説明

アルコールの製造方法

【課題】 グリセリドを主成分とする油脂からアルコールを製造する方法であって、グリセリンを高収率で回収することができる、経済性に極めて優れた方法の提供。
【解決手段】 下記工程1及び2を含む、グリセリドを主成分とする油脂からアルコールを製造する方法。
工程1:原料油脂と水を反応させグリセリン骨格を含む反応物を製造する工程
工程2:工程1で得られた反応物を、触媒存在下、反応物に含まれるグリセリン骨格1モルに対して0.5モル倍以上の水を共存させて水素化反応を行う工程

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、グリセリドを主成分とする油脂からアルコールを製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、脂肪族アルコールの工業的製造にはメタノールによりグリセリドをエステル交換して、得られたメタノールの脂肪酸エステルを接触水素化して脂肪族アルコールを製造する方法が使用されている。あるいはグリセリドを加水分解した脂肪酸と脂肪族アルコールをエステル化して得られたワックスエステルを接触水素化する方法も使用されている。これらの2段階プロセスは、価値あるグリセリンが高収率かつ高純度で得られるため経済性に優れている。
【0003】
一方、グリセリドの直接接触水素化反応は、工業的に重要な製品である脂肪族アルコールを、天然産の脂肪及び油から直接得ることができるが、工業的製造にはそれほど使用されていない。このグリセリドの直接水素化では最初に生成したグリセリンが、触媒表面上で水素化される副反応が起こり、高収率でグリセリンを回収することができず、2段階プロセスと比較して経済的に優位性を示せない。これが、工業的規模でグリセリドを直接水素化する方法が採用されていない一つの理由である。
【0004】
グリセリドを直接水素化して、脂肪族アルコールを得る方法は、例えば特許文献1、2及び3に記載されている。また、特許文献4には、脂肪及び油から得られるグリセリドの水素化方法が記載されている。特許文献5及び6にもグリセリドを直接水素化する方法が記載されている。
【特許文献1】米国特許第2,094,127号明細書
【特許文献2】米国特許第2,109,844号明細書
【特許文献3】米国特許第2,241,417号明細書
【特許文献4】独国特許出願公開第1668219号明細書
【特許文献5】米国特許第5,364,986号明細書
【特許文献6】米国特許第5,475,160号明細書
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1、2及び3に記載されている方法は、反応温度200〜400℃、水素圧力100〜300barで実施され、脂肪族アルコールが得られるが、所望の反応生成物であるグリセリンは少量しか得られず、代わりに多量のプロパン、プロパノールまたはプロピレングリコールが得られる。
特許文献4には、必要なグリセリンの代わりにプロピレングリコール、プロパノールまたはプロパンが生成する副反応を制御できない問題が記載されている。
【0006】
特許文献5及び6に記載されている方法では、比較的穏やかな反応条件下で銅系触媒を使用し、グリセリドの脂肪族アルコールへの直接水素化を行っている。この方法では1,2−プロパンジオールが高収率で生成し、グリセリンの製造を目的としていない。
【0007】
本発明の課題は、グリセリドを主成分とする油脂からアルコールを製造する方法であって、グリセリンを高収率で回収することができる、経済性に極めて優れた方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、下記工程1及び2を含む、グリセリドを主成分とする油脂からアルコールを製造する方法を提供する。
工程1:原料油脂と水を反応させグリセリン骨格を含む反応物を製造する工程
工程2:工程1で得られた反応物を、触媒存在下、反応物に含まれるグリセリン骨格1モルに対して0.5モル倍以上の水を共存させて水素化反応を行う工程
【発明の効果】
【0009】
本発明のアルコールの製造方法は、グリセリンの分解を抑制し、高収率でグリセリンを回収することができるため、経済性に優れ工業的に有利である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
[工程1]
本発明の工程1は、原料油脂と水を反応させグリセリン骨格を含む反応物を製造する工程である。
