説明

Ru(0)−オレフィン錯体を調製するためのプロセス

本発明は、(アレーン)(ジエン)Ru(0)型のルテニウム(0)−オレフィン錯体を調製するためのプロセスに関し、このプロセスは、式Ru(+II)(X)(Y)のルテニウム出発化合物(ここでX=アニオン性基、Y=非荷電の2電子ドナー配位子、p=1または2、q=1から6の整数)と、シクロヘキサジエン誘導体またはシクロヘキサジエン誘導体を含むジエン混合物とを、塩基の存在下で反応させることによって行なわれる。このプロセスにおいて、(アレーン)(ジエン)Ru(0)錯体中に結合されるアレーンは、このシクロヘキサジエン誘導体から酸化によって形成される。好適なルテニウム(II)出発化合物は、たとえばRuCl(アセトニトリル)、RuCl(ピリジン)またはRuCl(DMSO)などである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、(アレーン)(ジエン)Ru(0)型のルテニウム(0)−オレフィン錯体を調製するためのプロセスに関する。これらの錯体は有機金属ルテニウム化合物であり、その中心のルテニウム原子は±0の酸化状態を有し、2つのオレフィン配位子の間に挟まれる様式で結合されている。これらの錯体においては、中心のRu(0)原子に対して、アレーン基は3つの二重結合を提供し、ジエン基は2つの二重結合を提供し、その各々はπ結合配位である。
【背景技術】
【0002】
本発明に従うプロセスにおいては、式Ru(II)X(Y)のRu(II)出発化合物が塩基の存在下で、還元剤として作用する好適なシクロヘキサジエン誘導体と反応し、酸化されてアレーン配位子となり、還元されてRu(0)となった中心原子に対して上記の形に配位される。対応するRu(0)−オレフィン化合物は高純度および良好な収率で得られる。
【0003】
ルテニウム(0)錯体は、均一な触媒の調製のための出発材料として重要になってきている。この化合物はさらに、たとえばMO−CVD(金属−有機化学蒸着)、PVD(物理蒸着)またはALD(原子層蒸着)などの薄層プロセスの助けによって機能性コーティングを得るための前駆物質としての使用も、見出される。Ru(0)錯体は治療効果を有することもあり、医薬におけるたとえば細胞増殖抑制剤などとしての使用も見出され得る。
【0004】
本文書はルテニウム(0)−オレフィン錯体を調製するためのさまざまなプロセスを開示する。これらの化合物のほとんどは、CO配位子を付加的に含有する。このクラスの頻繁に用いられる錯体、たとえば(1,3−シクロヘキサジエン)Ru(CO)または(1,5−シクロオクタジエン)Ru(CO)などは、トリスルテニウムドデカカルボニル(Ru(CO)12)を対応するジエンと反応させることによって調製される(このことに関しては、たとえば特許文献1などを参照)。
【0005】
特許文献2は、アレーン基とジエン基とを含有するRu(0)錯体を開示している。それらは、CVDまたはALDによってRuまたはRuOフィルムを調製するために用いられる。Ru(0)錯体は2段階プロセスで調製され、ここでは最初にアルコール中でシクロヘキサジエン配位子を塩化Ru(III)と反応させる。これによって二量体の錯体[(アレーン)Ru(II)Clが形成される。さらなるジエン配位子を加えることによって、この二量体の中間体を(アレーン)(ジエン)Ru(0)型の化合物に変換する。ここで不利な点は、このプロセスが2段階で行なわれ、第2の段階で過剰量のジエンが用いられるために生成物に混入することである。さらに、多段階プロセスによって収率が低減する。
【0006】
特許文献3は、ジエンとしてノルボルナジエンを含有する、(アレーン)(ノルボルナジエン)Ru(0)型のRu(0)錯体を記載する。このRu(0)錯体も同様に、二量体の錯体[(アレーン)Ru(II)Clを介した2段階プロセスで調製される。この二量体の中間体は、過剰量のノルボルナジエンおよび塩基を添加することによって(アレーン)(ノルボルナジエン)Ru(0)型の化合物に変換される。ここでもプロセスは2段階を有し、すでに言及した不利益を被る。
【0007】
特許文献4は、(アレーン)(ジエン)Ru(0)型のRu(0)錯体を調製するためのプロセスを記載しており、ここでは二量体の出発化合物[(アレーン)Ru(II)Clが還元条件下で対応するジエン配位子と反応する。粗生成物は精製され、飽和炭化水素溶媒による高温抽出によって単離される。このプロセスも2段階を有し、一般的に不活性かつ無水の条件下で行なわれる必要がある。
【0008】
A.Salzerら(非特許文献1)は、(η−ベンゼン)(η−1,3−シクロヘキサジエン)ルテニウム(0)を調製するためのプロセスを記載しており、ここではジクロロ(2,7−ジメチルオクタ−2,6−ジエン−1,8−ジイル)ルテニウム(IV)出発化合物が過剰量のシクロヘキサジエンと反応する。このプロセスは、Ru(IV)出発化合物を複雑なプロセスで調製する必要があるという不利益を有する。還元が定量的に進行しない場合には、Ru(III)またはRu(IV)およびポリマー成分の残留物が残ることがある。その結果としてこのプロセスは全体的に費用がかかり、工業的使用にはほとんど適さない。
【0009】
P.PerticiおよびG.Vitulli(非特許文献2)は、特に(η−ベンゼン)(η−1,3−シクロヘキサジエン)ルテニウム(0)および(η−シクロオクタトリエン)(η−1,5−シクロオクタジエン)ルテニウム(0)の環状ルテニウム−オレフィン錯体を調製するためのプロセスを記載しており、ここでは三塩化ルテニウム(III)水和物の出発化合物が、還元剤としての過剰量の亜鉛末の存在下で、大過剰量(一般的に30倍から50倍)の対応するジエン配位子と反応する。その結果、使用されるジエンの不均化反応によって、対応するトリエンおよびモノエンが形成される。この結果として、かつオレフィン高過剰のために、生成物にはポリマー物質およびオリゴマー物質が付加的に混入する。加えて、亜鉛の残留物が残って生成物に混入するおそれがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】米国特許第7,238,822号明細書
【特許文献2】国際公開第2008/078296A1号
