説明

コアマモ株生産方法及び、そのための装置

【課題】 コアマモ種子を高い発芽率で発芽させるための条件、及びコアマモを良好に繁殖させてアマモ場を修復・再生するための条件を特定することにより、コアマモを含むアマモ場生態系を造成する方法を提供すること。
【解決手段】 (1)コアマモ種子を0℃〜10℃の間で30日〜90日維持する冷温処理工程、(2)前記冷温処理工程後の種子を水底に播種し、平均水深が+40cm〜−40cm、水温が1℃〜29℃かつ日較差5℃〜25℃以内となる条件で保持する発芽工程、(3)前記発芽工程後に平均水深が+20cm〜−50cm、水温が10℃〜29℃となる条件で生長させる生長工程、(4)前記生長工程によって生長したコアマモ株を繁殖地に移植する移植工程を備えることを特徴とするコアマモ繁殖地の造成方法によって達成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コアマモ種子を用いた陸上種苗生産方法及びそれを用いた適性移植環境の識別方法などに関する。
【背景技術】
【0002】
コアマモ(Zostera japonica Ascherson & Graebner)は、温帯から亜熱帯における北太平洋沿岸域に生育する海産顕花植物である。日本におけるコアマモの分布は、北海道から琉球諸島まで幅広い沿岸砂泥域に生育している。コアマモはアマモ場を構成する主要な種であるが、日本における分布は年々減少している。
三重県におけるコアマモの分布域は、陸域とアマモ場(Zostera beds)の間にパッチ状の群落が形成されており、生育する水深帯が異なっている。アマモ(Zostera marina L.)は比較的深い水深に生育するのに対して、コアマモは大潮の際には群落が部分的に干上がる場所や河川まで生育している。コアマモは幅広い環境で生育が可能であることから、乾燥に強く、低塩分に対する耐性を持っている。
海産種子植物であるアマモのうち、一年生アマモについては、夏期において全ての群落が消失するため有性繁殖による群落の維持が行われている。このため、一年生アマモの生育する底泥には、埋土種子が数多く確認されている。一方、多年生アマモについては、群落の維持が主に栄養株の分枝による栄養繁殖によって行われているために、底泥の埋土種子が少ないと考えられている。アマモ種子の発芽率は25-90%と大きな幅はあるものの、高い発芽率を示すことが知られている。
【0003】
これに対し、コアマモの生殖株あたりの花穂数は数個程度であり、群落中の生殖株の割合についても少ないことが報告されており、アマモのように大量の種子を採取することができない。コアマモ種子の発芽時期においては、コアマモ群落の約半数が実生によって構成されていることから、多くの種子がシードバンクとして存在している可能性が考えられる。しかし、これまでの研究では、コアマモ種子の発芽率は10-15℃の定温条件で約3ヵ月培養することにより15%程度の発芽が行われるとの報告があるものの、アマモに比べると低い発芽率である。また、種子に対して0℃の冷温処理を行った場合にのみ発芽することから、コアマモ種子は休眠するタイプの種子であり、低温で休眠覚醒が行われる可能性があるとの報告がある(非特許文献1)。このように、コアマモ種子を高い発芽率を以て、人工的に発芽させることは、非常に難しかった。
また近年には、国内の閉鎖性海域ではアマモ場が有する生態系の役割が広く認識され、アマモ場の再生活動による沿岸海域の修復および再生への試みが行われている(特許文献1、2)。三重県においても、海域に直接アマモの種子を播いて自然発芽させる播種法、他の海域から採取した株・種子から人工的に育てた苗を移植する株移植法の2つの方法が実施されている。しかし、アマモ場が消失し沿岸の生産力が低下した海域から生物多様性に富む生産性の高い海域を創出するためには、アマモ単一種によるアマモ場造成だけでなく、コアマモを含むアマモ場生態系の包括的な再生を行う必要がある。すなわち、深場から浅場への連続した沿岸生態系を再生するには、深場に生育するアマモに加えて、より浅場に生育するコアマモの造成が不可欠であると考えられる。しかし、前述のようにコアマモ種子を大量に採取することは困難であることに加え、コアマモ種子の発芽率は非常に低いために、播種法によるコアマモ造成が困難であった。なお、コアマモ造成においては、試験的に株移植を試みた例はあるものの、コアマモを良好に生長させることは困難であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平7−213189号公報
【特許文献2】特開2008−061568号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Abe, M., Yokota, K., Kurashima, A. and Maegawa, M., Temperature characteristics in seed germination and growth of Zostera japonica Ascherson & Graebner from Ago Bay, Mie Prefecture, central Japan. Fish. Sci., 75, 921-927 (2009)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記した事情に鑑みてなされたものである。すなわち、本発明の目的は、コアマモ種子を高い発芽率で発芽させるための条件、及びコアマモを良好に繁殖させてアマモ場を修復・再生するための条件を特定することにより、コアマモを含むアマモ場生態系を造成する方法などを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
