説明

アニオン系官能基を有する高分子量物質からなる添加剤の定量方法

【課題】繊維シートに含まれる、アニオン系官能基を有する高分子量物質からなる添加剤を簡便にかつ精度よく定量する方法を提供すること。
【解決手段】測定対象となる繊維シートを、多価金属イオンを含む水溶液に浸漬して繊維シートに含まれるアニオン系添加剤中のアニオン系官能基に多価金属イオンを結合させる。繊維シートを前記水溶液から引き上げ、余剰の多価金属イオンを洗浄除去する。添加剤中のアニオン系官能基に結合した多価金属イオンの量を測定し、その測定値と、前記添加剤の分子量、式量又は単位重量あたりのアニオン系官能基含有量とに基づき、繊維シートに含まれる前記添加剤の量を算出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、紙や不織布を始めとする繊維シートに含まれる、アニオン系官能基を有する高分子量物質からなる添加剤の定量方法に関する。
【背景技術】
【0002】
カルボキシメチルセルロース(以下「CMC」とも言う。)を始めとするアニオン系高分子量物質は、紙の添加剤として広く用いられている。CMCの化学構造は、紙を構成する主たる繊維であるパルプと同じ物質であるセルロースをベースにしているので、CMCの量をセルロースと区別して独立に測定することは容易でない。そこで、紙に含まれているCMC等のアニオン系高分子量物質の定量方法に関して様々な提案が古くからなされている。例えば(イ)電気伝導度滴定法(非特許文献1及び2)、(ロ)コロイド滴定法及びコロイド逆滴定法(非特許文献3)、(ハ)フェノール硫酸法(非特許文献4)、(ニ)ナフタレンジオール法(非特許文献5及び特許文献1)等が知られている。
【0003】
(イ)の電気伝導度滴定法は、アニオン系高分子量の量が増えるに連れてアニオン系官能基の数が増えることを利用した測定方法である。この方法では、アニオン系高分子量物質を含む紙を、塩酸酸性の水溶液に浸漬した後、水酸化ナトリウム水溶液を滴下し、アニオン系官能基の中和に要した水酸化ナトリウムの滴定量に基づき、紙に含まれているアニオン系高分子量物質の量を算出する。この方法は、CMC以外にも各種のアニオン系高分子量物質の定量に用いることができるという利点を有する。しかしアニオン系高分子量物質が、製紙工程でカチオン性高分子量物質を介して紙中に導入された場合には、該カチオン性高分子量物質の妨害によって測定が困難であるという不都合を有する。
【0004】
(ロ)のコロイド滴定法は、抄紙工程で生じた脱水時の濾液に含有される、繊維に吸着しなかったアニオン系高分子量物質をカチオン性高分子量物質で滴定し、その滴定量に基づき紙中のアニオン系高分子量物質の量を算出する方法である。コロイド逆滴定法は、抄紙工程において脱水した後の繊維マットを回収し、このマットを過剰のカチオン性高分子量物質の電解質水溶液に浸漬して濾過を行い、濾液中の過剰のカチオン性高分子量物質の電解質を、測定対象とは別のアニオン系高分子量物質の電解質で滴定し、その滴定量に基づき紙に含まれているアニオン系高分子量物質の量を算出する方法である。測定原理上、この方法にも上述の(イ)の電気伝導度滴定法と同様の不都合がある。
【0005】
(ハ)のフェノール硫酸法は、抄紙工程における脱水時の濾液を回収し、濾液に含有される、繊維に吸着しなかったアニオン系多糖類を定量する方法である。具体的には、濾液にフェノール及び濃硫酸を加え、その時の呈色を分光光度計で測定することでアニオン系多糖類を定量し、この値を元の添加量から差し引くことで紙に含まれるアニオン系多糖類の量を算出する。この方法は、上述の(イ)及び(ロ)の方法と異なり、アニオン系高分子量物質が、製紙工程でカチオン性高分子量物質を介して紙中に導入された場合であっても定量が可能である。しかし、この方法は、紙に含有されているアニオン系物質が多糖類系の高分子量物質である場合に限り測定が可能であるという制約を有する。また、パルプ由来の多糖類、例えばセルロースやヘミセルロースの影響に起因する誤差が大きいという不都合がある。
【0006】