【特許文献3】米国特許出願公開第2009/0238970A1号明細書
【特許文献4】欧州特許第1,604,964B1号明細書
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】Organometallics 2000,19,p.5471−5476
【非特許文献2】J.C.S.Dalton Trans.,1980,p.1961−1964
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
したがって本発明の目的は、高純度および高収率の生成物を提供し、かつ経済的な工業用の適用に好適な、ルテニウム(0)−オレフィン錯体を調製するためのプロセスを提供することであった。このプロセスは1段階を有するべきであり、かつ簡単な様式で調製可能な出発化合物に基づくべきである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
この目的は、請求項1に記載のプロセスの提供によって本発明に従って達成される。従属請求項にさらなる実施形態が記載される。
【0014】
本発明は、(アレーン)(ジエン)Ru(0)型のルテニウム(0)−オレフィン錯体を調製するためのプロセスに関し、このプロセスは、次式
Ru(+II)(X)(Y)
ここで
X=アニオン性基、
Y=非荷電の2電子ドナー配位子、
p=1または2、
q=1から6の整数
であるルテニウム出発化合物と、シクロヘキサジエン誘導体またはシクロヘキサジエン誘導体を含むジエン混合物とを、塩基の存在下で反応させることによって行なわれ、このルテニウム(0)−オレフィン錯体中に結合されるアレーンは、このシクロヘキサジエン誘導体から酸化によって形成される。
【0015】
このプロセスのさらなる実施形態が従属請求項に記載される。さらに使用請求項が規定される。さらなる請求項は、異性体混合物からなる(アレーン)(ジエン)Ru(0)型のRu(0)−オレフィン錯体を対象とする。
【発明を実施するための形態】
【0016】
無機および/または有機塩基の存在下で、シクロヘキサジエン誘導体(またはシクロヘキサジエン誘導体を含むジエン混合物)を、ルテニウム(II)出発化合物Ru(+II)(X)(Y)と反応させる。出発化合物の中心のルテニウム原子は、シクロヘキサジエン誘導体によってRu(II)からRu(0)に還元され、さらに酸化されて芳香族トリエン(「アレーン」またはベンゼン系)を形成する。
【0017】
本発明に従うプロセスは、原理的に2つの変形において行なわれ得る。第1の変形は、追加のジエンなしにシクロヘキサジエン誘導体を用いることを含む。この場合には、このシクロヘキサジエン誘導体と、その酸化によって形成される芳香族トリエン(=アレーン)とが還元Ru(0)に配位される。つまり、この場合にはシクロヘキサジエン誘導体が還元剤および還元Ru(0)に対するジエン配位子の両方として機能する。これによって、6員芳香族系と同様にシクロヘキサジエン誘導体を有する(アレーン)(ジエン)Ru(0)錯体が与えられる。この目的のために、(出発化合物のRuに基づいて)少なくとも2molのシクロヘキサジエン誘導体を使用する必要がある。
【0018】
本発明に従うプロセスの第2の変形は、シクロヘキサジエン誘導体を含むジエン混合物の使用を含む。この場合には、酸化によって形成されたアレーンが、混合物中に存在するジエンとともに中心のRu(0)原子に結合される。ここではシクロヘキサジエン誘導体が還元剤として機能する;そこから形成されたアレーンと同様に、混合物中に存在するさらなるジエンが還元Ru(0)に対する配位子として結合する。これによって、混合(アレーン)(ジエン)Ru(0)錯体が与えられる。この目的のために、(各場合に出発化合物のRuに基づいて)少なくとも1molのシクロヘキサジエン誘導体と、少なくとも1molの追加ジエンとを使用する必要がある。
【0019】
どちらの変形においても、ジエンは中心のRu(0)原子に4電子π結合の形で結合し、アレーンは6電子π結合の形で結合する。これによって、安定した18電子構成を有するサンドイッチ型の(η−アレーン)(η−ジエン)Ru(0)錯体が与えられる。
【0020】
使用されるジエンの少なくとも1つが置換または非置換シクロヘキサジエン誘導体であって、出発化合物の中心原子をRu(II)からRu(0)に還元できるとき、本発明に従うプロセスにおいて異なるジエンの組み合わせまたは混合物を用いることができる。このシクロヘキサジエン誘導体から酸化によって形成されるアレーン誘導体は、ルテニウム(0)−オレフィン錯体内に結合される。さらなる配位子として、混合物中に存在するジエンがRu(0)に配位する。選択されたジエン(ここでは1,3−シクロヘキサジエン)および出発化合物Ru(+II)Cl(アセトニトリル)に対して、本発明の反応原理を次のとおり例示的に表すことができる:
(1)酸化
1,3−シクロヘキサジエン===>シクロヘキサトリエン(=ベンゼン)+2e+2H
(2)還元
Ru(II)Cl(CHCN)+2e===>Ru(0)+2Cl+4CHCN
(3)全体の反応(1)+(2)
Ru(II)Cl(CHCN)+2(1,3−シクロヘキサジエン)===>===>(η−ベンゼン)(η−1,3−シクロヘキサジエン)Ru(0)+2HCl+4CHCN
使用される塩基の役割は、反応中に遊離される酸(この場合にはHCl)を中和することにある。
【0021】
本発明に従うプロセスにおいては、式Ru(+II)(X)(Y)のルテニウム出発化合物が用いられ、ここでRuは+II酸化状態で存在し、Xはアニオン性基であり、Yは非荷電の2電子ドナー配位子であり、pは1または2のいずれかであり、qは1から6の整数である。
【0022】
使用される非荷電の2電子ドナー配位子Yは、ルテニウムに配位され得る配位子である。好適な2電子ドナー配位子Yは、アセトニトリル、ベンゾニトリル、アクリロニトリル、メチルイソニトリル(CNCH)、水、THF、ジオキサン、ジメチルスルホキシド(DMSO)、ジメチルホルムアミド(DMF)、アセトン、アンモニア(NH)、アミン、およびピリジンの群から選択される。好ましい実施形態において、配位子Yは溶媒分子または溶媒配位子であり、アセトニトリル、ベンゾニトリル、水、THF、ジオキサン、ジメチルスルホキシド(DMSO)、ジメチルホルムアミド(DMF)、アセトン、およびピリジンの群から選択される。
