スクロール型流体機械
【課題】可動渦巻体の底板とハウジングとの間のスラスト軸受部において、優れた耐焼付性、高い限界PV値と低い摩擦係数を、低コストで良好な生産性をもって実現する。
【解決手段】ハウジングに対し、固定渦巻体と可動渦巻体を設け、固定渦巻体と可動渦巻体との間に容積が変化される流体ポケットを形成するとともに、可動渦巻体の底板とハウジングとの間に流体ポケット内に加わる圧力の軸方向の反力を受けるスラストプレートを設けたスクロール型流体機械において、スラストプレートの少なくとも可動渦巻体の底板への対向面に錫系めっきを施したことを特徴とするスクロール型流体機械。
【解決手段】ハウジングに対し、固定渦巻体と可動渦巻体を設け、固定渦巻体と可動渦巻体との間に容積が変化される流体ポケットを形成するとともに、可動渦巻体の底板とハウジングとの間に流体ポケット内に加わる圧力の軸方向の反力を受けるスラストプレートを設けたスクロール型流体機械において、スラストプレートの少なくとも可動渦巻体の底板への対向面に錫系めっきを施したことを特徴とするスクロール型流体機械。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スクロール型流体機械に関し、とくに、可動渦巻体の底板とハウジングとの間に介装されるスラスト軸受部の改良に関する。
【背景技術】
【0002】
スクロール型圧縮機やスクロール型膨張機等のスクロール型流体機械においては、固定渦巻体に対し自転を阻止した状態で公転される可動渦巻体の底板とハウジングとの間には、通常、固定渦巻体と可動渦巻体によって形成される流体ポケット内の圧力の軸方向反力(圧縮機の場合は、圧縮反力)を受けるためのスラスト軸受部材が設けられることが多く、このスラスト軸受部材は、例えば、環状の板状部材からなるスラストプレートに構成される。このようなスラストプレートや可動渦巻体の底板部には、優れた耐焼付性、両部材間の凝着等を防止できるだけの高い限界PV値と低い摩擦係数が要求される。
【0003】
このような要求に対し、特許文献1には、可動渦巻体部材とフロントハウジングとの間にスラスト荷重を支持する鋼鉄性のスラスト軸受が用いられ、耐摩耗性、耐焼付性の向上を目的に可動渦巻体側の底板表面に錫めっき処理を施した構造が開示されている。また、特許文献2には、可動渦巻体の端板の外側またはこれと摺動するスラスト軸受の摺動面のいずれか一方または双方に、固体潤滑剤のコーティング皮膜を形成した構造が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平8−247052号公報
【特許文献2】特開平8−061256号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところが、上記特許文献1に開示されている構造では、複雑な形状を有する可動渦巻体の特定部分に錫めっきを施すため、マスキングが必要であったり、めっき処理槽に入れることができる数が少なかったりして 生産性が悪く、コストも高いという問題がある。
【0006】
また、上記特許文献2に開示されている構造においては、形成する固体潤滑剤コーティング皮膜のコストが高く、かつ、コーティング皮膜の密着性が低いため十分に高い耐焼付荷重が得られないという問題がある。密着性を向上するためにスラストプレート基材とコーティング皮膜の間に化学的処理(例えば、化成処理等)や物理的処理(例えば、ショットブラスト等)を施す方法もあるが。いずれもコスト高を招く。
【0007】
そこで本発明の課題は、可動渦巻体の底板とハウジングとの間のスラスト軸受部において、優れた耐焼付性、高い限界PV値と低い摩擦係数を、低コストで良好な生産性をもって実現できるスクロール型流体機械の構造を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために、本発明に係るスクロール型流体機械は、ハウジングに対し、固定渦巻体と該固定渦巻体に対し自転を阻止した状態で公転される可動渦巻体とを設け、固定渦巻体と可動渦巻体との間に容積が変化される流体ポケットを形成するとともに、可動渦巻体の底板とハウジングとの間に前記流体ポケット内に加わる圧力の軸方向の反力を受けるスラストプレートを設けたスクロール型流体機械において、前記スラストプレートの少なくとも前記可動渦巻体の底板への対向面に錫系めっきを施したことを特徴とするものからなる。ここで、錫系めっきとは、錫単体のめっきは勿論のこと、錫合金のめっきまで含む概念である。
【0009】
このような本発明に係るスクロール型流体機械においては、平板円環状の極めて簡素な形状のスラストプレートに錫めっきが施されるので、めっきの際のマスキングが不要か、あるいはマスキングを行う場合にあっても極めて簡単なもので済み、低コストで所定のめっきを施すことが可能である。また、スラストプレートは、可動渦巻体に比べ、構造が簡単でかつ小型の部品であるから、めっき処理槽により多数投入することができ、操作性、生産性が良く、この面からも低コストで所定のめっきを施すことが可能である。さらに、固体潤滑剤コーティング皮膜と比べても、密着性の高いめっき層を低コストで実現できる。そして、スラストプレートに錫めっきを施すことにより、対向する可動渦巻体の底板面との間の良好な摺動性を確保でき、かつ、摺動面のなじみ性を向上して渦巻体とスラストプレートの凝着等の不具合の発生を防止できる。その結果、この部分の耐焼付性が大幅に向上され、高い限界PV値と低い摩擦係数が得られ、耐久性が大幅に向上される。
【0010】
また、本発明においては、上記スラストプレートの母材として、例えば、鉄系鋼鈑または鋳物、あるいは軽金属を使用できる。軽金属としては、例えば、アルミニウム、アルミニウム合金、マグネシウム合金、チタン合金等を使用できる。鉄系鋼鈑または鋳物では低コスト化、生産性向上をはかることができ、軽金属では、流体機械の軽量化に寄与できる。