(ニ)のナフタレンジオール法は、紙に含まれるCMCを強アルカリ水溶液によって抽出し、抽出液を濃硫酸で酸化してCMCをグリコール酸に分解し、グリコール酸を定量することで、紙に含まれるCMCの量を算出する方法である。この方法は、上述の(ハ)の方法と同様に、アニオン系高分子量物質が、製紙工程でカチオン性高分子量物質を介して紙中に導入された場合であっても定量が可能である。また、CMC以外の添加剤の影響を受けないという利点もある。しかし、この方法は、測定対象がCMCである場合に限り測定が可能であるという制約を有する。また、一つの試料の測定に要する時間が6〜7時間と長時間になってしまい、また一つの試料の測定で生じる硫酸廃液の量が多いという不都合がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第2721566号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】権藤知久 博士論文(東京大学大学院農学生命科学研究科生物材料科学専攻(2007))
【非特許文献2】Nordic Pulp and Paper Research Journal 17(3), p.346-351(2002)
【非特許文献3】TAPPI journal 3(5), p.15-19(2004)
【非特許文献4】APPITA JOURNAL. 60(4), p.309-314(2007)
【非特許文献5】Paper Trade Journal, 125(15), p.59-62(1947)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、前述した従来技術が有する欠点を解消し得る、繊維シートに含まれる、アニオン系官能基を有する高分子量物質の定量方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、繊維シートに含まれる、アニオン系官能基を有する高分子量物質からなる添加剤の定量方法であって、
測定対象となる繊維シートを、多価金属イオンを含む水溶液に浸漬して前記添加剤中のアニオン系官能基に前記多価金属イオンを結合させ、
前記繊維シートを前記水溶液から引き上げ、余剰の前記多価金属イオンを洗浄除去し、
前記添加剤中のアニオン系官能基に結合した前記多価金属イオンの量を測定し、その測定値と、前記添加剤の分子量、式量又は単位重量あたりのアニオン系官能基含有量とに基づき、前記繊維シートに含まれる前記添加剤の量を算出する、繊維シートに含まれる、アニオン系官能基を有する高分子量物質からなる添加剤の定量方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、紙や不織布等の繊維シートに添加剤として含まれる、CMCを始めとする各種のアニオン系官能基を有する高分子量物質の量を簡便にかつ精度よく測定することができる。また本発明によれば、繊維シートにカチオン系官能基を有する高分子量物質が添加剤として含まれている場合であっても、該繊維シートに含まれるアニオン系官能基を有する高分子量物質の量を測定することができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下本発明を、その好ましい実施形態に基づき説明する。本発明の定量方法の測定対象は、繊維シートに含まれる、アニオン系官能基を有する高分子量物質からなる添加剤(以下「アニオン系添加剤」という)である。繊維シートは、繊維材料を素材とするシート状物である。繊維シートに含まれる繊維材料は、天然繊維及び合成繊維の双方を包含する。繊維材料は、天然繊維又は合成繊維のうちのいずれか一方のみでもよく、あるいは両者の組み合わせでもよい。天然繊維としては、例えば木材パルプ、非木材パルプ、コットン、カボック、落花生たんぱく繊維、とうもろこしたんぱく繊維、大豆たんぱく繊維、マンナン繊維、ゴム繊維、麻、マニラ麻、サイザル麻、ニュージーランド麻、羅布麻、椰子、いぐさ、麦わら等の植物繊維が挙げられる。また羊毛、やぎ毛、モヘア、カシミア、アルカパ、アンゴラ、キャメル、ビキューナ、シルク、羽毛、ダウン、フェザー、アルギン繊維、キチン繊維、ガゼイン繊維等の動物繊維が挙げられる。更に、石綿等の鉱物繊維が挙げられる。一方、合成繊維としては、例えばレーヨン、ビスコースレーヨン、キュプラ、アセテート、トリアセテート、酸化アセテート、プロミックス、塩化ゴム、塩酸ゴム等の半合成繊維が挙げられる。またポリエチレンやポリプロピレン等のポリオレフィン、ポリエチレンテレフタレート等のポリエステル、ポリアミド、アラミド、ポリビニルアルコール、ポリ塩化ビニル、ポリ塩化ビニリデン、ポリアクリロニトリル、ポリスチレン、ポリウレタン等の合成高分子繊維が挙げられる。更に金属繊維、炭素繊維、ガラス繊維等を用いることもできる。また、これらの繊維の回収再利用品を用いることもできる。これらの繊維材料の繊維長及び太さは、繊維シートの製造方法や、繊維シートの具体的な用途に応じて適切に選択される。