【0023】
ルテニウム出発化合物は、これらの異なる2電子ドナー配位子Yの混合物および組み合わせを有していてもよい。
【0024】
本発明の反応に対しては、ジエンと、反応中に形成されるアレーンとが中心Ru(II)原子に同時に配位することが重要である。これは、非荷電2電子ドナー配位子Yのアレーンまたはジエン配位子への容易な交換によって可能になる。こうして所望の(η−アレーン)(η−ジエン)Ru(0)錯体が高純度および非常に良好な収率で得られる。
【0025】
ルテニウム出発化合物中のアニオン性X基の例はモノアニオン、たとえばハライド(例、F、Cl、BrまたはI)、擬ハライド(例、CN、CNOまたはSCN)、アセチルアセトネート、トシレート(CHSO)、トリフルオロメチルスルホネート(「トリフレート」;CFSO)、およびアセテートまたはトリフルオロアセテートなどである。モノアニオンが用いられるとき、p=2である。しかし、アニオン性X基はジアニオンを含んでもよく、たとえばスルフェート(SO2−)、リン酸水素イオン(HPO2−)、オキサレート(C2−)およびカーボネート(CO2−)などを含んでもよい。この場合、p=1である。
【0026】
Ru(+II)(X)(Y)型の好適な出発化合物の例は、RuCl(アセトニトリル)、RuBr(アセトニトリル)、RuCl(ピリジン)、[Ru(HO)]Cl、[Ru(HO)](トシレート)、[Ru(HO)](アセテート)、RuCl(DMSO)、[Ru(NH]Cl、RuCl(ベンゾニトリル)である。こうした化合物は当業者に公知であり、文献の方法によって調製可能である(たとえば、W.E.NewtonおよびJ.E.Searles,Inorganica Chimica Acta,1973,3,p.349−352またはF.M.Lever,A.R.Powell,J.Chem.Soc.(A),1969,p.1477−1482などを参照)。
【0027】
本発明のプロセスにおいては、シクロヘキサジエン誘導体またはシクロヘキサジエン誘導体を含むジエン混合物が用いられる。シクロヘキサジエン誘導体は非置換シクロヘキサジエン誘導体であっても、モノアルキル置換シクロヘキサジエン誘導体であっても、ポリアルキル置換シクロヘキサジエン誘導体であっても、その混合物であってもよい。
【0028】
非置換シクロヘキサジエンの例は、1,3−シクロヘキサジエンおよび1,4−シクロヘキサジエン、またはその混合物である。
【0029】
モノアルキル置換シクロヘキサジエンの例は、1−メチル−1,3−シクロヘキサジエン、1−メチル−1,4−シクロヘキサジエン、1−エチル−1,3−シクロヘキサジエン、1−エチル−1,4−シクロヘキサジエンである。
【0030】
ポリアルキル置換シクロヘキサジエンの例は、1−イソプロピル−4−メチル−1,3−シクロヘキサジエン(α−テルピネン)、1−イソプロピル−4−メチル−1,4−シクロヘキサジエン(γ−テルピネン)および2−メチル−5−イソプロピル−1,3−シクロヘキサジエン(α−フェランドレン)もしくはビシクロ−[4.3.0]−ノナ−3,6(1)−ジエン、またはその混合物である。
【0031】
加えて、さらに置換されたシクロヘキサジエン誘導体を用いることが可能である;許容できる置換基は、各々独立に、アリール基、ハロゲン、アシル基、アルコキシ基、アルコキシカルボニル基、シリル基、シロキサン基、およびその混合物ならびに組み合わせを含む。
【0032】
すでに説明したとおり、本発明に従うプロセスにおいては、異なるジエンの組み合わせまたは混合物を効率的に使用できる。それらは混合(アレーン)(ジエン)Ru(0)錯体の調製をもたらす。すでに説明したこのプロセスの第2の変形において、ジエン混合物が用いられ、これは非置換または置換シクロヘキサジエン誘導体に加えて、置換または非置換、環状または非環状のジエンを付加的に含む(このことに関しては実施例8を参照)。
【0033】
好適な環状ジエンの例は、1,3−シクロオクタジエン、1,5−シクロオクタジエン、ノルボルナジエン、ジシクロペンタジエンおよびスピロ[2.4]ヘプタ−4,6−ジエン、またはその混合物である。
【0034】
非環状ジエンの例は、ブタジエン、イソプレン、2,3−ジメチル−1,3−ブタジエン、1,3−ペンタジエン、1,4−ペンタジエンおよび2,4−ジメチル−1,3−ペンタジエン、ならびにその混合物である。
【0035】
加えて、さらに置換されたジエン誘導体またはジエン類似体を用いることが可能である;さらなる許容できる置換基は、各々独立に、アリール基、ハロゲン、アシル基、アルコキシ基、アルコキシカルボニル基、シリル基、シロキサン基、およびその混合物ならびに組み合わせを含む。ここでジエン類似体とは、共役である必要はない少なくとも2つのC=C二重結合を有する化合物を意味すると理解される。好適なジエン類似体の例は、1,3−ジビニルテトラメチルジシロキサン(「VTS」)または1,3−ジビニルテトラメチルジシラザンである。ジエン類似体は、中心のRu(0)原子に2つの二重結合を提供し、それは各々の場合においてπ結合配位である。
【0036】
置換または非置換1,4−シクロヘキサジエン誘導体が用いられるとき、それらは一般的に本発明の反応の間に、共役のためにより安定な1,3−シクロヘキサジエン系に変換されて、この形でRu(0)に結合される(このことに関しては実施例9、10および11を参照)。
【0037】
1−イソプロピル−4−メチル−1,3−シクロヘキサジエン(α−テルピネン)、1−イソプロピル−4−メチル−1,4−シクロヘキサジエン(γ−テルピネン)または2−メチル−5−イソプロピル−1,3−シクロヘキサジエン(α−フェランドレン)と、Ru(+II)(X)(Y)型のRu出発化合物との、(η−p−シメン)(η−1−イソプロピル−4−メチルシクロヘキサジエン)ルテニウム(0)を与えるための反応は、驚くべきことにすべての場合において、3つの構造異性体の異性体混合物を形成し、各々の異性体は1,3−共役二重結合系を有し、それには次の構造式を割当てることができる:
【0038】
【化1】

