説明

グラム陽性細菌の検出方法

【課題】本発明は、グラム陽性細菌に対するプローブの十分な貫通性を達成する方法を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明は、グラム陽性細菌を細胞壁溶解酵素で処理する工程及びタンパク質分解酵素で処理する工程を含むことを特徴とするグラム陽性細菌の検出方法を提供する。
また、本発明は、グラム陽性細菌を細胞壁溶解酵素で処理する工程及びタンパク質分解酵素で処理する工程を含むことを特徴とするグラム陽性細菌の検出方法用被検体の作製方法を提供する。
また、本発明は、グラム陽性細菌を細胞壁溶解酵素で処理する工程及びタンパク質分解酵素で処理する工程を含むことを特徴とするグラム陽性細菌の細胞壁処理方法を提供する。
また、本発明は、細胞壁溶解酵素処理及びタンパク質分解酵素処理したグラム陽性細菌群を提供する。
また、本発明は、細胞壁溶解酵素処理及びタンパク質分解酵素処理後にFISH染色したグラム陽性細菌群を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、グラム陽性細菌の検出方法、グラム陽性細菌の検出方法用被検体の作製方法及びグラム陽性細菌の細胞壁処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
FISH(Fluorescence in situ hybridization)法は、微生物を培養によらず特異的に検出できる手法として、さまざまな環境に存在している培養困難な微生物の解析やin situでの微生物層の空間分布の把握など、広く用いられている(例えば、非特許文献1参照)。
この方法の原理は、次の通りである。細菌のリボソームRNA(rRNA)の配列が種により異なることを利用して、その相補的なDNA鎖を設計・合成し、蛍光物質を標識することにより、プローブとする。一方、rRNAはリボソームの構成成分であり、細胞内に数千から数万コピー存在する。従って、これら細胞内のrRNAとプローブが結合すれば、細菌が蛍光を発するため、蛍光顕微鏡でその像を容易に捉えることができる。
しかしながら、DNAはイオン性物質であることから細胞膜を貫通しにくく、さらに蛍光物質の標識による立体障害により、細胞内部に侵入しづらいため、FISH染色で菌が十分に染色されない問題点があった。
【0003】
上記問題点に対して、エタノールやホルムアミドによる薬剤で細胞膜を変性させる手法が提案されている。しかし、グラム陽性細菌はペプチドグリカン層が厚く、細胞膜の変性だけでは十分なプローブの貫通性を得ることができなかった。また、細胞壁溶解酵素であるLysozymeやN-acetylmuramidaseなどの前処理により、細胞に穴を空ける方法が報告されている(非特許文献2から4参照)が、やはり十分なプローブの貫通性は得られていない。
【0004】
【非特許文献1】Amann, R. I., Ludwig, W., and Schleifer, K.-H., Phylogenetic identification and in situ detection of individual microbial cells without cultivation. Microbiol. Rev., 59, 143-169 (1995).
【非特許文献2】T. Thurnheer et al., 2001, Automated fluorescent in situ hybridization for the specific detection and qualitification of oral atrertococci in dental Plaque. J. Microboil. Meth. 44, 39-47.
【非特許文献3】P. Young-Tae et al., 1997, detection and Enumeration of Marine Sulfate-reducing Bacteria Using in situ Hybridization with 16S rRNA Oligonucleotide Probes. Fishries Science 63, 99-104.
