説明

PCSK9の吸着体およびPCSK9の吸着器

【課題】体液中のPCSK9を効率的に吸着除去することができる吸着体および吸着器の提供。
【解決手段】PCSK9吸着体3は、アニオン性官能基を有する水不溶性担体からなる。また、PCSK9吸着器7は、液の入口1および出口2を有し、かつ吸着体3の容器外への流出防止手段5を備えた容器内に上記PCSK9吸着体3を充填してなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、血液などに含まれるPCSK9を効率的に吸着することができる吸着体、および当該吸着体を含むPCSK9吸着器に関するものである。
【背景技術】
【0002】
PCSK9(Proprotein Convertase Subtilisin / Kexin type 9)は、常染色体優性の高脂血症患者において見出された変異遺伝子であってLDLコレステロールの増加と関連性の高いものから、LDL受容体やアポリポタンパクBと共に推定されたタンパクである(非特許文献1)。即ち、PCSK9遺伝子の機能獲得型変異は高コレステロール血症と関連し、その機能欠失型変異は低コレステロール血症に関連することが明らかにされている。
【0003】
PCSK9は主に肝臓、腸、腎臓で分泌される692のアミノ酸からなる分子量約74kDaのタンパクであり、LDLコレステロールと共にLDL受容体に回収されると、LDL受容体の分解を引き起こすことが明らかにされている。一方、LDLコレステロールのみがLDL受容体に結合した場合には、細胞内で分解されるのはLDLコレステロールのみであり、LDL受容体は再利用されることが報告されている(非特許文献2)。
【0004】
健常人において、LDL受容体は、血液中の過剰なLDLコレステロールを回収するのに十分な数が存在している。しかしPCSK9の過剰産生によりLDL受容体の分解が促進されると、血液中のLDLコレステロールを回収するのには不十分となる。その結果、血液中のLDLコレステロールは増加し、冠動脈性心疾患などのリスクも増加することが考えられるため、PCSK9を低減する治療方法に注目が集まっている。
【0005】
PCSK9を標的とした治療方法として、抗PCSK9抗体でPCSK9を中和する抗体医薬品の開発や(特許文献1)、PCSK9の産生に関わる遺伝子の転写を抑制する核酸医薬品の開発(特許文献2)などが積極的に行なわれている。しかし、抗体医薬品や核酸医薬品は、特異性と効果が高いという利点はあるものの、生産性が低く高価であるなどの理由で長期間の治療が必要である脂質異常症患者にとっては経済的な負担が大きい。加えて患者によっては強い副作用が見られるなど課題も多い。
【0006】
ところで、リガンドを有する吸着体であって、血液中の特定成分を吸着除去するために用いられるものとして、例えば、血清アミロイドPタンパク質を吸着するもの(特許文献3)、コレステロールを吸着するもの(特許文献4)、腫瘍壊死因子αを吸着するもの(特許文献5)、HMGB1を吸着するもの(特許文献6)などが知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特表2011−501952号公報
【特許文献2】特開2010−246544号公報
【特許文献3】特開平2−149341号公報
【特許文献4】特開平4−45771号公報
【特許文献5】国際公開第96/25228号パンフレット
【特許文献6】特開2005−296033号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Abifadelら,Nature Genetics,2003年6月,第34巻,第2号,154−156頁
【非特許文献2】Jayら、Journal of Lipid Research,2009年,第50巻,S172−S177頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上述したように、PCSK9は冠動脈性心疾患などの原因物質であるが、PCSK9を標的とする治療方法は未だ十分に研究が進んでいない。また、血液などの体液から不要物質などを吸着除去するための吸着体が知られているが、PCSK9を吸着除去するためのものは開発されていない。
