説明

カルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチ

【課題】化成品として有効に利用できる水溶性で耐老化性に優れたカルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチを提供する。副反応の抑制されたカルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチの効率的製造方法を提供する。
【解決手段】カルバモイルエチル基の置換度が0.01〜2.5であって、カルボキシルエチル基の置換度が0.2〜2.8で、全置換度が0.21〜2.85、及び重合度が2〜1500であることを特徴とするカルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチ。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチ及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、多くの石油合成高分子材料については、石油原料の枯渇及び加熱廃棄処理に伴う熱及び排出ガスによる地球温暖化、更に燃焼ガス及び燃焼後残留物中の毒性物質による食物や健康への影響、廃棄埋設処理地の確保など、様々な社会問題が懸念されている。
【0003】
デンプンや、セルロース、キチンなどの天然高分子は、量的に豊富で、再生産可能な有機資源であるという生来の利点に加え、カーボンニュートラルであるため、石油代替材料として注目されている。中でもデンプン及びその誘導体は、安定的に植物から豊富に供給されることと、他の天然高分子に比べて非常に安価であることから、将来的に利用可能性の高い天然高分子材料とされている。デンプンの遊離の水酸基に官能基が導入されたデンプン誘導体は、有機溶剤や水に対して溶解性を示し、成形性や取扱の容易さ等の観点から現在でも様々な分野で利用されている。例えば、酢酸デンプンは、電気的に中性で、透明な安定性のある溶液を作り、コーティング剤等に用いられている。またリン酸デンプンの溶液は、アニオン性の高分子電解質で乳化、保護コロイド性を有する。ヒドロキシプロピルスターチ、カルボキシルメチルスターチはいずれも水溶性を示し、それぞれの水溶液特性は異なり、その特性に応じた用途分野(食料品、医薬品、製紙など)で広く利用されている。しかし、デンプン誘導体をコーティング剤、塗料、フィルムとして使用又は貯蔵する場合、デンプンの老化が問題となってくる。
【0004】
デンプンの老化は、相互に隣接するデンプン分子の鎖状部分が、ヒドロキシル基によって内部鎖水素結合を形成する時に起きる。十分な内部鎖水素結合を生じた場合、デンプン分子は分子凝集体の形成を伴う。この凝集体は、水に対して低い水溶性を示し、沈殿、又はゲル化する。また老化傾向は、0℃付近の低い温度に近づく程、顕著に見られる。
【0005】
特許文献1には、架橋したデンプン増粘剤を、β−アミラーゼで処理することで、冷凍/解凍安定性が向上することが開示されている。また、特許文献1は、記載された酵素処理に加えて、デンプンを部分的に誘導体化することが有効であると述べている。典型的な置換基としては、アセテート基、サクシナート基、ホスフェート基、スルフェート基、カルボキシル基、アミド基が挙げられている。しかし、一ヶ月以上の貯蔵安定性については記載されておらず、長時間の耐老化性の問題は解決できていない。
【0006】
特許文献2は、デンプンにオクテニルサクシナート基を導入し、続いてβ−アミラーゼで分解することで、水分散液中での耐老化性が向上することを開示している。しかし、特許文献2では、エマルジョン状態での保存のみに言及し、完全に水に溶解した状態での耐老化性の向上という点については全く解決されていない。
【0007】
いずれの特許文献も、デンプン又はデンプン誘導体を酵素処理して分解し、分子間の水素結合を形成しにくくすることにより耐老化性を改善しているが、コーティング剤、フィルムとして用いた場合、低い重合度のため、非常にもろくなり好ましくない。いずれの特許文献の技術でも、原料の重合度を保ちながら、耐老化性を改善するという課題の達成には至っていない。
【0008】
【特許文献1】米国特許第3525672号公報
【特許文献2】特開平2−55702
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、化成品として有効に利用できる水溶性で耐老化性に優れたカルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチを提供することにある。また、本発明の他の目的は、副反応の抑制されたカルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチの効率的製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、前記目的を達成するために鋭意検討した結果、デンプンにカルバモイルエチル基とカルボキシルエチル基を導入させることによって、耐老化性が改善できることを見出した。また、デンプンをフィルム、コーティング剤、増粘剤として利用するためには、溶媒に可溶性であることが必要であるが、本発明者らはカルバモイルエチル基とカルボキシルエチル基を導入したデンプン誘導体が水に溶けることを見出した。本発明者らは、この知見に基づいて本発明を完成した。
【0011】
すなわち、本発明は以下の通りである。
(1) カルバモイルエチル基
【0012】
【化1】


の置換度が0.01〜2.5であって、カルボキシルエチル基