【0011】
また、上記スラストプレートには、上記錫系めっきの下地層を設けてもよい。下地層を設けることにより、錫系めっき層の密着性の一層の向上をはかることが可能である。めっきの下地層としては、例えば、ニッケルめっき層または銅めっき層を用いることができる。
【0012】
また、上記スラストプレートにおける錫系めっきの下地面(めっき前の表面)には、好ましい表面形態が存在する。すなわち、表面粗さに関するJIS B0601に規定のパラメータにて、スキューネスRskが−0.05以下で、かつ、クルトシスRkuが+2.5以上であることが好ましい。より好ましくは、スキューネスRskが−0.1以下で、かつ、クルトシスRkuが+3.0以上である。このようなスキューネスRskおよびクルトシスRkuの範囲を満足させることで、所望の高い限界PV値と低い摩擦係数の両方を達成することが可能になる。スキューネスRskとクルトシスRkuの望ましい範囲のより詳細な説明については後述する。このような特定の表面形態の範囲を満足させるための表面加工処理方法としては、例えば、次のような方法を採用できる。スラストプレートの基材は旋盤などで切削加工し、その後仕上げ研削加工することで、所定の表面粗さ形状が得られる。実際の処理では、表面粗さ形状を出すために、研削加工後に更にバレル研磨法によるバレル研磨仕上げ加工を行うことが好ましい。このバレル研磨仕上げによって、所定の面粗度の表面が容易に形成される。
【0013】
また、上記錫系めっきの厚みとしては、1〜15μmの範囲内にあることが好ましい。より好ましくは2〜12μmの範囲内であり、さらに好ましくは3〜10μmの範囲内である。このような範囲内の厚みとすることにより、たとえスラストプレート表面の錫めっき剥離が進行した場合でも、プレート表面の谷溝に充満した錫めっき成分が表面のなじみ性を補う働きを担う。錫めっきの厚みが1μm未満だと、基材表面の谷溝に錫めっきが充分に充満されず表面なじみ性を確保し難くなるおそれがあり、潤滑性が低下するおそれがある。一方、錫めっきの厚みが15μmを超えると、潤滑性は確保できるものの、錫めっきの消失による寸法変化が大きくなり、例えば圧縮機の軸方向寸法変化が大きくなって、圧縮機の所望の機能性を確保できなくなるおそれがある。
【0014】
なお、本発明において、めっき処理の方法自体としては、とくに限定されず、例えば、電気めっきまたは無電解めっきを採用できる。めっき処理に際しては、必要に応じてマスキングを施すこともでき、逆に準備操作の簡略化をはかるために、上記錫系めっきがスラストプレートの全面に施されている形態を採用することも可能である。
【0015】
また、スラストプレート全体の形状としては、平板円環状の一枚の平板状部材に形成することもできるし、周方向に分割された構造(例えば、半円環状に二分割された構造)に形成することもできる。組立性等を考慮して適宜選択すればよい。
【0016】
本発明に係るスクロール型流体機械における構造は、スクロール型圧縮機とスクロール型膨張機の両方に適用できる。とくに、本発明は、耐久性向上、長寿命化の要求の強い車両用流体機械、中でも、車両用スクロール型圧縮機、とくに、車両空調装置用スクロール型圧縮機に好適なものである。
【発明の効果】
【0017】
本発明に係るスクロール型流体機械によれば、スラストプレート摺動面に錫系めっきを施すことでなじみ性が向上し、可動渦巻体とスラストプレートの凝着等を防止できるために高い限界PV値と低い摩擦係数を達成できる。また、従来の固体潤滑剤の塗膜や渦巻体側への錫めっき処理に比べ低コストに抑えることが可能であり、さらに、高い生産性を達成することもできる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の一実施態様に係るスクロール型流体機械としてのスクロール型圧縮機の縦断面図である。
【図2】図1のスクロール型圧縮機におけるスラストプレートの平面図(A)、概略側面図(B)、別の形態に係るスラストプレートの概略側面図(C)である。
【図3】別の実施態様に係るスラストプレートの平面図(A)、概略側面図(B)である。
【図4】摺動試験を実施したときの各種成膜の限界PV値の比較図である。
【図5】摺動試験を実施したときの各種成膜の摩擦係数の比較図である。
【図6】スキューネスRskと限界PV値との関係図である。
【図7】クルトシスRkuと限界PV値との関係図である。
【図8】スキューネスRskの変化による表面形態の変化例を示す表面粗さ特性図である。
【図9】クルトシスRkuの変化による表面形態の変化例を示す表面粗さ特性図である。
【図10】スキューネスRskのみが特定範囲内にあるときの摺動前後の表面状態変化例を示すスラストプレートの概略表面断面図である。
【図11】スキューネスRskおよびクルトシスRkuが特定範囲内にあるときの摺動前後の表面状態変化例を示すスラストプレートの概略表面断面図である。
【図12】錫めっきの厚みが変わった場合のスラストプレートの表面状態変化例を示す概略表面断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下に、本発明の望ましい実施の形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。