【非特許文献4】W. Schoenhuber et al., 1997, Improved Sensitivity of Whole-Cell Hybridization by the Combination of Horseradish Peroxidase-Labeled Oligonuclrotides and Tyramide Signal Amplification. Appl. Envir. Microbiol. 63(8) 3268-2373.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
したがって、本発明は、グラム陽性細菌に対するプローブの十分な貫通性を達成する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記目的を達成するために鋭意検討した結果、グラム陽性細菌を細胞壁溶解酵素で処理し、次いでタンパク質分解酵素で処理することによって上記課題を効率的に解決できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
すなわち、本発明は、グラム陽性細菌を細胞壁溶解酵素で処理する工程及びタンパク質分解酵素で処理する工程を含むことを特徴とするグラム陽性細菌の検出方法を提供する。
また、本発明は、グラム陽性細菌を細胞壁溶解酵素で処理する工程及びタンパク質分解酵素で処理する工程を含むことを特徴とするグラム陽性細菌の検出方法用被検体の作製方法を提供する。
また、本発明は、グラム陽性細菌を細胞壁溶解酵素で処理する工程及びタンパク質分解酵素で処理する工程を含むことを特徴とするグラム陽性細菌の細胞壁処理方法を提供する。
また、本発明は、細胞壁溶解酵素処理及びタンパク質分解酵素処理したグラム陽性細菌群を提供する。
また、本発明は、細胞壁溶解酵素処理及びタンパク質分解酵素処理後にFISH染色したグラム陽性細菌群を提供する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明のグラム陽性細菌の検出方法は、グラム陽性細菌をFISH染色する工程前に、グラム陽性細菌を細胞壁溶解酵素で処理する工程及びタンパク質分解酵素で処理する工程を含む。これにより、それぞれ単独で処理した場合よりも、プローブの細胞膜の貫通性が向上し、FISH染色を効率的に行うことができる。また、細胞壁溶解酵素とタンパク質分解酵素とを混合して処理する場合には、タンパク質分解酵素の作用によって細胞壁溶解酵素が分解されてしまうために望ましくない。
【0008】
検出対象のグラム陽性細菌としては、Lactobacillus、Pediococcus、Clostridium属菌等が挙げられる。特に、Lactobacillusに対して効果的である。
細胞壁溶解酵素は細菌細胞壁のペプチドグリカン層の基本骨格である糖鎖を切断する。細胞壁溶解酵素としては、Lysozyme、N-acetyl muramidase、Lyzostraphin、Muranolysin等が挙げられる。好ましくは、Lysozymeである。これらの酵素は、単独で、又は2種以上組み合わせて使用してもよい。細胞壁溶解酵素は、例えばPBS、Tris−EDTA等に溶解して使用する。細胞壁溶解酵素液のpH(水素イオン濃度)は対象となる細菌の種類等に応じて定められるが、一般的には5〜9である。好ましくは6〜9であり、より好ましくは6.2〜8.2である。また、細胞壁溶解酵素液中の酵素量も対象となる細菌の種類等に応じて定められるが、一般的には1μg/ml〜10mg/mlである。好ましくは1μg/ml〜7mg/mlであり、より好ましくは1μg/ml〜1mg/mlである。処理時間及び処理温度は、対象となる細菌及び使用する酵素に応じて定められるが、一般的には0〜50℃、1分〜24時間である。好ましくは20〜30℃、10〜30分間であり、より好ましくは22〜28℃、10〜20分間である。
上記処理条件の範囲内であれば、これらの酵素が過剰に作用して、細胞形態が大きく変化したり、プローブの標的となる核酸が細胞外に流出したりすることを防止できる。
【0009】