この化合物は、これらの異性体のうち少なくとも2つが1:5から5:1、好ましくは1:2から2:1の比で存在する異性体混合物として得られる。こうして得られた化合物は室温(20℃)で液体形状であり、たとえばCVDおよびALDプロセスにおける計量添加などの適用において利点を有する。
【0039】
ジエンまたはジエン混合物についての典型的な添加量は、各場合にルテニウム出発錯体に基づいて2当量から5当量、好ましくは2当量から4当量、より好ましくは2当量から3当量である。2つの異なるジエンを用いる場合には、合計添加量が好適な比に分けられ、この場合の添加は同時に行なわれても連続的に行なわれてもよい。
【0040】
使用される塩基は無機および/または有機塩基である。無機塩基の例は、アルカリ金属水酸化物またはアルカリ土類金属水酸化物、たとえばNaOH、KOHまたはCa(OH)など、アルカリ金属炭酸塩またはアルカリ土類金属炭酸塩、たとえば炭酸リチウム(LiCO)、炭酸ナトリウム(NaCO)、炭酸水素ナトリウム(NaHCO)または炭酸カルシウム(CaCO)など、アルカリ金属リン酸塩またはアルカリ土類金属リン酸塩、たとえばNaPOなど、アルカリ金属シュウ酸塩またはアルカリ土類金属シュウ酸塩、たとえばシュウ酸ナトリウム(Na)など、アルカリ金属酢酸塩またはアルカリ土類金属酢酸塩、たとえば酢酸ナトリウム(CHCOONa)など、アルカリ金属アセチルアセトネートまたはアルカリ土類金属アセチルアセトネート、たとえばナトリウムアセチルアセトネート(CHCOCHCOCHNa)など、および塩基性酸化物、たとえば酸化カルシウム(CaO)または酸化アルミニウム(Al)などである。有機塩基の例は、アンモニア、ジエチルアミン、トリメチルアミン、トリエチルアミン、ウロトロピン、エタノールアミン、ピリジン、トリエタノールアミン、DBU(1,8−ジアザビシクロ−[5.4.0]−ウンデカ−7−エン)、DBN(ジアザビシクロノナン)、DABCO(1,4−ジアザビシクロ−[2.2.2]−オクタン)、イミダゾールまたはエチレンジアミンである。その他の塩基、特にカルボアニオンを有する有機金属塩基(たとえばn−ブチルリチウム、メチルリチウム、tert−ブチルリチウム、ナトリウムシクロペンタジエニド、またはグリニャール試薬など)は用いられない。それらは水に対する感応性を有するため、本発明に従うプロセスの条件に適さない。
【0041】
言及した有機塩基および無機塩基の混合物を使用することも可能である。無機塩基、特に炭酸リチウム(LiCO)、リン酸ナトリウム(NaPO)および炭酸ナトリウム(NaCO)が好ましい。塩基についての添加量は、各場合にRu出発錯体に基づいて1当量から20当量、好ましくは2当量から5当量である。
【0042】
本発明のプロセスは、原理的にはすべての通常の極性のプロトン性または非プロトン性有機溶媒において行なわれ得る。有利には、アルコール、ケトン、エーテル、アミドまたはエステルのクラスの極性有機溶媒が用いられる。好適な極性非プロトン性有機溶媒の例は、アセトン、THF、ジメチルホルムアミド(DMF)、エチレングリコールジメチルエーテル、ジオキサン、およびその混合物である。好適な極性プロトン性有機溶媒の例は、メタノール、エタノール、イソプロパノール、tert−ブタノール、メトキシエタノール、エチレングリコール、およびその混合物である。有機溶媒は使用前に乾燥させる必要はない。先行技術とは異なり、本発明に従うプロセスは、非アルコール性溶媒および水性溶媒混合物においても行なわれ得る(このことに関しては実施例3および4を参照)。このプロセスは、好ましくは極性有機溶媒と水との混合物において(すなわち水性溶媒混合物において)行なわれる。極性有機溶媒と水との好適な混合物の例は、イソプロパノール/水、エタノール/水、アセトン/水、THF/水、またはジオキサン/水であり、各場合には鉱質除去された水、すなわち脱イオン水が用いられる。極性有機溶媒/脱塩水の体積に基づく混合比は1:20から20:1の範囲、好ましくは1:10から10:1の範囲、より好ましくは1:5から5:1の範囲である。
【0043】
本発明の反応は−30℃から120℃、好ましくは20℃から100℃、より好ましくは30℃から90℃の温度で行なわれ、この反応は有利には還流下で行なわれる。
【0044】
このプロセスを行なうために、文献の方法によって調製されたRu(+II)出発化合物を最初に極性有機溶媒または水性溶媒混合物の中に入れる。次いで、対応するジエンまたはジエン混合物および塩基を数回に分けて加える。この混合物を好ましくは還流下で−30℃から120℃の範囲の温度にて0.5時間から10時間、好ましくは2時間から5時間加熱し、次いで冷却する。その後、たとえばヘキサン、ペンタン、シクロヘキサンまたはトルエンなどの非極性有機溶媒によって生成物を抽出してもよい。溶媒を除いた後、こうして得られた生成物を乾燥する。代替的なワークアップステップにおいては、極性プロトン性溶媒(たとえば水またはエチレングリコールなど)を加えることによって生成物を反応混合物から沈殿させ、次いで濾過によって取り出した後に乾燥してもよい。
【0045】
本発明に従うプロセスのさらに好ましい実施形態においては、先行するステップでRu(+II)(X)(Y)型のRu出発化合物が調製されて(「系中で」)、中間の単離なしに直接このプロセスに使用される(このことに関しては実施例6の「1ポットプロセス」を参照)。これはRu出発化合物の調製と(アレーン)(ジエン)Ru(0)錯体の調製とを組み合わせたものである。この変形は、簡単で容易に得られるルテニウム出発化合物(たとえば塩化ルテニウム(III)水和物、塩化Ru(III)溶液または硫酸Ru(III)溶液など)が用いられるため、特に時間およびコストの節約になる。用いられる溶媒は、極性有機溶媒または水性溶媒混合物と小過剰量の配位子Yとの混合物であり、用いられる還元剤は水素/Ptブラックまたはヒドラジンである。プロセスのこの実施形態に対しては、配位子Yとしてアセトニトリル(CHCN)またはDMSOを有するRu出発化合物が最も有用であることが見出されている。
【0046】