図1は、本発明の一実施態様に係るスクロール型流体機械としてのスクロール型圧縮機1を示している。スクロール型圧縮機1においては、ハウジングに対し、本実施態様においては、フロントハウジング2とリアハウジング3の間に、固定渦巻体4と、該固定渦巻体4に対し自転を阻止した状態で公転される可動渦巻体5とが設けられ、これら固定渦巻体4と可動渦巻体5との間に容積が変化される流体ポケット6が形成される。可動渦巻体5の旋回運動に伴って、シールされた状態の流体ポケット6が径方向に中心方向に向けて移動されることにより、流体ポケット6の容積が縮小され、流体ポケット6内の流体(例えば、冷媒)が圧縮される。固定渦巻体4と可動渦巻体5の渦巻壁の先端部にはチップシール7が装着されており、上記圧縮動作中のシールに供されている。圧縮された流体は、固定渦巻体4の径方向中央部に設けられた吐出孔(図示略)を通して吐出室8に吐出され、そこから吐出ポート9を介して外部に送られる。可動渦巻体5は、自転阻止ピン10を備えた自転阻止機構により自転を阻止された状態で、旋回運動するように公転される。可動渦巻体5は、その底板5aの背面側に回転自在に配置された偏心ブッシュ11と、該偏心ブッシュ11に偏心状態で相対回転自在に係合された主軸12を介して駆動される。主軸12は、ドライブベアリング13を介してフロントハウジング2に回転自在に支持されている。主軸12の回転駆動力は、外部駆動源(図示略)から、プーリ14、電磁クラッチ15を介して伝達される。
【0020】
可動渦巻体5の底板5aとハウジング2(フロントハウジング)との間には、流体ポケット6内に加わる圧力の軸方向反力(本実施態様では、圧縮反力)を受ける環状のスラストプレート21が設けられている。このスラストプレート21とそれに対向する可動渦巻体5の底板5aとは、可動渦巻体5の旋回運動に伴って互いに摺動する。このスラストプレート21の少なくとも可動渦巻体5の底板5aへの対向面に錫系めっきが施されている。
【0021】
スラストプレート21は、図2(A)に示すように、円環形状の一枚物の平板からなる部材に構成され、図2(B)に示すように、スラストプレート基材(母材)21aの可動渦巻体5の底板5aへの対向面側に錫めっき22が施されている。この錫めっき22が施された側の表面が、可動渦巻体5の底板5aとの摺動面23となる。なお、図2(B)には、スラストプレート基材21aの可動渦巻体5の底板5aへの対向面側のみに錫めっき22が施されている場合を示したが、めっき時の作業性、処理の効率等の面から、スラストプレート基材21aの両面、あるいは全面に錫めっきを施すことも可能である。また、図2(C)に示すように、スラストプレート基材21aと錫めっき22の層との間に、中間層として、前述したような材質の錫めっき22の下地層24を設けることも可能である。下地層24としては、例えば前述の如く、ニッケルめっき層または銅めっき層を用いることができる。下地層24を設けることにより、錫めっき22の層の密着性を向上可能である。めっき層は、例えば、電気めっきまたは無電解めっきで形成できる。
【0022】
また、スラストプレートの形態としては、図2(A)に示したような一枚物の円環平板形態の他に、例えば図3(A)、(B)に示すように、周方向に複数の部材に分割された形態とすることもできる。図示例では、二分割されたスラストプレート31に構成され、各スラストプレート基材31aに錫めっき32が施され、錫めっき32が施された側の表面が、可動渦巻体5の底板5aとの摺動面33とされている。分割数は、組立作業性、めっき時の作業性、処理の効率等の面から適宜決定すればよい。
【0023】
上記のような錫めっきが施されたスラストプレートについて、とくに、図2(B)、(C)に示した、錫めっきのみの場合と錫めっき+下地層24としてニッケルめっきを行った場合との2種類の表面形態のスラストプレートを用いて、摺動試験を実施したときの限界PV値と摩擦係数を、樹脂皮膜の場合と比較して図4、図5に示す(各種成膜の限界PV値と摩擦係数の比較)。試験は、リングオンプレート試験で行い、測定条件は、周速度6m/s、面圧6MPa、潤滑雰囲気下とした。図4に示すように、樹脂皮膜の場合と比較して、錫めっきのみの場合と錫めっき+下地ニッケルめっきを行った場合においては、ともに高い限界PV値が得られた。また、図5に示すように、樹脂皮膜の場合と比較して、錫めっきのみの場合と錫めっき+下地ニッケルめっきを行った場合においては、ともに、長時間安定して低い摩擦係数が得られた。
【0024】
また、本発明においては、前述したように、スラストプレートにおける錫めっきの下地面(めっき前の表面)の表面形態として、表面粗さに関するJIS B0601に規定のパラメータにて、スキューネスRskが−0.05以下で、かつ、クルトシスRkuが+2.5以上であることが好ましい。より好ましくは、スキューネスRskが−0.1以下で、かつ、クルトシスRkuが+3.0以上である。このようなスキューネスRskおよびクルトシスRkuの範囲は、良好な摺動性、とくに限界PV値が20MPa・m/s以上を達成可能な範囲として規定されたものである。すなわち、図6、図7に示すように、スキューネスRskと限界PV値との関係、およびクルトシスRkuと限界PV値との関係を表したとき、20MPa・m/s以上の限界PV値を達成可能な範囲として規定されたものである。
【0025】
