説明

ABCA1安定化剤

HDLの新生機構に焦点を合わせた薬理学的に有用な低HDL血症予防・治療剤を提供する。本発明のプロブコールスピロキノン、プロブコールジフェノキノンおよびプロブコールビスフェノールから選択されるビスフェノール型化合物を有効成分とするABCA1安定化剤は、従来技術とは全く異なる機序でABCA1を継続的かつ安定に発現させて血中HDLを上昇させることができ、低HDL血症、動脈硬化症等の予防・治療剤として有用である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は、プロブコール(probucol)の代謝物として知られ、以下の化学名で定義される化合物であるプロブコールスピロキノン(化学名:2,4,9,11−テトラキス(1,1−ジメチルエチル)−14,14−ジメチル−13,15−ジチアジスピロ[5.0.5.3]ペンタデカ−1,4,8,11−テトラエン−3,10−ジオン)、プロブコールジフェノキノン(化学名:3,5,3’,5’−テトラ−t−ブチル−4,4’−ジフェノキノン)およびプロブコールビスフェノール(化学名:4,4’−ジハイドロキシ−3,5,3’,5’−テトラ−t−ブチルジフェニル)から選択されるビスフェノール型化合物を有効成分とするABCA1(ATP−binding cassette transport 1;ATP結合領域輸送体−1)安定化剤、および同ABCA1安定化剤からなり、ABCA1の発現低下に起因すると考えられる種々の疾患に対する予防・治療剤、特に低HDL(high−density lipoprotein;高密度リポタンパク質)血症予防・治療剤および動脈硬化症予防・治療剤に関するものである。なお、ここでATPとは、アデノシン5’−三リン酸を指し、生体におけるエネルギー代謝に関与し、エネルギーの獲得および利用に重要な役割を果たすものである。
【背景技術】
プロブコールは、4,4’−イソプロピリデンジチオビス(2,6−ジ−t−ブチルフェノール)の化学名を有する物質で、コレステロールの胆汁中への異化排泄促進作用を主作用とし、さらにLDL(low−density lipoprotein);低密度リポタンパク質)−コレステロールの異化率亢進作用および血清総コレステロール低下作用等を有し、脂質代謝を改善する高脂血症用剤(家族性高コレステロール血症、黄色腫を含む)として広く使用されている。
しかし、プロブコールは、同様にLDL低下作用を有する他の高脂血症用剤、例えば、HMG−CoA還元酵素阻害剤として知られるプラバスタチンおよびシンバスタチン等のスタチン系高脂血症用剤、あるいはフィブラート系高脂血症用剤として知られているフェノフィブラートおよびベザフィブラート等とは異なり、HDL分画のコレステロール(以下、「HDL−コレステロール」ともいう)を低下させるという臨床上好ましくない作用を有しており(例えば、非特許文献1および2参照。)、同低下作用はABCA1の機能阻害によるものであると考えられている(例えば、非特許文献3,4および5参照)。
このプロブコールを哺乳動物に経口投与した場合の代謝物として、本発明に係るプロブコールスピロキノン、プロブコールジフェノキノンおよびプロブコールビスフェノールが産生されることが判明している(例えば、非特許文献6参照。)。
上記プロブコールスピロキノン、プロブコールジフェノキノンおよびプロブコールビスフェノール(以下、合わせて「ビスフェノール型化合物」ともいう)の薬理活性に関しては、現在までいくつかの知見が得られている。例えば、プロブコールビスフェノールが抗酸化作用を有することから、リポタンパク質酸化抑制剤として、プロブコールとの組成物が開示されている(例えば、特許文献1参照)。また、ビスフェノール型化合物による細胞内へのコレステロールの取込に関する知見も得られている(例えば、非特許文献7参照)。しかし、これらの先行技術において、ビスフェノール型化合物のABCA1およびHDL等に対する作用については全く知られていない。
HDLは、主に肝臓と小腸上皮細胞で合成、分泌されるアポタンパク質A−I(以下、「apoAI」ともいう)などのヘリックス型アポリポタンパク質と細胞膜に存在するタンパク質ABCA1の作用で生成する脂質・タンパク質複合粒子である。産生直後のHDLは、apoAIとリン脂質を主成分とする円盤状粒子で、原始HDLとも呼ばれる。この原始HDLは、血中で末梢細胞の細胞膜から、もしくは他のリポタンパク質の表面から遊離コレステロールを受け取り、これをLCAT(lecithin cholesterol acyltransferase)の作用でコレステロールエステルとして疎水性部分の中心に保持したままの状態で、球状HDLへと成熟する。
上記の過程において、HDLは、血中で末梢組織から余剰となったコレステロールを引き抜き、これを肝臓に転送する「コレステロール逆転送系」と呼ばれる脂質代謝の中でも極めて重要な生理機能において主要な役割を果たしている。すなわち、このコレステロール逆転送系は、血管壁の細胞に蓄積するコレステロールを除去する方向に働き、動脈硬化に対して予防的に作用するものとされている。
血中HDLコレステロール濃度と動脈硬化の関係については、これまでに多数の疫学調査が実施された結果、最近になって、HDLコレステロール濃度が低いほど動脈硬化の発症頻度が高いという事実が明らかになっている。従って、低HDL血症を改善することは、現在広く行われている前述のスタチン系ないしフィブラート系高脂血症用剤によるLDLを低下させる治療以上に、動脈硬化の予防・治療の重要かつ新規な技術である。
現在、血中のHDL量は、HDLコレステロールの濃度を指標として測定され、一般に血中HDLコレステロールの値が40mg/dl未満である場合、「低HDL血症」と診断される。
この低HDL血症は、動脈硬化症を始め、高脂血症、心筋梗塞、脳梗塞、脳卒中、肥満、糖尿病および糖尿病に伴う神経障害等の種々の疾患における危険因子として高頻度で見られるほか、Tangier病を始めとする様々な遺伝的疾患においても見られるが、HDL自体に作用する有用な低HDL血症予防・治療剤は見当たらず、その出現が望まれていた。