こうして、本発明に係るコアマモ株の生産方法は、(1)コアマモ種子を0℃〜10℃の間で30日〜90日維持する冷温処理工程、(2)前記冷温処理工程後の種子を水底に播種し、平均水深が+40cm〜−40cm、水温が1℃〜29℃かつ日較差5℃〜25℃以内となる条件で保持する発芽工程、(3)前記発芽工程後に平均水深が+20cm〜−50cm、水温が10℃〜29℃となる条件でコアマモ株に生長させる生長工程を含むことを特徴とする。
また、本願発明に係るコアマモ繁殖地の造成方法は、(1)コアマモ種子を0℃〜10℃(好ましくは、2℃〜7℃)の間で30日〜90日(好ましくは、50日〜70日)維持する冷温処理工程、(2)前記冷温処理工程後の種子を水底に播種し、平均水深が+40cm〜−40cm(好ましくは、+20cm〜−20cm)、水温が1℃〜29℃かつ日較差5℃〜25℃(好ましくは10℃〜15℃)以内となる条件で保持する発芽工程、(3)前記発芽工程後に平均水深が+20cm〜−50cm(好ましくは、0cm〜−40cm)、水温が10℃〜29℃(好ましくは15℃〜25℃)となる条件で生長させる生長工程によって得られたコアマモ株を造成予定地に移植する移植工程を備えることを特徴とする。
また、本願発明に係るコアマモ種子の採取方法は、前記移植工程後のコアマモ株の一部を平均水深が−20cm〜−40cmに移動する花穂形成株作成工程を備えることを特徴とする。
【0008】
<冷温処理工程>
コアマモ種子を発芽させるためには、冷温処理工程を行うことが好ましい。冷温処理工程を行わない場合であっても、一定(10%程度)の発芽が認められるが、低い発芽率に留まる。このため、発芽率を高くするためには、冷温処理工程を実施することが好ましい。冷温処理工程とは、コアマモ種子を一定温度の範囲内において、一定期間以上に渡って維持する工程を意味する。ここで、温度が低すぎると種子内の水分が凍結するので好ましくなく、温度が高すぎると発芽率を向上させられない。このため、冷温処理工程の温度は、0℃〜10℃が好ましく、2℃〜7℃が更に好ましい。また、冷温処理工程の期間は、30日〜90日であることが好ましく、40日〜80日が更に好ましく、50日〜70日が更にさらに好ましい。但し、種子を長期間に渡って保存する目的では、90日以上に適当に長く設定することもできる。
【0009】
<発芽工程>
冷温処理工程を経たコアマモ種子を発芽させるには、適当な平均水深と、適当な水温条件を備えた場所で保持することが好ましい。自然界のコアマモは、水深が1m以下程度の浅瀬環境で生育している。そこで、平均水深としては、+40cm(干満を調整した水槽において最干の位置を基準(平均水深0m)とし、「+」は水面上を、「−」は水面下を意味する)〜−40cmであることが好ましい。自然界での環境を模すために、水深は、一定時間(例えば、4時間〜8時間(好ましくは、5時間〜7時間)程度)の間隔で、満潮と干潮とを繰り返すように設定することが好ましい。このため、「平均水深」とは、干満の状態を与えない一定の水深を意味する他に、干満の状態を与えた場合の平均の水深を意味する。水温としては、発芽に必要な程度の最低温度(10℃)と、種子が傷まない程度の最高温度(29℃)との間であることが好ましい。また、このとき5℃〜25℃の日較差(好ましくは、10℃〜15℃の日較差)を備えることが好ましい。
【0010】
発芽工程時および生長工程時の水底の性質としては、砂質・砂泥質・泥質であることが好ましく、砂泥質であることが更に好ましい。砂とは、岩石が人工的に破砕された砕屑物および珊瑚・貝殻などの破砕物であって、粒径が2mm〜62.5μmのものを意味する。泥とは、岩石が風化・浸食などによる砕屑物のうち、粒径が62.5μm以下のものを意味する。砂泥とは、砂と泥とを任意の比で混合したものを意味する。砂が多すぎると栄養分が素通りしてしまい、種子の発芽には適さない一方、泥が多すぎると栄養分に富みすぎてしまい、かえって好ましくない。このため、水底は、砂泥質であることが好ましい。このとき、砂:泥は90:10〜50:50(好ましくは85:15〜65:35)の範囲であることが好ましい。
また、砂泥質は、砂と泥を上記の割合に混合したもので、化学的性質として、TOC(有機炭素含有量)が3〜15mg/g-dryの範囲(好ましくは5〜10mg/g-dryの範囲)、TN(有機窒素含有量)が0.2〜1.5mg/g-dryの範囲(好ましくは0.5〜1.0mg/g-dryの範囲)、AVS(硫化物量)が0.1 mg/g-dry以下(好ましくは0.05 mg/g-dry以下)に設定することが好ましい。
コアマモは、汽水域でも生育することが知られていることから、発芽工程において使用する水は、一般的な海水(水を主成分とし、3.5%程度の塩と微量金属とを含有し、密度が1.02g/cm3〜1.03g/cm3のもの)の他に、海水と水とを任意の混合比で混合したもの(水を含む)が含まれる。
【0011】
<生長工程>
生長工程は、適当な平均水深と、適当な水温条件を備えた場所で行うことが好ましい。平均水深としては、+20cm〜−50cmであることが好ましく、0cm〜−40cmであることが更に好ましい。また、水温条件としては、10℃〜29℃であることが好ましい。生長工程によって生育したコアマモ株は、繁殖予定地(ほとんどの場合に、自然環境の海岸地帯)に移植することになる。このため、生長工程の平均水深は、繁殖予定地の平均水深と同等か、それよりも30cm〜50cm程度深い平均水深を備えていることが好ましい。生長工程においても、自然界での環境を模すために、水深は、一定時間(例えば、4時間〜8時間(好ましくは、5時間〜7時間)程度)の間隔で、満潮と干潮とを繰り返すように設定することが好ましい。