【0013】
上述の繊維材料からなる繊維シートは、例えば紙、不織布、織布、編み地若しくはこれらを組み合わせた複合繊維シート又はこれらとフィルムとの複合材料シートであり得る。繊維シートの坪量や厚みは、繊維シートの製造方法や、繊維シートの具体的な用途に応じて適切に選択される。
【0014】
繊維シートに含まれるアニオン系添加剤は、繊維シートに種々の機能を付与するために使用されるものである。アニオン系添加剤は一般に、繊維シートを構成する繊維材料の表面に付着した状態で存在しており、繊維材料と化学的には結合していない。繊維シートが紙である場合には、紙の強度を高める目的又は繊維表面のアニオン性を高めることでサイズ剤等の繊維表面への定着効率を高める目的で、アニオン系添加剤としてCMCの塩が添加されることがある。また、繊維シートが不織布である場合には、不織布の強度を高める目的又は繊維表面のアニオン性を高めることでサイズ剤等の不織布への定着効率を高める目的で、CMCの塩、ポリアクリル酸の塩、ポリメタクリル酸の塩、ポリアクリル酸の塩とポリメタクリル酸の塩との共重合体、又はポリアクリル酸の塩とポリメタクリル酸の塩とスチレンとの共重合体が添加されることがある。
【0015】
アニオン系添加剤は高分子量の物質である。本明細書で言う「高分子量」とは、一般に分子量がおおよそ1万以上の物質を包含する。また、この分子量に満たないものであっても、分子量が数百程度であり、かつ繊維シートの添加剤として当該技術分野においてよく知られているアニオン系の物質は、本発明の方法を用いた測定対象となる。
【0016】
アニオン系添加剤は、その分子中に一又は二以上のアニオン系の官能基を有している。アニオン系の官能基には、一価のアニオン系官能基であるカルボキシル基、ポリスチレンスルホン酸のような高分子量物質が有するスルホ基、R−OSO3H(Rは例えばビニル基を表す。)のようなモノマー単位から構成される高分子量物質が有する硫酸基などが包含される。これらの官能基は、アニオン系添加剤の分子中に一種のみ含まれていてもよく、あるいは二種以上含まれていてもよい。特にアニオン系添加剤は、その分子中にカルボキシル基等の一価のアニオン系の官能基を一種のみ含んでいることが好ましい。
【0017】
アニオン系添加剤の具体例としては、(イ)CMC又はその塩(Na塩、K塩等)、(ロ)アルギン酸やセロウロン酸等のポリウロン酸又はその塩、(ハ)構成モノマー単位の一部がウロン酸である多糖類又はその塩、(ニ)カラギーナン又はその塩、(ホ)構成モノマー単位の一部又は全体が不飽和カルボン酸又はその塩で占められる重合体又は共重合体、(へ)構成モノマー単位の一部又は全体がポリスチレンスルホン酸又はポリビニル硫酸又はこれらの塩で占められる重合体又は共重合体等が挙げられる。これらのアニオン系添加剤は、繊維シート中に一種又は二種以上含有させることができる。定量の精度を高め、かつ操作を容易にする観点からは、測定対象となる繊維シートは、アニオン系添加剤を一種のみ含有しているものであることが有利である。
【0018】
アニオン系添加剤が(イ)の物質である場合、その置換度DSは、繊維シートの具体的な用途等にもよるが、一般に0.2〜2.5であることが好ましい。またその1%水溶液の粘度は、20℃において2〜20000mPa・sであることが好ましい。アニオン系添加剤が(ホ)の物質である場合、不飽和カルボン酸としては例えばアクリル酸、メタクリル酸、イタコン酸、クロトン酸、無水マレイン酸、マレイン酸、フマール酸等が挙げられる。
【0019】
本定量方法においては、上述した繊維シートを、先ず多価金属イオンを含む水溶液に浸漬して、該繊維シートに含まれるアニオン系添加剤中のアニオン系官能基を多価金属イオンでイオン交換する。多価金属イオンに代えて一価金属イオンを用いることも可能であるが、その場合には、後述する洗浄工程において一価金属イオンがアニオン系官能基から脱離しやすく、その結果、定量の精度が低くなる傾向にある。そこで、本定量方法においては、定量の精度を高めることを目的として多価金属イオンを採用している。なお、上述した繊維シートを、多価金属イオンを含む水溶液に浸漬する前に、水溶性溶剤を含む水溶液でpHを3程度に調製したものに浸漬し、アニオン系官能基に結合している金属イオンを予めプロトンに置換しても構わない。