上記低HDL血症の改善のため、現在まで、HDLを上昇させるための種々の試みが行われている。そのような試みの中、ABCA1について、いくつかの薬理作用が知られている。
ABCA1は、肝臓、小腸、胎盤、副腎を始めとする各種臓器の細胞の主に細胞膜に存在するタンパク質であり、脂質、アミノ酸、ビタミン、糖等の様々な物質の膜輸送に関与していると考えられるABC蛋白質ファミリーに属するものの一つである(例えば、非特許文献8参照。)。
さらに、最近の知見により、ABCA1は細胞の脂質からHDLが生ずる反応に不可欠な蛋白質であり、HDL産生の律速因子であることが分かってきた。またABCA1によるHDL新生は細胞コレステロールの主要な放出経路であることも明らかにされた。
例えば、ABCA1遺伝子に変異があり、その発現が見られないTangier病患者においては、血漿HDLが殆ど消失する(例えば、非特許文献9,10および11参照。)。また、ABCA1遺伝子の導入がHDLの新生反応を促進することが見出され(例えば、非特許文献12および13参照。)、現在、遺伝子工学の技術を用いて体内のABCA1の発現量を増加させ、HDLコレステロールの濃度を上昇もしくは調節しようとする試みも行われている。
例えば、コレステロールの放出とHDL濃度の上昇を図るため、直接ABCA1をコードする遺伝子を宿主細胞に導入することによりABCA1の発現量と活性を高めている(例えば、特許文献2および3参照。)。また、HDLコレステロールとトリグリセリドの濃度を調節するため、特定の物質によりABCA1遺伝子の転写・翻訳を亢進させ、ABCA1の発現量と活性を高めている(例えば、特許文献4参照。)。さらに、コレステロールの細胞外への放出を調節するため、核内受容体として様々な作用を有するペルオキシソーム増殖剤応答性受容体−α(PPAR−α)またはペルオキシソーム増殖剤応答性受容体−δ(PPAR−δ)を活性化させ、ABCA1の発現量を高めている(例えば、特許文献5参照。)。
しかしながら、これらのABCA1ないしHDLに着目した従来技術においては、いずれも遺伝子工学の技術を用いるか、核内受容体を活性化する方法によるものであり、遺伝子治療の技術自身が未成熟であったり、未知の遺伝子の起動による予期せぬ副作用の危険が払拭できないといった欠点があり、薬剤としての使用については、未だ成功に至っていない。
【特許文献1】国際公開第02/04031号パンフレット
【特許文献2】国際公開第00/78971号パンフレット
【特許文献3】国際公開第00/78972号パンフレット
【特許文献4】国際公開第01/15676号パンフレット
【特許文献5】特開2003−12551号公報
【非特許文献1】「サーキュレーション(CIRCULATION)」,(米国),79,1989年、p16−28
【非特許文献2】「ジャーナル オブ カルディオバスキュラー ファーマコロジー(JOURNAL of CARDIOVASCULAR PHARMACOLOGY)」,(米国),30,1997年,p784−789
【非特許文献3】「バイオケミストリー(BIOCHEMISTRY)」,(米国),35(40),1996年,p13011−13020
【非特許文献4】「バイオケミカ エト バオイフィジカ アクタ(BIOCHIMICA et BIOPHYSICA ACTA)」,(オランダ),1483,2000年,p199−213
【非特許文献5】「アテリオスクレロシス,トロンボシス,アンド バスキュラー バイオロジー(Arteriosclerosis,thrombosis,and vascular biology)」,(米国),21,2001年,p394−400
【非特許文献6】「アナリティカル ケミストリー シンポジア シリーズ(ANALYTICAL CHEMISTRY SYMPOSIA SERIES)」,(米国),7,1981年,p35−38
【非特許文献7】「リピッド(LIPIDS)」,(米国),29(12),1994年,p819−823
【非特許文献8】「アニュアル レビュー オブ セル バイオロジー(ANNUAL REVIEW of CELL BIOLOGY)」,(米国),8,1992年,p67−113
【非特許文献9】「ネイチャー ジェネティクス(NATURE GENETICS)」,(米国),22,1999年,336−345
【非特許文献10】「ネイチャー ジェネティクス(NATURE GENETICS)」,(米国),22,1999年,347−351
【非特許文献11】「ネイチャー ジェネティクス(NATURE GENETICS)」,(米国),22,1999年,352−355
【非特許文献12】「ザ ジャーナル オブ クリニカル インベスティゲーション(THE JOURNAL of CLINICAL INVESTIGATION)」,(米国),104,1999年,R25−R31
【非特許文献13】「ザ ファセブ ジャーナル(THE FASEB JOURNAL)」,(米国),15,2001年,1555−1561
【発明の開示】
以上述べたように、低HDL血症は、高脂血症、肥満、糖尿病等において広く見られ、心筋梗塞、脳梗塞および脳卒中等の動脈硬化性疾患の重大な危険因子であるところ、本発明は、特定のビスフェノール型化合物を用いてABCA1を安定化させ、それを増加させることで、HDLの産生を高め、動脈硬化を始めとする種々の疾患の予防・治療剤を提供するものである。
本発明者らは、前記従来技術の欠点を克服すべく、HDLの新生機構に作用する有用な低HDL血症予防・治療剤を見出すために、種々の物質について検討を重ね、ABCA1の分解を抑制することにより、ABCA1の増加をもたらすシステインプロテアーゼインヒビターを有効成分とする低HDL血症予防・治療剤を見出し、特許出願を行い、すでにWO03/33023として出願公開されているところである。