上記スキューネスRskとクルトシスRkuの概念をより分かりやすく説明すると、例えば、図8、図9のように表すことができる。すなわち、図8に示すように、スキューネスがRsk が−0.05以下では、山の幅が大きくなり表面の面積が大となる。したがって、可動渦巻体との摺動接触面積が増し、耐面圧荷重を大きくできる。しかし、スキューネスRsk が−0.05以下の表面状態では、谷の数が少なくなり、この部分に充満する錫成分による潤滑性の保持性が確保し難くなり、高い摺動性は得られ難い。そこで、アンド条件として、クルトシス(尖り度)Rkuが2.5以上の条件が確保できると、図9に示すように、粗さ曲線の尖鋭度が大きくなり、谷溝が十分に多く形成されるため、錫成分や他の潤滑成分などの保持性が増し、潤滑性が高められる。このために高い摺動性が得られることとなる。このように、スキューネスRsk が−0.05以下で、かつ、クルトシスRkuが2.5以上の表面粗さを持つスラストプレート基材を用いて錫めっき処理をすることで、接触面積が増すことにより耐面圧荷重を高めることが可能であり、かつ表面の谷溝の数が増すことによりなじみ性の高い錫めっき成分を表面の多くの溝に充満することができるため、潤滑性が高められ摩擦係数を小さくすることが可能となる。
【0026】
さらに、上記表面形態を満足させることで、スラストプレート表面の錫めっき剥離が進行した場合でも表面の谷溝に充満した錫めっき成分が表面のなじみ性を補う働きを担うことが可能である。すなわち、基材表面がスキューネスRsk−0.05以下を満たすのみでは、図10に示すように、溝幅は大きいが溝数が少なくなるため、溝へ充満した錫めっき成分からの表面なじみ性を充分に発現できなくなり、潤滑性が低下するおそれがある。そこで、図11に示すように、スキューネスRsk が−0.05以下で、かつ、クルトシスRkuが2.5以上の両条件を満たす表面形態を確保することで、溝の数が多くなり、そこに充満した錫めっき成分が十分に表面なじみ性を発現でき、潤滑保持性も高くなる。
【0027】
また、本発明においては、前述したように、錫めっきの厚みとしては、1〜15μmの範囲内にあることが好ましい。より好ましくは2〜12μmの範囲内であり、さらに好ましくは3〜10μmの範囲内である。このような範囲内の厚みとすることにより(例えば、図12(B)に示す5μm程度の基材41上の錫めっき42の厚みとすることにより)、スラストプレート表面の錫めっき剥離が進行した場合でも表面の谷溝に充満した錫めっき成分が表面のなじみ性を十分に補う働きを担うことができる。図12(A)に示すように、錫めっき42の厚みが1μm未満だと、基材41の表面の谷溝に錫めっきが充分に形成されず、表面なじみ性を確保し難く、潤滑性が低下するおそれがある。また、図12(C)に示すように、錫めっき42の厚みが15μmを超えると、潤滑性は確保できるが錫めっきの消失による圧縮機軸方向(プレート厚み方向)の寸法変化が大きくなり、圧縮機の機能性を確保できなくなるおそれがある。
【0028】
さらに、本発明における上述したような好ましい条件の範囲の適正さを確認するために、各種スラストプレート条件にて、リングオンプレート摺動試験を潤滑雰囲気下で行った。測定条件は、周速度は一定として、面圧を一定速度で昇圧し、限界PV値は摩擦係数が急激に上昇したとき(摩擦係数0.03以上)の周速度(V)と面圧(P)の積とする。判定基準としては、
限界PV値:20MPa・m/s以上:○ 、それ未満は×
摩擦係数 :0.04未満:○、 それ以上は×、とした。結果を表1、表2に示す。
【0029】
【表1】
【0030】
【表2】
【0031】
表1、表2に示したように、本発明における好ましい条件を満たすことにより、望ましい高い限界PV値と低い摩擦係数の両方をともに実現できることが確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明に係るスクロール型流体機械の構造は、スクロール型圧縮機とスクロール型膨張機の両方に適用でき、とくに、耐久性向上、長寿命化等の要求の強い車両用流体機械、中でも、車両用スクロール型圧縮機、とくに、車両空調装置用スクロール型圧縮機に好適なものである。
【符号の説明】
【0033】
1 スクロール型圧縮機
2 フロントハウジング
3 リアハウジング
4 固定渦巻体
5 可動渦巻体
5a 可動渦巻体の底板
6 流体ポケット
7 チップシール
8 吐出室
9 吐出ポート
10 自転阻止ピン
11 偏心ブッシュ
12 主軸
13 ドライブベアリング
14 プーリ
15 電磁クラッチ
21、31 スラストプレート
21a、31a スラストプレート基材
22、32 錫めっき
23、33 摺動面
24 下地層
41 基材
42 錫めっき
【技術分野】
【0001】
本発明は、スクロール型流体機械に関し、とくに、可動渦巻体の底板とハウジングとの間に介装されるスラスト軸受部の改良に関する。
【背景技術】
【0002】
スクロール型圧縮機やスクロール型膨張機等のスクロール型流体機械においては、固定渦巻体に対し自転を阻止した状態で公転される可動渦巻体の底板とハウジングとの間には、通常、固定渦巻体と可動渦巻体によって形成される流体ポケット内の圧力の軸方向反力(圧縮機の場合は、圧縮反力)を受けるためのスラスト軸受部材が設けられることが多く、このスラスト軸受部材は、例えば、環状の板状部材からなるスラストプレートに構成される。このようなスラストプレートや可動渦巻体の底板部には、優れた耐焼付性、両部材間の凝着等を防止できるだけの高い限界PV値と低い摩擦係数が要求される。
【0003】
このような要求に対し、特許文献1には、可動渦巻体部材とフロントハウジングとの間にスラスト荷重を支持する鋼鉄性のスラスト軸受が用いられ、耐摩耗性、耐焼付性の向上を目的に可動渦巻体側の底板表面に錫めっき処理を施した構造が開示されている。また、特許文献2には、可動渦巻体の端板の外側またはこれと摺動するスラスト軸受の摺動面のいずれか一方または双方に、固体潤滑剤のコーティング皮膜を形成した構造が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平8−247052号公報
