試薬類)
フェザーミールは株式会社アマタケ本社 (岩手県大船渡市) から供与されたものを、液体窒素を加えて乳鉢中で粉砕し、125 μm以下の粒子を集めて使用まで−80℃で凍結保存した。市販の二枚貝用人工試料であるDIC diet (大日本インキ化学工業) も試験に供するまで低温中で保存した。
【0022】
(ホタテガイへのフェザーミールの投与)
0.5 μmのフィルターで濾過した海水500Lを上記アクリル水槽に入れ、これにフェザーミール25gを懸濁し、エアレーションにより攪拌しつつ水温および濁度を測定した。この水槽に上記のホタテガイ生貝25個体を収容した座布団籠を吊るし、24時間エアレーションしながら止水で飼育した。その後、同水槽を流海水に切り替え、さらに2日間無給餌で飼育した。計3日間の飼育後、個体ごとに殻高、殻長、全重量、剥き身重量を測定した。
【0023】
上記試験に加えて、別に上記のホタテガイ生貝25個体にはフェザーミールにかえてDIC diet25gを給餌し同様に飼育して対照区 (コントロール) とした。予備飼育した別の25個体は、そのまま取り上げ個体ごとにに殻高、殻長、全重量、剥き身重量を測定し、イニシャル区とした。試験区、対照区およびイニシャル区の剥き身は個体別に凍結し、抽出するまで-80 ℃のフリーザー中に保存した。
【0024】
(ホタテガイのPSP 成分の分析)
試験区、対照区、イニシャル区、ともに5個体ずつ剥き身を合一してホモジナイズし、食品衛生検査指針 (2005) に記載の方法に従ってホモジネートを希塩酸で熱浸抽出し、得た抽出液の毒性をマウス試験法 (Sommer H., Meyer K.F., 1973: Paralytic shellfish poisoning,Arch.Pathol.,24, 560-598 ) で分析定量した。抽出液の一部は限外遠心キット(Ultrafree-MC NMWL5000, Millipore) で濾過し、濾液中のPSP 成分を、HPLC蛍光法(Oshima Y, Post-column derivatization HPLC methods for paralytic shellfish poisons. In: GM Hallegraeff, DM Anderson, SD Cambella, HO Enevodsen, eds. Manual on Harmful Marine Microlgae, Paris: UNESCO, pp.81-94, 1995)で分析定量した。
【0025】
(結果)
DIC dietを給餌した対照区では飼育3日目で2個体が斃死した。フェザーミールを給餌した試験区では斃死する個体は認められなかった。HPLCで算出したイニシャル区の毒性は 6.58 ±1.08MU/gと出荷規制値である4MU/g以上の高い値を示しており、対照区では4.94±1.44MU/g (n =5) でイニシャル区とほぼ変化がなかった。フェザーミールを給餌した試験区では、3.72±0.57MU/gと毒性が顕著に減少し、出荷規制値を下回る値となった (図2) 。マウス試験においても、試験区のみが出荷規制値を下回った。図3は各試験区の毒含量を11- スルホ型 (11-sulfo) と11- 還元型 (11-reduced) に分けて示したものである。イニシャル区に対し対照区では11- スルホ型のPSP 成分はあまり減少していないのに対して、フェザーミールを投与した試験区ではこれが大きく減少することが確認された。 以上の結果から、フェザーミールの投与により毒化ホタテガイ生貝中の11α- スルホ型のPSP 成分を顕著に除去できることが確認された。フェザーミールはホタテガイの体内で消化され、豊富に含まれるシステインが遊離して11- スルホ型の成分を分解すると考えられる。
【0026】
(参考例)
シスチンの給餌による毒化ホタテガイの除毒試験
大船渡湾清水定点の試験研究用筏よりホタテガイ11個体(可食部重量108.5 + 18.3 g) を採取し、水温6.5 ℃の濾過海水40L を入れた水槽2基に4個体ずつ入れた。片方の水槽にはDIC diet (大日本化学工業)を10g 、もう片方の水槽には10g のDIC dietと5gのL(-)- シスチン(和光純薬,031-05295)を混合して添加した。エアレーションしつつ2日間飼育後、海水を取り替えてさらに2日間、無給餌で飼育した。ホタテガイ各個体から中腸腺を取り出し、食品衛生検査指針(日本食品衛生協会、2005年度版、理化学編、pp.673-680) に記載の方法に準じ、個体ごとに中腸腺の希塩酸熱浸抽出液を調製し、HPLC蛍光法(Oshima, 1995)で含まれる麻痺性貝毒成分を分析・定量した。これとは別に、試験開始時に3個体から中腸腺を取り出し、同様に抽出して分析した。