発芽工程と生長工程とを合わせて、2ヶ月間〜6ヶ月間実施することにより、コアマモは移植可能な株の状態に生長する。このコアマモ株を平均水深が+0cm〜−40cm程度の自然環境に移植することにより、コアマモ繁殖地を造成できる。なお、生長工程を経たコアマモ株を円滑に移植するためには、予めコアマモ株が、多孔性のシート材(例えば、天然繊維(ヤシの葉、ヤシの実などから製造されたヤシマット)、合成繊維などから製造されたシート材)に生長できるようにしておくことが好ましい。そのようにするためには、少なくとも(3)生長工程を実施する前に、コアマモ苗の下面側にシート材を備えておくことが好ましい。更に、(2)発芽工程を実施する前に(すなわち、コアマモ種子を播種する際に)、コアマモ種子の下方にシート材を備えておくことが好ましい。そのようにすれば、(3)生長工程の前に、コアマモ苗を植え替える必要がない。
【0012】
<花穂形成株作成工程>
また,移植工程後のコアマモ株の一部を平均水深が−20cm〜−40cmに移動することにより、花穂を多く形成するコアマモ株を作成できる。天然のコアマモ群落から採取できる花穂の数は、非常に少ないため、大変な労力を必要とする。そこで、花穂形成株作成工程を実施することにより、大量の花穂を少ない労力で採取できるので、花穂を採取する労力を軽減できる。さらに,採取した種子は,(1)冷温処理工程,(2)発芽工程,(3)生長工程の各行程を実施することにより,生長したコアマモ株を造成予定地に移植することができる。
【0013】
また、本発明に係るコアマモ株の生産装置は、上記生産方法のうち、少なくとも一つを実施するためのものであって、コアマモ種子の播種用砂泥質の底質を入れたトレーと、前記コアマモ種子の下方に位置することで根を固定する多孔性のシート材と、前記トレーを海水に浸漬できる発芽・育苗用水槽と、前記トレー内の底質の水深を適度に変化させると共に平均水深を+40cm〜−50cmの範囲に維持する水深調節装置とを備えていることを特徴とする。このとき、前記水槽内の海水の温度を10℃〜29℃の範囲に維持できない場合は,温度調節装置を設けることができる。そのようにすれば、水温の調節を十分に行えるため、太陽光による水温の上昇が十分でない場合、水温が上昇しすぎる場合にも、コアマモの発芽・育苗に有効な温度を保持できる。また、前記水槽の上方には、コアマモへの照明を行う人工照明灯を設けることができる。そのようにすれば、コアマモの生育に十分な自然光が得られない場合にも、適当に照明を与えられる。更に、温度調節装置と人工照明灯との両者を設けることにより、屋内において、コアマモ株を生産できる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、コアマモ種子の播種から8ヵ月後には、1株を約80株に増殖させることができた。このことにより、陸上におけるコアマモ場造成用の種苗生産が可能となる。
また、コアマモ種苗生産設備として、沿岸域に点在する魚類の種苗生産施設の水槽を有効利用することができる。
更に、コアマモの育成に適合する条件の海域選定が可能になり、効率よくコアマモを造成できるので、各種魚介類の産卵場所や稚魚の育成場所の再生が可能となる。
このように、本発明によれば、高い発芽率でコアマモ種子を発芽させられると共に、発芽したコアマモを大量に繁殖させて、コアマモを含むアマモ場生態系を造成できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】水深を変化させるための屋外水槽の概要を示す図である。a(上図)は側面図、b(下図)は平面図である。D.L.+40cm(A)、D.L.+20cm(B)、D.L.+0cm(C)、D.L.-20cm(D)およびD.L.-40cm(E)とされている。また、b(下図)においては、第一行目のA-Eが砂質、第二行目のA-Eが砂泥質、第三行目のA-Eが泥質により、底面を構成したことを示している。
【図2】屋外水槽のコアマモ種子の発芽率を示すグラフである。Aは底泥として砂質を、Bは砂泥質を、Cは泥質を用いたときの結果を示している。黒棒は冷温処理なしの種子、白棒は冷温処理ありの種子の結果である。データは、n=3の平均値±標準偏差にて示してある。
【図3】屋外水槽における発芽個体の生残率を示すグラフである。上段は冷温未処理区のデータを、下段は冷温処理区のデータを示す。また、横軸(+40〜-40)は平均水深を、縦軸は生残率を示す。データは、n=3の平均値±標準偏差にて示してある。
【図4】砂泥(上段)・泥(中段)・砂(下段)の各底質の実験区画における地盤高毎の栄養株数の経時変化を示すグラフである。横軸は、2009年の日付を示す。
【図5】屋外水槽の各水深における底質の含水率(a)、AVS(b)、および間隙水中のDIN(c)とDIP(d)を示すグラフである。
【図6】潮下帯であるD.L.-0.2m(上段)と潮上帯であるD.L.+0.2m(下段)の実験区における底質毎の栄養株数の経時変化を示すグラフである。
【図7】潮下帯であるD.L.-0.2m(上段)と潮上帯であるD.L.+0.2m(下段)の実験区における底質毎の草体長の経時変化を示すグラフである。
【図8】砂泥・泥・砂の各実験区における底質の間隙水中のDIN(a,d)、DIP(b,e)、AVS(c,f)と2ヶ月間の分枝数(a,b,c)と草体長(d,e,f)の関係を示すグラフである。
【図9】コアマモの発芽・育苗装置の概要を示す図である。
【図10】トレーの内部構成を示す側断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
次に、本発明の実施形態について、図表を参照しつつ説明するが、本発明の技術的範囲は、これらの実施形態によって限定されるものではなく、発明の要旨を変更することなく様々な形態で実施することができる。また、本発明の技術的範囲は、均等の範囲にまで及ぶものである。
<I.コアマモ種子の休眠覚醒および発芽に及ぼす水温および底質の影響>
(材料および方法)
1.採集および調査地点
コアマモの生殖株は天然群落にて採集した。コアマモ種子を得るために生殖株は屋外水槽にてエアレーションによる海水の撹拌を行いながら1ヶ月間の追熟を行った。花穂の追熟については、一般的な追熟方法を行った。また,追熟によって得られた種子は、屋外水槽にて実験を行うまで保存培養した。