今回、前記ビスフェノール型化合物が、ABCA1の分解を抑制することによりABCA1を継続的かつ安定に発現させ、HDLを上昇させる作用を有することを見出し、さらに検討を重ね、本発明を完成した。このようなビスフェノール型化合物のHDL上昇作用は、これまでに知られているプロブコールのABCA1機能阻害によるHDL低下作用とは正反対の薬理作用であり、上記公知技術からは全く予想できないものであり、本発明は、プロブコールの欠点を解消した薬剤ということができる。
本発明は、プロブコールスピロキノン、プロブコールジフェノキノンおよびプロブコールビスフェノールまたはそれらの塩からなる群から選択されるビスフェノール型化合物(以下、単に「該ビスフェノール型化合物」ということもある)を有効成分とするABCA1安定化剤;該ABCA1安定化剤からなる低HDL血症予防・治療剤;該ABCA1安定化剤からなる動脈硬化症予防・治療剤;および上記ABCA1安定化剤、上記低HDL血症予防・治療剤または上記動脈硬化症予防・治療剤に、糖尿病治療薬、糖尿病合併症治療薬、抗肥満薬、高血圧治療薬、高脂血症治療薬、利尿剤、抗血栓剤またはアルツハイマー病治療薬から選択される1種以上の薬剤を組み合わせることからなる薬剤を提供する。
さらに、本発明は、該ビスフェノール型化合物を有効成分とする、1)生体内ABCA1量の増加且つHDL新生反応促進剤、2)血中HDL増加剤、3)血中で末梢組織よりコレステロールを引き抜くコレステロール逆転送系活性増加剤、及び/又は4)生体内ABCA1分解の抑制且つHDL新生反応促進剤;該1)〜4)のいずれかの剤からなる低HDL血症予防・治療剤;該1)〜4)のいずれかの剤からなる動脈硬化症予防・治療剤;および該1)〜4)のいずれかの剤に、糖尿病治療薬、糖尿病合併症治療薬、抗肥満薬、高血圧治療薬、高脂血症治療薬、利尿剤、抗血栓剤またはアルツハイマー病治療薬から選択される1種以上の薬剤を組み合わせることからなる薬剤を提供している。
また、本発明は、A)該ビスフェノール型化合物の有効量を対象者に投与することを特徴とする、a)ABCA1安定化法、b)生体内ABCA1量の増加且つHDL新生反応促進法、c)血中HDL増加法、d)末梢組織よりコレステロールを引き抜く血中コレステロール逆転送系活性増加法、及び/又はe)生体内ABCA1分解の抑制且つHDL新生反応促進法;B)上記のいずれかに記載の剤の有効量を対象者に投与することを特徴とする低HDL血症予防・治療法;C)上記のいずれかに記載の剤の有効量を対象者に投与することを特徴とする動脈硬化症予防・治療法;およびD)上記のいずれかに記載の剤の有効量に、糖尿病治療薬、糖尿病合併症治療薬、抗肥満薬、高血圧治療薬、高脂血症治療薬、利尿剤、抗血栓剤またはアルツハイマー病治療薬から選択される1種以上の薬剤の有効量を組み合わせ、対象者に投与することを特徴とする病気・疾患の予防・治療法を提供している。
【発明の効果】
本発明に係るプロブコールスピロキノン、プロブコールジフェノキノンおよびプロブコールビスフェノールから選択されるビスフェノール型化合物を有効成分とするABCA1安定化剤は、遺伝子工学の技術を必要とせず、同従来技術とは全く異なる機序でABCA1を継続的かつ安定に発現させることから、低HDL血症を始めとするABCA1発現低下に起因する種々の疾患に対して改善効果があり、さらに、従来から医薬品として用いられているプロブコールの代謝物を使用することで医薬品としての安全性が高いという利点がある。本発明では該ビスフェノール型化合物を有効成分とする、生体内ABCA1量の増加且つHDL新生反応促進剤、血中HDL増加剤、末梢組織よりコレステロールを引き抜く血中コレステロール逆転送系活性増加剤、及び/又は生体内ABCA1分解の抑制且つHDL新生反応促進剤も提供でき、さらに、該ビスフェノール型化合物を投与することによる種々の病気・疾患、あるいは病的な状態(特には、血中HDLレベルの低下に関連するもの)の予防・治療法も提供される。
本発明のその他の目的、特徴、優秀性及びその有する観点は、以下の記載より当業者にとっては明白であろう。しかしながら、以下の記載及び具体的な実施例等の記載を含めた本件明細書の記載は本発明の好ましい態様を示すものであり、説明のためにのみ示されているものであることを理解されたい。本明細書に開示した本発明の意図及び範囲内で、種々の変化及び/又は改変(あるいは修飾)をなすことは、以下の記載及び本明細書のその他の部分からの知識により、当業者には容易に明らかであろう。本明細書で引用されている全ての特許文献及び参考文献は、説明の目的で引用されているもので、それらは本明細書の一部としてその内容はここに含めて解釈されるべきものである。
【発明を実施するための最良の形態】
本発明は、
1)プロブコールスピロキノン、プロブコールジフェノキノンおよびプロブコールビスフェノールまたはそれらの塩からなる群から選択されるビスフェノール型化合物を有効成分とするABCA1安定化剤;
2)上記1)に記載のABCA1安定化剤からなる低HDL血症予防・治療剤;
3)上記1)に記載のABCA1安定化剤からなる動脈硬化症予防・治療剤;および
4)上記1)〜3)のいずれかに記載のABCA1安定化剤、低HDL血症予防・治療剤または動脈硬化症予防・治療剤に、糖尿病治療薬、糖尿病合併症治療薬、抗肥満薬、高血圧治療薬、高脂血症治療薬、利尿剤、抗血栓剤またはアルツハイマー病治療薬から選択される1種以上の薬剤を組み合わせることからなる薬剤を提供するものである。
さらに、本発明は、
5)プロブコールスピロキノン、プロブコールジフェノキノンおよびプロブコールビスフェノールまたはそれらの塩からなる群から選択されるビスフェノール型化合物を有効成分とする生体内ABCA1量の増加且つHDL新生反応促進剤;
6)該ビスフェノール型化合物を有効成分とする血中HDL増加剤;
7)該ビスフェノール型化合物を有効成分とする血中で末梢組織よりコレステロールを引き抜くコレステロール逆転送系活性増加剤;
8)該ビスフェノール型化合物を有効成分とする生体内ABCA1分解の抑制且つHDL新生反応促進剤;