【0013】
【化2】


の置換度が0.2〜2.8で、全置換度が0.21〜2.8、及び重合度が2〜1500であることを特徴とするカルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチ。
(2) アクリル酸、2−シアノエタノール、3−ヒドロキシプロピオン酸、3−シアノエチルエーテル、塩化ナトリウム、硫酸ナトリウム、及び酢酸ナトリウムからなる群から選ばれる不純物の総量が、カルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチの重量に対して1000ppm以下である、(1)記載のカルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチ。
(3) 下記(a)〜(c)の工程を含むことを特徴とする、(1)又は(2)に記載のカルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチの製造方法:
(a) デンプンにアルカリ濃度0.1〜40wt%のアルカリ金属水酸化物を含む水溶液をデンプンの重量に対して0.2〜10倍量で添加し、0〜80℃、5〜120分間浸漬し、攪拌してアルカリスターチを得る工程、
(b) 上記工程(a)で得られたアルカリスターチにアクリロニトリルをデンプンのグルコース残基当り0.2〜15モル相当量投入してから、該アルカリスターチと該アクリロニトリルを−30〜50℃で、2〜350時間反応させシアノエチルスターチを合成する工程、
(c) 上記工程(b)のシアノエチルスターチを単離することなく、温度−30〜30℃で、水及びアルカリ水溶液を添加し、反応系内のアルカリ濃度0.1〜18wt%に調整して1〜36時間アルカリ加水分解させ、カルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチに変換する工程。
(4) 更に下記(d)及び(e)の後処理工程を含む、(3)記載の方法:
(d) 反応後のカルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチを酸でpH3〜10の範囲で中和する工程、
(e) 上記工程(d)の中和物を含水率5〜50wt%のメタノール水溶液で洗浄する工程。
(5) (1)又は(2)に記載のカルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチを0.1〜60wt%含有する水溶液。
(6) (1)又は(2)に記載のカルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチを0.1〜99wt%含有するフィルム。
(7) (1)又は(2)に記載のカルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチを20〜90wt%含有する養魚用飼料。
(8) (1)又は(2)に記載のカルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチを0.1〜60wt%含有する食品。
(9) (1)又は(2)に記載のカルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチを20〜90wt%含有する壁材組成物。
(10) (1)又は(2)に記載のカルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチを1〜90wt%含有する掘削安定液用調整剤。
(11) (1)又は(2)に記載のカルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチを0.1〜60wt%含有する化粧品。
(12) (1)又は(2)に記載のカルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチを0.1〜30wt%含有する医薬品。
(13) (1)又は(2)に記載のカルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチを0.01〜90wt%含有する洗浄剤。
(14) (1)又は(2)に記載のカルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチを0.1〜80wt%含有する塗料。
【発明の効果】
【0014】
本発明のカルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチは、耐老化性に優れ、製品品位が高い。また不純物も少ないので安定性、安全性が高い。また本発明に係る製造方法は、原料の利用率が高く、工程が1ステップかつ精製も簡便であるため、生産コストが安くなる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明のカルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチは、カルバモイルエチル基の置換度が0.01〜2.5である必要がある。置換度とは、セルロースの構成単位であるグルコース1個辺りの水酸基が、他の置換基によって置換された量(置換度:0から3までの値)を表す。カルバモイルエチル基は、アミド基の窒素原子がヒドロキシル基と水素結合するため、デンプン分子内のヒドロキシル基同士の内部鎖水素結合を抑制し、デンプンの老化を抑える効果がある。カルバモイルエチル基の置換度が0.01未満であると、カルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチの水溶液の耐老化性が著しく低下する。一方、カルバモイルエチル基の置換度が2.5を超えることは、実質的にあり得ない。耐老化性の観点から、カルバモイルエチル基の置換度は0.1〜2.3が好ましく、より好ましくは0.4〜2.0である。