【0017】
2.屋外水槽におけるコアマモ種子発芽率の測定
本研究では、発芽試験を行うために種子への冷温処理区および未処理区の2区の種子を準備した。未処理区の種子については、屋外水槽の天然環境下にて保存培養し種子の発芽を抑制させた。一方の冷温処理区の種子については、約2ヶ月間、種子に対し冷温処理を行った。
本研究では、種子発芽に及ぼす底質の違いを試験するために、播種する底泥を砂と泥の混合割合から3種類;砂100%(含泥率4.2±1.1%)、砂70%泥30%(含泥率23.7±2.7%)および泥100%(含泥率78.9±4.7%)作成した。コアマモ種子については、プラスチック製大型バットに播種し培養した。大型バットの側面下部には、底泥の間隙水の流入を促すため穴を開け、プランクトンネットを敷いた上に玉砂利を敷き詰めた。さらに3種類の底泥を敷き詰め、各底泥に対してコアマモ種子を播種(n=3)した。
【0018】
また、底泥の水温がコアマモの発芽及ぼす影響を調査するため、屋外水槽の水深を変化させることによって播種した底泥の水温を変化させた。本研究では、天然海域の大潮時における一日2回の潮回りを想定し、屋外水槽についても水位が一日2回変動するように調整した。水深については一般的に藻場造成を行う際の水深データとして用いられ、潮位の高さを表す観測基準面(平均水深:Datum line: D.L.)で表した。移植水深については、最も干出時間の長いD.L.+40cm(A)から20cm間隔で水深が深くなるように調整した。なお、屋外水槽内の水位が最も低い状態で水位が底泥表面上になるように設定した条件をD.L.+0cm(C)とした(図1)。水位の調整については、屋外水槽への海水の注水とサイフォンによる排水によって約6時間間隔で最高および最低水位を繰り返すよう設定した。屋外水槽で行った種子発芽試験については、3種類の底泥および5段階の水深を組み合わせた計15区について行った。
【0019】
3.室内培養庫におけるコアマモ種子発芽率の測定
室内のコアマモ種子発芽試験については、屋外水槽における試験と同様に種子への冷温処理区および未処理区の2区の種子を準備した。未処理区の種子については、屋外水槽の天然環境下にて保存培養し種子の発芽を抑制させた。一方の冷温処理区の種子については、約2ヶ月間、種子に対し冷温処理を行った。水温がコアマモの発芽におよぼす影響を調査するため、10℃(昼夜定温)、15/10℃(昼夜変温)および20/10℃(昼夜変温)の3条件、光周期12L:12D、光強度100μmol photons m-2 s-1で行った。
【0020】
(試験結果)
1.屋外水槽における底質の水温変化および底質の干出時間
砂質のD.L.+40 cmでは3月12日に最低水温1.6℃を示し、5月12日に最高水温40.5℃を示した。D.L.+20 cmでは3月12日に最低水温4.4℃を示し、7月7日に最高水温34.2℃を示した。D.L.+0 cm 、D.L.-20 cm およびD.L.-40 cmでは、3月5日にそれぞれ最低水温10.6℃、10.6℃および10.7℃を示し、7月13日にそれぞれ最高水温28.6℃、28.6℃および28.4℃を示した。底泥の日較差は、干出区のD.L.+40 cm、D.L.+20 cmおよびD.L.+0 cmでそれぞれ最大25℃、15℃および7℃を示した。一方の無干出区の日較差は、D.L.-20 cm およびD.L.-40 cmにおいて最大で6℃および5℃を示した。
砂泥質のD.L.+40cmでは、3月12日に最低水温1.8℃を示し、7月16日に最高水温38.0℃を示した。D.L.+20cmでは3月12日に最低水温3.9℃を示し、6月26日に最高水温35.2℃を示した。D.L.+0 cm 、D.L.-20 cm およびD.L.-40 cmでは、3月5日に最低水温10.6℃を示し、7月13日にそれぞれ最高水温28.8℃、28.4℃および28.7℃を示した。底泥の日較差は、干出区のD.L.+40 cm、D.L.+20 cmおよびD.L.+0 cmでそれぞれ最大18℃、15℃および8℃を示した。一方の無干出区の日較差は、D.L.-20 cm およびD.L.-40 cmにおいて最大で5℃を示した。
泥質のD.L.40cmでは、3月12日に最低水温1.5℃を示し、7月16日に最高水温37.0℃を示した。D.L.+20cmでは3月12日に最低水温3.3℃を示し、7月7日に最高水温35.2℃を示した。D.L.0cmでは、3月5日に最低水温10.6℃を示し、7月13日に最高水温28.4℃を示した。底泥の日較差は、干出区のD.L.+40 cm、D.L.+20 cmおよびD.L.+0 cmでそれぞれ最大17℃、15℃および4℃を示した。
また、屋外水槽における砂質の水温から推定した各水深の干出時間は、D.L.+40 cm、D.L.+20 cmおよびD.L.+0 cmでそれぞれ16時間52分(±115分)、8時間45分(±51分)および1時間47分(±24分)であった。
【0021】
2.屋外水槽における種子発芽率
屋外水槽の種子発芽率については、図2に示した。コアマモ発芽率は、冷温処理区では砂質、砂泥質、泥質でそれぞれ、最大40±12%、53±15%および54±10%の高い発芽率を示した。一方の未処理区では、砂質(A)、砂泥質(B)、泥質(C)でそれぞれ、最大3±0%、11±9%および3±6%の低い発芽率を示した。
また、砂質に播種した未処理区の種子(図2A)については、 D.L.+40 cm、D.L.+20 cm、D.L.+0 cmおよびD.L.-20 cmで種子の発芽は確認できず、D.L.-40 cm(3.3±0%)のみ発芽した。一方の冷温処理区では、D.L.+0 cm、D.L.-20 cmおよびD.L.-40 cmで種子の発芽が認められ、それぞれ30±3%、38±15%および40±12%であった。
【0022】