【0027】
図4、5に試験開始時のホタテガイ中腸腺(イニシャル区)、DIC dietのみを給餌した対照区、ならびにDIC dietとシスチンを混合して与えた試験区それぞれの毒性および組成別毒含量の分析結果を示した。DIC dietのみを給餌した場合は、イニシャル区とほとんど中腸腺の毒性に変化が認められなかったのに対し、シスチンを与えた試験区ではイニシャル区ならびに対照区に比べ顕著な毒性の低下が認められた。ことに11α位に硫酸エステルを持つ毒成分(11α-sulfo型成分)が試験区で大きく減少することが確認された。
【0028】
C2, GTX4, GTX3などの11β-sulfo型の毒成分は原因となるAlexandrium 属渦鞭毛藻の生産する主要な毒成分であるが、中性水溶液中もしくは貝の体内では徐々に異性化して、C1, GTX1, GTX4などの11α-sulfo型の毒成分を生じ、最終的にモル比で11β型:11α型がおよそ1:3 の平衡混合物となることが知られている。一方、種々のチオール化合物が11α-sulfo型の成分と直接反応し、11位でチオールの硫黄原子を介した結合体を形成することが明らかにされている。システインなど、SH基の近傍にアミノ基を有するチオール化合物もin vitroで11α-sulfo型の毒成分と反応するが、生じた結合体は著しく不安定で自発的に分解されることが確認されている。本試験の結果は、貝の体内でシスチンがシステインに還元され、これが中腸腺中に高濃度で含まれる11α-sulfo型の毒成分に作用し、これを分解していることによる、と考えられる。
【実施例2】
【0029】
ポリフェノールによるサキシトキシン群PSP の消去効果
この実験例では、11位が還元されたPSP 成分であるサキシトキシン(以下STX )がポリフェノールならびにポリフェノール含有食品で消去されることを示す。
(試料および試薬類)
STX は大船渡湾産毒化ホタテガイの中腸腺から希塩酸で熱浸抽出し、活性炭、Bio-Gel P-2 ならびにBio-Rex 70の各カラムクロマトグラフィーを用いる常法(Shimizu, 2000, Chemistry and mechanism of action, in: Seafood and Freshwater Toxins, Botana, L. M. ed., Marcel Decker, NY, pp.151-172)により精製・単離した。
【0030】
ポリフェノール標品はいずれも和光純薬ならびにSigima製の化学・生化学用試薬を使用した。ポリフェノールを含む食品類すなわち緑茶、玄米茶、番茶、紅茶、甜茶ならびにウーロン茶、ワイン(赤ワイン4種)、ブドウジュース(3種)、ココア、トマトジュース、リンゴは、いずれも市販品を購入して使用した。
(ポリフェノール標品によるSTX 消去試験)
タンニン酸、エラグ酸、クロロゲン酸、クマリン、カテキン、没食子酸、没食子酸プロピルおよびピロガロールを10mgずつそれぞれ別の試験管に取り、これらに10mLの50mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.4)を加え、溶解または懸濁させた。これらの溶液にSTX を終末濃度で10μM となるように添加して、沸騰浴中で5分間加温した。その後、限外遠心キット(Ultrafree-MC, NMWL5,000, Millipore) で処理して得たろ液中のSTX をHPLC蛍光法(Oshima、上述)で分析した。50mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.4) に終末濃度10μM となるように添加混合したものをイニシャルとし、これを沸騰浴中で5分間煮沸したものをコントロールとして同様に処理し分析した。
(ポリフェノール含有食品によるSTX 消去試験)