【0016】
また本発明のカルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチは、カルボキシルエチル基の置換度が0.2〜2.8である必要がある。親水基であるカルボキシルエチル基をデンプン内に導入することで、デンプン誘導体が水溶性化する。カルボキシルエチル基の置換度が0.2未満であると、カルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチが水溶性を示さなくなる。一方、カルボキシルエチル基の置換度が2.8を超えることは、実質的にあり得ない。水溶性の観点から、カルボキシルエチル基の置換度は0.3〜2.3が好ましく、より好ましくは0.5〜2.0である。
【0017】
本発明のカルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチの最大の特徴は、老化を抑制するカルバモイルエチル基と水溶性化を促進するカルボキシルエチル基が共存している点にある。カルバモイルエチル基のみを有するカルバモイルエチルスターチは、水溶性が著しく低下し、食料品、塗料、コーティング剤に使用できない。また、カルボキシルエチル基のみを有するカルボキシルエチルスターチは、透明な水溶液を得られるものの、常温下、数日間で老化が進行してしまい、粘度変化が起こる。
【0018】
全置換度とは、カルバモイルエチル基とカルボキシエチル基の置換度の総量を示す。本発明のカルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチの全置換度は、食料品や医薬品等でカルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチの水溶液を用いる時、耐老化性を発揮するために、0.21〜2.85である必要があり、好ましくは0.3〜2.5、より好ましくは0.5〜2.0である。
【0019】
本発明のカルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチの重合度は、2〜1500である必要がある。重合度が2未満であると、耐老化性が著しく低下し、1500を超えると水溶液の透明性が著しく低下する。
【0020】
本発明のカルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチは、アクリル酸、2−シアノエタノール、3−ヒドロキシプロピオン酸、3−シアノエチルエーテル、塩化ナトリウム、硫酸ナトリウム、及び酢酸ナトリウムからなる群から選ばれる不純物の総量が、カルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチの重量に対して1000ppm以下であることが好ましい。添加剤として必要な水溶液の耐老化性を維持するために、不純物の総量は1000ppm以下であることが好ましく、より好ましくは、500ppm以下であり、更に好ましくは200ppm以下である。
【0021】
本発明のカルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチは、水溶液、フィルム、養魚用飼料、食品、壁材組成物、掘削安定液用調整剤、化粧品、医薬品、洗浄剤、塗料、高分子架橋体、高吸水性樹脂などの分野に使用することができるが、用途はこれらの分野に限定されない。
【0022】
本発明のカルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチは、下記(a)〜(c)の工程で製造することができるが、製造方法は特に限定されない。
【0023】
(a) デンプンにアルカリ濃度0.1〜40wt%のアルカリ金属水酸化物を含む水溶液をデンプンの重量に対して0.2〜10倍量で添加し、0〜80℃、5〜120分間浸漬し攪拌してアルカリスターチを得る工程。
【0024】
(b) 上記工程(a)で得られたアルカリスターチにアクリロニトリルをデンプンのグルコース残基当り0.2〜15モル相当量投入してから、該アルカリスターチと該アクリロニトリルを−30〜50℃で、2〜350時間反応させシアノエチルスターチを合成する工程。
【0025】
(c) 上記工程(b)のシアノエチルスターチを単離することなく、温度−30〜30℃で、水及びアルカリ水溶液を添加し、反応系内のアルカリ濃度0.1〜18wt%に調整して1〜36時間アルカリ加水分解させ、カルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチに変換する工程。
【0026】
(a)の工程は、原料デンプンをアルカリ水溶液に浸漬し、攪拌することで、アルカリスターチを生成させる工程である。
【0027】
(b)の工程は、下記式(1)のように、(a)のアルカリスターチにアクリロニトリルを添加し、シアノエチルスターチを生成させるシアノエチル化工程である。
【0028】
【化3】

【0029】
(c)の工程は、下記式(2)のように、(b)のシアノエチルスターチを加水分解反応し、カルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチに変換する工程である。
【0030】
【化4】

【0031】
上記式(1)及び(2)中、Starchはデンプン分子を表す。以下も同様である。
【0032】