【0010】
かかる状況下、本発明が解決しようとする課題は、冠動脈性心疾患などの原因物質の一つである体液中のPCSK9を低減させることができる手段を提供することであり、経済性および副作用低減の観点から高価な抗体の使用や投与を必要とせず、PCSK9を効率的に除去することが可能な吸着体を提供することにある。即ち、本発明が解決すべき課題は、体液中のPCSK9を効率的に吸着除去することができる吸着体および吸着器を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは上記の課題を解決すべく鋭意検討を重ねた。その結果、アニオン性官能基を有する水不溶性担体と体液を接触させることで、体液中のPCSK9を強く吸着できることを見出し、さらなる検討を進めることで、本発明を完成するに至った。
【0012】
本発明に係るPCSK9吸着体は、アニオン性官能基を有する水不溶性担体からなることを特徴とする。
【0013】
本発明のPCSK9吸着体におけるアニオン性官能基としては、硫酸基、スルホン酸基、カルボキシ基、リン酸基よりなる群から選択される少なくとも1つの官能基を好適なものとして挙げることができる。これらアニオン性官能基はPCSK9との親和性が高く、PCSK9を良好に吸着できることから特に好ましいものである。
【0014】
本発明のPCSK9吸着体としては、アニオン性官能基がポリマーを介して水不溶性担体に結合しているもの、また、2以上のアニオン性官能基がポリマーに共有結合しているものが好適である。かかるPCSK9吸着体は、PCSK9に親和性の高いアニオン性官能基の密度が高く、PSCK9の吸着能が特に優れている。
【0015】
また、本発明に係るPCSK9吸着体の水不溶性担体としては、親水性であるもの、多孔性であるもの、水酸基を有するものが好適である。水不溶性担体が親水性であれば、非特異的吸着が比較的少なくPCSK9の吸着選択性が良好である。水不溶性担体が水酸基を有する場合、親水性が向上すると共に、アニオン性官能基の導入が容易になる。また、水不溶性担体が多孔質であれば、孔径に応じた分子ふるい効果により吸着対象分子のサイズを調整することが可能になり、また、容積に対する表面積が比較的大きいことからアニオン性官能基の密度を高めることができるので、PCSK9に対する吸着選択性と吸着性能が高くなる。
【0016】
本発明に係るPCSK9吸着器は、液の入口および出口を有し、かつ吸着体の容器外への流出防止手段を備えた容器内に、本発明に係るPCSK9吸着体を充填してなることを特徴とする。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、体液中の過剰なPCSK9を極めて効率的に吸着除去できるので、LDL受容体の低減を抑制でき、ひいてはLDLコレステロールの増加も抑制できる。また、PCSK9の増加に関連する疾患の治療にも有効である。
【0018】
従って本発明は、近年、生活習慣病として問題となっている高脂血症などに対する有効な対応策として、産業上非常に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明に係るPCSK9吸着器の一実施態様を模式的に示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明に係るPCSK9吸着体は、アニオン性官能基を有する水不溶性担体からなることを特徴とする。
【0021】
本発明において、アニオン性官能基とは、pHが中性付近の水中で負に帯電する官能基をいう。本発明に係るPCSK9吸着体は、かかるアニオン性官能基を有することにより、体液と接触した場合に体液中のPCSK9を良好に吸着することができ、体液のPCSK9濃度を顕著に低減することができる。
【0022】