緑茶、玄米茶、番茶、紅茶、甜茶ならびにウーロン茶の茶葉1g ならびにココア1g をそれぞれ別のビーカーに取り、これらに100mL の50mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.4) を加えた。これを沸騰浴中で5分間加温し、ろ紙でろ過して中性の溶液を得た。4種の赤ワイン(赤ワイン-1,2,3,4) 、トマトジュースおよびブドウジュース(3種)はいずれも炭酸ナトリウムを添加してpHを7.4 に調整した。リンゴは皮ごと摺りおろし、炭酸ナトリウムを加えて中性とした上、等量の水を加えて懸濁物を作成した。それぞれの溶液または懸濁物中にSTX を終末濃度で10μM となるように添加して、沸騰浴中で5分間加温した。その後、限外遠心キット(Ultrafree-MC, NMWL5,000, Millipore) で処理して得たろ液中のSTX をHPLC蛍光法(Oshima、上述)で分析した。50mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.4) に終末濃度10μM となるように添加混合したものをイニシャルとし、これを沸騰浴中で5分間煮沸したものをコントロールとして同様に処理し分析した。
(結果)
図6に種々のポリフェノール標品の中性水溶液中でSTX を加温した結果を示す。ポリフェノールを加えない溶液中では、イニシャルの10μM に対して煮沸後(図中のCTRL) では8.6 μM のSTX が残存した。これに対して、タンニン酸、エラグ酸、クロロゲン酸、クマリン、カテキン、没食子酸、没食子酸プロピルおよびピロガロールを加えた溶液中では、STX の顕著な減少が認められた。特に、茶葉の主要なポリフェノールであるカテキンやタンニン酸ならびにその構成成分である没食子酸とその誘導体である没食子酸プロピル、ピロガロールには特に高いSTX 消去作用が確認された。
【0031】
図7に種々のポリフェノール含有食品の中性溶液中でSTX を加温した結果を示す。中性リン酸ナトリウム緩衝液中で5分間加温した場合には、イニシャルの10μM に対して8.6 μM のSTX が残存した。これに対して、赤ワインやブドウジュース、緑茶、玄米茶、番茶、紅茶、甜茶ならびにウーロン茶の中性溶液中でSTX を加温した場合、STX の回収量は顕著に減少した。同様の効果はトマトジュース、ココア、リンゴにも認められた。番茶や紅茶、ウーロン茶の溶液には特に高いSTX 消去作用が確認された。
【実施例3】
【0032】
実施例2と同様にして精製・単離したSTX 、neoSTX、GTX 5 (B1)及びGTX 6 (B2)を用いて、タンニン酸による分解実験を行った。
GTX 5 標準溶液(56.9 μM)、GTX 6 標準溶液(38.6 μM)、STX 標準溶液(354μM)、neoSTX標準溶液(100μM)に各PSP の終末濃度が1 μM となるように0.01% タンニン酸を含むDMSO/0.01M リン酸ナトリウム(pH7.4) に添加混合した。これらの混合液を沸騰浴中で5 分間加熱・氷冷し、限外ろ過して得たろ液をHPLC蛍光法で分析した。
【0033】
イニシャルおよびコントロールとして、0.01 Mリン酸ナトリウム(pH 7.4)にGTX 5 、GTX 6 、STX 、neoSTXを1 μM の濃度に調製した溶液ならびにこれを沸騰浴中で5 分間加熱・室温まで氷冷した溶液それぞれを同様に調製し、HPLC蛍光法で分析した。
【0034】
図8に示すように、STX 、neoSTX、GTX 5 、GTX6はコントロールに比べ0.01 %タンニン酸溶液中で加熱した試験区では顕著な減少が認められた。以上の結果から、タンニン酸溶液は、11位が還元されたSTX 、neoSTX、GTX 5 およびGTX 6 を特異的に消去する効果を有することが明かとなった。
【0035】
これに対して、11- スルホ型PSP 成分(11位に硫酸エステルを持つ麻痺性貝毒成分)であるGTX 群(GTX1とGTX 4の平衡混合物およびGTX2とGTX 3の平衡混合物)を同様に0.01%のタンニン酸を含む中性溶液中で加温したところ、これらのPSP 成分には、加温前に比べ明確な減少は認められなかった。
【実施例4】
【0036】
生理的条件下におけるポリフェノールによるSTX の消去効果