以下、工程(a)〜(c)について、より詳細に説明する。
【0033】
(a)アルカリスターチ化工程
本発明で使用されるデンプンは、トウモロコシデンプン、馬鈴薯デンプン、甘藷デンプン、小麦デンプン、米デンプン、又はタピオカデンプン、サゴデンプンであってもよく、目的とする用途の必要性に応じて、適宜選択することができる。
【0034】
デンプンをアルカリ金属水酸化物を含む水溶液に浸漬する際のアルカリ濃度は0.1〜40wt%濃度である。アルカリ濃度が40wt%を超えるとデンプンが解重合反応を起こし大幅な重合度低下を招き、目的とする重合度のカルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチを得ることができない。またアルカリ濃度が0.1wt%未満であると、アルカリスターチ化が円滑に進まず、アクリロニトリルへのデンプンの付加反応(式1)が進行しない。好ましくは、アルカリ濃度が5〜35wt%で、更に好ましくは8〜30wt%である。
【0035】
アルカリスターチ化工程において用いるアルカリ金属水酸化物としては、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム、水酸化リチウム、水酸化ルビジウムなどが使用し得るが、アルカリスターチ化の効率及び生成したカルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチからの塩の除去効率などの観点から水酸化ナトリウムが好ましい。
【0036】
デンプンをアルカリ金属水酸化物を含む水溶液(以下、アルカリ水溶液と略記する)に浸漬する場合、アルカリ水溶液の量はデンプン重量の0.2〜10倍量である。アルカリ水溶液の量が0.2倍量未満であると、アルカリスターチ化が円滑に進まず、デンプンへのアクリロニトリルの付加反応(式1)が均一に進行しなくなり、未反応デンプンが大量に残存してしまう。10倍量を超えると、カルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチに多量の不純物が残存し、洗浄を繰り返しても不純物量を1000ppm以下にすることができない。アルカリ水溶液の量は、デンプン重量の1.5〜8倍量が好ましく、更に好ましくは2〜5倍量である。
【0037】
浸漬温度は、0〜80℃である。0℃未満であるとアルカリスターチ化が円滑に進まず、デンプンへのアクリロニトリルの付加反応が起きない。80℃を超えるとデンプンの解重合反応が起こり、重合度が低下する。アルセル化を円滑に進行させ、かつ重合度低下を抑制するためには、5〜40℃が好ましい。浸漬時間はアルカリ水溶液のアルカリ濃度と浸漬温度により決定されるが、反応の均一性や効率性から5〜120分である。
【0038】
【化5】

【0039】
【化6】

【0040】
(b)シアノエチル化工程
アルカリスターチを二軸型混練機に移した後、アクリロニトリルをデンプンのグルコース残基当り0.2〜15モル加える。このアクリロニトリルの添加の際、アルカリスターチは攪拌状態である方が反応の均一性という観点から好ましい。アクリロニトリルの添加量がグルコース残基当り0.2モル未満であると水溶性を示すカルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチが得られず、15モルを超えるとアクリロニトリルの自己重合及び副反応が起こり、得られたカルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチの分離精製が困難になる。アクリロニトリルの添加量はグルコース残基当り0.3〜10モルが好ましく、更に好ましくは0.4〜5モルである。
【0041】
アルカリスターチとアクリロニトリルを−30〜50℃の温度で、2〜350時間反応させることは、脱シアノエチル化反応(式4)を抑制し、目的とする置換度のカルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチを得るという観点から重要である。反応温度が−30℃未満であると、アルカリ水溶液が固まってしまい攪拌が物理的に困難である。50℃を超えるとシアノエチルスターチからの脱シアノエチル化が促進されるため、目的とする置換度のカルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチを得ることができない。反応時間が2時間未満であると十分にシアノエチル化反応が行われず、目的とする置換度のカルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチを得ることができない。また350時間を超えて反応を行っても、大きな意味はない。置換度のコントロールの観点から、反応温度−20〜40℃、反応時間2〜240時間で、更に好ましくは−10〜30℃で、反応時間3〜120時間である。
【0042】
(c)加水分解工程
本発明の製造方法の特徴は、(b)で合成したシアノエチルスターチを一旦単離することなく、反応系を比較的低温かつ低アルカリ濃度に調整することで脱シアノエチル化を抑制しながら、シアノエチル基を適度に加水分解する点にある。
【0043】