【0020】
多価金属イオン源としては水溶性多価金塩が用いられる。多価金属塩としては例えば、水に溶解して二価又は三価のカチオンを与えるものが挙げられる。具体的には、Ca、Zn、Fe、Cu、Mn、Co、Ni、Ba等の水溶性塩が挙げられる。これらの多価金属の塩としては、例えば塩化物、硫酸塩、酢酸塩、硝酸塩などが挙げられる。水溶液に含まれる多価金属イオンの濃度は、定量すべきアニオン系添加剤に含まれるアニオン系官能基をすべて多価金属イオンで迅速にイオン交換するために必要十分な量であることが好ましい。この観点から、水溶液に含まれる多価金属イオンの濃度は、一般に0.9〜36mol/L、特に1.8〜11mol/Lであることが好ましい。
【0021】
多価金属イオンを含む水溶液は、多価金属イオンに加え、更に水溶性溶剤を含んでいることが好ましい。これによって、繊維シートに含まれるアニオン系添加剤が上述のイオン交換作業時に繊維シートから脱離するのを防止できるという有利な効果が奏される。水溶性溶剤としては、例えば一価又は多価のアルコールや、該アルコールと、メタノール、エタノール、プロパノール、ブチルアルコール等の一価の低級アルコールとのモノ又はジエーテル等の有機溶剤が挙げられる。一価の低級アルコールとしては、エタノール、メタノール、プロパノール等が挙げられる。二価の低級アルコールとしては、エチレングリコール、ジエチレングリコール、ポリエチレングリコール、プロピレングリコール、ジプロピレングリコール、ブチレングリコール、ヘキシレングリコール等が挙げられる。多価アルコールとしては、グリセリン、ソルビトール等が挙げられる。水溶液に含まれる水溶性溶剤の量は、水100重量部に対して10〜1000重量部、特に25〜425重量部であることが好ましい。
【0022】
多価金属イオンを含む水溶液に繊維シートを浸漬する時間は、本発明において臨界的なものではなく、アニオン系官能基を多価金属イオンでイオン交換できる時間であればよい。例えば15〜30分の浸漬時間で十分である。また、水溶液の温度も、本発明において臨界的なものではない。加熱された水溶液に繊維シートを浸漬してもよいが、一般に室温で浸漬を行えば満足すべき結果が得られる。浸漬中、水溶液及び/又は繊維シートを攪拌してイオン交換を促進させてもよい。
【0023】
本発明者らが種々の検討を行ったところ、このイオン交換によって一のアニオン系官能基に一の多価金属イオンが結合することが判明した。例えば、アニオン系添加剤としてCMCナトリウム塩を用い、かつ多価金属塩としてCaCl2を用いてイオン交換を行い、イオン交換後のCMC中のCa量及びCl量を蛍光X線分析法によって測定したところ、Caに由来する強度とClに由来する強度とがほぼ等しいことが確認された。このことから、イオン交換後のCMCのカルボキシル基は、−COOCa2+Cl-という状態になっていると推測される。この推測に基づけば、一のカルボキシル基には、一のCa2+が結合していると結論される。なお、従来用いられてきた原子吸光分析法又は誘導結合高周波プラズマ発光分析装置では、測定機器のスペック又は測定モードによってはCa2+しか測定できないことがあり、Cl-とCa2+の化学量論的な解析が容易にできず、上述の結論に至らなかった。しかし、本発明においては、原子吸光分析法又は誘導結合高周波プラズマ発光分析装置に代えて蛍光X線分析法を用いることで、容易に解析ができ、上述の結論に至ったものである。
【0024】
多価金属イオンによるイオン交換が完了したら、繊維シートを水溶液から引き上げ、繊維シートに付着している余剰の多価金属イオンを洗浄除去する。余剰の多価金属イオンとは、繊維シートに付着している多価金属イオンのうち、アニオン系官能基に結合していないものを言う。ここで言うアニオン系官能基には、アニオン系添加剤が有する官能基及び繊維そのものが有する官能基の双方が含まれる。アニオン系添加剤の繊維シートからの脱離及びアニオン系官能基に結合している多価金属イオンの脱離を防止する観点から、洗浄剤には水溶性有機溶剤を用いることが好ましい。水溶性有機溶剤としては、例えば低級アルコールやアセトン等を用いることができる。