驚くべきことに、本発明に従うプロセスは高純度および非常に良好な収率の(アレーン)(ジエン)Ru(0)錯体を与えることが見出されている。一般的に、60%から95%の範囲の収率を達成できる。非荷電の2電子ドナーまたは溶媒配位子を含有するRu(II)出発化合物の使用によって、ジエンおよびアレーン配位子による配位子交換は非常に穏やかに、かつ実質的に定量的に進行する。このプロセスは水非感応性で空気安定性の無機および/または有機塩基を用いるため、環境にやさしい水性溶媒混合物を用いることが可能である。これらの理由から、本発明に従うプロセスは工業的条件に特に好適である。
【0047】
抽出または沈殿後の(アレーン)(ジエン)Ru(0)錯体の純度は90%より高く、好ましくは95%より高く、より好ましくは98%より高い。より高い純度を達成するために、生成物は昇華または蒸留ステップを受けてもよい。これによって99%より高い純度を達成できる。
【0048】
本発明の(アレーン)(ジエン)Ru(0)錯体は、均一な触媒の調製のための出発材料として用いられ得る。加えて、それらはたとえば半導体技術などのための(例、CMOSチップまたはDRAMメモリチップにおける電極材料としての)ルテニウムまたは酸化ルテニウム含有機能性層の生成のための前駆物質として使用される。このRuまたは酸化Ru含有層は、たとえばCVD(化学蒸着)、MO−CVD(金属−有機化学蒸着)、PVD(物理蒸着)またはALD(原子層蒸着)などによる異なる蒸着プロセスの助けによって、薄膜として堆積される。この過程において(アレーン)(ジエン)Ru(0)錯体は分解される。本発明の錯体は治療効果も有しており、医薬におけるたとえば細胞増殖抑制剤などとして適用され得る。
【実施例】
【0049】
以下の実施例は例示の役割をするものであり、本発明の保護の範囲を制限することなく本発明を詳細に説明することが意図されている。
【0050】
(実施例1)
イソプロパノール/水中での1,3−シクロヘキサジエンからの(η−ベンゼン)(η−1,3−シクロヘキサジエン)ルテニウム(0)の調製
式:
【0051】
【化2】

反応式:
RuCl(CHCN)+2C+LiCO=>Ru(C)(C)+2LiCl+CO+HO+4CHCN
最初に、RuCl(CHCN)(Umicore Hanauより、29.3重量%のRu、5g、15mmol)およびLiCO(4.4g、59mmol)をフラスコに入れる。イソプロパノール(100ml)、脱塩水(50ml)および1,3−シクロヘキサジエン(Aldrichより、5.8ml、59mmol、4当量)を加える。この懸濁液を還流させる(油浴温度90℃)。薄茶−橙色の混合物を還流しながら4時間撹拌し、次いで室温まで冷却する。反応混合物を、抽出物が無色になるまでn−ヘキサンで抽出する。組み合わされた有機相を脱塩水で1回洗浄し、MgSOで乾燥し、次いで濾過する。透明な黄色の溶液をロータリーエバポレーションにかけ、その結果得られた結晶性の淡黄色の生成物を室温にて減圧下で乾燥して一定の重量にする。
【0052】
収量:3.2g、82%;融点112℃;純度:≧98%(H−NMR)
【0053】
【化3】

(実施例2)
エタノール/水中での1,4−シクロヘキサジエンからの(η−ベンゼン)(η−1,3−シクロヘキサジエン)ルテニウム(0)の調製
反応式:
RuCl(CHCN)+2C+NaCO=>Ru(C)(C)+2NaCl+CO+HO+4CHCN
最初に、Ru(II)Cl(アセトニトリル)(Umicore,Hanauより、29.3重量%のRu、10g、29mmol)およびNaCO(12.3g、0.12mol)をフラスコに入れる。エタノール(100ml)、脱塩水(50ml)および1,4−シクロヘキサジエン(Aldrichより、11.4ml、116mmol、4当量)を加える。この懸濁液を保護ガスによって不活性化し(inertized)、還流させる(油浴温度90℃)。茶色の混合物を還流しながら2時間撹拌し、次いで室温まで冷却する。100mlの脱塩水を加える。反応混合物をD4ガラスフリットで濾過し、次いで濾過ケークを水で洗浄する。その結果得られた黄色の針形状の生成物を室温にて真空下で乾燥して一定の重量にする。
【0054】
収量:6.5g、87%。純度:≧98%(H NMR)
【0055】
【化4】

(実施例3)
アセトン/水中での1,4−シクロヘキサジエンからの(η−ベンゼン)(η−1,3−シクロヘキサジエン)ルテニウム(0)の調製
反応式:実施例2を参照
最初に、Ru(II)Cl(アセトニトリル)(Umicore,Hanauより、29.3重量%のRu、10g、29mmol)およびNaCO(9.2g、0.09mol)をSchlenkフラスコに入れる。アセトン(100ml)、脱塩水(100ml)および1,4−シクロヘキサジエン(Aldrichより、10ml、0.1mol、3.5当量)を加える。この懸濁液を保護ガスによって不活性化し、還流させる(油浴温度90℃)。茶色の混合物を還流しながら2時間撹拌し、次いで室温まで冷却する。100mlの脱塩水を加える。反応混合物をD4ガラスフリットで濾過し、次いで濾過ケークを水で洗浄する。その結果得られた黄色の針形状の生成物を室温にて真空下で乾燥して一定の重量にする。収量:6.5g、87%。
【0056】
(実施例4)
ジオキサン/水中での1,4−シクロヘキサジエンからの(η−ベンゼン)(η−1,3−シクロヘキサジエン)ルテニウム(0)の調製
反応式:実施例2を参照
最初に、Ru(II)Cl(アセトニトリル)(Umicore,Hanauより、29.3重量%のRu、10g、29mmol)およびNaCO(6.1g、0.06mol)をSchlenkフラスコに入れる。1,4−ジオキサン(60ml)、脱塩水(30ml)および1,4−シクロヘキサジエン(Aldrichより、8.5ml、90mmol、3当量)を加える。この懸濁液を保護ガスによって不活性化し、還流させる(油浴温度105℃)。茶色の混合物を還流しながら1時間撹拌し、次いで室温まで冷却する。100mlの脱塩水を加える。反応混合物をD4ガラスフリットで濾過する。濾過ケークを水で洗浄する。その結果得られた黄色の針形状の生成物を室温にて真空下で乾燥して一定の重量にする。収量:5.25g、70%。
【0057】
(実施例5)
エタノール/水中での塩基としてNEtを伴う1,4−シクロヘキサジエンからの(η−ベンゼン)(η−1,3−シクロヘキサジエン)ルテニウム(0)の調製
反応式:
RuCl(CHCN)+2C+2NEt===>Ru(C)(C)+2Cl(HNEt+4CHCN