【特許文献2】特開平8−061256号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところが、上記特許文献1に開示されている構造では、複雑な形状を有する可動渦巻体の特定部分に錫めっきを施すため、マスキングが必要であったり、めっき処理槽に入れることができる数が少なかったりして 生産性が悪く、コストも高いという問題がある。
【0006】
また、上記特許文献2に開示されている構造においては、形成する固体潤滑剤コーティング皮膜のコストが高く、かつ、コーティング皮膜の密着性が低いため十分に高い耐焼付荷重が得られないという問題がある。密着性を向上するためにスラストプレート基材とコーティング皮膜の間に化学的処理(例えば、化成処理等)や物理的処理(例えば、ショットブラスト等)を施す方法もあるが。いずれもコスト高を招く。
【0007】
そこで本発明の課題は、可動渦巻体の底板とハウジングとの間のスラスト軸受部において、優れた耐焼付性、高い限界PV値と低い摩擦係数を、低コストで良好な生産性をもって実現できるスクロール型流体機械の構造を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために、本発明に係るスクロール型流体機械は、ハウジングに対し、固定渦巻体と該固定渦巻体に対し自転を阻止した状態で公転される可動渦巻体とを設け、固定渦巻体と可動渦巻体との間に容積が変化される流体ポケットを形成するとともに、可動渦巻体の底板とハウジングとの間に前記流体ポケット内に加わる圧力の軸方向の反力を受けるスラストプレートを設けたスクロール型流体機械において、前記スラストプレートの少なくとも前記可動渦巻体の底板への対向面に錫系めっきを施したことを特徴とするものからなる。ここで、錫系めっきとは、錫単体のめっきは勿論のこと、錫合金のめっきまで含む概念である。
【0009】
このような本発明に係るスクロール型流体機械においては、平板円環状の極めて簡素な形状のスラストプレートに錫めっきが施されるので、めっきの際のマスキングが不要か、あるいはマスキングを行う場合にあっても極めて簡単なもので済み、低コストで所定のめっきを施すことが可能である。また、スラストプレートは、可動渦巻体に比べ、構造が簡単でかつ小型の部品であるから、めっき処理槽により多数投入することができ、操作性、生産性が良く、この面からも低コストで所定のめっきを施すことが可能である。さらに、固体潤滑剤コーティング皮膜と比べても、密着性の高いめっき層を低コストで実現できる。そして、スラストプレートに錫めっきを施すことにより、対向する可動渦巻体の底板面との間の良好な摺動性を確保でき、かつ、摺動面のなじみ性を向上して渦巻体とスラストプレートの凝着等の不具合の発生を防止できる。その結果、この部分の耐焼付性が大幅に向上され、高い限界PV値と低い摩擦係数が得られ、耐久性が大幅に向上される。
【0010】
また、本発明においては、上記スラストプレートの母材として、例えば、鉄系鋼鈑または鋳物、あるいは軽金属を使用できる。軽金属としては、例えば、アルミニウム、アルミニウム合金、マグネシウム合金、チタン合金等を使用できる。鉄系鋼鈑または鋳物では低コスト化、生産性向上をはかることができ、軽金属では、流体機械の軽量化に寄与できる。
【0011】
また、上記スラストプレートには、上記錫系めっきの下地層を設けてもよい。下地層を設けることにより、錫系めっき層の密着性の一層の向上をはかることが可能である。めっきの下地層としては、例えば、ニッケルめっき層または銅めっき層を用いることができる。
【0012】
また、上記スラストプレートにおける錫系めっきの下地面(めっき前の表面)には、好ましい表面形態が存在する。すなわち、表面粗さに関するJIS B0601に規定のパラメータにて、スキューネスRskが−0.05以下で、かつ、クルトシスRkuが+2.5以上であることが好ましい。より好ましくは、スキューネスRskが−0.1以下で、かつ、クルトシスRkuが+3.0以上である。このようなスキューネスRskおよびクルトシスRkuの範囲を満足させることで、所望の高い限界PV値と低い摩擦係数の両方を達成することが可能になる。スキューネスRskとクルトシスRkuの望ましい範囲のより詳細な説明については後述する。このような特定の表面形態の範囲を満足させるための表面加工処理方法としては、例えば、次のような方法を採用できる。スラストプレートの基材は旋盤などで切削加工し、その後仕上げ研削加工することで、所定の表面粗さ形状が得られる。実際の処理では、表面粗さ形状を出すために、研削加工後に更にバレル研磨法によるバレル研磨仕上げ加工を行うことが好ましい。このバレル研磨仕上げによって、所定の面粗度の表面が容易に形成される。
【0013】
また、上記錫系めっきの厚みとしては、1〜15μmの範囲内にあることが好ましい。より好ましくは2〜12μmの範囲内であり、さらに好ましくは3〜10μmの範囲内である。このような範囲内の厚みとすることにより、たとえスラストプレート表面の錫めっき剥離が進行した場合でも、プレート表面の谷溝に充満した錫めっき成分が表面のなじみ性を補う働きを担う。錫めっきの厚みが1μm未満だと、基材表面の谷溝に錫めっきが充分に充満されず表面なじみ性を確保し難くなるおそれがあり、潤滑性が低下するおそれがある。一方、錫めっきの厚みが15μmを超えると、潤滑性は確保できるものの、錫めっきの消失による寸法変化が大きくなり、例えば圧縮機の軸方向寸法変化が大きくなって、圧縮機の所望の機能性を確保できなくなるおそれがある。
【0014】
なお、本発明において、めっき処理の方法自体としては、とくに限定されず、例えば、電気めっきまたは無電解めっきを採用できる。めっき処理に際しては、必要に応じてマスキングを施すこともでき、逆に準備操作の簡略化をはかるために、上記錫系めっきがスラストプレートの全面に施されている形態を採用することも可能である。