反応系内の温度を−30〜30℃で、アルカリ濃度を0.1〜18wt%に調整する必要がある。反応系内の温度が−30℃未満であると加水分解反応が十分に進行せず、シアノエチル基が残存する。反応系内の温度が30℃を超えると、脱シアノエチル化が促進され目的とする置換度のカルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチを得ることができないだけでなく、多量のアクリロニトリル由来の副生成物ができるため、得られたカルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチの分離精製が困難になる。また本工程で、アルカリ濃度が0.1wt%未満であると、加水分解反応が十分に進行せずシアノエチル基が残存してしまう。アルカリ濃度が18wt%を超えると、脱シアノエチル化反応が主反応として進行する。好ましくは反応温度−20〜20℃、アルカリ濃度1〜16wt%で、更に好ましくは−10〜10℃で、アルカリ濃度5〜15wt%である。
【0044】
加水分解の反応時間は、水添加後1〜36時間である。反応時間が1時間より少ないと加水分解反応が十分に進行せず、シアノエチル基、カルバモイルエチル基、及びカルボキシルエチル基のそれぞれが残存し、これらの置換度を制御することが困難となる。36時間より反応時間をかけても意味は薄く、非効率である。好ましくは反応時間2〜30時間、更に好ましくは3〜26時間である。
【0045】
本発明の方法で得られたカルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチは、更に下記工程(d)及び(e)で中和、精製することが好ましい。
【0046】
(d)反応後のカルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチを酸でpH3〜10の範囲で中和する工程。
【0047】
反応後のポリマー、即ちカルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチを酸でpH3〜10の間で中和することが製品の安全性及び安定性の観点から好ましい。
【0048】
本発明における酸は塩酸、硫酸、酢酸などが使用し得るが、経済的な理由から塩酸が好ましい。
【0049】
中和後、洗浄操作を行う前に沈殿剤で沈殿させ、固体の中和物を回収する。本発明における沈殿剤はメタノール、エタノール、n−プロパノール、イソプロピルアルコール、ブタノール、アセトン、クロロホルム、ヘキサン、酢酸エチル、エーテルなどが使用し得るが、経済的な理由からメタノールが好ましい。
【0050】
(e)工程(d)の中和物を含水率5〜50wt%のメタノール水溶液で洗浄する工程。
【0051】
沈殿させた後のカルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチを含水率5〜50wt%のメタノール水溶液で洗浄することが、カルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチに含まれる不純物量の総量を1000ppm以下に抑制するという観点から好ましい。メタノール水溶液の含水率が5%未満であると、ポリマーの表面が固化し、不純物をポリマー内部に取り込んでしまい、不純物の含有量を1000ppm以下にすることが極めて困難になる。含水率を50wt%を超えると、カルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチが、含水メタノールに溶け込んでしまい、収率が低下する。含水率10〜40wt%含水メタノールで洗浄することが好ましく、更に好ましくは15〜30wt%含水メタノールで洗浄することである。
【0052】
回収した固体の中和物は有機溶媒及び水等を含んでいるために、30〜90℃で1〜60時間、真空下加熱乾燥することが望ましい。有機溶媒及び水を完全に除去し、高純度のカルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチを得るために、30℃以上が好ましい。また、乾燥中に黄色及び褐色に変色することを防ぐために90℃以下が好ましい。有機溶媒及び水を完全に除去するために乾燥時間は1時間以上が好ましい。カルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチに変化はなくエネルギーがかかるだけで不経済であるため60時間以下が好ましい。そのため、より好ましくは温度40〜80℃、反応時間2〜50時間で、更に好ましくは50〜70℃で、反応時間10〜36時間である。
【実施例】
【0053】
以下、実施例を挙げて本発明をより詳細に説明するが、いうまでもなく本発明は実施例により何ら限定されるものでない。なお、実施例中の主な測定値は以下の方法で測定した。
【0054】
(1)カルバモイルエチル基及びカルボキシルエチル基の置換度
置換度測定用のサンプルを重水に溶解させ、3〜5wt%重水溶液を調製し、BRUKER社製のFT−NMR(Avance 400MHz)を用いて、13C−NMRの測定を行った。置換度はスターチのC1のピーク(106.32〜104.2ppm)面積Aを基準とし、カルバモイルエチル基のα炭素のピーク(38.55〜38.27ppm)面積B及びカルボキシルエチル基のα炭素のピーク(40.96〜39.72ppm)面積Cから下式のように算出した。
【0055】
全置換度=B/A+C/A
ここでB/Aはカルバモイルエチル基の置換度に、C/Aはカルボキシルエチル基の置換度に相当する。
【0056】
(2)カルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチの重合度の測定方法
カルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチ0.005〜0.010gを10mlの水に溶解させ、島津製作所社製のGPC(SIL−20A)を用いて分子量分布を測定した。測定条件は以下の通りである。
【0057】