9)上記5)〜8)のいずれかに記載の剤からなる低HDL血症予防・治療剤;
10)上記5)〜8)のいずれかに記載の剤からなる動脈硬化症予防・治療剤:および
11)上記5)〜10)のいずれかに記載の剤に、糖尿病治療薬、糖尿病合併症治療薬、抗肥満薬、高血圧治療薬、高脂血症治療薬、利尿剤、抗血栓剤またはアルツハイマー病治療薬から選択される1種以上の薬剤を組み合わせることからなる薬剤を提供している。
本発明は、
a)プロブコールスピロキノン、プロブコールジフェノキノンおよびプロブコールビスフェノールまたはそれらの塩からなる群から選択されるビスフェノール型化合物の有効量を対象者に投与することを特徴とするABCA1安定化法;
b)該ビスフェノール型化合物の有効量を対象者に投与することを特徴とする生体内ABCA1量の増加且つHDL新生反応促進法;
c)該ビスフェノール型化合物の有効量を対象者に投与することを特徴とする血中HDL増加法;
d)該ビスフェノール型化合物の有効量を対象者に投与することを特徴とする血中で末梢組織よりコレステロールを引き抜くコレステロール逆転送系活性増加法;
e)該ビスフェノール型化合物の有効量を対象者に投与することを特徴とする生体内ABCA1分解の抑制且つHDL新生反応促進法;
f)上記1)及び5)〜8)のいずれかに記載の剤の有効量を対象者に投与することを特徴とする低HDL血症予防・治療法;
g)上記1)及び5)〜8)のいずれかに記載の剤の有効量を対象者に投与することを特徴とする動脈硬化症予防・治療法;および
h)上記1)〜3)及び5)〜10)のいずれかに記載の剤の有効量に、糖尿病治療薬、糖尿病合併症治療薬、抗肥満薬、高血圧治療薬、高脂血症治療薬、利尿剤、抗血栓剤またはアルツハイマー病治療薬から選択される1種以上の薬剤の有効量を組み合わせ、対象者に投与することを特徴とする病気・疾患の予防・治療法を提供している。
本発明は、A)プロブコールスピロキノン、プロブコールジフェノキノンおよびプロブコールビスフェノールまたはそれらの塩からなる群から選択されるビスフェノール型化合物を有効成分とすることを特徴とする医薬、及びB)プロブコールスピロキノン、プロブコールジフェノキノンおよびプロブコールビスフェノールまたはそれらの塩からなる群から選択されるビスフェノール型化合物の医薬としての有効量と、薬剤学的に許容される添加物とを含有していることを特徴とする医薬組成物も提供する。
上記のプロブコールスピロキノン、プロブコールジフェノキノンおよびプロブコールビスフェノールは、化学的合成法、例えば後述の実施例に記載した方法に従って合成することができる。また、これらの化合物は、プロブコールを哺乳動物へ投与した場合の生体内代謝物から通常の生化学的手法および化学的手法を用いて単離、精製することも可能である。
上記のビスフェノール型化合物の中で、造塩可能な場合、適当な塩としては、薬理学的に許容し得る塩、例えば無機または有機塩基との塩、中性、塩基性または酸性アミノ酸との塩等が挙げられる。無機塩基との塩の好適な例としては、例えばナトリウム,カリウム等のアルカリ金属、カルシウム,マグネシウム等のアルカリ土類金属、ならびにアルミニウム、アンモニウム等との塩が挙げられる。有機塩基との塩の好適な例としては、例えばトリメチルアミン、トリエチルアミン、ピリジン、ピコリン、エタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン、ジシクロヘキシルアミン、N,N−ジベンジルエチレンジアミン等との塩が挙げられる。中性アミノ酸との塩の好適な例としては、例えばグリシン、バリン、ロイシン等との塩が挙げられ、塩基性アミノ酸との塩の好適な例としては、例えばアルギニン、リジン、オルニチン等との塩が挙げられ、酸性アミノ酸との塩の好適な例としては、例えばアスパラギン酸、グルタミン酸等との塩が挙げられる。
上記ABCA1安定化剤とは、肝臓、小腸、胎盤、副腎を始めとする各種臓器の細胞の主に細胞膜に存在するABCA1を継続的かつ安定に発現させる薬剤である。該ABCA1安定化とは、該ABCA1が継続的かつ安定に発現している状態を指すものであってよく、例えば、当該薬物の存在下と非存在下の間で比較した場合に、当該薬物の影響を受けた場合では、ABCA1がより継続的且つ安定的に細胞内(特には、細胞膜)に存在している状態になっている、HDL産生反応がより促進されている状態を与えるようにABCA1が細胞内(特には、細胞膜)に存在している状態になっている、あるいはABCA1分解が抑制されてABCA1がより細胞内(特には、細胞膜)に存在している状態になっていることを含むものであってもよい。
上記低HDL血症予防・治療剤とは、前述の低HDL血症を予防・治療する薬剤である。低HDL血症は、特に、動脈硬化症、高脂血症、心筋梗塞、脳梗塞、脳卒中、肥満、糖尿病、糖尿病に伴う神経障害、甲状腺機能異常、肝硬変、骨髄種、慢性腎不全、慢性炎症性腸疾患(例:クローン病、潰瘍性大腸炎)等の疾患において見られるが、本発明のABCA1安定化剤からなる低HDL血症予防・治療剤は、Tangier病等のABCA1が生体内で正常に合成されない遺伝的疾患を除き、上記疾患のいずれの場合の低HDL血症の予防・治療にも使用することができる。
上記動脈硬化症予防・治療剤とは、動脈硬化症を予防・治療する薬剤である。本発明のABCA1安定化剤は、後述の試験例からも明らかなように優れたHDL新生反応促進作用を示し、血中HDLを増加させること(あるいは血漿HDLの量(レベル)又は血清HDLレベルを増加させること)が可能である。血中HDLは、前述したように動脈硬化に対して予防的に作用するとされているコレステロール逆転送系において主要な役割を果たしており、本発明薬剤は、その血中HDL増加作用により、動脈硬化症の予防・治療剤としても有用である。