本実施例では実施例2と同様にして精製・単離したSTX を使用した。スペイン産赤ワイン(オレリア)に1M の炭酸ナトリウムを加えて中和し、終末濃度が10μM となるようにSTX を添加混合した。この溶液を37℃の湯浴中でインキュベートし、経時的に(反応開始5, 10, 20, 30 分後に)溶液を一部採取し、等量の0.5M酢酸を加え限外ろ過して得たろ液をHPLC蛍光法(Oshima, 1995, 上述)で分析し、残存するSTX の濃度を分析定量した。10μM のSTX を含む中性水溶液を同様に37℃で加温し、コントロールとして同様に経時的に分析定量した。
【0037】
タンニン酸、没食子酸、没食子酸プロピルまたはピロガロールをそれぞれ0.1 重量%含む中性水溶液を別々に作成し、それぞれにSTX を終末濃度で10μM となるように添加混合して37℃でインキュベートし、上記の赤ワインの場合と同様に残存するSTX の濃度を分析定量した。
(結果)
図9に示すように、中和した赤ワイン中でSTX を37℃でインキュベートしたところ、5分後にはSTX 濃度がイニシャルの約30%に低下した。同様の結果はタンニン酸や没食子酸、没食子酸プロピルを含む中性溶液中でSTX をインキュベートした場合にも認められた(図10)。これに対しピロガロールを添加した溶液のSTX 消去作用はやや劣り、赤ワインやポリフェノールを含まないコントロールではSTX の顕著な減少は確認されなかった。
【0038】
本実施例で用いた10μM のSTX 溶液を成人が摂取した場合、コップ1杯程度の量で重篤な中毒を引き起こす。麻痺性貝毒による食中毒に大しては、現在のところ効果的な治療法が確立されておらず、胃洗浄や人工呼吸などの対症療法が施されているにすぎない。本実施例から、少なくとも胃内に未吸収の毒の大半が残っている中毒初期の段階では、中和した赤ワインや没食子酸溶液の投与により、STX 群による食中毒症状を大幅に軽減できる可能性が高いものと考えられる。また本実施例の結果は、これらポリフェノールもしくはポリフェノール含有食品を使用することにより、調理・加工段階においてSTX 群を貝類もしくはそのスープから効果的に除去できることを示唆するものである。
【実施例5】
【0039】
ポリフェノールによるSTX 除去効果への生体内還元剤の影響
上記実施例2〜4において、ポリフェノール溶液中でインキュベートするとSTX は消去されることが確認された。STX をはじめとする麻痺性貝毒は中性条件下で活性炭やSepahdex, Bio-Gel P-2 などのゲル濾過樹脂などによく吸着する。このような担体と同様に、ポリフェノールにSTX が強固に吸着されているとすれば、HPLC分析では検出できないことになる。一方、ポリフェノールは光合成植物の体内で生じる酸素ラジカル(活性酸素)のクエンチャーとして機能することが知られている。従って、このような反応でポリフェノール上に生じたラジカルがSTX を直接分解することも考えられる。本実施例ではポリフェノールによるSTX 消去機構の解明を目的として、ポリフェノールによるSTX 除去効果への生体内還元剤の影響を調べた。
【0040】
(試料および試薬類)
STX の精製毒としては実施例2と同様にして得たものを使用した。使用した試薬類は以下の通りである。
【0041】
ポリフェノール
タンニン酸: Wako, 化学用, 203-06331
生体内還元剤
アスパラギン酸: Wako, 試薬特級, 013-04832
グルタミン酸: Wako, 試薬特級, 070-00502
グルタチオン: Wako, 和光特級, 071-02014
システイン塩酸塩:Wako, 試薬特級, 033-05272
アスコルビン酸: Wako, 試薬特級, 016-04805
(方法)
アスパラギン酸1、3または10mMを含む0.1 リン酸緩衝液(pH7.4)に対しそれぞれに0.1 %のタンニン酸を添加した。これらの溶液にさらに、STX を終末濃度10μM となるように添加した。これらの混合液を沸騰浴中で5分間煮沸後、限外遠心キット(Ultrafree-MC NMWL5000, Millipore) で限外濾過をして得た濾液をHPLC蛍光法(Oshima, 上述) で分析した。また、アスパラギン酸に代えてグルタミン酸、グルタチオン、システインを用い同様の操作を行い、HPLC蛍光法で分析した。アスコルビン酸については0.1 、0.3 、0.5 、1、3および10mMの濃度の溶液を作製し、同様の実験を行った。これらに加え、0.1 Mリン酸緩衝液 (pH7.4)に終末濃度10μM STX のみを添加したものをイニシャルとし、これに0.1 %の濃度になるようにタンニン酸を加え沸騰浴中で5分間煮沸したものをコントロールとした。上記の各溶液をHPLC蛍光法で分析した。