これらの水溶性有機溶剤は一種又は二種以上を混合して用いることができるとともに、水と混合して用いることもできる。また、一の水溶性有機溶剤による洗浄に引き続き、他の水溶性有機溶剤による洗浄を行うこともできる。特に洗浄剤として、分子構造中に少なくとも一つの水酸基を有するものを用いると、アニオン系添加剤の繊維シートからの脱離及びアニオン系官能基に結合している多価金属イオンの脱離を確実に防止できるとともに、余剰の多価金属イオンを確実に除去できるという有利な効果が奏される。そのような洗浄剤としては、例えばエタノール等が挙げられる。余剰の多価金属イオンを確実に除去することを目的として、繊維シートを細片に切断した後に、これを洗浄してもよい。
【0025】
繊維シートに付着している余剰の多価金属イオンが除去されたら、該繊維シートに含まれる多価金属イオンの量を測定する。この測定には従来公知の測定方法を用いることができる。そのような測定方法としては、例えば蛍光X線分析法、原子吸光分析法、誘導結合高周波プラズマ発光分光分析法等が挙げられる。これらの測定方法のうち、繊維シートに含まれる多価金属の量の測定が容易で、かつ測定の精度が高い方法である蛍光X線分析法を用いることが好ましい。
【0026】
蛍光X線分析法によれば、多価金属の量に応じてピーク強度が変化する。したがって、予め多価金属の量とピーク強度の相関関係が判れば、ピーク強度の値から多価金属の量を求めることができる。この目的のために、本定量方法においては、蛍光X線分析法における多価金属の量とピーク強度との関係を表す検量線を、上述の操作とは別に作成しておく。検量線の作成は、例えばCMCを定量する場合には、純度の高いセルロース(例えば微結晶セルロースパウダー等)に種々の量の多価金属塩を混合し、種々の標準サンプルを調製し、各標準サンプルを蛍光X線分析法に付して各標準サンプルについてピーク強度を測定し、測定されたピーク強度と多価金属塩の量とをプロットすることで得られる。他のアニオン系添加剤を定量する場合も同様の方法で検量線を作成することができる。
【0027】
測定された多価金属の量は、アニオン系添加剤が有する官能基の量T1と繊維そのものが有する官能基の量T2の合計量TTに相当する。この理由は、上述のとおり、一のアニオン系官能基には一の多価金属イオンが結合するからである。T1及びT2のうち、目的とする量は、アニオン系添加剤が有する官能基の量T1なので、前記の合計量TTから繊維そのものが有する官能基の量T2を差し引くことが必要となる。つまり、繊維そのものが有する官能基の量T2を知ることが必要となる。この目的のために、測定対象となる繊維シートと同種のシートであって、アニオン系添加剤を含んでいないもの(これを「対照シート」と言う。)を別途用意しておき、この対照シートについて、上述の操作と同様の操作を行い、該対照シートの単位重量あたりに含まれる多価金属の量を別途測定しておく。これをT2-0とする。測定された多価金属の量にアニオン系添加剤を含むシート中での含有率xを乗した値、すなわちx×T2-0が、上述の繊維そのものが有する官能基の量T2に相当する。アニオン系添加剤を含むシート中でのアニオン系添加剤の含有率をyとし、アニオン系添加剤の単位重量あたりに含まれる官能基の量をT1-0としたときにT1がy×T1-0に相当する。なお、T1-0の値はアニオン系添加剤の構造式より容易に算出することができる。xとyの合計が1、T1とT2の合計がTTとなるので、これらより、xとyが算出され、T2が算出される。したがって、アニオン系添加剤が有する官能基の量T1がTT−T2から算出される。なお、T1はy×T1-0から算出してもよい。
【0028】
最後に、アニオン系添加剤が有する官能基の量T1及びアニオン系添加剤の分子量又は式量に基づき、繊維シートに含まれるアニオン系添加剤の量を算出する。アニオン系添加剤が例えばCMCである場合には、以下の式(1)に基づきCMC含有量を算出できる。
CMC含有量[mg/g]=(A+DS*B-DS*1)[g/mol]*T1[mmol/g]/DS (1)
式(1)中、Aはカルボキシメチル基を除いたグルコピラノース環式量(=162)を表し、Bは−CH2COOHの式量(=59)を表し、DSはCMCの置換度(カルボキシメチル化度)を表す。なお、式(1)中の「−DS*1」の項は、カルボキシメチル基に伴って置換される水素原子の分を差し引くためのものである。