タンパク質分解酵素は、細胞壁および細胞膜中のタンパク質を分解する。タンパク質分解酵素としては、Proteinase K、Pronase E、ペプシン、トリプシン等が挙げられる。好ましくは、Proteinase Kである。これらの酵素は、単独で、又は2種以上組み合わせて使用してもよい。タンパク質分解酵素は、例えばPBS、Tris−EDTA等に溶解して使用する。タンパク質分解酵素液のpH(水素イオン濃度)は対象となる細菌の種類等に応じて定められるが、一般的には4〜11である。好ましくは6〜9であり、より好ましくは6.9〜8.2である。また、タンパク質分解酵素液中の酵素量も対象となる細菌の種類等に応じて定められるが、一般的には0.1〜10mg/mlである。好ましくは0.2〜7mg/mlであり、より好ましくは0.5〜5mg/mlである。処理時間及び処理温度は、対象となる細菌及び使用する酵素に応じて定められるが、一般的には0〜70℃、1〜120分間である。好ましくは10〜30℃、5〜30分間であり、より好ましくは22〜28℃、10〜20分間である。
上記処理条件の範囲内であれば、これらの酵素が過剰に作用して、細胞形態が大きく変化したり、プローブの標的となる核酸が細胞外に流出したりすることを防止できる。
なお、グラム陽性細菌を細胞壁溶解酵素で処理する工程とグラム陽性細菌をタンパク質分解酵素で処理する工程の順序は、どちらを先に行ってもよい。
【0010】
FISH法は、微生物群集に占める特定の細菌グループの割合を定量的に評価することができるため、環境試料中の微生物群の解析に広く利用されている。また、近年では、ビールに混入したビール有害菌の微量検出に用いられるなど、高感度検出への取り組みも行われている。
検出原理は以下の通りである。特定の細菌又は細菌グループに対してのみ相補的になるような、オリゴヌクレオチドプローブを蛍光標識し、細胞内でハイブリダイズさせることによって、蛍光顕微鏡下で特定の細菌又は細菌グループを検出する。この際、プローブのハイブリダイゼーションの標的は、細胞の構成成分であるリボソーム中に存在するrRNAである。一般に、1細胞当たり、リボソームは数千から数万個存在するものといわれていることから、プローブ1分子当たりが発する蛍光は微弱でも、高感度に検出することができる。rRNAをコードする遺伝子(rDNA)の塩基配列は保存性が高い領域として知られるが、種若しくは属のレベルで特異的な配列が認められることから、この配列を利用した最近の同定法が普及している。
【0011】
細胞壁溶解酵素処理及びタンパク質分解酵素処理したグラム陽性細菌は、上述のFISH法以外に、ドット−ブロット法(MANIATIS ら、Molecular Cloning,ColdSpring Harbor,1982)、サザンブロット法(SOUTHERN E.M.,Mol.Biol.,98,503(1975))、ノーザンブロット法用被検体としても使用することができる。FISH法、ドット−ブロット法、サザンブロット法及びノーザンブロット法によるグラム陽性細菌の検出は、当該技術の分野において一般に知られている条件及び手順等に従って行うことができる。
【実施例】
【0012】
(実施例1)
ビール有害乳酸菌Lactobacillus brevisの検出
MRS培地で25℃、3日間培養したL. brevisを集菌洗浄し、菌体を回収した。この菌体を市販のメンブランフィルター(CycloblackTM、Whatman)でろ過し、フィルターの一次側に菌体を捕捉させた。この菌体に対し、エタノールによる固定化処理を行った。
1mg/mlのLysozyme(SIGMA)となるようにTE(Tris−EDTA)に溶解した細胞壁溶解酵素液(pH8)を1ml添加し、25℃で10分間保持した。その後、吸引操作により、この酵素液をろ過することで除去した。続いて、1mg/mlのproteinase K(Merck)となるようにTE(Tris-EDTA)に溶解したタンパク質分解酵素液(pH8)を1ml添加し、25℃で10分間保持した。その後、吸引操作により、この酵素液をろ過することで除去した。このメンブランフィルターに対し、蛍光物質FITCで標識したL. brevis特異的プローブを用いてFISH染色し、蛍光顕微鏡で観察した(図1)。なお、対照として、細胞壁溶解酵素液のみの試験を行った。
【0013】
(実施例2)
乳酸菌Lactobacillus coryniformisの検出
MRS培地で25℃、2日間培養したL. coryniformisを集菌洗浄し、菌体を回収した。この菌体を市販のメンブランフィルター(CycloblackTM、Whatman)でろ過し、フィルター一次側に菌体を捕捉させた。この菌体に対し、エタノールによる固定化処理を行った。