最初に、Ru(II)Cl(アセトニトリル)(Umicore,Hanauより、29.3重量%のRu、10g、29mmol)およびNEt(12.3ml、90mol、3当量)をフラスコに入れる。エタノール(100ml)、脱塩水(50ml)および1,4−シクロヘキサジエン(Aldrichより、11.4ml、116mmol、4当量)を加える。この反応混合物を保護ガスによって不活性化し、還流させる(油浴温度90℃)。その結果得られた赤茶色の溶液を還流しながら3時間撹拌し、次いで室温まで冷却する。100mlの脱塩水を加える。反応混合物をD4ガラスフリットで濾過する。濾過ケークを水で洗浄する。その結果得られた黄色の針形状の生成物を室温にて真空下で乾燥して一定の重量にする。
【0058】
収量:6.35g、85%。
【0059】
(実施例6)
エタノール/水中での1,4−シクロヘキサジエンからの(η−ベンゼン)(η−1,3−シクロヘキサジエン)ルテニウム(0)の調製(1ポットプロセス)
反応式:
段階1:
【0060】
【化5】

段階2:
RuCl(CHCN)+2C+NaCO=>Ru(C)(C)+2NaCl+CO+HO+4CHCN
段階1において、最初にRu(III)Cl水和物(Umicore Hanauより、40.1重量%のRu、60g、0.24mol)または塩化Ru(III)溶液(Umicore Hanauより、20重量%のRu、121g、0.24mol)をフラスコに入れて、EtOH(500ml)およびアセトニトリル(70ml)に溶解する。この茶橙色の懸濁液を還流しながら還元剤(水素/Ptブラックまたはヒドラジン)と混合する;これによってRu(III)ClはRu(II)に還元され、Ru(II)Cl(CHCN)に変換される。
【0061】
段階2において、得られた黄橙色の懸濁液に脱塩水(200ml)、NaCO(76g、0.71mol、3当量)および1,4−シクロヘキサジエン(Aldrichより、78ml、0.83mol、3.5当量)を加える。この混合物を還流しながら3時間撹拌する。次いで300mlの溶媒混合物を蒸留して除去する。生成物をヘキサンまたはトルエンで抽出し、有機相を脱塩水で洗浄し、MgSOおよび活性炭で乾燥し、濾過してから濃縮して乾燥させる。その結果得られた黄色の針形状の生成物を室温にて減圧下で乾燥して一定の重量にする。
【0062】
収量:40g、65%。純度:≧98%(H NMR)。
【0063】
(実施例7)
エタノール/水中での1,4−シクロヘキサジエンおよびRuCl(DMSO)からの(η−ベンゼン)(η−1,3−シクロヘキサジエン)ルテニウム(0)の調製
反応式:
RuCl(DMSO)+2C+NaCO=>Ru(C)(C)+2NaCl+CO+HO+4DMSO
最初に、Ru(II)Cl(ジメチルスルホキシド)(Umicore Hanauより、20.8重量%のRu、5g、10mmol)およびNaCO(4.3g、40mmol、4当量)をフラスコに入れる。エタノール(50ml)、脱塩水(25ml)および1,4−シクロヘキサジエン(Aldrichより、4ml、40mmol、4当量)を加える。この懸濁液を保護ガスによって不活性化し、還流させる(油浴温度90℃)。茶色の混合物を還流しながら3時間撹拌し、次いで室温まで冷却する。100mlの脱塩水を加える。反応混合物をD4ガラスフリットで濾過する。濾過ケークを水で洗浄する。その結果得られた黄色の針形状の生成物を室温にて減圧下で乾燥して一定の重量にする。
【0064】
収量:1.9g、72%;純度:≧98%(H NMR)。
【0065】
(実施例8)
エタノール/水中での1,4−シクロヘキサジエンおよび1,5−シクロオクタジエンからの(η−ベンゼン)(η−1,5−シクロオクタジエン)ルテニウム(0)の調製。
【0066】
構造式:
【0067】
【化6】

反応式:
RuCl(CHCN)+C+C12+NaCO===>Ru(C)(C12)+2NaCl+CO+HO+4CHCN
最初に、Ru(II)Cl(アセトニトリル)(Umicore Hanauより、29.3重量%のRu、10g、29mmol)およびNaCO(12.3g、120mmol、4当量)をフラスコに入れる。エタノール(100ml)、水(50ml)、1,4−シクロヘキサジエン(2.9ml、29mmol、1当量)および1,5−シクロオクタジエン(10.8ml、87mmol、3当量)を加える。この懸濁液を保護ガスによって不活性化し、還流させる(油浴温度90℃)。淡茶橙色の混合物を還流しながら4時間撹拌し、次いで室温まで冷却する。反応混合物をn−ヘキサンで抽出する。有機相を水で1回洗浄し、MgSOおよび活性炭で乾燥し、次いで濾過する。透明な黄色の溶液をロータリーエバポレーションにかけ、その結果得られた結晶性の淡黄色の生成物をエタノールで洗浄し、次いで室温にて減圧下で乾燥して一定の重量にする。
【0068】
収量:5g、60%;純度:≧98%(H NMR)。
【0069】
【化7】

(実施例9)
α−テルピネンからの異性体混合物としての(η−p−シメン)(η−1−イソプロピル−4−メチルシクロヘキサジエン)ルテニウム(0)の調製
構造式:
【0070】
【化8】

反応式:
RuCl(CHCN)+2C1016+NaCO===>Ru(C1014)(C1016)+2NaCl+CO+HO+4CHCN
最初に、Ru(II)Cl(アセトニトリル)(Umicore Hanauより、29.3重量%のRu、10g、29mmol)およびNaCO(12.4g、120mmol、4当量)をフラスコに入れる。エタノール(100ml)、脱塩水(50ml)および1−イソプロピル−4−メチル−1,3−シクロヘキサジエン(α−テルピネン、Aldrichより、17.4ml、102mmol、3.5当量)を加える。この懸濁液を保護ガスによって不活性化し、還流させる(油浴温度85℃)。淡茶橙色の混合物を還流しながら3時間撹拌し、次いで室温まで冷却する。生成物をヘキサンまたはトルエンで抽出する。有機相を水で洗浄し、MgSOで乾燥し、濾過してから濃縮して乾燥させる。その結果得られた黄橙色の油を90℃にて高真空下で乾燥して一定の重量にする。13C NMRスペクトルおよびH NMRスペクトルから明らかになるとおり、この生成物は3つの異性体A、異性体Bおよび異性体Cの混合物からなる。収量:9.1g、85%。純度:≧90%(H NMR)。