砂泥質に播種した未処理区の種子(図2B)については、全ての水深において発芽が確認できた。また、D.L.+40 cmについては、未処理区の種子で最も高い発芽率(11±11%)を示した。また、冷温処理区においても全ての条件下で発芽が認められた。D.L.+40 cm、D.L.+20 cm、D.L.+0 cm D.L.-20 cmおよびD.L.-40 cmの発芽率については、それぞれ38±22%、56±13%、51±12%、51±13%および51±2%であった。
泥質に播種した未処理区の種子(図2C)については、全ての水深において発芽が確認できた。また、D.L.+40 cmについては、未処理区の種子で最も高い発芽率(3±6%)を示した。また、冷温処理区においても全ての条件下で発芽が認められた。D.L.+40 cm、D.L.+20 cm、D.L.+0 cm、D.L.-20 cmおよびD.L.-40 cmの発芽率については、それぞれ42±16%、10±10%、54±10%、37±6%および29±10%であった。
また、播種してから発芽するまでの期間については、未処理区の種子では全底質で平均43±6日を要するのに対し、冷温処理区の種子では発芽するまでに平均36±0日であった。すなわち、種子に対して冷温処理を行うことによって発芽するまでの期間が短くなった。
【0023】
3.屋外水槽における実生の生残率
屋外水槽における発芽個体の生残率を図3に示した。砂区では未処理区(D.L.-40 cm)および冷温処理区(D.L.+0 cm、D.L.-20 cmおよびD.L.-40 cm)において発芽が確認でき、発芽数は少なかったものの高い生残率(83±19%-100±0%)を示した。
砂泥区では未処理区および処理区の全ての条件で発芽が確認でき、D.L.+20 cm以深では生残率が80±11%-100±0%と高いことが明らかとなった。また、砂泥区のD.L.+20 cm(処理区)の生残率については、D.L.+0 cm、D.L.-20 cmに比較して低くなった。さらに、砂泥区のD.L.+40 cmにおける実生は全て白化し枯死した。
泥区では未処理区および処理区の全ての条件で発芽が確認でき、未処理区についてはD.L.+0 cm以深で100±0%、処理区についてもD.L.+0 cm以深で90±9%-94±10%の生残率を示した。また、砂泥区および泥区については、D.L.40cmでは発芽したものの生残できないことが明らかとなった。
【0024】
4.室内培養庫におけるコアマモ種子発芽率
室内培養庫における播種から42日後の発芽率については、10℃、15/10℃および20/10℃でそれぞれ3±5%、21±7%および42±26%であった。また、播種してから最も早く発芽するまでに10℃、15/10℃および20/10℃でそれぞれ32日、18日および11日を要した。未処理区の種子については、全ての条件で発芽しなかった。
【0025】
<II.コアマモ移植株の生長と生残に及ぼす底質中の水温と干出時間の影響(1)>
(材料および方法)
屋外水槽におけるコアマモの培養
松名瀬地先にて採集したコアマモについては、採集地から屋外水槽へ運搬し,プラスチック製大型バットに入れて培養した。大型バットの側面下部には、底泥の間隙水の流入を促すため穴を開け、プランクトンネットを敷いた上に玉砂利を敷き詰めた。さらに松名瀬地先にて採集した砂を敷き詰め、採集したコアマモの株(n=4)を移植した。本研究におけるコアマモの培養実験については、図1に示す形態の屋外水槽で行った。
【0026】
本研究では、底泥の水温および株の干出がコアマモの生長および生残に及ぼす影響を調査するため、屋外水槽の水深を変化させることによって移植したコアマモの干出時間を変化させた。本研究では、天然海域の大潮時における一日2回の潮回りを想定し、屋外水槽についても水位が一日2回変動するように調整した。水深については一般的に藻場造成を行う際の水深データとして用いられ、潮位の高さを表す観測基準面(平均水深:Datum line: D.L.)で表した。移植水深については、最も干出時間の長いD.L.+40 cm(A)から20 cm間隔で水深が深くなるように調整した。なお、屋外水槽内の水位が最も低い状態で水位が底泥表面上になるように設定した条件をD.L.+0 cm(C)とした。底泥の温度測定には、ポータブル型メモリー式水温計を用いた。水位の調整については、屋外水槽への海水の注水とサイフォンによる排水によって約6時間間隔で最高および最低水位を繰り返すよう設定した。
【0027】
個体識別は、コアマモの地下部と地上部の境目にタグを取り付けることにより行った。屋外水槽では、各水深のコアマモの栄養株と生殖株のshoot数および草体長を測定し、また、生殖株の形成時には花穂数を計数した。測定は2月から同年11月に月2回で行った。屋外水槽の測定については、コアマモ生殖株の花穂から全ての種子が放出され、生殖株が枯死した時点で終了とした。
【0028】
(試験結果)
1.屋外水槽の水温および干出時間
屋外水槽における底泥(砂質)の水温変化は、上記試験<I>の結果「1.屋外水槽における底質の水温変化および底質の干出時間」に記載の通りであった。
2.コアマモ栄養株の分枝数および枯死数
栄養株の分枝は、D.L.+40 cmおよびD.L.+20 cmでほとんど認められず、それぞれ0.3±0.5 shootであった。一方のD.L.+0 cm、D.L.-20 cmおよびD.L.-40 cmの分枝数は8月19日までにそれぞれ18.5±1.7 shoot、13.5±5.8 shootおよび11.8±4.3 shootであった。
【0029】
3.移植コアマモの草体長および花穂数