かかるアニオン性官能基としては、上記特性を示すものであれば特に制限されないが、例えば、硫酸基(−OSO2OH)、スルホン酸基(−SO2OH)、カルボキシ基(−CO2H)、リン酸基(−OP(=O)(OH)Y)、フェノール性水酸基(−Ar−OH)、シラノール基(−SiRR’OH)などを挙げることができ、硫酸基、スルホン酸基、カルボキシ基、リン酸基よりなる群から選択される少なくとも1つの官能基が好ましい。なお、上記式中、Yは、水酸基(−OH)、置換されていてもよいアルコキシ基または置換されていてもよいアルキル基を示し、RおよびR’は、互いに独立して、置換されていてもよいアルコキシ基または置換されていてもよいアルキル基などの有機基を示す。
【0023】
アニオン性官能基が水不溶性担体1個当たり2以上存在している場合には、かかるアニオン性官能基は互いに同一であってもよいし、互いに異なるものであってもよい。
【0024】
アニオン性官能基は、使用前において塩であってもよい。塩の状態であれば、より安定であったり、体液に対する初期の馴染性が高いという利点があり得る。また、塩の状態であっても、PCSK9は交換的に本発明に係る吸着体に吸着される。塩を形成するためのカウンターカチオンとしては、例えば、ナトリウムイオンやカリウムイオンなどのアルカリ金属イオンを挙げることができる。
【0025】
アニオン性官能基は、水不溶性担体に共有結合していることが好ましい。かかる共有結合は、リンカー化合物やポリマー化合物を介するものであってもよい。もちろん、アニオン性官能基を有するポリマー化合物がリンカー化合物を介して水不溶性担体に共有結合していてもよい。また、ポリリン酸などアニオン性化合物自体が重合可能なものである場合には、かかるアニオン性化合物のポリマーが水不溶性担体に共有結合していてもよい。例えば、アニオン性官能基を有する化合物などが単に水不溶性担体に担持されているのみの場合、使用中に当該化合物が脱落して体液に混入するおそれがあるが、共有結合していればかかるおそれはない。
【0026】
アニオン性官能基がポリマー化合物を介して水不溶性担体に結合している場合、多くのアニオン性官能基を導入することが可能であり、PCSK9に対する吸着体の親和性が向上することから好ましい。かかるポリマー化合物としては、吸着体全体としての親水性を損なうものでなければ特に制限されないが、例えば、ポリエチレン鎖、ポリプロピレン鎖、ポリスチレン鎖、ポリアミノ酸鎖、糖鎖、その他のコポリマー鎖を挙げることができる。この場合、アニオン性官能基を有するポリマー化合物としては、例えば、硫酸基を有するポリビニル硫酸、ヘパリン、デキストラン硫酸、コンドロイチン硫酸;スルホン酸基を有するポリビニルスルホン酸やポリスチレンスルホン酸;カルボキシ基を有するポリアクリル酸、ポリグルタミン酸、ポリアスパラギン酸、ポリメタクリル酸、スチレン−マレイン酸共重合体;リン酸基を有するポリビニルリン酸やポリスチレンリン酸;2種以上のアニオン性官能基を有するヘパリン、デキストラン硫酸、コンドロイチン硫酸などを挙げることができる。
【0027】
アニオン性官能基を有するポリマー化合物を水不溶性担体に固定化する場合、当該ポリマー化合物の分子量としては、500以上、100000以下が好ましい。当該分子量が500以上であれば、アニオン性官能基をより多く導入することが可能であり、PCSK9に対する吸着体の親和性がより一層向上することから好ましい。一方、当該分子量が100000以下であれば、反応性がそれほど低下することはなく、より確実に水不溶性担体と結合させることが可能になる。当該分子量としては、1000以上がより好ましく、2000以上がさらに好ましく、3000以上が特に好ましく、また、50000以下がより好ましく、10000以下がさらに好ましく、8000以下が特に好ましい。
【0028】
アニオン性官能基を有するポリマー側鎖を水不溶性担体に導入するためのポリマー化合物は、1種類であってもよいし、2種類以上であってもよい。
【0029】
アニオン性官能基を有するポリマー側鎖を水不溶性担体に導入するためのポリマー化合物としては、デキストラン硫酸、ヘパリン、ポリスチレンスルホン酸およびポリアクリル酸から選択される少なくとも1種の化合物が好ましく、これらから2種以上の化合物を選択して併用してもよい。
【0030】