すなわち、低HDL血症の場合、HDLの減少により、コレステロール逆転送系が充分に機能できず、血管壁に蓄積したコレステロールが血管外へ搬出されにくくなるため動脈硬化が促進されるが、本発明の低HDL血症予防・治療剤は、このような状態を改善することが可能であり、動脈硬化症に対して、予防的にも治療的にも使用される。同様に、該ビスフェノール型化合物は、生体内ABCA1量の増加且つHDL新生反応促進剤、血中HDL増加剤、末梢組織よりコレステロールを引き抜く血中コレステロール逆転送系活性増加剤、及び/又は生体内ABCA1分解の抑制且つHDL新生反応促進剤として有用であり、低HDL血症の予防・治療に、そして動脈硬化症予防・治療にも使用できる。
さらに、本発明のABCA1安定化剤は、以下に示すようなABCA1の発現低下に起因すると考えられる種々の疾患に有効である。
冠動脈疾患(心筋梗塞、狭心症、無症候性心筋虚血、冠状動脈硬化症を含む)、アテローム性動脈硬化症、頚動脈硬化、脳血管障害(脳卒中、脳梗塞を含む)、閉塞性動脈硬化症、脂肪肝、肝硬変、骨髄腫、糖尿病、糖尿病合併症、皮膚疾患、黄色腫、関節疾患、増殖性疾患、末梢動脈閉塞症、虚血性末梢循環障害、肥満、脳腱黄色腫(cerebrotendinous xanthomatosis:CTX)、慢性腎不全、糸球体腎炎、動脈硬化性腎症、血管肥厚、インターベンション(経皮的冠動脈形成術、経皮的冠動脈血行再開術、ステント留置、冠動脈内視鏡、血管内超音波、冠注血栓溶解療法を含む)後の血管肥厚、バイパス手術後の血管再閉塞・再狭窄、高脂血症に関連の強い腎症・腎炎および膵炎、高脂血症(家族性高コレステロール血症、食後高脂血症を含む)、慢性炎症性腸疾患(クローン病、潰瘍性大腸炎を含む)、間欠性跛行、深部静脈血栓症、マラリア脳症、アルツハイマー病、または創傷もしくは発育不全に伴う疾患。
本発明の活性成分を含有する薬物は、血中HDLレベルの低下に関連する種々の病気・疾患、あるいは病的な状態の予防・治療に有効であり、当然、上記疾患に対し有用である。
本発明のABCA1安定化剤、低HDL血症予防・治療剤および動脈硬化症予防・治療剤は、単独で、もしくは、後述するように他の薬剤と組み合わせて、好ましくは薬剤学的に許容される添加物を加えた製剤の形で投与される。その投与経路としては、経口および注射による経路が採用される。さらに、上記製剤として、外用剤(経皮製剤、軟膏剤等)、坐剤(直腸坐剤、膣坐剤等)、ペレット、経鼻剤、吸入剤(ネブライザー等)、点眼剤等が挙げられる。また、上記製剤においては、いずれの投与経路による場合も、公知の製剤添加物から選択された成分(以下「製剤成分」ということもある)を適宜使用することができる。具体的な公知の製剤添加物は、例えば、(1)医薬品添加物ハンドブック、丸善(株)、(1989)、(2)医薬品添加物事典、第1版、(株)薬事日報社(1994)、(3)医薬品添加物事典追補、第1版、(株)薬事日報社(1995)および(4)薬剤学、改訂第5版、(株)南江堂(1997)に記載されている成分の中から、投与経路および製剤用途に応じて適宜選択することができる。本発明の生体内ABCA1量の増加且つHDL新生反応促進剤、血中HDL増加剤、末梢組織よりコレステロールを引き抜く血中コレステロール逆転送系活性増加剤、及び/又は生体内ABCA1分解の抑制且つHDL新生反応促進剤についても、上記と同様である。
例えば、経口投与による場合、上記添加物としては、経口剤を構成できる製剤成分であって本発明の目的を達成し得るものならばどのようなものでも良いが、通常は、賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、コーティング剤(味のマスキングを含む)等公知の製剤成分が選択される。具体的な経口剤としては、錠剤(舌下錠、口腔内崩壊錠を含む)、カプセル剤(ソフトカプセル、マイクロカプセルを含む)、顆粒剤、細粒剤、散剤、トローチ剤、シロップ剤等が挙げられる。なお、当該経口剤には、公知の製剤成分を用いて、有効成分であるプロブコールスピロキノン、プロブコールジフェノキノンおよびプロブコールビスフェノールの体内での放出をコントロールした製剤(例:速放性製剤、徐放性製剤)も含まれる。
また、注射による場合、上記添加物としては、水性注射剤もしくは非水性注射剤を構成できる製剤成分が使用され、通常は溶解剤、溶解補助剤、懸濁化剤、等張化剤、緩衝剤、安定剤、保存剤等の公知の製剤成分が使用されるが、さらに投与時に溶解あるいは懸濁して使用するための粉末注射剤を構成する公知の製剤成分であっても良い。水性注射剤の製剤成分としては、例えば、注射用蒸留水、等張の滅菌された塩溶液(リン酸1ナトリウムまたは2ナトリウム、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウムまたは塩化マグネシウム等、もしくはこのような塩の混合物を含む)等が、非水性注射剤の製剤成分としては、例えば、オリーブ油、ゴマ油、綿実油、コーン油等の植物油、プロピレングリコール、マクロゴールド、トリカプリリン等が挙げられ、これらに溶解、懸濁あるいは乳化することにより製造される。具体的な注射剤としては、皮下注射剤、静脈内注射剤、筋肉内注射剤、腹腔内注射剤、点滴剤等が挙げられる。かくして、本発明の活性成分を含有する上記活性を有する薬剤(医薬または医薬組成物)を調製するための該ビスフェノール型化合物の使用法も提供される。
本発明のABCA1安定化剤、低HDL血症予防・治療剤および動脈硬化症予防・治療剤の効果的な投与量は、投与される患者の年齢、体重、低HDL血症もしくは動脈硬化症の症状、合併症の有無等によって異なり、適宜調整されるが、通常、経口投与の場合、0.1mg〜3,000mg/日程度、または注射の場合、0.1mg〜1,000mg/日程度投与される。本発明の生体内ABCA1量の増加且つHDL新生反応促進剤、血中HDL増加剤、末梢組織よりコレステロールを引き抜く血中コレステロール逆転送系活性増加剤、及び/又は生体内ABCA1分解の抑制且つHDL新生反応促進剤についても、上記と同様である。