移植から3週間後の2月27日において、栄養株の草体長はD.L.+40 cmおよびD.L.+20 cmでそれぞれ6.9±2.2 cmおよび6.6±2.0 cmであった。一方のD.L.+0 cm、D.L.-20 cmおよびD.L.-40 cmにおける栄養株の草体長は、それぞれ8.5±2.7 cm、8.2±2.9 cmおよび8.0±2.4 cmであった。11月10日においては、D.L.-20 cmおよびD.L.-40 cmにおける栄養株の草体長がそれぞれ10.6±3.2 cmおよび9.7±4.3 cmとなった。また、移植コアマモは、D.L.+40 cm において4月21日に、D.L.+20 cmでは7月9日に全ての株が枯死した。
コアマモの生殖株はD.L.+0 cmにおいてのみ8月4日に2 shootが形成され、9月14日までに3 shootが形成された。生殖株の草体長は最大で13.0±1.4 cm、花穂数は生殖株あたり最大で6.0±1.4個であった。D.L.+0 cm以外の水深には生殖株が形成されなかった。また、11月10日にコアマモの成熟期が終了した。
【0030】
<III.コアマモ移植株の生長と生残に及ぼす底質中の水温と干出時間の影響(2)>
(材料および方法)
1.屋外水槽を用いたコアマモ生育実験
約6時間毎に干満を繰り返すように調整した潮位変動陸上水槽を用いてコアマモの生育試験を実施した。屋外水槽の概要は、図2と同様である。草体の干出および底質がコアマモの生長、生残に及ぼす影響を調査するため、潮間帯から潮下帯までを想定した5 段階の異なる地盤高(DL:+0.4m, +0.2m, ±0m, -0.2m, -0.4m)に3 種類の底質(砂質,砂泥質,泥質)を入れたプラスチック製のバットをそれぞれ水槽内に設置した。バットの下部側面には、底泥の通水性を促すため穴を5 カ所開け、プランクトンネットを敷いた上に玉砂利を敷き詰めた。投入した底質のうち泥質は、英虞湾奥部立神浦から採取した堆積物を、砂質は英虞湾口部南張海岸の堆積物を、砂泥質は上記の泥質と砂質を体積比率で3:7になるように調整して用いた。調整した底質の化学的性質を表1に示した。
調整したバットにそれぞれ種子から発芽させたコアマモ草体3株を移植した。5 月より、コアマモの株数、草体長及び各バット内の底質(AVS,間隙水中栄養塩濃度, TN, TOC,水温)について定期的に観測を行った。なお、屋外水槽における底泥の干出時間は、底質の温度変化から推測した。
【0031】
2.天然コアマモ場の調査
三重県内の鳥羽市二見浦(砂泥質)、鳥羽市浦村(砂質)および志摩市阿児町石淵(泥質)の異なる底質の3地点の天然のコアマモ場について、年4回季節毎の草体長及び底質(AVS,間隙水中栄養塩濃度, TN, TOC,水温)について観測を行った。天然コアマモ場の底質の化学的性質を表1に示した。
【表1】

【0032】
(結果および考察)
1.コアマモの成長に及ぼす地盤高の影響
a)栄養株の分枝数の変化
各底質の実験区画における地盤高毎の栄養株数の経時変化を図4に示した。すべての砂質の実験区で栄養株の分枝は認められなかった。泥質の実験区においてはD.L.+0.4mとD.L.+0.2mで分枝は認められなかったが、それ以深の水深では認められ、D.L.±0m,-0.2m および-0.4mでの分枝数は、9月22 日までにそれぞれ20.3±5.0,14.6±5.7および25.7±10.4であった。栄養株の分枝は砂泥質の実験区で最も良く、D.L.+0.4mでほとんど認められなかったが、D.L.+0.2m,±0m,-0.2m および-0.4m の分枝数は9月22 日までにそれぞれ25.0±5.1,27.0±5.6,74.0±18.2 および61.3±4.6であった。この原因として、干出時間と底質の温度の影響が考えられる。これまでにコアマモ実生の生育上限水温は室内培養庫の一定水温の条件下にて29℃であるといわれている(非特許文献1)。そこで、各実験区における最高底質温度および29℃以上を経験した日数を表2に示した。
【0033】
【表2】

【0034】
表2より最高底質温度29℃を超えるD.L.+0.4m およびD.L.+0.2mで各実験区ともに栄養株の分枝がほとんど行われず、最高温度が29℃を超えないD.L.±0m,-0.2m および-0.4mでは砂質を除く実験区で分枝が認められた。特に29℃を超える高温にさらされていた日数が多いほど分枝数が抑制されることが分かった。また,干出時間が長くなるほど底質温度も上昇し、分枝数が少なくなることが分かった。また、砂質、泥質と砂泥質では、栄養株の分枝数が異なっていた。これは水深以外にも底質の違いによってコアマモの成長に影響を与えていることが原因として考えられた。
【0035】
b)草体長の変化
栄養株の草体長は、底質温度が上昇する6月以降、干出区において草体長の衰退が確認できた。特に砂質のD.L.+0.4mおよび D.L.+0.2mではそれぞれ7月13日と7月27日に、泥質のD.L.+0.4mでは7月13日にすべての草体が枯死した。また,水深が深くなるほど草体長が長くなった。天然コアマモ場も屋外水槽と同様に、生育地盤高が高くなるにつれ、草体長が短くなる傾向が得られた。
【0036】
2.コアマモの成長に及ぼす底質の影響
a)底質環境の変化
屋外水槽の各水深における底質のAVS、含水率および、間隙水中のDINとDIP濃度を図5に示した。各項目共に、砂質よりも砂泥質、泥質のほうが、干出区よりも無干出区のほうが高くなった。また、間隙水中のDIN, DIP濃度についても同様に、泥質を多く含む実験区ほど有機物が分解されるため、その結果分解物である溶存態の窒素リンの濃度が高くなることが原因として考えられた。一方、干出区については、干満により間隙水が移動するために溶存態の窒素リンの濃度が無干出区よりも低くなることが推測された。
b)栄養株の分枝数と草体長の変化