本発明に係るPCSK9吸着体の担体は、水に対して不溶性である。これにより、本発明に係るPCSK9吸着体は、体液に接触した場合に溶解して体液に混入することがない。水不溶性担体が水に対して不溶性であるとは、日本薬局方などから、担体1gまたは1mLを溶解するために10000mL以上の水が必要であることと定義できるが、水不溶性担体が体液に実質的に溶解しない限り特に制限されない。
【0031】
本発明に用いる水不溶性担体としては、水に対して不溶性であり且つ直接的または間接的にアニオン性官能基を結合できるものであれば特に制限されないが、例えば、ガラスビーズ、シリカゲル、アルミナなどの無機担体;架橋ポリビニルアルコール、架橋ポリアクリレート、架橋ポリアクリルアミド、架橋ポリスチレンなどの合成高分子担体;結晶性セルロース、架橋セルロース、架橋アガロース、架橋デキストランなどの多糖類からなる有機担体;さらにはこれらの組み合わせによって得られる有機−有機、有機−無機などの複合担体などを挙げることができる。
【0032】
なかでも親水性の水不溶性担体は、非特異的吸着が比較的少なくPCSK9の吸着選択性が良好であるため好ましい。ここでいう親水性担体とは、担体を構成する化合物を平板状にしたときの水との接触角が60度以下の担体を指す。このような担体としては、架橋セルロース、架橋キトサン、架橋セファロース、架橋デキストランなどの多糖類;架橋ポリビニルアルコール、架橋エチレン−酢酸ビニル共重合体鹸化物、架橋ポリアクリルアミド、架橋ポリアクリル酸、架橋ポリメタクリル酸、架橋ポリメタクリル酸メチル、架橋ポリアクリル酸グラフト化ポリエチレン、架橋ポリアクリルアミドグラフト化ポリエチレンなどの架橋合成ポリマー;ガラスなどからなる担体が代表例として挙げられる。
【0033】
また、親水性の水不溶性担体は、一般的に、親水性の官能基を多数有し、かかる親水性官能基を介してアニオン性官能基を直接的または間接的に導入できる点でも好ましい。親水性官能基としては、例えば、水酸基を挙げることができる。
【0034】
水不溶性担体としては、多孔性のものが好ましい。多孔性の水不溶性担体であれば、容積に対する表面積が比較的大きいことからアニオン性官能基の密度を高めることができ、ひいてはPCSK9に対する吸着能が高くなる。また、吸着体をカラムに充填した場合などでも体液の透過性が高まる。さらに、孔径に応じた分子ふるい効果により吸着対象分子のサイズを調整することが可能になり、PCSK9に対する吸着選択性をより一層高めることが可能になる。
【0035】
多孔性水不溶性担体では、吸着対象であるPCSK9を効率良く吸着するために、PCSK9がある程度高い確率で細孔内に侵入でき、他のタンパク質の侵入はできる限り起こらないことが好ましい。
【0036】
細孔の孔径の測定には水銀圧入法が最もよく用いられているが、本発明で用いる多孔性水不溶性担体の場合には適用できないことが多いので、細孔の孔径の目安として排除限界分子量を用いるのが適当である。排除限界分子量とは、ゲル浸透クロマトグラフィーにおいて細孔内に侵入できない(排除される)分子の内、最も小さい分子量を有するものの分子量をいう(波多野博行,花井俊彦著,実験高速液体クロマトグラフ,化学同人)。排除限界分子量は一般に球状タンパク質、デキストラン、ポリエチレングリコールなどについてよく調べられているが、本発明に用いる担体の場合、球状タンパク質を用いて得られた値を用いるのが適当である。
【0037】
PCSK9の吸着では、排除限界分子量の比較的小さな担体を用いた場合には、PCSK9の吸着除去量は低くその実用性が低下してしまう。そこで、PCSK9の吸着に用いる担体としては、排除限界分子量が10万以上の担体が好ましく、さらに好ましくは排除限界分子量が20万以上の担体である。
【0038】
一方、体液として血漿または血清を用いる限り、排除限界分子量に上限はない。しかし、担体の細孔径が大き過ぎると実用的な強度が得られなくなるおそれがあり得るので、当該細孔径としては0.2μm以下が好ましい。上記の排除限界分子量と細孔径の好適値は、水不溶性担体が粒状、板状、繊維状であっても基本的には同じである。
【0039】
水不溶性担体の上記例示のなかでも、多孔性セルロースゲルは以下の点から特に好ましい:
・ 機械的強度が比較的高く強靭であるため、撹拌などの操作により破壊されたり微粉を生じたりすることが少なく、カラムに充填した場合、体液を高流速で流しても圧密化したり目詰まりしたりせず、さらに細孔構造が高圧蒸気滅菌などによって変化を受けにくい;
・ ゲルがセルロースで構成されているため親水性であり、リガンドなどの結合に利用し得る水酸基が多数存在し、非特異的吸着が少ない;
・ 空孔容積を大きくしても比較的強度が高いため軟質ゲルに劣らない吸着容量が得られる;
・ 安全性が合成高分子ゲルなどに比べて高い。
【0040】
上記水不溶性担体は、1種のみを単独で用いてもよいし、2種以上を組合わせて併用してもよい。
【0041】
ポリマー化合物を介してアニオン性官能基を水不溶性担体に導入する場合、アニオン性官能基を有するポリマー化合物は、原料である水不溶性担体1mL当たり、100nmol以上、10mmol以下含まれていることが望ましい。当該割合が100nmolより少ないとアニオン性官能基を有する化合物の効果が十分に発揮されないおそれがあり得、10mmolを超えるとPCSK9以外の非特異吸着が起こるおそれがあり得る。より好ましくは、1μmol以上、200μmol以下、最も好ましくは5μmol以上、100μmol以下である。
【0042】
本発明に係る吸着体の大きさは、その使用態様などにより適宜調整すればよく特に制限されないが、例えば、吸着体が粒子状である場合、平均粒子径を25μm以上、1000μm以下にすることができる。当該平均粒径が25μm以上であれば、体液を高流速で長時間、安定してより確実に通液することができる。一方、当該平均粒子径が過剰に大きいと吸着効率が低下するおそれがあり得るので、当該平均粒子径としては1000μm以下が好ましい。また、当該平均粒子径がこの範囲であれば、本発明吸着体をカラムに充填して使用する場合でも、体液に含まれる細胞が充分に通過し得る間隙が存在するので、体液を良好に通液できる。但し、体液として血液を用いた場合には、当該平均粒子径が80μm未満であると直接血液灌流(DHP)が困難になるおそれがあり得るので、当該平均粒子径としては80μm以上がより好ましい。当該平均粒子径としては、100μm以上がさらに好ましく、120μm以上が特に好ましく、また、800μm以下がより好ましく、600μm以下がさらに好ましく、500μm以下が特に好ましい。
【0043】
上記平均粒子径は、粒度分析計を用いて吸着体粒子の粒度分布を体積基準で測定することにより求めることができる。なお、この際、吸着体粒子の形状は問われない。
【0044】
本発明吸着体が繊維状でかつ中空である場合、内径は5μm以上、1000μm以下が好ましい。当該内径としては、20μm以上がより好ましく、30μm以上がさらに好ましく、また、300μm以下がより好ましい。
【0045】
本発明吸着体が密な繊維状である場合は、その径としては1μm以上、500μm以下が好ましい。当該径としては、2μm以上がより好ましく、5μm以上がさらに好ましく、また、200μm以下がより好ましい。
【0046】
本発明吸着体の大きさは、アニオン性化合物を水不溶性担体へ直接導入する場合には原料である水不溶性担体の大きさとほぼ同じと考えることができ、また、ポリマー化合物などを介してアニオン性化合物を固定化する場合には水不溶性担体の大きさに比例するので、水不溶性担体の大きさにより調整可能である。
【0047】
本発明吸着体の表面は滑らかな方がよい。その表面が粗であると、非特異吸着が増加して選択性が低下するため好ましくない。
【0048】
本発明に係る吸着体は、アニオン性官能基を有する化合物などを水不溶性担体に導入することにより製造することができる。その導入方法は特に制限されず、いかなる方法を用いてもよいが、代表的な導入方法として以下の方法を挙げることができる:
(1) アニオン性官能基を有する化合物またはアニオン性官能基へ容易に変換し得る官能基を有する化合物をモノマーとして利用し、当該化合物を重合させることにより、水不溶性担体の形成とアニオン性官能基の導入を同時に行う方法;
(2) アニオン性官能基またはアニオン性官能基へ容易に変換し得る官能基を有する化合物を有する化合物を水不溶性担体に固定化する方法;