1μg/mlのLysozyme(SIGMA)となるようにTE(Tris−EDTA)に溶解した細胞壁溶解酵素液(pH8)を1ml添加し、25℃で10分間保持した。その後、吸引操作により、この酵素液をろ過することで除去した。続いて、1mg/mlのproteinase K(Merck)となるようにTE(Tris−EDTA)に溶解したタンパク質分解酵素液(pH8)を1ml添加し、25℃で10分間保持した。その後、吸引操作により、この酵素液をろ過することで除去した。このメンブランフィルターに対し、蛍光物質Cy3で標識したL. coryniformis特異的プローブを用いてFISH染色し、蛍光顕微鏡で観察した(図2)。なお、対照として、細胞壁溶解酵素液のみの試験を行った。
【0014】
(実施例3)
グラム陽性菌Lactobacillus brevis ABBC64株をMRS培地(Merck)で25℃、3日間、嫌気培養した後、菌体の一部をメンブランフィルタCycloblack(Whatman)で濾過した。エタノールによる固定化処理を行った後、以下の酵素処理を実施した。
条件1:無処理、
条件2:1mg/mlのLysozyme(SIGMA)、TE(pH8.0)、25℃、10min、
条件3:1mg/mlのProteinase K(Merck)、TE(pH8.0)、25℃、10min、
条件4:1mg/mlのLysozyme(SIGMA)、TE(pH8.0)、25℃、10min
上記処理終了後、続けて、1mg/mlのProteinase K(Merck)、TE(pH8.0)、25℃、10min
上記のように処理したフィルター上の菌体に対し、L. brevis特異的Cy3標識DNAプローブによるFISH染色を行った。なお、配列は、特開2002−34578で公開されている配列を用いた。Hybridizationの条件は、一般的に公知な条件に従った。その後、DAPI(4',6-diamidino-2-phenylindole)で全細菌を染色した。
以上により、染色操作が終了したメンブランフィルタを蛍光顕微鏡(Leica;DMRXA2)の観察領域下にセットした。それぞれのメンブランフィルタの同一視野で、DAPIおよびCy3での染色像を蛍光フィルターブロックA4(励起フィルター;BP360/40、吸収フィルター;BP470/40)、Y3(励起フィルター;BP535/50、吸収フィルター;BP610/75)を用いて観察し、各々の細菌数をカウントした。結果を図3に示す。
ここで、プローブの染色率は、P.Young-Tae et al., 1997, Detection and Enumeration of Marine Sulfate-reducing Bacteria Using in situ Hybridization with 16S rRNA Oligonucleotide Probes. Fisheries Science 63, 99-104.に記載の数式を参考にし、
染色率(プローブ貫通率)=Cy3染色細胞数/DAPI染色細胞数*100
とした。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】実施例1の蛍光顕微鏡写真を示す。
【図2】実施例2の蛍光顕微鏡写真を示す。
【図3】各酵素処理条件とプローブによる染色率を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
グラム陽性細菌を細胞壁溶解酵素で処理する工程及びタンパク質分解酵素で処理する工程を含むことを特徴とするグラム陽性細菌の検出方法。
【請求項2】
グラム陽性細菌を細胞壁溶解酵素で処理する工程及びタンパク質分解酵素で処理する工程を含むことを特徴とするグラム陽性細菌の検出方法用被検体の作製方法。
【請求項3】
グラム陽性細菌を細胞壁溶解酵素で処理する工程及びタンパク質分解酵素で処理する工程を含むことを特徴とするグラム陽性細菌の細胞壁処理方法。
【請求項4】
細胞壁溶解酵素処理及びタンパク質分解酵素処理したグラム陽性細菌群。
【請求項5】
細胞壁溶解酵素処理及びタンパク質分解酵素処理後にFISH染色したグラム陽性細菌群。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−75029(P2006−75029A)
【公開日】平成18年3月23日(2006.3.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−260137(P2004−260137)
【出願日】平成16年9月7日(2004.9.7)
【出願人】(000000055)アサヒビール株式会社 (535)
【Fターム(参考)】