底質がコアマモの成長に与える影響を検討するため、潮下帯であるD.L.-0.2mと潮上帯であるD.L.+0.2mの実験区における、底質毎の栄養株数と草体長の経時変化をそれぞれ図6、図7に示した。栄養株の分枝は、砂質の実験区ではほとんどみられなかった。一方、砂泥質および泥質の分枝数は、D.L.-0.2mで 9月22 日までにそれぞれ74.0±18.2および14.7±5.7であった。特に、砂泥質のD.L.-0.2mでは、コアマモ種子の播種から8ヶ月で約80倍の株を得られた。また、干出するD.L.+0.2mでは、泥質の実験区も分枝をせず、砂泥質のみ分枝成長が行われた。また、草体長は、D.L.+0.2mにおいて砂質の実験区で7月以降枯死してしまった。一方、砂泥質および泥質では枯死することなく成長し、砂質、泥質、砂泥質の順に長くなった。D.L.-0.2mにおいては3つの底質の実験区共に成長したが、砂質の実験区は最も短いものであった。
【0037】
以上の結果より、発芽後のコアマモの分枝や草体の成長には、底質の栄養塩含有量と還元物質の影響が考えられた。そこで、図8に各実験区における底質の間隙水中のDIN、DIP濃度およびAVSと2ヶ月間の分枝数と草体長の関係を示した。分枝数および草体長は各バットの中のすべての草体の平均値と標準偏差で、底質は各バット内の平均値(n=3)と標準偏差で示した。砂質よりも有機物含有量と間隙水中の栄養塩濃度の高い、砂泥質と泥質のほうが草体の成長が良好であり、地下茎分枝が多い。図8から、間隙水中のDIN濃度が0.15mg-N/L以上、DIP濃度が0.015mg-P/L以上が草体長、分枝共に良好な成長に必要であることが考えられた。また、底質のAVSと分枝数と草体長の関係より、一般に還元物質である過剰なAVSは、毒性が高く、生物の成長に影響を与えるといわれている。地下茎分枝数については、AVSが低すぎても高すぎても分枝が低く、適度なAVSの値を示す砂泥質の実験区画で分枝が高くなった。以上より、砂泥質が最も成長に好環境であり、栄養塩量の高い泥質よりも地下茎分枝、草体長共に良好であることが考えられた。
【0038】
(要約)
本研究<I>では、コアマモ種子の発芽におよぼす底泥中の水温および底質の影響を調査するためにメソコスムタンクを用いて試験を行った。また、種子への冷温処理および水温の日較差がおよぼす影響を調査するため室内実験を行った。メソコスムタンクにおける種子の発芽率については、種子への冷温処理を行わなかった区では、砂質、砂泥質および泥質でそれぞれ最大3±0%,11±9%および3±6%であった。一方の冷温処理を行った区では、砂質、砂泥質および泥質でそれぞれ最大で40±12%,53±15%および54±10%であった。発芽までに必要な期間については、メソコスムタンクの冷温処理区が平均36±0日であったのに対し、未処理区が43±6日であった。
室内における種子の発芽試験は、水温10°C昼夜恒温および15°C/10°C,20°C/10°Cの昼夜変温条件で行った。室内における発芽率は、播種から42日後には水温10°C恒温および15°C/10°C,20°C/10°Cでそれぞれ3.3%(最大6.7%),21.7%(最大26.7%)および42.7%(最大60.0%)であった。また、発芽までに必要な期間については、20°C/10°Cの昼夜変温条件が最も早く播種から11日であった。一方の未処理区の種子については発芽しなかった。すなわち、コアマモ種子は水温の日較差によって適切な時期に発芽できるように環境シグナルを利用している可能性が示唆された。
【0039】
本研究<II>では、天然群落から採集したコアマモを用いて生長および生残に及ぼす底泥中の水温と干出時間を調査するためにメソコスムタンクを用いて試験を行った。移植コアマモについては、水深D.L.+40 cmのコアマモは移植開始から4週目に、D.L.+20 cmのコアマモは9週目に全ての株が枯死した。一方のD.L.+0 cmのコアマモからは18.5±1.7 shoot,D.L.-20 cmで13.5±5.8 shootおよびD.L.-40 cmで11.8±4.3 shootの栄養株が分枝した。また,D.L.+0 cmのコアマモにのみ花穂の形成が確認できた。
移植コアマモが枯死した底泥の上限水温はD.L.+40 cmで40.5℃,D.L.+20 cm で34.2℃まで達するのに対し,生残した底泥の上限水温は28.6℃(D.L.+0 cm)であった。また、屋外水槽における底泥の干出時間は、コアマモが全て枯死したD.L.+40 cmで約17時間,D.L.+20 cmで約9時間であった。一方のコアマモが生残したD.L.+0 cmの干出時間は約2時間であった。これらのことから、干出時の底泥の温度、および株の干出は、コアマモ群落の垂直分布を制限する要因の一つである可能性が考えられた。
【0040】
本研究<III>では、潮位を変動させた屋外水槽を用いたコアマモの生育実験と天然コアマモ場の調査を行うことにより、コアマモの成長に及ぼす環境要因について検討した。本研究の主要な結論を以下に示す。
(i)コアマモの成長には生育地盤高が影響し、最高温度が29℃を超えないD.L.±0m以下(干出時間が2時間以下)の地盤高が適しており、29℃を超える高温にさらされていた日数が多いほど分枝数が抑制され、草体長は水深が深くなるほど長くなることが明らかになった。
(ii)コアマモの良好な成長には底質間隙水中のDIN濃度が0.15mg-N/L以上,DIP濃度が0.015mg-P/L以上であり、かつAVSが高くなりすぎない程度の底質(砂泥質)が草体長、分株共に必要であることが分かった。
【0041】
<IV.コアマモ株の生産装置>
次に、図9及び図10を参照しつつ、本実施形態のコアマモ株の生産装置1(以下、単に「装置1」と称する)について説明する。
装置1には、コアマモ種子Sを播種するための砂泥質の底質2を入れたトレー3と、このトレー3を海水Wに浸漬できる発芽・育苗用水槽4と、この水槽4内の海水Wの温度を10℃〜29℃の範囲内で維持可能な温度調節装置5と、トレー3内の底質の水深を適度に変化させられる水深調節装置6とが備えられている。トレー3は、適当な高さを備えた載置台7の上面に置かれている。海水Wは、流入パイプP1を通して、水槽4の内部に適当な流速で流入する(矢印A)。水深調節装置6は、サイフォンの機構を利用して構成されており、最下端6Aと最上端6Bとの差分高さHを備えて、海水Wの界面を上下に変移させられる。水深調節機構6からの海水Wは、流出パイプP2を通して、水槽4の外部に流出させられる(矢印B)。この装置1では、流入パイプP1から流入させる水量と、水槽4の大きさおよび差分高さHとの調節によって、約12時間程度で干満が繰り返されるようになっている(すなわち、干潮(最低水位)と満潮(最高水位)とが約6時間程度で繰り返される)。