本発明のABCA1安定化剤、低HDL血症予防・治療剤および動脈硬化症予防・治療剤は、作用の増強、投与量の低下および副作用の低減等を目的として、その効果に悪影響を及ぼさない1種以上の他の薬剤と組み合わせて用いることもできる。組み合わせることができる併用薬剤は、低分子化合物、ポリペプチド、抗体またはワクチン等であってもよく、例えば、「糖尿病治療薬」、「糖尿病合併症治療薬」、「抗肥満薬」、「高血圧治療薬」、「高脂血症治療薬」、「利尿剤」、「抗血栓剤」、「アルツハイマー病治療薬」等が挙げられる。本発明の生体内ABCA1量の増加且つHDL新生反応促進剤、血中HDL増加剤、末梢組織よりコレステロールを引き抜く血中コレステロール逆転送系活性増加剤、及び/又は生体内ABCA1分解の抑制且つHDL新生反応促進剤についても、上記と同様である。
上記「糖尿病治療薬」としては、例えばインスリン分泌促進剤、ビグアナイド剤、インスリン、α−グルコシダーゼ阻害剤等が挙げられる。インスリン分泌促進剤としては、例えばトルブタミド、クロルブタミド、クロルプロパミド、トラザミド、アセトヘキサミド、グリクロピラミド、グリベンクラミド、グリクラジド、グリブゾール、グリメピリド、ナテグリニドまたはミチグリニド等が挙げられる。ビグアナイド剤としては、例えばフェンホルミン、メトホルミン、ブホルミン等が挙げられる。α−グルコシダーゼ阻害剤としては、例えばアカルボース、ボグリボース、ミグリトール、エミグリトール等が挙げられる。
上記「糖尿病合併症治療薬」としては、例えばアルドース還元酵素阻害薬等が挙げられ、例えばエパルレスタット、アルプロスタジル、塩酸メキシレチン等が挙げられる。
上記「抗肥満薬」としては、例えばリパーゼ阻害薬、食欲抑制薬等が挙げられる。リパーゼ阻害薬としては、例えばオルリスタットなどが挙げられる。食欲抑制薬としては、例えばデクスフェンフラミン、フルオキセチン、シブトラミン、バイアミン等が挙げられる。
上記「高血圧治療薬」としては、例えばアンジオテンシン変換酵素阻害薬、カルシウム拮抗薬、アンジオテンシンII拮抗薬等が挙げられる。アンジオテンシン変換酵素阻害薬としては、例えばカプトプリル、エナラプリル、アラセプリル、デラプリル、リジノプリル、イミダプリル、ベナゼプリル、シラザプリル、ペリンドプリル、キナプリル、テモカプリル、トランドラプリル、マニジピン等が挙げられる。カルシウム拮抗薬としては、例えばニフェジピン、アムロジピン、エホニジピン、ニカルジピン等が挙げられる。アンジオテンシンII拮抗薬としては、例えばロサルタン、カンデサルタンシレキシチル、バルサルタン、イルベサルタン等が挙げられる。
上記「高脂血症治療薬」としては、例えばHMG−CoA還元酵素阻害薬、フィブラート系高脂血症用剤等が挙げられる。HMG−CoA還元酵素阻害薬としては、例えばプラバスタチン、シンバスタチン、ロバスタチン、アトルバスタチン、フルバスタチン等のスタチン系薬剤が挙げられる。フィブラート系高脂血症用剤としては、例えばベザフィブラート、クリノフィブラート、クロフィブラート、フェノフィブラート、シンフィブラート等が挙げられる。上記以外にも、「高脂血症治療薬」としては、例えば陰イオン交換樹脂(例、コレスチラミンなど)、ニコチン酸系薬剤(例、ニコモール(nicomol)、ニセリトロール(niceritrol)など)、イコサペント酸エチル等が挙げられる。
上記「利尿剤」としては、例えばチアジド系製剤等が挙げられ、例えばシクロペンチアジド、トリクロルメチアジド、ヒドロクロロチアジド、ヒドロフルメチアジド、ベンチルヒドロクロロチアジド、ペンフルチジド、メチクロチアジド等が挙げられる。上記の他、例えばイソソルビド、フロセミド等も挙げられる。
上記「抗血栓剤」としては、例えばヘパリン、ワルファリン、抗トロンビン薬、血栓溶解剤、血小板凝固抑制剤(抗血症板薬)等が挙げられる。
上記「アルツハイマー病治療剤」としては、例えばドネペジル、リバスチグミン、ガランタミン等が挙げられる。
本発明のABCA1安定化剤、低HDL血症予防・治療剤および動脈硬化症予防・治療剤と併用薬剤との組み合わせによる投与形態は特に限定されるものではなく、単に併用されていればよい。例えば、両者を同時に製剤化して単一の製剤としての投与、両者を別々に製剤化して同一投与経路で同時あるいは時間差をおいての投与、両者を別々に製剤化して異なる投与経路で同時あるいは時間差をおいての投与等が挙げられる。
本発明では、該ビスフェノール型化合物を利用した病気などの予防・治療法も提供され、例えば、該ビスフェノール型化合物の有効量を対象者に投与することにより、該予防・治療法を実施できる。本予防・治療法では、対象者の健康状態・症状の進行状態をモニターしながら行うこともできる。当該モニターは、一定あるいは不定期の時間間隔を置いて行われるものであってよいし、定期的になされるものであってもよい。代表的な場合では、血中HDLレベルをモニターしながら行われる。投与も、一定あるいは不定期の時間間隔を置いて行われるものであってよいし、定期的になされるものであってもよい。
明細書中、「予防・治療」とは、予防及び/又は治療を指していてよく、予防及び治療を意味する場合、あるいは、予防を意味する場合、又は治療を意味する場合の、それぞれを包含している。
実施例等
以下に合成例、試験例および製剤例といった実施例を挙げて、本発明を具体的に説明するが、この実施例は単に本発明の説明のため、その具体的な態様の参考のために提供されているものである。これらの実施例は本願で開示する発明の範囲を限定したり、あるいは制限することを表すものではない。本発明では、本明細書の思想に基づく様々な実施形態が可能であることは理解されるべきである。
全ての試験例および実施例は、他に詳細に記載するもの以外は、標準的な技術を用いて実施したもの、又は実施することのできるものであり、これは当業者にとり周知で慣用的なものである。なお、以下の実施例において、特に指摘が無い場合には、具体的な操作並びに処理条件などは、市販の試薬あるいはキットを用いている場合はそれらに添付の指示書(protocols)や添付の薬品等を使用している。
合成例1 プロブコールスピロキノンの合成