【0071】
H NMRスペクトルの分析によって、異性体混合物の存在が確認される。Hスペクトルではδ=4.5ppmから5.2ppmの範囲に7つのシグナルがあり、それらはジエンまたはアレーンのオレフィン炭素のプロトンに割当てられ得る;それらの積分比2.8:1:0.8:0.8:1.6:1:1は、異性体混合物が存在することを示す。
【0072】
異性体Aに対しては、この範囲内に4つのシグナルが想定される(アレーンからの2つおよびジエンからの2つ、2:2:1:1の比で)。異性体Bおよび異性体Cに対しては、この範囲内に各々3つのシグナルが想定される(アレーンからの2つおよびジエンからの1つ、2:2:1の比で)。炭素C2およびC5(異性体B)ならびに炭素C3およびC6(異性体C)におけるオレフィンプロトンのシグナルは、δ=2.6ppmから2.9ppmの範囲にある。多数のシグナルが重なっているため、正確な割当ては不可能である;しかし、強度の評価から、異性体のうちの少なくとも2つが約1:0.8(すなわち1.25:1)の比で存在することが示される。
【0073】
【化9】

質量スペクトル(MS):最も強いイオン[M−H]はm/z=371.1309にあり、モノアイソトピック実験式C2029102Ruに対応し、偏差は0.37ppmである。
【0074】
(実施例10)
塩基としてNEtを伴うγ−テルピネンからの異性体混合物としての(η−p−シメン)(η−1−イソプロピル−4−メチルシクロヘキサジエン)ルテニウム(0)の調製
構造式:実施例9を参照
反応式:
RuCl(CHCN)+2C1016+2NEt==>Ru(C1014)(C1016)+2Cl[HNEt]+4CHCN
最初に、Ru(II)Cl(アセトニトリル)(Umicore Hanauより、29.3重量%のRu、10g、29mmol)をフラスコに入れる。アセトン(150ml)、水(60ml)、NEt(12.3ml、90mmol、3当量)および1−イソプロピル−4−メチル−1,4−シクロヘキサジエン(γ−テルピネン、Aldrichより、11ml、67mmol、2.3当量)を加える。この懸濁液を保護ガスによって不活性化し、還流させる(油浴温度75℃)。茶橙色の混合物を還流しながら3時間撹拌し、次いで室温まで冷却する。生成物をヘキサンまたはトルエンで抽出する。有機相を水で洗浄し、MgSOおよび活性炭で乾燥し、濾過してから濃縮して乾燥させる。その結果得られた黄橙色の油を90℃にて高真空下で乾燥して一定の重量にする。13C NMRおよびH NMRスペクトルによって生成物を特徴付けると、実施例9の生成物に対応する。
【0075】
収量:9.7g、90%;純度:≧90%(H NMR)。
【0076】
(実施例11)
α−フェランドレンからの異性体混合物としての(η−p−シメン)(η−1−イソプロピル−4−メチルシクロヘキサジエン)ルテニウム(0)の調製
構造式:実施例9を参照
反応式:実施例9を参照
最初に、Ru(II)Cl(アセトニトリル)(Umicore Hanauより、29.3重量%のRu、10g、29mmol)およびNaCO(12.4g、120mmol、4当量)をフラスコに入れる。エタノール(100ml)、水(50ml)および2−メチル−5−イソプロピル−1,3−シクロヘキサジエン(α−フェランドレン、Aldrichより、9.6ml、58mmol、2当量)を加える。この懸濁液を保護ガスによって不活性化し、還流させる(油浴温度85℃)。淡茶橙色の混合物を還流しながら3時間撹拌し、次いで室温まで冷却する。生成物をヘキサンまたはトルエンで抽出する。有機相を水で洗浄し、MgSOで乾燥し、濾過してから濃縮して乾燥させる。その結果得られた黄橙色の油を90℃にて高真空下で乾燥して一定の重量にする。NMRスペクトルによって生成物を特徴付けると、実施例9および10の生成物に対応する。
【0077】
収量:8.6g、80%;純度:≧90%(H NMR)。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
(アレーン)(ジエン)Ru(0)型のルテニウム(0)−オレフィン錯体を調製するためのプロセスであって、前記プロセスは、次式
Ru(+II)(X)(Y)
ここで
X=アニオン性基、
Y=非荷電の2電子ドナー配位子、
p=1または2、
q=1から6の整数
であるルテニウム出発化合物と、シクロヘキサジエン誘導体またはシクロヘキサジエン誘導体を含むジエン混合物とを、塩基の存在下で反応させることによって行なわれ、前記ルテニウム(0)−オレフィン錯体中に結合される前記アレーンは、前記シクロヘキサジエン誘導体から酸化によって形成される、プロセス。
【請求項2】
前記シクロヘキサジエン誘導体は、1,3−シクロヘキサジエンもしくは1,4−シクロヘキサジエン、またはその混合物の群からの非置換シクロヘキサジエン誘導体である、請求項1に記載のプロセス。
【請求項3】
前記シクロヘキサジエン誘導体は、モノアルキル置換シクロヘキサジエンまたはポリアルキル置換シクロヘキサジエンであり、そして1−メチル−1,3−シクロヘキサジエン、1−メチル−1,4−シクロヘキサジエン、1−エチル−1,3−シクロヘキサジエン、1−エチル−1,4−シクロヘキサジエン、1−イソプロピル−4−メチル−1,3−シクロヘキサジエン(α−テルピネン)、1−イソプロピル−4−メチル−1,4−シクロヘキサジエン(γ−テルピネン)、2−メチル−5−イソプロピル−1,3−シクロヘキサジエン(α−フェランドレン)もしくはビシクロ−[4.3.0]−ノナ−3,6(1)−ジエン、またはその混合物の群より選択される、請求項1に記載のプロセス。
【請求項4】
前記ジエン混合物およびシクロヘキサジエン誘導体は、1,3−シクロオクタジエン、1,5−シクロオクタジエン、ノルボルナジエン、ジシクロペンタジエン、スピロ[2.4]ヘプタ−4,6−ジエン、またはその混合物の群からの置換または非置換環状ジエンを含む、請求項1から3のいずれか1項に記載のプロセス。
【請求項5】
前記ジエン混合物およびシクロヘキサジエン誘導体は、ブタジエン、イソプレン、2,3−ジメチル−1,3−ブタジエン、1,3−ペンタジエン、1,4−ペンタジエンもしくは2,4−ジメチル−1,3−ペンタジエン、またはその混合物の群からの置換または非置換非環状ジエンを含む、請求項1から3のいずれか1項に記載のプロセス。