【0011】
工程1で用いられる原料油脂は特に限定されるものではないが、主としてグリセリドからなる。油脂はトリグリセリドの他にジグリセリド、モノグリセリド、脂肪酸等を含んでいてもよく、大豆油、菜種油、椰子油、パーム油、パーム核油等の植物油、牛油、魚油等の動物油及び合成物の油脂を使用できる。油脂は単独で用いてもよく、2種類以上を組み合わせて用いてもよい。油脂は脱酸・脱硫処理等の前処理を行ったものあるいは前処理を行わないものどちらを使用してもよい。
【0012】
工程1で得られるグリセリン骨格を含む反応物には未反応物も含まれ、グリセリン骨格を有するものはトリグリセリド、ジグリセリド、モノグリセリド、グリセリン等である。
【0013】
工程1において、水の添加方法は特に限定されるものではなく、気体及び液体のどちらの状態で添加しても良い。例えば、予め原料油脂と水を混合してから加熱して反応を行う方法、加熱された原料油脂に水あるいは水蒸気を添加して反応を行う方法、加熱した反応器に原料油脂と水を同時に供給する方法等が挙げられる。水の添加量は原料油脂のグリセリド及び脂肪酸の合計モル数に対し、グリセリン選択性向上の観点から、0.5モル倍以上であり、1モル倍以上が好ましく、2モル倍以上が更に好ましく、3モル倍以上が特に好ましい。またエネルギー消費の点で、10,000モル倍以下が好ましく、5,000モル倍以下が更に好ましく、1,000モル倍以下が特に好ましく、500モル倍以下が最も好ましい。また、工程1に用いられる反応器としては特に限定されるものでなく、通常用いられる公知のものでよい。例えば管型反応器等を用いることができる。
【0014】
工程1での反応は触媒反応、無触媒反応のどちらの方法で行っても良い。無触媒反応の場合の反応温度は100〜350℃が好ましく、200〜300℃が更に好ましい。
【0015】
工程1において、水と反応する原料油脂の反応率は100モル%である必要はなく、グリセリン選択性を考慮して10モル%以上が好ましく、40モル%以上が更に好ましく、70モル%以上が特に好ましく、90モル%以上が最も好ましい。
【0016】
[工程2]
本発明の工程2は、工程1で得られた反応物を、触媒存在下、水を共存させて水素化反応を行う工程である。共存させる水の量は工程1で得られた反応物中に含まれるグリセリン骨格1モルに対して、グリセリン選択性向上の観点から、0.5モル倍以上であり、1モル倍以上が好ましく、2モル倍以上が更に好ましく、3モル倍以上が特に好ましい。またエネルギー消費の点で、10,000モル倍以下が好ましく、5,000モル倍以下が更に好ましく、1,000モル倍以下が特に好ましく、500モル倍以下が最も好ましい。
【0017】
尚、工程1で得られた反応物中に含まれるグリセリン骨格とは、工程1の反応で得られたジグリセリド、モノグリセリド、グリセリン等の他、未反応のトリグリセリド由来のグリセリン骨格も含まれる。
【0018】
水を共存させる方法は特に限定されるものではなく、気体及び液体のどちらの状態で水を共存させてもよい。例えば、反応器の手前で、工程1で得られた反応物に水あるいは水蒸気を混合して供給する方法、工程1の反応で消費されなかった水を工程2に供給する方法等がある。また、工程2の反応によって生成した水を共存させてもよい。水が生成する反応は水素化反応、エステル化反応、脱水反応、縮合反応等が挙げられる。また、工程1で得られた脂肪酸以外の脂肪酸を反応器に添加し、脂肪酸の水素化反応で生成する水を共存させる方法でもよい。脂肪酸の量は反応によって生成する水の量から、工程1で得られた反応物中に含まれるグリセリン骨格1モルに対して、0.5〜10,000モル倍が好ましく、1〜5,000モル倍が更に好ましく、3〜500モル倍が特に好ましい。
【0019】
添加する脂肪酸としては特に限定されるものでなく、大豆油、菜種油、椰子油、パーム油、パーム核油等の植物油由来の脂肪酸、牛油、魚油等の動物油由来の脂肪酸を使用でき、混合脂肪酸でもよい。
【0020】
工程2において、接触水素化反応の圧力は1〜50MPaが好ましく、2〜30MPaが更に好ましい。また、温度は120〜300℃が好ましく、150〜280℃が更に好ましい。
【0021】