カラム OHpak SB−806MHQ
検出方式 RI
カラム温度 40℃
流量 1.0ml/分
注入量 0.3ml
このように測定した分子量分布に基づいて重量平均分子量cを割り出し、(1)で求めた置換度からグルコース単位の分子量dを計算し、更に以下の式に基づいて重合度eを算出した。
【0058】
e = c/d
(3)アクリロニトリルの利用率の算出方法
アクリロニトリルの利用率xは前述で求めた置換度をa、使用したアクリロニトリルのデンプンのグルコース残基に対するモル比をbとした時、以下に示す方法で算出した。
【0059】
x = a/b
(4)アクリル酸、2−シアノエタノール、3−ヒドロキシプロピオン酸、及び3−シアノエチルエーテルの各々の含有量の測定方法
アクリル酸、2−シアノエタノール、3−ヒドロキシプロピオン酸、及び3−シアノエチルエーテルの測定は、島津製作所社製のガスクロマトグラフ(GC−2010)を用いて行った。測定条件は以下の通りである。なお、測定用試料溶液は、得られたカルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチを水に溶解して調製した0.5wt%水溶液を用いた。
【0060】
カラム ガスクロパック56、86〜100mesh
検出方式 FID
注入量 2μl
カラム温度 170℃
インジェクションポート温度 200℃
ヘリウム流量 40 ml/min
ガス圧(H) 0.63 kg/cm
ガス圧(空気) 0.50 kg/cm
(5)塩化ナトリウムの含有量の測定方法
塩化ナトリウム含有量はダイオネックス社製の元素分析機を用いてイオンクロマトグラフィー法により、測定した。
【0061】
(6)老化性の評価方法
サンプル1.0gを50gの純水に残留物がなくなるまで完全に溶解させ、2wt%水溶液を調製した。調製直後の粘度をHAAKE社製のビスコテスター(VT6 plus)を用いて、粘度を測定した。続いて0℃下で溶液を貯蔵し、3ヶ月保存後の粘度を、HAAKE社製のビスコテスター(VT6 plus)を用いて測定した。
実施例1
デンプンを、70℃で12時間真空乾燥し、10g採取し、15wt%濃度の水酸化ナトリウム水溶液100gに30℃で30分間浸漬した。デンプン重量に対してアルカリ水溶液重量が5倍量になるまで圧搾し、アクリロニトリルをデンプンのグルコース残基当り2.0モル加え、二軸型混練機を用いて0℃で24時間攪拌した。その後、25gの純水を加えて反応系内のアルカリ濃度を10wt%に調整し、30℃で16時間混練した後、6N塩酸でpH8.4まで中和し、含水率20wt%メタノール水溶液で洗浄し、反応物を回収した。ここで得られた反応物を真空乾燥機内で70℃、36時間乾燥して、カルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチを得た。カルバモイルエチル基の置換度は0.72、カルボキシルエチル基の置換度は0.93であった。なお、赤外吸収スペクトルより、シアノエチル基は検出されなかった。またこのカルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチは、水溶性を示し、水溶液の粘度は0℃下で3ヶ月間貯蔵後でも、ほとんど変化しなかった。
実施例2〜5
重合度が1500、500、100、及び50のデンプンをそれぞれ用いた以外は、実施例1と同じ条件で、カルバモイルエチルカルボキシルエルチルスターチを合成し、回収した。結果は表1に示すように、いずれのカルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチも、本発明の範囲を満足するものだった。
実施例6〜12
シアノエチル化工程におけるアクリロニトリル添加量及び反応温度を表1に示す条件とした以外は、実施例1と同じ条件で、カルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチを合成し、回収した。結果は表1に示すように、いずれのカルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチも、本発明の範囲を満足するものだった。
実施例13〜15
アルカリ浸漬工程で、デンプンに対してアルカリ濃度が0.1〜30wt%の水酸化ナトリウム水溶液を添加した以外は、実施例1と同じ条件で、カルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチを合成し、回収した。結果は表1に示すように、いずれのカルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチも、本発明の範囲を満足するものだった。
実施例16〜19
加水分解工程での水酸化ナトリウム水溶液の濃度及び反応温度、反応時間を表1に示す条件とした以外は、実施例1と同じ条件で、カルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチを合成し、回収した。結果は表1に示すように、いずれのカルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチも、本発明の範囲を満足するものだった。
比較例1〜7
シアノエチル化工程での反応温度及び加水分解工程での反応系内の水酸化ナトリウム水溶液の濃度及び反応温度を表1に示す条件とした以外は、実施例1と同じ条件で、カルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチを合成し、回収した。結果は表1に示すように、いずれのサンプルも、本発明の範囲を外れるものだった。
実施例20〜21