【0015】
また、スラストプレート全体の形状としては、平板円環状の一枚の平板状部材に形成することもできるし、周方向に分割された構造(例えば、半円環状に二分割された構造)に形成することもできる。組立性等を考慮して適宜選択すればよい。
【0016】
本発明に係るスクロール型流体機械における構造は、スクロール型圧縮機とスクロール型膨張機の両方に適用できる。とくに、本発明は、耐久性向上、長寿命化の要求の強い車両用流体機械、中でも、車両用スクロール型圧縮機、とくに、車両空調装置用スクロール型圧縮機に好適なものである。
【発明の効果】
【0017】
本発明に係るスクロール型流体機械によれば、スラストプレート摺動面に錫系めっきを施すことでなじみ性が向上し、可動渦巻体とスラストプレートの凝着等を防止できるために高い限界PV値と低い摩擦係数を達成できる。また、従来の固体潤滑剤の塗膜や渦巻体側への錫めっき処理に比べ低コストに抑えることが可能であり、さらに、高い生産性を達成することもできる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の一実施態様に係るスクロール型流体機械としてのスクロール型圧縮機の縦断面図である。
【図2】図1のスクロール型圧縮機におけるスラストプレートの平面図(A)、概略側面図(B)、別の形態に係るスラストプレートの概略側面図(C)である。
【図3】別の実施態様に係るスラストプレートの平面図(A)、概略側面図(B)である。
【図4】摺動試験を実施したときの各種成膜の限界PV値の比較図である。
【図5】摺動試験を実施したときの各種成膜の摩擦係数の比較図である。
【図6】スキューネスRskと限界PV値との関係図である。
【図7】クルトシスRkuと限界PV値との関係図である。
【図8】スキューネスRskの変化による表面形態の変化例を示す表面粗さ特性図である。
【図9】クルトシスRkuの変化による表面形態の変化例を示す表面粗さ特性図である。
【図10】スキューネスRskのみが特定範囲内にあるときの摺動前後の表面状態変化例を示すスラストプレートの概略表面断面図である。
【図11】スキューネスRskおよびクルトシスRkuが特定範囲内にあるときの摺動前後の表面状態変化例を示すスラストプレートの概略表面断面図である。
【図12】錫めっきの厚みが変わった場合のスラストプレートの表面状態変化例を示す概略表面断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下に、本発明の望ましい実施の形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。
図1は、本発明の一実施態様に係るスクロール型流体機械としてのスクロール型圧縮機1を示している。スクロール型圧縮機1においては、ハウジングに対し、本実施態様においては、フロントハウジング2とリアハウジング3の間に、固定渦巻体4と、該固定渦巻体4に対し自転を阻止した状態で公転される可動渦巻体5とが設けられ、これら固定渦巻体4と可動渦巻体5との間に容積が変化される流体ポケット6が形成される。可動渦巻体5の旋回運動に伴って、シールされた状態の流体ポケット6が径方向に中心方向に向けて移動されることにより、流体ポケット6の容積が縮小され、流体ポケット6内の流体(例えば、冷媒)が圧縮される。固定渦巻体4と可動渦巻体5の渦巻壁の先端部にはチップシール7が装着されており、上記圧縮動作中のシールに供されている。圧縮された流体は、固定渦巻体4の径方向中央部に設けられた吐出孔(図示略)を通して吐出室8に吐出され、そこから吐出ポート9を介して外部に送られる。可動渦巻体5は、自転阻止ピン10を備えた自転阻止機構により自転を阻止された状態で、旋回運動するように公転される。可動渦巻体5は、その底板5aの背面側に回転自在に配置された偏心ブッシュ11と、該偏心ブッシュ11に偏心状態で相対回転自在に係合された主軸12を介して駆動される。主軸12は、ドライブベアリング13を介してフロントハウジング2に回転自在に支持されている。主軸12の回転駆動力は、外部駆動源(図示略)から、プーリ14、電磁クラッチ15を介して伝達される。
【0020】
可動渦巻体5の底板5aとハウジング2(フロントハウジング)との間には、流体ポケット6内に加わる圧力の軸方向反力(本実施態様では、圧縮反力)を受ける環状のスラストプレート21が設けられている。このスラストプレート21とそれに対向する可動渦巻体5の底板5aとは、可動渦巻体5の旋回運動に伴って互いに摺動する。このスラストプレート21の少なくとも可動渦巻体5の底板5aへの対向面に錫系めっきが施されている。
【0021】
スラストプレート21は、図2(A)に示すように、円環形状の一枚物の平板からなる部材に構成され、図2(B)に示すように、スラストプレート基材(母材)21aの可動渦巻体5の底板5aへの対向面側に錫めっき22が施されている。この錫めっき22が施された側の表面が、可動渦巻体5の底板5aとの摺動面23となる。なお、図2(B)には、スラストプレート基材21aの可動渦巻体5の底板5aへの対向面側のみに錫めっき22が施されている場合を示したが、めっき時の作業性、処理の効率等の面から、スラストプレート基材21aの両面、あるいは全面に錫めっきを施すことも可能である。また、図2(C)に示すように、スラストプレート基材21aと錫めっき22の層との間に、中間層として、前述したような材質の錫めっき22の下地層24を設けることも可能である。下地層24としては、例えば前述の如く、ニッケルめっき層または銅めっき層を用いることができる。下地層24を設けることにより、錫めっき22の層の密着性を向上可能である。めっき層は、例えば、電気めっきまたは無電解めっきで形成できる。