工程2に用いられる反応器としては接触水素化反応が可能であれば特に限定されるものでなく、通常用いられる公知のもので良い。例えば、触媒を流体に分散させて接触水素化反応を行う懸濁床反応器、触媒層全体が重力で徐々に落下する間に流体を供給することで接触水素化反応を行う移動床反応器、触媒を充填固定化し流体を供給することで接触水素化反応を行う固定床反応器、触媒層温度を等温にできる多管式固定床反応器、あるいは槽に触媒、原料及び水を仕込み、水素化を行うバッチ式反応器等が挙げられる。
【0022】
工程2で用いられる触媒は公知のアルコール製造に用いられる水素化触媒でよく、特に限定されるものではない。例えばCo/Zr、Co/Mn、Co/Mo、Co/Cr等のCo系触媒、Cu/Cr、Cu/Zn等のCu系触媒、その他にRe系、Rh系、Ru系及び白金等の貴金属系触媒を使用することができる。これらの触媒のなかでは、Ru系、Co系触媒が好ましく、更にCo系触媒、特にCo/Zr触媒が好ましい。
【0023】
触媒の形態については特に限定されるものではなく、反応器の形式によって、粉末、顆粒、錠剤、ヌードル、薄膜状、モノリス等の形態から適宜選択すればよい。触媒前躯体を使用する場合、触媒は還元性物質で還元することにより得られる。ここで使用する還元性物質とは水素、一酸化炭素、アンモニア、ヒドラジン、ホルムアルデヒドあるいはメタノール等であるが、単独あるいは混合した状態で使用してもよく、窒素等の不活性気体の存在下で使用してもよい。触媒前躯体を還元する場合、気相還元法、あるいは流動パラフィン等の炭化水素や、ジオキサン、アルコールあるいはエステル等の溶媒中で行う液相還元法のいずれの方法を用いてもよい。
【0024】
本発明の方法においては、工程1で生成するグリセリンの全て又は一部を工程2の前に分離・回収しても良い。グリセリンを分離回収する方法としては、通常行われている水相及び油相の静置分離若しくは遠心分離等による方法や蒸留等による方法を用いることができる。
【0025】
本発明の製造方法により得られるアルコールは、原料油脂を構成する脂肪酸に由来する脂肪族アルコールとグリセリンであり、脂肪族アルコールとともに、高収率でグリセリンを回収することができる。
【実施例】
【0026】
次の実施例は本発明の実施について述べる。実施例は本発明の例示について述べるものであり、本発明を限定するためではない。
【0027】
尚、実施例1〜3及び比較例1〜2では、原料油脂として脱酸処理したパーム核油(鹸化価244.8mg−KOH/g、水分0.05重量%、酸価0.17mg−KOH/g)を使用した。
【0028】
実施例1
工程1:工程2で用いる固定床反応器の前に温度を290℃に設定した管型反応器(容積0.003m3)を設け、この管型反応器で原料油脂と水を反応させ反応物を得た。原料油脂は60cc/Hr、水は原料油脂1モルに対して50モル倍の流量で管型反応器に供給した。
【0029】
工程2:水素圧力5MPa、温度250℃、0.5時間の条件で活性化した市販の成形Co/Zr触媒(ズードケミー触媒(SUD-CHEMIE CATALYSTS)社製G−67)300ccを内径25mmの管に充填した固定床反応器を用いた。工程1で得られた反応物を固定床反応器に供給し、圧力19.8MPa、触媒層温度230℃、原料油脂1モルに対して水素75モル倍の条件で接触水素化反応を行った。
【0030】
固定床反応器出口で得られたサンプルに水を加え油相と水相に分離し、原料油脂の反応率、油相中の脂肪族アルコールの含有量及びグリセリン選択性をそれぞれガスクロマトグラフ法で分析した。結果を表1に示す。原料油脂の反応率は、油相中のトリグリセリドの重量%をTGtとし、下記式で定義した。
【0031】
原料油脂の反応率(%)=100−TGt
また、グリセリン選択性は、ガスクロマトグラフ法にて検出された水相中の全有機物に対するグリセリンの割合(重量%)と定義した。油相中の脂肪族アルコール以外の物質はワックスエステル、モノグリセリド、ジグリセリド、トリグリセリドが主であり、水相中のグリセリン以外の物質はプロピレングリコール、n−プロパノール、iso−プロパノールが主であった。
【0032】
実施例2
実施例1と同じ管型反応器及び固定床反応器を用い、工程2における触媒層温度を210℃に変更した以外は実施例1と同じ工程1及び工程2を行った。固定床反応器出口の原料油脂の反応率、油相中の脂肪族アルコールの含有量及びグリセリン選択性を実施例1と同様に分析した。結果を表1に示す。
【0033】
比較例1
工程1を行なわず、実施例1と同様の固定床反応器を用い、圧力19.8MPa、触媒層温度230℃、原料油脂1モルに対して水素75モル倍の条件で、水は供給せず、原料油脂のみを120cc/Hrで反応器に供給し接触水素化反応を行った。固定床反応器出口の原料油脂の反応率、油相中の脂肪族アルコールの含有量及びグリセリン選択性を実施例1と同様に分析した。結果を表1に示す。