(3) アニオン性官能基またはアニオン性官能基へ容易に変換し得る官能基を水不溶性担体と直接反応させる方法;
(4) アニオン性官能基を有する化合物またはアニオン性官能基へ容易に変換し得る官能基を有する化合物をモノマーとして用いて水不溶性担体上にグラフト重合することにより、アニオン性官能基を有する化合物を有する水不溶性担体を得る方法。
【0049】
上記(1)の方法において用いるアニオン性官能基を有する化合物またはアニオン性官能基へ容易に変換し得る官能基を有する化合物としては、特に限定されないが、例えば、アクリル酸およびそのエステル、メタクリル酸およびそのエステル、スチレンスルホン酸などを挙げることができる。これら化合物を重合すれば、アニオン性官能基またはその前駆体基を複数有する水不溶性担体が形成される。
【0050】
上記(2)の方法は、即ち、アニオン性官能基を有する化合物等を水不溶性担体に固定化する方法としては、物理的吸着による方法、イオン結合による方法、共有結合による方法などがあり、いかなる方法を用いてもよいが、吸着体の保存性ならびに安定性の維持のためには、アニオン性官能基を有する化合物が脱離しない、共有結合により強固に固定化する方法が望ましい。
【0051】
共有結合によりアニオン性官能基を有する化合物等を固定化する場合、アニオン性官能基を有する化合物等がアニオン性官能基等以外に固定化に利用できる官能基を有する多官能性化合物であることが好ましいが、一部のアニオン性官能基を用いて固定化してもよい。
【0052】
固定化に利用できる官能基の代表例としては、アミノ基、アミド基、カルボキシ基、酸無水物基、スクシニルイミド基、水酸基、チオール基、アルデヒド基、ハロゲン基、エポキシ基、シラノール基などが挙げられるがこれらに限定されるわけではない。
【0053】
例えば、硫酸基を有する化合物を水不溶性担体に共有結合で固定化する場合、硫酸基を有する化合物の代表例として、アルコール、多糖類、グリコールなどの水酸基を有する化合物の硫酸エステル化物が挙げられるが、これらの中でも多価アルコールの部分硫酸エステル化物、とりわけ多糖類の硫酸エステル化物は、硫酸基ならびに固定化に必要な官能基の双方を含んでいる上に、容易に水不溶性担体に固定化できることから特に好ましい。
【0054】
次に、(3)の方法、即ち水不溶性担体にアニオン性官能基等を直接反応させる方法の代表例として、水酸基を有する水不溶性担体に硫酸基を導入する方法があげられる。この場合、水酸基を有する水不溶性担体とクロルスルホン酸、濃硫酸などの試薬を反応させることによって、硫酸基を直接導入することができる。
【0055】
なお、上記方法において、水不溶性担体とアニオン性官能基またはアニオン性官能基を有する化合物等とを反応させる場合、水不溶性担体または当該化合物等の反応を高めるために、いずれかに反応性官能基を導入してもよい。かかる反応性官能基としては、例えばエポキシ基を挙げることができる。また、いずれかがカルボキシ基を有する場合には、カルボキシ基を活性エステル化してもよい。さらに、必要であれば、加水分解反応などアニオン性官能基の前駆体基をアニオン性官能基に変換する反応を行う。
【0056】
本発明に係るPCSK9吸着器は、液の入口および出口を有し、かつ吸着体の容器外への流出防止手段を備えた容器内に、本発明に係るPCSK9吸着体を充填してなることを特徴とする。
【0057】
本発明に係るPCSK9の吸着体の一態様を、その概略断面図である図1に基づき説明する。図中、1は液体の流入口、2は液体の流出口、3は本発明のPCSK9の吸着体、4および5は液体および液体に含まれる成分は通過できるがPCSK9の吸着体は通過できないフィルター(流出防止機構)、6はカラム、7はPCSK9の吸着器である。
【0058】
本発明に係るPCSK9吸着器を構成する容器の材質は特に制限されないが、例えば、ポリカーボネート、ポリプロピレン、ポリエチレンなどを用いることができる。その大きさや形状は、処理すべき体液の量や処理時に使用する装置などに応じて適宜調整すればよいが、例えば、内径1cm以上、20cm以下、高さ5cm以上、50cm以下の円筒形状とすることができる。その容量も処理すべき体液の量などに応じて適宜調整すればよいが、例えば、50mL以上、1500mL以下程度とすることができる。なお、出口や入口の内径などは、同じく処理すべき体液の量や処理時に使用する装置などに応じて適宜調整すればよい。