デンプンを実施例1と同じ条件でカルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチを合成し、含水率3wt%メタノール水溶液(実施例20)及びメタノール(実施例21)で洗浄し、ここで得られたポリマーを真空乾燥機内で70℃、36時間乾燥し、カルボキシルエチルスターチを得た。得られたカルボキシルエチルスターチの不純物含有量を表2に示す。得られたカルボキシルエチルスターチは水溶性であったが、不純物含有量が実施例1よりも多かった。
【0062】
【表1】

【0063】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
カルバモイルエチル基の置換度が0.01〜2.5であって、カルボキシルエチル基の置換度が0.2〜2.8で、全置換度が0.21〜2.85、及び重合度が2〜1500であることを特徴とするカルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチ。
【請求項2】
アクリル酸、2−シアノエタノール、3−ヒドロキシプロピオン酸、3−シアノエチルエーテル、塩化ナトリウム、硫酸ナトリウム、及び酢酸ナトリウムからなる群から選ばれる不純物の総量が、カルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチの重量に対して1000ppm以下である、請求項1記載のカルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチ。
【請求項3】
下記(a)〜(c)の工程を含むことを特徴とする、請求項1又は2に記載のカルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチの製造方法:
(a) デンプンにアルカリ濃度0.1〜40wt%のアルカリ金属水酸化物を含む水溶液をデンプンの重量に対して0.2〜10倍量で添加し、0〜80℃、5〜120分間浸漬し、攪拌してアルカリスターチを得る工程、
(b) 上記工程(a)で得られたアルカリスターチにアクリロニトリルをデンプンのグルコース残基当り0.2〜15モル相当量投入してから、該アルカリスターチと該アクリロニトリルを−30〜50℃で、2〜350時間反応させシアノエチルスターチを合成する工程、
(c) 上記工程(b)のシアノエチルスターチを単離することなく、温度−30〜30℃で、水及びアルカリ水溶液を添加し、反応系内のアルカリ濃度0.1〜18wt%に調整して1〜36時間アルカリ加水分解させ、カルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチに変換する工程。
【請求項4】
更に下記(d)及び(e)の後処理工程を含む、請求項3記載の方法:
(d) 反応後のカルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチを酸でpH3〜10の範囲で中和する工程、
(e) 上記工程(d)の中和物を含水率5〜50wt%のメタノール水溶液で洗浄する工程。
【請求項5】
請求項1又は2に記載のカルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチを0.1〜60wt%含有する水溶液。
【請求項6】
請求項1又は2に記載のカルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチを0.1〜99wt%含有するフィルム。
【請求項7】
請求項1又は2に記載のカルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチを20〜90wt%含有する養魚用飼料。
【請求項8】
請求項1又は2に記載のカルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチを0.1〜60wt%含有する食品。
【請求項9】
請求項1又は2に記載のカルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチを20〜90wt%含有する壁材組成物。
【請求項10】
請求項1又は2に記載のカルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチを1〜90wt%含有する掘削安定液用調整剤。
【請求項11】
請求項1又は2に記載のカルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチを0.1〜60wt%含有する化粧品。
【請求項12】
請求項1又は2に記載のカルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチを0.1〜30wt%含有する医薬品。
【請求項13】
請求項1又は2に記載のカルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチを0.01〜90wt%含有する洗浄剤。
【請求項14】
請求項1又は2に記載のカルバモイルエチルカルボキシルエチルスターチを0.1〜80wt%含有する塗料。


【公開番号】特開2010−47642(P2010−47642A)
【公開日】平成22年3月4日(2010.3.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−210795(P2008−210795)
【出願日】平成20年8月19日(2008.8.19)
【出願人】(303046303)旭化成せんい株式会社 (548)
【Fターム(参考)】