プロブコール(981mg,1.9mmol;和光純薬(株)製)および酸化鉛(4.04g)をジクロロメタン(20mL)中、一晩撹拌した。その混合物をろ過し、溶媒を留去した後、メタノールで洗浄、乾燥して、プロブコールスピロキノンの結晶(912mg,93%)を得た。なお、質量分析のCI−MSは日本電子MS700型二重収束型質量分析計を用いて測定し、元素分析はエレメンタール製Vario EL型CHN自動分析装置を用いて測定した。

合成例2 プロブコールジフェノキノンの合成
Tadaらの方法[Bull.Chem.Soc.,45,2558−2559(1972)]に従い、2,6−ジ−t−ブチルフェノール(309mg,1.5mmol)のメタノール溶液(100mL)をフタロシアニン−Fe(II)(853mg,1.5mmol)の存在下、室温で5時間、酸化した。この反応混合物を反応が終了するまで撹拌し、溶媒を留去した。得られた残査をエーテルに溶解、ろ過後、溶媒を留去して、プロブコールジフェノキノンの結晶(340mg,100%)を得た。なお、質量分析のEI−MSについては、日本電子AX505W型二重収束型質量分析を用いて測定した。

合成例3 プロブコールビスフェノールの合成
合成例2で得られたプロブコールジフェノキノン(349mg,0.86mmol)のメタノール(20mL)およびジクロロメタン(20mL)の溶液に、窒素雰囲気下、水素化ホウ素ナトリウム(72mg,1.88mmol)を加えた。この反応混合物を1時間撹拌後、溶媒を留去した後、水洗、乾燥して、プロブコールビスフェノールの結晶(244mg,70%)を得た。なお、質量分析のEI−MSについては、日本電子AX505W型二重収束型質量分析を用いて測定した。

試験例1 THP−1細胞を用いたプロブコールスピロキノン、プロブコールジフェノキノンおよびプロブコールビスフェノールによるABCA1の発現上昇作用
<試験法>
THP−1細胞(ヒト白血病細胞;アメリカンタイプカルチャーコレクション社製)をPMA(ホルボールミリステートアセテート;3.2×10−7M;和光純薬工業(株)製)の存在下に10%FBS−RPMI1640培地(岩城硝子(株)製)を用いて72時間培養することによりマクロファージへと分化させた。プロブコールスピロキノン(合成例1),プロブコールジフェノキノン(合成例2)およびプロブコールビスフェノール(合成例3)をTsujitaらの方法[BIOCHEMISTRY,35,13011−13020(1996)]に従い、アセチルLDLに取り込ませた後、細胞培養液に添加した。この細胞培養液で前記細胞を48時間培養後、apoAIの存在下または非存在下でさらに24時間培養後、下記の方法に従い、細胞内ABCA1の発現量を測定した。
上記薬剤処理細胞および薬剤処理を行っていない未処理細胞を5mMのTris−HCl(pH8.5)中で低張破砕後、遠心(650g,5分間)し核分画を沈殿させた。上清を105,000g、30分間遠心し、total membrane分画を回収した。Total membraneを0.9Mウレア、0.2%トリトンX−100、0.1%ジチオスレイトール溶液に溶解後、1/4量の10%リチウムドデシルサルフェート溶液を加え、10%SDS−7%ポリアクリルアミドゲルにて電気泳動分離した。分離した蛋白をPVDF membrane(バイオラッド社製)に固定・転写した後、抗ヒトABCA1ウサギ抗体(通常の手法を用いた自己精製)を用いたイムノブロッティングにてABCA1蛋白の発現量を解析し、さらに得られた当該発現量のバンドの濃さ・太さをScion Image(画像解析ソフト;Scion社製)で読み取って数値化し、未処理細胞に対する相対比を算出することで、試験化合物のABCA1発現活性を評価した。結果を〔表1〕に示す。
<結果>
〔表1〕に示されるように、プロブコールスピロキノン,プロブコールジフェノキノンおよびプロブコールビスフェノールで処理したTHP−1細胞では、未処理細胞と比較して細胞内のABCA1の発現が顕著に増加することが認められた。

試験例2 プロブコールスピロキノン、プロブコールジフェノキノンおよびプロブコールビスフェノールによるHDL新生反応促進作用
<試験法>
Arakawaらの方法[J.LIPID RES.,41,1952−1962(2000)]に従い、試験例1で得られた培養細胞を用いて、apoAI依存性のHDL新生反応に基づき培地中に搬出されたコレステロールおよびリン脂質を解析し、薬剤処理細胞と未処理細胞を比較した。得られた結果は、試験例1と同様に数値化し、未処理細胞に対する相対比を算出することで、試験化合物のHDL新生反応促進作用を評価した。結果を〔表2〕に示す。なお、比較化合物としてプロブコール(和光純薬工業(株)製)を用い、上記と同様にHDL新生反応促進作用を測定した。
<結果>
〔表2〕に示されるように、プロブコールスピロキノン,プロブコールジフェノキノンおよびプロブコールビスフェノールで処理したTHP−1細胞では、未処理細胞と比較してapoAI依存性のHDLコレステロール搬出において約1.3〜1.6倍、リン脂質搬出において1.4〜2.0倍の増加が認められた。一方、プロブコールで処理したTHP−1細胞では、未処理細胞と比較してapoAI依存性のHDLコレステロール搬出は認められず、リン脂質搬出においても1/3以下に減少させた。

試験例3 プロブコールスピロキノンおよびプロブコールジフェノキノンによる血中HDL上昇作用(マウス)
<試験法>
マウスを1群3もしくは4匹として用い、0.5%カルボキシメチルセルロース水溶液に懸濁したプロブコールスピロキノン(50mg/kgおよび150mg/kg;合成例1)およびプロブコールジフェノキノン(50mg/kgおよび150mg/kg;合成例2)を1日1回、7日間、経口投与した。対照群には0.5%カルボキシメチルセルロース水溶液を同様に投与した。最終投与3時間後にエーテル麻酔下に開腹し、ヘパリンナトリウム存在下で心臓より採血した。血液を2000×g,10分間遠心することにより血漿を分離後、Paragon電気泳動システム(ベックマンコールター社製)を用いて血漿リポ蛋白を分離し、その脂質染色をおこなった。脂質染色後のゲルを画像解析することにより、各個体における血漿HDL量を数値化し、判定した。