【0029】
アニオン系添加剤が、例えばアルギン酸である場合には、以下の式に基づきアルギン酸含有量を算出できる。
アルギン酸含有量[mg/g]=C[g/mol]*T1[mmol/g] (2)
式(2)中、Cはアルギン酸のモノマー式量(=176)を表す。
【0030】
以上の手順によって、目的とする繊維シート中のアニオン系添加剤の含有量を測定することができる。この定量方法によれば、簡便かつ安全にアニオン系添加剤の含有量を測定することができる。また本定量法によれば、アニオン系添加剤の含有量の測定における妨害物質として従来認識されていたカチオン性高分子量物質の共存下においても、アニオン系添加剤の含有量を精度良く測定することができる。したがって本定量方法は、例えば製紙工場における品質管理(アニオン系添加剤が設定量どおりに紙に付着しているか否かの確認)、繊維シート材料設計時における最適な製造条件の策定等の分野に極めて有用である。
【0031】
本定量方法が、カチオン性高分子量物質の共存下において有用なものであることは上述のとおりであるところ、該カチオン性高分子量物質として、例えばカチオン系官能基を有する重合体又は共重合体からなる添加剤(以下「カチオン系添加剤」と言う。)を繊維シートに含有させることができる。カチオン系添加剤は、例えばアニオン系添加剤を繊維に付着させることを容易にすることを目的として用いられる。また、その重合度によっては紙の強度を高める目的、又はパルプ等天然繊維に含まれる微細繊維(繊維長が0.2mm以下)が抄紙工程中の脱水工程において脱離することを防止することを目的として用いられる。
【0032】
アニオン系添加剤がCMC又はその塩である場合、カチオン系添加剤としては、以下の(A)ないし(E)で表される繰り返し単位を分子鎖中に含む重合体及び共重合体並びにポリエチレンイミンが挙げられる。
【0033】
【化1】

【0034】
【化2】

【0035】
【化3】

【0036】
【化4】

【0037】
【化5】

【0038】
アニオン系添加剤に加えてカチオン系添加剤が繊維シートに含有される場合、該繊維シートは湿式法によって製造され、かつアニオン系添加剤及びカチオン系添加剤が内部添加法によって繊維シートに添加されたものであることが好ましい。内部添加法によれば、アニオン系添加剤はカチオン系添加剤を介して繊維に付着した状態となる。
【実施例】
【0039】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明する。しかしながら本発明の範囲は、かかる実施例に制限されない。特に断らない限り、「%」は「重量%」を意味する。
【0040】
〔実施例1〕
【0041】
(1)検量線の作成
微結晶セルロースパウダー(ADVANTEC製のMCC(300メッシュ以上))1.2gに、Ca重量含有率に換算して0.15%、0.36%、0.45%、0.84%及び1.46%になるようにCaCl2をそれぞれ加え、種々の量のCaCl2を含む混合物を得た。各混合物を乳鉢で十分に混合した後、錠剤成形器でそれぞれ成形し、直径20mmの錠剤を作製した。得られた錠剤を標準試料として用い、蛍光X線分析装置(堀場製作所(株)製のMESA−500)によってCaのピーク強度を測定した。測定されたCaピーク強度と、標準試料中にCaの量とをプロットして検量線を作成した。
(2)紙の製造
乾燥重量1.2gの針葉樹クラフトパルプ(離解後、150メッシュのふるいで回収して得た)を、重量濃度1%になるように水道水中に分散し攪拌した。次に、カチオン系添加剤の重量濃度が1%の水溶液を、カチオン系添加剤の固形分量が対パルプ重量比5%になるようにパルプ分散液に添加し、1分間攪拌した。次にアニオン系添加剤の重量濃度が1%の水溶液を、アニオン系添加剤の固形分量が対パルプ重量比5%になるようにパルプ分散液に添加し、3分間攪拌して繊維懸濁液を得た。熊谷理機工業(株)製の手抄き抄紙機を用い、この繊維懸濁液を原料として湿式抄造作業を行い、湿紙を得た。得られた湿紙を、ドラム型ドライヤーを用いて100℃で2分間乾燥した。これにより目的とする測定用の紙(坪量約60g/m2)を得た。また、カチオン系添加剤及びアニオン系添加剤を添加しない以外は