【0022】
また、スラストプレートの形態としては、図2(A)に示したような一枚物の円環平板形態の他に、例えば図3(A)、(B)に示すように、周方向に複数の部材に分割された形態とすることもできる。図示例では、二分割されたスラストプレート31に構成され、各スラストプレート基材31aに錫めっき32が施され、錫めっき32が施された側の表面が、可動渦巻体5の底板5aとの摺動面33とされている。分割数は、組立作業性、めっき時の作業性、処理の効率等の面から適宜決定すればよい。
【0023】
上記のような錫めっきが施されたスラストプレートについて、とくに、図2(B)、(C)に示した、錫めっきのみの場合と錫めっき+下地層24としてニッケルめっきを行った場合との2種類の表面形態のスラストプレートを用いて、摺動試験を実施したときの限界PV値と摩擦係数を、樹脂皮膜の場合と比較して図4、図5に示す(各種成膜の限界PV値と摩擦係数の比較)。試験は、リングオンプレート試験で行い、測定条件は、周速度6m/s、面圧6MPa、潤滑雰囲気下とした。図4に示すように、樹脂皮膜の場合と比較して、錫めっきのみの場合と錫めっき+下地ニッケルめっきを行った場合においては、ともに高い限界PV値が得られた。また、図5に示すように、樹脂皮膜の場合と比較して、錫めっきのみの場合と錫めっき+下地ニッケルめっきを行った場合においては、ともに、長時間安定して低い摩擦係数が得られた。
【0024】
また、本発明においては、前述したように、スラストプレートにおける錫めっきの下地面(めっき前の表面)の表面形態として、表面粗さに関するJIS B0601に規定のパラメータにて、スキューネスRskが−0.05以下で、かつ、クルトシスRkuが+2.5以上であることが好ましい。より好ましくは、スキューネスRskが−0.1以下で、かつ、クルトシスRkuが+3.0以上である。このようなスキューネスRskおよびクルトシスRkuの範囲は、良好な摺動性、とくに限界PV値が20MPa・m/s以上を達成可能な範囲として規定されたものである。すなわち、図6、図7に示すように、スキューネスRskと限界PV値との関係、およびクルトシスRkuと限界PV値との関係を表したとき、20MPa・m/s以上の限界PV値を達成可能な範囲として規定されたものである。
【0025】
上記スキューネスRskとクルトシスRkuの概念をより分かりやすく説明すると、例えば、図8、図9のように表すことができる。すなわち、図8に示すように、スキューネスがRsk が−0.05以下では、山の幅が大きくなり表面の面積が大となる。したがって、可動渦巻体との摺動接触面積が増し、耐面圧荷重を大きくできる。しかし、スキューネスRsk が−0.05以下の表面状態では、谷の数が少なくなり、この部分に充満する錫成分による潤滑性の保持性が確保し難くなり、高い摺動性は得られ難い。そこで、アンド条件として、クルトシス(尖り度)Rkuが2.5以上の条件が確保できると、図9に示すように、粗さ曲線の尖鋭度が大きくなり、谷溝が十分に多く形成されるため、錫成分や他の潤滑成分などの保持性が増し、潤滑性が高められる。このために高い摺動性が得られることとなる。このように、スキューネスRsk が−0.05以下で、かつ、クルトシスRkuが2.5以上の表面粗さを持つスラストプレート基材を用いて錫めっき処理をすることで、接触面積が増すことにより耐面圧荷重を高めることが可能であり、かつ表面の谷溝の数が増すことによりなじみ性の高い錫めっき成分を表面の多くの溝に充満することができるため、潤滑性が高められ摩擦係数を小さくすることが可能となる。
【0026】
さらに、上記表面形態を満足させることで、スラストプレート表面の錫めっき剥離が進行した場合でも表面の谷溝に充満した錫めっき成分が表面のなじみ性を補う働きを担うことが可能である。すなわち、基材表面がスキューネスRsk−0.05以下を満たすのみでは、図10に示すように、溝幅は大きいが溝数が少なくなるため、溝へ充満した錫めっき成分からの表面なじみ性を充分に発現できなくなり、潤滑性が低下するおそれがある。そこで、図11に示すように、スキューネスRsk が−0.05以下で、かつ、クルトシスRkuが2.5以上の両条件を満たす表面形態を確保することで、溝の数が多くなり、そこに充満した錫めっき成分が十分に表面なじみ性を発現でき、潤滑保持性も高くなる。
【0027】
また、本発明においては、前述したように、錫めっきの厚みとしては、1〜15μmの範囲内にあることが好ましい。より好ましくは2〜12μmの範囲内であり、さらに好ましくは3〜10μmの範囲内である。このような範囲内の厚みとすることにより(例えば、図12(B)に示す5μm程度の基材41上の錫めっき42の厚みとすることにより)、スラストプレート表面の錫めっき剥離が進行した場合でも表面の谷溝に充満した錫めっき成分が表面のなじみ性を十分に補う働きを担うことができる。図12(A)に示すように、錫めっき42の厚みが1μm未満だと、基材41の表面の谷溝に錫めっきが充分に形成されず、表面なじみ性を確保し難く、潤滑性が低下するおそれがある。また、図12(C)に示すように、錫めっき42の厚みが15μmを超えると、潤滑性は確保できるが錫めっきの消失による圧縮機軸方向(プレート厚み方向)の寸法変化が大きくなり、圧縮機の機能性を確保できなくなるおそれがある。
【0028】
さらに、本発明における上述したような好ましい条件の範囲の適正さを確認するために、各種スラストプレート条件にて、リングオンプレート摺動試験を潤滑雰囲気下で行った。測定条件は、周速度は一定として、面圧を一定速度で昇圧し、限界PV値は摩擦係数が急激に上昇したとき(摩擦係数0.03以上)の周速度(V)と面圧(P)の積とする。判定基準としては、