【0059】
フィルターの材質も特に制限されないが、例えば、ナイロン、ポリエステル、テフロン(登録商標)、ポリプロピレン、ポリエチレンテレフタレートなどを用いることができる。その目開きとしては、使用する本発明吸着体の大きさなどにより適宜調整すればよいが、例えば、10μm以上、1000μm以下程度とすることができる。
【0060】
本発明吸着体の充填密度は、体液の流通速度などにより適宜調整すればよいが、例えば、50%以上、120%以下程度とすることができる。
【0061】
本発明に係るPCSK9吸着体の使用方法、即ち、PCSK9の吸着除去方法は、本発明に係るPCSK9吸着体と体液とを接触させる工程を含むことを特徴とする。
【0062】
本発明において体液とは、血液、血漿、血清、腹水、リンパ液、関節内液およびこれらから得られた画分成分、ならびにその他の生体由来の液性成分をいう。
【0063】
本発明に係るPCSK9吸着体を体液と接触させ体液中のPCSK9を吸着除去する方法には種々の方法がある。代表的な方法としては、体液を取り出してバッグなどに貯留し、これに本発明吸着体を混合してPCSK9を吸着除去したのち、前記吸着体を濾別してPCSK9の除去された体液を得るバッチ式の方法、本発明に係るPCSK9吸着器に常圧または加圧下で体液を流す連続式の方法などがある。いずれの方法を用いてもよいが、後者の方法は操作も簡単であり、また体外循環回路に組み込むことにより患者の体液から効率良くオンラインでPCSK9を除去することが可能である。両方の方法を組み合わせて用いてもかまわない。
【0064】
本発明に係るPCSK9吸着器を用いる場合には、例えば、患者の体液を50mL/分以上、100mL/分以下程度の速度で抜き出し、本発明吸着器を透過させた後、患者に再送すればよい。
【0065】
以上のとおり、本発明に係る吸着体および吸着器を用いれば、体液中のPCSK9の濃度を正常程度にまで低減することができる。その結果、患者の冠動脈性心疾患などのリスクを顕著に低減することが可能である。
【実施例】
【0066】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0067】
実施例1 吸着体の作製
チッソ社製の多孔質セルロースゲル(球状蛋白質の排除限界分子量:5,000万、粒径:45〜105μm、沈降体積量:100mL)に、20wt%水酸化ナトリウム水溶液40g、ヘプタン120gおよび非イオン界面活性剤(花王アトラス社製、トゥイーン20)10滴を加えた。40℃で2時間撹拌した後、エピクロロヒドリン50gを加えて2時間撹拌して反応させた。反応後、ゲルを水洗濾過し、エポキシ基の導入されたセルロースゲル(以下、「エポキシ化ゲル」という)を得た。
【0068】
上記エポキシ化ゲル5mLに、デキストラン硫酸ナトリウム(分子量:約5,000、イオウ含量:15%)4gおよび水5mLを加え、pH9に調整してから45℃で16時間振盪した。ゲルを濾別した後、2M食塩水溶液、次いで水で洗浄した。0.5%モノエタノールアミン水溶液を加えて振盪し、未反応のエポキシ基を封止することにより、デキストラン硫酸ナトリウムが固定されたセルロースゲル(以下、「吸着体A」という)を得た。
【0069】
実施例2 吸着体の作製
チッソ社製の多孔質セルロースゲル(球状蛋白質の排除限界分子量:2,000万、粒径:45〜105μm)を用いた以外は実施例1と同様にして、デキストラン硫酸ナトリウムが固定されたセルロースゲル(以下、「吸着体B」という)を得た。
【0070】
実施例3 吸着体の作製
チッソ社製の多孔質セルロースゲル(球状蛋白質の排除限界分子量:5,000万、平均粒子径:195μm)を用いた以外は実施例1と同様にして、デキストラン硫酸ナトリウムが固定されたセルロースゲル(以下、「吸着体C」という)を得た。
【0071】
試験例1