上述の条件と同条件で紙を抄造した。これにより対照紙を得た。カチオン系添加剤としては、Poly N,N,N-Trimethyl-N-(2-methacryloxyethyl)ammonium chlorideを用いた。このカチオン系添加剤は、20%水溶液の粘度が20℃で20mPa・sのものであった。アニオン系添加剤としては、CMCナトリウム塩を用いた。このアニオン系添加剤は、置換度(=カルボキシルメチル化度)が0.93であり、重量濃度1%水溶液の粘度が20℃で26mPa・sのものであった。
【0042】
(3)浸漬用水溶液の調製
エタノール/蒸留水/CaCl2=25%/74%/1%(重量濃度)となるようにこれらを混合して浸漬用水溶液を調製した。なお、配合比はこれに限定されるものではない。
【0043】
(4)蛍光X線分析用の試料の調製
前記(2)で得られた測定用の紙を、20mm×130mmの大きさに切り(重量0.3g)、前記(3)で調製した浸漬用水溶液に室温下で30分間浸漬した。30分間経過後、紙を水溶液中から引き上げ、余剰のCaCl2を吸収紙に吸収させた。次いで紙を細片状に破り、エタノールを50mL程度入れた100mLのビーカー内に入れ、室温下で30分間攪拌させてCaCl2を洗浄除去した。次いでガラスフィルターで濾過し、紙片を更にエタノールで洗浄し、引き続きアセトンで洗浄した。乾燥後、紙片を集め、錠剤成形器で成形し、直径20mmの測定用錠剤を作製した。作製した錠剤をジッパー付きのポリエチレン袋に入れ、吸湿剤を入れたデシケーター内で保管した。これと同様の操作を、前記(2)で得られた対照紙についても行い、対照錠剤を得た。
【0044】
(5)蛍光X線分析法による測定
前記(4)で得られた測定用錠剤及び対照錠剤を用い、蛍光X線分析装置(堀場製作所(株)製のMESA−500)によってCaのピーク強度を測定した。測定されたピーク強度と、前記(1)で作成された検量線とから、測定用錠剤の単位重量あたりに含まれるCaの量TT、及び対照錠剤の単位重量あたりに含まれるCaの量T2-0を求めた。ここでTTは測定錠剤に含まれるCMCと針葉樹クラフトパルプの各々が有するカルボキシル基の量の総和に相当し、T2-0は単位重量あたりの針葉樹クラフトパルプが有するカルボキシル基の量に相当する。次いで、TTから、T2-0に測定用錠剤中の針葉樹クラフトパルプの含有率xを乗した値を差し引き、測定用錠剤に含まれるCMCに結合したCaの量と等しいという式を作成した(式3)。このCaの量は、測定用錠剤に含まれるCMC中のカルボキシル基の量T1に相当し、CMCの単位重量あたりに含まれるカルボキシル基の量T1-0に測定用錠剤中のCMCの含有率yを乗した値に相当する(式3)。また、係数xと係数yの和が1となるのは自明なため(式4)、二元一次の連立方程式が成立する。そのため、容易にT1が算出される。このT1を用い、前記の式(1)に従い測定用錠剤に含まれるCMCの量を算出した。その結果、CMCの量は、測定用の紙の単位重量あたり37mg/gであった。
T[mmol/g]−xT2-0[mmol/g]=T1[mmol/g]=yT1-0[mmol/g] (3)
x+y=1 (4)
【0045】
〔比較例1〕
上述した非特許文献1に記載の電気伝導度滴定法に従い、実施例1の(2)で製造された測定用の紙中のCMCの量を測定した。測定には、TOADKK社製の電気伝導度自動滴定装置を用いた。具体的には、予めCMC及び対照紙について、電気伝導度滴定法を用いて単位重量あたりのカルボキシル基量を測定した(CMC単位重量あたりのカルボキシル基量をT1-0、対照紙、すなわち針葉樹クラフトパルプ単位重量あたりのカルボキシル基量をT2-0とする)。次に実施例1の(2)で製造された測定用の紙の単位重量あたりのカルボキシル基量(TT)を、同様に電気伝導度滴定法を用いて測定し、上述の式(3)及び(4)を用いて測定用の紙に含まれるCMC中のカルボキシル基の量T1を算出した後、式(1)を用いて測定用の紙に含まれるCMCの量を算出した。その結果、CMCの量が0mg/g以下となってしまい、測定結果が意味をなさなかった。
〔比較例2〕