【請求項6】
前記ジエン混合物は、1,3−ジビニルテトラメチルジシロキサン(VTS)または1,3−ジビニルテトラメチルジシラザンなどのジエン類似体を含む、請求項1から5のいずれか1項に記載のプロセス。
【請求項7】
前記シクロヘキサジエン誘導体または前記ジエン混合物の添加される量は(前記Ru出発化合物に基づいて)2当量から5当量、好ましくは2当量から4当量である、請求項1から6のいずれか1項に記載のプロセス。
【請求項8】
前記非荷電の2電子ドナー配位子Yは、アセトニトリル、ベンゾニトリル、アクリロニトリル、メチルイソニトリル(CNCH)、水、THF、ジオキサン、ジメチルスルホキシド(DMSO)、ジメチルホルムアミド(DMF)、アセトン、アンモニア(NH)、アミン、およびピリジンの群から選択され、その混合物および組み合わせを含む、請求項1から7のいずれか1項に記載のプロセス。
【請求項9】
前記非荷電の2電子ドナー配位子Yは溶媒配位子であり、アセトニトリル、ベンゾニトリル、水、THF、ジオキサン、ジメチルスルホキシド(DMSO)、ジメチルホルムアミド(DMF)、アセトン、およびピリジンの群から選択され、その混合物および組み合わせを含む、請求項1から8のいずれか1項に記載のプロセス。
【請求項10】
前記ルテニウム(II)出発化合物の前記アニオン性X基は、ハライド(例、F、Cl、BrまたはI)、擬ハライド(例、CN、CNOまたはSCN)、アセチルアセトネート、トシレート(CHSO)、トリフルオロメチルスルホネート(「トリフレート」;CFSO)、アセテート、トリフルオロアセテート、またはジアニオン、たとえばスルフェート(SO2−)、リン酸水素イオン(HPO2−)、オキサレート(C2−)またはカーボネート(CO2−)などを含む、請求項1から9のいずれか1項に記載のプロセス。
【請求項11】
前記ルテニウム(II)出発化合物は、RuCl(アセトニトリル)、RuBr(アセトニトリル)、RuCl(ピリジン)、[Ru(HO)]Cl、[Ru(HO)](トリフレート)、RuCl(DMSO)、[Ru(NH]ClもしくはRuCl(ベンゾニトリル)、またはその混合物である、請求項1から10のいずれか1項に記載のプロセス。
【請求項12】
使用される前記塩基は、無機塩基、たとえばアルカリ金属水酸化物、アルカリ土類金属水酸化物、塩基性酸化物、アルカリ金属炭酸塩、アルカリ土類金属炭酸塩、アルカリ金属炭酸水素塩、アルカリ土類金属炭酸水素塩、アルカリ金属シュウ酸塩、アルカリ土類金属シュウ酸塩、アルカリ金属酢酸塩、アルカリ土類金属酢酸塩、アルカリ金属リン酸塩、アルカリ土類金属リン酸塩、またはその混合物などを含む、請求項1から11のいずれか1項に記載のプロセス。
【請求項13】
使用される前記塩基は、有機塩基、たとえばジエチルアミン、トリメチルアミン、トリエチルアミン、ウロトロピン、エタノールアミン、イミダゾール、ピリジン、エチレンジアミン、またはその混合物などを含む、請求項1から11のいずれか1項に記載のプロセス。
【請求項14】
添加される前記無機および/または有機塩基の量は(前記ルテニウム化合物に基づいて)1当量から10当量、好ましくは2当量から5当量である、請求項1から13のいずれか1項に記載のプロセス。
【請求項15】
極性有機溶媒または前記極性有機溶媒と水との混合物が用いられる、請求項1から14のいずれか1項に記載のプロセス。
【請求項16】
前記式Ru(+II)(X)(Y)の前記Ru(II)出発化合物は先行するステップにおいて調製され、そして中間の単離なしに使用される、請求項1から15のいずれか1項に記載のプロセス。
【請求項17】
前記Ru(II)出発化合物はRu(II)Cl(CHCN)またはRu(II)Cl(DMSO)であり、そして塩化ルテニウム(III)水和物の還元によって調製される、請求項16に記載のプロセス。
【請求項18】
均一な触媒の調製のための、請求項1から17のいずれか1項に記載のプロセスによって調製されたRu(0)−オレフィン錯体の使用。
【請求項19】
ルテニウムまたは酸化ルテニウム含有機能性コーティングの調製のための、請求項1から17のいずれか1項に記載のプロセスによって調製されたRu(0)−オレフィン錯体の使用。
【請求項20】
医学的および治療的目的のための、請求項1から17のいずれか1項に記載のプロセスによって調製されたRu(0)−オレフィン錯体の使用。
【請求項21】
化合物(η−p−シメン)(η−1−イソプロピル−4−メチルシクロヘキサジエン)ルテニウム(0)の異性体混合物であって、3つの異性体
(η−p−シメン)(η−1−イソプロピル−4−メチル−1,3−シクロヘキサジエン)ルテニウム(0)、
(η−p−シメン)(η−1−イソプロピル−4−メチル−1,5−シクロヘキサジエン)ルテニウム(0)、および
(η−p−シメン)(η−1−イソプロピル−4−メチル−3,5−シクロヘキサジエン)ルテニウム(0)
のうちの少なくとも2つを含む、異性体混合物。
【請求項22】
前記異性体のうちの少なくとも2つは、1:5から5:1の比で存在する、請求項21に記載の異性体混合物。
【請求項23】
薄膜技術によるルテニウム含有層の生成のための、請求項20または22に記載の異性体混合物の使用。

【公表番号】特表2013−510807(P2013−510807A)
【公表日】平成25年3月28日(2013.3.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−538238(P2012−538238)
【出願日】平成22年11月11日(2010.11.11)
【国際出願番号】PCT/EP2010/006858
【国際公開番号】WO2011/057780
【国際公開日】平成23年5月19日(2011.5.19)
【出願人】(501399500)ユミコア・アクチエンゲゼルシャフト・ウント・コムパニー・コマンディットゲゼルシャフト (139)
【氏名又は名称原語表記】Umicore AG & Co.KG
【住所又は居所原語表記】Rodenbacher Chaussee 4,D−63457 Hanau,Germany
【Fターム(参考)】