【0042】
また、装置1には、水槽4内部の海水Wの温度を10℃〜29℃の範囲において適当に維持する温度調節装置5が設けられている。温度調節装置5には、温度センサーと熱交換機とを備えた内部機構5Aと、温度センサーからのデータに基づいて熱交換機の駆動状態を調節する調節機構5Aとが備えられている。
また、屋内などでコアマモの生長に十分な太陽光を得ることができない場合,水槽4の上方空間には、人工照明灯8が設けられている。人工照明灯8は、例えばメタルハライドランプ等によって構成されており、図示しないコンピュータの制御によって、コアマモ株の生長にとって良好な照明を点灯・消灯する。
図10に示すトレー3’は、説明の便宜のために、図9のトレー3よりも小さなものを示した。トレー3’の側面下部には、底泥の間隙水の流入を促すために、孔部11が開放されている。トレー3’の内側には、底面側にプランクトンネット12が敷かれ、その上に適当な高さに玉砂利13が敷き詰められている。また、玉砂利13の上部には、砂泥質の底質14Aが敷かれた後、コアマモ苗の根が貫通可能な多孔質のシート材15が載せられている。更に、シート材15の上部に底質14Bが敷き詰められ、コアマモ種子Sは底質14Bの内部に播種されている。
このように構成された装置1によって、本願発明の造成方法を実施できる(詳細には、少なくとも、(2)発芽工程と、(3)生長工程とを実施可能である)。
このように本実施形態によれば、高い発芽率でコアマモ種子を発芽させられると共に、発芽したコアマモを大量に繁殖させて、コアマモを含むアマモ場生態系を造成できることが分かった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(1)コアマモ種子を0℃〜10℃の間で30日〜90日維持する冷温処理工程、(2)前記冷温処理工程後の種子を水底に播種し、平均水深が+40cm〜−40cm、水温が1℃〜29℃かつ日較差5℃〜25℃以内となる条件で保持する発芽工程、(3)前記発芽工程後に平均水深が+20cm〜−50cm、水温が10℃〜29℃となる条件でコアマモ株に生長させる生長工程を含むことを特徴とするコアマモ株の生産方法。
【請求項2】
前記(2)発芽工程においては、水深は、4時間〜8時間の間隔で満潮と干潮とを繰り返すように設定されていることを特徴とする請求項1に記載のコアマモ株の生産方法。
【請求項3】
前記(2)発芽工程においては、水底は、砂:泥=90:10〜50:50の範囲の砂泥質であることを特徴とする請求項1または2に記載のコアマモ株の生産方法。
【請求項4】
前記(2)発芽工程においては、前記種子の下方に多孔性のシート材を設けたことを特徴とする請求項1〜3のいずれか一つに記載のコアマモ株の生産方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか一つに記載のコアマモ株の生産方法を実施するためのものであって、
コアマモ種子の播種用砂泥質の底質を入れたトレーと、前記コアマモ種子の下方に位置することで根を固定する多孔性のシート材と、前記トレーを海水に浸漬できる発芽・育苗用水槽と、前記トレー内の底質の水深を適度に変化させると共に平均水深を+40cm〜−50cmの範囲に維持する水深調節装置とを備えていることを特徴とするコアマモ株の生産装置。
【請求項6】
請求項5に記載のものであって、更に前記水槽内の海水の温度を10℃〜29℃の範囲に維持する温度調節装置を備えていることを特徴とするコアマモ株の生産装置。
【請求項7】
請求項5または6に記載のものであって、更に前記水槽の上方には、コアマモへの照明を行う人工照明灯を設けたことを特徴とするコアマモ株の生産装置。
【請求項8】
(1)コアマモ種子を0℃〜10℃の間で30日〜90日維持する冷温処理工程、(2)前記冷温処理工程後の種子を水底に播種し、平均水深が+40cm〜−40cm、水温が1℃〜29℃かつ日較差5℃〜25℃以内となる条件で保持する発芽工程、(3)前記発芽工程後に平均水深が+20cm〜−50cm、水温が10℃〜29℃となる条件で生長させる生長工程によって得られたコアマモ株を造成予定地に移植してコアマモ繁殖地の造成を行う移植工程を含むことを特徴とするコアマモ繁殖地の造成方法。
【請求項9】
更に、前記移植工程後のコアマモ株の一部を平均水深が−20cm〜−40cmに移動する花穂形成株作成工程を備えることを特徴とする請求項8に記載のコアマモ繁殖地の造成方法。

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate


【公開番号】特開2012−90599(P2012−90599A)
【公開日】平成24年5月17日(2012.5.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−242369(P2010−242369)
【出願日】平成22年10月28日(2010.10.28)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)独立行政法人科学技術振興機構(JST)地域イノベーション創出総合支援事業、平成21年度シーズ発掘試験、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(304026696)国立大学法人三重大学 (270)
【出願人】(594156880)三重県 (58)
【Fターム(参考)】