【0042】
(結果)
結果を図11に示す。タンニン酸溶液にアスパラギン酸またはグルタミン酸を加えた溶液中でSTX を加温した場合、これらのアミノ酸を含まないタンニン酸溶液を用いるコントロールと同程度、ほとんどのSTX が消失した。一方、グルタチオンまたはシテスインを添加した場合は、これらチオールの濃度が高くなるにつれて、残存するSTX 濃度が上昇する傾向が認められた。アスコルビン酸では、より低濃度を添加した場合でも同様の現象が確認された。
【0043】
以上の結果から、グルタミン酸およびアスパラギン酸はポリフェノール(タンニン酸)によるSTX 除去効果を抑制しないのに対し、SH基をもつグルタチオンおよびシステインはこの効果を抑制することが判明した。同様の効果はチオールと同様の抗酸化剤として生体内に分布するアスコルビン酸でも認められた。チオールやアスコルビン酸はポリフェノールの分子上に生じたラジカルを消去する。このことは、タンニン酸の分子上にラジカルが生じたときに限って、STX が消去されることを意味する。即ち、タンニン酸などのポリフェノールによるSTX の消去は、ポリフェノールが直接STX に作用して、これを酸化していると考えられる。
【実施例6】
【0044】
ポリフェノール溶液中でのSTX の消去と酸化還元電位
種々のポリフェノールについて中性水溶液の酸化還元電位を測定し、STX 消去効果と合わせて比較検討した。
【0045】
(方法)
STX10 μM に12N塩酸を数滴加え、酸性にした溶液を凍結乾燥した。これを10mlの水に溶かし、Sep-Pak C-18に通した後、0.2 Mリン酸緩衝液 (pH7.4)で中和した。実施例2で使用したタンニン酸、カテキン、エラグ酸、クロロゲン酸、クマリンをそれぞれ別々のビーカーに取り、これらに1000倍量の0.1 Mリン酸緩衝液 (pH7.4)を加え、溶解または懸濁した。実施例3で使用したアスパラギン酸、グルタミン酸、グルタチオン、システイン、アスコルビン酸を1mM含む0.1 Mリン酸バッファー (pH7.4)溶液をそれぞれ作製した。さらに、上記のタンニン酸溶液とアスコルビン酸を合わせた混合液を作製した。これらの中性溶液を酸化還元電位測定器(Eutech Instruments)を使用してそれぞれの酸化還元電位 (ORP値)を測定した。
(結果)
図12に示すように、1mMの中性STX 水溶液の酸化還元電位 (ORP値)は150 mVである。これに対し、各種ポリフェノール標品の0.1 %中性水溶液のORP値は、いずれもSTX 溶液のそれよりも高かった。カテキン、タンニン酸、クマリン、エラグ酸、クロロゲン酸各溶液のORP値はそれぞれ261 mV、258 mV、237 mV、207 mV、204 mVであった。
【0046】
このように、顕著なSTX 消去作用を示すカテキンやタンニン酸などのORP値はいずれも200 mV以上であった。アスコルビン酸中性水溶液のORP値は135 mVであるのに対し、タンニン酸とアスコルビン酸の混合液のORP値は95mVと、いずれか一方のみの溶液よりも低い値を示した。以上の結果は、ポリフェノールによるSTX の消去作用がその酸化還元電位に依存することを示す。
【0047】
以上から、ポリフェノールによるSTX の消去は、ポリフェノール中に生じたラジカルまた酸化型が関与すること、即ちSTX の消失の際に酸化による分解反応が起きていることが明らかである。
【図面の簡単な説明】
【0048】
【図1】代表的な麻痺性貝毒成分の構造を示す図である。
【図2】ホタテガイに対するフェザーミール給餌試験の結果を示す図である。
【図3】ホタテガイに対するフェザーミール給餌試験における組成別毒含量を示す図である。
【図4】シスチン給餌による毒化ホタテガイ中腸腺の毒性を示す図である。
【図5】シスチン給餌による毒化ホタテガイ中腸腺の組成別毒含量を示す図である。
【図6】各種ポリフェノール標品によるSTX 除去実験の結果を示す図である。
【図7】各種ポリフェノール含有食品によるSTX 除去実験の結果を示す図である。