上述した非特許文献3に記載のコロイド逆滴定法に従い、実施例1の(2)で製造された測定用の紙中のCMCの量を測定した。測定には、mutek社製のコロイド滴定装置(荷電粒子計)を用いた。具体的には、予めCMC及び対照紙について、コロイド逆滴定法を用いて単位重量あたりのカルボキシル基量を測定した(CMC単位重量あたりのカルボキシル基量をT1-0、対照紙、すなわち針葉樹クラフトパルプ単位重量あたりのカルボキシル基量をT2-0とする)。次に実施例1の(2)で製造された測定用の紙の単位重量あたりのカルボキシル基量(TT)を、同様にコロイド逆滴定法で測定し、上述の式(3)及び(4)を用いて測定用の紙に含まれるCMC中のカルボキシル基の量T1を算出した後、式(1)を用いて測定用の紙に含まれるCMCの量を算出した。その結果、CMCの量が0mg/g以下となってしまい、測定結果が意味をなさなかった。
【0046】
〔実施例2〕
乾燥重量1.2gの針葉樹クラフトパルプ(離解後、150メッシュのふるいで回収して得た)を、濃度1%になるように水道水中に分散し攪拌して繊維懸濁液を得た。熊谷理機工業(株)製の手抄き抄紙機を用い、この繊維懸濁液を原料として湿式抄造作業を行い、湿紙を得た。得られた湿紙を、ドラム型ドライヤーを用いて100℃で2分間乾燥した。これによりパルプのみからなる紙(坪量約60g/m2)を得た。カチオン系添加剤の濃度が1%の水溶液を、カチオン系添加剤の固形分量が対パルプ重量比5%になるようにこの紙に添加し、50℃で20分間乾燥した。次にアニオン系添加剤の濃度が1%の水溶液を、アニオン系添加剤の固形分量が対パルプ重量比5%になるようにこの紙に添加し、100℃で1時間乾燥した。これにより目的とする測定用の紙を製造した。カチオン系添加剤及びアニオン系添加剤としては、実施例1で用いたものと同様のものを用いた。この測定用の紙を用いる以外は実施例1と同様にしてCMCの量を算出した。その結果、CMCの量は、測定用の紙の単位重量あたり54mg/gであった。
【0047】
〔比較例3〕
実施例2で製造された測定用の紙を用いる以外は、比較例1と同様にして電気伝導度滴定法によってCMCの量を測定した。その結果、CMCの量が0mg/g以下となってしまい、測定結果が意味をなさなかった。
〔比較例4〕
実施例2で製造された測定用の紙を用いる以外は、比較例2と同様にしてコロイド逆滴定法によってCMCの量を測定した。その結果、CMCの量が0mg/g以下となってしまい、測定結果が意味をなさなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
繊維シートに含まれる、アニオン系官能基を有する高分子量物質からなる添加剤の定量方法であって、
測定対象となる繊維シートを、多価金属イオンを含む水溶液に浸漬して前記添加剤中のアニオン系官能基に前記多価金属イオンを結合させ、
前記繊維シートを前記水溶液から引き上げ、余剰の前記多価金属イオンを洗浄除去し、
前記添加剤中のアニオン系官能基に結合した前記多価金属イオンの量を測定し、その測定値と、前記添加剤の分子量、式量又は単位重量あたりのアニオン系官能基含有量とに基づき、前記繊維シートに含まれる前記添加剤の量を算出する、繊維シートに含まれる、アニオン系官能基を有する高分子量物質からなる添加剤の定量方法。
【請求項2】
前記添加剤中のアニオン系官能基に結合した前記多価金属イオンの量を、蛍光X線分析法によって測定する請求項1記載の定量方法。
【請求項3】
前記水溶液が更に水溶性溶剤を含んでいる請求項1又は2記載の定量方法。
【請求項4】
前記繊維シートを前記水溶液から引き上げ、余剰の前記多価金属塩を、分子構造中に少なくとも一つの水酸基を有する洗浄剤を用いて洗浄除去する請求項1ないし3のいずれかに記載の定量方法。
【請求項5】
前記添加剤が、カルボキシメチルセルロース又はその塩、ポリウロン酸又はその塩、構成モノマー単位の一部がウロン酸である多糖類又はその塩、カラギーナン又はその塩、構成モノマー単位の一部又は全体が不飽和カルボン酸又はその塩で占められる重合体又は共重合体である請求項1ないし4のいずれかに記載の定量方法。
【請求項6】
前記繊維シートが更にカチオン系官能基を有する重合体又は共重合体からなる添加剤を含むものである請求項1ないし5のいずれかに記載の定量方法。

【公開番号】特開2010−14707(P2010−14707A)
【公開日】平成22年1月21日(2010.1.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−125267(P2009−125267)
【出願日】平成21年5月25日(2009.5.25)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】