(1) ヒト血漿の調製
健常人新鮮血100mLに抗凝固剤としてヘパリン500μLを添加し、穏やかに混和した。抗凝固処理した健常人新鮮血を3,000rpmで15分間遠心分離し、上清を分取することで、ヒト血漿を得た。
【0072】
(2) 吸着操作
ポリプロピレンチューブ(エッペンドルフ社製)に、実施例1〜3で得られた吸着体A〜C0.5mLと上記ヒト血漿3mLまたは6mLを加えて、37℃にて2時間振とうした。また、比較のため、吸着体の代わりに生理食塩水を同量用いた以外は同様にして、37℃にて2時間振とうした。
【0073】
(3) 分析
各サンプルの上清を一部抜き取り、臨床検査会社にPCSK9の分析を依頼してPCSK9の濃度を測定した。
【0074】
得られた測定値から、下記式によりPCSK9の吸着率を求めた。
PCSK9の吸着率(%)=[(C0−C1)/C0]×100
[式中、C0は生理食塩水を用いた吸着操作におけるPCSK9の濃度を示し、C1は吸着体を用いた吸着操作におけるPCSK9の濃度を示す]
結果を表1に示す。
【0075】
【表1】

【0076】
上記のとおり、本発明に係る吸着体は、使用量に応じて血液中のPCSK9を吸着できることが証明された。
【0077】
試験例2 本発明に係る吸着器の性能評価
上部および底部に吸着体の流出防止用のフィルターを備えたカラムに、実施例1で製造した吸着体Aを約150mL充填し、血漿吸着療法装置(カネカ社製、リポソーバーLA−15システム)を用い、PCSK9が高値の患者(計12名)から血液を抜き出し、上記装置に導入して処理してから患者へ返送するというPCSK9の吸着除去を行った。処理前後で患者の血液中のPCSK9濃度を測定し、その低下率を算出した。その結果、PCSK9の低下率は平均で54.8%であった。
【0078】
このように、本発明に係る吸着器を用いれば、PCSK9の血中濃度を顕著に低減することが可能になることが実証された。
【符号の説明】
【0079】
1:液体の流入口
2:液体の流出口
3:PCSK9の吸着体
4:液体および液体に含まれる成分は通過できるがPCSK9の吸着体は通過できないフィルター
5:液体および液体に含まれる成分は通過できるがPCSK9の吸着体は通過できないフィルター
6:カラム
7:PCSK9の吸着器

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アニオン性官能基を有する水不溶性担体からなることを特徴とするPCSK9吸着体。
【請求項2】
アニオン性官能基が、硫酸基、スルホン酸基、カルボキシ基、リン酸基よりなる群から選択される少なくとも1つの官能基である請求項1に記載のPCSK9吸着体。
【請求項3】
アニオン性官能基がポリマーを介して水不溶性担体に結合している請求項1または2に記載のPCSK9吸着体。
【請求項4】
2以上のアニオン性官能基がポリマーに共有結合している請求項3に記載のPCSK9吸着体。
【請求項5】
水不溶性担体が親水性である請求項1〜4のいずれかに記載のPCSK9吸着体。
【請求項6】
水不溶性担体が多孔性である請求項1〜5のいずれかに記載のPCSK9吸着体。
【請求項7】
水不溶性担体が水酸基を有するものである請求項1〜6のいずれかに記載のPCSK9吸着体。
【請求項8】
液の入口および出口を有し、かつ吸着体の容器外への流出防止手段を備えた容器内に、請求項1〜7のいずれかに記載のPCSK9吸着体を充填してなることを特徴とするPCSK9吸着器。

【図1】
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【公開番号】特開2013−17644(P2013−17644A)
【公開日】平成25年1月31日(2013.1.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−153216(P2011−153216)
【出願日】平成23年7月11日(2011.7.11)
【出願人】(510094724)独立行政法人国立循環器病研究センター (52)
【出願人】(000000941)株式会社カネカ (3,932)
【Fターム(参考)】