【図8】タンニン酸によるSTX 分解試験の結果を示す図である。
【図9】赤ワインによるSTX 分解試験の結果を示す図である。
【図10】タンニン酸、没食子酸、没食子酸プロピルおよびピロガロールによるSTX 分解試験の結果を示す図である。
【図11】ポリフェノールによるSTX 除去効果への生体内還元剤の影響を示す図である。
【図12】中性溶液中の酸化還元電位(ORP値) を示す図である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
システインまたはシスチンを構成アミノ酸として含有し、システインおよびシスチンの合計量が乾燥重量で1.5 〜40重量%であるタンパク質またはペプチドを用いることを特徴とする、生鮮貝類から11位に硫酸エステル基をもつ麻痺性貝毒成分を除毒する方法。
【請求項2】
前記タンパク質がケラチンである、請求項1記載の方法。
【請求項3】
生鮮貝類に前記タンパク質またはペプチドを含む飼料を給餌することにより行う、請求項1記載の方法。
【請求項4】
前記タンパク質がケラチンである、請求項3記載の方法。
【請求項5】
ケラチンを含む飼料がフェザーミールである、請求項4記載の方法。
【請求項6】
11位に硫酸エステル基をもつ麻痺性貝毒成分が、ゴニオトキシン1、ゴニオトキシン2、ゴニオトキシン3、ゴニオトキシン4、デカルバモイルゴニオトキシン1、デカルバモイルゴニオトキシン2、デカルバモイルゴニオトキシン3、デカルバモイルゴニオトキシン4、C1、C2、C3、またはC4のいずれか1種または2種以上である、請求項1〜5のいずれかの項記載の方法。
【請求項7】
生鮮貝類が濾過食性の水生生物である、請求項1〜6のいずれかの項記載の方法。
【請求項8】
システインまたはシスチンを構成アミノ酸として含有し、システインおよびシスチンの合計量が乾燥重量で1.5 〜40重量%であるタンパク質またはペプチドを含むことを特徴とする、11位に硫酸エステル基をもつ麻痺性貝毒成分の除毒のための生鮮貝類用の飼料添加剤。
【請求項9】
システインまたはシスチンを構成アミノ酸として含有し、システインおよびシスチンの合計量が乾燥重量で1.5 〜40重量%であるタンパク質またはペプチドを含むことを特徴とする、11位に硫酸エステル基をもつ麻痺性貝毒成分の除毒のための生鮮貝類用飼料。
【請求項10】
フェザーミールである請求項9記載の飼料。
【請求項11】
11位に硫酸エステル基をもつ麻痺性貝毒成分が、ゴニオトキシン1、ゴニオトキシン2、ゴニオトキシン3、ゴニオトキシン4、デカルバモイルゴニオトキシン1、デカルバモイルゴニオトキシン2、デカルバモイルゴニオトキシン3、デカルバモイルゴニオトキシン4、C1、C2、C3、またはC4のいずれか1種または2種以上である、請求項9または10記載の飼料。
【請求項12】
生鮮貝類が濾過食性の水生生物である、請求項9〜11のいずれかの項記載の飼料。
【請求項13】
11位に硫酸エステル基をもたない麻痺性貝毒成分を、ポリフェノール溶液中で分解させることを特徴とする、11位に硫酸エステル基をもたない麻痺性貝毒成分の除去方法。
【請求項14】
11位に硫酸エステル基をもたない麻痺性貝毒成分が、サキシトキシン、デカルバモイルサキシトキシン、ネオサキシトキシン、デカルバモイルネオサキシトキシン、ゴニオトキシン5(B1)、またはゴニオトキシン6(B2)のいずれか1種または2種以上である、請求項13記載の方法。
【請求項15】
ポリフェノール溶液が、ポリフェノール化合物を1種もしくは2種以上含む溶液、またはポリフェノール含有食品である、請求項13または14記載の方法。
【請求項16】
溶液中に含まれるポリフェノール化合物が、タンニン酸、エラグ酸、クロロゲン酸、クマリン、カテキン、没食子酸、没食子酸プロピルまたはピロガロールである、請求項15記載の方法。
【請求項17】
ポリフェノール含有食品が、リンゴ、トマト、茶、ワインまたはブドウジュースである、請求項15記載の方法。
【請求項1】
システインまたはシスチンを構成アミノ酸として含有し、システインおよびシスチンの合計量が乾燥重量で1.5 〜40重量%であるタンパク質またはペプチドを用いることを特徴とする、生鮮貝類から11位に硫酸エステル基をもつ麻痺性貝毒成分を除毒する方法。
【請求項2】
前記タンパク質がケラチンである、請求項1記載の方法。
【請求項3】