限界PV値:20MPa・m/s以上:○ 、それ未満は×
摩擦係数 :0.04未満:○、 それ以上は×、とした。結果を表1、表2に示す。
【0029】
【表1】
【0030】
【表2】
【0031】
表1、表2に示したように、本発明における好ましい条件を満たすことにより、望ましい高い限界PV値と低い摩擦係数の両方をともに実現できることが確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明に係るスクロール型流体機械の構造は、スクロール型圧縮機とスクロール型膨張機の両方に適用でき、とくに、耐久性向上、長寿命化等の要求の強い車両用流体機械、中でも、車両用スクロール型圧縮機、とくに、車両空調装置用スクロール型圧縮機に好適なものである。
【符号の説明】
【0033】
1 スクロール型圧縮機
2 フロントハウジング
3 リアハウジング
4 固定渦巻体
5 可動渦巻体
5a 可動渦巻体の底板
6 流体ポケット
7 チップシール
8 吐出室
9 吐出ポート
10 自転阻止ピン
11 偏心ブッシュ
12 主軸
13 ドライブベアリング
14 プーリ
15 電磁クラッチ
21、31 スラストプレート
21a、31a スラストプレート基材
22、32 錫めっき
23、33 摺動面
24 下地層
41 基材
42 錫めっき
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ハウジングに対し、固定渦巻体と該固定渦巻体に対し自転を阻止した状態で公転される可動渦巻体とを設け、固定渦巻体と可動渦巻体との間に容積が変化される流体ポケットを形成するとともに、可動渦巻体の底板とハウジングとの間に前記流体ポケット内に加わる圧力の軸方向の反力を受けるスラストプレートを設けたスクロール型流体機械において、前記スラストプレートの少なくとも前記可動渦巻体の底板への対向面に錫系めっきを施したことを特徴とするスクロール型流体機械。
【請求項2】
前記スラストプレートが、鉄系鋼鈑または鋳物または軽金属からなる、請求項1に記載のスクロール型流体機械。
【請求項3】
前記スラストプレートに、前記錫系めっきの下地層が設けられている、請求項1または2に記載のスクロール型流体機械。
【請求項4】
前記下地層がニッケルまたは銅めっき層からなる、請求項3に記載のスクロール型流体機械。
【請求項5】
前記スラストプレートにおける錫系めっきの下地面は、表面粗さに関するJIS B0601に規定のパラメータにて、スキューネスRskが−0.05以下で、かつ、クルトシスRkuが+2.5以上である、請求項1〜4のいずれかに記載のスクロール型流体機械。
【請求項6】
前記錫系めっきの厚みが1〜15μmである、請求項1〜5のいずれかに記載のスクロール型流体機械。
【請求項7】
前記錫系めっきが前記スラストプレートの全面に施されている、請求項1〜6のいずれかに記載のスクロール型流体機械。
【請求項8】
前記スラストプレートが、周方向に分割された構造を有する、請求項1〜7のいずれかに記載のスクロール型流体機械。
【請求項1】
ハウジングに対し、固定渦巻体と該固定渦巻体に対し自転を阻止した状態で公転される可動渦巻体とを設け、固定渦巻体と可動渦巻体との間に容積が変化される流体ポケットを形成するとともに、可動渦巻体の底板とハウジングとの間に前記流体ポケット内に加わる圧力の軸方向の反力を受けるスラストプレートを設けたスクロール型流体機械において、前記スラストプレートの少なくとも前記可動渦巻体の底板への対向面に錫系めっきを施したことを特徴とするスクロール型流体機械。
【請求項2】
前記スラストプレートが、鉄系鋼鈑または鋳物または軽金属からなる、請求項1に記載のスクロール型流体機械。
【請求項3】
前記スラストプレートに、前記錫系めっきの下地層が設けられている、請求項1または2に記載のスクロール型流体機械。
【請求項4】
前記下地層がニッケルまたは銅めっき層からなる、請求項3に記載のスクロール型流体機械。
【請求項5】
前記スラストプレートにおける錫系めっきの下地面は、表面粗さに関するJIS B0601に規定のパラメータにて、スキューネスRskが−0.05以下で、かつ、クルトシスRkuが+2.5以上である、請求項1〜4のいずれかに記載のスクロール型流体機械。
【請求項6】
前記錫系めっきの厚みが1〜15μmである、請求項1〜5のいずれかに記載のスクロール型流体機械。
【請求項7】
前記錫系めっきが前記スラストプレートの全面に施されている、請求項1〜6のいずれかに記載のスクロール型流体機械。
【請求項8】
前記スラストプレートが、周方向に分割された構造を有する、請求項1〜7のいずれかに記載のスクロール型流体機械。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2012−31816(P2012−31816A)
【公開日】平成24年2月16日(2012.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−173550(P2010−173550)
【出願日】平成22年8月2日(2010.8.2)
【出願人】(000001845)サンデン株式会社 (1,791)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年2月16日(2012.2.16)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年8月2日(2010.8.2)
【出願人】(000001845)サンデン株式会社 (1,791)
【Fターム(参考)】
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