【0034】
【表1】

【0035】
実施例3
工程1:容積500mlの回転攪拌式オートクレーブに、原料油脂180g、原料油脂1モルに対して20モル倍の水を仕込み、250℃に昇温後、窒素雰囲気下で攪拌回転数900r/minの条件で2時間加水分解反応を行った。
【0036】
反応終了後にオートクレーブ中の液を50℃に設定したジャケット付き回転攪拌式セパラブルフラスコに移し、攪拌回転数600r/minの条件で1時間攪拌した後、24時間静置して油相と水相を分離した。
【0037】
工程2:容積500mlの回転攪拌式オートクレーブに、実施例1と同様の活性化処理を行った市販Co/Zr触媒13.0g、工程1で回収した油分125.2g、及び工程1で回収した油分中のグリセリド骨格に対して83.7モル倍の水(67.9g)を仕込み、230℃に昇温後、全圧24.5MPa、攪拌回転数900r/minの条件で5時間接触水素化反応を行った。
【0038】
反応終了後に得られたサンプルに水を加え油相と水相に分離し、油相をガスクロマトグラフ法で分析することで原料油脂の反応率、油相中の脂肪族アルコールの含有量を分析した。また、工程1の加水分解反応後に分離した水相、及び工程2の水素化反応後に分離した水相をガスクロマトグラフ法で分析し、グリセリンの回収率を解析した。結果を表2に示す。
【0039】
工程2終了後の原料油脂の反応率は、水素化反応5時間後の油相中のトリグリセリド、ジグリセリド、モノグリセリドの重量%の和を[glyceride]t、原料油脂中のトリグリセリド、ジグリセリド、モノグリセリドの重量%の和を[glyceride]0とし、下記式で定義した。
【0040】
原料油脂の反応率(%)=(1−[glyceride]t/[glyceride]0)×100
グリセリンの回収率は、工程1の加水分解後に分離した水相中に含まれるグリセリン量と工程2の水素化反応終了5時間後の水相中のグリセリン量の和を[glycerin]t、原料油脂量から化学量論的に生成するグリセリン量を[glycerin]0とし、下記式で定義した。
【0041】
グリセリンの回収率(%)=[glycerin]t/[glycerin]0×100
【0042】
【表2】

【0043】
比較例2
容積500mlの回転攪拌式オートクレーブに、実施例1と同様の活性化処理を行った市販Co/Zr触媒15g、原料油脂150g、及び原料油脂1モルに対して20モル倍の水を仕込み、230℃に昇温後、全圧24.5MPa、攪拌回転数900r/minの条件で5時間接触水素化反応を行った。
【0044】
反応終了後の原料油脂の反応率、油相中の脂肪族アルコールの含有量及びグリセリンの回収率を実施例3と同様に分析した。結果を表3に示す。
【0045】
【表3】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記工程1及び2を含む、グリセリドを主成分とする油脂からアルコールを製造する方法。
工程1:原料油脂と水を反応させグリセリン骨格を含む反応物を製造する工程
工程2:工程1で得られた反応物を、触媒存在下、反応物に含まれるグリセリン骨格1モルに対して0.5モル倍以上の水を共存させて水素化反応を行う工程
【請求項2】
工程2で共存させる水が、工程1の反応で消費されなかった水である請求項1記載のアルコールの製造方法。
【請求項3】
工程2で共存させる水が、工程2の反応によって生成した水である請求項1又は2記載のアルコールの製造方法。
【請求項4】
工程2で共存させる水が、工程2で水を添加することによるものである請求項1〜3いずれかに記載のアルコールの製造方法。
【請求項5】
工程1で生成するグリセリンの全て又は一部を工程2の前に分離・回収する請求項1〜4いずれかに記載のアルコールの製造方法。

【公開番号】特開2006−282661(P2006−282661A)
【公開日】平成18年10月19日(2006.10.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−62194(P2006−62194)
【出願日】平成18年3月8日(2006.3.8)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】