生鮮貝類に前記タンパク質またはペプチドを含む飼料を給餌することにより行う、請求項1記載の方法。
【請求項4】
前記タンパク質がケラチンである、請求項3記載の方法。
【請求項5】
ケラチンを含む飼料がフェザーミールである、請求項4記載の方法。
【請求項6】
11位に硫酸エステル基をもつ麻痺性貝毒成分が、ゴニオトキシン1、ゴニオトキシン2、ゴニオトキシン3、ゴニオトキシン4、デカルバモイルゴニオトキシン1、デカルバモイルゴニオトキシン2、デカルバモイルゴニオトキシン3、デカルバモイルゴニオトキシン4、C1、C2、C3、またはC4のいずれか1種または2種以上である、請求項1〜5のいずれかの項記載の方法。
【請求項7】
生鮮貝類が濾過食性の水生生物である、請求項1〜6のいずれかの項記載の方法。
【請求項8】
システインまたはシスチンを構成アミノ酸として含有し、システインおよびシスチンの合計量が乾燥重量で1.5 〜40重量%であるタンパク質またはペプチドを含むことを特徴とする、11位に硫酸エステル基をもつ麻痺性貝毒成分の除毒のための生鮮貝類用の飼料添加剤。
【請求項9】
システインまたはシスチンを構成アミノ酸として含有し、システインおよびシスチンの合計量が乾燥重量で1.5 〜40重量%であるタンパク質またはペプチドを含むことを特徴とする、11位に硫酸エステル基をもつ麻痺性貝毒成分の除毒のための生鮮貝類用飼料。
【請求項10】
フェザーミールである請求項9記載の飼料。
【請求項11】
11位に硫酸エステル基をもつ麻痺性貝毒成分が、ゴニオトキシン1、ゴニオトキシン2、ゴニオトキシン3、ゴニオトキシン4、デカルバモイルゴニオトキシン1、デカルバモイルゴニオトキシン2、デカルバモイルゴニオトキシン3、デカルバモイルゴニオトキシン4、C1、C2、C3、またはC4のいずれか1種または2種以上である、請求項9または10記載の飼料。
【請求項12】
生鮮貝類が濾過食性の水生生物である、請求項9〜11のいずれかの項記載の飼料。
【請求項13】
11位に硫酸エステル基をもたない麻痺性貝毒成分を、ポリフェノール溶液中で分解させることを特徴とする、11位に硫酸エステル基をもたない麻痺性貝毒成分の除去方法。
【請求項14】
11位に硫酸エステル基をもたない麻痺性貝毒成分が、サキシトキシン、デカルバモイルサキシトキシン、ネオサキシトキシン、デカルバモイルネオサキシトキシン、ゴニオトキシン5(B1)、またはゴニオトキシン6(B2)のいずれか1種または2種以上である、請求項13記載の方法。
【請求項15】
ポリフェノール溶液が、ポリフェノール化合物を1種もしくは2種以上含む溶液、またはポリフェノール含有食品である、請求項13または14記載の方法。
【請求項16】
溶液中に含まれるポリフェノール化合物が、タンニン酸、エラグ酸、クロロゲン酸、クマリン、カテキン、没食子酸、没食子酸プロピルまたはピロガロールである、請求項15記載の方法。
【請求項17】
ポリフェノール含有食品が、リンゴ、トマト、茶、ワインまたはブドウジュースである、請求項15記載の方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2009−171931(P2009−171931A)
【公開日】平成21年8月6日(2009.8.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−16530(P2008−16530)
【出願日】平成20年1月28日(2008.1.28)
【特許番号】特許第4232850号(P4232850)
【特許公報発行日】平成21年3月4日(2009.3.4)
【出願人】(598041566)学校法人北里研究所 (180)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成21年8月6日(2009.8.6)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年1月28日(2008.1.28)
【特許番号】特許第4232850号(P4232850)
【特許公報発行日】平成21年3月4日(2009.3.4)
【出願人】(598041566)学校法人北里研究所 (180)
【Fターム(参考)】
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