<結果>
〔表3〕に示されるように、プロブコールスピロキノンおよびプロブコールジフェノキノンを投与したマウスにおいて、対照群と比較して、プロブコールスピロキノンで約1.2倍、プロブコールジフェノキノンで約1.1〜1.8倍の血漿HDL量の増加が認められた。

試験例4 プロブコールスピロキノン、プロブコールジフェノキノンおよびプロブコールビスフェノールによる血中HDL上昇作用(ウサギ)
<試験法>
ウサギを1群4匹として用い、トリオレイン(シグマ社製)、フォスファチジルコリン(アバンティ社製)へ、プロブコールスピロキノン(合成例1)、プロブコールジフェノキノン(合成例2)およびプロブコールビスフェノールをそれぞれ加えたマイクロエマルジョンを0.5〜10ml/bodyの容量で1日1回、7日間、耳静脈より投与した。対照群には薬物を含まないマイクロエマルジョンを同様に投与した。最終投与3時間後にヘパリンナトリウム存在下で耳静脈より採血した。血液を2000×g、10分間遠心することにより血漿を分離後、Paragon電気泳動システム(ベックマンコールター社製)を用いて血漿リポ蛋白を分離し、その脂質染色をおこなった。脂質染色後のゲルを画像解析することにより、各個体における血漿HDL量を数値化し、判定した。各化合物の投与用量は、マイクロエマルジョン中に含まれる各化合物量を参考にし、それらを静脈内投与直後に推測される血中化合物濃度として示した。
<結果>
〔表4〕に示されるように、プロブコールスピロキノン、プロブコールジフェノキノンおよびプロブコールビスフェノールを投与したウサギにおいて、対照群と比較して、プロブコールスピロキノンで約1.5〜1.9倍、プロブコールジフェノキノンで約1.3〜1.4倍、プロブコールビスフェノールで約1.3〜1.4倍の血漿HDL量の増加が認められた。

試験例5 毒性試験
マウスにプロブコールスピロキノン、プロブコールジフェノキノンおよびプロブコールビスフェノールを1週間経口投与した結果、特に異常と考えられる所見は見られなかった。
以上のように、本発明のABCA1安定化剤は、遺伝子工学の技術を用いることなく、ABCA1を継続的かつ安定に発現させ、さらに、HDLの新生反応を促進し、低HDL血症予防・治療剤として有効であることが上記試験により確認された。本発明の活性成分である該ビスフェノール型化合物は、血中HDLレベルを高める方向の活性を有し、コレステロール逆転送系を好ましい方向へ変調する活性が期待できる。
製剤例1
本発明のプロブコールスピロキノン200mg、乳糖100mg、トウモロコシデンプン28mg、ステアリン酸マグネシウム2mg
上記処方について日局XIVの製剤総則記載の公知方法に従ってカプセル剤を得た。
製剤例2
本発明のプロブコールスピロキノン25mgを、塩化ナトリウムの適量を含む注射用蒸留水10mlから製した等張化水溶液に溶解し、アンプルに充填・密封後、滅菌して注射剤を得た。
【産業上の利用可能性】
本発明におけるプロブコールスピロキノン、プロブコールジフェノキノンおよびプロブコールビスフェノールから選択されるビスフェノール型化合物を有効成分とするABCA1安定化剤は、煩雑な遺伝子工学技術を必要とせず、ABCA1を継続的かつ安定に発現させ、低HDL血症、動脈硬化症を始めABCA1の発現低下に起因する様々な疾患に対して有効な薬剤である。また、本発明のABCA1安定化剤は、既に医薬品として安全性が確認されているプロブコールの代謝物を使用することで医薬品としての安全性が高い点でも有用である。同様に、該活性成分は、生体内ABCA1量の増加且つHDL新生反応促進剤、血中HDL増加剤、末梢組織よりコレステロールを引き抜く血中コレステロール逆転送系活性増加剤、及び/又は生体内ABCA1分解の抑制且つHDL新生反応促進剤としても利用可能で、種々の病気・疾患、あるいは病的な状態(特には、血中HDLレベルの低下に関連するもの)の予防・治療法にも利用できる。
本発明は、前述の説明及び実施例に特に記載した以外も、実行できることは明らかである。上述の教示に鑑みて、本発明の多くの改変及び変形が可能であり、従ってそれらも本件添付の請求の範囲の範囲内のものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
プロブコールスピロキノン、プロブコールジフェノキノンおよびプロブコールビスフェノールまたはそれらの塩からなる群から選択されるビスフェノール型化合物を有効成分とするABCA1安定化剤。
【請求項2】
請求項1に記載のABCA1安定化剤からなる低HDL血症予防・治療剤。
【請求項3】
請求項1に記載のABCA1安定化剤からなる動脈硬化症予防・治療剤。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載のABCA1安定化剤、低HDL血症予防・治療剤または動脈硬化症予防・治療剤に、糖尿病治療薬、糖尿病合併症治療薬、抗肥満薬、高血圧治療薬、高脂血症治療薬、利尿剤、抗血栓剤またはアルツハイマー病治療薬から選択される1種以上の薬剤を組み合わせることからなる薬剤。
【請求項5】
プロブコールスピロキノン、プロブコールジフェノキノンおよびプロブコールビスフェノールまたはそれらの塩からなる群から選択されるビスフェノール型化合物を有効成分とする血中HDL増加剤。

【国際公開番号】WO2005/067904
【国際公開日】平成17年7月28日(2005.7.28)
【発行日】平成19年12月27日(2007.12.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−516993(P2005−516993)
【国際出願番号】PCT/JP2004/019717
【国際出願日】平成16年12月22日(2004.12.22)
【出願人】(000002990)あすか製薬株式会社 (39)
【Fターム(参考)】